これによって魔力感知をはじめとする魔素系の探知方法が一切使えず、目視で確認するしかない訳です。
よって彼らは山の洞窟ばかりに注目して、山脈の下を進んでいた主人公は発見を免れたわけです。
森に入ってしまえば、気配は一般人と変わりませんからね。
今まで、人前で演技をしたことがあるだろうか?
朧げな記憶だが、俺の場合は一度だけあった。
これも朧げな記憶で申し訳ないが、確か、高校二年生の学園祭だったと思う。俺たちのクラスは珍しく、しかしベタなことに劇をやろうということに決まった。
それからは俺がアニメで夢見たように、みんなで夜まで練習をし、小物を作り、とてもとても充実した青春の一場面を過ごさせてもらった。
劇の内容は、はっきりと覚えている。
シェイクスピアの「ハムレット」。
もちろん、俺たちがやったのはかなり省略した簡易版とでも呼ぶべき代物だったけど。
俺はこう見えて文学が大好きだったんだ。中三の頃からハマりだしてね、高二のその頃には漱石も太宰も龍之介も朔太郎も、魯迅もゲーテもスウィフトもドストエフスキイも。
古典と呼ばれて読み継がれる作品には一通り慣れ親しんでいた。もちろん、読んでいない作品もたくさんあったけどね。
その中でも、俺はシェイクスピアが大好きだった。本当に大好きだったんだ。
ハムレットの有名な独白を全部そらんじることが出来たぐらいには。
俺はギルデンスターンの役をやった。
こいつはかわいそうな奴だ。
陰謀と策略の間で揉まれて、最終的に故郷から遠く離れた地で、ローゼンクランツってやつと一緒に処刑される。
知らないのも無理はない、大した見せ場も無く、重要な人物にも成り得ず、でも居なければ困るという、脇役に毛が生えた程度の役だからだ。
故に不人気。ハムレットやオフィーリアと違って、名前を聞いたことのある人はいないだろう。
それでも、俺はコイツが好きだった。
ギルデンスターンとローゼンクランツ。この二人は俺たちだ。
だってそうじゃないか?俺を含めたほとんどの人は主要人物になんてなれやしない。
ハムレットにもオフィーリアにもなれず、巨悪のクローディアスになるのにも勇気と才能が要る。主人公の腹心の部下で親友のホレイショーでさえ、なるにはかなりの実力を要する。
この社会と一緒さ。
俺たちは主要人物にはなれず、哀れギルデンスターンと同じように、役に立たないことも無いが主要人物たちが作り出す大きな流れに揉まれて気づけば死んでいる、そんな存在。
話が逸れたな。
つまり何を言いたいかというとね、演技はとても難しいということ。
多くの人に見られているという、その事実を無視して、見られている自意識を何とか抑え込んで、見られていないかのように役を演じなければならない。
それはとても難しいことだ。
そして今、俺はその状況にある。
オーク軍目掛けて出発したのは良いが、まずリュティスとファトナは戦いの結末を自らの目で見届けると言って聞かない。
仕方ないから重力操作で浮かせて、俺の後ろを付いて来させている。
ミナとニナは一体どうやったのか、いつの間にか地上80m付近で俺のドレスにしがみついていたのだが、流石に危ないから置いてきた。
荷物は少ない方が良い。
そういう訳で、飛んでる俺の後ろを二人の魔人がプカプカ浮きながら付いて来るという、なんとも間抜けな状態で俺たちは使い魔のパレードを展開しながらオーク軍に向かって行進しているのだが。
見られているのだ。それも結構な人数に。
俺の魔力感知が、かなり離れた場所からこちらを見ている複数の存在を捉える。
恐らく、どこかの国の暗部たちだろう。
ほとんどは人間だけど、僅かに数人の魔人も居るな。
彼らはお互いに十分離れて、まるで俺を中心に円を形作るように囲みながら俺と共に移動している。
彼らは本来敵同士だからね、お互いを刺激しないように離れているのだろう。
俺だって別に戦闘狂じゃない。こちらに手を出さないなら、帰って報告でもなんでも好きにすればいい。
見られている程度でいちいちカッカするような小物ではないのだよ。
でもリュティスとファトナは迫害される身なので、一応隠した方が良いかもしれない。
俺は、リュティスとファトナを彼らから見えないように使い魔たちで囲んでから、何食わぬ顔で進み続ける。
顔、無いんだけどね。
とまぁ、そんな状況だからつい前世のことを思い出したという話さ。
ああ、一つ言い忘れていた。
クラス劇は大成功だったよ、少なくとも俺たちの目には。
それともう一つ。
俺は『ワルプルギスの夜』だ。
リムルが居ない今、この舞台の主役は俺。
だから、醜い豚の王様にはギルデンスターンよろしく退場してもらおうじゃないか。
×××
俺の眼下で使い魔とオーク軍が激突している。
危ないからリュティスとファトナはかなり後方に待機させている。
二人は戦う気まんまんだったけど、ぶっちゃけこっちが動きづらくなるので却下だ。
オーク軍の後方には、大きなクレーターが一つ、ぽかりと空いていた。
俺がさっき飛ばした炎の槍は、数千体ほど消し飛ばせたらしい。
いや、本当にびっくりだ。俺としては普通のやつを一本飛ばしたつもりだったが、なぜか大きさも威力も段違いになっていた。
なんでだろう、理由が思い当たらない。
まぁ、都合がいいから気にしないことにする。
それにほら、
「フハァーーー!オレの糧になれ!!」
その次の瞬間、遥か上空に居た俺の目の前で出現した。
たった一度の跳躍。
それだけで何百メートルも飛んだのか、大した身体能力だ。
でも、俺の方が速い。
一瞬の内に複数の触手で
ついでとばかりに炎の槍を三本ほど直撃させておいた。
空中で大爆発が起き、細切れになった焼肉が吹き飛ぶ。
だが、バラバラになったその肉体を黄色い妖気が繋ぎ止めた。
そのうちの一つである自分の右腕を左手で掴むと、宙に浮いたままの頭でむしゃむしゃと食べ始める。
すると瞬く間に肉体が繋がり、元通りの
おいおい、永久機関かよ。
自分の肉でも回復できるとか聞いてないぞ。
「死ね!」
それを難なく触手で払い落とすが、その隙に
だが、触手は一本だけじゃない。
更に数本の触手を出して、
触手を傷つければ、その分だけ使い魔が増えて自分の首を絞めることになるのさ。
しかし、まるで勝ったかのように
「フハァーーー!!喰らえ!
そこで俺はやっと気づいた。
包丁も、自分も、どちらも囮。本命は再生するときにとっさに投げつけた、
それが俺の歯車にカツンと当たり、
するとその小さな骨を介して、ユニークスキル『
触れるモノ全てを腐食させ、喰らうその能力が。
「ッ!?」
俺の認識が甘かったと言わざるを得ない。
俺は確かにヴェルドラと戦えるほどに強い。そして確かに、理外なほどに防御が硬い。
だから、心のどこかでこんな雑魚に負けるわけがないと思っていた。
スキルも何も持たない俺には、自前の能力と自前の防御力しか無い俺には、スキルが通ると分かっていたのに。
ピシピシッと音を立てて俺の歯車が腐っていく。
それを見た
だが、流石に全てを腐らせることは出来なかったようで、黄色い妖気は俺の妖気に阻まれるように途中で止まってそのまま消えたが、それでも少なくないダメージを負ってしまった。
使い魔が急いで俺の傷を修復しにかかる。
そして、例え僅かでも
「ブハハハァーーーーー!!!美味だ!!もっと寄越せ!!!」
拳に妖気を纏わせた
放った炎の槍には、同じく魔力弾を撃って相殺していた。いや、完全には相殺しきれず、ある程度のダメージは入っていたが、それも瞬く間に再生される。
再度細切れにしようと俺の触手が音を超えて動く。
だが、どこからともなく取り出した
俺の一部を喰ったことで、俺の性質に適応してきている。
そのまま
歯車に刺さったその包丁の周りが腐り錆びていく。
厄介だ。認めよう、こいつは強敵だ。
「フハハハハハハハハハハハァ!!!」
その瞬間に突然、頭の中にある選択肢が浮かんだ。
いや、浮かんだというよりは、
まるで、今まで底に沈んでいたものが、何かの力で急に浮上してきたように。
それは、回転。
正しき、廻天。
ガコンと歯車が鳴る。
あは。
ウフフ。
アハハハ。
きゃははははは。
イヒヒヒヒ。
アハハハハハハハハハハハ――――!
却下だ。
俺はその選択肢を再び思考の底に沈める。
それに伴って、何故かその選択肢の具体的な内容まで忘れてしまった。何か、とても恐ろしい
でも、それで良い。
この魔王には、今の俺のまま勝つ。
今の俺の、全力を以って。
全身に炎を纏わせ、一瞬怯んだ隙をついて
さぁ、ここからはスピード勝負だ。
反応する隙を与えず、俺は瞬時に複数の触手を
もちろん、
引き千切ろうとしてもうまくいかないだろう。なんせその触手は、ヴェルドラを拘束できるほどの強度を持っているんだ。
リムルはコイツとの勝負を、スキルの押し合いに持ち込むことで勝利した。
もちろん、俺には出来ない。
だから、もっと単純で簡単な方法を使う。
破滅的な火力で、塵も残さず消滅させれば良い。
俺は背後に炎の槍を作り出す。
俺は全力を以ってこの魔王を殺すと決めた。
だから見せてやろう。
今の俺の、全力を。
俺の背後で、炎の槍がどんどん増えていく。
やがてそれは百を超え、千を超え、万、十万、百万、千万、そして億へと。
背後の空間、上空全てが、眩いばかりの光を放って燃えている。
まるで天上を焦がすかのように。
命の危険を本能的に悟ったのだろうが、俺は容赦なく触手を刺し続けて拘束する。
そして、数億本の炎の槍を一つにまとめて凝縮する。
更に眼下一帯の森を地面ごと持ち上げて、その火の玉に投げ入れる。
炎と、溶岩。
確実に殺し切れるよう、魔法と物理の両方で攻める。
数億本の炎の槍と、数万トンの物質を、俺は限界まで圧縮する。
小さく、小さく、さらに小さく、限界まで小さく。
ギシ、と。
空間の軋む音が聞こえた。
半径1mほどの、小さな小さな火の玉を。
誰かが呟いた。
「太陽……」
その熱と光に、生物はもはや1秒たりともその場に残れなかった。
暗部たちが瞬く間に撤退していく。
攻撃を続ける使い魔たちには目もくれずに、無数のオークがわれ先にと逃走する。
少しでも遠く、太陽から離れるために。
暗部たちはともかく、オーク達はもう、間に合わないのにね。
「ダメだ!オレはまだ死ねない!ここで死ぬワケにはいかない!オレは同族を喰った、同族を巻き込んだ!オレは……オレは……!!」
何もかもをかなぐり捨てて狂ったように魔王が暴れ始める。
でも残念ながら、俺はリムルじゃない。
お前の罪を背負ってやれないし、お前の罪の行方にも興味が無い。
俺はお前を救わない。
その術も持たない。
でも、俺はお前と、その意志に敬意を払う。
だから、この技で殺す。
「アッハハハハハハハハ!!キャハハハハハハハハハハハハ!!!」
ああ、俺はとてもいい笑顔で笑っているんだろうな。
俺は火の玉を矢の形に形成する。
そういえば、元の世界に名も知らぬ黄色い魔法少女がいた。
彼女は他の魔法少女とは違い、なぜか技名を叫びながらやたらと痛い攻撃を撃ち込んで来ていたのを覚えている。
「ティロ・フィナーレ」だったか、あれは痛かったなぁ。
ん?何かおかしい…か……?
いや、おかしくないな。
とにかく、奇しくもこの世界の人々もマミさんと同じように技名を叫ぶ。
ならば、俺も様式美に倣おう。
少しパクるけど、マミさんならきっと笑って許してくれるさ。
「ヤメロォ!ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロッ!!頼む、オレが悪かった!やめてくれ―――」
リュティスとファトナが巻き込まれないように、俺は使い魔たちに二人を覆うように指示する。
そして残りの使い魔を体内に戻すと、矢の先端を
さぁ、時間だ
ここがお前の見せ場だぞ。
俺はお前を救わない。
だから、なるべくみじめに、なるべく哀れに、惨たらしく、無念を残して死んでくれ。
これにて舞台は幕引き。
だってそっちの方が、悲劇的だろう?
俺は心の中で技名を呟くと、限界を超えて圧縮された矢を大地に向けて射出した。
『ティロ・アレステレ』
世界が、吹き飛んだ。
「アアアアアアアアァァァァァ――――……」
白い光が天と地を埋め尽くし、「耐性」も「無効」も貫通して
その熱によって半径20㎞、地下25m、上空300mまでが瞬時に蒸発、大地はプラズマと化し、気流が乱され世界の天候が変化する。
後に文字通り「
目を開けられないほどの光が収まった直後、数瞬遅れてようやく轟音が世界を震わせ、衝撃波がジュラの大森林を遥かに超えて駆け巡る。
跡には何も残らない。
壊れた大地と、紅い空だけ。
それらを背後に俺はリュティスとファトナを宙に浮かせると、被害が比較的マシで安全な場所に降ろす。
そして自分も人型になると、いまだ目を回している彼女たちの前に降り立った。
もちろん、集落は無事だよ。重力操作で方向と範囲を絞ってギリギリ被害が届かないようにしたからね。
それ以外は知らん。たぶん今頃世界中の窓ガラスが割れているんじゃなかろうか。
もう既にガラスがあるのかどうかは知らないけど。
それに、どうやら僅かな数のオークが生き延びたらしい。
開戦早々、恐怖のあまり逃亡した一団だろう。なに、別に追いはしないさ。
それは彼らが勝ち取った生存だ。
かなり遠く離れているが、暗部の方々は全員生き残ったようだ。
見事だね。
俺は『終わりましたよ』と紙に書いて、二人に見せる。
いや終わったけどそれどころじゃねぇーよ!!と、二人の視線は雄弁に語っていた。
×××
「クハハ。クアハハハハ!クァーーハッハッハッハッハッハ!!!」
呵々大笑。
基本を抑えた、見事な笑いの三段活用である。
『無限牢獄』に囚われているにもかかわらず、ヴェルドラは愉快で堪らないかのように大声を上げて笑い続ける。
「あやつめ!我を前にしてなお、まさかの一度も全力を出さなんだか!クハハハ、ふざけおって!見ているが良い。次だ、次こそは我が勝つぞ、完膚なきまでに勝つぞ、『舞台装置の魔女』!!クハハハハハハ!!!」
ヴェルドラの力ではこの『無限牢獄』を破ることが出来ないことぐらい、ヴェルドラ自身も分かっていた。
それでも、まるで確定した未来であるかのように、暴風竜は再び彼女と相対する時のことを夢想する。
最近になってようやく知れた彼女の呼び名を繰り返しながら。
おかげでほんの少しの間、暴風竜はその退屈を忘れることが出来たのだった。
ステータス
名前:舞台装置の魔女(本名不明/認識不能)
種族:魔女
加護:円環の残光
称号:ワルプルギスの夜
魔法:無し
技能:無し
耐性:無し
お読みいただきありがとうございます。
今の状態を無理やりステータスにするとこんな感じです。
考えるのに結構時間かかりましたよ、ティロ・アレステレ。
気に入っていただけると嬉しいのですが。