お久しぶりです……。
……では張り切って行きましょう、前回のあらすじ!!!!!
ハクロウ鬼つええ! このまま逆らうやつら全員ブッ殺していこうぜ!
一体いつから、ヒナタが死んだと錯覚していた?
(ユウキ)お前、天才ですねぇスギ!
じゃけん、帝国行きましょうね。
では、本編ゴー!!!!(有無を言わせぬ強い意思)
「開戦である」
大陸の西側の征服は、帝国にとって長年の悲願であり野望である。
故に、誰もが焦っていた。
主要都市シュリスの壊滅。
都市だけを綺麗そのままに残して全住民、八千万人以上が一人残らず死滅したその事件は、たかが壊滅と呼んで良いのか疑問に思うほどの大損害を帝国に与えた。
国内経済と流通網は致命的な打撃を受け、作物は不作、国庫の金は半分以上が消えて皇帝以外の全ての人間が苦しい生活に陥っている。
故に、誰もが燻ぶっていた。
だからこそ、皇帝から放たれた一言はまるで火薬に火種を落としたような速さで帝国中を駆け巡った。
「開戦である!」
栄誉ある侵略に選ばれ出撃したのは、帝国戦力のほぼ全てである400万人。
皇帝率いる帝国軍がついに西側征服に向けて動き出す。
誰もが勝利を疑いすらしなかった。
400万もの兵力の前では、有象無象は濁流のように踏み潰されるのみ。
この戦争、帝国に負けなど有り得なかった。
大陸統一という輝かしい業績は、必ずや成し遂げられるだろう。
誰もがそう信じて疑わなかった。
「無茶よ、ルドラ!」
幾度目になるかも分からない咎めるような声が皇帝の寝室に響く。
何人たりとも侵入はおろか立ち入ることさえ許されないその聖域には、皇帝と元帥ただ二人だけの姿があった。
目の前で声を荒げるヴェルグリンドへ気だるげに視線をやったルドラは、立ち上がることさえ億劫であるかのように椅子に座ったまま小さな溜息を吐き、尊大に顔を上げて彼女を見上げる。
「お願い。考え直し――」
「直さぬ。余は決定を覆さぬ」
「――っ」
元よりルドラの言葉に弱いヴェルグリンドは、その固い意志の前に二の句を告げずに言い淀む。
ヴェルグリンドが何故この戦争に反対しているのか、ルドラは理由を重々承知していた。
その上で、ルドラは侵攻を決定したのだ。
彼女が言葉に詰まったのを好機と捉えたのか、ルドラは言い聞かせるようにゆっくりと語り出す。
「余はなにもあの魔女を侮っているわけではない。ダムラダからの報告、そしてお前とお前の姉、更にギィ・クリムゾンが手を組んでなお殺し切れなかった事実は十分に脅威に値する。だが、これ以上あの魔物の国を放置しておく訳にはいかぬのだ。その為に
確かに不足は無いだろう。
基本的に戦争とは数の戦いである。数が多ければ優位に立てるし、数が少なければ例え防戦であろうと苦境に立たされる。
相手が単騎で国を滅ぼせるほどの存在ならば話は変わってくるが、此度の帝国軍の中にもそのような猛者は何人もいる。
魔女であろうと、恐れることは無い。
むしろ、過剰戦力に違いない。
だが。
(余りにも不足よ!)
だが、心の中でそう叫んだヴェルグリンドは、知っている。
あの魔女は自分たち竜種と同じく、この世界の法則から外れた存在であることを。
いや、あるいはそれよりももっと酷いかもしれない。
かつて相対した際に、あの魔女は「文明まるごとをひっくり返す」ことが出来ると宣ったのをはっきりと覚えている。
幾多の文明を滅ぼし、あるいは滅されるのを見てきたヴェルグリンドは知っていた。
一つの文明を滅ぼすということの、その意味を。
国を一つ燃やしたところで、文明は消えて無くなったりはしない。
その国と同じ言語や文化、習慣、各々の根底に流れる何か一つでも共有している国を全て消し去って初めて、文明はこの世界から滅ぶ。
30分。
それがヴェルグリンドの導き出した、ワルプルギスが帝国軍を一人残らず殲滅するのにかかるであろう時間。
あの魔女がその気にさえなれば、30分と持たずに帝国400万の兵力は全て塵も残さずにこの世から消え失せるだろう。
「っ……」
そうと知っていても、言葉は詰まったまま出なかった。
愛するルドラが望むのならば、その望みを叶えるのが元帥である自分の役目。
ヴェルグリンドは言葉の代わりに深々と息を吐き出すと、これ以上話をするつもりは無いという表情のルドラに向けて微笑を浮かべた。
「……分かったわ。ならせめて、魔女の事に関しては私に任せて頂戴」
「うむ。それに関して余が否を唱えることは無い。好きにせよ、元帥」
「ええ……」
ヴェルグリンドは最後に一度だけ背後のルドラをちらりと振り返ると、寂しそうな顔をして部屋から出て行った。
×××
開国祭から数ヶ月、リムル達は忙しい日々を送っていた。
マサユキを新たに管理側へ加えた迷宮運営は順調で、今や世界中から人が集まるテンペストの名所になりつつある。
それに伴って、リムルの新たな配下も増えた。
ディアブロが、あるいは勧誘あるいは実力行使でボコボコにして引っ張って来た原初の悪魔三人娘。
『
『
『
そして彼女らに付き従う腹心の部下と、数多くの配下。
合計700名の悪魔が、リムルの新たな戦力となった。
とはいえ、そんなことは初めから知っているし大した興味も無いワルプルギスは今日も今日とて図書館の自室に籠って読書である。
興味は無い。
無いったら無い。
《嘘おっしゃい》
嘘じゃない。
まあ、強いて言うならば、こっそりとカレラの姿を見に行ったぐらいである。
ズボラな性格の金髪娘が、前世から性癖にぶっ刺さっているのだから仕方がない。
だが、ディアブロという前例があるせいで、堂々と姿を現して関係を持つのはマズいという嫌な予感がワルプルギスにはあった。
そのため、ある程度の距離から興味ないふりをして盗み見るようにチラチラしていたのだが、これが速攻バレてしまい……。
閑話休題。
ワルプルギスは机に頬杖をつきながら、手元の「小説版 ワルプルギスの廻天」のページをぺらりと捲る。
どうやらカズトの文才は、想像以上に凄まじいらしい。
彼の執筆であることを思わず忘れるほどの臨場感を伴った描写と、登場人物の細やかな心情表現が所狭しと並べられており、まるで本当に映画を観ているかのような気持ちにさせてくれる。
もっとも、そのボリュームのせいで、時間を見つけてはちょくちょく本を開いているのにも関わらず、未だに半分も読めていないのだが。
(……ん?)
とその時、とある言葉を見つけたワルプルギスのページを繰る指がぴたりと止まった。
(マルグリート……?)
《アラ、ほんとですワネ。不思議ですワ》
(まどかに向かって言ってるけど、マルグリートって確か……)
《エエ。あの子の名前ですワ。……つまり、このホムラもどきは十中八九ワタクシってことになりましてヨ》
(……だよねぇ。なんで?)
《サァ?》
まさかの正体見たりって感じである。
思いがけず自分自身から特大級のネタバレをくらってしまい、ワルプルギスのテンションが一気に落ち込む。
ていうか口調がヨルと一致した時点で何となく察してはいた。
くらってしまったものは仕方がない、気を取り直して続きを読もうとページを捲る。
しかし、またもやピタリとワルプルギスの手が止まった。
今度は、何かを見つけたわけでは無い。
感じた。
誰かに、呼ばれている。
《アラ……?》
(………)
ワルプルギスは静かに本を閉じると、まるで目を凝らすように違和感の先へ振り向く。
違和感の元は、町から伸びる街道より少し外れた森の中にあった。
《どうしますノ?》
(とりあえず、行ってみようか)
こんな面白そうなイベントをみすみす逃すワルプルギスではない。
それに、手招くようにこちらに向かって伸びてくるその気配には覚えがあった。
直に相対した者にしか分からない程に微小たるものだが、それでも確かに気配の中に痕跡は残っている。
灼けつくような、痕跡が。
町を出てドワルゴンへと続く街道を少し進むと、両脇の森の密度がとりわけ高い場所がある。
そこから道を外れて木の生い茂る森の中をしばらく歩いて行くと、小さな湖を中心に持つ大きく開けた場所に出る。
その小さな湖の端に、彼女は立っていた。
長い蒼髪をシニョンに纏めた、目も冴えるような長身の美人。
もちろん別身体の一人ではあるのだろうが、それでも彼女の別身体は一人一人が完全に意識を分割された文字通りの『本物』として機能するため、実質本人がやって来たのと相違はない。
「随分と久しぶりね。アナタの中で300年が一瞬でなければ、だけれども」
『アラアラ、お久しぶりですワネ、ヴェルグリンド。おかげさまで300年
「うっ……」
思いのほか手痛い反撃をくらい、ヴェルグリンドが一瞬言葉に詰まる。
長命種、ましてや竜種のような無限の寿命を持つ生物にとって、300年というのは瞬きの間に過ぎ去る僅かな時間でしかない。
ワルプルギスも竜種と同じくらい永い寿命を持っているならばと、皮肉にかこつけて「短い」という言質を引き出して交渉の材料に使おうと画策したヴェルグリンドだったが、見事に初手で粉砕された。
目論み通りにことが運ぶほど甘くはないという事だろう。
だが、ヴェルグリンドはすぐに気を取り直して佇まいを正すと、真剣な面ざしでワルプルギスと向き合う。
そして、おもむろに腰を折って頭を下げた。
「アナタに頼みがあるの。お願い、この国から手を引いてくれないかしら?」
『いきなりですワネ。どうしてですノ?』
「皇帝ルドラが、開戦を決めたわ」
「開戦」、その言葉を聞いたワルプルギスの身体が僅かに揺れたのをヴェルグリンドは見逃さなかった。
場合によっては話すら聞いてもらえずに追い返される事も覚悟していたヴェルグリンドにとって、ここでワルプルギスの興味を引けた事実は大きい。
話さえ聞いてくれるのなら交渉に勝つ可能性はある。
というよりむしろ、既に半分勝っている。
ヴェルグリンドはほくそ笑む内心が顔に出ないように、少し目尻を下げた表情を作って頭を上げる。
身体こそ正面を向いているものの、ワルプルギスは動きを止めて何かを考えているようだった。
『開戦……エエ、驚きましたワ。もうそんなに進んでいましたノネ……』
「? 何か言ったかしら?」
『イイエ、何でもありませんワ。続けて下さいナ』
そう促されたヴェルグリンドは小さく頷くと、一呼吸置いて話し始めた。
「ルドラが戦争を始めた以上、負けは無いわ。この国は帝国に組み込まれる。でも、それはアナタがここに居なければの話よ。我々は何よりも、アナタの脅威を恐れているわ」
『アラマァ、光栄ですワネ。それで、負けたくないからワタクシにこの国から手を引けと? そんな理由でワタクシが首を縦に振ると思って?』
「もちろん、思ってないわ。だから、取引をしましょう」
『取引?』
「そう。この国から離れてくれるのなら、帝国にはアナタを迎え入れる用意があるわ。アナタだって本気でこんな国に味方してるワケじゃないでしょう? 別に、我々の側に付いて戦えとは言わない。むしろ、アナタは帝国内で自由に過ごして良いわ。シュリスを襲った件も不問にするし、望む物も全て提供しましょう。アナタはただ、この国に味方をしなければ良いの。悪い条件ではないと思うけれど」
『……ナルホド』
息も継がないまま一気にまくしたてられた予想外の言葉に、ワルプルギスは思わず呆気に取られる。
そして、その次にワルプルギスに浮かんだのは「そうきたか」という感情だった。
ヴェルグリンドから提示された条件は不気味なほどにワルプルギスの側にメリットがある。
シュリスの件がバレているのは想定内だったが、その事を利用して何か対価を要求してくるものだと思っていたし、少なくともギィと結託して何か仕掛けてくると予想していた。
だが、蓋を開けてみればただワルプルギスに大人しくしていてくれという、竜種にあるまじき事実上の敗北宣言。
どうやらヴェルグリンドは本当に帝国の勝利だけに拘っていて、他の事は二の次であるらしい。
(いや、確かルドラに洗脳されているんだったっけ)
《どうしますノ?》
(どうって……このまま言いなりになるのも見透かされているようで癪だよな)
『話は分かりましたワ。でも、そうすることで貴女がたに何か利点がおありで?』
「それはもちろん、アナタとの敵対を避け――」
『マァ! ついでに帝国へ呼び寄せて監視下に置き、あわよくばルドラにワタクシを支配させようというノネ! 腑に落ちましたワ!!』
「――っ!?」
『オーッホホホホホホ!!』
なぜルドラの能力を知っているのか。ヴェルグリンドは思わず驚愕する。
そう、本当にワルプルギスとの敵対を避けたいだけならわざわざ帝国内に呼び込む必要は無い。
あわよくばという魂胆を見抜かれて、ヴェルグリンドの顔に苦いものが走った。
悔しそうにうぐぐと唸る姿を見て、ワルプルギスは心の中で勝利の高笑いを上げる。
(ぶははははは! 私がそう簡単にリムルを裏切ると思うなよ!!)
《オホホホ――ほ? アラ、裏切りませんノ?》
(え? そりゃもちろん裏切るに……あ)
そもそもワルプルギスがテンペストに棲み付いたのは、リムルを始めとした主要キャラ達に関わりたいという思いがあったからである。
ただそれだけであり、味方になるつもりや協力するつもりなど毛頭ない。むしろ、いつかは敵対しなければならない。
そのため、本来は開国祭が終わったタイミングで姿を消すつもりだったのだ。
それが、無意識に何かと理由をつけてダラダラと今日まで引き延ばされてしまった。
まさか、居心地が良いとでも思っていたのだろうか。
あの、テンペストに。
(……さすがに、今が潮時か)
《エエ》
(ならむしろこの話って渡りに船か)
《その通りですワヨ。まったく、何を考えているのかしら》
(やばい、え、どうしよ。ドヤ顔で煽っちゃったんですけど!?)
《フフン、仕方がないですワネェ。このヨルにお任せなさいナ》
『ワッホン!』
己のミスに気付きプルプル震えていたワルプルギスはにわかに元気を取り戻すと、わざとらしい咳払いでこれまたプルプル震えていたヴェルグリンドの注意を引く。
『マァ、それはそれでとりあえず置いといて……その話、半分は乗ってあげてもよろしくてヨ』
「なんとかなった……わね」
話を終え、去っていくワルプルギスの背中を眺めながらヴェルグリンドは安堵の息を吐く。
ワルプルギスさえ敵に回らないのなら、帝国に負けは有り得ない。
これでルドラが世界を征服するのに憂いは無いだろう。
「一時はどうなるかと思ったけれど」
帝国に引き入れる事こそ叶わなかったが、テンペストの味方に付かないという約束は確かに交わした。
ひとまずはそれで十分だろう。
いつかは世界を賭けて敵対しなければならないが、少なくとも今ではない。今ではできない。
用は済んだ。これ以上ここに留まる理由がないヴェルグリンドが踵を返す。
今は一刻でも早くルドラの傍へ帰りたい。
だが、その思いで転移しようとしたヴェルグリンドの動きが突然止まる。
「………ぇ」
もしこの
こんな場所まで来、近付いてしまった。
であれば、見逃すはずは無い。
マサユキ・ホンジョウの魂を。
「……ル……ルドラ………?」
迷宮でせっせと働いているマサユキの魂は、本人すら知らないが何一つ欠けることなく完全にルドラ・ナム・ウル・ナスカである。
ならば、今まさに皇帝の座にいるのは。
ヴェルグリンドはかつてない程に目を見開き動揺し、呼吸もままならない程に心が揺れる。
しかし。
「………いいえ、気のせいね」
気のせいのはずが無い。そんな訳が無い。
彼女に限って、あのヴェルグリンドに限って、それだけは有り得ない。
その事にも気付かず、不自然な思考で不可能な結論を導き出したヴェルグリンドは今度こそ何のためらいも無くその場から転移して去った。
そして、すぐにその事も忘れてしまった。
だが、忘れてしまったのならまた思い出すことが出来る。
彼女が思い出す日は近い。
そして、ここにも些細な
『アラ?』
町に戻ろうと森の中を進んでいたワルプルギスの前を立ち塞ぐように並ぶ影が三つ。
「おっと! そこで止まってもらおうか!」
「元々怪しいとは思っていましたが……マサユキ君の言う通りになりましたね」
「逃がさない。ここで倒す」
そこにいたのはマサユキのパーティ仲間であるジンライ、バーニィ、ジウ。
計画通りのような口ぶりだが、三人がここに居るのは全くの偶然である。
たまたま近くを歩いていたところ森の中にワルプルギスの姿を発見した一行は、以前マサユキに言われたことを唐突に思い出した。
「ワルプルギスさんの事だけど、えっと……な、何だか怪しい気がするからあまり近付かない方が良いと思うな」
開国祭の最中にマサユキは彼らにそう言ったのだが、もちろん彼らの中ではフィルターを通してこう聞こえていた。
「ワルプルギスは何かを企んでいるに違いない。今はしっぽを隠しているようだが、いつかは必ずボロを出す。それまで警戒しておいてくれ」
今がまさにその時に違いない。
そう決め付けた一行はこうしてワルプルギスの前に立ちふさがっているというわけである。
そして不幸なことに、それは間違ってはいなかった。
『アラアラ、一体何のお話をしているのカシラ?』
「……っ! 待ってください! 魔女の周りに不審な魔素が残留しています。この魔素は……帝国のものと一致している!」
「帝国だと!?」
「なるほど。スパイということか。やっと本性を現したな」
『………』
彼らは決して無能ではない。
ヴェルグリンドは帝国を守護しており、自らの縄張りを示すようにその魔素はうっすらと帝国全域を覆っている。
バーニィはワルプルギスに纏わりついたまま残ったそれを見抜いたのだ。
黙りこくったワルプルギスを見て、三人は戦闘態勢に入る。
「これではっきりしましたね。おっと、逃げられるなどと思わない方が良いですよ」
「俺たちではあんたに勝てねぇ。だが、マサユキ様が来るまで持ちこたえれば勝てる!」
「マサユキ様は無敵。造作もない。魔女はここで滅する」
「ふっ、案外すぐに終わるかも知れませんよ?」
各々の得物を構えた三人を眺めて、ワルプルギスは心の中で深い溜息を吐いた。
(めんどくせぇ……)
よりにもよってな最悪のタイミングである。
しかも証拠もある。
これを誤魔化せないことは無いが、骨が折れるだろう。
そこまで考えて、ワルプルギスは違和感を覚えた。
(
今からワルプルギスはテンペストを裏切るのだ。
もはや誤魔化さなければならない理由は無い。
どっちにしろ、もうここには居られないのだから。
どうして誤魔化す必要があるのか。
ならば。
《ウフフ!!》
頭が冷えていく感覚に伴って、必死に抑えていた魔女の本能が鎌首をもたげる
魔女は呼吸をするように人を殺す。
そうしなければ、死ぬより苦しい。
この三人の事は嫌いではないが、別段好きでもない。
舞台から降ろすには良い頃合いだろう。
「ウフフフ!」
ジンライの考えは正しい。
この場で取れる最善手は間違いなく、マサユキが来るまで持ちこたえることだった。
誰かがマサユキに念話を飛ばし、あとは本人が駆けつけてくるまでワルプルギスをこの場に留めればいい。
しかし、彼らの不幸は二つあった。
一つは、
そしてもう一つは、リムルに頼るという選択肢を除外したこと。
故に。
「―――」
マサユキに念話を飛ばそうとしたバーニィが消し炭となって、崩れる。
ドラマティックに、呆気なく。
「ッ――バ――!」
何倍にも引き延ばされた時間の中、即座にジンライは己の間違いに気付く。
だが、遅かった。
彼らの中から、勇者の運と奇跡は既に去っている。
×××
「――お、珍しいな」
ワルプルギスの屋敷から漏れ聞こえる音楽に、通りを歩いていたリムルが思わず足を止める。
基本的に図書館の書斎に籠りきりであるワルプルギスは滅多にこの屋敷に帰ってこない。
そんなワルプルギスが屋敷に居るだけでも珍しいのに、それに加えてかつてどこかで聴いたことのあるメロディまで流れている。
どこで聴いたのかはすぐに思い当った。
リムルは興味を惹かれて、久しぶりに屋敷の中へ踏み入る。
「よっ、ワル」
『よう』
ワルプルギスは玄関ホールの真ん中に置かれた椅子に腰掛けていた。
その前には黒い光沢を放つ台が据えられており、上には創造能力で作ったであろう蓄音機に一枚のレコードがセットされて回っている。
「こりゃ随分と風流なことしてるな。何か良いことでもあったのか?」
『何も。ただなんとなくだよ』
「ほーん。一緒に聴いても良いか?」
『もちろんさ。ほれ』
何処からともなくワルプルギスの隣に生み出された椅子へリムルが腰掛ける。
その曲は、前世でリムルがたった一度だけ鑑賞しに行った有名なオペラの一幕だった。
「確か……『愛の死』だっけ? 作曲者はワ……ワ……」
『ワーグナー。良く知ってるなリムル。てっきりそういうのに興味は無いのかと』
「あー、前世で先輩に無理やり連れて行かれたんだよ。社会人である以上、教養の一つぐらい付けとけって」
『うわぁナンセンス』
「だよな」
二人は顔を見合わせて小さく笑うと、ホーンから流れる音楽に静かに耳を傾け始める。
それは間違いなく、心地良い時間だったろう。
いつまでそうしていただろうか、やがて曲が終わりに差し掛かる頃、それまで沈黙を貫いていたワルプルギスがおもむろにリムルに話しかけた。
『なあリムル。もし今世界が救えるとしたら、お前は世界を救いに行くか?』
「…どうしたんだよ、藪から棒に」
『なんとなく聞きたくなったんだよ。で、どうなんだ?』
「行かねぇよ。俺はこの国を守って、皆を幸せに出来たら十分だ。というか、それが限界だ。世界を救いに行く余裕なんか無いね」
いきなりの変な問いに、少しも迷わずリムルは即答した。
その答えは予想通りだったのか、ワルプルギスは一つ頷くと再び問いかけた。
『じゃあ、強大な敵によって世界が危機に瀕しているとしたらどうだ?』
「なんだよ、その質問も何となくか?」
『ああ』
「……多分、俺は戦うだろうな。他の国にも友達はいっぱいいる。それに、この国にいる魔物たちも今は積極的に人間と関わろうとしているんだ。それを壊されるのは嫌だし、俺は全部ひっくるめて守りたい。これでいいか?」
『最高だよ。そうこなくちゃ』
ワルプルギスに顔の上半分は無いため、基本的に表情などは無い。
しかしリムルは長い付き合いの中で、僅かな顔の変化からワルプルギスの感情を読み取ることが出来るようになっていた。
リムルはこちらを見つめているワルプルギスの感情を読み取ろうと、白くて作り物のようなその顔を横目に捉える。
だが、窓から差し込む月光が影になって、その表情はよく見えなかった。
今夜も相変わらず、巨大な半月は空にある。
『リムル。私が魔女に見えるか?』
「え?」
唐突な問いに、リムルが素っ頓狂な声を出す。
ワルプルギスはいつものように微笑を湛えたまま、もう一度同じことを聞いた。
『私が魔女だと思うかい?』
ワルプルギスが何を思ってそんな質問をしているのかは、リムルには分からない。
だが、リムルはそれに誠実に答えなければならないような気がした。
リムルは過去を思い出すように、ゆっくりと話し始める。
「今でも夢に見るよ。あの日、もしも間に合わなかったとしたらって。もしみんなが生き返らなければ、俺はどうしていただろうかと何度も考えた。案外、そのまま腐るように生きていたのかもしれない。でも、俺はたぶん人間を憎んで滅ぼそうとするだろうな。俺は聖人君子じゃない。そしてワル、お前もそうじゃない。だからこそ、俺はお前を人間だと思ってるよ」
「俺たちは友達だろ?」
リムルはワルプルギスの顔をまっすぐに見つめてそう言い放った。
『………』
あまりにも予想外な答えにワルプルギスはポカンとしていたが、徐々にリムルの言葉を噛み砕いて理解すると笑いを堪えるように顔を俯かせる。
そしてポツリと、小さく呟いた。
『好きだよ』
「……はい?」
『私は好きだと言ったんだ、リムル=テンペスト』
顔を上げたワルプルギスは相変わらずリムルに微笑んでいる。
でもそれはリムルにとって、今まで見てきた中で最も美しい笑顔だった。
『やはり私はお前が好きだよ。主人公』
その時ちょうど、流れていた曲が終わった。
×××
この翌日、誰にも悟られること無くワルプルギスはテンペストから忽然と姿を消した。
そして続けざまに、まるで置き土産のように森の中から炭化した三名の死体が発見された。
残念ながら、蘇生は間に合う訳もなかった。
盤面は駒を待ってはくれない。
高らかな軍隊の靴音がテンペストに近付いてきていた。
否応なしに戦火は来た。
思いがけずも、夜の気配を引き連れて。
お読みいただきありがとうございます。
ワルプルギスの廻天、4回観ました。
……何の成果も得られませんでしたぁ!!
分かんねーよ無理だよあれ。
ワス先輩可愛いですね。
私がここで「擬人化は異形の姿を残しつつ~」とか「魔女のモティーフを用いて~」とかやってたら「オラァ! ワルプルギスの擬人化はこうすんだよ!」と公式にビンタされて目覚めた気分です。
みなさん平伏しましょう。
だがッ! この作品の擬人化は依然変わりなくッ!
これは自画自賛なのですが、ワスの口調とワルプルギスはもう一人の鹿目まどかであるという設定をドンピシャで当てたの凄くないですか?
何度でも言う。私ってば天才。
次の更新は一週間後かな、たぶん。
新章入ります。
ワルプルギス側を描写したいので、リムル側の帝国侵攻編はほぼ全カットです(宣言)。