オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
タブラさん、いいですよね。
私の想像は、離れたとこに住んでいる親戚にいるととても面白いけど、親だったり近くに住んでたりする身内だとかなり迷惑なおじさんです。
名前を、家名を含めたフルネームを呼ばれたアルシェはびくりと両肩が跳ねた。
父が爵位を剝奪されて以降、その名に何の価値があるのか。
それどころか、その名前は、幸せだったつい最近までの思い出が甦り辛くなる。
しかし、名を呼ばれた。
『フォーサイト』の一員としてのアルシェではなく、対外的には正式な、本名を以て。
それに応えないのは大変失礼という事は、未成年であるアルシェも良く分かっている。
一つ呼吸をし、無理やり心を落ち着かせると、『アトリエ・パラケル』の門を本日再びくぐった。
「こんにちはアルシェさん。本日は当店に御用でしょうか?」
カウンターにいたのは先ほどの黒髪の美女ではなく、その父親でこの店の店主であるパラケルその人であった。
そして彼は、予想通り私のことをチームの一員ではない『ただのアルシェ』として接客している。
私は、何をどう、言葉を紡げばいいか分からない。
貴方は本当に第4位階の魔法詠唱者なのかと問うべきか?
先ほどのヘッケランのブラフを交えた交渉について謝るべきか?
採集依頼について、より正確な情報を伝えるべきか?
いや、それとも我が家の痴態について把握されているのかを問うべきか?
答えの出ない考えで、頭の中は“
すると店主“パラケル”は、少し目を細めた後、私へ言った。
「ここは魔法薬の店です。魔法薬というのは思いもかけない効果を持つものもあります。まずは貴方の望みを言っていただければ、それに合った魔法薬を調合することも可能かもしれません。もちろん、貴方の望みを他言は致しません。内容が例え、皇帝の暗殺であっても、世界征服であっても」
その言葉を聞いた瞬間、私はつい私の願いを口走ってしまっていた。
「助けて…ください…」
その日、『アトリエ・パラケル』の入り口には早々に『本日営業終了』の文字がかかり、翌日の朝まで門は閉じられたままだった。
***
翌日の午前中、『歌う林檎亭』の扉を、普段は見慣れぬ男と女がくぐった。
男は茶色がかった黒髪と、同じく茶色がかった黒目の、どちらかと言えば均整の取れた顔の、青年とも中年とも見える年齢。しかし見慣れぬ顔つきはどこか異国の出身だろう。
女は白いベールを被り白いドレスのような服を着ていて、黒髪と金色の瞳。こちらもどこか異国の出身だと思われるが、明確に言えることは、圧倒的な美しさを持っていること。
女の美しさに、その場にいたほとんどのものが目を奪われ、そして二人の関係性を注意深く観察している。
女が、男のことを『お父様』と呼ぶ様子を見て、一部の者は安堵のような表情を浮かべ、また別の者は、今度は男の方を注意深く観察する視線を送る。どうにかして娘さんとお近づきになる方法を考えているのだろう。
男-パラケル(タブラ)は、『やれやれ、何もしなくてもただ美貌のみで注目を集めてしまうという事があるのですね』とこの世界に来て何度目かの感想を述べる。
娘たちの美貌について初対面でこのような反応をしないものと言えば、あの魔法狂いの老人や、ワーカーの一部。つまり我々に対して、他に、より大きな目的なり、興味なりがある者たちで、それはつまり、そう言った者たちを簡単に見分けることができるという事だ。
だから敢えて、タブラは娘たちの美貌を“必要以上に”隠すことはしない。
それを実行するかは分からないが、美貌に酔いしれてもらった方が後で発生するホラーイベントに対する感情の落差が大きくなるものだし、と要らぬこともついでに考える。
男は軽く店の中を見渡すと、目的の人物を見つけた様で、まっすぐに特定のテーブルへ進む。女はおとなしく、男の後に続く。
「こんにちは、フォーサイトの皆様」
「ああ、パラケルさん」
フォーサイトのリーダー、ヘッケランが笑顔で手を挙げた。
テーブルにはイミーナとロバーデイクがいる。
アルシェは不在の様だ。
「ただ座るというのも、いささか気が引けるので、飲み物を注文してきます。よろしければ皆様の分も注文いたしますよ。何が良いですか?」
ちなみにこの質問は、そもそもタブラが、この店にどのようなメニューがあるか分からず、少なくとも雰囲気的に紅茶は無さそうだ、と判断したからである。
フォーサイトの面々は一瞬顔を見合わせたが、すぐにアイコンタクトのみで会話を終えたようだ。
「では、お言葉に甘えて。ヒュエリ水をお願いします」
「ルゥオン、私たちも同じものを注文してもらえますか」
「はい、お父様」
黒髪の女-ルゥオン(アルベド)は、カウンターへ注文をしに行く。
カウンターの親父は少し赤くなりながら、『お、おおう。少々お待ちくださいませっ』とおそらくは慣れない敬語のようなものを使って対応している。
程なくして、その親父が5つのコップを持ってテーブルにやってきた。
その様子を、フォーサイトも含めて、この店のなじみと思われる客たちが苦笑いしながら見ている。
『なるほど…この店は給仕の方などは本来はおらず、自分たちで注文したものを取りに行くスタイルだったようでしたね…もう色々と遅いかもしれませんがミスってしまいましたね』
と、タブラは心の中で呟く。
ヒュエリ水は何らかの柑橘が入れられた水の様だ。
荒廃したリアルの環境で生きてきたタブラにとっては充分においしいと言える味だったが、飲もうとした際に目が合ったアルベドは『お父様、こちら大丈夫でしょうか?毒見をいたしましょうか?もっと良いものを注文しなおしましょうか?』と、メッセージも繋いでいないのに目線だけで語りかけてきた。
タブラは、ふふ、と少し笑い、
「ルゥオン、いただきなさい」
と軽く促した。
このような店はアルコールが一般的なはず。にも拘らず、このような注文を選択したフォーサイトは、真剣にビジネスの話をするという姿勢ができているという事。
その意図を無下にするわけにはいかないとタブラは考えたのだった。
「さて、昨日は店までお越しいただきありがとうございました。あれから在庫を調べたのですが、やはりご注文の量を早急に製造するには、いささか原材料が心もとなく、まずは材料調達の必要がありそうです」
タブラはそう言いながら目をつぶり、作ったような落ち着いた仕草でヒュエリ水を飲む。
フォーサイトの面々は一瞬目を見開いたが、すぐに元の顔に戻り言葉を発した。
「やはりそうでしたか。無理な注文をして申し訳ない。しかし材料調達の伝手はあるのですか?」
「ええ、とりあえずは一度、私とこの子で森まで向かい採集を試みる予定です。それでも十分なものが確保できない場合は、あなた方へ依頼をさせていただくかもしれませんが構いませんかね?」
「ええ、もちろんですとも。その際はよろしくお願いいたします」
その後、彼らは他愛もない会話を行い、パラケルとルゥオンは席を立ち、『フォーサイト』に一礼すると『歌う林檎亭』を後にした。
二人が店を出て充分な時間が経った後、店の中は爆発したような騒ぎとなった。
「おい、ヘッケランよぉ!!なんだあの美人は!!どういう知り合いだ!!」
「“お父様”って言ってたぞ!“お父様”って!!どこのご令嬢だよ!!」
「おい、ヘッケラン、俺様にコップを運ばせたんだ。俺様の質問には答えられるよな?!」
「落ち着け!!お前ら落ち着け!!」
『フォーサイト』の3人は、自分たちを質問攻めにしてくる者たちをあしらいながら、一方で、先ほどパラケルから“言われた”ことを頭の中で反芻していた。
そう、明確に“言われた”。頭の中で。
パラケルが飲み物を一口飲み、目を閉じた瞬間、3人の頭の中に声が響いた。
『フォーサイトの皆さん、今、伝言<メッセージ>で話しかけています。大事なことはこのメッセージで伝えますので、あなたたちは適当に会話に相槌を打っていただけますか?』
伝言<メッセージ>は伝達手段としては、あまり信用ならないものと認識されている。
しかし、パラケルの言葉は非常にクリアに彼らの脳内に響いた。
昨日のアルシェの評価を含め、これは信用できる、いや信用しなくてはいけない、と彼ら3人は瞬時に理解した。
曰く、採集任務はあくまで別行動の体であるので、集合場所はアーウィンタールの検問所より外の街道沿いとすること。
曰く、参加者はパラケルと、ルゥオンの2名。
曰く、ルゥオンはある程度の戦士スキルを持っているのでパラケル一行は自分で自分の身を守れるとのこと。
曰く、ルゥオンの戦士スキル、パラケルの魔法能力については他言無用のこと。
細かいことは現地合流後に話すので、出発日が決まったら伝えてほしいと最後に述べ、彼らは店を後にしたのだった。
一方パラケルことタブラ・スマラグディナは、自宅への道を歩きながら、この採集任務の参加者について非常にもめたことを思い出していた。
始めタブラは、この任務は一人で向かうつもりでいた。
善良かつ強力で、この町には強者と呼べるものが居ないことをすでに調査済みであったため、娘たちを店番として残すことは、“娘の安全のため”という体裁的な観点からも問題ないと考えていたのだ。
自分自身も、仮に何かあってもすぐに転移で戻ってこられるし、これまでの状況やフールーダの説明から考えても、トブの大森林に対処できないほどの強者は居ないと考えていた。
しかしそのことを言うと、娘たちは血相を変えて反対した。
「「至高の御方/お父様を、供も付けずおひとりで外に出すなど!!」」
とのことだそうだ。
タブラとしては、対人間の応用力が低いと思われるNPCを一人にするのは気が引けたのだが、かといって3人で出張るのも、特にフールーダ関係で何かあった時に気づくのが遅れそうでリスクがある。
結果、伝言も転移もできるニグレドを店に残し、ニグレドが常にタブラたちをも監視をするという事で、親子の意見は一致するに至った。
『やれやれ…忠誠心が高すぎるとこのような弊害もあるのですね。“信頼”という言葉を彼女たちに理解しろというのは酷なのかもしれませんね…それにしても冒険ですか。ユグドラシルの時のように他のギルメンが居ればもっと安全かつ楽しめたでしょうかね。まあとりあえずはこの世界初めての冒険を楽しみましょう。もちろん慎重に、効率よく、ですがね』
程なくして、改めて『フォーサイト』の4人は再び『フォーサイト』として、『アトリエ・パラケル』の門をくぐる。
それは冒険の出発の日を告げるためである。
フォーサイトの4人は、高難易度の冒険の成功への願いと、底が見えない魔法詠唱者たちの同行という期待とも不安ともいえる複雑な感情を抱え、しかしなぜか、この依頼は成功するような、そんな不思議な高揚感があった。
フォーサイトの1人は、それに加えて、自身がしなければならないことを強く胸に刻み、考える。
これは試験だ。いつか自分も受けた昇級試験。
しかしこの試験は、もしパスすることができれば、諦めたはずの全てを取り戻せるかもしれない、そういう試験。
ふと、かつての同級生や後輩の顔が浮かんだ。
自身の不幸のため忘れていた、かつての友達の悩み。
もしかしたら、それらだって全て解消できるかもしれない。
彼女-アルシェ・イーブ・リイル・フルト-は、その手に持つ杖を強く握りしめた。
次回、トブの大森林に侵入です!