転生したら「ワルプルギスの夜」だった件   作:十二夜

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フールについてですが、フールはもうワルプルギスの使い魔ではありません。
ワルプルギスについても、会ったら挨拶の一つぐらいするかという程度の認識です。敬意はありますが、それだけです。というよりそもそも、フールとワルプルギスの間に繋がりは無く、既に完全な別個体に分かれていますから、フールもワルプルギスの本質を理解できていないのです。
リムルと仲良くしているようだし、別に良いかとか考えています。



等しく、処刑

 

この世界において剣の高み、『斬る』ということに辿り着けたのは、今までに僅か三名しか現れていない。

 

フール、ギィ・クリムゾン、そしてハクロウ。

 

共に『刃』を握る三名は、しかし全く以て同等などではない。

 

フール、ギィとハクロウの間には、絶対と呼べるほどの隔絶が存在する。

ハクロウが剣の高みの道に踏み入れたばかりだとするならば、二人は既に道の先の先、背中すら見えないほどの遠方で佇んでいる。

ハクロウがギィに勝てる確率は無限に一つすら無い。よもやフールは言わずもがなである。

 

だがそれは裏を返せば、ハクロウの目の前には気が遠くなるような道が続いているという事でもある。

ハクロウは喜んでその道を進んだ。

既に歩き終えたと思っていた剣の道に、今までの道のりが一歩に見える程の遥か長い道がまだ先に続いていると理解した時のハクロウの喜びたるや。

 

フールによって、既に道標は示されている。

 

ならば、それに追い付けぬハクロウではない。

 

目の前では、白い生地に赤い模様が全身に刺繡された祭服を着た八人の血影狂乱(ブラッドシャドウ)が、各々の得物を構えてハクロウと対峙していた。

多少の違いこそあれ、彼らはどれも同じように血に染まった歪な短刀を武器として用いる。

その目にはハッキリと侮蔑と嫌悪が現れていた。

 

「汚らわしい鬼よ、自ら命を差し出すとは殊勝な」

「我らの刃に切り刻まれ、神の許へと逝くが良い」

「案ずるな、汚らわしい同胞共も直ぐにそちらへ送るとも」

 

まったくもって、救いようが無い。

元々救うつもりなど、ハクロウには微塵も無いが。

 

刀と『刃』を一体化させ、ハクロウはぼそりと呟いた。

 

その技の名を。

 

「鳥葬」

 

白い火花が散る。

刀に棲まう『刃』が羽ばたく。

 

フールの放つ「千鳥」のように、数十もの斬撃を同時に飛ばすことは出来ない。

しかしそれでも、確かに『刃』は飛び立った。

 

咄嗟に反応し、物理結界を張った血影狂乱(ブラッドシャドウ)達の行動は間違っているわけでは無かった。

 

だが、『刃』に対して防御などという行為は愚かしいほど無駄であった。

 

飛び立った数は三。

白い斬撃が、音も無く通る。

 

まるで初めから何も無かったかのように結界を素通りし、手前に居た三人の身体を縦に通り抜ける。

 

魚の開きのように見事に二つに割け、男達の開きが崩れて落ちると同時に、ハクロウは地面を蹴った。

 

「――三ツ」

 

間合いを潰し、反応する暇も無く未だ棒立ちの一人の首を背後の岩ごと横一文字で刈り取る。

 

「四ツ」

 

一瞬の間に半数を減らされた血影狂乱(ブラッドシャドウ)は、ようやく現実を正しく認識して動き出した。

余りにも遅く、目の前の鬼を脅威だと認識する。

 

「魔物風情がアアアアア!!!」

 

けたたましい声を上げ、一番に飛び込んで来た男が真っ向から短刀をハクロウの首目掛けて振り下ろす。

 

対してハクロウは右足をずらし、脱力しながら上体を右前へ倒れこむようにして倒した。

 

それだけで難なく避けた切っ先を醒めた目で送り、すれ違いざまに右手で緩く握った刀を相手の胴へ水平に振り抜き、胸から上をはね飛ばす。

 

「五ツ」

 

集団戦は血影狂乱(ブラッドシャドウ)の最も得意とする戦法である。

その連携は、見事の一言に尽きた。

 

斬り殺された男の身体の影からふらりと祭服の男が現れ、懐に引き込んだ短刀を渾身の力で突き出す。

 

何らかの魔力を帯びた血の短刀は、掠りでもしたらロクな効果を発揮しないことは目に見えていた。

掠ればの話だが。

 

握り手を蹴り上げ逸らし、そのままハクロウは男の首を左手で掴む。

 

「ガ、ァ……! 化け……!」

「六ツ」

 

人差し指と親指に力を込めて骨を潰し、首を掴んだまま男の頭蓋を勢い任せに突き抜く。

 

力無く刀にぶら下がった男の死体を一振りして放り投げ、ハクロウは肩からぶつかるようにして体当たりしてきた別の男を目の端で捉える。

 

一歩前へと踏み込んで体の当たる瞬間をずらし、交差の瞬間に横一文字に頭蓋を斬り飛ばす。

 

白い火花が散る。

 

男は辛うじて反応出来ており、ハクロウの一撃を防ごうと短刀を刀の軌道上に合わせていたのだが、いとも容易く武器ごと首を飛ばされた。

 

「七ツ」

 

この間、僅か58秒。

 

たったそれだけの時間で、聖教会の禁忌組織である血影狂乱(ブラッドシャドウ)は一人を残して全滅した。

 

そして奇しくも、その最後の一人こそシオン達を嬲りながら殺害した実行犯の一人であった。

 

二人が正面にて向かい合う。

 

「お止めなさい。これ以上罪を重ねてどうするのです……」

 

最後の男は心の底からハクロウを案じているような表情でそう諭した。

 

それは筋骨隆々の大男で、ハクロウの頭二つ分ほども背が高かった。

身に着ける祭服も他の七人と比べていささか以上に豪華であり、一目で血影狂乱(ブラッドシャドウ)のリーダー的立ち位置であると推測できる。

その瞳はひたすら慈愛と信仰に満ちていた。

 

「この世には覆らない真理があるのです。人が神に仕えるのと同じように、魔物は人に滅ぼされる。それがルミナス神の定めた絶対的真理にして――」

「言い遺す言葉は、それで良いのじゃな?」

 

何の感慨も無く、男の説教はハクロウにばっさりと切り捨てられる。

 

「……ええ、良いでしょう。やることは変わりません。あなたでは、私には勝てない。私にはルミナス神の加護が付いている」

 

そう言って男は懐から赤い丸薬を取り出すと、それを躊躇うことなく飲み込んだ。

効果はてきめんだった。

みるみるうちに男の筋肉が肥大化し、内包する魔素量が倍以上に膨れ上がる。

皮膚は赤黒く変色し、全身の血管が浮き出る。

 

ハクロウはその変化を静かに見届けた。

 

男は既に人間の限界を大きく超えていた。

その肉体は物理と魔法を通さず、究極能力(アルティメットスキル)持ち以外ならば苦戦を強いられること必至。

 

「おぉおおおおおおお、主よ!!! 神よ、神ヨォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

今や人間というよりは魔物のように悍ましい姿になった男が、短刀に魔力を纏わせハクロウへ飛び掛かる。

 

音速の壁を幾重にも突き抜け、巨体がハクロウへと迫る。

 

「死ねィッ!!」

 

ハクロウの顔に動揺は無く。

 

滑らかな動きで納刀すると、男の顔を一瞥したのち居合の構えを取る。

 

そして、第三の眼は開かれた。

 

『天空眼』。

 

ハクロウの額に開かれた第三の眼によってほとんど無限に引き延ばされた時間の中、空中で静止する憎き仇を見る。

 

構え、見つめ、体から力を抜き、心を空にし、そうして―――放つ。

 

「八ツ」

 

白い火花と共に伸びた抜刀が男を上下に分かつ。

 

何をされたのかも理解できぬまま、下半身と泣き別れになった男が地面に激突する。

 

「が……あ……?」

 

取り残された自らの脚を不思議そうに眺め、地面に転がる自分の上体を確認する。

徐々に、そして明確に現実を認識していき、男の目に初めて恐怖が宿る。

 

「ば、馬鹿な――」

「終わりじゃよ。苦しみの中で逝ね」

 

その言葉も言い終わらぬうちに、ハクロウは男の喉にねじり込むようにして日本刀を突き立てた。

ぐり、ぐり、ぐりと男の喉を掻き荒らし、男の体に足を置き、ぬらりと血に塗れた日本刀を喉から引き抜く。

 

苦悶の表情を浮かべた男の瞳孔が開いたことを確認したハクロウは、刀を振って血を払うとゆっくりと鞘に納めた。

 

丁度その時、世界の声が聞こえた。

 

《告。個体名:リムル=テンペストの魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が開始されます。

その完了と同時に、系譜の魔物への祝福(ギフト)が配られます》

 

「成し遂げられたのですな……リムル様」

 

もうハクロウに出来ることは無い。

 

帰還するリムルを出迎えるべく、ハクロウは死体に背を向けて町へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

住民の全てが眠りについたテンペスト。

 

目覚めているのはミュウランやヨウム、グルーシスなど、リムルの配下に属さないほんのひと握り。

 

そしてもちろん、ワルプルギスも。

 

「失礼ながら申し上げます。どうも魔素量(エネルギー)が足らぬようですが……」

 

リムル、もといその身体を操る『智慧之王(ラファエル)』の前に跪く三匹の悪魔。

その内の一人が『智慧之王(ラファエル)』へ提言する。

 

《是。必要量を満たしておりません。生命力を消費し代用します》

「お、お待ちください我が君!」

 

智慧之王(ラファエル)』の言葉を受けた悪魔が慌てて声を上げる。

 

そして背後に控える二匹をちらりと見て、「良き考えがございます」、そう言った。

 

「この者どもをお役立て下さい。主の役に立つことこそが、我らにとって最大の喜びなのですから」

 

智慧之王(ラファエル)』はその二体を観察すると、

 

《了。規定の魔素量(エネルギー)を補填するに足る事を、確認しました 》

 

そう言って、その二体を暴食之王(ベルゼビュート)によって捕食する。

 

シオン達の亡骸に向き直った『智慧之王(ラファエル)』は、今度こそ奇跡を行使した。

 

《これより、〈反魂の秘術〉を行使します》

 

死者蘇生。

その光景は正しく奇跡に違いなかった。

 

天から祝福の様に太陽の光がシオン達の上に降り注ぎ、『智慧之王(ラファエル)』の魔法とも相まって神秘的な光景を作り出す。

 

誰もがその光景に目を奪われる中、ワルプルギスは薄ら寒い笑みを浮かべて一部始終を見守る。

 

肩に乗るキュゥべえが無感動に話しかけた。

 

「罪深いものだね。代償を伴わない奇跡だなんて」

『ああ、全くだな』

 

代償を伴う奇跡を振りかざすキュゥべえが、まるで感情でもあるかのように嘆息する。

ワルプルギスはその行動に大いなる違和感を覚えながらも、目の前の光景からは目を離さない。

 

やがて、シオンの指がぴくりと動き。

 

その目が開かれた。

 

『――嗚呼、分かってはいたけどね。全く以て、気持ち悪い』

 

誰もが死者蘇生に目を奪われ、ワルプルギスの方には目を向けなかった。

智慧之王(ラファエル)』でさえも。

それが、間違いだった。

 

もし誰か一人でも、一瞥でもワルプルギスの方に目を向けていれば。

 

きっとその一人は絶叫しただろう。

 

今すぐにコイツを殺せ、と。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り。

 

フールがテンペストから消え、リムル達の会議が終わった少し後の事。

 

その日――神聖法皇国ルベリオス、その首都たる聖なる都ルベリオスを守る守護結界が斬り裂かれた。

 

誰一人状況を把握できていない中、都に入る門の近くに居た住民の首が、最初に落ちた。

 

「…………ぁえ?」

 

その首が地面に着くころには、新たに三つの首が胴より斬り離されていた。

 

黒い火花が散る。

 

正面から堂々と押し入ったフールは両手に何も持たず、ただ歩くのみ。

それだけで死体の山が築かれるという異常。

 

人々はただ、何が起こっているのかも分からずに立ち呆けるしかなかった。

 

誰も、フールの姿を視認することは出来なかったからだ。

 

フールの動きが速いのではない。ゆっくりと歩いているにも関わらず、誰の目にも映っていない。

 

それは、瞬きの隙。

フールは全ての人の瞬きと瞬きの隙間を縫うように、刹那にも満たない目を閉じている間に、人々の首を斬って通り抜けていた。

 

故に、誰の目にも映らない。

 

瞬きをしたその瞬間にフールは、迫り、斬り、通り過ぎるという全ての動作を終えているのだから。

 

誰一人、異常だという事にすら気付けない。

気付いた時にはもう、首が落ちているから。

 

入口から大聖堂に至る道。その全てでフールの絶技が振るわれる。

 

断末魔の声も上がらずに、首が落ちる前に次の首が切られ、一人の首が地面に転がる頃にはもう、既にその一帯の人間は皆、絶命していた。

 

空手に握る『刃』、その冴えが限りなく増していく。

 

振るうごとに速度は上がり、残像さえ置き去りにただ一つの霞となって通り抜ける。

 

やがて道中にあった全ての首が落ち、フールが大聖堂の『奥の院』に辿り着いた頃、ようやく最初の悲鳴がルべリオスに響いた。

 

「すみませんね。八つ当たりに付き合わせてしまって」

 

フールはそう呟くと、『奥の院』の扉を一動作で斬り崩す。

 

それと同時に、扉の向こうから魔法が発動された。

 

「侵略者め! 生きて帰れると思うたか!」

「神に仇為す悪は滅びよ!」

「馬鹿め! 貴様は既に死んでおる!」

 

『木』、『金』、『土』を司る老師がフールに向けて必殺を放つ。

 

「「「三重霊子崩壊(トリニティディスインティグレーション)」」」

 

それは、三人がかりで放つ破滅の光。

 

この技の前には、どんな強大な存在であろうと為す術無く消滅するのみ。

 

だが、フールはその魔法を一瞥し。

 

夜裂(よるさけ)』を取り出すまでも無かった。

 

「―――」

 

一閃。

 

黒い火花が咲く。

 

フールの右腕がブレる。

 

振り抜く『刃』は三重霊子崩壊(トリニティディスインティグレーション)を魔法陣ごと両断し、老師たちの首がまとめて落ちる。

 

あっけなく霧散した魔法を見て、フールは溜息を吐いた。

 

「もう少し、強いと思っていたのですが……。このくらいにしておきましょうか」

 

老師たちの死体を踏みつけながらフールは更に奥へと進む。

 

ここまで来たのだ、挨拶はしなければならない。

 

この国の頂点。

聖教会の頭に。

 

「おや」

 

フールが足を止める。

 

目の前で影のようなコウモリが渦巻き、その中から二人の人物が現れた。

 

ルイ・ヴァレンタイン。

ロイ・ヴァレンタイン。

 

魔王であるロイが現れたのは、フールにとっても想定外だった。

 

どうやらそれは、向こうも同じらしい。

 

「虫けらめが、神の座に薄汚い………貴様は」

「お久しぶりでございますね、魔王様」

 

ロイが目を見開くと同時に、フールは恭しく一礼する。

 

「此度は報復に参りまして。テンペストを襲った代償として、いくらか死んでいただきました。とはいえ、直接手を下した訳ではありませんので――」

 

――ここらでお仕舞に致そうかと。

 

その言葉が、フールの口から発せられることは無かった。

 

それよりも早く、ロイが言葉を発したからだ。

 

「貴様はッ! ミリム・ナーヴァの持っていた人形だな!?」

「どんな小細工を弄したのかは知らぬが……奴め、こんな隠し札を」

 

敢えて擁護するならば、ルイもロイも冷静では無かった。

フールの言葉を少し嚙み砕けば、自ずとその目的は理解できたはずだ。

それと同時に魔素量では測れないフールの力量も理解し、交渉の場に持っていくことも出来ただろう。

 

だが、彼らは言ってしまった。

 

この場における、最悪の失言を。

 

「ミリム・ナーヴァ。所詮は馬鹿な小娘だった」

「思い上がった無能がよくも! 貴様もろとも、我らで捻り殺してくれる!」

 

 

「――あ゛?」

 

 

間違えた。

 

フールを見た瞬間、二人はそれを悟った。

 

時間が、止まる。

 

ルべリオスの時間が止まる。

 

全生命が、その怒りを恐れて息を潜める。

 

ルイもロイも、指先の一つすら動かせない。

魂で、理解したからだ。

例え真の神が現れようと、もう遅すぎることを。

 

この世界において剣の高み、『斬る』ということに辿り着けたのは、今までに僅か三名しか現れていない。

 

フール、ギィ・クリムゾン、そしてハクロウ。

 

共に『刃』を握る三名は、しかし全く以て同等などではない。

 

フールとギィの間には、近いように見えて絶対的な断絶が存在する。

「剣の果て」。

フールはその場所を知り、ギィはその場所を知らない。

 

故に全力の殺し合いにおいて、ギィがフールに勝てる可能性は皆無。

例えギィの持てる全てを使おうと、勝ちは億に一つすらも無い。

 

何故ならば。

 

フールが『夜裂(よるさけ)』を取り出し、刀身を引き抜く。

 

「塵……ミリム様をなんと?」

 

今、この時。

 

フールは剣の果てへと、小さく小さく踏み出した。

 

剣の果てに指先を触れ、足先を踏み入れ、その先にある「昏き滅び」を視界に焼き付ける。

 

天地開闢より、誰一人として見る事さえ叶わなかった剣の果て。その領域に触れ、その境界上に立つ。

 

派手な光も、過剰な威圧も、目に見える変化も何も無い。

 

黒い火花は散らない。

 

フールはただ、だらりと下に垂らした『夜裂(よるさけ)』の切っ先を動かした。

 

ただ、意志を以て動かした。

 

夜裂(よるさけ)

 

剣とは斬って殺すための存在である。

であれば、その果ては。

 

距離は必要ない。振れば届く。

 

速さは必要ない。届けば当たる。

 

力は必要ない。当たれば斬れる。

 

追撃も必要ない。斬れば、死ぬ。

 

避けるだの、防ぐだの、弾くだの、逃げるだの、この技は最早そんな次元には無かった。

 

『斬る』ということの完成。

 

斬撃など、あるはずも無い。

 

「――――、………」

 

呻きすら発することを許されず、ルイ・ヴァレンタインとロイ・ヴァレンタインは存在そのものを斬られて死んだ。

 

縦に二分、合計四つの肉塊が地面に転がる。

 

それらが塵と消えるのを見て、フールは剣の果てから身を引く。

 

時が動き出す。

 

音が戻って来る。

 

「………塵芥が」

 

尚もミリムを侮辱された怒りの収まらないフールは、ルべリオスの全生命を殺し尽くすことを決めた。

ミリムを侮辱した。その時点でルべリオスは滅ぶべきなのだ。

 

「千鳥」

 

固く刀を握り込み。

 

技名を呟いたフールが、刀身に棲ませた『刃』を幾万にも羽ばたかせようとしたその時だった。

 

『どうか堪えて欲しいですワネ。ワタクシを助けると思って』

 

艶美な女の声がフールの脳内に響いた。

 

あまりにも唐突にその場に現れた気配に、フールが器用にも信じられないような表情をして振り返る。

 

ワルプルギス。

ここに居るはずの無い人物が、そこには居た。

 

『お久しぶりですワネ、フール。こんなに立派になっちゃって……』

「……ええ、お久しぶりです。『舞台装置の魔女』様」

『ワルプルギス。今はそう名乗っていますノ』

「これは失礼、ワルプルギス様。それはそうと、テンペストにいらっしゃるはずでは……?」

『ウフフ。コッソリ抜け出すのは得意なのヨ?』

 

困惑しながらも、取り敢えずフールは刀を納める。

 

敵対する気は初めから無かったが、例えあったとしてもフールは刀を納めただろう。

天下無双の領域に立った今、フールは改めてワルプルギスを観察する。

 

――斬れるが、勝てない。

 

フールの第六感とも呼ぶべき勘が下した判断は、どこまでも現実的だった。

 

武器を納めたフールを見て、ワルプルギスは満足そうな笑みを浮かべる。

 

『感謝しますワ、フール。アナタにルべリオスを滅ぼされるのは、少し都合が悪いノ』

「自分が滅ぼしたいから……ですか」

『ソウヨ! 正解! モチロン、タダでとは言わないワ。ルべリオスをワタクシに譲ってくれるなら、ワタクシもアナタを手伝いますワ』

「手伝う?」

 

フールが怪訝そうに首を傾げる。

ワルプルギスが相手ならばルべリオスを譲るのも別に構わないし、それに加えて何かをしてくれるというのなら願っても無い話だが、生憎と自分が手伝って欲しいような物事に心当たりがない。

 

その困惑を正確に感じ取ったワルプルギスは、笑みを深めると小さく囁くように言った。

 

『その内始まる魔王達の宴(エルケナハト)に、連れて行ってアゲル』

「っ! ……なるほど、ミリム様とリムル様ですね?」

『その通り! 気になるでしょう?』

「ええ、勿論ですとも。是非とも行かなければなりません」

 

魔王達の宴(エルケナハト)への参加が認められるのは、魔王本人と従者二名。

リムルが参加した場合、ワルプルギスは連れていくことが出来てもフールまでは連れて行けない。

 

そこで、この話が生きてくる。

 

『ワタクシがアナタをこっそり連れて行きますワ。それで、どうカシラ?』

「むしろ私が感謝したいほどですよ。しかし、どうやって私を連れて行くのです?」

『ウフ。ステラ、挨拶なさいナ』

「ステラ………ッ!?」

 

ワルプルギスの言葉と共に、その背後の魔法陣から何かが高速で射出された。

咄嗟に身構えたフールだったが、その物体はフールの足元に着弾すると、尻尾を振りながらその場で嬉しそうに回り始める。

虹色のプードルだった。

 

「ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ」

「落とし子『月喰彩妖狼(マナガルム)』……! あなたも名を貰ったのですね。今はステラ、ですか?」

「ワンッ!」

 

脚に身体を擦りつけ始めたステラを見て、フールは苦笑しながら頭を撫でる。

その光景を意外そうに眺めていたワルプルギスは、気を取り直してフールに説明した。

 

『アナタにはワタクシの魔法陣の中に入って頂きますワ。ステラとは相席になるので、今の内に仲良くなっておきなさいナ』

「成る程。いえ、異論はありませんよ。しかし……」

 

フールはステラを撫でながらも、どうしてもある違和感を拭えなかった。

 

ステラが見た目通りの強さである訳が無いのは分かり切っている。

むしろ、落とし子であった頃よりも遥かに強力になっているだろう。

だが、これではむしろ……。

余りにも……。

 

「ステラ……あなたは一体、何に成ったのですか」

「わふぅ?」

「……いえ、気にしないで下さい。さて、ワルプルギス様。私はもう行かせていただきます。竜の都での仕事がまだ残っておりますので」

『エエ。魔王達の宴(エルケナハト)に行く前に知らせますワ。その時にまた会いましょう』

「ありがとうございます。では」

 

フールはワルプルギスに頭を下げると、『奥の院』を出ようと踵を返す。

 

フールにスキルは無く、魔法も使えない。

よってその移動手段は己の脚のみであるが、フールが本気で跳躍すれば数㎞は軽々と飛べる。

 

『奥の院』の外、大聖堂と繋がる通路に立つと、フールは背後のワルプルギスの方へ振り返った。

 

「ワルプルギス様。どうか、ミリム様の敵にはならぬよう。私は貴女を、斬りたくはありません」

『覚えておきますワ』

 

ワルプルギスが頷く。

 

それを見たフールは両脚に力を込めて、一息に跳び上がろうとする。

が、そのタイミングで、知らない声が脳内に響いた。

 

若い女の声だった。

 

『凶星。終焉。夜に寄り添う星々』

 

ハッとして背後を振り返る。

 

現れた時と同じく忽然と、そこにはもう誰も居なかった。

 

だが声だけは、フールの脳内に残り続けていた。

 

『お兄様こそワルプルギス様の敵にはならないで頂戴。わたしも、お兄様を殺したくはないわよ』

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

「ルべリオスの惨劇」。

 

現場に僅かに残された魔力痕は魔女のものと一致し、聖教会はこれを『ワルプルギスの夜』の仕業と断定。

 

法皇の身柄は無事だと発表されるも、守護結界の修復は難航を極めている。

 

惨劇のすぐ後に都に帰還した『神の右手』ヒナタ・サカグチは、そのあまりの惨状に言葉を失いながらも法皇と共に声明を発表。

今後、神聖法皇国ルベリオスは魔女に関する一切を不可侵とすることを表明した。

 

これに続いて一つ、また一つとルべリオスに倣う国が増え、それに比例するように水面下での各国の動きも活発化するようになる。

 

そんな世界情勢にあって。

 

魔王達の宴(エルケナハト)の発動が宣言された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

・果ての剣技「夜裂(よるさけ)
「剣の果て」に指先を触れ、爪先を入れた状態のフール。どれ程微々たるものであろうと、その場所は確かに「剣の果て」であり、例え伝説級の剣であろうとその領域には耐え切れずに跡形も無く自壊する。「剣の果て」において形を保っていられる時点で『夜裂(よるさけ)』は普通の刀ではない。
この状態のフールが『斬る』という意思を持って為した刀の動きは、大小問わず全て剣技「夜裂(よるさけ)」として出力される。『斬る』対象を認識し、『斬る』意思を持って刀を動かす。それだけで良い。
技の説明は単純明快。剣を振る。相手は死ぬ。以上。

ちなみに今のハクロウはどれぐらい強いかと言うと、全力の魔王リムルに食らいつける程には強いです。

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