オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
『漆黒の剣』はこの次の話で再び王都に向かいます。
「いや、良く戻ってきてくれた!」
エ・ランテルの冒険者組合の一室で、アインザックと『漆黒の剣』が話をしている。
アインザックは上機嫌だ。
今や『漆黒の剣』はこの街が生んだ英雄という扱いである。
彼らがしばらく街を離れていた間にも、勝手に名声は高まっていって、冒険者の多くは『漆黒の剣』を目標と捉え仕事に励んでいるし、そもそも冒険者を志望する者が増えて、冒険者組合、ついでに魔術師組合も盛況である。
『蒼の薔薇』がリ・アインドルに入城したときのように、街の英雄が帰還するとなると軽いパレードのようになるのが常なのだが、今回はそういうことは無く、偶々城門から冒険者組合へ入る彼らを目撃した幸運の者のみが、英雄の帰還を知っている。
なぜならば『漆黒の剣』はエ・ランテルの門前まで転移して、街に入ってからは速やかに冒険者組合へ向かったからだ。
まあ、夕方には英雄の帰還は街中が知ることになり、酒場も盛り上がりを見せることになるだろうが。
「アインザックさん、お疲れ様です。この国の主要な街を回りましたので一度戻ってきました。現在俺たちが引き受けた方がいい依頼などはありますか?」
「うむ、依頼は…今のところはない、か。実は前々から噂になっていた、街の北に行ったところにある洞窟に盗賊共が住み着いているという話がって、先日ついにミスリル級の3チーム合同で討伐に向かったのだが、洞窟はもぬけの殻で、その後も戻ってきている様子はないのだ。それ以外となると…あとは雑事ばかりか…いや、そうだ、君たちに許可を貰っておいた方がいい案件があった」
「なんでしょうか?」
「はぁ…実はな、エ・ランテルのいくつかの商会が君たちの人形やら絵皿やらを勝手に売り出していてな。いや、確かにそういったものを制限する決まりというのは無いのだが、君たちに無断であれほど販売しているというのはどうかと考えてな。一応君たちに許可を貰っておいた方がいいかと考えている次第だ」
「人形や絵皿…?」
「このようなモノだ」
そう言うとアインザックは、木箱を取り出し、その中からいくつかアイテムを取り出す。
彼が言ったように、それは漆黒の服を纏う5人、あるいはパルメーラを除く4人の人形や、めちゃくちゃ美化されたメンバーの顔が描かれた絵皿、羊皮紙やカンバスに描かれた人物画もある。
数的にペテルやニニャの人気が高いようだ。
ついでルクルット、ダイン。
パルメーラはエ・ランテルの多くの冒険者にとっては、『漆黒の剣』の初期のメンバーではないという認識なので、パルメーラを除いた4名で描かれているものもあるが、一方で、パルメーラ単独のグッズも数多い。
なんと言うか、パルメーラだけ方向性が違う。
絵画も、デフォルメ化されて不思議なポーズをとっていたり、周囲に謎のオーラが立ち込めていたり、想像で描いたと思われる謎の紋章を背負っていたり。
人形の中には、紐を引くと魔法で喋るものがあって、パルメーラ以外の人形は自分の名前を喋るのだが、パルメーラだけは『闇に抱かれろ』だの『断罪の時間だ』だの『地獄の業火よ』だの、ギリギリ言ったことがありそうなセリフを喋るのだ。
こっちにはこっちでカルトなファンがいるらしく、アインザックはサンプルを入手するのに苦労したそうだ。
『漆黒の剣』はというと、全体的に苦笑いで、パルメーラ関連は普通に笑いだった。
パルメーラも別に気分を悪くしていない雰囲気だったので、最終的にペテルが『別に構わないですよ』と言った。
後日、エ・ランテルで売り出される『漆黒の剣』関連グッズは、“チーム公認”という売り文句が追加されたとか。
「さて、『漆黒の剣』の諸君。しばらくはエ・ランテルに滞在されていくのかな?」
「そうですね…実は他の都市で受けた依頼関連で、王城にご挨拶に伺う用事があります。一緒に仕事をした『蒼の薔薇』の皆様とも会う約束がありますし。なので少し休んだら、リ・エスティーゼに行き用事を済ませます。それが終わったら、また戻ってきます」
「む、そうか…いや…なんと言うか。結成当時から知っている私からすると、君たちがここまで成長し、王城にまでご挨拶する冒険者になるとは…本当に感慨深いものだな…いや、俺も歳をとったか…」
「アインザックさん……今の俺たちがあるのは、最初にこのエ・ランテルの冒険者組合で仲間たちと出会い、そしてアインザックさんや先輩の冒険者の皆さんにそれとなくサポートしていただいていたからです。弱かった俺たちに適切で稼ぎがいい仕事をこっそり割り振ってくれていたこと、感謝しています」
「ん、いや。はは。君たちは皆信頼できる人柄だったから、な…しかし正直言って、才能が無いなどとは思っていなかったが、ここまで急速に成長するとは思っていなかった。何かコツのようなものがあるのだろうか?」
その質問に、『漆黒の剣』一同の視線はパルメーラに集まる。
「パルメーラ君…どうやら『漆黒の剣』の強さの秘密の一端は君が担っているようだな」
「いや…適切な方法で修業をして、そんで皆が諦めずにその修行についてきたからだ、な」
「…不躾なことをお聞きするが、その修行とやら、誰でも、例えばこの私でも、可能だろうか?」
その質問に、パルメーラはアインザックの身体をじっと見た。
「…戦士か。レベ…難度は60から70位…そうだな。ランクが高い装備を持ち、勝てるか勝てないかギリギリくらいの敵と戦い続ければ、ペテル達と同じくらいまでは成長できるんじゃないか?」
「本当か!!」
急に立ち上がって大声を上げたアインザックに、パルメーラを除く者は一瞬ビックリしたが、すぐにアインザックはバツが悪くなり『す、すまない』といって席につきなおした。
「いや…正直に言うとな、君たちを見ていたら疼いてきたのだ。私も元は冒険者…もしこれから修行して、君たちの領域に入れる可能性があるなら、現役復帰して…なんてな。いや、これは私だけじゃなく、この街の冒険者、皆が考えていることだと思う。街からアダマンタイト級が、英雄が生まれて、もしかしたら自分もと思うものが増え、今や冒険者組合は大盛況だ。もし時間が出来たら…後輩や…私にも戦術の指導をしてもらえると有難いな」
冒険者組合を出て、『漆黒の剣』のメンバーは久々にホームの街をぶらついた。
前と違う事は、どこを歩いても街の全ての者が『漆黒の剣』のことを知っていて、そして歓迎すること。
そしてパルメーラとニニャにははっきりと分かったのだが、スラムが明らかに縮小していること。
見ると、スラム街の入り口付近で神殿が食料の配布をしている。
その配布には低位の冒険者もボランティアで参加しているようだ。
「あ、『漆黒の剣』の皆さん!」
「英雄戦士のペテル様だ!」
「森の賢者のダイン様だ!」
「悪の末裔にして地上に光を照らせしパルメーラ様だ!」
以前見た時より目に生きる希望が宿った子供たちが集まってきた。
「これは、『漆黒の剣』の皆様。お変わりないですか?」
「カジット大司教様。お久しぶりです。炊き出しを始められたのですね。それに…なんと言うかこの辺りの治安も良くなった気がします」
「お久しぶりですね。ええ、すこし前に、匿名の寄付を大量にいただきましてね。おかげさまでこの地区に居た方々に真っ当な仕事を斡旋し、身寄りのない子供たちにも十分に食事を提供できるようになりました」
「そうか…殊勝な奴もいたもんだな」
「ふふ、本当に」
パルメーラとニニャは笑い、他のメンバーも察して笑顔を浮かべる。
パルメーラは変わらず、新たな街に立ち寄るたびに、莫迦な領主から回収した金を教会に放り込んでいるし、そういったパルメーラの行いに気づいた仲間たちもそれとなく寄付をしているが、この街のスラムについては思うところがあった、とある貴族の令嬢は、街を離れる時にかなりの金額を寄付していた。
同時に子供たちに、自身が執筆した英雄譚を読み聞かせていたことによる弊害も起きているが。
夜、宿泊は『黄金の輝き亭』に決めたものの、『漆黒の剣』としては古巣の安宿の食堂で食事をとりたいと思った。
安宿には噂を聞きつけ多くの冒険者が集まり、その日は遅くまで宴会が催された。
殆どの者が酔いつぶれて退散し、『漆黒の剣』もピンピンしているのは、そもそもあまり飲んでいないニニャと、途中で酔いを感じて毒無効効果の指輪をこっそり付けたパルメーラだけになった。
「パルメーラさん…僕は本当にあなたに感謝しています」
「何言ってんだ…それにそういうのは、目的を、姉を見つけて助けるという目的を果たしてからだ」
「そうですね…僕、たぶんですけど、その気になって多少強引な手段を使えば、だいたい何があっても姉さんを助け出すことが出来るんじゃないかって思うんです。僕の今の実力ならば、おそらくパルメーラさん以外には止めることが出来ません」
「まあ、そうかもしれないが油断は禁物だ。エ・アナセルにいた熾天使のような者が出てくる可能性もある。慎重に越したことは無い」
「そうですね…ですがリ・エスティーゼのほとんどの街は回りましたが、まだ手がかりも掴めていません…あとは王都の城下町くらいですね」
「そうだな…以前一瞬通過したときの感じでは、あの街は王都だけあってかなり広かった。だが、数日もかければ俺のスキルで調査もできる。落ち着いたら王都に行く予定だし…………」
パルメーラの言葉はそこで止まった。
「…パルメーラさん?」
「……いや、すまない。王都だったな…出来るだけ早く、明日にでも移動するようペテルに相談してみよう。早く探した方がいいだろうし、それに、王女や蒼の薔薇たちとも、会わなければならなったからな…」
「…そうですね」
ここまでの旅で、パルメーラのことをずっと見つめてきたニニャには直感的に分かった。
パルメーラがこの表情をするとき。
それをどうやっているかは分からないが、彼が決定的な情報か何かを手に入れて、次の行動のために決意をするとき。
パルメーラが手を下しているのかは、正直分からない。
だが、彼がこんな顔をした後、どこかの街で、悪徳な何者かが報いを受ける。
リ・アレクサンデルも、リ・ブルムラシュールも、リ・ロベルも、そしてリ・ボウロロールも。
遅れて入ってきた情報の後、ニニャはこっそりと夜に転移で各街へ訪問していた。
つい先日滞在したリ・ボウロロールの状態は信じられないものだったし、リ・ロベルは、滞在時に確認した違法な店がもぬけの殻となっていた。
恩を感じて、憧れて、そして目標としているこの人が、本当は何者なのかも分からない。
突然現れた、漆黒の男。
伝説の剣とそれに相応しい実力を持ち、ちょっとユーモラスで可愛くて、少しアレなところがある、放っておけない人。
彼が犯罪者でも、それこそ人間でなくても構わない。
だから僕が、いつか彼の横に並べる実力と心を手に入れるまで、僕は気付かないフリをする。
その日は『漆黒の剣』の皆で久しぶりにエ・ランテルの街を見る必要があった事、また、カイレという老婆との出会いから、恐らくは高位の神聖系魔法の力を持つ神殿のカジットの前では、無理をして悪魔たちからの連絡を聞かない方がいいと考え、緊急時でなければ連絡は夜でいいと言っていたことから、偶々その連絡がニニャとの会話中に来たことで、パルメーラは一瞬言葉が止まってしまった。
それはこの国の第三王女ラナー、第二王子ザナック、そして六大貴族のレエブン侯に憑けていた悪魔からの連絡だった。
彼らはこの日の午後、ちょうどパルメーラがカジットと話しをしている時に、密談を行っていたのだ。
***
「まずは私のお願いを聞いて下さり、ここへお越しいただいたこと感謝いたします。レエブン侯もお忙しい政務の合間お時間をいただき本当にありがとうございます」
「いえ、殿下の御呼びだしでございましたら、このレエブン、可能な限り急ぎ馳せ参じます」
「いや、妹よ。レエブン侯も。今はそんなやり取りは不要だ。ラナー、お前、先ほどのあれはどういうことだ。オレとレエブン侯の関係の話というのは…」
「うふふ、お兄様。それにレエブン侯。御二人はこの国にとって本当に忠心篤い御方でございますね…この王宮の中で正確にこの国の状況、いえ行く末を理解しておられるのは恐らく御二人だけ。レエブン侯につきましては、そのために派閥間の行き来、本当に御疲れ様でございます。ですが、今や多くの問題を抱えた方々は退場されて、今こそ盤上の指し手を変える、いえ変えざるを得ない時。上のお兄様のご興味もレエブン侯に向いていらっしゃいますからこれからは何かと大変でございましょう。お兄様は、これまでのような振る舞いはもう必要ないかと。上のお兄様の手札はだいぶ減っていらっしゃいますし、ご興味はレエブン侯に向いておられますからね」
「ラナー…お前どこまで…いや、どうやってそこまで…お前は重要な会議にも出席していないことも多いというのに…」
「メイドたちのお話や、皆様の他愛のない言葉や態度で、情報は如何様にも得られるものですよ、ザナックお兄様。それに私には優秀な手駒である冒険者も居ります。手駒はもう少しで、もう1つ増えるかもしれませんしね」
「バ…バカな…それだけのことから…」
「で、殿下!まさか、まさかあなた様が、今起きている状況、ブルムラシュー侯やボウロロープ侯のことにご関与されているのですか?!」
「いいえ。残念ながら、それらは私でも知る由のないことが起きていると言わざるを得ません。ですが、これらのことは私たち、とりわけお兄様たちにとって好機なのではありませんか?」
「うっ…むうう」
「妹よ…お前の言いたいことは分かった。それにオレはお前がそういう、一種の化け物であったことを知っていた…だからお前のその知識や情報収集も真実であると信じる。だが、分かっているのか?ここから先、お前が俺たちに力を貸すという事は、兄上と…場合によっては父上とも対立する可能性があるという事だ。そうすることでお前は何の得がある?」
「お、お待ちください、ザナック殿下!私は……ラナー殿下を信じ、殿下に計画の協力者となっていただくために、私自身が信じられる証拠が欲しい!ラナー殿下…大変無礼で失礼なお願いを聞いていただきたい。かつて…幼いころあなたが浮かべていた笑顔、知性を湛えながら、どこか絶望したような、全てを見下すような、あの日の顔を今もお持ちでしょうか?!あの日の殿下がまだいらっしゃるのであれば、私は殿下のことを信じ、あなた様のために私の持てる全ての手段を用いて協力させていただきたい!」
どこか鬼気迫るレエブン侯の言葉が終わると同時に、ラナーは瞳の輝きが何処か欠けて人間的な表情を失った、おぞましい化け物のような笑顔を浮かべた。
「ひっ」
ザナックが思わず声を上げた。
しかし一方でレエブン侯は壊れたように歓喜の声を上げる。
「や…やはりあの日見たあの御顔、アレは見間違いなどではなかった…おそらくは人知を超えた知性をお持ち故のその御顔…ザナック殿下、私は、ラナー殿下を計画にご参加いただく事を強く推薦いたします!」
「うふふ…レエブン侯にご満足いただき嬉しく思います…さて、先ほどのお兄様のご質問に答えなければいけないですね。私が協力することで、私が望むもの……犬を、飼いたいのです」
「「犬?」」
そこから始まったラナーの告白に、ザナックもレエブンも背筋に冷たい汗が流れるのが分かった。
曰く、彼女は王族としての地位など求めていない。
全ては彼女の犬たるクライムという青年騎士と、とても歪んだ形で結ばれる事、それだけを夢見ている。
そのために王国が滅びないように、延命できるように、時にはわざと失敗し、時には民にとって都合がいい形で政治をも操りここまで来た。
彼女が望むのは、クライムと2人きりの隠居生活。
侵略をしてくるだろうバハルス帝国から最も遠い、リ・ロベル付近に領地を得て、そこに引きこもること。
そのために、ザナックの即位に協力し、即位のタイミングで王家から離れて隠居を始める。
これはそういった計画であるとのこと。
『化け物だ…』
言外に、ザナックとレエブンの意見は一致した。
しかし、それはある意味ではとても強力な味方を得たという事でもある。
少なくともザナックが即位し、彼女がクライムと隠居する夢をかなえるまではその化け物が味方であるという事。
意を決してレエブン侯はラナーに問いかける。
「ラナー殿下、仰ることはわかりました。それで、先ほども申し上げたのですが、この状況、ブルムラシュー侯、リットン伯が亡くなり、ボウロロープ侯も今後は発言力を持たないでしょう。貴族派閥は今後力を大きく削がれます。そこで残るはバルブロ殿下の動き、殿下は恐らくですが八本指とも繋がりがあり、何をしてくるか分かりません。出来る限り円滑にランポッサ陛下にザナック殿下をご指名いただくために我々がすべきことは…いえ、そもそも多くの貴族派閥の者が死んでいるこの状況、本当にラナー殿下が関与しているわけではないのですか?」
「ええ、私の関与ではありません。ですが、関与していると思われる者に目星をつけております。解決策を含めて正しく理解するためにも、リ・アレクサンデル、リ・ブルムラシュール、リ・ロベル、それにリ・ボウロロールの正確な状況を教えてください。具体的に何が失われ、誰が死に、誰が生きているか。貴族だけでなく、民も含めてです」
「わ、分かりました…少々凄惨にすぎる内容がありますからな…そういった部分は噂話でも伝わっていなかったのでしょう。私が得ている情報ですが、まずはリ・アレクサンデルでは……」
ラナーは概ね『漆黒の剣』の、もっと言えばそのチームの
まず、このチームはエ・ランテルをホームにしていて、最初に記録が見つけられたのは『朱の雫』と協力したアゼルリシア山脈での竜退治だった。
一般的な冒険者がアゼルリシア山脈の竜退治のために、リ・ウロヴァールまで移動するとなると、エ・ペスペル、エ・レエブル、リ・ブルムラシュール、リ・アレクサンデルの順に街を通過する。
事件があった街である、リ・アレクサンデルもリ・ブルムラシュールもこの道の途中に存在し、また、『漆黒の剣』の評判を聞く限りでは、彼らは善性の者で民の味方であるようだから、貴族然としていて民を蔑ろにしていた両街の領主を裁く理由も何となく納得できる。
領主が、真っ当な政治をするレエブン侯の関係者に変わった後に、事件が起こらなくなったという事もその根拠となりそうだ。
リ・アレクサンデルについては何度も領主が変死をつづけたという事で、犯人は街に滞在している者しか実行できないと考えたが、一瞬で街を移動する魔法を使える者であれば、これは問題無いかもしれない。
そして、リ・ロベルにリ・ボウロロープも、『漆黒の剣』が向かったことは分かっている。ガゼフとの共闘と、『蒼の薔薇』との共同依頼の件だ。
『漆黒の剣』が通過したと思われる街で事件が起きていない場所は、比較的真っ当な政治を行っている領主が治める街か、王直轄の街。
これだけの証拠が揃っているのだ。
近い日に、『蒼の薔薇』が『漆黒の剣』と共にこの部屋に訪れる。
その時に揺さぶりをかければいい。
そして脅すのではなく、この国の行く末を案じる賢い王女の仮面を被り、味方だと囁けばいい。
これだけのことを出来る
最悪、バルブロの暗殺となっても造作もなく実行できるだろう。
だから今、ラナーに必要なのは情報。
『漆黒の剣』が断罪人であるという確固たる証拠。
そう考え、薄く笑いながらレエブン侯の話を聞いていたラナーはある違和感に思い至る。
「レエブン侯、アレクサンデル男爵の死体ですが、局部を切り取られ、板に磔にされていた可能性があると仰いましたか?」
「え、ええ…男爵の遺体は一見すると衛士と戦ったように見える形で発見されましたが、局部を切り取られていたことは事実ですし、一度私も屋敷に足を運びましたが、その様な地下室があって、出血跡などからその可能性があります…申し訳ありません、非常に凄惨な内容で…」
「いえ…そうではなく……その地下室…拷問部屋のようなものでしょうか?それは何のために作らていた部屋だったのですか?」
「おそらくは領主が奴隷などをいたぶるためかと」
「その部屋の存在は、多くの者に知られていたのでしょうか?」
「いえ、それは無いと思います。私の親戚筋の者が治めることになったので、私も一度見学したのですが、あまりに残虐な行為、民には元より他の貴族にも秘匿されていたでしょう。私の親戚筋の者が部屋を潰しましたので、もうありませんが」
「…それとブルムラシュー侯の死体ですが、同様に局部を執拗に傷つけられた跡があったというのは事実ですか?」
「はい、死因は焼死とのことでしたが、遺体にはそのような傷が。ただ、死体は焼け落ちたブルムラシュー侯爵邸を見ることが出来る柱に括り付けられ、柱ごと火をつけられたと思われます。それと、リ・ブルムラシュールにあった違法娼館の娼婦や奴隷は、リ・アレクサンデル同様、なぜか記憶を失った状態で救助され神殿に保護されました。娼館自体は屋敷同様焼け落ちて、八本指などの経営側の者は行方不明ですが、おそらく屋敷で焼け死んだ者の中に居たと思われます」
「…そうですか。次にリ・ロベルですが、ロベロ伯爵の家臣が7名消えていたという話ですが、その7名の家にはその件はどのように伝えられたのですか?」
これは先の侍女の態度から感じた違和感の答え合わせのための質問だった。
「は……実はその7名の貴族の下には、それぞれの者のものと思われる、
「なっ…そんなことになっていたのか?!」
この件についてはザナックも知らなかったようで驚愕の表情を浮かべる。
「そして、リ・ロベルの街中にはかなりの数の八本指が運営する店があったようなのですが、ロベロ伯爵邸の事件と同時に、八本指の関係者と思われる者が一斉に姿を消しています」
「争いや殺人のような痕跡はあったのですか?」
「報告によれば、痕跡は一切なく、ただ人間だけが消えていたと…」
「…そうですか。最後にリ・ボウロロープですが、ボウロロープ侯のお屋敷は例えでなく、“消えた”のですか?焼けていたとか、倒壊したとかではなく」
「はい、わずかに屋敷の基礎や瓦礫は残るものの、建物は消失していました。リ・ボウロロープの検証には私の配下の元冒険者をしていた者が同行していたのですが、彼らによれば、地面の具合などから非常に高温の熱が加えられた可能性が高いとは言っていましたが、魔法などを考えてもあれだけの巨大な屋敷を消してしまう方法は考えつかないと。それと、そういえば追加の情報ですが、リ・ボウロロープの各所にあった、ボウロロープ侯の紋章が消失しておりました。橋や門に刻まれた紋章は削り取られるかあるいは他の何か、悪魔が笑っているような顔に掘り直されていて、リ・ボウロロープからボウロロープ侯の痕跡が消えていると言った印象がありました」
ここまで集まった情報から、ラナーはあることに気づいた。
この事件を全て1人で実行していたとなると、明らかに人手が足りないはず。
あるいは、想像すらできない神のごとき魔法を行使しているなどという子供のような予想しか立てられない。
仮に『漆黒の剣』の5名が全員で実行したとしても、屋敷を一晩で消すことや、八本指の者だけを調べ上げ、証拠もなく一晩で消すなど、到底実行できるものではない。
だから途轍もない数の者が関与しているか、あるいは実行者は神のごとき力を有している。
そして、領主への制裁方法。
これは明らかに領主の性格や行いに対する意趣返しの形をとっている。
そして、恐らくはその性格や行いも事前に調査している。
アレクサンデル男爵の拷問部屋は、恐らくは本人と屋敷の関係者しか知らなかっただろうが、犯人はそれを事前に調べ、本人も拷問をして殺した可能性が高い。
金銭に執着していたブルムラシュー侯爵には、彼の財産である屋敷が焼けて失われる様を見せると同時に、金のために城下に置いていた違法娼館で行われていた行為を体験させたのかもしれない。
リ・ロベルはロベロ伯爵がなぜ殺されなかったのか疑問はあるが、少なくとも屋敷内の八本指とつながりがある者、街中の八本指とつながりがある者を全て事前に調べ上げ、これもおそらく一晩で作業を終えている。
ボウロロープ侯は選民志向が強い貴族であった。
だからこそ、貴族の証たる一切を街から消し去り、わざとボウロロープ侯本人は生き残らせて、その様を見せて心を折った…
ここに来て、ラナーは、その賢さ故から気づいてしまった。
自身が、決定的なミスをしてしまった事を。
間違えたのは、たった一手。
自身の目的と本当の望みを語るのが先か、各街の様子をレエブン侯に聞くのが先か。
これだけの準備をし、これだけの人間離れした断罪劇を繰り広げている、傲慢で自分勝手な貴族を嫌う、怪物のような恐らくは
彼は手段は分からないが、覗いている。
何らかの方法で事前に調査をし、貴族や犯罪者の様子を観察し、判断し、断罪する。
私は先ほど、確かに目の前の2人に言った。
『国や民の事などどうでも良く、ただクライムと2人で暮らしたい』と。
その存在が、今、この瞬間を覗いていたらどう思うか。
私は傲慢で自分勝手な貴族と解釈されるのか。
たった一手。
先に、レエブン侯に街の様子を聞いていれば、この可能性を考慮できた。
そして、うまく本心を隠し、ただ国を憂いている、賢い王女の仮面を被ることを選択した。
この国には古くから、『妖精の悪戯』という御伽噺がある。
何か悪巧みをするとき、目に見えない妖精という者がその行いを見ていて、悪しき者にとって都合が悪い選択肢を選ばせてしまうという。
ただの、大人が子供に言い聞かせ、子供を都合よくコントロールするための口実。
そう思ってきた。
だが妖精は、本当に大事な局面で黄金の姫に悪戯をした。
ウルベルト+大量の悪魔+餡ころ様の加護+あの人が変えた法国による全力情報隠蔽
VS
黄金姫
という戦いで、やっとわずかに一歩だけ早く、ウルベルト様が王手をかけることが出来ました。
ここからは激しい戦い続きになります。
来週は少々忙しいのも含めて、おそらく文書を書くのがかなり大変な内容となるのでゆっくり更新となります。