オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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6章が始まります。

悪魔がリ・エスティーゼ王国で苦悩し、大暴れします。


第6章 第1話 -悪魔の迷い-

 

 

パルメーラ・スラヴァンは、エ・ランテルの街をぶらぶら歩いていた。

 

カッツェ平野のアンデッドの大群を自爆魔法で葬った後、1週間ほど療養をしていたのだ。

 

いや、パルメーラ本人はそんなもの要らないと言ったのだが、ニニャをはじめとした漆黒の剣の皆にすごい剣幕で詰め寄られたので、仕方なく休暇という何もない時間を過ごしている。

 

療養と言っても身体はどこも悪くなく、一日中宿の部屋に居るのもつまらないので、せっかくだからこの街の様子を見ようと思い街を散策しているのである。

 

 

同じように何週間か滞在したリ・ブルムラシュールとの比較になってしまうが、この街は働く者達が活気に満ちている。

 

市場は活気があり、並んでいる品は豊富だ。

この街は3国の交通の拠点となっているという話だったから、それが影響しているのだろう。

12~3歳くらいの少年が元気に声を出して果物を売っている。

1つ買って食べてみると、それは赤くて甘く水分が多い果物だった。

リアルではおそらく一生食べることのなかっただろうそれが、ウルベルトの喉を潤した。

 

様々な組合が並ぶ通りには、薬品店やスクロール屋があり、覗いてみると、ユグドラシルには無かった魔法もいくつか見られた。

ただ、それは強力な攻撃魔法の類ではなく、香辛料や荷物を運ぶなどの生活便利魔法と言った感じのものだった。

本職は魔法詠唱者(マジックキャスター)である彼は興味を惹かれ、それもいくつか購入する。

 

飲み屋のような店と少々怪し気な雰囲気の建物が並ぶ通りを歩いていると、その日は偶々一緒に散策していたニニャが何だか機嫌が悪くなったような素振りを見せたので、そこは足早に立ち去った。

 

後でルクルットに聞いたら、娼館が並ぶ通りであったらしい。

ああ、姉のことでそういう店が嫌いなんだな…配慮が足りなかったか…と、少しズレた反省をした。

 

 

聞くところによると、この街は王の直轄で、先日合った貴族のパナソレイと言うのは、あくまで都市長であり、領主ではなくて、この街のことは組合長などの代表者が意見を出し合って方針を決める、いわば合議制に近い形式をとっているらしい。

 

それを聞いて、先日のパナソレイに対して感じた感情や、この街のどこかリ・ブルムラシュールと違う雰囲気に納得した。

 

 

だが、彼にとって比較的好感を抱けるこの街であっても、裏路地は存在する。

娼館のある通りよりもっと奥、行政区から最も離れた場所にその路地は存在した。

 

所謂貧民街、スラムと言ってもいい。

 

一日中日陰となる道には、ぼろぼろの茣蓙が敷かれ、粗末な屋根のようなものが設置されていて、そこには瘦せた子供が座っている。

 

戸板も無いようなあばら家の中には、目つきが悪い男たちや、妙に薄着の女——おそらくは非合法の娼婦だろう——が座っている。

 

リアルでは幾度と見た光景。

 

アーコロジーの外で、住む家もない孤児や仕事を失った者。

汚れた空気の下、恐らくは数年も生きられない者達。

 

彼の心の中に、不快でどす黒い、怒りのような感情がもやもやと立ち込める。

 

 

 

 

現在、『漆黒の剣』と『蒼の薔薇』は同じ宿に泊まっていて、食事も大体一緒にとっている。

これはパルメーラが13英雄の生き残りであるリグリットとイビルアイと情報交換を頻繁にしているという事に起因する。

 

一方で『朱の雫』は、『漆黒の剣』をアダマンタイト級にするという目的も果たしたことでアズスがとりあえず満足し、ホームであるエ・アナセルに戻ってアーグランド合議国から流れてくるモンスター等の対策と言う本来の仕事をするために、既に出発している。

 

療養を始めてちょうど1週間が経ったある日の夜、パルメーラは夕食の席で告げた。

 

 

「ラキュース、個人的に話したいことが有るんだが、明日時間はあるか?」

 

「えっ…パルメーラさんっ…ゴホッゴホッ!…は、はい、私は大丈夫です!」

 

突然の指名に、ラキュースは飲みかけのスープにむせるという、貴族らしからぬマナー違反を見せた。

その様子にガガーランは『ヒュー』と口笛を吹き、双子忍者は『鬼リーダーに春』とか『これが最後のチャンス』とかなんとか言っている。

精神的な意味で、もうそういうステージにはいないリグリットはいつも通りの笑顔で特に反応を示さず、イビルアイは仮面で表情は分からないが『ふん…』と呟いた。

 

 

一方『漆黒の剣』の皆は、ニニャがすごい顔になっていて、他の3人は驚愕と脅えの混じった顔をしている。

 

だが次の言葉で、ニニャの鬼の形相は疑問の顔に変わった。

 

 

「それとニニャ、できればお前も同席してくれ」

 

 

 

 

一人考えたいことが有ると言って先に席を立ったパルメーラが彼の部屋に消えた後、『漆黒の剣』と『蒼の薔薇』のテーブルは少々姦しいことになったのは言うまでもない。

 

ただ、『漆黒の剣』のメンバーはニニャの性別については気づかないフリをしているし、パルメーラもおそらく素で気がついていないようなので特にそれに触れることはしないので、明日の“3者面談”が色恋関係ではないと理解しつつも、何だか不穏な組み合わせにコメントに窮している。

 

『蒼の薔薇』はと言うと、実はほとんどのメンバーはニニャの性別に気づいている。

ラキュースは、傷ついて帰還したパルメーラを心配するニニャの様子から気づき、双子忍者は職業柄、身体的特徴には敏感だし、童貞センサーを持つガガーランは言うまでもなく、リグリットは年の功と後輩であるニニャとの魔法談義から、それぞれ気づき、しかし冒険者の暗黙の掟として、気づかないフリをしている。

 

ちなみにイビルアイ(お子様)は気づいていない。

彼女は12歳から精神的にも止まっているのでしょうがない…しょうがないのだ。

 

そう言う訳でそのテーブルに座るメンバーは、イビルアイ以外はニニャの性別を知っているが気づかないフリ状態で、その体で姦しくなっているので、イビルアイだけが村人、後は人狼みたいな人狼ゲーム状態になっている。

 

そういう意味ではパルメーラも村人側だが、彼は色々とやることが有るので、その席には参加していなかった。

 

 

 

パルメーラが一人でやっていること、それは悪魔召喚である。

 

この世界に来て最初期に召喚した悪魔の一部は時間制限で消滅したが、一部はなぜかこの世界に留まり続けている。

そしてアゼルリシア山脈のパワーレベリングの後に召喚した悪魔は、なぜか全く消滅していない。

 

その事について、なぜそのような差が生じているのか必死に考えた結果、一つの推論に達した。

 

この世界は何らかの贄と引き換えに行った召喚の場合は、召喚された悪魔はこの世界に留まり続けるのではないか。

 

贄となるのは、悪魔のセオリーから言って恐らく“魂”。

魂を捧げて召喚した悪魔は永続召喚となる。

何の魂かは言うまでもない。

レベリングのため恐らく絶滅させてしまったクアゴアだ。

 

これまでパルメーラが召喚した悪魔は殆どが下位の悪魔であり、クアゴア程度のレベルの魂であっても充分贄としての役割を果たしているのだ。

 

過去に殺したクアゴアの魂が今現在の召喚で使えるのか?という疑問もあるが、どこかの冒険者チームも言っていたが、あまりに理不尽に殺されたクアゴアとドラゴンの魂は怨念となって『漆黒の剣』に憑いている状態なのだ。

だが恨みの元凶たるパルメーラは、その程度の怨念など屁でもない大厄災の魔なので、怨念の魂たちは悲しいかな、ただの便利な贄用魂保管庫になってしまっている。

 

パルメーラとしてはそこまで深く考えておらず、『殺したモンスターの魂を生贄かなんかにして召喚してるっぽいな』程度の認識であるが。

 

 

 

それともう一つ、それはある意味ではリ・エスティーゼ王国のマップ埋めをしている。

 

レエブン候という貴族につけた影の悪魔(シャドウ・デーモン)からの伝言で、彼は貴族——支配者階級の者について疑問を持ち始めた。

 

パナソレイもそうだったが、単純な貴族一括りの判断だけでは説明がつかない“例外”が居ることを学んだ。

 

ニニャが上位転移(グレーター・テレポーテーション)を習得できたことで、スキップしてしまった2つの大都市、エ・レエブルとエ・ペスペル。

特にエ・レエブルについて、自分の目で見ておきたいと考えたのだ。

恐らくは“例外”が領主をしている街、その街の様子はどうなのか、住んでいる者はどのような目をしているのか。

 

だから、一度処分決定と判断し、すでに屋敷内にかなりの数の悪魔を忍び込ませ済みのリ・ボウロロールの領主に手を下すのも、一旦停止しているのだ。

 

そしてまずは、夜中にこっそりと宿を抜け出し、上位転移(グレーター・テレポーテーション)でリ・ブルムラシュールまで移動し、そこからは不可知化状態でエ・レエブルまで移動して、転移記録、そしてそのままエ・ペスペルにも行き、転移記録済みである。

 

そして今度は昼夜問わず上位転移(グレーター・テレポーテーション)で、まずはエ・レエブルまで移動し、街の様子を観察している。

 

 

結果分かったことは、エ・レエブルは明らかに他の街と比べ、街中の道や街灯が整備されている。

街灯で夜道も明るいため、犯罪者もおそらく少ない。

そして、貧富の差はあれど、明らかなスラムは存在しない。

違法娼館のようなものも無かった。

 

活気という点では、エ・ランテルの方が上だと感じた。

これは都市への物資や人の流入という点も関係あるかもしれない。

ただ、エ・レエブルは、より適切に管理された(・・・・・)街であると感じた。

 

 

 

色々あって『漆黒の剣』はアダマンタイト級になった。

パルメーラ的には当初の目的は、自身が気に入ったチームのメンバーになること、そしてそのために『漆黒の剣』を鍛える事だった。

 

おそらくその目的は達成された。

 

それでは次にやるべきことは何か。

 

まずはニニャの姉の捜索、そしてそれと並行して、どうやら腐りきっているこの国の上層部に思い知らせてやること。

この2つは、恐らく同時並行で進めた方がよさそうだ。

 

そしてもう1つは、ユグドラシルの、アインズ・ウール・ゴウンの仲間を探すこと。

 

これはリグリット、イビルアイとの出会いで気づけた可能性だ。

彼女たちが嘗て共に旅をしたという“リーダーのリク”。

彼がユグドラシルプレイヤーであることは間違いが無い。

という事はAOGの誰かがこの世界に居ても何ら不思議ではない。

 

今の状況——ゲームのアバターで謎の世界に飛ばされているという事については、相変わらずさっぱり意味が分からない。

だが少なくとも、ここは恐らくリアルのような現実だという事は理解できた。

 

イビルアイの故郷は遥か南にあるらしい。

リーダーのリクと出会ったのもその辺りらしいので、ニニャの件が片付き、この国の気に入らない支配者階級をボコボコにしてやった後に、一度連れてってもらおうかと考えている。

 

 

 

 

 

翌日。

 

黄金の輝き亭の入り口にパルメーラが立っていた。

 

指定された時間にニニャとラキュースが各自の部屋から出てきて、パルメーラと合流する。

 

 

「ああ、ラキュース、それとニニャ。時間を取らせて悪いな…少し歩きながら話したいから俺についてきてくれるか?」

 

「あ、ハイ」

「構いません。今日はよろしくお願いします」

 

 

パルメーラを先頭にして、その後ろにニニャとラキュースが並ぶ。

 

パルメーラはまず中央市場に向かった。

道の左右には様々な露店が並び、活気に満ちている。

 

「ニニャやチームの皆には前言ったんだが、」

 

パルメーラは視線を露店に向けて歩きながら喋り出す。

 

「俺はこの国の生まれじゃない。俺が生まれた場所は、ひどく空気も汚れ、荒廃した場所でな、こんな活気がある市場なんてものは無かった。この街の市場はかなり活気がある気がするが、この国では普通なのか、ラキュース」

 

ラキュースは少し考えてから答える。

 

「そうですね。大都市ではやはり市場も活気があります。ここエ・ランテルは他国との交通の要所でもあるので特に活気にあふれていると思いますよ」

 

「そうか…お前はこの国の生まれなんだろう?という事はこの空気が当たり前の環境で生きてきたのだな」

 

 

市場の終わりから大通りを隔てた奥には神殿が見えた。

神殿を見ながらパルメーラが再びラキュースに質問する。

 

 

「この国は、どの街にも神殿があって、神殿は南の宗教国家の管轄だと聞いたんだが、それはこの国以外もそうなのか?」

 

「ええ、基本的にはそうです。と言っても、私もローブル聖王国とバハルス帝国にしか訪問したことは有りませんが、この2国にはスレイン法国直属の神殿が有ります」

 

「この街に来る前、リ・ブルムラシュールで家屋が燃える事件があって、その時に救護の手伝いで神殿に入ったんだが、他国出身の俺から見ても、神殿はそれなりに平等に人助けをしているように見えた。だが聞いた話では神殿の運営資金は各国から徴収している訳でなく、本国のスレイン法国とやらからの出資と、匿名(匿名じゃなかったが)の寄付で成り立ってると聞いた…神殿はなんで所在国からカネを集めないんだ?」

 

「それは…そうですね。自国の恥をさらす様で残念な話なのですが、かつて神殿の運営資金をその国や領地に求めたことが有ったそうです。ですがある街では領主は一切の資金を支払わず、逆にある街では大量に資金を提供する代わりに神殿の運営を乗っ取ろうとした領主も居たそうです。スレイン法国と言う国は清廉潔白であると同時に非常に現実主義な側面も持っていて、これらの反応から、速やかに全ての運営資金を自国と匿名の寄付のみで賄うと決めたそうです」

 

「その、どこぞの領主は反発しなかったのか?」

 

「勿論しましたが、神殿と言うのは唯一無二の存在で、病気や怪我、あるいは死者がアンデッド化しないための技術を持っている機関です。仮にその街に神殿が無くなると領民だけでなく領主ですら病気の治療が出来なくなる可能性がありますし、公的に墓地の管理をする者も居なくなります。なのでそう言った悪徳な領主であっても神殿にできることは精々、神殿で働くスレイン法国の方の数を制限する程度なのです。神殿としては領主からお金を貰っているわけではないですから、治療は貧富の差なく“平等に”行い、領主はそれに文句を言えません。また、救われた領民の中で比較的裕福な者は匿名で寄付をしますが、領主がいくら寄付をしても、それは“匿名”なので、やはり特別扱いはしません。この技術は私のような非常にまれな神官の魔法が使える者以外は使用できず、ある意味独占技術なので、資金不足となることは無いのです。ちなみに病気治療などで請求される金額は、その者の資産に基づいて決められています。裕福な者からは多くとり、貧しいものはほぼ無料です」

 

「成程…良く考えられているな。だが…そうだな。例えば支配階級の者が、支配者階級の者だけが住む場所を作って、お前のような信仰系魔法を使える者を高額で囲い込み、それ以外の平民を別の場所に追いやり、そこには治療と言った行為のためのカネを落とさない…この場合、神殿のシステムは破綻しないか?」

 

「そ…それは…あまりにも非道だと思います…いえ…仮にそんなことをすれば、庶民はいずれ労働を放棄し、食料の生産もなくなり、やがて貧富の差は関係なく共に滅ぶだけだと思います…」

 

「……そうだな。その通りだ…だが俺が生まれた場所ではそのような事が起きた。そういう意味でこの国、いや、この神殿のシステムは正しいと俺も思う。バカな支配者階級に有能な者が囲い込まれるような事は今後も起きないようにしてほしいものだ…」

 

 

 

市場を通り過ぎ、彼らは安宿や酒場が並ぶ通りに入った。

 

ラキュースは、先ほどのパルメーラの言葉について考えていた。

 

魔剣の一振り、〈悪剣〉を持つ悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)の英雄。

彼の物語は自然も政治も荒廃した場所から始まった…それはもしかしたら悪魔が棲む地なのかもしれない。

その仮説は、彼が悪魔の末裔であるという話からも矛盾が無い。

 

彼は何故、出立し、この国を目指したのか。

その答えは、彼の故郷、そしてこれまで歩んできた旅路の中にあるかもしれない…

 

知りたい。

彼が何を想い、何を成すためにここにいるのか。

そして、私に何を求めるのか。

 

私は彼にとっての、何者かになれるのだろうか…。

 

 

 

「しかし、アレだな。あの“黄金の輝き亭”ってのはちょっと豪華すぎるんじゃないのか?俺としては、最初にこの街に来た時に泊まってた、あの宿のが落ち着くんだが…」

 

「あーそれは僕もそう思います。でも、パナソレイ様やアインザックさんが必死に懇願してきたので、しょうがないですね…まあしばらくは無料で泊まれますし、僕としてはあんなに高級な宿に泊まった経験なかったのでちょっと得した気分ですが」

 

 

 

『漆黒の剣』の2人の会話を聞いて、私は思う。

彼らは既にアダマンタイト級。

そしてパルメーラさんは元より、この魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャさんも、第7位階詠唱者と言う、間違いなく後世に語り継がれるだろう英雄の一人。

 

そんな彼らが、街の最高の宿屋に泊まることは当たり前だと私は思う。

他の冒険者に示しがつかないし、アダマンタイト級が安宿に泊まっているなどと言う事が知られれば、その街の冒険者組合長はどんな苦言を言われるか…

 

私もアダマンタイト級に上りつめる前の時は、このような最高級宿ではない普通の宿に泊まったものだ。

いや…確かに最高級宿ではなかったが、最下級の安宿と言うのには泊まった事が無いかもしれない。

 

家を飛び出して、ガガーランと出会って、銅級(カッパー)の頃私は、中級の宿に泊まっていた記憶がある。

確かに粗末ではあるが、相部屋でなく、個室の宿だ。

 

ガガーランが勧めてきたし、それなりに実家から持ち出した資金もあったから…

 

私は…

 

 

 

「こっちだ」

 

 

パルメーラさんの声に思考が一瞬途切れた。

 

私とニニャさんはパルメーラさんについていく。

 

彼が歩く道は、娼館街を通り過ぎ、いつの間にかスラム街を歩いていた。

 

襤褸をまとった、目に生気が無い子供がいる。

 

あばら家の中から、鋭く、それでいて全てを諦めたような、男女の視線を感じる。

 

パルメーラさんは何も言わない。

 

ただその薄暗い道を進んでいく。

 

私も、ニニャさんも何も言わない、言えない。

 

 

スラム街を抜けた。

 

深い水に沈められていた顔を、やっと水面に出したような感覚があった。

 

そのまま無言で歩くパルメーラさんの後を、私はついていく。

 

そして何時しか、私たちは広場に来ていた。

 

広場には公共のベンチが有り、パルメーラさんはそこに座った。

 

私とニニャさんも無言で座る。

 

 

しばしの沈黙あと、パルメーラさんは私の目をじっと見据えながら口を開いた。

 

 

 

「…あの路地裏の道。あれが俺の原風景だ」

 

 

私は何も言えなかった。

ただ、パルメーラさんの深く引き込まれるような、漆黒の瞳を見つめていた。

 

 

「俺の両親は、支配者階級の…この国で言えば貴族にあたる連中に馬車馬のごとく働かされ、命を落とし、そいつらは謝罪もせず、僅かな金を投げて寄越した………ニニャ。お前のことを言ってもいいか?」

 

「……はい。構いません、パルメーラさん」

 

「ニニャは、姉を貴族に連れ去られ、恐らくは奴隷として売り払われ、未だに消息不明だ」

 

 

私は、体が気持ちが悪いくらい冷えているのに、手にだけはじっとりと汗をかいていた。心臓の音だけがうるさく耳に響いた。

 

 

「俺は、悪だ。悪剣を使い悪魔の末裔たる悪だ。俺はそういった、愚かな貴族、権力者どもを裁くためなら、どんな悪行も行える悪だ……だが、俺はこの国で貴族の全てが、単純な愚か者ではないかもしれないとも感じている」

 

 

そこまで一息に言うと、パルメーラさんは一度目を閉じ、そしてもう一度目を開け、再びその吸い込まれそうな瞳で私を見つめた。

 

 

「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。お前は貴族だと聞いた。俺はお前の領地が見たい。お前が何を考え、何を信念にし、なぜ冒険者をしているのか、それを知りたい」

 

 

「…畏まりました。私は…あなたを、リ・アインドルの街にご案内します」

 

 

 

不思議なくらい、私はごく自然にそう答えた。

 

蒼の薔薇として案内するなら仲間に許可を取らないといけないし、そうでないなら私だけ一時的にチームを抜けなければならない。

 

また、街はお父様が領主をしているので、その娘として案内をするならば実家にも許可を取らなければならない。

 

だけど私は、そのパルメーラさんの言葉には、そう答えるしかないと感じのだ。

 

この申し出を受けなければ、そして真摯に、ありのままに、私と言うものをさらけ出さなければ、私はこれから先、永遠にパルメーラさんの物語の中には登場できない。

 

そう感じたのだ。

 

 




ウルベルトさんとラキュースが邂逅した場合、厨二病もそうなんですが、この件は避けて通れないと思います。

『リ・アインドルの怪』にならないといいですが…。
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