オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
また、大森林に到着できなかった…
ごめんなさい。
翌日早朝、一行は別々のタイミングで『エ・ランテル』を出発した。
昨日と同じように、フォーサイトが北側の門を出て10キロメートルほど進んだところで、パラケル達の馬車が待っていた。
ヘッケランから、ここから先はモンスターが出る確率が高くなるから、馬車の外を歩いたほうがいいとの提案があったが、タブラは『それでは、最初のモンスター遭遇までは普通に馬車で行きましょう』と代案を出したので、皆これに従う。
タブラとしては単に早く進みたいだけである。
馬車の中でヘッケランが尋ねる。
「パラケルさん、あの、不躾なことを聞くんですが、その…“黄金の輝き亭”はどんな感じでした?ていうか、せっかくの高級宿だったって言うのに夕飯は一緒に食べるって、なんか申し訳なかったというか…」
「いえいえ、良いんですよ。食事というものは多人数で食べたほうが美味しいですからね。それに宵霧亭の食事はかなりおいしかったですし」
「そうでしょう!あの宿、夕食は本当に旨いんですよ。あ、でもさすがに黄金の輝き亭と比べたら落ちるんじゃないですかね」
「いや、どうでしょうね。確かに朝食は白パンと暖かい魚のフライと腸詰、新鮮な野菜とフルーツが出てましたが、正直私には少し重いと感じました。宵霧亭で食べた濃厚な風味の黒パンと、良く煮込まれた肉の方が好みという人もいるでしょう…それに、そうですね。部屋は確かに広く、洗濯が行き届いたシーツは清潔でした。ただ、旅を続けてきた私には少々広すぎます。まあ部屋に置かれたテーブルは、持ち込んだ薬品類を整理するのには良いと感じましたがね」
*タブラさんは件の宿では“泊まった”とも“食べた”とも言っていません。
アルシェを除くフォーサイトは皆、泊まったことがない高級宿に興味津々といった様子だった。
アルシェは…というと、彼女はそもそも自宅が高級宿以上のレベルなので、そこに対して関心はない。というよりも、今は頭の中で、これからの森での戦闘シミュレーションを何度も繰り返していた。
一人で『アトリエ・パラケル』を訪れた日、アルシェは堰を切ったようにパラケルへ家庭の事情を話してしまった。
ほとんど初対面の人間に対し、なぜそこまでしたのかは分からない。
-実際はニグレドによる軽い精神操作の影響下にあったからなのだが-
ともかくアルシェは、あの日、涙を流しながら自分の置かれている現状と、思っていることまでも含めて全てを話した。
いつの間にか、隣にはノアー-ルゥオンの姉であるという-が隣に座り背中をさすってくれていた。
アルシェが出された紅茶を飲み、落ち着いたのち、パラケルは静かに喋りだした。
「あなたのご依頼、伺いました。まず…そうですね、当然ですが、今あなたが抱えている問題をすべて瞬時に解決する魔法の薬というものは存在しません」
『分かっている』
感情をさらけ出して、少し落ち着くことができた少女はそう心の中で呟いた。
しかし、そこに続くパラケルの言葉に少しだけ…いや、明らかな希望の光が差した。
「ですが、あなたが自身の力を示し、私が協力し、そしてフールーダ・パラダイン様が手を差し伸べれば、解決の糸口があると考えます」
かつての師匠の名前が出て、アルシェは一瞬目を見開いた。
「順番に話を進めましょう。確認ですが、あなたは帝国魔法学院を辞める際、フールーダ様へ事の顛末を説明されました?」
「いえ……それは……していません。家の恥だと思いました。それに、フールーダ様は皇帝陛下の側近です。私の家のことは皇帝陛下のご決断に基づく結果でしたので、フールーダ様にお力を貸していただけるとは思いませんでした」
「まず、そこが最初の選択ミスでしたね。あの魔法キチ…いえ魔法
「あ…えっと…そうでしょうか?」
「ご説明したかと思いますが、私は、私の祖先がフールーダ様と親交があったことを縁として
「それは…確かにそうかもしれませんが…」
「それに、この屋敷を融通していただく際、かのお方はこう嘆いていらっしゃいました。“隣には私と同じ才能を持つ元弟子の少女が住んでいる。なぜか帝国魔法学院をいつの間にか辞め、ワーカーになっている”と」
「フールーダ様が…そのような……私を…私を覚えて…」
アルシェは再び驚愕に目を見開いた。
だいぶ盛ったが、まあ嘘の範疇では無い。意訳ではあるが。
「今日のあなたのお話を聞いて、私は確信しました。あなたとフールーダ様の間にはお互い認識のズレがあると。そして、この認識の誤りをうまい事取り除けば、あなたは再びフールーダ様の弟子となることが出来る可能性が高いでしょう。もちろん、この誤解を取り除くのは私の役目となります」
「…本当にありがたいと思います…ですが……そこまでしていただく私は、あなたに恩を返せるか分からない」
「ふむ…」
タブラは、視線を落として俯く少女を見遣る。
この少女は、成程、見た目よりも随分と大人びた考えを持っているらしい。
物事には原因と結果があることを知っていて、恩を受けたら返すという義理も持ち合わせているようだ。
“善”ではない私は、それに対して心打たれるという感情はないが、ニグレドやアルベドは肩入れしたくなるだろうな、とも感じる。
だがあくまで“善”でないタブラは、もちろん打算で動いているし、結果を得るためには願うだけではなく自らも足掻く必要があることを、少女へ伝える。
「アルシェさん、間違いのないように言っておきます。私は善意だけで提案をしているわけではないし、仮に私が力を貸しても、あなたは今を変えるために、あなた自身が戦わなければならないこともあります」
アルシェの目に再び意思の火が宿ったように見えた。
タブラは言葉を続ける。
「私はとある秘伝の魔法薬のレシピを持っていますが、(この世界では)いまだ調合に成功していません。この秘薬の効果は、“使用できる位階を上昇させる”というもの」
アルシェは息を飲んだ。
そんなもの…もしそんな秘薬が現実にあるならば…全ての
「私は、この秘薬の完成のあと一歩までこぎつけていますが、(この世界では)材料が不足しています。そしてそれはトブの大森林にある可能性が高いのです。そのため、私はヘッケランさんのご依頼を受けたと言っても良い」
説明しながらタブラは、『うーん、これはかなり苦しいですね~これで私も詐欺師になってしまいましたか』と心の中で呟いた。
いや、もっと前から詐欺師だった気がするが、そこは本人的には嘘じゃなければ良し!の精神だったのである。
このアイテムはユグドラシルでは『
しかし、上限は第7位階であり、そもそも簡単にレベルが上がるユグドラシルでは第7位階程度すぐに到達する。
しかも、例えば第6位階の時にこのポーションを使い、その後レベルアップして第7位階に到達すると、ポーションの効果によって覚えた魔法の数だけ、第7位階で覚えられる魔法の数が減る。要は先取りしているだけで本当に意味がない。
また、このポーションでは現在覚えている位階のプラス1までしか伸ばせず、自力で次の位階に到達しなければ、再びポーションを使っても効果がない。
そもそも戦士職の者がそこまで高位階の呪文は覚えないし、魔法職であれば第7位階は低すぎる。
また、ユグドラシルを始めたばかりにこのポーションを6つ飲んで一気に第7位階、という事もできない。
従って理論上個人が使用する可能性のある上限数は6個にもかかわらず、製造方法は簡単で、しかもハズレガチャや、Mobileのログボにもあったので、アイテムボックスには意味もなく山ほどある。
まだ、AOGの皆が低レベルだったころ、モモンガはこのポーションに光を見たが、この効果が発覚してからは『もー!!何なのコレ!!』と軽くキレて、せっせと<黒の叡智>方面にシフトしていった。
しかしこの世界では、このポーションは非常に価値が高い可能性がある。
現在までに出会った人間の最高位階は第6位階で、常人は第3位階が限界とのこと。
つまり、上限が低いこの世界では、先取りだろうが普通は届かない領域に届くという認識なのだ。
目の前の少女の表情を見るに、タブラの判断は正しい。
そして、この世界の人間の低レベルぶりを見ると、使用方法を注意した方がいいとも考えている。
それは単純に世界の魔法レベルを簡単に一つ引き上げてしまうという事と、慎重に人物を選んで使うにしろ、レベルが今にも上がりそうな者に使うのはもったいないことだ。
つまりはこういうことだ。
「ただしこのポーションには使用に関してルールがあります。このポーションの効果は、現在使える位階を1つしか伸ばすことができない。例えば、今あなたは第3位階の魔法を使えるとのことですが、それはあなたが鍛錬に鍛錬を重ねて第3位階に到達し、それがあなたの限界なのか、あるいは、まだ第4位階に到達しうる才能を持っていて、まだ今はその中途なのか…私が何を言いたいか分かりますね。前者に使用した場合は第4位階までしか到達できませんが、後者の場合は第5位階に到達できます」
「にわかには信じられない…ですが、もう一度言いますが、そのようなものがあれば全ての
「ありますよ。故郷では作れていました。しかし素材は無くなり、故郷を捨てて放浪生活に出た。そして私の代になり、再び完成する目前まで来ているという状況です。そして…フールーダ様はこのことを知らない」
タブラは思う。
あの魔法狂いに、このポーションの存在は危険すぎる。
指輪の鎮静効果を突破しそうだし、使うにしても、今後二度と会わないなどの余程の事態に取っておこうと考えている。
「そのポーションを…フールーダ様へ献上するという事ですか?」
「いいえ違います。このポーションを使うのはあなたです。あなたが上げられる限界まで位階を上げて、そこで更にポーションを使いもう一つ位階を上げる。その状態であなたがフールーダ様に会えば、フールーダ様は間違いなくあなたを弟子として再度迎えるでしょう。そして、その過程で邪魔となるものは、排除してくれるでしょう」
「そんな……こと…私が…」
「私は今回の採集探索で、あなたの魔法力を見極めたいと考えています。聞くところによると、フールーダ様の弟子で最高位は第4位階とか。あなたが仮に第5位階到達者となれば、あなたの価値は跳ね上がります。そのためには、あなたはまず自力で第4位階へ到達しなければいけない。この度の探索は、あなたがその可能性を持っているか確認させていただくこととなります…もちろん、あなたがこの話を受け入れればですが」
パラケルの説明を聞き、アルシェは考え始めた。
そしてまず、聞かなければいけないことを最初に聞いた。
「報酬は…仮に私がこの話を受け、あなたに認めていただき、そしてポーションを使用することになった場合、私はあなたにどれだけ支払えばいいのでしょうか」
「そうですね…報酬の前にいくつか条件があります。まず、このお話…ポーションの存在も含めてフールーダ様を含めた全ての方へ他言無用です。私はこのポーションが仮に完成して安定供給ができるようになったとしても、現時点で一般流通させるつもりはありません」
アルシェは『それはそうだろうな』と思った。
なぜならこのポーションは全
タブラは言葉を続ける。
「次にあなたは、ご自身の力であなたの家庭の問題を解決しなければいけません」
「それは…妹たちのことですか、それとも…両親のことでしょうか」
「両方です。もしあなたが第5位階詠唱者となれば妹さんたちを養うことくらいはできるでしょう。しかしあなたの両親は分かりません。現在の放蕩を続ければ、あなたの稼ぎを超えて借金をし、いずれあなたとあなたの妹さんたちを巻き込み破綻します。なので選択肢としてはおそらく“見捨てる”か“更生させる”の二択でしょう。仮にフールーダ様のお力を借りれば前者は難しくないかもしれません。どちらを選択しても、あるいは別の選択肢を選んでもかまいませんが、借金をするなどのあなたや妹さんへの影響を断つ必要はあります。あなたにとって正しいと思える選択をしてください」
「わかり…ました」
「最後に、フォーサイトです。実は私は闘技場であなた達の戦闘を見させていただきました。メンバー構成、チーム連携、供に良いと感じました。これはあなたという強力な後衛職が居ることが大きい。しかし、あなたが仮に第5位階詠唱者となりフールーダ様の弟子に戻るのであれば、フォーサイトの戦力は著しく低下します。彼ら3人のその後について、あなたに後顧の憂いが無い様な方法を考えてください。これら全てのことが達成できた時にはじめて金銭的な報酬を求めるとしましょう。なに、高位階詠唱者が払えないような額は請求しません」
「分かりました……あなたの話、受けさせてください。ですが最後の条件は、おそらくあなたに言われなくても必ず考えます。『フォーサイト』は…私にはもったいない素晴らしいチームです」
……そう言う訳で、この採集依頼はアルシェにとっては、自身がパラケルの眼鏡にかなうかどうかの大事な試験であり、同時にパラケルが件のポーションを完成させるための素材を集める失敗できない任務なのである。
ちなみに、タブラからすれば、アルシェや双子を助けることで娘たちの希望をかなえつつ、実際のところはアルシェの抱える全ての問題をアルシェ自身に解決させ、あわよくばフールーダの関心を少しでも自分から分散させて、面倒そうなことを全て押し付ける布石を打っておこうと考えているだけのことである。
また、この件がうまくいけば、フールーダよりもかなりまともな、この世界の住人の協力者が得られるので、今後は様々な魔法薬の実験が出来そうだとも考えている。
アルシェちゃんを実験台と見ている危ない