オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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外から来る悪意に対して、善性の妖精はどう対処するのか、色々悩みながら書きました。


第5章 第11話 -高く響くは長老の笛の音-

 

 

天候操作(コントロール・ウェザー)!!」

 

 

血相を変えて飛んできた妖精は、眼前に広がる大規模な火の手を消し止めるため、森の半分を覆うような巨大な雨雲を呼び寄せた。

 

炎に包まれた森から木霊していた、トレントたちの悲鳴は火が消えて行くにつれ収まっていく。

餡ころもっちもちは、ペストーニャから借りた【ヒュギエイアの杯】を回復設定にして湛えられた輝く水を雨に混ぜ、被害を受けたトレント集落を囲むように【究極の幸運(アルティメット・ラック)】を発動している。

 

これで、餡ころもっちもちが駆け付けた時点で息があったトレントたちは、命を繋ぎとめることが出来るだろう。

 

 

時折轟く稲妻が、豪雨に濡らされた妖精の顔を照らす。

 

その顔を濡らすものは、呼び寄せた豪雨か、あるいは涙であったか。

 

それを知るのは、その小さな妖精だけであっただろう。

 

妖精の手には、雨で消えないように魔法が施された、赤黒い炎を残す木片が握られている。

 

 

明らかに森の者ではない何者かが起こした事態だろう。

森の東側で火を使う部族は、北部のゴブリン部族のみ。

だが、彼らも積極的に火を使う訳ではなく、ましてや森の中に火をつけて回る者など居ない。

 

外から来た者——。

 

少し前、“スレイン法国”から来たという20名ほどの人間は、確かに森から出て南の方角へ帰っていった。

それはトロちゃんと一緒に餡ころもっちもちも確認した。

 

その後は森の入り口付近に縄張りを持つトロちゃんが見張っていて、何かあればすぐに連絡が来るようにしている。

だが今回は、そのトロちゃんの目をすり抜け、トロちゃんの縄張りを通らず、トレントの集落まで進んだものが居る。

 

可能性としては2つ。

 

1つは、森のもっと北東側から侵入したパターン。

だがこの場合は、林道が無い道を進む必要があり、場合によっては例の眠っている根っこのような何かと遭遇する可能性もある。

 

もう1つは、やはり南の領域から侵入したパターン。

この場合はそもそもトロちゃんの縄張りを知っていてそれを迂回する必要がある。

 

それ以外の場所からの侵入は考えづらい。

なぜならばトレントの集落は森の北東付近で、その領域の西は山脈があるのでこの山を越えて侵入というのは現実的ではない。

 

いや、そもそも山から下りてきた何者かが火をつけた可能性もあるが、そんなことをする理由が分からない。

 

 

心配そうに餡ころもっちもちを見守る、ペストーニャや、連絡をくれたピニスンがいる。

 

『私はこの子たちを守らなきゃいけない…だから犯人が悪意があって火をつけたなら、私はそれを排除しなければならない』

 

 

餡ころもっちもちは覚悟を決めた。

まだ見ぬ何者かを裁く覚悟を。

 

 

「上位精霊召喚…【根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)】」

 

餡ころもっちもちが手に持っていた燃え残りを種火に、70レベルを超える上位精霊が召喚された。

これは魔法ではなく、上位の妖精として1日2回まで行使可能な上位召喚である。

 

 

根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)、あなたの種火を熾した者の元へ向かって。森の生き物、植物も含めて、それらには決して触れない事」

 

 

 

 

 

 

 

 

【潜影尖爪】はいい加減イラついていた。

 

ホブゴブリンごときが随分と粘っているのだ。

 

心臓に刃を突き立ててから優に5分はこの状態が続いている。

 

これはジュゲが行使できる武技で全身を心臓ごと硬化して、動かない様に固定しているというのもあるが、単純にジュゲの“決して掴んだ刃を離さない”という覚悟により、死後硬直の力が強化されているのだ。

 

そう、ジュゲはとうに力尽きている。

力尽きてなお立ち尽くし、刀をその身体で固定している。

 

この5分で、ジュゲの側近のうち生きていた者は、集落の生き残りと共に森に姿を隠すことが出来たのだ。

 

 

 

いつの間にか森は雷雨となっている。

 

 

目は生の色を失ってなお、ニヤッと笑った顔を続けるホブゴブリンに【潜影尖爪】は怒りを覚える。

 

 

「ゴブリンごときが私の任務を邪魔するなど…<武技:斬撃>!」

 

怒りに任せて武技を重ね、剣を掴むホブゴブリンの身体ごと引き裂いた。

 

 

「…てこずらせおって…しかしこの雷雨、もはや森のモンスター共は塒に姿を隠してしまうか…一旦離脱するか」

 

 

【潜影尖爪】が再びその姿を背景に溶け込ませようとしたその瞬間、このゴブリンの集落の入り口から赤黒く燃える影が姿を現した。

 

 

「な…あれは…火精霊(ファイヤーエレメンタル)か?それにしては内包する力が強大だ…それにこの雷雨の中、なぜ火が消えない…?」

 

 

火精霊(ファイヤーエレメンタル)の身体に当たる大粒の雨は、その瞬間に蒸発し、精霊の周りには蒸発した水分が水蒸気となって靄を纏っている。

その貌…この類の精霊に感情など無い筈であるのに、その貌は怒りと悲しみが混じったような形状に感じた。

 

 

「未知の存在、それに精霊となれば例の妖精が関与しているかもしれんな…姿を隠して撤退するか」

 

【潜影尖爪】は姿を隠し、素早く西側の森へ逃亡した。

 

しかし術者そのものを追うように命令された上位精霊からは逃れることは出来ず、徐々に距離を詰められる。

 

 

そこは少し開けた場所で、地面にむき出しになった岩にはぽっかりと穴が開いており、中は10メートルほどの奈落になっている。

 

ここはゴブリン達が“集落西の奈落”と呼ばれる場所。

言うなれば、ここは墓所だ。

 

 

「くっ…来るな!<武技:超回避>!!」

 

【潜影尖爪】は素早い動きで、精霊が伸ばした腕を避けようとしたが、70レベル台の精霊の速さはその上を行き、右足首を掴まれてしまった。

 

 

「グッ…グううう!!」

 

黒く燃える炎——獄炎を纏った根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)の腕に掴まれた足首は、ジュウウウと肉の焦げる音を立て、【潜影尖爪】がどのように藻掻いても、その腕を振りほどくことが出来ない。

単純なレベル差がそれを許さないのだ。

 

 

「クソッ…離せ!」

 

【潜影尖爪】がさらに藻掻く中、森の中から小さな影が姿を現した。

 

 

「君は…この間外から来た人間の一人だったね?」

 

 

【潜影尖爪】は本能的な恐怖を感じた。

このような感覚、久しく覚えていない…最後に感じたのは…そうだ、第一席次のあの方と模擬戦をしたとき…いや、正直あの時以上だ。

 

この妖精は特に強さを感じなかった。

森の管理は、そもそもこの妖精が持つ特性か、あっても指揮官系の能力によるものだと思っていた。

 

今だって確かに強さは感じない。

 

だが何だ、このプレッシャーは?

 

 

「ちょうどいい場所だね。根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)、その人を掴んで洞窟へ飛び降りて」

 

妖精のその言葉に従って、精霊は【潜影尖爪】に抱きつき、洞窟に飛び込んだ。

 

 

 

「なっ……グッ…ぐあああああっ!!」

 

 

【潜影尖爪】は精霊の纏う炎に身を焼かれる苦痛に悲鳴を上げた。

が、それ以上に、妖精が放った言葉、“根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)”という言葉に驚きを隠せなかった。

 

根源の精霊(プライマル・エレメンタル)”は英雄の領域も大きく超え、逸脱の領域のさらにその先に居る者、そう、例えば“神人”と呼ばれる存在でなければ対処が難しいとされる強さの精霊であると、書物で読んだ記憶がある。

 

その時はそもそも、そんなものが存在するのだろうかという疑問すら生じたが、現在の自身の状況を見るに、あの書物に記載されていた内容は正しかったのだろうと考えられた。

 

現在、自身は全力で精霊の抱擁からの脱出を試みているが、その抱擁から抜け出せる気配はまるでない。

精霊は単純な力が強い種族ではない。

だがこの精霊は、逸脱者の領域に足を踏み入れている戦士職である自身の筋力をはるかに超えた力を持っているのだ。

 

 

【潜影尖爪】を抱きかかえた根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)がその洞窟の底に降り立つと、それを指示した妖精もまたそれに続いて洞窟に降り立つ。

 

【潜影尖爪】が辺りを見渡すと、そこには何者かの骨、骨格からおそらくゴブリンか何かが並んでいる。

もしかしたらここは亜人どもの墓のような場所かもしれない。

 

 

程なくして妖精が口を開いた。

 

「君には、以前あいさつしたと思うけど、もう一度ちゃんと言うね。私はアンコ。この森に生きる子たちを守る妖精。君たちにも一度ちゃんと説明したはず。この森の子たちは、人間に対して危害を与えないから、攻撃しないで欲しいと、言った筈だよね?」

 

 

以前と雰囲気が異なる、その妖精の言葉にはおそらく、森の管理者としての怒りが込められている。

だがここで退くわけにはいかない。

自身は陰から人類という弱小種族を守るための最前線に位置する者。

 

そういった思いが、身を焼かれる苦痛と、妖精から放たれる怒りに対する怯えの感情を押しとどめ、精いっぱいの言葉を紡ぐ。

 

「妖精殿、私たちは人類という弱小種族を守るために、人類に仇成す存在は討たなければならない!たとえ今彼らが無害に見えても、何かのきっかけで彼らが人間に攻撃を始めれば、多くの者は対抗手段を持たないのだ!それに、あなたが言っていた手に負えない存在の悪しきトレントは、私が秘宝を以て焼き払った。これは双方の利害に一致するのではないか?」

 

 

妖精は一瞬だけその目を見開くと、再び無表情に戻った。

その様子は以前出会った時の天真爛漫とした様子と異なり、【潜影尖爪】に言い知れぬ恐怖のような感情を呼び起こした。

 

 

「…君が火をつけた子は、この森の長老のトレント。悪しきトレントじゃないよ。それに、君がつけた火は、その周りのトレントにも燃え移り、たくさんのトレントたちを燃やした。私が駆けつけて雨を降らせるのがもう少し遅ければ、トレントたちは全滅していたかもしれない」

 

 

その言葉に【潜影尖爪】は気づく。

先ほどの雷雨、あれはこの妖精が呼び寄せたものだと。

天候を操る魔法、それは書物で読んだ天候操作(コントロール・ウェザー)

確かそれは第6位階に属する魔法で、現在の法国ではこれを個人で行使できる者は居ない。

 

——敵にまわしてはならない存在を、敵に回してしまったかもしれない。

 

 

そう気づいたのは少し遅かったかもしれない。

妖精は無表情のまま言葉を続ける。

 

 

「君のいう事は分かる。弱い種族が強い他種族の脅威に怯えるのは、その通りだと思う。だから私は、少なくともこの森の中に住む子達は皆が平等で、安心して暮らせるように管理しているし、あの子たちがこの森の外に出ていって、何か悪さをしない様に見張っているの。外で何か悪さをすれば、やがて外のもっと強い子が、この森の子に攻撃してしまうかもしれないから。だから私は、君たちに言ったの。この森の子は攻撃されない限りは、外から来た子を攻撃しないって。だけど貴女はそれを信じなかった。そしてこの森の、私の大切な友達を攻撃して殺した…そんな貴女が言う言葉を、私が信じられると思うの?」

 

 

【潜影尖爪】は、未だ強さを感じない、その妖精の迫力にごくりとつばを飲み込んだ。

体中が焼かれる苦痛も忘れて。

 

 

「君に聞きたいことがいくつかあるけど、君の言葉は信じられないから、こっちで勝手に調べさせてもらうよ。泉精霊の問い掛け(クエッション・オブ・ナーイアス)

 

言葉と共に妖精は、新たな精霊を召喚した。

これ程高位の根源の精霊(プライマル・エレメンタル)を召喚しながら、新たな別の召喚を行えるという時点で、感じる強さとは裏腹に、この妖精が途轍もない力を秘めていることは容易に想像がつく。

 

いや、それよりも、妖精の言葉。

この新しく召喚された女精霊は、自身の知識にはないがおそらくは尋問系の能力を行使する者だと考えられる。

 

『ここまでか…』

 

【潜影尖爪】は覚悟を決める。

自身に…いや、外に出る聖典部隊の全ての者には、法国の情報漏洩防止のために、このような状態で質問をされると3つ目の質問をされた時点で絶命する術が施されている。

 

この妖精の存在…いや正確に言うとこの妖精の本当の実力、それを本国に伝えることは叶わなそうだが、いくつかの亜人や異形の間引きをすることは成功した。

また、イノフェンが情報を持ち帰れば、いずれ漆黒の精鋭部隊がこの森送り込まれ、自身の死体を発見し蘇生させてくれるかもしれない。

 

その様な淡い期待を抱いたところで、召喚された女精霊に妖精が問いかけた。

 

 

「泉の精霊さん、この人と一緒に居た他の人間は彼らの家へ帰りましたか?」

 

女妖精は『○』と書かれた木の板を挙げた。

 

 

「泉の精霊さん、この人と一緒に居た他の人間の誰かは、この人が森のみんなを攻撃するように指示しましたか?」

 

女精霊は『×』と書かれた木の板を挙げた。

 

 

「泉の精霊さん、この人以外にこの森に攻撃をしようとしている人が何処かに潜んでいますか?」

 

女精霊は『×』と書かれた木の板を挙げた。

 

 

「泉の精霊さん、この人を逃がした場合、この人はここであったことを仲間に伝えますか?」

 

女精霊は『○』と書かれた木の板を挙げた。

 

 

「泉の精霊さん、この人を逃がした場合、この人の仲間はこの森を再び攻撃しますか?」

 

女精霊は『○』と書かれた木の板を挙げた。

 

そしてその解答の後、女精霊は微笑みながら手を振り、足元の泉に姿を消し、続けて泉も消失した。

後に残るは、元の洞窟の湿った空気のみ。

 

妖精は、消えて行く女精霊に手を振り返すと「うーん5回かぁ…まあまあだね」と呟いた。

 

 

 

「な…にを…した?」

 

【潜影尖爪】は、今行われたやり取りの意味を完全には把握できなかったが、何らかの手段で情報を抜かれたことを理解した。

 

しかも妖精は、自分自身に質問せずに、召喚した女精霊に問いかける形で情報を引き出していたので、3つの質問に対して発動する即死の術も発動しなかったのだ。

 

 

餡ころもっちもちが使用した泉精霊の問い掛け(クエッション・オブ・ナーイアス)は妖精族の一部が使用できる種族特有の魔法で、本来これはダンジョン探索に使用するものだ。

 

ダンジョンのトラップ等で2択を迫られた場合、この魔法を行使することで泉精霊(ナーイアス)がその答えを示してくれるというもの。

だが泉精霊(ナーイアス)は、YES/NOの2択でしか回答をしてくれず、また選択肢は目の前に居る存在に対してしか有効でない。

 

なのでこの魔法は、ダンジョン探索に戦闘では役に立ちづらい妖精族を必ず連れて行かなければならないという事になるので、有用ではあるが、うまく活用するのは難しかった。

 

ちなみにYES/NOの正解精度と、何回質問をできるかは、使用者の幸運値に依存する。

幸運値が限界に達している【コㇿポックㇽ】状態の餡ころもっちもちの場合は、正解精度は100%で、質問回数は7~4回である。

 

 

 

泉精霊の答えを聞いて、妖精の表情が少し曇る。

そしてそのまま視線は【潜影尖爪】の方向を向く。

 

 

「君を帰すわけにはいかない…君を帰してしまえば、森のみんながもっと傷つくことになるから」

 

 

【潜影尖爪】は今度こそはっきりとした恐怖を覚える。

 

手段は分からないが、この妖精は自身から情報を抜き取ることが出来る。

そして、その妖精は自身をこの森で殺し、場合によっては自身から情報を抜き取り続けるに違いない。

自害しようにも、火精霊に体を押さえつけられており、動かすことすらできない。

 

 

不味い…何とかしてこの妖精のことを本国に伝える道を残さなければならない。

すでにいくつかの情報を抜かれてしまった。

その上この後、私から——それは生きたままか死んだ後かは分からないが——どれだけ本国の情報を抜いていくか分からない。

 

だがこの妖精には、おそらく嘘が通じない。

先ほどの女精霊は何らかの手段でこちらの情報を伝えることが出来る…

嘘ではない形で何とか揺さぶりを掛ける方法は無いか?

 

 

 

「よ…妖精よ。あなたが読んだ通りだ…だが本国は私も知らない情報取得の手段を幾つも持っている。例えば本国からこの状況を覗く大魔法というのが存在するし、先に帰った陽光聖典たちは、少なくともこの森とあなたのことを本国に共有する。本国がどう判断するかは運しだいだが、場合によってはこの森の亜人やモンスターを殲滅するために私よりも強い者で構成された部隊を送るかもしれない…そうならない様に私が生きて本国に帰り、正しい情報を伝えることも吝かではないが…」

 

 

【潜影尖爪】がそこまで言ったところで、先ほどこの洞窟に入るときに通った穴から1体の亜人が飛びおりてくる。

それは犬の姿の亜人。

確かこの妖精の側近のような存在だったはず。

 

 

「ペス、ジュゲちゃん達は?」

 

「はい、ゴブリンの集落の者は全て蘇生させました、わん」

 

「そう、良かった…ペス、これから私は、この人を殺さなければいけない。ペスも影響を受けちゃうかもだから、この洞窟から出て、誰も入ってこない様に見張ってて」

 

「はい……わかりました、わん」

 

 

 

一瞬言葉を言い淀んだ際、その亜人は【潜影尖爪】をじっと見つめた。

そしてその後速やかに妖精の言葉に従って穴から出ていった。

 

【潜影尖爪】は理解した。

あの亜人は、私の力を見定めていたのだと。

そして、明らかに弱く妖精には危害を加えられないと判断したからこそ、側近であるにもかかわらず、この場から身を引いたのだと。

 

いや、それ以上に、あの亜人は何と言った?

 

『ゴブリン部族の者は全て蘇生させました』

 

30は殺したはず。

その中には明らかに弱い子供の個体も居た。

そのような者が灰にならずに蘇生する呪文は、確か第7位階…いや、それ以上。

 

側近の亜人が、第7位階以上を操る…。

 

この森…やはり、危険すぎる!

 

 

そこまで考えた時、妖精が声を上げた。

 

「君」

 

 

【潜影尖爪】は再びごくりとつばを飲み込む。

 

もうすでに、火精霊に掴まれている腕や脚は焼け爛れ、通常の回復魔法では元に戻すことは出来ないだろうし、このまま放っておけば、いかに逸脱の領域に足を踏み入れた漆黒聖典隊員であっても緩やかに死に向かうであろう。

 

だが、その妖精の言葉のトーンが、いままでのどの言葉よりも冷たく平坦であったために、彼女は妖精の言葉の続きをただ待つしかできなかった。

 

 

 

「…君はつまり、君の運が良ければ、君の国はこの森や私のことを知って、この森の子たちを攻撃してくるという事かな…私は何度も言っているけど、別に君の国に攻め入ったり、人間を無意味に攻撃したりするつもりはないの。ただ、君たちがこの森に手を出さなければいい、それだけ。だから君の運が悪く(・・・・)、君の国の人が君のことを忘れてしまえば、それでいいの。できれば殺したくはなかったけど、ごめんね」

 

 

そこまで言うと妖精は、その小さの指に嵌めた小さな指輪に触れた。

 

瞬間、小さく、そして善良そうだった妖精は、体長1.5メートルほどのピンク色のぶよぶよした皮膚を持つモンスターに姿を変えた。

 

 

「ヒッ…!」

 

女であることも忘れ、ひたすら己を鍛え、ついには冷静沈着で最高峰の暗殺技術を修めた【潜影尖爪】は、一瞬すべてを忘れ、ただ目の前の恐ろしい外見の何者かに恐怖した。

 

 

「【究極の大厄(アルティメット・カラミティ)】」

 

 

その場に存在する全ての者の幸運値が急激に下降していく。

 

元々最高レベルまで幸運値を高め、種族特性で幸運値下降影響を受けない【コントン】とは異なり、そもそも“幸運値”という概念を正確に理解していない【潜影尖爪】はその幸運値が0まで落ち込んだことや、その影響に気づかない。

 

 

スレイン法国は実際、送り込んだ陽光聖典とその中に潜ませた漆黒聖典第7席次の様子を大魔法【次元の目(プレイナーアイ)】で覗く予定でいた。

 

だが不運にも(・・・・)、大儀式を補佐する神官の幾人かが病欠となったために、また、第7席次は漆黒聖典の中でも強い力を有し、このような潜入任務においては適任と思われていたため、ついぞ魔法で覗くことは無かった。

 

また、イノフェンが持ち帰った情報から、現時点ではトブの大森林は人類に対する危険は少ないと判断し、また【潜影尖爪】が予定通り単独潜入したことから、仮に表面化していない脅威があったとしても、彼女がその脅威を排除してくれるだろうと理解し、援軍を送ることは無かった。

 

陽光聖典の帰国後、1年経っても戻らない【潜影尖爪】がおかしいと気づいた時はすでに、トブの大森林は危機意識が高まった大妖精の手により、決して悪意を持った存在が立ち入れない結界が張られていたため、これ以降、スレイン法国が悪意を以て(・・・・・)トブの大森林に立ち入ることは叶わなかった。

 

 

 

「あ…あああ……何を…この感覚は…」

 

【潜影尖爪】は0になった自身の幸運値のことは正確に理解できずとも、不吉な何かが自身を覆っていると感じた。

 

火精霊によってつけられた火傷が、通常ではあり合えない速度で悪化している。

傷口から何か良からぬものでも入り込んだのか、皮膚が赤く、黒く変色し膨らみ、耐えがたい痛みが襲う。

 

 

「…君の運は無くなった。そしてこの場所は、アンデッド化も蘇生もできない領域になっている。君がここで消えることは誰も気づかず、君の体はこの森の菌類が栄養として使って、やがてこの森に還っていく…せめて、これ以上苦しまないよう、終わらせてあげる。根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)、彼女の頭を燃やしなさい」

 

 

『蘇生できない』

『消えることは誰も気づかない』

『森に還る』

 

怪物が発する声は、先ほどまでの善良そうな小さな妖精と同じであった。

それが恐ろしい。

優し気な女性の言葉で告げられる、これからの自身の運命が、どうしようもなく恐ろしい。

 

化け物の言葉に従って、火精霊の燃え盛る手が、自身の顔に近づいてくる。

 

 

「イヤッ!!アア…イヤァァァァァァァァァァ!!!」

 

根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)にその顔を掴まれた【潜影尖爪】は、最後の悲鳴を上げるとそのまま動かなくなった。

首から上は完全に燃え尽き炭のようになったが、体は幾分か残っている。

この場所に置いておけば、やがて分解されて茸生物(マイコニド)の栄養となるだろう。

 

 

餡ころもっちもちはその姿を【コㇿポックㇽ】に戻し、傍で控える根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)に悲し気に告げた。

 

「私の代わりに手を汚してくれてありがとう。だけど、君の存在は森の子たちを怖がらせてしまうかもしれない。だから頑張ってくれた君にこんなことをお願いすることは、本当に悪いと思っているけど、ゴメン。君の役目は終わった。君はここで消えて、この森の、生活のために火を使う子たちを見守っていて」

 

根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)はその場に跪くと、その小さな妖精にお辞儀をし、文字通りその命の炎を消した。

 

 

 

***

 

 

 

森の大妖精様とその配下たちの働きにより、今回の森の騒動は一応の解決となった。

被害を受けたゴブリン族の者は全てが蘇生され、また傷ついた者も回復された。

トレント族の者も同様。

だが唯一、トレント族の長老だけは蘇生することが出来なかった。

 

いや、正確には、魔法やアイテムを使えば蘇生そのものは出来るのだが、長老は蘇生を拒んだのだ。

 

ヒュギエイアの杯を使用し、餡ころもっちもちは長老の魂に問いかけた。

 

長老は言う。

 

自分は永く生きた。

 

それこそ千年を超える時間を見守ってきた。

 

森には幾度となく危機があったし、今も悪しき存在が眠っている。

 

だが、森を守る存在——大妖精が生まれたことで、この森はもう大丈夫だろうと。

 

そして大きくなり過ぎた自身の身体は森に影を作り、いくつかの若木の妨げになっていると。

 

だから年寄りはここで身を退きたい。

 

そして若いトレントたちとこの森の全ての存在の成長の糧になりたいと。

 

最後に願いとして、天を突くほど大きくなったこの身体を、何か森のために役立てて欲しい。

 

 

大妖精は、この森で、恐らくは最も永く生きた存在の最期の言葉を、森に住む全ての者に伝えた。

 

長老の言葉通り、その身体は森の資材として使われることになる。

 

ヒュギエイアの杯により一度祝福を受けたその身体から取り出された木材は不思議と何年経っても腐食することなく使用できた。

 

 

例えば、林道の道しるべ。

 

林道の分岐点ごとに置かれたその道しるべは、森の住人たちが迷うことなく道を歩くためだけでなく、大妖精様が転移をする際の目印にもなった。

道しるべにはそれぞれ記号が描かれていて、森で緊急事態が発生した場合に、その記号を伝えることで、その位置が概ね分かるという効果も狙っている。

 

 

例えば、森の住人の印である木札。

 

10万枚ほど作られた木札は、森の知性ある全ての住人に配られ、その者が確かに大妖精様の庇護のもとにあるという証明となった。

この木札の余剰分は、森の代表者達に託され、後年、新たな移住者や、森の同盟者と認められた者に配られることとなる。

人間で最初にこの札を手にしたのは、トーマス・カルネという開拓者で、彼が興した村の村長宅には、この木札が永きにわたり祀られ、木札を渡した“森の守護魔獣様”は永くその村を縄張りの一部として守護することになる。

 

 

例えば、各集落に作られた祭壇小屋。

 

主要集落には必ずこの小屋が設けられ、大妖精様がそれぞれ祝福を施した。

この小屋に入ることで傷ついた者、病に侵された者はその回復を早め、またそのような者がいない時は、大妖精様たちが集落を訪れた際の宿泊場所となった。

後年、ある事情で大妖精様がお隠れになった後、その大妖精様をお守りしていた守護神たるペストーニャは、蜥蜴人(リザードマン)族の集落に作られた祭壇小屋で長い時間を過ごすことになる。

 

 

 

一つの危機を乗り越えた餡ころもっちもちは、横笛を握りしめながら飛翔して、発展していく森を眺める。

 

この笛は、長老の身体を使い、餡ころもっちもちがまだリアルの世界で人間だったころ、習い事として修めていたものに似せて作った。

 

その笛は、例えるならアイリッシュ・フルートのような外見の横笛。

 

森の全ての友達を守るためには、辛い選択が必要なこともあるという事を学んだ。

 

そして大切な友達の一人であった長老は、自ら選択し、この森の循環の中に還っていった。

 

彼が望む森の発展と安寧を、私は果たさなければならない。

 

小さな体に合わせて作られた、その小さな笛を吹く。

 

曲名など無いそのケルティック・ミュージックのような曲は、森中に高く響き、森に住む全ての者の心に、少しの悲しみと、希望と、どこまでも深い安らぎを与えたのだった。

 

 




長老の身体を使った笛は最初から予定していたのですが、曲をどんな感じにしようか悩みました。

コロポックル的にはケルティック・ミュージックはおかしいだろとのご意見尤もですが、コロポックルの楽器というものでしっくりするものが無く、転移後世界の時代背景とか、ここに至るまでのお話とかを考えた結果、ファンタジー感あふれるケルト音楽にしました。

年度の切り替わり期間で更新遅い日が続きますが、ゆっくりと進めていきます。
引き続きよろしくお願いいたします。
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