酒! 飲まずにはいられないッ!
というわけで、ぶっちゃけ前半は完全に悪ノリと勢いとジョジョです。
文字を打ち込んだこの右手が悪い。
左手も悪い。
だから、『僕は悪くない』。
作者の暴走、止まりません!
「嫌なのだ」
キュゥべえは勝利を確信した。
キュゥべえには感情が分からない。
そもそもそんなものを持っていないのだから、理解のしようもないし理解したいとも思わない。
だが不思議な事に、感情は観測することが出来る。
感情を持つ生物は、あるいは表情、あるいは行動、あるいは言葉や息遣いにまで感情が観測出来るかたちで現れる。
であれば、観察して研究することも問題なく出来るということ。
現にキュゥべえの姿や取る行動は、少女が受け入れやすい姿形や仕草を研究して実践しているだけだ。
そこに一切の愛嬌はない。
「おい。聞いているのか?」
キュゥべえはこれまで、数えきれない程の人間の相手をしてきた。
その中には今のミリムのような精神的に不安定な状態の人間も、もちろん多く含まれている。
そういった状態の人間にある程度のパターン化された言葉を投げかけると、これも不思議な事にほとんどが同じ反応を返してくる。
すなわち、「契約する」と。
何故かは分からない。だが、非常に有用だ。
目の前で不思議そうにこちらを見つめている少女は間違いなくその状態にある。
今までのデータから分析しても間違いない。
彼女が次に言う言葉は「分かった。契約する」、だ!
「嫌だ」
「良い返事だ。さあ、キミの祈りを――……え?」
キュゥべえは生まれて初めて、己の聴覚を疑った。
嫌だ?
イヤダ??
「だから、断ると言っているのだ。あまりワタシを舐めるなよ? オマエが本当に願いを叶えられるとして、そのまほうしょうじょとやらはなんだ? 何か代償があるのだろう?」
「……驚いた、キミは賢いね。うん、その通りだよ。僕は本当にキミの願いを叶える力を持っているけれど、その代償としてキミは魔法少女にならなきゃいけない。魔法少女というのは、キミにとっては一種の強化形態だと思ってくれて構わないよ。そして、キミは戦わなければいけないんだ」
「戦うだと?」
「そう。とはいえ、この世界に魔女は一体しかいないからね。ワルプルギスと戦え、とまでは言わないよ。キミへの要求は、
「たった、それだけか?」
「そう。それが契約だよ。僕は君の願いを叶える、キミは魔法少女となって戦う。それだけだよ」
キュゥべえは嘘をつかない。
聞かれる限りの事は、嘘偽りなく誠実に分かりやすく説明する。
ただ、聞かれないことに関してはその限りでは無い。
嘘をつかないということは、騙さないということでは無かった。
キュゥべえの話に興味を惹かれたかのように、ミリムが前のめりに身を傾ける。
あと一押しだと踏んだキュゥべえは、ここぞとばかりにまくし立てた。
「あとは自由にするといいよ。キミはワルプルギスと仲直りがしたいんだろう? それを願いにしても良いし、魔法少女の力を使ってもいい。僕はキミの味方さ」
「ほ、本当なのか? 本当にワタシの願いを叶えてくれるのか?」
「モチロンだよ! さあ、キミの祈りを聞かせてよ!」
今度こそキュゥべえは勝利を確信した。
手ごたえがある、なんてもんじゃない。
ミリムは既にこちらのペースに乗せられている。
なにより、先程までの意気消沈とした弱々しい様子が嘘であるかのように今のミリムは希望にあふれ、元気に満ち満ちているようだった。
ミリムは勢いをつけてベッドから飛び出して立ち上がると、キュゥべえを両手で抱き上げる。
心なしか機嫌の良いキュゥべえを顔の前まで持ち上げて、ついにミリムは言い放った!
「だが、断るのだ!」
「……な、なにィーーーッ!!」
意外!それは拒絶ッ!
これまで魔法少女の勧誘において、実に勝率100%を誇るキュゥべえの、初めての敗北!
その時キュゥべえが感じたのは、意外にも驚愕と困惑。
これもまた、生まれて初めての事だった!
「ど、どうしてだい?」
「ふん! ワタシを舐めるなと言ったぞ! 貴様からはまだ
「そんな! 僕は嘘をつかないよ!」
「ワタシの『眼』からは、逃れられんのだぞ?」
「――ッ!」
「それに!!」
ミリムはむんっと胸を張ると、渾身のドヤ顔でキュゥべえを見下ろす!
「ワタシはそもそも、ワルプルギスと友達をやめたつもりは無いのだ! だから、仲直りがしたいなどとも思っていないのだ!!」
「なにィィイイイイイッッ!?」
もはやキュゥべえが平静を装うのは不可能だった!
馬鹿なッ! 僕の分析が間違っていたとでもいうのか!!
「ワタシが悲しかったのはワルプルギスに置いて行かれたからなのだぞ? あやつめ、友達なのに何も言わないまま裏切りおって……! リムルもワルプルギスもワタシの大好きな友達だから、どうすれば良いのか悩んでいたのだ! 悲しいのだ!!」
「わ、わけが分からないよ!」
「むっ、声に出して言ったらだんだん腹が立ってきたな。友達のワタシを悲しませるとは許せないヤツなのだ。喧嘩……うむ、ワタシは本気の喧嘩がしたいのだ!! 友達喧嘩なのだ!!」
「何がだァァアア!? いったい何を言っているんだいッ!? 今、僕の目の前で何が起きているというんだァーッ!!」
感情が無いという設定はどこかに吹き飛び、キュゥべえが心の底から理解不能を叫ぶ。
既に作画は崩壊していた。
たぶんそのうち営業成績がどうとか言い出す。
「ところで貴様からは悪意も善意も何も感じないが、唯一感じるものがあるのだ」
「え。な、なんだい?」
「貴様、見下しているな? このワタシを」
キュゥべえが現状を把握する間も無く、次々と状況が動いていく。
先程とは立場が逆転して、今度はミリムがキュゥべえの赤い瞳の中を覗き込むようにして顔を近づけていた。
そしてそのまま、キュゥべえの長い両耳を一纏めに片手で掴むと、まるでおもちゃの様に振り回し始めた!
「なななな何をするだァーーーっ!!」
「キュゥべえと言ったか? 貴様に教えてやるぞ! ワタシをコケにした代償をな!!」
「きゅぴぴぴぴぴぴぴぴ!!」
多少性格が丸くなったところで、ミリム・ナーヴァが暴君なのは相変わらずである。
ブンブンと空中を縦横無尽に振り回された挙句、為すすべなくビッターンッ!と地面に叩き付けられて身体を投げ出したキュゥべえは、ボロ雑巾のようになってあっけなく伸びた。
「きゅっぷい……」
「ふん! 今回はこのくらいにしておいてやるのだ。ワタシの寛大さに感謝するのだぞ」
キュゥべえの身体は見るも無残にところどころ千切れかけているが、派手に爆散していないだけ大したものである。
ミリムが手加減していたからというのも大きいだろう。
なぜなら、ミリムが元気を取り戻したのもまた、ある意味ではキュゥべえのおかげだからである。
地面で伸びている白い物体の事は捨て置き、ぷんすかと頬を膨らませて如何にも怒り心頭といった感じのミリムが早速ワルプルギスを見つけ出そうとバルコニーに足をかけて飛ぼうとした瞬間だった。
ミリムのお腹から、猛獣の唸り声のような形容し難い爆音が鳴り響いた。
「……まずは飯なのだ、うん」
ミリムはもう数週間も食事が喉を通っていない。
今は気合で何とか立っているが、一瞬でも気を抜くとぶっ倒れて泡を吹き始めるのは目に見えている。
「フール……は居ないか。ミッドレイー! お腹がすいたのだ!!」
神殿中に響く大声で叫びながら部屋を出るミリム。
部屋の外が蜂の巣をつついたように俄かに騒がしくなるのを、キュゥべえは力なく地面に横たわりながら聞いていた。
誰もいなくなった部屋の隅で震えながら、思わずポツリと呟きが漏れる。
それではご唱和ください。
「ミリム・ナーヴァ……わけがわからないよ………」
×××
法律が変わり、方針が変わり、聖典の解釈までが変わったとしても、人の心はそう簡単に変えられるものでは無い。
積み上げた信仰があり、人生を通じて信心深い者ならば、なおさら。
魔物の国を認めるだと?
友好的な魔物もいるだと?
魔物と人間が共存出来るだと?
ならば、今までの信仰は何だったのか。
今までの神託は何だったのか。
今までの人生は何だったのか。
到底、認められようはずもない。
嘆かわしいことに法皇は狂ってしまわれたのだ。
我らが真の信仰を守らねば。
せめて我らだけは、ルミナス様の教えを受け継がなければ。
ルべリオスの中央大聖堂、その地下に密かに作られた裁判所。
そこには、恐ろしい光景が広がっていた。
外の廊下には白い法服を着た人間が老若男女問わずひしめき合っており、獲物を選別するように右往左往している。
そんな中で被告……連れてこられた魔人や魔物たちは身を寄せ合うようにして震え、ほとんどの者が腕で顔を覆っていた。
人間の意地汚い視線から自らを少しでも守ろうとしているのだ。
そんな被告たちの中に、ワルプルギスの姿はあった。
そう、ワルプルギスはあろうことか自ら捕まっていたのだ。
あの時、山頂付近で魔物攫いの集団に囲まれたワルプルギスは本来なら瞬きの間に殲滅するつもりだったのだが、彼らの会話を聞いてすんでの所で攻撃を思い止まっていた。
「しっかし、あの御方も哀れだよな。新しい時代に着いて行けずに、古い価値観にしがみ付くことでしか生きられないなんてよぉ」
「しっ! 滅多なこと言うなよ! どこに耳があるか分からないんだぞ。噂じゃ、帝国がバックについてるって話だからな、下手な事言えば消されるぞ」
「あの御方」? 「帝国がバック」?
そんな話は聞いたことがないぞ。
「その通りだ。文句を言うんじゃねぇ。そのおかげで俺たちは簡単なお仕事でたんまり金を貰えてるんだからな」
「へいへい……おっ、見ろよこの魔物。コイツ雌だぞ! しかもパッと見はただの人間にしか見えねぇ。連れてくついでに味見してみようぜ」
「やめとけやめとけ、てめぇは猿かっての。魔物相手だと勃つもんも勃たんわな」
「がはは、違いねぇや!」
ゲラゲラと薄汚い笑い声を上げる男たちを無視して、ワルプルギスは聞こえて来た会話内容について思考を巡らせる。
それは明らかに転スラ原作には無かった話だった。
「あの御方」と呼ばれるからには、相当な権力を持っている人物なのだろう。
そんな人物が帝国を背後に付けて魔物狩りを主導しているだと? しかもリムルの魔国連邦が成立した後に?
《マ、マサカ……わざと捕まるなんて愚かなことを言うつもりじゃないですわよネ?》
(……私、気になります)
《めんどくせぇ男ですワ》
というワケであった。
ワルプルギスは目立たないようにその場で周りを見渡してみる。
西から東から、ジュラの大森林以外に棲む多種多様な魔物がこの場所に捕まっていた。
ゴブリンやオーク、リザードマン、果ては高い知能を持つ魔人たちまで。
皆一様に怯え、これから起こることに対して震えている。
その視線の先にある法廷……いや、法廷とすら呼べない広いだけの地下牢には、更に数多くの聖職者が見学するように部屋をぐるりと取り囲んで座っていた。
部屋には魔物を弱らせる効果を持つ結界が張られており、入るだけで意識を失いそうになる。
見上げる形の裁判官の席には、とりわけ豪華な衣装を着た一人の女がニンマリとした笑みを浮べて座っていた。
「あらあら、名前付きとは珍しい。
女の甘ったるい、滑らかな声が響いた。
その問いをかけられているミルグと呼ばれた雌のオークは、中央に置かれた椅子に縛りつけられている。
椅子の肘掛部分からは鎖が出ており、彼女をきつく縛り上げて動けなくしていた。
「これまた名前付きの雄の
「ソウダ! ワタシの妻ダ!」
他の魔物と同じく廊下で座っていたオークが立ち上がり、声を張り上げる。
しかし、
「あらいやだ、“妻”だなんてまるで人間みたいね。誰か黙らせてちょうだい」
女は傍に居た司祭が命令通りにオークを黙らせたのを一瞥して不快そうに眉を顰めると、まるで居ないものであるかのように話を進めた。
「あらまあ、五匹の幼体の母なんですって?」
「ハ、ハイ。こ、子供達は怯えていマス……みな殺されるかもしれないと……」
「あらあらあら駄目よ、そんな事言っちゃ。まるで私たちがイケないみたいじゃない。今は
弱気なミルグを励ますように女が朗らかな声で言う。
もっとも今現在ミルグを追い詰めているのが他ならぬ女自身なので、説得力など皆無の上に白々しいだけなのだが。
「ミルグさん。あなたの今までの行動を徹底的に調べました。57人、この数字に覚えは?」
女の問い掛けにミルグが首を傾げる。
分からぬはずである。
何せそれは……
「これは今まであなたが殺した人間の数です。どうして殺したのか教えてもらえますか?」
「ワタシが、殺した……!? いいえ、だ、誰も殺したりしません。ワタシたち一族はずっと狩猟と採取で生きてきました。そもそも、ワタシがニンゲンに勝てるはずが無いデショウ!?」
各地に点在するように暮らしている小規模なオーク集団は大人しい。誰もが知っている事だ。
ましてや、たかが雌のオークに57人も人間が殺せるわけがない。
殺したなどと事実無根の事を言われたミルグは鳴き声を洩らし、それを見た女は心から嬉しそうに小さな女の子のような笑い声をあげた。
それどころか女は自分の獲物の惨めな姿をもっと見ようと身を乗り出し、その顔を幸せそうに歪めている。
「いいえ。いいえ、あなたは殺したのよミルグさん。魔物の本性は汚らわしく、神に祝福されし私たち人間を殺します。貴女は魔物なのよ? 殺さずにいられるはずがありません!」
女は手元の薄っぺらな資料を覗き込みながら、妙に高い声で言う。
「種族、
それを口にして何がおかしいのか女はケラケラと笑い、周りからも隠さない嘲笑が漏れる。
「
「ソ、ソレがドウシタのです! ワタシが魔物なのは当たり前デショウ!? ワタシは……」
「私は……なあに? まさか魔物なのに人間を殺してないなんて嘘を付くつもり? ダメダメダメ、そんなの駄目よ。嘘はとってもいけない事なの。魔物なのに人間を殺さないなんていうのは、有り得ない事なの」
なら、ジュラ・テンペスト連邦国は一体なんなのか。
周りを含め、女はその事実を完全に無視していた。
ミルグの顔に絶望の色が広がる。
話が通じないなど、そんな次元ではない。
人間と魔物が平等など、そんな空虚な言葉は無い。
この場所では、人間以外の生物は等しくゴミのように価値が無いのだった。
「ミルグさん。嘘ばかり付いても罪は重くなる一方よ。早く本当の事を言いなさい」
「ワタシは……本当の事を……」
「もう、まだ嘘を続けるの? 母体がそんな嘘付きじゃ幼体達の教育にもよくないわ。いっそ、幼体達に聞いてみましょうかしらね? あなた達は魔物かしらって」
顔をますます歪な喜びで歪め、女が甘い声で囁く。
その内容は脅しと同義であった。
彼女は言外に認めなければ子供達に手を出す、と言っているのだ。
「ま、待ってクダサイ! ドウカ、ドウカ子供達ハ……!」
「あらあらまあまあ、人聞きが悪いわねぇ。魔物じゃあるまいし、子供に手を出すだなんて、私がそんな酷い
「ソ、ソレは……」
「さあ、本当の事を話してしまいなさい。殺したのでしょう?」
女の顔が愉悦に歪む。
勿論、その質問への答えなどミルグは持っていない。
誰も殺していないのだから、その質問に答えられるわけがないのだ。
だが、答えなければこの女はきっと、本当に子供達を殺す。
ミルグは青ざめた顔のまま、決してしてはならない嘘を口にしてしまった。
「た、食べるために……57人……殺シマシタ……」
「まあ!」
哀れなミルグの嘘に女は満面の笑顔を浮かべ、身を乗り出す。
この瞬間が彼女にとって至上の幸せであるとでも言うかのように、全身が喜びで満ちている。
それとは反対に廊下で見ていた魔物たちの悲痛な声が地下牢内にまで届くも、その声は聖職者たちの興奮した声にかき消される。
「まあ、まあ! いけない事ね! 人を殺すだなんて、してはならない事よね!」
「ドウカ、ドウカ子供達だけは……」
女はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
嬉しくて嬉しくて溜まらない、といった様子だ。
そして打ちひしがれる獲物に止めを刺すべく、普段よりも甲高い声で無情の宣告を口にした。
「それじゃ、あなたは死刑ね!」
「死刑!? ソ、ソンナ……! それだけは、それだけはドウカ……!」
「んーん、ダメダメ。あなたのした事はとっても許されない事なの。魔物が野放しなんてのは駄目よ? ちゃんと然るべき天罰が下されなきゃ、ねっ!」
絶望に顔を歪めるミルグの腕を執行人が掴む。
フードで顔は見えず、だがしかし確実に笑っているだろうその中から嬉しそうな吐息が漏れる。
ミルグは僅かな抵抗を試みるも、目の前に現れた執行人が持つ剣の輝きを見た恐怖でその力すらもがくりと身体から抜ける。
「イヤっ……イヤアアアアアア! 助けて! 助けて、誰か! 誰か! あなた!! ゴルグ、ゴルグ!!!」
その悲鳴こそ最上の音楽であるかのように周囲はうっとりと眼を閉じて、耳を澄ます。
聞こえなくなるまで存分に悲鳴を堪能し、それから満足そうに溜息を吐いた。
「ルミナス様、ルミナス様……。貴女様の御国に行くために、私は今日もまた一つ善行を為しました……」
剣の振り下ろされる音が聞こえ、水っぽい切断音と何かが地面に転がる音が響く。
幸いなのは、廊下の後ろの方に居たミルグの子供達が、その瞬間を目撃しなかったことだろう。
とはいえ、この場所にいる限りその末路は同じだろうが。
「では次の方、どうぞ」
地面に流れる鮮血をそのままに、少女のような甘ったるい声が次なる獲物を呼んだ。
「まあ! あなたは魔人なのね、アイリスさん?」
「こんな……っ! こんな事をしてタダで済むと思ってるの!? 直にここがバレてあんた達みんな死ぬのよ!!」
「んーん、それは無いの。無いわ、ないない」
身体を両側から抑えられて中央の椅子に引きずって来られるアイリスという名前の女の魔人に向けて、女は身を乗り出してゆっくりと言い聞かせるように言った。
「私たちの善行は『日曜の老師』様のご意向なのよ? そして偉大なる日曜師様の背後にはあの帝国が付いているわ。つまりね、何があっても揉み消せるってことよ!」
「それでも!」
「それでももへちまも無いの。ここって大聖堂の真下でしょう? 本当は何回かバレてるんだけど、皆さん信心深いからちゃあんと理解してくれたわ。今じゃ大聖堂の皆さんも手伝ってくれるのよ?」
「う、嘘でしょ……?」
「うふふ! うふふふふふふ!!」
女の頬が邪悪に裂ける。
それは絶対的に安全な場所から一方的に気に入らないものを嬲る喜びに満ちた、神に仕えるに相応しいどこまでも神聖な笑みだった。
アイリスは悔しさにただ歯軋りする事しか出来ない。
彼女の家族は既に殺されている。
何もかもが憎かった。
人間も。神も。世界も。自分も。
憎悪だけで人が殺せるならどんなに良いだろう。
怨嗟だけで、絶望だけで、睨みつけて呪うだけで人を殺せるなら、どんなに良いだろう。
「なにが神よ……! 死ね……ッ!」
「なんてこと! ルミナス様を侮辱するなんて! いけませんわ、あなたは赦されない罪を犯したのよ? 人間ならばいざ知らず、魔物の分際で、魔物の分際でぇ!!」
女は激昂したように立ち上がったが、その醜い内心を隠し切れずにニンマリとした笑みを浮かべる。
魔物に死刑を言い渡す瞬間はいつだって気持ちが良い。
その首がストンと落ちる瞬間なんて、絶頂したような気分になる。
「判決! 死――」
女は知らない。
それを願ったアイリスも知らない。
今この場には、憎悪だけで、怨嗟だけで、絶望と呪いだけで人を殺せる存在が居ることを。
『もういい。全部薙ぎ払え、ステラ』
骨ばった骸骨のような巨大な腕が飛び出した。
宇宙が見えた。
星雲が見えた。
「――ぇ?」
ドパァンッ!!
物凄い音を立てて部屋に満ちた星雲が大爆発を起こし、その衝撃で辺り一帯が崩落する。
地上の大聖堂を跡形も残さず宙に吹き飛ばすほどの爆風が荒れ狂い、天井や建物の残骸などが地下牢を埋め尽くすように頭上から落ちて来る。
「っ!? きゃああああああああ……あれ?」
無駄だと知りつつ咄嗟に腕で頭を覆ったアイリスだったが、いつまで経っても想像していた衝撃が来ない。
不審に思って恐る恐る目を開けると、自分の身体には傷どころか埃一つ付いていなかった。
周囲を球状に何らかの力が働いたかのように、瓦礫がアイリスをひとりでに避けながら落ちていた。
「なに!? いったい何が起きたの!? あなた、あなたの仕業ね!? なんてことをしてくれたのよ!!」
顔を上げると自分の他にたった一人、あの女だけが同じように生き残って何かを喚いている。
いつの間にか、女を見下ろす形で一体の魔物が立っていた。
それは虹色の魔法陣を背負い、この場に相応しくない深海の青色を切り取ったような豪華なドレスを着ている。
「綺麗……」
アイリスは思わず呟く。
その魔物は、綺麗だった。
どこまでも暗い空のような、夜の澄んだ空気を身に纏っているような、そんな感じがした。
その威厳さえ感じる姿からは、宵闇の中から現れる妖美な女王を思わせた。
だが、そうは感じない人もいるらしい。
何も言わずにただ異様な気配を放ち続けているその魔物に気圧されたのか、怒鳴り散らかしていた女がうっと言葉に詰まった。
そして辺りをぐるりと見渡してようやく状況を把握し、その顔から血の気が失せる。
それは奇しくも、先程まで自らが追い詰めていた魔物たちと寸分違わぬ表情であった。
その表情を見て、低い嗤い声が場に漏れた。
『駄目じゃないか……私の前で絶望なんてしちゃあ』
ワルプルギスの唇が嘲笑に裂ける。
『
それは絶望した魂を奪う力でも掌握する力でも、ましてや支配する力でもない。
それは絶望を従えて、連なる魂を弄ぶ、悪意に満ちた能力。
ワルプルギスは、絶望と悪意の女王であるが故に。
『
「一体なにを――ゲホッ、コホッ……?」
小さな何かが彼女の口から飛び出し、足元に散らばる。
それは豆だった。
「…? ――ッ、な、なに!? いやあ!!」
女の体内から産まれた豆は一瞬でどす黒く変色し、蛆のように蠢き、粘着質な糸を吐いて互いを連結していく。
腐臭がまき散らされ、悪臭が立ち昇り、滲み出る汚液が生理的嫌悪感を湧き立たせずにはいられない様相であった。
これは演劇の一幕。
中世より語り継がれるワルプルギスの夜において、老いた魔女達の使う魔法を再現した単なる手慰み。
『幸い、この場所には絶望と怨念がひしめき合っているからな――じっくりと味わうと良いですワ』
「ぉご……っ……!? やめ……ゴホッ……か、かみ……るみな……す……救……ゴボォ!!!」
何かが断ち切られるような、食い破られるような音。
最初は胸だった。
女の体中の至るところから、細い木の枝が皮膚を突き破って飛び出す。
それはぐじゅぐじゅに膿み、腐り、絶えず蛆を噴出しながら育っていく。
呆然とその光景を眺めるアイリスの脳裏に、肉体を喰らって成長する寄生植物という喩えが浮かんだ。
だが、それすらこの悍ましさを表現するには足りない。
想像を絶する激痛に苦しむ女の全身の毛根から、続く間も無く黒い糸のようなものが勢いよく噴き出す。
髪の毛だった。
下水道に溜まって腐ったような、汚物に塗れたギトギトの長い髪の毛。
無数の蠅が集り、卵を産み付けては食い荒らす汚穢の苗床であるそれは、締め上げるようにして身体へ巻き付き、肌を覆い尽くす。
「――ア゛ッ―――ァ」
叫び声を出すことですらも叶わなかった。
不浄という不浄の具現が、女の体内を食い荒らしている。
血管や内臓、あるいは脳に至るまでが一片の空白も残らないように隙間なく穢されていく。
これが、『希亡』という悪意に満ちた能力の真価。
魂を弄ぶという行為の、誰も知らない本質。
「………―――――」
そして女はあっという間に、物言わぬ不浄の木として立派に生まれ変わった。
幾重にも伸びた朽ちかけの黒い枝の先から、膿みきって爛れた腐花が絶えず咲いては落ち続けている。
手ずから作り上げた悍ましい樹木を何の感慨も無く一瞥したワルプルギスは、すぐに興味を失ったようで未だ呆然と地面にへたり込んでいるアイリスへと顔を向けた。
「ひっ……!」
『…………』
不浄の木を背後にしたその姿に思わずアイリスが怯えて後退る。
それを責めることは出来ないだろう。これでも十分によく耐えている。
只人ならばとっくに嘔吐しているか失神しているか、下手すれば瘴気に耐え切れずに発狂していたかもしれない。
彼女はすぐに後退ったことを後悔した。
ワルプルギスからは彼女への害意が一切感じられない。
それに、方法はどうあれ死の淵にいた彼女を救ったのだ。
捕まっていた魔物達までも纏めて消し飛ばしたことには思う所もあるが……。
まずは、命を救ってくれた礼を尽くさなければならない。
アイリスは立ち上がると勇気を出して、何故かこちらを見ているだけのワルプルギスへ声を張り上げた。
「あ、あの……!」
『すぐに人が来る。その前にここを離れた方が良い』
だが、ワルプルギスはアイリスの言葉に覆いかぶせるようにしてその声を遮った。
『……君は自由だ。何処へなりとも行くと良い』
「えっと、でも……!」
『私は行けと言ったんだ! いいから、とっととここから離れろ!!』
「っ! は、はいぃぃぃぃぃ!!」
急な大声に弾かれるように飛び上がったアイリスは、ひーんと涙目になりながらも慌てふためき逃げるように走り去る。
途中で立ち止まるとくるりと振り向き、ありがとうございましたー!と叫んで視界の端へと消えて行く
《気分は落ち着きマシテ?》
(……驚かせてごめん、ヨル。急に動いて悪かった)
《アラ、お忘れでシテ? ワタクシはアナタ、アナタの考えなんて手に取るように分かりますのヨ? アナタが動くことなんて、初めから分かっていましたワ。それで……》
(ああ。これで帝国に用が出来たな。聖虚の天通閣へ行くのは、野暮用を終わらせてからでも遅くはないだろう)
ワルプルギスは静かに浮かび上がる。
全ての運命の不幸を無くすために。
全ての不運を悲劇にするために。
まずは、帝国へ。
が、もちろんそれだけでは終わらないのがワルプルギスクオリティ。
帝国へ向かう道中にある小さな村が、
(えー……寒暖差ひどいよ)
《なんて愚かで哀しいセカイ!》
ろくに戦える人もいなかったのだろう、慎ましく暮らしていたであろう村は完全に壊滅していた。
一族の狩りを担う雄の集団に襲われたのだろう。
男と子供は首を落とされて団子の様に串刺しにされ、女は凌辱された上で食料にされている。
あちらこちらから火の手が上がり、その中をオークが我が物顔でのし歩いていた。
「オイ! 向コウ二ガキガ一匹逃ゲタゾ!」
「食エ! 食エ!」
「コンナ所二女ガ隠レテヤガルゼ! ブヒヒヒヒ!!」
「引キズリ出セ! 使イ終ワッタラ食ウゾ、美味ソウダ!」
空を裂くような悲鳴が幾重にも響く。
大陸の向こうでは人間が魔物を虐殺し、大陸のこちら側では魔物が人間を虐殺する。
それは、一体どこまでが予定調和なのだろうか。
ヴェルダナーヴァは、一体どちらを想定してこの世界を創ったのだろうか。
それとも、既にどうしようも無いほどに世界は壊れてしまっているというのか。
村が、燃えている。
(………)
星雲。
弾け飛んだオークの死体に囲まれて、ワルプルギスは目に見えて落ち込んでいた。
(なんか最近魔女らしいことしてないな。さっきも魔人助けちゃったし)
テンペストを出てから、何もかもが上手くいかない。
呪われているのだろうか。
いや、それは元からか。
《イイエ。アナタの為すことが魔女ですのヨ。ワタクシ達は『ワルプルギスの夜』ですワ、舞台装置の魔女ではなく》
(ヨル?)
《よろしいですコト? 理性も意思も無い魔女とは違い、ワタクシ達は自由ですワ。ワタクシはあの時、他でもない
魔女に意思はない。
舞台装置の魔女にも、意思は無かった。
ただ全ての運命の不幸を無くし、この世を戯曲に変えるという魂に刻まれた目的だけを頼りに回っていた。
その方法を知らぬまま、行動も知らぬままに。
舞台装置の魔女の中では、不幸を無くすことと世界を滅ぼすことは何の不自然も無くイコールで繋がっていたのだ。
だが、ワルプルギスは違う。
そのグリーフシードに刻まれた本質は変えられねど、少なくともワルプルギスは『選ぶ』ことができる。
自らの『行動』を、進み行く先の『運命』と『結末』を、確固たる『意志』で選び取ることが出来る。
それが、ワルプルギスという名の魔女なのだと。
そうヨルは言っているのだ。
(……ありがとよ、相棒)
《礼には及びませんワ。マルゲリータピザ一枚で手を打ちマショウ!》
(しんみりした私が馬鹿だった)
ほんのちょっぴり元気になったワルプルギスが、改めて気を取り直す。
まあ、目指す先は何も変わらないのだが。
×××
帝国軍全滅。
400万人、生き残りは一人も無し。
その知らせを受け取ったリムルはしばし沈黙すると、今しがた送り届けられて来たばかりの手紙を手に取る。
送り主は神楽坂優樹。
手紙には今のユウキの帝国内での立場、皇帝の秘密、そしてヴェルグリンドの状態について詳しく書かれていた。
そして、それを踏まえてのこれからの作戦までもが所狭しと紙の余白を埋め尽くしている。
「やれやれ。味方に付けた時の安心感が半端ないな、ユウキの奴め」
いずれにせよ、今はユウキを信じるのが得策。
リムルは
テーブルに広げられたままの手紙の最後の末尾には、こう書かれている。
《今が最大のチャンスだ、というより今しかない。帝国軍を打ち負かした後は、こちらから打って出よう。
リムル、今度はテンペストが満を持して帝国に攻め入る番だよ》
リムルとワルプルギス。
両者の運命は、じきに帝国にて相まみえる。
もちろん、ミリムも。
お読みいただきありがとうございます。
実はキュゥべえをあまり露悪的に書きたくないんですよね、私。
キュゥべえ自身は本当に誠実な関係を築こうとしているのでしょうし、本当に宇宙の滅亡を止めるために行動しているのでしょう。
それが結果的にクソクソのクソになっているだけで。
しかもちゃんと奇跡を叶えてあげているんですよ?
奇跡に代償が必要なのも、考えてみれば当然の話で。
実際エイリアンとの関係って案外そんなもんじゃないのでしょうか?
まあ、それはそれとしてキュゥべえはギャラクシー☆害獣ですが。
唐突! 好きなワルプルギス選手権
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ワス先輩
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魔女っ子ワス
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ワスワスギス
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ワムウッ!
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ヨルは俺の嫁
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ワルプルギスは俺の嫁