オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
ラキュースさんによる、剣を持たない戦いです。
リ・アインドルに到着して3日目の朝、一行が宿泊している宿にラキュースがやってきて『蒼の薔薇』の仲間と『漆黒の剣』の皆に告げた。
それは今日の昼間、アインドラ伯爵屋敷に客人があり、形式上ラキュースも出席する必要があるので一日時間を潰してほしいこと。
そしてちょうどその日は、公営の観劇場で定期演奏会があるため、その席を人数分用意できるという事だった。
そう言う訳で一同はまたもラキュースの好意に甘えて演奏を鑑賞させてもらうことにしたのだ。
ただパルメーラとニニャは、昨日も一日音楽サロンを見学させてもらったので、今日は市場などを見たいと言い別行動になった。
普段とは違う目立たない服(ニニャが選んだ)を着たパルメーラとニニャはアインドラ邸近くの道を歩いている。
これまた目立たない庶民の服に着替え、髪形を変え帽子をかぶったラキュースがその道で待っており、3名は合流する。
「…パルメーラさん。昨日のお話は一体…」
「ラキュース。誰かに見つかると厄介だ。これから俺たちは透明化しこっそりとお前の屋敷の部屋に入り、そこで話をしようと思う。それで構わないか?」
「……はい、わかりました」
ニニャが素早く皆に透明化をかけ、3名は忽然と姿を消した。
***
アインドラ邸、ラキュースの部屋。
部屋に入るや否や、パルメーラは部屋に
透明化の魔法が切れ、3名が向かい合うと、最初に口を開いたのはラキュースだった。
「パルメーラさん、昨夜の
「ああ、俺の職業は〈
「な…それはどういう…いえ、まずは拝聴させていただきます」
一流の冒険者らしく、ラキュースはすぐさま頭を切り替えパルメーラの次の言葉を待つ。
「まず、見てもらったように俺はある程度の魔法が使え、具体的なやり方は秘密だがレンジャーの真似事のような諜報も出来る。昨日夜、お前の父親と、執事の老人が喋っている内容を聞いた。これは昨日の麻薬を隠してるサロンの件に関わると思うから、このメンバーで共有する必要があると思い2人を呼んだ」
ニニャも表情をこわばらせ、パルメーラの言葉を待つ。
その様子から、具体的な内容はニニャにも共有されていなかったのだとラキュースは理解した。
「今日の昼過ぎ、ある者がこの屋敷に来てラキュースの父親と会談をする。内容は“領内での複数のサロン開設願”だそうだ。十中八九、昨日の麻薬の奴らだろう」
「なっ…何ですって…それはつまり、このリ・アインドルに麻薬を持ち込む拠点を複数作ろうという事ですか?!」
「そういう事だろうな、奴らの目的は」
「なぜっ!何故お父様は私にそれを言わなかったの…?!私が、私たち『蒼の薔薇』が力を合わせれば最悪武力のぶつかり合いになっても勝つことが出来るのに!!」
その様子を見ていたニニャは少し考えると口を開いた。
「僕の予想ですが、アインドラ伯爵はこの件をご自身の娘であるラキュースさんを含む冒険者チームが関わるのは得策ではないと考えたのではないでしょうか。まず八本指は、この王国の表にも裏にも深く根を張ってしまっている組織です。“表”のやり方でラキュースさんという冒険者チームが関われば、そもそもサロンの中には勝手に踏み込めないというルールが有ることから、犯罪行為をしたのは『蒼の薔薇』だと糾弾されて、組合に対して八本指と関係がある貴族が横やりを入れてくる可能性があります。“裏”のやり方、それこそラキュースさんが言ったような武力のぶつかり合いとなった場合、八本指にはアダマンタイト級の実力を持つ者がいると聞いたことが有りますし、彼らがなりふり構わず暴れれば、この街の住人に被害が出るかもしれません」
「それは…確かにその通りだわ…でもこのまま何もせず見ているなんて…」
「…ラキュース、それだけじゃない」
「え?」
「お前の親父さんは、執事の老人にこう言っていた。“娘は信頼できる仲間に恵まれ、進みたかった道を歩いている。貴族としての愚かな諍いにあの子を巻き込みたくない”と」
その言葉を聞いたラキュースは目を見開いた。
そして苦しそうに下を向き、目を閉じ、歯をかみしめた。
目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
一方ニニャも、そんなラキュースの様子を見て、悩むような、考えるような複雑な表情で窓の外を見つめた。
パルメーラと同じく“貴族”というものに深い憎悪を抱くニニャにとっても、貴族であるラキュースとアインドラ伯爵の考えには思うところがあり、そしてそれ以上に八本指の卑劣なやり口に静かな怒りを覚えたのだ。
数分の間、静寂があった。
そして下を向いていたラキュースは、その右手で目を拭い、今まで以上に生命の輝きに満ちた目で、パルメーラとニニャを見つめた。
「パルメーラさん、ニニャさん…これは私の…懺悔のこもった愚痴です。聞いてもらえますか?」
パルメーラもニニャも無言で小さく頷く。
「私は…いつだって守られてきたんです。貴族の…恵まれた家に生まれて、子供の頃は何不自由なく暮らしました。この街にスラムはありませんでしたから、そういった世界があるという事さえ、物語の中の出来事の様に感じていました」
パルメーラの目は少しだけ黒が深くなった。
「叔父さんの冒険譚や、
パルメーラは、一昨日の夜のガガーランの言葉を思い出す。
本能的には、ラキュースは気付いているのかもしれない。
気付いたうえで、長い時間を共に過ごしたことで、結果的に彼女たちは“真のチームメイト”になれたのかもしれない。
「先日のカッツェ平野のアンデッドの大群だって、パルメーラさんや、『漆黒の剣』の皆さんがいなければ、大変な被害が出ていたでしょう。私の旅はあそこで終わっていたかもしれないのです」
少しの間。
一度ラキュースは目を瞑り、そしてもう一度目を開く。
「アダマンタイトになれば、英雄譚の登場人物になれば、今度こそ私は民を、皆を、守れる存在になれると思った…なのに私は…夢見る子供のまま、今度もお父様に、仲間に、守られている」
そこまで言うと、またラキュースの目には涙が溢れ、そして言葉を詰まらせた。
そこまで聞いていたパルメーラは、そこでやっと口を開く。
「ラキュース。俺も、ニニャも、貴族や特権階級という者が嫌いだ。憎悪していると言っても良い…だがな、俺はお前や、ごく僅かのマトモな貴族を見て、少しだけ考えを変えようとかと思い始めている…ニニャ、お前はどう思う?」
「はい…そうですね。僕も貴族は憎いです。少なくとも姉さんが無事に見つかるまで、この思いは絶対に変わりませんし、見つかった後も好きになるなんてことは絶対にないでしょう。でも、ラキュースさんは…そうですね。少し違うんだなと、感じています」
「ニニャさん…パルメーラさん…私は…」
「ラキュース」
「…はい」
「お前が目指すものは何だ?お前はこの街を、街に住む人間をどうしたい?そしてお前はどうなりたい?」
「私は……私を愛してくれた、守ってくれたこの街を、人を、守りたい…そのためには私はもっと強く、
「そうか。ラキュース、そのために、お前は“悪”になれるか?“表”でも“裏”でもない、“悪”の方法すら使い、他人の、仲間を守る覚悟が有るか?」
「“悪”……なれます。私のために、私に見えないところで、きっと多くの人が手を汚してくれてきたのだと分かっています。だからこれからは、私もこの手を汚すことは厭わない…むしろ望むところです!!」
「ラキュース、お前の覚悟は分かった。ニニャ、俺はこれから、一旦はラキュースは信ずるに値する仲間だと考え、力を貸そうと思う。お前はどう思う?」
「そうですね…この街には奴隷も、娼館もありませんでした。僕の中でアインドラ伯爵はシロです。だから僕も、ラキュースさん個人は、信じられる人間だと思います。昨日言ったように、僕にできることが有れば力をお貸しします」
「ニニャさん…パルメーラさん…ありがとう…ございます…」
「ラキュース…礼を言うのは八本指とやらを追い出してからだ……それじゃあここからは、奴らに対抗するための俺の考えを聞いてくれ」
「…はい!」
「さっきニニャが言っていたように、正攻法では奴らとは戦えなそうだ。俺はこの国の法律とかは詳しくは無いが、奴らは現時点で疑いはあっても違反はしていないんだろ?」
「ええ…仰る通りです」
「ならば正攻法なんざ、選ぶ必要はないんじゃないか?」
「それは…やはり武力でという事ですか?」
「いや、違う。俺はこの国に来て、この国の貴族は随分と好き放題やっているんだなと感じた。奴らはルールなんぞ知らぬ存ぜぬで、自分たちにとって都合がいいならば国民の迷惑なんぞ考えちゃいないだろ?」
「……お恥ずかしい限りですが、仰る通りの貴族が多いですね」
「ならば貴族であるお前は、その迷惑をかける相手を八本指に限定して好き勝手やったらどうだ?」
ニニャとラキュースの頭の上に『?』が浮かんだ。
パルメーラは非常に邪悪な顔で笑い、懐から羊皮紙の束を出してラキュースに渡した。
「昨夜、とあるサロンに侵入したとある者が、サロンの中にあった書類を根こそぎ盗み出したらしい。その書類がこれだ」
ラキュースはその羊皮紙に目を通す。
読み進めるにつれて、彼女の目は驚きと若干の呆れが浮かんだ。
「営業許可証、土地建物権利書、パトロンとしての支払い帳簿……パルメーラさん、あなたは…」
「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラという悪い貴族が、自分の都合だけを考えて無辜の民を皮を被った愚か者を陥れる……この話には『蒼の薔薇』なんてものは出てこないんじゃないか?」
「はぁ…パルメーラさん…最近大人しくしているなと思ってましたが、やっぱりパルメーラさんはパルメーラさんですね…また1人でこっそり準備したんですか…全く」
「さて…何のことか知らないな」
ヤレヤレ顔のニニャはどこか嬉しそうだ。
そんな2人のやり取りに、ラキュースは少しだけ、胸の奥にチリチリとした痛みを感じた気がした。
「まあ、そういう訳だラキュース。お前に覚悟があるなら、思う存分やればいい。後処理は、どこかの悪魔の末裔が闇に紛れて済ませるだろう。八本指とやらの本部に、奴らが情報を持ち帰ることは…永遠に無いだろうな」
「そっ…その、悪魔の末裔の闇の御仕事は、私も請け負う事は出来ないのでしょうか?!」
「ラキュース…お前にはまだ早い。お前はその手を汚す覚悟をした。だがそこから先、血と悪に彩られた凄惨な後始末は、真の闇の住人に任せておけばいい…いずれその時が来れば、お前もその道に進むかもしれんがな」
「はうっ!」
ラキュースは少し鼻血が出たのをすぐさまハンカチでふき取った。
パルメーラの紡ぐ言葉の端々が琴線に触れてしまいちょっと興奮しすぎたようだ。
「…では、私は着替えてきます」
「俺たちは透明化して会談とやらを見学させてもらう。構わないか?」
「ええ、もちろんです。“悪徳貴族令嬢”をご覧ください」
***
「…では本題に入らせていただきますが、私共の音楽サロンの店舗拡大の件でございます」
ここまでオスキャスは、リ・アインドルの美しさ、音楽と言う文化の偉大さ、そして屋敷の調度品のすばらしさなど、
それに対するアインドラ伯爵の反応から、オスキャスは確信する。
この男は、この国の貴族では珍しい清廉な男。
おべっかを述べられても、表情には出さないが嬉しくは無さそうであるし、最初から険しくまじめな表情を崩さない。
やはり、袖の下などでの懐柔は不可能。
なればこそのエドストレームという武力だ。
それにこちらには大義もある。
この国そしてこの街の法律では、民営地であれば金さえ適切に払えば平民であっても土地や建物の権利を買えるし、領主のカネが入っていない店舗には強制的な立ち入りは基本的にはできない。
そういう、潔白な政治をしているからこそ、付け入るスキが生まれるのだ。
オスキャスは薄く笑う。
「私も音楽という文化には大変興味がありまして、この“音楽の街”にサロンを持つことは夢だったのですよ。先日より1店舗、サロンを開かせていただきまして、やはりこの街は素晴らしいと確信しました。つきましては金銭的な余裕がある限り、複数のサロンをこの街に開きたいと考えておりましてね。本日はその土地建物の売買契約に関する相談に伺ったのですよ」
「契約に関する相談とな?私有地であれば契約は売主と買主の間で行うもの。私の意見など不要なのでは?」
「ええ、ええ。仰る通りでございます。ですがその売買交渉で少々揉めている土地が何か所かあるのでございますよ。なんでも現在、私共が購入したいと思っている土地で業を成されている方が、売り渋りをされておりまして。私共の理解では、伯爵閣下の仰る通り売買契約は当人同士の問題であり交渉は当然の権利、ですがここまで売り渋りをされてしまいますと、当方も少々手段を変えなければならないと考えておりまして…この素晴らしい音楽の街に、音楽サロンが増える事、何の問題がありましょうか?」
アインドラ伯爵は、オスキャスが言っている売り渋りの件をすでに知っている。
と言うより現在の所有者から、苦情相談が上がっている。
余りに強引な、脅迫じみた地上げのような行為。
だがやり口はギリギリ合法の範囲内であり、対処が難しい。
しかも現在オスキャスが所有しているサロンには、麻薬密売拠点の疑惑があるが、民間の業者に理由なく権力側が踏み込めないルールが有り、民を守るはずのルールを悪用する形で視察を断られており、内情を把握できない。
「オスキャスよ。既に音楽サロンとして開業している店舗について何度か視察を申し入れたと思うのだが、それを受け入れてはもらえないか?現在開業しているサロンを見たうえで、そのサロンが正しく運営されているというのなら、新たな契約についても助言するのも吝かではないが」
「おやおや、伯爵閣下。この街の法律では、理由なき立ち入りは違法と伺っています。それとも、なにか私共のサロンに立ち入りをされるような明確な理由がございましたかな?」
アインドラ伯爵の額から汗が零れる。
それはオスキャスの言葉によるものではない。
オスキャスの秘書としてついてきたエドストレームという女から強い殺気が放たれているためだ。
アインドラ伯爵も横に控える執事のローリッツも、戦闘力が特段高いわけではない。
そのためアダマンタイト級の者の殺気というのには気圧されてしまうのだ。
もちろんこれはオスキャス側が有利に交渉を進めるための布石。
そして万が一、アインドラ伯爵の娘である『蒼の薔薇』のラキュースが武力でもって攻めてきた際の準備である。
オスキャスにとってこの交渉はとてもうまく進んでいる。
この交渉の目的は、この街で“サロン”を複数経営することの合法性についてアインドラ伯爵の言質を取ること。
そして八本指をちらつかせ、心を折ることだ。
一度街のアタマの心を折ってしまえばあとは簡単。
合法な形で麻薬サロンを広げて行き、気付いたときはこの街は八本指に堕ちているという寸法だ。
確かに一点だけ気がかりなことが有る。
それは昨日まで確かにあった、土地権利に関する書類を紛失してしまった事。
だがそれらの書類は、現在経営しているサロンの権利書で、これから先の交渉で必要なものではない。
大方、部下の誰かが誤って、しまう場所を間違えたとかだろう。
帰ったら部下たちに指示をして徹底的に探せばいい。
ともかくも今は、この伯爵閣下の心を折ることが先決だ。
アインドラ家は古くから王家と関係が深い忠臣の家系だという。
それをうまく利用すれば、後は簡単だ。
「…それにアインドラ伯爵閣下、もしかしたら閣下は私共のサロンの中で何やら違法な者が取り扱われていると疑われている様子ですか。そうでしたらご安心ください。確かに音楽サロンとしての雰囲気を出すための“香”などを焚いていますが、それは誓って合法のもの。そして…それは王家の方、特に次期国王たる第一王子殿下も認めておられるものでございます」
「な…殿下が…?!」
「ええ、間違いなく。もしアインドラ伯爵閣下が、それをお認めにならないというのであれば、それは王家のお考えに反するという事…まさかとは思いますが忠義厚きアインドラ伯爵家がそのような事はございますまい」
「王家の…まさか…そこまで入り込んで…」
アインドラ伯爵は絶望的な気持ちになっていた。
“麻薬”は、“八本指”は、既に王家の中にまで入り込んでいる。
この男は、第一王子とはっきり言った。
それはもし虚偽であれば、死罪も免れぬこと。
そのことが、逆にそれを事実だと物語っていて、もはやアインドラ家が出来ることなど無いのではないか…
心が折れそうになっていたその時だった。
「失礼いたします」
ノックもなく、扉が開かれ、貴族然とした美しい娘が会議室内に突然乱入してきた。
「お父様、お客様でございますか。このラキュース・アルベイン・デイル・アインドラもお話に混ぜてくださいませ」
?「“闇の住人”…それ、私もなれませんか?」