習作   作:配管パイプ

2 / 2
2

 

 

 小さい頃、よく親に連れられて祖父母の家に遊びに行った。父親の運転する車で一時間も掛からない距離だったと思う。ちょっとした遠出と、大好きなお爺ちゃんに会える嬉しさで、いつもわくわくしていたのを覚えている。

 私は大のお爺ちゃん子で、お爺ちゃんも私をとても可愛がってくれた。

 

「お前が大人になって嫁に行く姿を見届けるまで長生きするぞ」

 それがお爺ちゃんの口癖だった。

 

 あるとき。いつものように両親と一緒に祖父母の家に遊びに来ていた日の事。昼下がりだったと思う。

「近くに蕎麦屋があるから、今から一緒に行こう」とお爺ちゃんが言い出した。

「みんなには内緒で、俺たちだけで美味い蕎麦を食べよう」

 まるでイタズラを企む子どものように笑うお爺ちゃんの言葉に、私は二つ返事で誘いを受けた。

 

 そのお蕎麦屋さんは、お爺ちゃんとお喋りしながらゆっくり歩いても10分も掛からない近い場所にあった。

 

「よう大将。今日は自慢の孫娘を連れてきたぞ」

 

 店に入るなり、お爺ちゃんはカウンターの向こうの大将さんに私を紹介した。

 

「へぇ、これまた可愛いお嬢さんだ。ゲンさんにはちっとも似てなくてよかったね」

 

「うるせぇ、一言余計なんだよお前は。コイツが可愛いのは間違いないけどな!」

 

 お爺ちゃんと大将さんは随分と仲が良いらしかった。『ゲンさん』というのはお爺ちゃんの名前だ。お爺ちゃんが一緒とはいえ知らないお店に入って少し緊張していたのだけど、お爺ちゃんと大将さんの気さくなやりとりを見てすぐに居心地の良さを感じてしまった。我ながら単純な子どもだったと思う。

 

 カウンターのやや高い椅子に、お爺ちゃんにも手伝ってもらいながら苦労して座ると、注文をする前にお爺ちゃんの分のビールと、私の分のオレンジジュースを大将さんが出してくれた。

 

「お嬢さんは可愛いからサービスね。ゲンさんはしっかりお代頂くよ」

 

「うるせぇなぁ。わかってるよ!」

 

 

 お爺ちゃんがいつも以上にニコニコしていて、私もそれが嬉しくて笑っていた。

 でも、ビールを一口飲んだ後、お爺ちゃんが少し神妙というか、不安そうな顔で私に話しかけてきた。

 

「なぁ、○○○(私の名前だ)。やっぱり、婆さんやみんなも連れてきてあげようか」

 

 お爺ちゃんとお婆ちゃんはとても仲が良かったけど、今思えばわりとお爺ちゃんはお婆ちゃんの尻に敷かれている所もあった気がする。このときも、私を黙って連れ出したはいいけど、あとでお婆ちゃんに叱られるのが怖くなったのかもしれない。

 

「○○○、ここから家までの道、覚えてるか?家に行ってみんなをここまで呼んで来れるか?」

 

「うん!じゃあ呼んでくるね!」

 

 私は元気よく返事をして椅子から飛び降りると、店の出口まで向かった。

 

「おいおいゲンさん、一人じゃ危なくないかい?」

 

「なに、すぐそこだから大丈夫だよ。うちの孫娘はしっかり者だしな」

 

 そんな二人のやりとりを背中で聞きながら店を出た私は、そこから一歩も動けなくなってしまった。

 店から祖父母の家までの道なんて、本当はまったく覚えてなかった。店の前の道を右に行けばいいのか左に行けばいいのか、それすら分からなかった。どうして一人でみんなを呼んで来れるなんて見栄を張ってしまったのか、自分でも分からない。お爺ちゃんにがっかりされたくなかったのかもしれない。

 

 また店の中に戻って、お爺ちゃんに改めて道を教えてもらうか、いっそお爺ちゃんに着いて来てもらえば済む話なのだけど、それも恥ずかしくて出来なかった。

 まるで、自分を知っている人が一人もいない世界に放り出されたような感覚に陥り、その場から動けないまま時間だけが過ぎていった。

 

 5分、あるいは10分くらいだろうか。永遠にも感じるほど不安で長い時間が過ぎたあと、血相を変えたお爺ちゃんが店から出てきた。

 あとから聞いた話だけど、私がいつまで経っても戻って来ない事に心配したお爺ちゃんが、店から家に電話をしたらしい。それで私が家にも戻ってない事を知って慌てて店を飛び出したのだとか。

 

 お爺ちゃんは店の前で一歩も動かないまま固まっている私を見つけると、一瞬ポカンとしたあと、ガハハ、と大笑いした。

 

「難しい事頼んじまってごめんな、○○○。爺ちゃんが悪かった。でもお前は偉いぞ!どこに行けば正解か分からないときは、その場でジッとしてる、それが正解だ!○○○は偉い、偉いぞ!」

 

 頭をワシワシと撫でられて、恥ずかしかったけど嬉しかった。さっきまでの不安や恐怖が、お爺ちゃんの「お前は偉い!」の一言ですべて吹き飛んでしまったような気がした。

 

 そのあとすぐに家族が駆けつけて来て、やっぱりお爺ちゃんはお婆ちゃんに叱られていた。

 

 

 そんな、なんでもない、遠い日の記憶。

 

 今になってあの日の事を思い出すのは、私が今まさに人生の節目に立っているからだろうか。

 お爺ちゃん。私は明日、大好きな人のお嫁さんになるよ。

 どこに行けば正解か分からずに固まっていた子どもの私はもういない。分からないなりに、精一杯考えて一歩を踏み出して。大好きな人と巡り会えたよ。

 

 そんな大人になった私を、お爺ちゃんにも見てほしかったな。

 明日の花嫁衣装、お爺ちゃんにも見せたかったなぁ。

 

 

 ……長生きしてくれるって、言ったじゃん。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。