転生したら「ワルプルギスの夜」だった件   作:十二夜

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全ての運命の不幸を無くそうとする、地上をマホウで埋め尽くし、

全人類を戯曲の中へ取り込もうとする、動く舞台装置。

一度は失敗した、二度目が在った。

今度こそはあの子の願いを叶えよう。

人でなし魔女でなし。

今度こそ、此度こそ。

故にそれは、最後にきっとこう謳われる。

悪。

あるいは、希望。




知らん…何それ…怖…

 

「ワルプルギスは、今もこの世界を滅ぼしたいのか?」

 

ミリム・ナーヴァは確かに子供である。

しかしミリムはまた、この世界に数千年君臨する魔王でもある。

 

ミリムが他者の顔色を伺うことは無い。何故ならミリムに逆らうことのできる存在はこの世界に居なかったから。

だが同時に、ミリムは他者を観察する事に特に優れている。何故ならそうでなければ、己と同等な存在を見極め、その戦闘に勝利することが出来ないから。

 

今でこそリムルを見て常識を学び、日に日に暴君では無くなっていっているものの、ミリムの観察眼はいささかも衰えてはいない。

ましてや、相手が一時とは言え共に過ごしたトモダチならば尚更である。

 

ある種の確信を伴いながら、ミリムはおずおずとワルプルギスに隠している真意を問う。

その表情はまるで、友人から嫌われる事を恐れるありふれた少女のようで。

 

ワルプルギスはその姿に一瞬、思わずかつての双子の姉妹を重ねてしまった。

 

ミリムの事は嫌いではない。むしろ、好ましい。

ミリムに対してだけは、本能たる殺意を抑えることが苦痛に感じないほどには。

 

ワルプルギスは小さく息を吐き出すと、震えるミリムの頭を雑にくしゃっと撫でた。

 

『場所を変えようか』

 

 

 

 

 

 

山岳地帯に接するジュラの大森林の端、人々から死の領域と呼ばれていた一帯から少しばかり離れた場所まで二人は移動して来ていた。

何の変哲もない木々に覆われたここは、かつてはとある村が存在していた場所だった。今はもうその痕跡はどこにも無く、この場所を知るミリムでさえも悟ることが出来ない程に森と一体化していた。

 

ワルプルギスは何も無い空中で扉を押し開けるような動作をすると、なんでここへ連れて来られたのかイマイチよく分かっていなさそうなミリムを振り返る。

 

『ほら、入っていいぞ』

「……? ここには何も無いのだぞ? ワタシの竜眼(ミリム・アイ)もそう言っているのだ」

『ところがどっこい。あるんだよなぁ』

 

そう言って少し前に進んだワルプルギスの身体は、まるで空中に溶けるようにその場から消え去った。

 

「うえっ!?」

 

竜眼(ミリム・アイ)が間違えたという衝撃に一瞬面食らうミリムだったが、すぐに好奇心がそれを上回り、ミリムはワクワクしながらゆっくりと目の前に一歩を踏み出す。

 

途端、景色が変わった。

 

――満天の星々を戴く夜はしばしば、深海に言い換えられることがある。

 

足を踏み入れたそこは、紺藍色に沈む深海の底だった。

 

その景色に不安も悩みも吹き飛んだように忘れて、ミリムは目を輝かせて諸手を上げる。

 

「すっ……すっっっっっごいのだ!!! 綺麗なのだーー!!」

『ようこそ、魔女の結界へ。ここへ他人を招くのはミリムが最初で最後だから、秘密で頼むよ』

「うむ、もちろんなのだ! その代わりワタシが来たいと言ったらまたここへ連れてくるのだぞ!」

『……まあ、それぐらいは構わないよ』

 

ワルプルギスの結界内を構成する大劇場。

 

広大な三階建ての空間には、星が満ちていた。

観客は誰一人おらず、舞台の天井には太陽では無く半月が浮かんでいる。

それに伴って空間全体を夜が包み込み、細かな星の光が海底を漂うように散らばって幻想的な光景を作り出していた。

 

劇場の大天井には金文字が変わらず刻まれていて、暗闇の中からでもその一節はよく見えた。

 

quod fere totus mundus exerceat histrionem(世界はすべて舞台)』。

 

ワルプルギスは慣れた様子で座席と座席の間を通り抜けて前に出ると大きな舞台へ上り、興奮した様子で周りをキョロキョロ見渡しているミリムにこちらへ来るよう手招きする。

それを見たミリムが同じように舞台の上に登ると、端に座っているワルプルギスの隣に腰掛ける。

 

その時、まるでタイミングを見計らっていたかのように、巨大な歯車が軋みながら回る音が何処からともなく劇場に響くと空中を漂っていた星々がフッと消え去った。

視線を上に向けると全ての星が天に張り付いていて、舞台の天井と劇場の大天井に輝かしい程の満点の星空が映し出される。

 

ワルプルギスと共に天井を見上げるミリムが、感心するように歓声を上げた。

 

「お、おお……! すごい……!!」

『綺麗だろ? ここは私の世界だからね、好きに出来るんだよ』

「ワタシも! ワタシも()()やってみたいのだ!」

『うーん、ミリムには難しいんじゃないか? 魔女の結界は文字通り、魔女だけのものなんだ』

「ぐぬぬ……!」

 

ミリムが悔しそうに唇を噛んで唸る。

 

ワルプルギスはそんなミリムを微笑まし気に見つめると、視線を天井に戻して呟いた。

 

『まだ、覚えているか?』

 

何を――、とは聞かなかった。

 

ワルプルギスの言葉の中に真剣さを感じ取ったミリムは、緩んでいた表情を引き締めて背筋を伸ばすと、神妙に頷く。

 

「ワタシを舐めるな。ニナとミナ、リュティス、ファトナ、シーラ、アリス、リリナ――」

『あーうん、十分だよ。……なんだ、私よりも知っているじゃないか』

 

自虐的に嗤うワルプルギスの姿にミリムは違うと言いかけ、グッと口を噤んだ。

その代わり、ゆっくりと懐かしむように口を開く。

 

「みんなが死んだと知った時、ほんとはワタシも悲しかったのだぞ? いっそ暴れてやろうかとも思った。でも、そうしなかった。怒りはあったけど、それ以上に残念な気持ちの方が強かったのだ」

 

舞台から投げ出した足をぷらぷらと揺らしながら、ミリムはこの場所にまだ辛うじて残っているかつての生活の残滓を感じ取って目を細める。

 

「強い者は許される。それがこの世界のただ一つのルールなのだ。ましてや、ルミナス教徒は魔物を殺す習性を持った人間。リュティス達は正しく戦って、正しく死んだのだとワタシは思うぞ?」

 

その言葉を聞いたワルプルギスはなるほど、と何故か全く関係ないことに納得していた。

 

ミリムの言葉の節々には重さがあった。少女のまま数千年の時を生きてしまった結果の、独特な重みが。

どこか遠くを見ているような瞳には、知らない過去が映っていた。

永き時を生きて行く中で、『別れ』というものに慣れてしまったのだろう。

 

きっとミリムにとっては、この世界全てが大きな生存競争の野生世界で。

全ての生物が、各々の習性に従って動いているように見えるのだろう。

だからこそ、そこから外れた行動には怒りを、従った行動には慈悲を。

 

正しい闘争。正しい死。

 

(分かんないもんだな。本物に会わないと)

 

ミリムを形作る価値観の本質に触れた気がして、ワルプルギスの口元が思わず綻ぶ。

 

「ワタシは別にワルプルギスの復讐を止めたいわけじゃないぞ。オマエは強いからな。でも……」

 

ミリムは空色の瞳をワルプルギスに向けると、少し躊躇ってから独りごちるように言った。

 

「ワタシはまだ、この世界が好きなのだ」

 

永遠に幼いと言えば聞こえは良いだろう。無邪気と言っても聞こえは良い。

 

だが、ミリムの辿って来た道はそんなに優しく、生易しいものじゃない。

どこかに何かを置き忘れたような、ゾッとする程に透明な目をしたミリムを見て、ワルプルギスは優し気な嘘を吐くのを止めることにした。

なにより、なぜかミリムの前ではどうしても自らを偽るのに抵抗があった。

 

とはいえ全てをあっけらかんと教えるわけにもいかず、何か言いたげな気配を放っているヨルを無視してワルプルギスは慎重に考えながら口を開く。

 

『ミリム。私にこの世界を滅ぼしたいのかと聞いたな?』

「……うん」

『答えは否、だよ。むしろ逆だ。私はこの世界から不幸を失くしたい』

「……んん?」

 

驚くミリムと同時に再び何処からか歯車が軋む大きな音が響くと、星月夜はゆっくりと消えていき、入れ替わるように舞台天井には雲と青空が顔を出した。

在りもしない太陽が本物さながらに二人を照り付け、じりじりとミリムの思考力を奪っていく。

 

『全ての運命の不幸を無くすために、私はずっと回っている。そのために世界を戯曲の中に取り込むことを世界滅亡と呼ぶなら、それは確かにそうなんだろうさ』

「……んぉ? えっと……? むむむ????」

『私はこの世界を()()()()つもりなんだ。ルミナス教を消した上でね。もちろん、ミリムは残すしリムルもラミリスもテンペストも……まぁ、お望みならギィも残してやらんことも無い。だから、一部の者にとっては破滅かも知れないけど、()()()()()()には何の影響も無いと思うぞ。むしろ良くなってるかも』

「ん……? んんんん……!! ええい、よく分からーん!! つまりどういうことなのだ!!」

 

頭から煙を出しながらミリムは理解することを諦めて叫んだ。

 

つまり、勝ちである。

 

『ミリムが心配しているような事態にはならないってコトだよ』

「本当なのだな? 例によって竜眼(ミリム・アイ)は反応しないが、信じて良いのだな!?」

『ああ、嘘じゃない。それにミリムが思っているより、私はお前のことが好きなんだぜ?』

「そうか……! うむ、そうなのだな! うしし、ならば良いのだ!!」

 

ワルプルギスに頭を撫でられながら、ミリムはスッキリしたような笑顔を浮かべる。

 

「よし! そういう事なら早く帰って宴の続きと行こうではないか!」

『まあ待て待て』

「ぐえっ」

 

元気いっぱいに立ち上がって駆けだそうとしたミリムの襟をぐいと引っ張り、両脇に手を差し込んで下からひょいと持ち上げる。

そのまま観客席に移動したワルプルギスは成すがままにされるミリムを膝の上に座らせて指を鳴らすと、再三に渡って歯車の音と共に舞台が切り替わり、瞬く間に()()()()()()()()()()()()()()が使い魔の役者によって舞台上に整えられた。

 

この場所を認識できる者はいない。

なら、もう少し居てもバレはしないだろう。

 

『昔話をしようか、ミリム』

「昔話だとぉ?」

『ソウ。ワタクシが生まれた時の話ですワ。……おっほん、ざっと数千年前だな』

「ワルプルギスが生まれた時の話!? なんだそれ、気になるぞ!!」

 

前のめりになったミリムが声を上げたその時、広い草原を模した舞台に、どこか懐かしい感情を抱かせる一体の女の子の人形が舞台袖から姿を現した。

 

『昔々、異世界にある地球という星には、魔法少女と呼ばれる存在がいた――』

 

 

 

 

 

 

ワルプルギスの創った魔女の結界は、確かに誰にも認識されることは無い。

 

ただ一匹を除いて。

 

「ほんと、興味深いデータが次から次へと出てくるね。でも、ワルプルギスのような特殊な個体から得られるデータでは、通常の魔女がどんな存在なのかが把握できない」

「……あっちでほむらを閉じ込める事には成功したみたいだね。円環の理もそっちを優先するだろうから、これで少しは動きやすくなったよ」

「これで僕もそろそろ、本分を果たすことが出来そうだ」

「魔法少女の成れの果て、魔女……か。実に言い得て妙だ」

「時間はたっぷりある。事を急ぐ必要は無いね」

 

「どれほどのエネルギーが得られるのか、実に楽しみだ」

 

身を翻し、キュゥべえはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

テンペスト開国祭の目玉イベント、武闘大会。

 

既に人が大勢詰めかけて熱気で溢れている闘技場に向かっているのは、ヒナタとユウキを加えたリムル一行。

 

なのだが――、

 

「いやあ、ワルプルギスさんがアニメのキャラだなんて知らなかったよ! もっと早く言ってくれたら僕もそれなりの対応をしたのになぁ!」

『……』

「まどマギだなんて懐かしいねっ。ヒナタは知ってる? え、知らない? 恥ずかしながら僕もよくは知らなくてさぁ、でもアニメキャラが目の前に居るってのはなんだか感動するよね!!」

「……」

「………ねぇヒナタ、これって触れた方が良いのかな?」

「シッ! 止めておきなさいユウキ。どうせリムルの事だから、何とでもなるわよ」

「――いや何とでもならねぇよ!? ほらミリム一回降ろして? な? いい子だからほら頼むって恥ずかしいってうおおおおおちくしょおおおおお誰か助けてええええええええぇぇぇぇっ!!」

「うわはははは! わっはっはっはっはっは!!」

『重いですワ』

 

ユウキは気丈に話しかけながらも顔が引き攣っているし、ヒナタに至っては先程から少し距離を取って頑なにワルプルギスの方を見ようとしない。

 

なぜなら今、ワルプルギスの肩の上でミリムがはしゃいでいるからである。

 

あの日以来、ミリムは今までにも増してリムルとワルプルギスに引っ付くようになった。

出会いがしら早々にワルプルギスによじ登ったミリムは堂々たる姿で肩車を所望、ワルプルギスもそれぐらいなら別に良いかと思い承諾したのが運の尽き。

二段なんかで満足しなかったミリムは、スライム姿のリムルをひょいっと持ち上げると、満面の笑みで己の頭の上に乗せた。なんと三段である。

 

その状態のまま歩いてきたのだから、否応なしにも周囲の好奇の視線に晒されることは避けられない。

ましてや、今は旅行客でごった返す開国祭の時期なのだ。

その上、ミリムは周囲に見えるようにリムルを掲げて振り回すものだから、人々からの視線はますます集まっていく。

 

ちなみに詳細は伏せるが、リムルとミリムの体重を合わせるとかなり素敵な重量になる。

 

一番下にいるワルプルギスからどんよりとしたオーラが漏れているのはそのためである。

 

とその時、前方の人混みからざわめきが広がったと思うと、目の前の人だかりが綺麗に真っ二つに割れた。

 

出来上がった道を歩んでくるのは、四名の人間。

 

「おうおうおう! 魔王リムルよ、マサユキ様に化けの皮を剝がされる用意は出来たか? なぁ、マサユキさん!」

「逃げずにここまで来たことは評価してあげましょう。しかし、あなたの本性はもうじき明るみになる……そうでしょう? マサユキ君」

「マサユキ様は正義。邪悪は討つべし。……マサユキ様?」

 

西の勇者、マサユキ・ホンジョウ。

現れた四人は『閃光』の二つ名を持つ最速の勇者と、そのパーティ一行。

 

しかし、どうもマサユキの様子がおかしい。

 

一向に反応の無いマサユキを訝しんだ三人が振り返ると、そこには滝のような汗を流して固まっているマサユキの姿があった。

 

「え?え?ワルプルギスじゃん?え?なんで?ワルプルギスじゃん。まどマギ、え?待って?ちょっと違う。いやでもワルプルギスじゃん。え。え?なんで?」

「ど、どうしたんですかい!?」

「マサユキ君、一体……ああ、あの魔女ですか。災厄やら悪夢やら言われていますが、所詮は噂。勇者マサユキの敵ではない」

「マサユキ様がお望みなら、今この場で魔女を討伐しましょう!」

 

盛り上がる取り巻きとは裏腹に、マサユキはどんどん真顔になっていく。

 

たっぷりと十秒近い間を経て、マサユキは腹を下したような青い顔になると絞り出すように叫んだ。

 

「ごめん僕ペストと赤痢と腸チフスを併発して死にそうだから一旦トイレ行ってくるねそれじゃ!」

「「「ま、マサユキ様ーーー!?」」」

 

間違いなく人生最高速で駆け出した閃光のマサユキに、取り巻きの三人も捨て台詞を吐きながら走って追いかけて行く。

 

そうして取り残されてポカンとしているミリムを横目に、ワルプルギスとリムルは顔を見合わせた。

 

『「異世界人だね! 確保、収容、保護」』

 

 

 

 

 

 

武闘大会の予選は既に開国祭一日目である昨日に行われている。

 

今日行われるのは本戦、そして明日が決勝。

 

上位に名を連ねた四名にはリムルより四天王の称号が贈られるが、これは参加者の大半がテンペスト側の魔物だからこそ出来る力技である。

 

「さて、諸君。良くここまで勝ち残った。激しい予選を突破した君たちは既に強者だと言えるだろう」

 

マイクを片手にリムルが闘技場の真ん中で選手たちに声をかける。

 

ディアブロは既に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、シオンは金剛丸を背に仁王立ち、マサユキは未だに腹を下したような青い顔をしている。

 

そして、ついに武闘大会本戦が始まった。

 

一方でリムルと同じ特等席から試合を見ているワルプルギスにとっては、全ての結果は分かり切っているというか予定調和なのでイマイチ盛り上がれない。

 

この世界に関しては二種類の「転スラ」が混ざり合っているので早々に理解を放棄しているし、なんなら特大異物である自分が混ざり込んでいるために余計カオスになっており、その上そもそも初めから「転スラ」の物語を細部まで覚えちゃいない。

だが、それでも大きなイベントに関してはしっかりと記憶に残っていた。

 

記憶よりも青白い顔をしたマサユキが記憶の通りにリタイアしたのを見届けたワルプルギスが、いかにしてバレないようにここから抜け出せるかを考え始めたその時、異変が起きた。

 

第五試合、ハクロウvsダムラダ。

 

接戦の末にハクロウが勝つことを知っているワルプルギスは、これまでのようにうわの空ながらも観戦をしようとし――心の中で目ん玉をひん剥いた。

 

13秒。

 

それが決着にかかった時間である。

 

《アラマァ》

(……ハクロウ強すぎない? なにあれ)

 

本来なら互角以上の戦いを演じたダムラダ相手に、ハクロウは腰に下げた刀を一度も抜かずに圧勝した。

 

ダムラダが放った攻撃は何も無い空中で全て受け止められ、理解が追いつかぬままに白い火花と共にどんどん追い詰められて行き、最後は刀を握っていないハクロウの刀を振るような動作と共に場外に吹き飛ばされた。

 

あまりの塩試合に、観客も困惑したように沈黙している。

 

ミリムの膝の上で観戦しているフールだけは後方腕組み師匠のような雰囲気を放っているが、ワルプルギスにとってはそれどころじゃない。

 

『な、なあリムル。ハクロウってあんなに強かったっけ』

「いや、あそこまでとは予想外だったな……。流石はハクロウ、フール師匠の一番弟子は伊達じゃないってことか」

『え゛』

 

物凄い勢いでワルプルギスは振り返る。

そこでは相変わらずフールが後方腕組み師匠のような雰囲気を放っていた。

 

お前かよ。

ていうか私のせいかよ。

 

(なんだあれ。原作にあんなもん無かっただろ)

《スタンド攻撃に違いありませんワ!》

(やかましい)

 

だが、衝撃はまだ終わらない。

 

試合が進み、二日目の試合予定が全て終わろうとしている薄暗い時間帯。

戦いはますます白熱していき、闘技場は勝ち上がった者同士が死力を尽くす場となっていた。

 

そして本日の最後を飾る試合。

 

第12試合、ハクロウvsシオン。

 

ワルプルギスの記憶では、ハクロウはここで敗退するはずだった。

 

闘技場中央にて、ハクロウとシオンは淡々と小手調べの様な攻防を行っていた。

 

振り下ろされるシオンの大太刀が火花と共に空中で弾かれる。

斬り返すハクロウの『刃』をシオンが滑らかに受け止める。

 

いつまで続くのかと思われたその時、先に均衡を崩したのはシオンだった。

 

裂帛の気合とともに、これまでで最速の動きでハクロウへ斬りつける。

 

上空から倒れ掛かってくるような重い一撃をハクロウは半歩引いて受け流すと、そのまま流れるように姿勢を抜刀の構えに繋げる。

 

重心を浅く落とし、この大会で初めて刀の柄に手を触れる。

 

心は静謐、静かに深く息を吸い――ハクロウは力みを解放し爆発的な勢いで鯉口を切り、放った。

 

「ッ――!」

 

『刃』を纏った神速の刀身に合わせて、シオンは反射的に大太刀の背を差し込む。

 

散る白い火花。だが澄んだ音と共に刀は既に鞘に収まっている。

 

斬り返しの時間は無い。来る。

 

再び抜刀。シオンの眼前に迫った斬撃の数は三。

 

その内の二つをシオンは純粋な『刃』を使った陽動と判断し、ハクロウが握る本命の刀の回避に全神経を注ぐ。

 

見逃した斬撃に肩と腹を深く裂かれながらも下半身を脱力させて沈み込んだシオンは、真刀の居合が頭上を通り過ぎた瞬間に落下の勢いを利用して前へ踏み出す。

 

振り抜かれた刀、技の終わりに生じるあるかも分からぬ刹那の隙。

 

針の先端を合わせるが如き繊細さで差し込むように置かれたシオンの大太刀は、咄嗟に身体を捻りながらも回避行動を取ったハクロウの脇腹を一筋に抉って貫いた。

 

相手の攻撃を利用したその動きは、フールを彷彿とさせる究極の迎撃。

 

交差した両者は全く同時に振り返ると、まるで傷など何も無いかのように目にも止まらぬ速さで再び剣を合わせる。

 

数十の剣戟音が空中に鳴り、数百の火花が散る。

 

最後に互いの剣を弾き合い、ハクロウとシオンは一度距離を取って再び対峙した。

 

誰もが息を止めていた。

 

ここまで一分にも満たない、呼吸すら憚られるような激しい攻防。

 

初めは静を体現するような動きをしていたハクロウは今、獰猛に歯を剥き出して全身から抜き身の剣のような異様な気配を立ち昇らせていた。

 

戦いを長引かせるつもりは一切無い。

 

シオンの師として、ハクロウはシオンに更なる高みを見せなければならない。

 

フールの見せる頂では無く、同じ妖鬼が辿り着いたハクロウの剣の高みを。

 

「かかっ! カカ呵呵呵ッ!! さてシオンよ、この剣を受け止めたならば免許皆伝をくれてやるわい!」

「笑い方がおかしくなっていますよ! ハクロウ!」

 

軽口を返しながらも、シオンは少し鋭く息を吐き捨て、意識を研ぎ澄ます。

観客の声援もリムルの存在も意識から消え、目の前の剣鬼と構えた剛力丸にだけ全ての集中が注がれていく。

 

ハクロウは抜刀の構えを取っていた。

 

ならばシオンの為すべきことは、真正面にてそれを叩き潰すことのみ。

 

世界が凪いでいく。

 

ハクロウの柄から白い火花が零れる。

 

右足を前、左足を後ろに、右手は柄より半紙一枚分だけ上に浮かせてゆったりと握り、身体を内へ内へと捩り切る。

 

シオンを見据える瞳の奥には一振りの刃。

 

ハクロウの呼吸音が静かに止まった。

 

決着は、今。

 

八重桜(やえざくら)八華閃(はっかせん)―」

 

閃。

 

認識の限界を遥かに上回る速度で間合いを踏み潰し、抜き放ったハクロウの太刀筋が刹那の光となる。

 

一閃、ではない。ハクロウは既に八度刀を振るっており、一度の抜刀で八つの斬撃がシオンに肉薄する。

 

紛れも無く死の淵に立ったシオンは眩しそうに目を細め、そして笑った。

 

天地活殺崩誕(カオティックフェイト)ォ!!」

 

それは、シオンの持つ因果を書き換える力。

 

結果すらも改竄するありったけの意思を込めて、シオンは伸び切った身体を折り畳んで大上段から剛力丸を振り下ろす。

 

勝負は確定した。

 

誰もがシオンの勝利を幻視し、ハクロウの剣が折れる未来を見た。

 

ただ一人、フールを除いては。

 

「シィアッ!!」

 

気迫と共に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

溢れるほどに白火花が舞い、金剛丸が八つに叩き斬られる。

 

驚愕にシオンの目が見開かれるがそれを上回る意思で半ば本能的に肉体が動き、動作を中断して無理やりに右手を引き絞ると、尚も折れた大太刀を前に突き出そうとする。

 

しかし、既にハクロウは納刀を終えている。

 

甲高く澄んだ音色。

 

二度目の抜刀が放たれる。

 

「――――……私の負けですね。凄いです、ハクロウ」

「ふぉっふぉっ! ワシはお前の本気が見れて満足じゃよ!」

 

ハクロウの握る刀が、シオンの首に薄皮一枚を隔てて止まっていた。

 

「「「「――ウオオオオオオオオオオオオッッ!!」」」」

 

一瞬の沈黙の後、歓声が爆発した。

 

息を呑んで見守っていた観客はもちろん、リムルも立ち上がって惜しみの無い称賛を送る。

 

「決着ぅぅーーーーッ!! この名勝負を制したのはハクロウ! 勝者、ハクロウです!!」

 

審判兼実況をしているソーカの声が響き渡り、こうして開国祭二日目の武闘大会は幕を閉じた。

 

(なにこれ知らない)

《スタンド攻撃を受けていますワッ!》

 

ワルプルギスは震えていた。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

夜。

 

武闘大会が終わったからといって、開国祭の盛り上がりが終わるわけでは無い。

 

むしろ夜からが本番だとばかりに、あちこちに点けられた明かりがまるで昼のように町を照らし、そこかしこで呑んだり歌ったりの宴会が行われている。

 

そんな中、いつもの訓練場にて向き合う二つの影があった。

 

言わずもがなハクロウとフールである。

 

ハクロウは左手で直接握った鞘を腰に引き、柄に右手を添えた半身となって浅く重心を落としている。

 

街中に喧噪が満ちる夜であるにも関わらず、ここ一帯だけ空気がやけに静まり返っている。ひりつく感覚すら覚えるほどに。

 

対面に立つフールは『夜裂(よるさけ)』を持ってはいるものの、抜く気配も無くだらりと脱力している。

 

そしてハクロウの集中が限界にまで高められたその時。

 

鯉口が切られる。

 

「――シィッ」

 

白閃。

 

火花と共に『刃』を纏った刀が一直線に振り抜かれてフールに伸びる。

 

だがフールは、その一撃を微動だにしないままに『刃』を操って空中で受け流す。

 

続く二撃目。

 

ハクロウの真刀に纏わせた『刃』と、実体の無い純粋な『刃』が鍔競り、フールの側が圧し勝つ。

 

キャンバスを用いず宙に絵を描くのにも限度があろう。

 

神業。神技。

 

白と黒の火花が入り乱れて散る。

 

「まだですぞ!」

「ふふ。素晴らしい」

 

右へ振り抜かれたはずの刀がすでに左へ戻されている。

 

フールの意識の隙。存在しないと言っても過言では無い極小の硬直を見逃さず、ハクロウが右から左へ燕を返す。

 

もはや一筋の光としか視認できない二閃。

 

「剣鬼ハクロウ。やはり素晴らしいです」

 

余裕の表情を崩さずに、緩慢にすら見える動作でフールがゆったりと『夜裂(よるさけ)』を引き抜く。

 

夜の闇に沈み込むその刀身を見て、ハクロウは嬉しそうに笑みを零した。

 

キィィン――――………

 

澄むような甲高い音が鳴り、ハクロウの刀が弾かれる。

 

二人は同時に動きを止めると、静かに刀を鞘に納めた。

その流れるような流麗な所作は、まるで神聖な祈りを捧げているかのようで。

 

「……見事と言う他はありません。今のハクロウ殿なら、明日も問題ないでしょう。応援していますよ」

 

フールは柔らかな口調でハクロウに話しかける。

 

フールがテンペストに滞在し始めてから毎日刃を合わせているハクロウには、ある目標があった。

開国祭が終わるまでに、『夜裂(よるさけ)』を抜かせること。

幾多の相対を積み上げて、ハクロウは今日ついにそれを成し遂げたのだ。

 

「ほっほ。なんの、まだまだですじゃ。更に精進せねばなりませんなぁ」

「ですが、今日はここまでにしましょう」

「明日もよろしく頼みますぞ、師よ」

 

そう返事するハクロウの声には確かな達成感があった。

 

互いに一礼し、ハクロウが踵を返す。

 

成長の手ごたえを感じながら去っていくハクロウの背中を見つめて、フールは大きく息を吐くと、

 

「鬼ごっこをします!」

「なんですか急に」

 

いきなりフールの懐に飛び込んで来た虹色のもふもふに目を向けた。

 

「わたしね、気付いちゃったわ」

「ちゃいましたか」

「昼にゴブリンのガキが鬼ごっこをしていたの。それを見た時に閃いたのよ。これだ!ってね」

「さいでございますか」

「だから鬼ごっこで遊ぶわ!」

 

尻尾を振りながら高らかに宣言するステラに、フールは慣れたように相槌を打つ。

 

ここ数日でフールはステラの扱い方を心得ていた。

 

この女王様が遊ぶと叫べば遊ぶのだ。

 

昼間はお互い役割があるため、会えるのは夜になってから。

その関係で、ステラは毎日のように夜はフールの所へ突撃していた。

 

ちなみに昨日はかくれんぼでステラが勝っている。

 

「じゃ、まずはお兄様が鬼ね。わたしは逃げるから、範囲はそうね……無制限で!」

「なるほど。しかし良いのですか? 私、これでも脚力にはいささか以上に自信がございますが」

「そんなのわたしもよ。それじゃ良いわね! 十秒数えてから追いかけて来るのよー!!」

 

そう言うが早いかステラは流れ星の如くとんでもない速さでその場から消える。

 

取り残されたフールは大きく伸びをして体をほぐすと、大きな耳で音を拾ってステラのいる位置を正確に把握した。

 

「さて……二日連続で妹に負けるわけにはいきませんからね。張り切って行きましょうか」

 

射出。

 

身体をほとんど地面と水平に保ちながら、フールは初速から音の壁をぶち破る。

 

少し遅れて、踏み締めた大地が砕けて高く爆ぜた。

 

「ふははははは! どこへ行こうというのですかね!!」

「げっ!? はやッ!?」

 

その夜、地面を高速で移動する未確認飛行物体が世界各地で目撃されたという。

 

 

 

 

今日の遊戯「鬼ごっこ」。

勝者、フール。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

ちなみにマサユキ様は特に活躍の予定はありません。

テスト終わったよ……。出来栄え?終焉……かな。

そんなとこはどうでもいいんだよぉ!!!夏休みだよぉ!!!!ひゃあ!!!!
更新頻度が上がりますよ(断言)
うに(注文)

次話は武闘大会決勝ですね。武闘大会が終わったら物語を大きく動かそうと思います。

それと、廻天公開までに完結するのはもう不可能ですから、この作品が公式の設定をフル無視したカスの二次創作にならないよう祈っててください。
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