転生したら「ワルプルギスの夜」だった件   作:十二夜

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がく‐げき【楽劇】
Musikdrama
詩と音楽の統一体としてのオペラを意味する概念。音楽と演劇を一体化した総合的な舞台芸術を目指したもの。






ラゥ ラゥ お嬢さん



第五幕・楽劇
綻び零れるセレナーデ


 

「今日は魔獣狩りをするわ!」

「なんです、それは」

「魔獣狩りよ!」

「さいですか」

 

訓練場にて一人で粛々と刀を振っていたフールは突然の乱入者にも動揺せずに淀みなく納刀すると、突撃して来たステラをひょいと抱き上げる。

 

この頃、定時になれば毎日のようにこうして遊(・)び(・)の誘いが来るので、その手つきも慣れたものだ。

心なしか、ステラに対する口調も段々雑になっている。

 

どうやら今回の遊(・)び(・)の哀れな犠牲者は魔獣であるらしい。

動物が魔素を浴びて変質する魔獣の多くは気性が荒く、人間を襲い生態系を荒らす害獣として駆除が推薦されている。

 

「それで、どのようなルールにするのです?」

「魔獣を多く狩った方の勝ちよ。範囲はこの森全域ね」

「分かりました。ところで、最近はかくれんぼやら遠泳やら魚獲りやら山賊狩りやらをしましたが、気に入る遊びは無かったのですか?」

「どれも楽しかったけど……無いわ。遊ぶことって難しいのね!」

「はあ、さいで」

 

フールが気の抜けたような適当な返事をする。

 

と、ここまでがワンセンテンス。

 

この一連の会話もまた、恒例になりつつあった。

 

「では、早速はじめましょうか」

「ええ!」

 

 

転生したら「ワルプルギスの夜」だった件

第52話 綻び零れるセレナーデ 

 

 

 

既に太陽が傾き、燃えるような色の斜陽が木々の隙間から差し込む頃。

 

森の中に、明らかに異様な存在感を放っている不自然な山が二つ鎮座していた。

よく見ると、それは全て魔獣の死体が積み上がって出来たものである。

ジュラの大森林に生息している魔獣が全滅したんじゃなかろうかと疑うほどの死体を積み上げた犯人は、もちろんフールとステラである。

 

「……引き分けね」

「ですね」

 

同じ大きさの山を眺めながら、ステラは残念そうに、フールは淡々と呟く。

 

「それで、今日はどうでしたか?」

「楽しかったけど……これもなんか違うわね」

「そうですか」

「………」

 

そう言ったきり、フールは黙った。

 

するといつもは元気なステラも何を話せば良いのか分からなくなり、会話が途切れる。

 

間に流れる微妙な空気が気になってチラチラとフールを見やるが、フールはまるで気にしてないかのように死体の山を見上げたまま動かない。

 

ステラは何度か話しかけようと顔を上げるが、言葉は出ないまま再び俯く。

もしかしたら、気を悪くしてしまったのかもしれない。

 

本当はステラだって分かっているのだ。

そもそもこの遊(・)び(・)だってステラのわがままから始まったものに過ぎない。

だからいつか愛想を尽かされてしまう時が来る、と。

 

ステラのそんな思いを感じ取ったのだろうか、フールは頭の後ろに垂れた二つのウサギ耳をフルフル揺らすと、申し訳なさそうに苦笑した。

 

「あぁいえ、そういう訳ではありませんよ。少し考え事をしていただけです。訊いても?」

「え、ええ、良いわよ」

「では、遠慮なく。なぜあなたはワルプルギス様の前では話せないフリをするのです? なにか理由でも?」

「……そうね」

 

愛想を尽かされたわけじゃなかったという安堵と、いきなり何の話だろうかという困惑。

戸惑いながらも、別段隠すようなことでも無いのでステラは正直に答える。

 

「あの方がわたしに名前をくれた時、わたしに星たるを願ったわ。夜に寄り添う星となるように、ね。だから、わたしはあの方と同等になってはいけないのよ。わたしが言葉を話してしまうと、あの方の心の中に居座ってしまう。そうなれば、わたしが死んだ時、あの方はきっとまた悲しむわ」

 

ステラはしっぽを振りながらフールの足元に移動すると、甘えるように顔をすりすりと擦りつける。

 

「わたしは星だから、わたしは話さないの」

「ほーん。そうでしたか」

 

納得したのかしていないのか、よく分からない相槌を打ったフールは地面に転がってお腹を見せているステラを抱き上げる。

 

顔の前まで持ち上げると、空中でしっぽがぴょこぴょこ揺れていた。

 

フールは微かに笑うと、優しい声音で話しかける。

 

「明日は何して遊びましょうか?」

「え……? 良いの?」

「おや、知りませんでしたか? ウサギさんは寂しいと死んでしまうんですよ」

「~~~~っ! ほんと、お兄様は仕方ないわね!!」

 

ステラは嬉しさのあまり、怒涛の勢いでフールぺろぺろとばかりに顔面を舐め回す。

 

しかし、気付いているのだろうか。

日を追うごとに、遊(・)び(・)の内容が物騒になっていっていることに。

何かの命を糧に、遊んでいることに。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

フールは過去の回想から現在に意識を戻すと、目下に広がる絶景を睥睨する。

 

迷宮周辺都市を丸ごと迷宮内に飲み込んだ後、更地にポツリと残る迷宮の入口に創られた門。

雰囲気が出るようにと結構な高さを持つその巨大な門の上に、フールは立っていた。

 

地平の彼方から進軍して来るのは、実に130万もの大軍。

戦車や飛空艇などという超技術を引き連れる帝国軍を前にして、フールは何らの緊張もしていなかった。

 

思い浮かぶのはただ、少し前にワルプルギスと共に去ったステラの姿。

 

「……救えませんね。貴女も、私も」

 

遊(・)び(・)の勝敗は引き分けのまま止まっている。

 

フールは皮肉気に嗤うと、気持ちを切り替えようと頭を振って雑念を追い出す。

 

しかし元から緊張していないために効果は無く、次に浮かんだのは、部屋から出てこない主のことだった。

 

心配だった。

 

あの後、虚ろな目で神殿に帰ったミリムは、フラフラとした足取りで自分の部屋に入って以来、引き籠ったまま一度も外に出ようとしない。

それどころか、いつもなら笑顔で頬張る美味しくなった食事まで摂らないため、神官たちはもう気が気じゃない。

 

唯一部屋に入ることを許されたフールは、本当ならばずっとミリムの傍に居たかったのだが、リムル達を手伝ってやれというミリムの命令で仕方なくこんな所まで来ている。

 

テンペストに本当に助けが必要なのかは甚だ怪しいが。

 

だが、フールとしては万全には万全を期さなければならない。

もう一人のマブダチであるリムルまで失えば、今度こそミリムの精神は耐えられないだろうから。

 

「はぁ……心配です、ミリム様」

 

とはいえ、役割は果たさなくてはならない。

 

この場所でフールに任せられたのは、迷宮侵攻前の露払いだった。

迷宮内にいる者の負担が少なくなるように、なるべく迷宮に入る帝国軍の数を減らしておくのである。

 

しかし、我われはフールというウサギを知っている。

 

――全滅させてしまっても、構わないのでしょう?

 

「私はフール、ミリム様の刃。さて、張り切って行きましょうか」

 

フールは両脚をバネのように縮めると、衝撃波を残して一気に跳び上がる。

 

帝国軍の前に、天下無双が墜ちた。

 

「ッ!? なん――!」

 

言葉は続かない。

 

着地したその瞬間、軍の先頭にいる全ての歩兵の胴体が、戦車部隊纏めて音も無く両断される。

 

何が起きたのか理解も出来ないまま、前線はいとも容易く崩壊した。

 

「…………」

 

長い長い沈黙が下りる。

 

誰もが理解が追いつかず、身じろぎすら出来ない。

 

無数の視線に晒されたフールは、何事も無かったと言わんばかりに軍に歩み寄ると、適当な地面の死体から剣を一振り引き抜く。

 

そして手に馴染ませるように二、三度空中で振ると、その切っ先を軍の後方で絶句している機甲軍団長カリギュリオに向けた。

 

沈黙の更地に、響く言葉はよく通る。

 

「初めまして。ご注文はうさぎですか?」

 

そのままフールは真上に剣を振り上げる。

 

空中で待機していた飛空艇が一つ、縦へ真っ二つに裂けて墜落した。

 

その音が、蹂躙の合図となった。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

(幸せは~歩いて来ない~♪)

《だから殺してクレメンス~~♪》

(超違うが?)

 

山道をのんびり登りながらワルプルギスはこれからについて思いを馳せる。

 

特にこれといった当ては無かった。

 

やるべきことは全て終え、暗躍の仕込みも終え、残すところはあとたったの二つ。

問題は、残された二つが一筋縄では行かないところである。

 

あとたった二つだけが足りない。

だが、その二つのピースが無ければワルプルギスは至れない。

 

その内の一つは手に入れる目途が立っているが、もう一つはさてどうしたもんか。

 

こちらから干渉する手段が無い以上、運に任せるしかない。

 

『そうだな? キュゥべえ』

「その通りだよ。あの世界にこちらから干渉する術は無い。僕たちが空けた穴は、あくまで一歩通行的なものだからね」

 

ワルプルギスの後ろをトコトコ付いて歩きながらキュゥべえが答える。

 

一行は今、カナート大山脈を辿るルートを通り、東の帝国を目指していた。

 

何故か? 何となくである。

 

テンペストからは離れるが、帝国の賓客に迎えるというヴェルグリンドからの誘いを蹴ったワルプルギスは、その代わりとして別の要求を突き付けるようなことは特にしなかった。

理由は、洗脳されているヴェルグリンド相手に交渉したところで意味は無いからだ。

 

それはそうと、帝国の首都は唯一、ワルプルギスが今まで行っていなかった場所ということもあり、気になることには気になる。

 

テンペストからの追手は警戒していない。

今は帝国との戦争で、こちらを追う暇なんてないことをワルプルギスは知っている。

 

それでも万が一を期して、ドワーフ王国の真上をひたすらに登るという、人が滅多に通らないルートを選んだ。

ここには野生のドラゴンが生息し、上位種族ともなれば人語も理解する高等生命体になる。

この場では一行は招かれざる客であり、竜王クラスのドラゴンに発見されると厄介な事態を招く事になるだろう。

 

だが、そんな些事をいちいち気にするワルプルギスではない。

 

およそ10分ごとに襲い掛かって来るドラゴンをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、燃やしたり潰したりしながら進んでいたらいつの間にか山頂が見える位置まで来ていた。

 

その時、

 

『……キュゥべえ?』

 

後ろに付いて来ていたキュゥべえの姿がいつの間にか消えていた。

 

それだけなら良い。

キュゥべえがこの世界のどこに居ようと、気配を手繰って見つけ出すことが出来る。

 

問題なのは、後ろを振り返ってまた顔を戻す間に、誰も居なかった前方に突如として人が現れたことだった。

 

女だ。

 

女が木の枝にぶら下がっていた。

というよりむしろ、布団のように干されていた。

 

『………え』

「まぁまぁ! 随分と小さくなっていますこと! わたくしの姿を見て驚くさまなんて、まるで本当の人間のようですわ!」

 

暁美ほむら……に非常によく似た女だった。

 

違うのは、赤い色の瞳にやや紫の色味が入った長い黒髪。

黒地に白い十字の模様が描かれたカチューシャを付け、両肩へ垂らした髪は緩やかにロールを巻いている。

 

アニメと記憶の中でしか見たことのない見滝原中学の制服を纏い、逆さまの上半身のまま瞳の前にかざした両手で作った円を通してワルプルギスを物珍しそうに観察している。

 

チャリン、と。

 

女の片手から音が鳴った。

 

「あら綺麗。よく手入れされているようですし、何か大切な物でして?」

『―――ッ!?』

 

首飾り。

かつて双子の姉妹から貰った首飾りが、女の指の先で揺れていた。

 

『なに……っ!』

 

それを見た瞬間、今までの思考が全て吹き飛んたワルプルギスがノータイムで形成した炎の矢を女に向ける。

 

いない。

 

「ごめんあそばせ。気になったので少しイジワルしただけですわ。許してくださいな」

 

背後から聞こえた声に振り返ると、いつの間にか首飾りはワルプルギスの首元に元通りに戻されていた。

 

こちらを揶揄うように笑っているその女を、ワルプルギスは知っている。

いや、正確にはつい最近知った。

そう、一冊の本の中で。

 

Walpurgisnacht

 

『お前は――ワス!!』

「その通りですわ! わたくしこそはっ!」

 

ワスは大袈裟な身振りで両腕を広げ、芝居掛かった口調で高々と名乗りを上げた。

 

「ワスですわ!」

『――前から読んでも、後ろから読んでも“ワスですワ”!!』

「っ!」

 

堪え切れなくなったヨルが思わずといった風に叫ぶ。

 

沈黙が下りた。

 

「………」

『………』

 

わすぅッ!!

 

通じ合うものでもあったのか、無言で見つめ合っていたワスとワルプルギスが熱い抱擁を交わす。

 

いやまあ、通じ合うのは当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

おかしいな。

身体の支配権がヨルに持っていかれたような気がしてならない。

 

『マァマァ! どうやってこの世界まで来ましたノ?』

「ふふん。名塚底根は魔女の存在するあらゆる世界に繋がっていますのよ? この世界にはたった一人であろうと、確かに一人、魔女たる貴女がいましてよ。通って来れない訳はありませんわ!!」

 

これでもかというドヤ顔で、腰に手を当てたワスがわすっと胸を張った。

 

……さっきからなんなんだろうか、その効果音は。

 

「それにしても、嗚呼っ! なんて甘く、なんて羨ましい! ヨル、嗚呼ヨル! 貴女は名前を得たのですね! わたくしは嬉しいですわ!!」

『ウフフ、ステキな名前でしょう?』

「ええ――でも、醜いですわ」

 

フッ、と。何の前振りも無く、ワスの放つ雰囲気が変質した。

 

「醜く、そして弱々しい。ヨルは魔女でありながらその本質は空虚ですわ。ア(・)ナ(・)タ(・)は元が人間だった為に、魂を穢しながらも祈りと絶望に焦がれない。だから、『ワルプルギスの夜』なんて悍ましい名前に頼らなくてはならないのではなくて? まるでハリボテの様に、不格好で空っぽ」

 

弱々しい。

よりにもよって、ワルプルギスに対して言う事に欠いて弱々しい。

 

だが何も言わないワルプルギスに、ワスは満足そうに目を細めると、腕を振って空中から一枚の白紙を取り出した。

その紙には何も書かれておらず、ただ金箔の模様だけが押されている。

 

Walpurgisnacht

 

それは、魔女図鑑と呼ばれる書物の一ページだった。

 

『ッ!? まさか――!!』

「ええ、わたくしはわざわざ返しに来ましたのよ。あなたが忘れて行った、わ(・)た(・)く(・)し(・)を(・)」

 

つまりは。

 

願ってもないワスの言葉に、思わず限界まで口角が上がる。

 

呪いと絶望の集積でしかないヨル。

人間の魂を無理やりグリーフシードに創り変えたワルプルギス。

 

そんなものが、名前を得たとはいえ、まともな魔女足り得るものか。

 

ワルプルギスは笑った。

ワルプルギスは哂った。

ワルプルギスは嗤った。

 

それは二つのピースの内の、手が出せなかった一つ。

 

ワルプルギスは、この瞬間を待ち望んでいた。

 

「お返ししますわ―――舞台装置を!!」

 

ワスが叫ぶと同時に、手に持った紙から勢いよく炎が噴き出した。

 

そして炎と共に文章が綴られていく。

それは存在しなかった第一ページ目。全ての魔女、あらゆる魔女図鑑に先立つ原初のページ。

存在しないはずの、全ての始まり。

 

ただ、名前だけが喪われて記されない、残されることのない仮初のページ。

 

Walpurgisnacht

 

《舞台装置の魔女。

 この姿は、ワスの記憶とヨルの記憶、そして世界に深く刻まれた呪いの追憶が反応し出力された無力の写し。

 それはかつての舞台装置の魔女では無く、ある存在を完成させるための役者にしか過ぎないが、ゆえに確かに舞台装置の魔女足り得よう。

 祈りなき自己像幻影にして舞台の亡霊。主が嗤えば同じく嗤い、廻れば廻る。》

 

吸い込まれるようにして、そのページがワルプルギスの中に消えていく。

 

思っているような変化は無かった。

想像していたような変質も無かった。

 

だが、確実に。

 

Walpurgisnacht

 

『……感謝しますワ、ワタクシ』

「うふ、礼には及びませんわ。わたくし」

 

Walpurgisnacht

Walpurgisnacht

 

確実に今、『ワルプルギスの夜』は舞台装置の魔女となった。

 

舞台装置の魔女。

その性質は無力。

回り続ける愚者の象徴。

 

Walpurgisnacht

Walpurgisnacht

Walpurgisnacht

 

「あなたはわたくしですわ。だから、少しぐらい手伝ったって良いでしょう?」

 

わすんっとお茶目に舌を出したワスが形の良い薄い唇に人差し指を当てて笑う。

 

ワルプルギスはそんなワスの真似をして同じく唇に人差し指を当てると、お互いにくすくすと笑い合った。

 

「さて、長居するわけにもいきませんの。名残惜しいけれど、」

 

ワルプルギスから離れるように一歩下がったワスが、別れを口にしようとしたその時、ハッと何かに気付いて言葉を切る。

その直後、天空から轟くほどの咆哮と念話が聞こえてきた。

 

『不遜である!!汝ら、ここが何処だか分かっての愚行か!! ここは我、竜王の――』

 

Walpurgisnacht

 

咄嗟の反応でワルプルギスが見上げるよりも速く、竜王が地に降り立つよりも速く。

 

竜王の悲鳴が耳をつんざいた。

 

『――ッ!? ぐ、ぐおおおおおおおおおお!??』

「うふ」

 

いつの間にか、ワスの両手には根元から千切り取られた竜王の翼。

片方だけでも10mは超えようそれを、片手に一つずつ計二つぶら下げたワスは穏やかに笑うと竜王の墜落した場所に向けて放り投げる。

 

既に事切れているのか、呻き声すら上げない竜王を見てわすっ!と胸を張るのと、身体が世界に溶けていくように透けだしたのは同時だった。

 

「これも、同(・)じ(・)穴(・)の(・)よ(・)し(・)み(・)というやつですわ。うふふ、礼には及ばなくてよ。さてさて、わたくしはマルグリートを探しに行かなくては」

『もう帰るのか?』

「ええ」

『せっかく会えたのに、寂しいですワネ……』

「そう悲観することも無くてよ。そもそも、あなたには彼がいるでしょう? それに、わたくしはあなた。いつでも傍に居ますわ」

 

消えゆく身体でワスは見事なカーテシーを披露すると、現れた時と同じようにやはり大袈裟に芝居がかった口調で言った。

 

「ごきげんよう(Farewell.)。どうかあなた方が素晴らしい終幕(finale)を迎えられるよう、良い舞台を」

『……エエ、ゴキゲンヨウ』

 

そして、ワスは消えた。

彼女が居た場所を、青葉を伴った一陣の風が通り抜ける。

 

会話を交わしたのは短い間だったにもかかわらず、賑やかだった空間が随分と静かになってしまったという印象を受けた。

 

(……なんかあれだな。まどマギのキャラと初遭遇したけど、案外すんなり受け入れられるもんなんだな)

《アラ、キュゥべえは違いますノ?》

(あれはノーカンだろ)

「やれやれ。彼女は行ったかい? まったくいきなり現れるものだから、隠れるのも大変だったよ」

『あ、キュゥべえ』

 

姿を消していたキュゥべえがすぐそこの草むらからひょっこり顔を出したのを見て、ワルプルギスが内心で胡乱な視線を向ける。

 

それを察したのか、キュゥべえは慌てて言い訳するように早口で言葉を述べた。

 

「いや、違うんだよ。いま僕が彼女の前に姿を現すのはマズくてね。まだ計画が定まっていないんだ。判断を保留している今、彼女の前に僕が姿を現すのは今後の悪影響にも繋がりかねない。うん、こっちの話だね。キミには関係ないよ。うん。関係ない話をして悪かったね」

 

なぜか自己完結してうんうん頷き始めたキュゥべえを尻目に、ワルプルギスは再び登山を再開する。

 

残すピースはあと一つだけ。

だが、それを手に入れる為に動き出すにはまだ早い。

よって目的地は依然として帝国で変化はない。

 

(……ん?)

 

隣の草むらから、気配を感じた。

正確には、両側の草むらの中から複数の気配がする。

 

またキュゥべえかとも思ったが、そのキュゥべえは今しっかりと後ろに着いて来ている。

 

『……アラ?』

 

ワルプルギスが失念していたのは、仕方の無い事だった。

人が滅多に通らない道という事は、必然的に魔物が良く通る道ということ。

 

魔物が迫害や差別から逃れることが出来るのは、テンペストとその友好国の中だけである。

一歩外の世界に踏み出せば、友好的な魔物であろうと未だ謂われなき迫害を受け、社会から弾かれ殺されている。

 

そしてカナート大山脈を通るこのルートは、帝国領からテンペストへ亡命する際の、魔物達の最もよく使うルートである。

 

「おっとぉ、動くんじゃねぇぜ? いっひひ!」

「いやあ、いい仕事ですねえ。魔物を連れて行くだけで報酬をもらえるんだからあの人様々です」

「班長! こんなところに見たこと無い魔物がいますよ!」

「あんだぁ? ふむ、こいつは確かに見たことが無いな。おい、言葉は理解できるだろうな? 妙な真似はするなよ、死にたくなければなぁ」

『アララ……』

 

ということはつまり、こういう事も多々あるという訳なのだった。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

キュゥべえは森の中をひた走る。

 

山を幾つも越え、森を横断し、目指すのは山肌に築き上げられた白亜の神殿。

 

円環の理に対するアプローチは部分的に成功を収めたものの、その影響で暁美ほむらが制御不能な状態にまで変質して計画全体が破綻する事は流石のキュゥべえも予測できるものではなかった。

もはやあの世界の人間に対する試みは全て放棄せざるを得ない。

キュゥべえの中には、いっそ世界丸ごと放棄すべしという案も出ていた。

 

ならば、今キュゥべえがやるべき事ははっきりしている。

 

(ワルプルギスについてはあ(・)っ(・)ち(・)の(・)僕(・)が上手くやってくれるだろう。さて……)

 

するりと神殿内に侵入したキュゥべえは、人々の間を縫うように上階を目指す。

基本的に誰にも認識されることが無い上に、小さくてすばしっこいキュゥべえの身体はこんな状況にはピッタリなのだ。

 

窓から飛び出し、神殿の外壁を上へ上へと駆け上がる。

 

そして最上階から飛び出ているたった一つのバルコニーに飛び乗り、窓にかけられたカーテン越しに室内の様子を見る。

 

部屋は暗かった。

 

まるで何日、何週間も陽の光が差し込んでいないような淀んだ空気が室内に溜まり、小さな埃の粒が空中を舞っている。

 

そんな部屋の隅にぽつりと設えられたベットの上に、少女は居た。

 

乱れるままのぼさぼさの髪の毛、汚れるままにされた薄着だけを着けている彼女は、蹲るようにベッドで膝を抱えて丸まっている。

髪の毛の色も相まって、それはいつかの鹿目まどかをキュゥべえに彷彿とさせた。

 

「……? 誰だ……?」

 

部屋の中に現れたキュゥべえの気配を悟り、ミリムは俯いていた顔を上げる。

 

キュゥべえの姿を認識することは出来ない。

しかしキュゥべえの姿は、素質ある少女にだけは見える。

 

宙に浮く二つの赤い瞳が、闇の中で爛々と光っていた。

 

「やあ、ミリム・ナーヴァ。初めまして、僕はキュゥべえ。ワルプルギスの友達さ」

「ワ、ワルプルギスの……? な、何をしに来たのだ……? ワタシは、ワタシは……っ」

「大丈夫、大丈夫さ」

 

白いふさふさした毛並みの尻尾を揺らしながら、四つ足の獣は今にも感情を決壊させそうなミリムを刺激しないようにベッドに近付く。

 

「キミの悩みを、僕に解決させてよ。もしキミが望むのならば、キミはキミ自身の願いを叶えることが出来る。どんな奇跡でも、キミは起こすことが出来るんだ」

 

理解しやすいようにゆっくりと囁きながら、キュゥべえは呆然とするミリムの膝の上に飛び乗ると、蒼い瞳の中を覗き込むようにしてその言葉を言った。

 

「だから、僕と契約して魔法少女になってよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ラゥ ロゥ お嬢さん




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