オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
ヘジンマール君再登場です。
その日、カルネ村には5名の旅人が訪れていた。
うち2名は、カルネ村の村民にとって知った顔の者である。
パラケルさんとルゥオンさんは、薬草採取で良くこの村を利用するフォーサイトという方たちのお仲間だったはず。
フォーサイトの皆さんは、今や隣国であるバハルス帝国の都市で、もっとも有名な魔法薬店を営んでおり、その店で働いている薬師の青年は、この村出身の娘を娶り、その娘の家族も今や帝国に移住した。
そう言う訳で、フォーサイトとこの村の関係は良好である。
「お久しぶりですねパラケルさん。今回も薬草の採集ですか?」
「ええ、そうです。今回はフォーサイトの皆とではなく私の家族で参りました。こちらは私の娘、ルゥオンの姉のノアーと、妹のルージェ。この子は親戚のショータローです」
「どもども!」
ノアーとルゥオンは相変わらずの穏やかな笑顔で微笑みながらお辞儀をし、ルージェは少女っぽい満面の笑みで微笑む。
唯一ショータローという少年だけが、声を上げてあいさつした。
なお、ルージェ(ルベド)はゆったりしたワンピースの様な衣装で背中の羽を隠している。
「それにしても、以前はこのような宿屋は無かったと記憶しています。私のような旅人には有り難いですが、この村を訪れる人が増えたのですか?」
「いえいえ、別にそう言う訳ではないのですが、引っ越していったエモット家が空き家になったので、改築して寄合所兼宿屋としたのです。以前から薬草摘みに訪れる旅人の方は居りましたし、エモット家が引っ越したのち、あの家の娘であったエンリを娶った方から改築の援助を頂いたのです。そう言う訳で二階の廊下の奥はエモット家が一時帰省した時に使用する部屋なので立ち入らないでいただけると助かります」
「成程…エンリさんは良いところへ嫁がれたのですね」
「ええ、本当に。ではまた、夕飯の時にお声掛けしますね。ああそれと、最近、森の奥から何か巨大な生物の声が聞こえるという情報が有ります。私たちは奥まで入ることがないので分からないのですが、くれぐれもお気を付けくださいね」
宿屋の主が客室から出ていく姿を見ながら、パラケルは記憶の中の少女の姿を思い出していた。
タブラの合図でニグレドが
「さて、るし★ふぁーさん。私たちは明日の早朝、トブの大森林に侵入します。森に入って、林道沿いに進んで行くとやがて“何もない荒野”という場所につきます。そこは直径10㎞程の領域が文字通り荒野となっていて、草木が生えておらず一部の地面はガラス化しています。これは隕石などが降るなどして超高温の影響にさらされた可能性が高いという事です。そしてこの場所の地面にはなぜかユグドラシル産のアイテムが埋まっていました…この場所は
「おっけー。作成するゴーレムの形状とか命令内容はどうすんの?」
「そうですね…とりあえず何もない荒野に行ってから考えましょう」
翌日、5人は危なげなく猛スピードで林道を進む。
1時間ほどが経ち、あと少しで何もない荒野に差し掛かった時、ニグレドが声を上げた。
「タブラ・スマラグディナ様、るし★ふぁー様!この先の荒野に巨大な生物が居ます!おそらくはドラゴンかと思われます!」
その言葉で一同は速やかに足を止めた。
ドラゴン…というと、2人の脳裏には例の竜王のことが浮かぶ。
「村人が言っていたのはドラゴンだった訳ですか…るし★ふぁーさん、どうしますか?」
「あの常闇みたいな奴だったら討伐一択でしょ。カルネ村近いし、今んとこ会ってないけど森の亜人とかにも影響あるだろうからさ。何だっけ、確か
「仰る通りですね…ですがあの常闇と同レベルと考えると、しっかり準備していかないと足を掬われます…最悪の場合は我々の安全第一で他は切り捨てることも視野に入れる必要がありますね。ニグレドにカウンター対策を万全にしてそのドラゴンの様子を見てもらいますか…いや、竜王は未知のスキルを使う可能性もあるのでそれも危険ですか…」
「タブラさん、ルベドに偵察させるのはどうかな?」
「…ええ、確かにそれが最も安全ではありますが、万が一相性が悪かった場合を考えるとそれも万全ではないと思います」
「じゃあ、オレ達は
「…そうですね、現時点で打てる手はそれくらいですか…いや、るし★ふぁーさん、念には念を入れて、ルベドを100%開放しましょう。100%のルベドの一撃はどのような属性でもある程度大ダメージが入るはずです。そのダメージを与えた隙に急いで撤退です。逃げ先は…ここから充分遠いエリュエンティウ辺りにしましょうか」
「あ、そう言えば竜王はWI持ってないと追いかけてくる魔法使うかもしんないよ」
「それならば、ここに居る5名は皆WIを保持しているので大丈夫でしょう」
話が纏まったところでタブラはルベドに向き直り、その封印を解く最後の言葉を告げた。
「ルベド、まさかこのような異世界でお前の力を全開放する日が来るとは……モード【
そのドラゴン——ヘジンマールは、荒野で蹲り昼寝をしていた。
嘗ての住まいに残してきた本に書いてあった、妖精女王様が管理する楽園の森。
それは確かにあった。
あったのだが、自分はその仲間に入れてもらえなかった。
少なくとも今はまだ。
恐ろしく強い人間たちが兄弟たちをボコボコにしていた後、飛び去った先のそう遠くはない場所で森を見つけた。
その森は上空から見ても異様で、森の大半には靄がかかっている。
ドラゴンの割に少し目が悪いヘジンマールは、その靄に近づいてみると、その靄の中には小さな妖精たちが飛び回っている。
これは、もしかしたら例の妖精女王様の森かもしれない!
喜び勇んでその靄の中に入ろうとしたが、不思議なことに靄には触れることが出来ず、その先に進むこともできない。
しばらく飛び回っていると、靄がかかっていない広い荒野を見つける。
一旦その場所に降り立って、周囲の靄をさらに観察してみる。
しかし、やはり靄を越えることは出来ない。
どうしていいか分からず、その場に座って考えることにした。
数日経って、だんだんと腹が減ってきた。
お腹が音を立てている。
どうにかして食べ物を探さなければと考え体を起こしたとき、少し離れた場所に3つの影があった。
そのうちの1体、恐らく
「あーそこのドラゴン、ここは大妖精様に守られた森だ。どういった用件でこの場所に来たのだろうか。森の住人たちが怯えているので特段用がないなら立ち去ってほしいのだが。空腹であるというのなら、魚などを分けても構わないが…」
魚と聞いて、ヘジンマールの腹がギュルルルルと鳴ってしまった。
しばしの沈黙。
少々ばつが悪そうに、ドラゴンは喋り出す。
「えーっと、実は少し前まであの山に住んでたんだけど、訳あって住処を捨ててきたんだ。昔読んだ本の中に、全ての種族が平等に暮らす妖精女王様の森があるって書いてあって、ここがその場所かなと思ったんだけど、その、靄みたいな場所に入れないからどうしようか悩んでいたんだ……魚は欲しい」
ヘジンマールは、“ドラゴンが人間に狩り出された”というのは余りにも不名誉であるという事は理解していたので、その辺りはお茶を濁した。
また正直、自分はドラゴンという種族であるから、少なくとも森の生き物などには楽に勝てると踏んでいて、森の生き物に会ったらある程度脅しをかけようかとか、そもそも靄の中に入れて、そこに森の恵みが有ったら、良い場所を縄張りにしようかとも考えていたが、目の前の3体のうち、白銀の魔獣はかなり強い感じがするし、ナーガと思われる男も何らかの未知の魔法を使うかもしれないと感じた。
唯一、今喋っている
何より魚を食いたい。
ヘジンマールの答えに、3体の者は顔を見合わせ、何やらボソボソと話し合うと、再び
「用件は分かった。空腹のようだし魚も持って来よう。だが、貴殿が靄と呼ぶあの存在は“大妖精様の守り”という言うなれば結界だ。これはこの森の真の主人である大妖精様がかけたもので、森の仲間となりうる者以外を通さない性質を持っている。例えば森に住む者に害を成したり、森の平等な関係を崩したりする考えを持つ者、不思議なことにそう言った者を受け付けないのだ。貴殿の心の中にそのような考えがある限りは“大妖精様の守り”の中には入れない。だが、守りの外であるこの場所なら滞在するのは自由だ。ただし、ここには人間の旅人などが薬草を求めて入ってくることもある。彼らとは無用な争いを起こさないで欲しい。森の外の村のいくつかは、この“守護魔獣”殿と契約を結んでいる」
それからヘジンマールは、何度か魚や木の実、茸などを運んでもらい、それらでなんとか飢えを凌ぎながらこの場所に滞在している。
何度か“大妖精様の守り”の中に入れないか試したが、未だ成功していない。
あの
だが、とはいえ彼に他に行く当てはない。
なのでヘジンマールは、とりあえず飢えることは無いこの場所で、いつか“大妖精様の守り”を越えられる日が来るまで大人しくしているつもりだった。
その日も、昨日と変わらない、“守り”の外の荒野で昼寝する一日、そうなるはずだった。
気が付くと南の林道の入り口に、人間の幼子が居たのだ。
いや、よく見るとそれは恐らく人間ではなかった。
人間であれば6~8歳くらいの少女。
だが、その背には赤く輝く6枚の羽根。
———天使、いや悪魔?それとも神に属する何か?
ヘジンマールがそう感じたのは、圧倒的なプレッシャー故だ。
間違いなく、いつか兄弟たちをボコっていた人間よりも強い存在。
その存在に、見つめられている。捕捉されている。逃げられるとは思えない。
無表情な少女の瞳は赤く燃え上がり、その手には姿に似つかわしくない赤い刀身の長剣。
羽根も長剣も、超高温なのか、あるいは内包するエネルギーが高すぎる故か、チリチリと音を立てながら赤い陽炎のような揺らめきがある。
小さなその身体には、ヘジンマールの知っている言葉では例えることもできない程のナニカが詰まっている。
昼の空に輝く太陽が、そのまま形を変えて目の前に居るような錯覚を覚える。
「どらごん、一度だけ言うよ。あなたは、てき?」
「ひっ…ひえっ…!おた…おたすけ下さい…!!わたくしめはあなた様と敵対する意思はございません!!おゆっ…お許しください!どうかわたくしめがあなた様に忠誠を誓う事をお許しくださいぃぃ!!」
頭を地面にこすりつける。
産まれて今まで流したことがなかった涙が零れているのが分かる。
下半身に力が入らず、温かいものが溢れてきた。
身体が“死”を感じている。
命乞いをしたつもりだったが、自分の身体は先に“死”を受け入れてしまったのだろう。
「うわー…」
少女が言った。
そして、しばらく無言の時間が続き、少女が誰かと話している声が聞こえた。
「とーさま、ぱぱ。このどらごん、弱いよ。話しかけたら、おしっこもらした」
しばらくすると、自分の周りに何人かの者が集まってくる気配がする。
先ほどの少女の気配は去っていない。
故に頭を上げることもできない。
「…なるほど。これは所謂、普通のドラゴンですね。しかもかなり弱い」
「うわーまじかー…こんな弱いドラゴンいるんだねー」
「とーさま、ぱぱ、このどらごんどうするの?」
「そうですね…以前はこの場所には何もいませんでした。どういう経緯でここに居るのか聞いてみる必要があると判断します」
「てゆーか、このドラゴン漏らしてるよね?ルベド、何かしたの?」
「なんにもしてないよ。話しかけたら、おしっこもらした」
「え、この世界のドラゴンてそう言う感じなの?トイレは別の場所にしてほしいよなー」
「いや、おそらくルベドとの力の差に圧倒されてこうなったのでしょう…とりあえず、話を聞きたいですので、顔を上げるように言ってもらえますか?」
「とーさま、分かった。どらごん、顔あげて!」
「はっ、はひっ………ひえっ!!!」
顔を上げたヘジンマールが見た光景は、先ほどの赤い天使の少女の左右に、明らかな高位の天使と水生生物のような化け物、後ろには悪魔と怪人がいて、自分はそれらに取り囲まれていたのだ。
ヘジンマールの意識はそこで途絶えた。
***
目を覚ましたヘジンマールが見たのは、5人の人間だった。
そのうちの一人はあの6枚羽根の天使の少女をもう少し成長させたような4枚羽根の天使で、それ以外の者は、どうやら姿を人間に変えているとのこと。
気絶する前に悪魔と判断した淑女が化けたと思われる人間が笑顔で「他言無用ですよ?お分かりですね?」と言った時、再び漏らしそうになったが何とか耐えた。
5人は先ほどの姿ではないが、それでもこの5人のうち、どの者にも勝てる気がしない。
ヘジンマールは聞かれたことを、ただ答えるだけのマシーンになった。
「成程、だいたい分かりました。一旦私たちは宿に帰りましょう。ヘジンマールさん、もしその見回りの森の住人が来て、私たちのことを聞いたら、薬草採取に来た人間だったと答えなさい」
「はいっ!」
その数時間後、今日の魚を持ってきた森の守護魔獣は鼻をひくひくさせながら言った。
「うーん…他種族の事なのでとやかく言う事ではないでござるが、トイレは別の場所にした方がいいでござるよ。某の主が…えっと何でござったか…かんせんしょう?とかいうものの原因になるからトイレは別の場所ですべしと仰っていたでござる」
宿に帰ったタブラたちは夕食の後、今日ヘジンマールから手に入れた情報を基に作戦会議をしていた。
「以前森に入った時は
そこまで言うと、るし★ふぁーが発言する。
「ねータブラさん、オレの記憶だと
「ええ、私もそう思います。この世界ではフィールドエフェクトの効果が異なるというのも考えられますが、別の可能性として、我々も知らないユグドラシルの魔法効果が存在する、あるいは、あのドラゴンに
「うーん…タブラさんも知らない魔法効果ってあるかなぁ?」
「あると思いますよ。最後の1年は凄まじい量のアップデートがあったみたいですし、そもそもユグドラシルのサービス期間に誰も解明できなかったものがあったのかもしれません…まあその辺は魔法マニアだったモモンガさんならより情報を持っていたでしょうが…そう、例えばモモンガさんが最後の最後で到達した種族、アレについては私も正確に把握しきれていませんし」
「なるほどなー…で、どうすんの?」
「そこは当初の予定通りですね。るし★ふぁーさんの作るゴーレム頼みです。作成したゴーレムに、森に影響を与えそうな命令を書き込まなければ入れるでしょう。“ミュルクヴィズの暗緑鉱”をコアにして作るのでしょう?」
「うん、〈
「実は私も最初はそのつもりで居たのですが、ドラゴンの話を聞いて別の選択肢が浮かびました…ゴーレムの形状は“餡ころもっちもちさん”にしてください」
「餡ころさん?別にいいけど、なんで?妖精繋がり?」
「そうですね…これは確証は無いのですが、この森の様子、今までの私たちに起きていること、無理やり繋げるとすると、彼女のスキルが関連している気がしてならないのです。なぜか私たちは幸運な選択肢を選んでいます。そして、聞いた話では“大妖精様の守り”とやらは森の生き物たちを平等に、手厚く守っています。入るための本当の条件は分かりませんが、この守り方、リアルの彼女の思考と合っている気がするのです」
「うーん確かにそうかもね。でもオレ、餡ころさんのスキル正確には良く知らないんだよね」
「実を言うと私も正確には知りません。モモンガさんと同じで彼女も最後の1年で隠された種族を開いた方です。最終奥義は何となく聞いていましたが、詳細までは知りません」
「まあいいよ。じゃあ明日から餡ころさん型ゴーレム“フェイク・餡ころさん”の作製始めるね。他は作んなくていい?」
「ええ。私の予想が当たっていれば、他のゴーレムを作る必要は無さそうです。もし1体で森の中を捜索できないくらい時間がかかるようでしたら、その都度作成していきましょう。あのドラゴンの話から考えると、その際の新しいゴーレムのレベルは50あれば十分な気がします」
「おっけー。流石にこのレベル帯はすぐには出来ないから、何か月かこの宿に滞在する方向でいい?」
「問題ありません。今回は時間にも追われていませんからね」
さらに何度かの太陽が昇った。
そして、その日は訪れる。
はじめにそれを見つけたのは、ナーガ種族の若者だった。
彼は見たことがない侵入者に恐怖した。
なぜならその者は、自分ではとても勝てなそうにない雰囲気を纏っていたから。
このような事、今まで一度もなかった。
“大妖精様の守り”は恐ろしい者を通したことがなかったから。
だがこのようなことが起きた時にすべきことは決まっていた。
森を警備する各種族の者に情報を伝え、発見地点から最も近い“森の代表者様”の下へ走る。
その地点から最も近い代表者は、“守護魔獣様”こと、トロペジェンヌさんだった。
若者は、彼女の領域に入り、すぐさま自分が見たものを伝える。
「守護魔獣様、お伝え事項が有ります。ここより西の領域に侵入者があり、現在湖の方角へゆっくりと進んでいます。その力はおそらく非常に強く、外見は小さな妖精の様でした!」
トロペジェンヌは、一瞬呆けた顔をした。
しかし、その英知を湛えた両の眼は、今まで見たことがない強い意志の力を宿し、ナーガの若者に言った。
「今すぐ某を、その方のところまで連れて行って欲しいでござる!」
小さな妖精の姿のその者は、ゆっくりとその足を西に進める。
これはわずかに林道と呼べなくもないものに沿って歩いているだけなのだが、結果的にその歩みは、最も行かなければならない場所へ向かっていた。
このペースで歩き続ければ、あと1時間で
ちょうどその場所で、小さな妖精の姿の者に追いついた魔獣が居た。
「ひ…姫……姫でござるか?!」
ゆっくりと振り返ったその者は、確かにトロペジェンヌが知る、その主の者だった。
しかしどこか無機質で、その口から言葉を紡いだ。
「私ハ、“フェイク・餡ころさん”。私はこの森デ、私カ、私を知る人に会いたいでス。あなたがそれを知っていたラ、案内してくれませんカ?」
良く知っている声に酷似したその者の声は、魔獣が会いたいと思っていた主のものではなかった。
だが、その者が言っていること、そして何よりその名前に覚えがある。
そしてこの森に、“守り”の中に入れたという事、それは敵対者ではないという事。
トロペジェンヌは、約200年ぶりに訪れた“何かが変わるかもしれない”という思いを胸に、覚悟を決めて言った。
「某はトロペジェンヌと言う者。某が案内させてもらうでござる。着いてくるでござる」
不思議な感覚だった。
その者は確かに主人である姫とは違う存在。
だが森の中を歩くその光景は、遥か昔の、とても幸せだった日々を思い出させた。
その記憶にはもう一人、ペストーニャ殿——今では“守護神様”と呼ばれる存在があった。
彼女は今から、その最後のピースを埋めるために、ペストーニャ殿に会いに行く。
気が付けば、既に情報が共有されたナーガ族の族長であるリュラリュースが列に加わっていた。
彼の瞳が濡れているのは、彼の父が一命をとりとめた時以来だ。
彼も気づいているのだ。
これは、何かが変わる前兆だと。
思えば守護神様が、あの日から最も長い時間を過ごしたのは
彼らは、あの日にはまだ生まれていない。
だが、守護神様が何度も何度も語ったはずだ。
故に彼らは、あの日以降生まれた者達の中では、最も大妖精様のお姿を知っている。
そして、そのゴーレムの姿を見ると一瞬驚愕の表情を浮かべ、しかしすぐに、冷静を取り戻し、言った。
「守護神様をお連れします。お待ちください」
程なくして、一人の亜人が現れた。
その者はベールで顔を覆い、神官のような衣装を着た、犬の顔をした亜人。
彼女の両の目が見開かれた。
そして、ゴーレムに駆け寄る。
「あなたは…あなたは…どなたなのですか?そのお姿は、何かを知っておられるのですか?!……わん」
「私ハ、“フェイク・餡ころさん”。私はこの森デ、私カ、私を知る人に会いに来ましタ。あなたはこれが読めますカ?」
そう言って、ゴーレムは一枚の羊皮紙を取り出す。
それを震える手で受け取った守護神様は、その内容を読み終わると、突然走り出した。
余りの事態に一瞬皆が固まったが、すぐにトロペジェンヌが走り出し、ペストーニャ殿に言った。
「某の背中に乗ってほしいでござる。某も…某も早く会いたいでござる!」
ペストーニャを背に乗せたトロペジェンヌは走る。
それ以外の者はその後を必死に追いかける。
「ペストーニャ殿、伝言には何が書いてあったでござるか?!」
「ドラゴンが居る荒野で待つと…そう書いてありました…わん」
「あのドラゴンの場所でござるか?!危なくないでござるか?!」
「いえ、あの文字、あの文字が書けて、餡ころもっちもち様のお姿を正確に知っている御方…間違いありません!わん!!」
トロペジェンヌは走る。
“大妖精様の守り”を越えて、林道を北上し、やがてその場所に着く。
そこに居たのは5人の人間。
その姿を見た瞬間、ペストーニャはトロペジェンヌの背から降り、信じられない速度で駆けていく。
そして跪く。
涙を溢れさせながら。
体中を震わせながら。
「タブラ・スマラグディナ様、るし★ふぁー様…ペストーニャ・S・ワンコ、御身の前に…わん」
代表してタブラが言葉を掛けた。
「やはり…そうでしたか。ペストーニャ、恐らくだいぶ待たせてしまったようですね…教えてください。この森で、何があったかを。ですがまずは涙を拭いてください。落ち着いたらゆっくりと話しましょう」
ペストーニャが肩を震わせ泣きはらした頃、森の代表者たちが荒野に集まっていた。
やっと平静を取り戻した“守護神様”は静かに語った。
「この御方たちは“大妖精様”のご友人。私が探していた御方たちです」
その言葉を聞いた者達は、皆一様に頭を下げ敬意を示した。
NPC達は誇らしげな表情をしていたが、跪かれたまま話すのは余りに喋りづらいので、タブラとるし★ふぁーは彼らの頭を上げさせた。
そこから、ゆっくりと、ペストーニャは語り始めた。
200年以上前、この森に転移したこと。
餡ころもっちもちが森に住む全ての生物を助け祝福を与え、全ての種族を守る存在へとなったこと。
人間の侵攻。
長老たるトレントの死。
7人の人間と魔樹との戦い。
そして最後に戦った白金の鎧。
「成程、ペストーニャ、良く分かりました。確認ですが、最初にこの森に来た時、エクレアは居なかったのですね?」
「はい、仰る通りです、わん」
ペストーニャの言葉を頭の中で反芻し、タブラは要点をかいつまんで自身の考えを、るし★ふぁーにも共有した。
「るし★ふぁーさん、我々の中で認識の齟齬が無いように情報を改めて共有します。ペス、それにニグレド達も皆聞きなさい」
タブラの言葉で、6名の者が集まって話をする。
「餡ころさんは、私達よりもおよそ200年前に、このトブの大森林に転移しました。着いてきたのはペストーニャのみ、サービス終了の時に抱いていたエクレアはなぜか着いてきていません。次に餡ころさんは森の各種族を助け、森を事実上平定しました。実に餡ころさんらしいですね…そして侵略をしてきた人間を殺し、一方でおそらくは13英雄と呼ばれている方たちと交流しリーダーのリクと言う方から竜王の情報を聞いた。ここまで合っていますね?」
「はい、間違いありません、わん」
「よろしい、そしてその後、森に封印されていた魔樹を倒し、直後現れた竜王と思われる白金の鎧と交戦し、消失…という事ですね」
「…仰る通りです、わん」
「るし★ふぁーさん、彼女が最後に使ったスキル、ご存じですか?」
「確かスクナミカミのクラススキル、〈常世渡り〉でしょ。戦闘では敵味方の幸運値をいじりまくる凶悪なスキル」
「ええ、その通りです。そしてどうやら彼女はそのスキルに【
「えっとあのスキルは確か、使用後に強制死亡扱いでギルドの登録地点に戻される…あ、それってつまり」
「ええ、その通りです。もしこの世界にナザリック地下大墳墓が転移している場合、彼女はギルドホームに戻っている」
「ペストーニャ、結論から言いましょう。餡ころもっちもちさんは、ナザリック地下大墳墓に居ます。ですが現時点ではナザリックがこの世界に来ていない可能性が高い。私たちはこれから他のギルメンやナザリックを探す旅を続けます。出来ることならばペストーニャ、あなたも協力してほしい。森を守る役目はしばらくは“フェイク・餡ころさん”で大丈夫でしょう。森の民が傷ついたときや病気となった時には一時帰還し、治療を行う、その前提の下で、あなたも私たちに着いてきてもらえますか?」
「勿論でございます。このペストーニャ、至高の御身の皆さまのために存在します、あ、わん」
「よろしい、餡ころさん、そしてナザリックの捜索は最優先としましょう。リクと言う方との会話…餡ころさんから直接聞く必要があります」
「申し訳ありません…私が正確に覚えていれば…わん」
「いえ、仕方がないことです。リクという方が言っていたことは、私たちプレイヤーにしか分からないことが多い…ですが彼は間違いなくエリュエンティウに入るためのカギを握っている。それに海底の都市と言うのも非常に気になる…遥か南という事は恐らくまだ行っていない場所でしょう。時間が出来たらそちらも早い段階で行っておきましょう。エルフ国にも行く必要がありそうです。デケムと言う方が生きていれば話を聞けるかもしれない」
「それと、るし★ふぁーさん…我々が注意しなければならない存在も分かりましたね」
「“竜王”ね。あの
「そうです。直接戦った“白金”は竜王で間違いないでしょうが、その“白金”と通じている存在が、森に入った7人の中に居て、そいつも竜王である可能性が高い」
「聞いた感じだと、なんかデカいスキルとか魔法使うとバレる感じかな?」
「そうかもしれません。あなたがクラススキル使った時は既に常闇と交戦中でしたが、それ以外で安易に大魔法は使わない方がいいでしょうね。ルベドの100%もしばらくはお休みですね」
「おっけー。で、次どこ行く?エルフの国とか探してみる?」
「そうですねぇ…ルベド、ちょっと上空まで飛び上がって、周囲に何が有るか目視でいいので教えてくれますか?」
「はい、父さま!」
勢いよく上空に飛び上がっていったルベドはしばらくすると降りてきて、見えたものを説明した。
「ここからすぐ西には北へ伸びる山が有ります!東には平野が広がっていて、その先にいくつかの街が有りました!南にはやっぱり平野が有って、いくつかの街が有ります!でも南の街の上空には大きな何かが居ます!」
“大きな何か”
その言葉を聞いて、タブラと、るし★ふぁーは目線を合わせた。
そしてそれぞれ
“大きな何か”
それはうねる様に雲間を漂い、光る何かを地上へ放っている。
何かが起きている。
「タブラさーん」
「ええ、ですがアレに気づかれないように、慎重に行きましょう。まずはここより南の街エ・ランテルまで転移で飛びます。その後、アレの視界に入らないように静かに近付きます」
「誰かいると思う?」
「可能性は高いでしょう。少なくともユグドラシルのプレイヤーの痕跡は見つかるでしょう。それにアレが“白金”の本体なら…」
「アインズ・ウール・ゴウンにケンカを売るってどういうことなのか、ちゃんと教えなきゃねー」
「そういう事です」
200年の時を耐え、慈悲深きメイド長は愛しい御方と再会することが出来た。
彼女が魔神化しなかったのは、ある意味奇跡に近かった。
主たる餡ころもっちもちが残した言いつけと、森に残った友達の存在が、彼女を正気の世界に繋ぎとめたのだ。
必要な欠片が、1つ、また1つと集まっていく。
そのパズルを指で持ち上げ、正しい位置に嵌めていく。
運命の神が微笑む。
彼らが次に向かう場所は、悪徳渦巻く王都。
王都に巣食う悪徳を、かの悪魔が食い尽くす。
これにて5章は終わりです。
やっとペスを合流させてあげることが出来た…
6章はウルベルト様・後編となります。
引き続きよろしくお願いいたします。