転生したら「ワルプルギスの夜」だった件   作:十二夜

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ユウキ・カグラザカは天才である。

故に、ユウキ・カグラザカは狂気である。

しかるに、ユウキ・カグラザカは笑っている。



ユウキ・カグラザカは天才である

 

「ワルプルギスは、今もこの世界を滅ぼしたいのか?」

 

ミリム・ナーヴァは確かに子供である。

しかしミリムはまた、この世界に数千年君臨する魔王でもある。

 

ミリムが他者の顔色を伺うことは無い。何故ならミリムに逆らうことのできる存在はこの世界に居なかったから。

だが同時に、ミリムは他者を観察する事に特に優れている。何故ならそうでなければ、己と同等な存在を見極め、その戦闘に勝利することが出来ないから。

 

今でこそリムルを見て常識を学び、日に日に暴君では無くなっていっているものの、ミリムの観察眼はいささかも衰えてはいない。

ましてや、相手が一時とは言え共に過ごしたトモダチならば尚更である。

 

ある種の確信を伴いながら、ミリムはおずおずとワルプルギスに隠している真意を問う。

その表情はまるで、友人から嫌われる事を恐れるありふれた少女のようで。

 

ワルプルギスはその姿に一瞬、思わずかつての双子の姉妹を重ねてしまった。

 

ミリムの事は嫌いではない。むしろ、好ましい。

ミリムに対してだけは、本能たる殺意を抑えることが苦痛に感じないほどには。

 

ワルプルギスは小さく息を吐き出すと、震えるミリムの頭を雑にくしゃっと撫でた。

 

『場所を変えようか』

 

 

 

 

 

 

山岳地帯に接するジュラの大森林の端、人々から死の領域と呼ばれていた一帯から少しばかり離れた場所まで二人は移動して来ていた。

 

何の変哲もない木々に覆われたここは、かつてはとある村が存在していた場所だった。今はもうその痕跡はどこにも無く、この場所を知るミリムでさえも悟ることが出来ない程に森と一体化していた。

 

ワルプルギスは何も無い空中で扉を押し開けるような動作をすると、なんでここへ連れて来られたのかイマイチよく分かっていなさそうなミリムを振り返る。

 

『ほら、入っていいぞ』

「……? ここには何も無いのだぞ? ワタシの竜眼(ミリム・アイ)もそう言っているのだ」

『ところがどっこい。あるんだよなぁ』

 

そう言って少し前に進んだワルプルギスの身体は、まるで空中に溶けるようにその場から消え去った。

 

「うえっ!?」

 

竜眼(ミリム・アイ)が間違えたという衝撃に一瞬面食らうミリムだったが、すぐに好奇心がそれを上回り、ミリムはワクワクしながらゆっくりと目の前に一歩を踏み出す。

 

途端、景色が変わった。

 

――満天の星々を戴く夜はしばしば、深海に言い換えられることがある。

 

足を踏み入れたそこは、紺藍色に沈む深海の底だった。

 

その景色に不安も悩みも吹き飛んだように忘れて、ミリムは目を輝かせて諸手を上げる。

 

「すっ……すっっっっっごいのだ!!! 綺麗なのだーー!!」

『ようこそ、魔女の結界へ。ここへ他人を招くのはミリムが最初で最後だから、秘密で頼むよ』

「うむ、もちろんなのだ! その代わりワタシが来たいと言ったらまたここへ連れてくるのだぞ!」

『……まあ、それぐらいは構わないよ』

 

ワルプルギスの結界内を構成する大劇場。

 

広大な三階建ての空間には、星が満ちていた。

観客は誰一人おらず、舞台の天井には太陽では無く半月が浮かんでいる。

それに伴って空間全体を夜が包み込み、細かな星の光が海底を漂うように散らばって幻想的な光景を作り出していた。

 

劇場の大天井には金文字が変わらず刻まれていて、暗闇の中からでもその一節はよく見えた。

 

『totus mundus agit histrionem.(世界はすべて舞台)』。

 

ワルプルギスは慣れた様子で座席と座席の間を通り抜けて前に出ると大きな舞台へ上り、興奮した様子で周りをキョロキョロ見渡しているミリムにこちらへ来るよう手招きする。

それを見たミリムが同じように舞台の上に登ると、端に座っているワルプルギスの隣に腰掛ける。

 

その時、まるでタイミングを見計らっていたかのように、巨大な歯車が軋みながら回る音が何処からともなく劇場に響くと空中を漂っていた星々がフッと消え去った。

視線を上に向けると全ての星が天に張り付いていて、舞台の天井と劇場の大天井に輝かしい程の満点の星空が映し出される。

 

ワルプルギスと共に天井を見上げるミリムが、感心するように歓声を上げた。

 

「お、おお……! すごい……!!」

『綺麗だろ? ここは私の世界だからね、好きに出来るんだよ』

「ワタシも! ワタシもコ(・)レ(・)やってみたいのだ!」

『うーん、ミリムには難しいんじゃないか? 魔女の結界は文字通り、魔女だけのものなんだ』

「ぐぬぬ……!」

 

ミリムが悔しそうに唇を噛んで唸る。

 

ワルプルギスはそんなミリムを微笑まし気に見つめると、視線を天井に戻して呟いた。

 

『まだ、覚えているか?』

 

何を――、とは聞かなかった。

 

ワルプルギスの言葉の中に真剣さを感じ取ったミリムは、緩んでいた表情を引き締めて背筋を伸ばすと、神妙に頷く。

 

「ワタシを舐めるな。ニナとミナ、リュティス、ファトナ、シーラ、アリス、リリナ――」

『あーうん、十分だよ。……なんだ、私よりも知っているじゃないか』

 

自虐的に嗤うワルプルギスの姿にミリムは違うと言いかけ、グッと口を噤んだ。

その代わり、ゆっくりと懐かしむように口を開く。

 

「みんなが死んだと知った時、ほんとはワタシも悲しかったのだぞ? いっそ暴れてやろうかとも思った。でも、そうしなかった。怒りはあったけど、それ以上に残念な気持ちの方が強かったのだ」

 

舞台から投げ出した足をぷらぷらと揺らしながら、ミリムはこの場所にまだ辛うじて残っているかつての生活の残滓を感じ取って目を細める。

 

「強い者は許される。それがこの世界のただ一つのルールなのだ。ましてや、ルミナス教徒は魔物を殺す習性を持った人間。リュティス達は正しく戦って、正しく死んだのだとワタシは思うぞ?」

 

その言葉を聞いたワルプルギスはなるほど、と何故か全く関係ないことに納得していた。

 

ミリムの言葉の節々には重さがあった。少女のまま数千年の時を生きてしまった結果の、独特な重みが。

どこか遠くを見ているような瞳には、知らない過去が映っていた。

永き時を生きて行く中で、『別れ』というものに慣れてしまったのだろう。

 

きっとミリムにとっては、この世界全てが大きな生存競争の野生世界で。

全ての生物が、各々の習性に従って動いているように見えるのだろう。

だからこそ、そこから外れた行動には怒りを、従った行動には慈悲を。

 

正しい闘争。正しい死。

 

(分かんないもんだな。本物に会わないと)

 

ミリムを形作る価値観の本質に触れた気がして、ワルプルギスの口元が思わず綻ぶ。

 

「ワタシは別にワルプルギスの復讐を止めたいわけじゃないぞ。オマエは強いからな。でも……」

 

ミリムは空色の瞳をワルプルギスに向けると、少し躊躇ってから独りごちるように言った。

 

「ワタシはまだ、この世界が好きなのだ」

 

永遠に幼いと言えば聞こえは良いだろう。無邪気と言っても聞こえは良い。

 

だが、ミリムの辿って来た道はそんなに優しく、生易しいものじゃない。

どこかに何かを置き忘れたような、ゾッとする程に透明な目をしたミリムを見て、ワルプルギスは優し気な嘘を吐くのを止めることにした。

なにより、なぜかミリムの前ではどうしても自らを偽るのに抵抗があった。

 

とはいえ全てをあっけらかんと教えるわけにもいかず、何か言いたげな気配を放っているヨルを無視してワルプルギスは慎重に考えながら口を開く。

 

『ミリム。私にこの世界を滅ぼしたいのかと聞いたな?』

「……うん」

『答えは否、だよ。むしろ逆だ。私はこの世界から不幸を失くしたい』

「……んん?」

 

驚くミリムと同時に再び何処からか歯車が軋む大きな音が響くと、星月夜はゆっくりと消えていき、入れ替わるように舞台天井には雲と青空が顔を出した。

在りもしない太陽が本物さながらに二人を照り付け、じりじりとミリムの思考力を奪っていく。

 

『全ての運命の不幸を無くすために、私はずっと回っている。そのために世界を戯曲の中に取り込むことを世界滅亡と呼ぶなら、それは確かにそうなんだろうさ』

「……んぉ? えっと……? むむむ????」

『私はこの世界を創(・)り(・)返(・)る(・)つもりなんだ。ルミナス教を消した上でね。もちろん、ミリムは残すしリムルもラミリスもテンペストも……まぁ、お望みならギィも残してやらんことも無い。だから、一部の者にとっては破滅かも知れないけど、ミ(・)リ(・)ム(・)の(・)世(・)界(・)には何の影響も無いと思うぞ。むしろ良くなってるかも』

「ん……? んんんん……!! ええい、よく分からーん!! つまりどういうことなのだ!!」

 

頭から煙を出しながらミリムは理解することを諦めて叫んだ。

 

つまり、勝ちである。

 

『ミリムが心配しているような事態にはならないってコトだよ』

「本当なのだな? 例によって竜眼(ミリム・アイ)は反応しないが、信じて良いのだな!?」

『ああ、嘘じゃない。それにミリムが思っているより、私はお前のことが好きなんだぜ?』

「そうか……! うむ、そうなのだな! うしし、ならば良いのだ!!」

 

ワルプルギスに頭を撫でられながら、ミリムはスッキリしたような笑顔を浮かべる。

 

「よし! そういう事なら早く帰って宴の続きと行こうではないか!」

『まあ待て待て』

「ぐえっ」

 

元気いっぱいに立ち上がって駆けだそうとしたミリムの襟をぐいと引っ張り、両脇に手を差し込んで下からひょいと持ち上げる。

 

そのまま観客席に移動したワルプルギスは成すがままにされるミリムを膝の上に座らせて指を鳴らすと、再三に渡って歯車の音と共に舞台が切り替わり、瞬く間にこ(・)の(・)世(・)界(・)で(・)は(・)な(・)い(・)ど(・)こ(・)か(・)の(・)景(・)色(・)が使い魔の役者によって舞台上に整えられた。

 

この場所を認識できる者はいない。

なら、もう少し居てもバレはしないだろう。

 

『昔話をしようか、ミリム』

「昔話だとぉ?」

『ソウ。ワタクシが生まれた時の話ですワ。……おっほん、ざっと数千年前だな』

「ワルプルギスが生まれた時の話!? なんだそれ、気になるぞ!!」

 

前のめりになったミリムが声を上げたその時、広い草原を模した舞台に、どこか懐かしい感情を抱かせる一体の女の子の人形が舞台袖から姿を現した。

 

『昔々、異世界にある地球という星には、魔法少女と呼ばれる存在がいた――』

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

テンペスト開国祭の目玉イベント、武闘大会。

 

既に人が大勢詰めかけて熱気で溢れている闘技場に向かっているのは、ヒナタとユウキを加えたリムル一行。

 

なのだが――、

 

「いやあ、ワルプルギスさんがアニメのキャラだなんて知らなかったよ! もっと早く言ってくれたら僕もそれなりの対応をしたのになぁ!」

『……』

「まどマギだなんて懐かしいねっ。ヒナタは知ってる? え、知らない? 恥ずかしながら僕もよくは知らなくてさぁ、でもアニメキャラが目の前に居るってのはなんだか感動するよね!!」

「……」

「………ねぇヒナタ、これって触れた方が良いのかな?」

「しっ! 止めておきなさいユウキ。どうせリムルの事だから、何とでもなるわよ」

「――いや何とでもならねぇよ!? ほらミリム一回降ろして? な? いい子だからほら頼むって恥ずかしいってうおおおおおちくしょおおおおお誰か助けてええええええええぇぇぇぇっ!!」

「うわはははは! わっはっはっはっはっは!!」

『重いですワ』

 

ユウキは気丈に話しかけながらも顔が引き攣っているし、ヒナタに至っては先程から少し距離を取って頑なにワルプルギスの方を見ようとしない。

 

なぜなら今、ワルプルギスの肩の上でミリムがはしゃいでいるからである。

 

一体どういう心境の変化があったのか、ミリムは今までにも増してリムルとワルプルギスに引っ付くようになった。

 

出会いがしら早々にワルプルギスによじ登ったミリムは堂々たる姿で肩車を所望、ワルプルギスもそれぐらいなら別に良いかと思い承諾したのが運の尽き。

二段なんかで満足しなかったミリムは、スライム姿のリムルをひょいっと持ち上げると、満面の笑みで己の頭の上に乗せた。なんと三段である。

 

その状態のまま歩いてきたのだから、否応なしにも周囲の好奇の視線に晒されることは避けられない。

ましてや、今は旅行客でごった返す開国祭の時期なのだ。

その上、ミリムは周囲に見えるようにリムルを掲げて振り回すものだから、人々からの視線はますます集まっていく。

 

ちなみに詳細は伏せるが、リムルとミリムの体重を合わせるとかなり素敵な重量になる。

 

一番下にいるワルプルギスからどんよりとしたオーラが漏れているのはそのためである。

 

とその時、前方の人混みからざわめきが広がったと思うと、目の前の人だかりが綺麗に真っ二つに割れた。

 

出来上がった道を歩んでくるのは、四名の人間。

 

「おうおうおう! 魔王リムルよ、マサユキ様に化けの皮を剝がされる用意は出来たか? なぁ、マサユキさん!」

「逃げずにここまで来たことは評価してあげましょう。しかし、あなたの本性はもうじき明るみになる……そうでしょう? マサユキ君」

「マサユキ様は正義。邪悪は討つべし。……マサユキ様?」

 

西の勇者、マサユキ・ホンジョウ。

現れた四人は『閃光』の二つ名を持つ最速の勇者と、そのパーティ一行。

 

しかし、どうもマサユキの様子がおかしい。

 

一向に反応の無いマサユキを訝しんだ三人が振り返ると、そこには滝のような汗を流して固まっているマサユキの姿があった。

 

「え?え?ワルプルギスじゃん?え?なんで?ワルプルギスじゃん。まどマギ、え?待って?ちょっと違う。いやでもワルプルギスじゃん。え。え?なんで?」

「ど、どうしたんですかい!?」

「マサユキ君、一体……ああ、あの魔女ですか。災厄やら悪夢やら言われていますが、所詮は噂。勇者マサユキの敵ではない」

「マサユキ様がお望みなら、今この場で魔女を討伐しましょう!」

 

盛り上がる取り巻きとは裏腹に、マサユキはどんどん真顔になっていく。

 

たっぷりと十秒近い間を経て、マサユキは腹を下したような青い顔になると絞り出すように叫んだ。

 

「ごめん僕ペストと赤痢と腸チフスを併発して死にそうだから一旦トイレ行ってくるねそれじゃ!」

「「「ま、マサユキ様ーーー!?」」」

 

間違いなく人生最高速で駆け出した閃光のマサユキに、取り巻きの三人も捨て台詞を吐きながら走って追いかけて行く。

 

そうして取り残されてポカンとしているミリムを横目に、ワルプルギスとリムルは顔を見合わせた。

 

『「異世界人だね! 確保、収容、保護」』

 

 

 

 

 

 

武闘大会の予選は既に開国祭一日目である昨日に行われている。

 

今日行われるのは本戦、そして明日が決勝。

 

上位に名を連ねた四名にはリムルより四天王の称号が贈られるが、これは参加者の大半がテンペスト側の魔物だからこそ出来る力技である。

 

「さて、諸君。良くここまで勝ち残った。激しい予選を突破した君たちは既に強者だと言えるだろう」

 

マイクを片手にリムルが闘技場の真ん中で選手たちに声をかける。

 

ディアブロは既に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、シオンは金剛丸を背に仁王立ち、マサユキは未だに腹を下したような青い顔をしている。

 

そして、ついに武闘大会本戦が始まった。

 

一方でリムルと同じ特等席から試合を見ているワルプルギスにとっては、全ての結果は分かり切っているというか予定調和なのでイマイチ盛り上がれない。

 

この世界に関しては二種類の「転スラ」が混ざり合っているので早々に理解を放棄しているし、なんなら特大異物である自分が混ざり込んでいるために余計カオスになっている。

その上、そもそも初めから「転スラ」の物語を細部まで覚えちゃあいない。

 

だが、それでも大きなイベントに関してはしっかりと記憶に残っていた。

 

記憶よりも青白い顔をしたマサユキが記憶の通りにリタイアしたのを見届けたワルプルギスが、いかにしてバレないようにここから抜け出せるかを考え始めたその時、異変が起きた。

 

第五試合、ハクロウvsダムラダ。

 

接戦の末にハクロウが勝つことを知っているワルプルギスは、これまでのようにうわの空ながらも観戦をしようとし――心の中で目ん玉をひん剥いた。

 

13秒。

 

それが決着にかかった時間である。

 

《アラマァ》

(……ハクロウ強すぎない? なにあれ)

 

本来なら互角以上の戦いを演じたダムラダ相手に、ハクロウは腰に下げた刀を一度も抜かずに圧勝した。

 

ダムラダが放った攻撃は何も無い空中で全て受け止められ、理解が追いつかぬままに白い火花と共にどんどん追い詰められて行き、最後は刀を握っていないハクロウの刀を振るような動作と共に場外に吹き飛ばされた。

 

あまりの塩試合に、観客も困惑したように沈黙している。

 

ミリムの膝の上で観戦しているフールだけは後方腕組み師匠のような雰囲気を放っているが、ワルプルギスにとってはそれどころじゃない。

 

『な、なあリムル。ハクロウってあんなに強かったっけ』

「いや、あそこまでとは予想外だったな……。流石はハクロウ、フール師匠の一番弟子は伊達じゃないってことか」

『え゛』

 

物凄い勢いでワルプルギスは振り返る。

そこでは相変わらずフールが後方腕組み師匠のような雰囲気を放っていた。

 

――お前かよ。

ていうか私のせいかよ。

 

(なんだあれ。原作にあんなもん無かっただろ)

《スタンド攻撃に違いありませんワ!》

(やかましい)

 

だが、衝撃はまだ終わらない。

 

試合が進み、二日目の試合予定が全て終わろうとしている薄暗い時間帯。

戦いはますます白熱していき、闘技場は勝ち上がった者同士が死力を尽くす場となっていた。

 

そして本日の最後を飾る試合。

 

第12試合、ハクロウvsシオン。

 

ワルプルギスの記憶では、ハクロウはここで敗退するはずだった。

 

だがもちろん、勝ったのはハクロウ。

 

互いに一歩も譲らぬ攻防の末、ハクロウの刀がシオンの技を打ち砕いたのだ。

 

その刀身に『刃』を纏って。

 

「決着ぅぅーーーーッ!! この名勝負を制したのはハクロウ! 勝者、ハクロウです!!」

 

審判兼実況をしているソーカの声が響き渡り、そのまま誰一人異変に気付くことなく、開国祭二日目の武闘大会は幕を閉じた。

 

(なにこれ知らない)

《スタンド攻撃を受けていますワッ!》

 

ワルプルギスは震えていた。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

そして夜。

 

武闘大会が終わったからといって、開国祭の盛り上がりが終わるわけでは無い。

 

むしろ夜からが本番だとばかりに、あちこちに点けられた明かりがまるで昼のように町を照らし、そこかしこで呑んだり歌ったりの宴会が行われている。

 

そんな中、いつもの訓練場にて向き合う二つの影があった。

 

言わずもがなハクロウとフールである。

 

ハクロウは左手で直接握った鞘を腰に引き、柄に右手を添えた半身となって浅く重心を落としている。

 

街中に喧噪が満ちる夜であるにも関わらず、ここ一帯だけ空気がやけに静まり返っている。ひりつく感覚すら覚えるほどに。

 

対面に立つフールは『夜裂(よるさけ)』を持ってはいるものの、抜く気配も無くだらりと脱力している。

 

そしてハクロウの集中が限界にまで高められたその時。

 

鯉口が切られる。

 

「――シィッ」

 

白閃。

 

火花と共に『刃』を纏った刀が一直線に振り抜かれてフールに伸びる。

 

だがフールは、その一撃を微動だにしないままに『刃』を操って空中で受け流す。

 

続く二撃目。

 

ハクロウの真刀に纏わせた『刃』と、実体の無い純粋な『刃』が鍔競り、本来なら有り得ないことにフールの側が圧し勝つ。

 

キャンバスを用いず宙に絵を描くのにも、限度というものがあろう。

 

神業。神技。

 

白と黒の火花が入り乱れて散る。

 

「まだですぞ!」

「ふふ。素晴らしい」

 

右へ振り抜かれたはずの刀がすでに左へ戻されている。

 

フールの意識の隙。存在しないと言っても過言では無い極小の硬直を見逃さず、ハクロウが右から左へ燕を返す。

 

もはや一筋の光としか視認できない二閃。

 

「剣鬼ハクロウ。やはり素晴らしいです」

 

余裕の表情を崩さずに、緩慢にすら見える動作でフールがゆったりと『夜裂(よるさけ)』を引き抜く。

 

夜の闇に沈み込むその刀身を見て、ハクロウは嬉しそうに笑みを零した。

 

キィィン――――………。

 

澄むような甲高い音が鳴り、ハクロウの刀が弾かれる。

 

二人は同時に動きを止めると、静かに刀を鞘に納めた。

その流れるような流麗な所作は、まるで神聖な祈りを捧げているかのようで。

 

「……見事と言う他はありません。今のハクロウ殿なら、いずれ剣の果てへも至れるでしょう」

 

フールは柔らかな口調で微笑み、ハクロウを褒め称える。

 

フールがテンペストに滞在し始めてから毎日刃を合わせているハクロウには、ある目標があった。

開国祭が終わるまでに、『夜裂(よるさけ)』を抜かせること。

幾多の相対を積み上げて、ハクロウは今日ついにそれを成し遂げたのだ。

 

「ほっほ。なんの、まだまだですじゃ。更に精進せねばなりませんなぁ」

 

そう返事するハクロウの声には確かな達成感があった。

 

互いに一礼し、ハクロウが踵を返す。

 

成長の手ごたえを感じながら去っていくハクロウの背中を見つめて、フールは大きく息を吐くと、

 

「鬼ごっこをします!」

「なんですか急に」

 

いきなりフールの懐に飛び込んで来た虹色のもふもふに目を向けた。

 

「わたしね、気付いちゃったわ」

「ちゃいましたか」

「昼にゴブリンのガキが鬼ごっこをしていたの。それを見た時に閃いたのよ。これだ!ってね」

「さいでございますか」

「だから鬼ごっこで遊ぶわ!」

 

尻尾を振りながら高らかに宣言するステラに、フールは慣れたように相槌を打つ。

 

ここ数日でフールはステラの扱い方を心得ていた。

 

この女王様が遊ぶと叫べば遊ぶのだ。

 

昼間はお互い役割があるため、会えるのは夜になってから。

その関係で、ステラは毎日のように夜はフールの所へ突撃していた。

 

ちなみに昨日はかくれんぼでステラが勝っている。

 

「じゃ、まずはお兄様が鬼ね。わたしは逃げるから、範囲はそうね……無制限で!」

「なるほど。しかし良いのですか? 私、これでも脚力にはいささか以上に自信がございますが」

「そんなのわたしもよ。それじゃ良いわね! 十秒数えてから追いかけて来るのよー!!」

 

そう言うが早いかステラは流れ星の如くとんでもない速さでその場から消える。

 

取り残されたフールは大きく伸びをして体をほぐすと、大きな耳で音を拾ってステラのいる位置を正確に把握した。

 

「さて……二日連続で妹に負けるわけにはいきませんからね。張り切って行きましょうか」

 

射出。

 

身体をほとんど地面と水平に保ちながら、フールは初速から音の壁をぶち破る。

 

少し遅れて、踏み締めた大地が砕けて高く爆ぜた。

 

「ふははははは! どこへ行こうというのですかね!!」

「げっ!? はやッ!?」

 

その夜、地面を高速で移動する未確認飛行物体が世界各地で目撃されたという。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

武闘大会の上位四名が出揃った。

 

ディアブロ、ベニマル、ハクロウ、ゴブタである。

 

そう、ゴブタである。

 

仕方がないとはいえ、ゴブタ如きに負けた事になったシオンは大層悔しがったが、リムルの「お前は俺の秘書だから!」の一言で完全に機嫌を取り戻した。

ゴブタは命拾いをした。

 

既に準決勝は終え、観客の熱量と声援が最高潮に達する中、ついに決勝戦が始まった。

 

ディアブロVSハクロウ。

 

二人は闘技場の中央で静かに向かい合ったまま、微動だにせず互いを見つめている。

 

「なあベニマル。この戦い、どっちが勝つと思う?」

 

この試合に最も関心を向けているのは、間違いなく特等席に座る面々だった。

 

身に秘める存在値でテンペストの全てを凌駕しているディアブロ。誰よりも高く剣の境地に座するハクロウ。

 

この試合でどちらが勝利したとしても、文句なしでテンペスト最強の称号が与えられるだろう。

 

力のディアブロか、技のハクロウか。

 

全体を俯瞰できる中央の席に座るリムルが、隣のベニマル達に顔を向けて勝敗の予想を聞く。

 

「俺は互角だと思うんだが、どうだ?」

「……俺には分かりません。じぃやが負けるとは思いませんが、ディアブロは出鱈目に別格です。どちらが勝ってもおかしくはないかと」

「ふん! 何を言っているのですかベニマル! ハクロウが負けるはずありませんよ! ソウエイもそう思いますよね!」

「……そうだな。俺も同意見です、リムル様」

 

ハクロウと特に親しい関係にある者の間ではやはりハクロウが人気か。

 

リムルがそう思った時、賓客席に座っていたガゼルがヌッと顔を出して会話に入り込んで来た。

 

「俺だってそう信じたい。だが、いくら剣鬼殿といえど、『原初』の相手は厳しかろうて」

 

突然のガゼルの言葉に驚きながらもリムルは軽く頷き、後ろに座るワルプルギスに話しかけた。

 

「ワルプルギスは?」

『ワタクシ?』

 

ハクロウが試合に出てから、今まで大した反応を示さなかったワルプルギスの意識が急にハクロウに向いたのはリムルにも分かっていた。

ある意味この試合に最も興味を示しているだろうワルプルギスならもちろんハクロウと答えるだろうと思っていたリムルの予想は、すぐに裏切られることになる。

 

『ディアブロですワネ。ディアブロが勝ちますワ』

「…てっきりハクロウと答えるかと思ったよ」

『……きっとディアブロですワ』

 

やけに強い自信をもって言い切ったワルプルギスを訝しみながらも、実はリムルも内心では同意見だった。

 

ハクロウが弱いという訳では無い。

ただ、ディアブロが強すぎる。

 

『智慧之王(ラファエル)』による脳内シミュレーションでも、ハクロウ相手にディアブロは常に勝率8割を保ち続けていた。

 

「ワタシはそう思わないのだぞ! な、フール!」

 

ミリムの一声によって、場の視線がフールに向く。

 

「……どちらにせよ、試合は一瞬です。あの領域の強者同士の戦いが長引くことはまずありません。決着は、すぐかと」

「ああ、オレもそう思うね」

 

更に隣に座るギィからも、フールに対する同意の声が漏れる。

 

「その上でオレは、ハクロウに賭けるぜ。原初の黒(ノワール)……いや、ディアブロにとってはやりにくい相手だ。あとふつーにアイツが負けるところが見てぇ。ほら、始まるぜ」

 

ギィがそう言うのと、試合が始まるのは同時だった。

 

「それでは最終試合! 決勝戦、始め!!」

 

響くソーカの掛け声に、特等席にいる各々の意識が試合に向けられる。

 

一瞬の勝負が、始まった。

 

 

 

 

 

 

「クフフフフ。まさか貴方と戦うことになるとは思いませんでしたよ、ハクロウ」

「ふぉっふぉっ! ワシもじゃよ。『原初の悪魔』に胸を借りるつもりで、挑ませて貰おうかの」

 

両者はほとんど同時に戦意を練り上げ、殺気を開放してぶつけ合った。

 

互いの初手は見えている。己の手が読まれていることも分かっている。

それでも、まるで不文律のようにそれを変えるつもりは無かった。

 

小細工や小手調べは無駄。

 

初手の一撃から最大最強の切り札で挑むのが正解だと、どちらも理解していた。

 

「それでは最終試合! 決勝戦、始め!!」

 

ソーカの掛け声と共に、『天空眼』によって、ハクロウの額に第三の眼が開く。

 

全く同時に、二人は叫んだ。

 

「絶望の時間(ディスペアータイム)!!」

「鳥葬」

 

ディアブロの声が聞こえ、景色の全てが消え去った。

 

いや、景色という概念すらなくハクロウの周囲が白一色に染まる。

 

仮想世界を具現化させたこの場所の中では、ディアブロが絶対権力を司る。

今やハクロウの生死でさえディアブロの手中であり、この技が発動した時点で決着は着いた。

 

はずだった。

 

「―――」

「崩壊する(エンド・オブ)――クフッ! コ(・)レ(・)すらも斬りますか!! ハクロウ!!」

 

僅かに抜き身のハクロウの刀、その刀身から飛び立った白い斬撃が世界を四つに斬り捨てる。

 

仮想世界が反転し、現実に戻ったハクロウの目の前にしかしディアブロは既にいない。

 

「脇が甘いですよ!」

「……ッ!」

 

右手を漆黒の鉤爪に変化させたディアブロが、ハクロウの背後から首筋めがけて腕を振り下ろす。

 

肉など容易く抉り取るだろうその一撃をハクロウは僅かに重心を移動させて回避し、その勢いのまま右足ごと身体を回転させてディアブロの懐に沈み込む。

 

宙を空振ったディアブロの右手が続けざまに魔法を放つのを目の端で捉えつつ、鋭く伸びた鉤爪となって迫る左手に向けてハクロウは鞘に添えた空手を割れんばかりに握り込むと、澄んだ音と共に鯉口を切った。

 

「っ……!」

「ッチ―――!!」

 

避けようの無い神速の居合が、物理攻撃無効のはずのディアブロの左腕に食い込む。

 

そして白閃と共に、鉤爪となったままの左腕が付け根から断たれて高く宙を舞った。

 

「――――ッ!!」

 

しかし、一筋の闇。

 

残った右手から迸った漆黒の魔力の奔流が、動作を終えた直後でありながら回避のために距離をとったハクロウの腹を大きく貫いて穴を開ける。

 

「ぐうっ!?」

 

幸いなのは、周りの肉もまとめて焼き焦げたが為に零れ落ちる中身や血が無かったことか。それでも腹を焼く想像を絶する痛みに、ハクロウは思わず呻く。

 

これを隙と見たディアブロは、左腕を飛ばされたことなど微塵も気に留めずに追撃に動いた。

 

たった一歩の踏み込みで姿が掻き消え、僅かに動きの鈍ったハクロウの眼前に向けて瞬時に肉薄する。

 

間合いを踏み潰し、残った右腕を高らかに掲げたディアブロの手に、歪な黒い刃が噴出するように出現した。

 

まるで死神の鎌のような、長く湾曲した三本の鋭い両刃の剣がハクロウの頭上に影を落とす。

 

「生命の収穫(エンド・オブ・シザーズ)!!」

「ぬぅ……っ!」

 

全ての生命を刈り取るディアブロの鋏、その振り下ろされる一瞬を、何も無いはずの空中にて白い火花と共にハクロウの『刃』が真っ二つに斬り裂く。

 

続く真刀。

 

鞘に納めた刀を弾き、親指で鯉口を切る。

 

だが、ハクロウの抜刀術を警戒していたディアブロは既に間合いの外側まで退避しており、居合の後隙を狙うための準備に入っていた。

 

これでは当たらない。

 

それでも、一度動き始めた身体はもう止まらない。

 

「だめです! あのままでは!」

「じぃや……!」

 

全ての動きを目で捉えていたベニマルとシオンが思わず叫ぶ。

 

ハクロウの動きは斬撃を飛ばす技の動きでは無く、したがってこの一撃は必ず空振る。

この局面で一刀を空振る損失は計り知れない。恐らくハクロウは、その後のディアブロの迎撃に耐え切ることが出来ない。

 

ディアブロの勝ち。

 

誰もがその未来を見た。

 

ただ二人を除いて。

 

「皆様は少々、剣の高みに至ったハクロウ殿を舐め過ぎです」

 

始まりは、ハクロウの背後に散った小さな火花だった。

 

一つだけかと思われたそれは、まるで連鎖反応を起こしたかのようにどんどん数を増やし、瞬く間にハクロウを取り囲む。

 

「シィィァアアア――ッ!!」

 

ハクロウが吼える。

 

それに呼応するかのようにハクロウの周囲に白い火花が一斉に乱れ咲き――その場の全員の予想を覆した。

 

全身を用いた抜刀の斬撃が、刀身を遥かに超えて伸(・)び(・)て(・)見えたのだ。

 

「……まさかとは思ったが、ありゃ見覚えのある技だな?」

「うふ。ハクロウ殿は凄いでしょう。ギィ」

 

その技は、ただ『刃』を掴むだけではたどり着けない。

 

剣を己の一部と為し、『刃』を己の拡張と為し、纏わせた『刃』にて届かぬ所までを、どこまでも遠くへ一刀両断する。

 

極限の集中の中で、ハクロウが見せた二度目の開花。

 

更に上の、剣の領域。

 

「月影!!」

 

「っ………!?」

 

今度は、ディアブロの反応が一拍遅れた。

 

ズバンッ!

 

間合いも距離も全てを無視して、青白い残光が横一線にディアブロの身体を撫で斬る。

 

夥しい量の鮮血が飛び散って眼前を覆い尽くし、勝敗の予感が確信に変わる。

 

『刃』とは『斬るということ』。それは斬撃そのものと表現してもなお不足し、まともに受ければ如何に原初の悪魔であろうと致命傷は避けられない。

 

審判のソーカはただちに治療が必要だと判断して勝敗を宣言しようとしたが、言葉を発する前にソレを見て固まった。

 

闘技場の中心で、漆黒の繭が弾けた。

 

「まだです……。私は……勝たなければならない……。リムル様の御側に……リムル様に、私の勝利を!!!」

 

ディアブロは、まだ立っていた。

 

反応が遅れたならば、遅れたなりに打つ手はある。

 

絶死の斬撃が届くその刹那、回避を諦めたディアブロは瞬時に絶望の時間(ディスペアータイム)にて仮想世界を展開、そのまま現実に反映させることで自らの前に局地的な多重世界を作り出した。

それを盾として斬撃が多重世界に食い込んで僅かに減速した隙を狙い、身体を包み込むように悪魔の翼で己を覆った上で魔素を使って繭のように囲むことで致命傷を避けたのだ。

 

しかしそれでも翼は大きく裂け、腹部へ引かれた赤い線からは今もなお血が滝のように流れ続けている。

 

既に両者肩で息をしており、体力は限界、次の一手がこの試合の最後の時だと言葉にせずとも互いに理解する。

 

「クフ、クフフフフフ。貴方に敬意を払いますよ、ハクロウ。ですが、終わらせましょう。勝つのは私です」

「ワシも、あやつらに無様な所は見せられぬからな。ディアブロよ、我が剣に沈めぃ」

 

一瞬の視線の交差、その間に言うべきことは終えた。

 

「行きますよ!!」

 

ディアブロが指を鳴らすと同時、周りの時間が止まった。

 

ありとあらゆるものが停止した世界の中で、抗う術を持たないハクロウに出来ることは無い。

 

初めからこの戦法を取らなかったのは、単にディアブロが小賢しい戦術を嫌ったからだった。

しかし、もはやそのような事にこだわっていて良いような相手ではなくなった。

それはある意味、ディアブロがハクロウに贈る最高の賛辞なのかもしれない。

 

「絶望の時間(ディスペアータイム)…………ッ!?」

 

ハクロウに為す術が無いことを知っていても、それでもディアブロは油断せずに次の一手を打とうとして、驚愕に目を見開いた。

 

「………ち…………」

 

たった一つ、だが確かな白い火花が散った。

 

動かないはずのハクロウの口が言葉を紡ぐ。

 

「千鳥」

 

瞬間、幾千もの『刃』がハクロウの刀身から羽ばたき飛び立った。

 

その密度は既にフールの技と比べても遜色は無く、一分の隙間も無くハクロウの周囲を取り囲む。

 

そして、ハクロウが動いた。

 

「その斬撃…まさか停(・)止(・)し(・)た(・)時(・)間(・)を(・)斬(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)というのですか!? 無数の斬撃を身に纏わせることによって、半ば無理やりに止まった時の中を動くなど!」

「見ただけで理解するか、流石じゃな!」

 

驚きながらも、ディアブロは攻撃の手を止めない。

 

既に技の準備は終え、あとは放つだけでいい。

 

「崩壊する世界(エンド・オブ・ワールド)!!」

 

展開された仮想世界の崩壊と共に圧倒的な世界崩壊のエネルギーがハクロウを襲う。

 

受ければひとたまりも無いのは明白、ならば、斬り捨てればよい。

 

「八重桜(やえざくら)――」

 

本来その後に続く八華閃は、『朧流』秘奥義の中でも極一部の者にしか伝授されない技。

かつての師が使っていた技を見様見まねでハクロウが習得した、最高奥義。

流れるような千差万別な連続斬りで、一瞬で相手を八度斬り刻む。

 

しかし、八華閃は既にディアブロに見られている。

 

ならばハクロウがやるべきことは。

 

今、ここで、師を超えて、見様見まねを超える事である。

 

「――白耀閃(はくようせん)」

 

白い『刃』の蕾が、大輪と花開いた。

 

八つの花弁を持つ巨大な白い桜花がハクロウを中心に広がり咲き、花びらが含包した万物を塵となるまで斬り刻む。

 

ついにハクロウは辿り着いたのだ。

何も持たずとも何かを斬る、更に上の領域へ。

 

大輪の花は世界崩壊と僅かに拮抗したのち、相殺する形でディアブロから生まれた漆黒の全てを吹き飛ばした。

 

技は確かに成功した。

 

しかし。

 

「―――ッ!!」

「っ――!」

 

崩壊する世界(エンド・オブ・ワールド)もまた、目くらまし。

 

漆黒が晴れたと同時にハクロウの視界に飛び込んできたのは、最初と同じ、右手を鉤爪に変化させたディアブロだった。

 

「「―――」」

 

それでも神がかり的な反応速度により、迎え撃つハクロウ。

 

二つの影が合わさり、一つの甲高い音が響き――。

 

世界が再び動き出した後、観客が見たのは、ディアブロの首筋に刀を突きつけるハクロウと、粉々に砕け散ったその刀身だった。

 

一方、ディアブロの手はハクロウの胸を貫通しており、その鉤爪からは血が滴っている。

 

「……あと、一歩及ばなかったか……。ワシの今の力量を教えてくれて、感謝しますぞ……ディアブロ」

「クフフフ。生まれて初めて、ここまで敗北に瀕しましたよ。誇りなさいハクロウ。貴方はこの私を追い詰めたのです」

 

腕を引き抜かれたハクロウが気を失って地面に崩れ落ちる。

 

ディアブロも膝を突き、肩で荒い息を吐いていた。

 

「え、えーっと……。最後はよく分かりませんでしたが、ディアブロ選手の勝利です!! ていうか、早く治癒を!!」

 

ソーカが高らかに宣言し、この瞬間、優勝者が確定した。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

開国祭が終わり、数日が経った頃だった。

 

迷宮運営に明け暮れるリムルに一つの知らせが届いた。

 

ヒナタが、ユウキに殺害された。

 

しかもユウキは、歴代最強と称される勇者を操っている。

 

(なんで……どうしてだよユウキ!)

 

リムルは愕然たる気持ちで前夜祭の夜の会議を思い出していた。

 

エルメシアとリムルとユウキの三人が密かに行なった会議で、ユウキは一時的にこちら側に付くとはっきり宣言してくれた。

 

リムルはその言葉を信じたのだ。

 

信じて、いたのに……!

 

「今すぐ皆を集めてくれ。緊急事態だ」

 

これにより、リムルを巻き込んだ世界動乱の時代が始まる……。

 

 

 

 

 

 

「……ってな感じのサプライズだよ」

「ユウキお前ざっけんなよおおおおおおおおお!!」

 

翌日の会議室の中で、リムルは映像結晶に映るユウキの笑顔に向けて叫んだ。

 

同室しているのはルミナス、クロエ、そしてヒナタである。

 

「妾にもサッパリじゃ。いつの間にかクロエが棺ごと消えておると思えば、怒る間も無くいつの間にか死したヒナタと目覚めたクロエがおり、そしていつの間にか妾はヒナタを蘇らせておった」

 

とは、ルミナスの言である。

 

「ほら、これで戦力増強だろ?」などと供述しているユウキに一通りキレ散らかしたあと、リムルは当のヒナタとクロエに話を聞くことにした。

 

やたらくっついて来るクロエの話を超要約すればこうだ。

 

曰く、クロエは何度も何度もリムルを救うために時間遡行を繰り返しており、輪廻の基点となるのはヒナタの死だということ。

過去でルミナスの協力を得て勇者として活動した後は、ルミナスにより聖櫃に封印されるということ。

ルミナスがヒナタを蘇生してクロエの魂からヒナタの残滓を分離させたおかげで、今は『真なる勇者』として覚醒できたということ。

そしてこんなことは、ループの中でも初めてだということ。

 

「……ふぅん。あーそーゆーことね完全に理解したわ」

《告。完全に理解しました》

「よし。なら俺が聞きたいのは一つ、お前はなんでヒナタを殺したんだ、ユウキ」

「ほら僕ってば天才――」

「ユウキ」

「……一度だけ、ワルプルギスの魂に触れたことがあると言っただろう? その時にね、僕は魂への理解を深めたんだ」

 

人をくったような笑みを顔から消して、結晶越しのユウキが真面目に語りだす。

 

それは、おおよそ人の理解を遥かに超えた思考だった。

 

「僕の究極能力(アルティメットスキル)は奪う事に特化している。それは、魂も例外じゃない。だから僕は魂には一家言あったんだけど、ワルプルギスの魂に触れてからは更に細かく理解できるようになった。どんな魂も、あ(・)の(・)魂(・)に比べれば単純すぎる。それでね、僕はヒナタの魂を見たのさ。そしたら何が見えたと思う?」

「分からない。なんだ?」

「封印された勇者の魂の混ざりものと、一致したんだよ! かつて僕は封印された勇者を見たことがあるけど、その魂には不純な混ざりものが入っていた。ヒナタの魂はまさにその不純物そのものだったんだ!」

「……ちょっと、失礼でしょ。あなた、デリカシー無いわけ?」

「――っひ」

「刺すわよ」

 

不純物呼ばわりに、清聴していたヒナタが声を荒げる。

 

後にリムルはその時の迫力をこう語る。「隣に居たのが俺でなきゃ死んでたね」、と。

 

凍てつくような視線に刺されたユウキは流石に身の危険を感じたのか、即座にその場でズボンの皺を直すと、一切躊躇わずに美しく淀みのない所作で土下座した。

 

見たことが無いほど美しい土下座に、キレていたヒナタも思わず吹き出し、ユウキはプライドを投げ捨てての華麗な無罪放免と相成った。

 

「こほん。さて、そこで、僕はあらゆる可能性を考えたよ。その中で最も可能性が高く、理論的にも美しい解が、時間遡行だった。なら、疑問が生まれるよね。なぜ? どうやって? そこで僕はクロエに目を付けた。リムルさんが、いつだったか僕に教えてくれた精霊の棲家での出来事が頭をよぎってね。観察してみたらビンゴだ! あとはなぜ?だけだった。僕は確信をもって答えられるね。クロエの殺害によるヒナタの死が条件に違いないってね」

「ちょ、ちょっと待て。その推理の過程を聞きたいんだけど?」

「君らじゃ理解できないと思うよ」

「……え?」

「君らじゃ理解できないと思うよ」

 

あまりにも自然に馬鹿にされたせいか、リムルの反応が一拍遅れる。

 

何なら口調が自然すぎたせいで、リムルは一瞬ユウキに褒められたのかと思った。

 

だが画面の向こうでは、ユウキが人を馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 

「だってほら、僕ってば天才だからさぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、演技をしなくていいのはやっぱり楽だね!」

「ユウキ様の場合はどちらもあまり変わりないように見えますが」

「分かってないなあ、カガリ。心の持ち様だよ、持ち様」

 

リムル達との通話を終えたユウキは大きく伸びをすると、カーテンを開けてわざと暗くしていた部屋に光を入れた。

 

そこはまさに豪華絢爛と呼ぶにふさわしい内装をしていた。

 

金を基調とした家具の数々は、西側ではまず見られないような技術が惜しみなくふんだんに使われている。

 

それこそが、ユウキが部屋を暗くしなければならなかった理由。

リムルの側に付いても、秘密主義は変わっていないらしい。

 

ここは、イングラシア王国ではなく、ましてや西側諸国のいずれかですらない。

 

カガリの手伝いによってユウキがぱぱっと服装を着替えるのと、部屋の扉がノックされるのは同時だった。

 

「失礼します、カグラザカ様! お時間です!」

「うん。今行くよ」

 

ここは東の帝国。

ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国。

 

ワルプルギスに負けた日から、ユウキは密かにこの場所で上り詰めていた。

 

ユウキ・カグラザカ軍団長。

 

それが今の彼の階級であった。

 

ユウキ・カグラザカは天才である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

おっと、「無数の斬撃を身に纏う」に見覚えがある方!
決して決して、パクリではありません。
御廚子? ちょっと知らない子ですねぇ……。

ユウキは動かしてて楽しいですね。便利ですね。
こいつ公式公認の天才ですから。
web版でラスボスを張った器は伊達じゃないってな。

じゃ、次回から物語が動きますよ……。
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