オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
「では、呪文を唱えます。皆さん準備はいいですね…
“3者面談”の後、ニニャが一つの提案をした。
それは、ニニャの
これは、双方のチームにとって利点がある。
まず『蒼の薔薇』は、そもそもこの後一旦ホームであるリ・エスティーゼに戻るつもりであったからだ。
これは、ここ1週間食事を共にする中で『蒼の薔薇』のメンバーから聞いていたことである。
勿論その目的まで事細かに『漆黒の剣』に共有していた訳ではないのだが、『蒼の薔薇』、特にラキュースはリ・エスティーゼ王国第三王女ラナーに会い、ある相談を受ける予定があったのだ。
そして、パルメーラが見てみたいといったラキュースの故郷であるリ・アインドルは、エ・ペスペルとリ・エスティーゼの中間地点の街である。
『蒼の薔薇』としても
『漆黒の剣』としても、パルメーラはどうやら本当に体の調子は問題なさそうだし、そろそろ次の仕事をしたいと考えていたところだ。
カッツェ平野のアンデッド大掃除をしたことで、しばらくカッツェ平野由来のトラブルは無さそうだし、しばらくエ・ランテルで張り出される依頼は大事件後の結果生じた物流の活性化に伴うものや人の移動に関わる護衛任務、または一般的なモンスター退治となるだろう。
正直『漆黒の剣』の面々(パルメーラを除く)は、自分たちがアダマンタイト級という自認はまだ薄いのだが、つい最近まで下級冒険者であったからこそ、そういった雑多な仕事はアダマンタイト級が受け持つべきでないと分かっている。
それらの仕事は下級~中級冒険者が請け負うべきで、彼らの稼ぎを奪ってはならない。
もはや他の冒険者にどんなに嫉妬され、嫌がらせを受けようとも、すでに『漆黒の剣』は実力で軽くそれらをあしらうことが出来るのだが、問題はそこでなく、冒険者のランクと言うのは受ける依頼の難易度を決めるもので、そのシステムが暗黙のルールとして存在しているからこそ、全てのランクの冒険者に平等にチャンスがあり、冒険者が犯罪者に堕ちないという状況が保たれているのだ。
そう言う訳で、『漆黒の剣』は次の仕事を探しに、より高難易度の依頼がありそうな街へ行きたいと同時に、ニニャの
そしてリ・エスティーゼに最も近く、かつ現時点で転移で飛べる街はエ・ペスペルで、そこからリ・エスティーゼに向かう途中でリ・アインドルも必ず通るから、とても効率が良い。
正直パルメーラによるラキュースへの“依頼”は私的なものであるため、本来は2チームを巻き込むべきではないとニニャとしても分かっているのだが、貴族であり自分たちが求める“漆黒の剣”の一振りを持つラキュースに対しては彼女も複雑な感情を抱いている。
そして述べたように2チームにとって都合のいい移動であるから、ニニャの提案は他の2チームのメンバーからも賛成された。
ただしパルメーラの本来の目的の部分は、ニニャとラキュース以外には共有されていない。
ラキュースは、実家のある街という事で、あくまで『漆黒の剣』を案内するという事になっている。
そのため他メンバーは、“3者面談”で何があったのか、かなり邪推しているが…
ちなみに実際のところ、もはや『漆黒の剣』にちょっかいを出す様な冒険者はエ・ランテルには居ない。
パルメーラの“休養”期間中、一時的にアンデッド出現率が極限まで落ちたカッツェ平野に赴き、『漆黒の剣』の戦闘痕を見に行くという簡易ツアーが下級冒険者の間で流行っていたのだ。
件の戦闘でどのような技や魔法が使用されたかは秘匿事項として具体的な内容は共有されていないのだが、『漆黒の剣』をアダマンタイト級へ飛び級昇級させるために、アインザックは最低限の説明をした。
『アンデッドの大群を葬った決定的な一撃は、漆黒の剣によって行使され、その結果推定数十万以上のアンデッドが消滅し、カッツェ平野の地形が一部変わり、その領域にはアンデッドの霧が発生しなくなった』
この説明を聞いた多くの冒険者の多くは、さすがに盛っているだろうと思い、代表してあるミスリル級チームの者が現地を確認に行ったのだ。
その結果、件の場所はアインザックの言った通りで、巨大なクレーター状の荒野となっていて霧が一切発生していないし、その場所までの往復でアンデッドに1度も出会わなかった。
なまじ実力があるミスリル級だからこそ、その異常さをはっきりと理解してしまい、もはや『漆黒の剣』が遥か先を歩いているということも疑いようが無いと、その男、イグヴァルジは顔を真っ青にして他の冒険者たちにも語ったのだ。
なおエ・ランテルの街を出発するにあたり、一番障害となったのはアインザックの説得だった。
冒険者組合長として、この街始まって以来のアダマンタイト級冒険者——それも、秘匿事項ではあるが第7位階魔法詠唱者という恐らくは大陸最強の者を含むチーム——が他の街に流出するという懸念から、盛大な引き留めをしたのだ。
彼は、“黄金の輝き亭”の期限設定のない無料宿泊や、『漆黒の剣』メンバーの今後の街の行政会議出席や軍要職の兼任などを提案した。
しかしリーダーのペテルは、『漆黒の剣』は現時点でホームをエ・ランテルから移す気は無い事、アダマンタイト級として今後はリ・エスティーゼ王国全体で起きる災害やモンスター被害への対処をする必要があること、そして、そのために国内の主要都市に一度赴き転移地点の設定をしたいことを説明した。
さらに、チームとして転移が出来る『漆黒の剣』は今後いつでもエ・ランテルに即座に帰還することが出来るため、エ・ランテルで何かがあれば最優先で街に戻ることも約束した。
これだけの説明を受けて、かつ、ペテルと言う真面目な者の人間性からそれらが偽りや誤魔化しではない事を理解したアインザックは、やっと首を縦に振った。
ただしニニャが第7位階魔法詠唱者であるという事実は、秘匿することを強く勧められた。
これは単純に他の者に目を付けられるという話ではなく、今まで大陸最強と言われてきた、バハルス帝国の2名の魔法詠唱者を越える可能性が高い実力を持つ者がいると分かれば、帝国があらゆる手を使ってスカウトに来るか命を狙われる可能性が高いという事だ。
これについてはアインザックのみならず、成行き上、ニニャの実力を知ってしまった、『蒼の薔薇』および『朱の雫』の全メンバーも同じ考えだ。
そうして諸々の話を片づけた後、『漆黒の剣』と『蒼の薔薇』はエ・ペスペルに転移してきたのである。
「いや…転移ってのはマジでとんでもねーな…しかもお前さんのは、複数人一気に運べるんだろ?いったい何人まで運べるんだよ?」
「どうでしょう…最大何人までと言うのは試したことないですが、感覚的に僕が全員をちゃんと認識できる状態じゃないと難しい感じがします。だから例えば顔も名前も分からない数十人を運ぶとかはできないと思います」
「…成程な。私は普通の
「はい、もちろんいいですよ…ですがあくまでイメージなので参考になるか分かりませんが…」
「本当、うちのイビルアイが覚えてくれたら大助かりね。ついさっきまでエ・ランテルに居たっていうのに、エ・ペスペルの早朝のリ・アインドル行き早馬車に乗れるなんて…」
ニニャは『蒼の薔薇』の面々に囲まれて色々と話しをしている。
やはり、“第7位階魔法詠唱者”という分かりやすい特徴や、ニニャ本人の一見親しみやすそうな雰囲気もあるのだろう。
一見すると複数の女達に1人の男性が囲まれている画なので、事情を知らない者が見たら思うところがあるだろうが、本質的にはそこには女性が7人いるだけなので、チームメンバーたちは特に気にすることは無い。
赤い方のニンジャはニニャに少々怪しい視線を送っているが…。
一方でパルメーラは、『漆黒の剣』のメンバーでは唯一、エ・ペスペルにはじめて来た(ことになっている)ので、そのことについてペテル達と話している。
「ここが、エ・ペスペルか…なんというか伝統的な雰囲気の街だな。建物は古い感じがするが、それなりに整備も行き届いている」
「そうですね。この街は王都からも近いため、建国当時の街並みが残っていると聞いています。そういう意味でおそらくリ・アインドルやリ・エスティーゼもそうなんだと思いますよ」
「なんでも、大昔はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は一つの国だったらしく、分裂する前からある大都市はみんなこんな感じだって聞いたぜ」
「成程な。ちなみに、ここはエ・ランテルみたいに王直轄なのか?」
「いえ、ここはペスペア侯爵という大貴族が治めている街ですね。最近代替わりして、現在のペスペア候は若く、現国王の長女を娶ったらしいです」
「それはつまり、次期国王候補ということか」
「どうなんでしょう?現国王には息子が2人いますし、そっちが優先なのかもしれません。ただ、ペスペア候は先代もいい統治をしてたらしく、この街は暮らしやすいって話です。まあ俺は領主が居ないエ・ランテルのが気楽だって思いますけどね」
「ふっ…俺もそう思う。だが、今回はその“いい統治”とやらの街を見る時間が無いのは残念だな。そのうちまた来た時はゆっくり街中を見たいな」
「その意見には賛成であるな!エ・ペスペルは食事も中々美味しくて、物価も特別高くは無いのである!」
「一旦リ・エスティーゼまで行ったらその後戻ってきて、ここの冒険者組合も覗いてみてもいいですね」
パルメーラはそう言いつつも、すでに数日前街に侵入した時に衛兵と思われる者とすれ違った際、その陰に複数体の
そして辿り辿って、この街の領主の屋敷っぽい城内に侵入し、領主と思われる者の影まで到達せよと指示を出している。
エ・ランテルを出発する前に、
このペテルからの情報で、若い方が現在の領主であると理解し、引き続きどのような行動をしているか監視を続けよとだけ命令した。
裁くにしろ、そうでないにしろ、まずはリ・アインドルが先だと考えたのだ。
なお現在パルメーラの影の中は、毎日せっせと作っている
他よりレベルが高そうで、そもそも“ユグドラシル”に関する情報共有という観点で同盟状態のイビルアイとリグリットには送り込んでいないが、『蒼の薔薇』の他のメンバーには2体ずつ潜ませ済みだ。
彼らが2台の早馬の馬車で、リ・アインドルに到着したのはその日の夜であった。
***
一行が馬車から降りると、そこには明らかに貴族付きの執事と言った風貌の老紳士が礼をしながら挨拶をした。
「お帰りなさいませ、お嬢様。そして御仲間の皆さま」
ラキュースはこめかみに指を当てて、ため息を一つつきながら言う。
「…ローリッツ、冒険者として訪問するときは迎えは要らないと何度も言っています」
「遅い時間のお着きでしたし、そう言う訳にはまいりません。御仲間の皆さまにはいつも通りの宿を御用意しております…おや、ご同行の方々がいらっしゃいましたか」
「この方々は、エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒の剣』の皆様です。エ・ランテルでのお仕事で大変にお世話になりました」
「なんと、アダマンタイト級ですか…それはそれは、急いで同じ宿を手配いたします」
そのやり取りに『漆黒の剣』のメンバーは一瞬呆気にとられていたが、ラキュースが貴族でこの街の領主の娘であるという事を思い出し、ある程度の納得をした。
『蒼の薔薇』のメンバーは、おそらくこのやり取りは慣れっこの様で、ガガーランがニヤニヤ笑い、双子は「高級宿最高」とか「こればかりは鬼ボスに感謝」とか言っている。
パルメーラは一連のやり取りを見て、左手で顎のあたりをいじりながら、漆黒色を湛える眼を少し細めた。
そう言う訳で現在、用意された高級宿の1階にある食堂兼酒場で、ラキュースを除いたメンバーで食事をしている。
ラキュースは執事の老人に連れられ屋敷へ向かっていった。
さすがに実家がある街で宿に泊まるという事はおかしな話なので、今日は屋敷に泊まり、明日、『漆黒の剣』にこの街を案内するという話をするらしい。
宿に残されたメンバーは、領主の娘であるラキュースのチームである以前に、そもそもアダマンタイト級のプレートを付けた2チームである。
他の客の注目を集めてしまっているのは言うまでもない。
しかし『蒼の薔薇』は特に気にすることなく、この土地の名産と思われるメニューを楽しみながら酒を飲んでいる。
「…お前さん方も気にすることは無いぞ。そもそもアダマンタイト級チームになると、ラキュースの事とは関係なく酒場や食堂では注目されてしまうもんじゃよ」
「リグリットの言う通り。むしろ注目してきた中に美人でも居れば儲けもの」
「少年も居れば儲けもの。サインに応じるし、それ以外にも応じる」
「おう、活きがいい童貞が居れば俺っちに回してくれよな」
「お前たち…ラキュースの街で問題を起こすなよ…ババアも何かあったら、こいつら抑え込むのを手伝ってくれ」
注目されながらも軽口(?)を叩き、平然と食事をする『蒼の薔薇』の面々は、さすが歴戦のアダマンタイト級と言った感じで、『漆黒の剣』のメンバーは感心していた。
やがて『蒼の薔薇』の面々は、先日のパルメーラとラキュースとニニャの密談(?)のことを酒の肴にし出す。
「そう言えばよぅ、パルメーラはエ・ランテルでラキュースとなんか話してたみてーだけど、アレは何だったんだ?」
「それは気になる。鬼ボスのどこが気に入った?」
「とても気になる。不束者ですがよろしくお願いする」
蒼の薔薇セクハラ班の軽口に、冷や冷やしているのは『漆黒の剣』の男たちである。
色々とセンシティブな状況なので、彼らは何もコメントできない割には、ニニャの機嫌が悪くなる可能性がある話題なので、できれば触れないで欲しいと考えているし、何なら仲間内であるニニャの方を応援したいというのが、ペテル・ルクルット・ダインの総意である。
恐る恐るニニャの表情を見ると、その顔は般若……ではなく、無表情、いや、やや余裕のある様にも見える。
彼らの頭の上に『?』が出たが、一拍おいてパルメーラが普段と変わらない調子で説明した。
「ああ、ラキュースは貴族だって聞いたからな。俺はこの国の出身じゃなくて、この街やこの国のことが知りたかったから案内してもらうように頼んだんだ。ここにさっさと来るために転移が必要だっただろ。それはニニャに頼まなければならんから同席してもらって一緒に説明したんだ」
その説明は矛盾なく、言われてみればその通りなので『蒼の薔薇』の面々、特にスキャンダルを期待していた者たちは少々つまらなそうに『ああ、確かにそうか』とだけ答えた。
一方で『漆黒の剣』たちは、パルメーラの説明でおかしな点に気づいてしまった。
ニニャは言うまでもなく、これまでの言動で明らかに貴族が嫌いなパルメーラが、すんなりと“貴族であるラキュース”を受け入れたのだろうか、と。
しかし、2人の様子からはその答えを見つけられず、またニニャの姉のことは他チームの者に共有すべき事でもないので特にそれ以上の詮索はしなかった。
食事が終わり、一同はそれぞれ自室に戻っていった。
パルメーラが日課の悪魔作成をしていると、1体の
から連絡が入る。
『よろしいでしょうか』
『お前は…ラキュースにつけた
『はっ。ご命令の通り、この街の領主であるアインドラ伯爵の影に入りました』
『ラキュースの父親か。それで、どうした』
『はい、未だ詳細な内容は不明ですが、執事のローリッツと言う者と話の中で御命令にあった“八本指”の話題が出ましたのでご報告です』
『何?!……それで、なんと言っている?』
『はい、明後日、八本指の者と領主が密談する会場を準備したとの内容でございます』
『明後日……ラキュースにはその話は共有されているか?』
『現時点では共有されている様子はございません』
『そうか…分かった。引き続き様子を観察しろ。それと奴隷を使用している様子はあるか?』
『今のところそのような者は見掛けておりません』
『…分かった。そちらも注意しておけ』
『畏まりました』
しかし矢継ぎ早に、別の
『よろしいでしょうか』
『お前は…ガガーランについている
『はい。この者ですが、現在宿を一人で出ております。仲間のニンジャと思われる者には、別の酒場で飲みなおすと言っていましたが、目的地は酒場でなく、アインドラ伯爵屋敷の様です。現在屋敷の裏口と思われる場所から入りました』
『どういうことだ?忍び込んだのか?』
『いえ、裏口からこの屋敷の使用人の様な者に招かれ、現在客人部屋のようなところで待機しています』
『…しばらく繋いだままで、何をするのか報告を続けろ』
『畏まりました』
とりあえず不穏を撒き散らしてみました。
書いてて思ったんですが、漆黒の剣のメンバーは童貞なんでしょうか?
ガガーランと絡むとこの話出そうなんですが、原作で早期退場した彼らのことは何とも読めない…
それとニニャは、ラキュースが貴族という事でパルメーラの心証があまり良くないと理解し、自分の方がリードしていると考えているので若干余裕があります