オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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ラナーとの戦いが続きます。
が、すでに情報戦ではウルベルト様が一歩先を行きました。


第6章 第19話 -遅すぎた邂逅-

 

 

 

「ラナー、入るわね」

 

「失礼いたします」

 

 

 

ここはヴァランシア宮殿の一角、第三王女ラナーの居室。

 

本日は、『漆黒の剣』が『蒼の薔薇』と共にラナーに面会する日である。

 

リ・ボウロロール周辺の村の麻薬畑に関する作戦の報酬を『漆黒の剣』が受け取り、また既に入手した八本指の資料から、今後の八本指への対抗策を話し合う算段となっている。

 

これまでは、ラナーからの依頼に基づく八本指への対応は、殆ど『蒼の薔薇』が単独で行ってきたと言っていい。

しかし、今後はこの作戦に『漆黒の剣』も参加していく。

 

これは『蒼の薔薇』のラキュースから事前に『漆黒の剣』に相談されていて、ペテルをはじめとしたメンバーはこれを承諾した。

なのでこのラナーとの面会は、今後作戦を請け負うための正式な了承と顔合わせの意味合いも持っている。

 

 

『漆黒の剣』は、リ・エスティーゼ王国内のほとんどすべての主要な街をめぐり、最終的に一度エ・ランテルで休息した後、速やかに転移でリ・エスティーゼまでやってきた。

 

そしてその足で『蒼の薔薇』と再会し、『蒼の薔薇』は『漆黒の剣』にこの相談をして、翌日にラナーに面談することになったわけである。

 

今回は、今後の作戦も話し合う必要があり、『蒼の薔薇』からはラキュースだけが参加しているが、『漆黒の剣』からはペテル、ニニャ、パルメーラの3名がラナーの居室に訪問している。

 

室内には御付きの騎士であるクライムも控えていて、クライムは音に聞こえた新たな英雄である『漆黒の剣』の面々に憧れが混じった顔を向けている。

 

 

 

 

 

「『漆黒の剣』の皆様、重ね重ね感謝いたします。皆様のような英雄にご協力いただけるのであれば、この国を犯罪者たちから守ることも叶うと信じております」

 

 

ラナーの言葉に、『漆黒の剣』の3者はそれぞれの反応を見せ、ラナー自身はその様子を気づかれないように注意深く観察する。

 

 

リーダーの男、ペテル。

彼は非常に力がある戦士とのこと。

恐らくは王宮という場所に初めて訪問し、王族と面会するという事で少々緊張している。

その反応はこういう場所に慣れておらず、何か隠し事がある様にも見えない。

『蒼の薔薇』と比べるとベテランとは言えない雰囲気から『漆黒の剣』というチームが、急激に成長したというのは事実に感じる。

また、この男は、私の“黄金の姫”の姿をありのまま見ている。

一方で正義感が強く誠実な印象を受ける。

私にとっては、ラキュースと同じでとても操りやすい。

 

 

その横の男、パルメーラ。

この辺りでは珍しい黒目黒髪で、魔法も使える戦士とのこと。

外見から戦士長と同じで南方の血が入っているかもしれない。

あまり喋らずに会話は他2名に任せていて、わずかに喋る言葉は慣れない敬語のようだ。

王族に対して緊張せず、またそういった肩書に左右されない感じはイビルアイやリグリットに似て強者によくある印象。

意識してこちらに関心を示していない感じがする。

おそらくは自身の情報を漏らさないようにしている行動から、一定の警戒を持ち続けているように見える。

手駒として扱えるようになるまでは、少し面倒な手順が必要な相手。

そして上手く言えないが……不気味な静けさがある。

 

 

最後に魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャという男…いや、恐らくは女。

印象はリーダーの男に似ている。

冒険者として考えるならば、問題はない範囲の言葉遣いで、少なくとも表面上は王族に対して敬意を持っている態度だ。

だが、その目の奥には何となく闇のようなものを抱えているように感じる。

言葉の端々から、私に対してわずかながら悪印象のようなものを持っている気がする。

また室内というより宮殿のような作りに対しても僅かに嫌悪感のようなものを感じる。

富貴なもの、あるいは貴族や王族と言ったもの、そのものが嫌いなのかもしれない。

性別を隠していること、また表面と内面が異なる点からも、やはり注意が必要な相手。

 

 

この中に“神のごとき能力を行使できる者”がいるのだろうか?

…少なくともペテルは違う。

 

心情の観点からはやはりニニャが疑わしいが、実際に会ってみてパルメーラという男にも何らかの違和感を覚えた。

 

意識して自分を隠している感じと、わずかにこちらを観察している感じが、何となく引っかかる。

 

 

だが予想が正しければ、既に私は“一手”だけ後れを取っている可能性がある。

踏み込み過ぎてはいけない…一方で確認もしなければいけない。

 

 

 

 

「皆さまに回収していただいた羊皮紙をよく調べましたところ、この王都の中に八本指の複数の拠点がある事が分かりました。分かっている以外にも幾つかの拠点があると思われますので、現在ラキュースたちに調べてもらっている状態です」

 

「なるほど…やはり王都にも。それでは、私たちへのご依頼というのは、まずは残りの拠点の調査という事でしょうか?」

 

「ラナー、ここからは私が説明するわね」

 

 

ラキュースの言葉にラナーが頷く。

 

 

「ペテルさんの仰る通りで、まずはこの王都の中にある拠点を可能な限り隈なく特定する必要があるので、調査を御願いすることになると思います。私たちは八本指にも敵として認知されている可能性が高いので、表向き動いているのは隠密が得意なティアとティナ、そして素早く離脱が出来るイビルアイだけです。ですので『漆黒の剣』でも動いていただくのは、隠密に優れた方が中心になるかと思います」

 

「成程…あとでチーム内で相談させてください」

 

「ありがとうございます。そして、調査が終わりましたら、同じタイミングで可能な限り全ての拠点へ踏み込む必要があります。理由は、お分かりですね」

 

「一網打尽にしなければ、逃げ出したり証拠を隠されたりする…という事ですか」

 

「ペテル、それだけじゃないよ。奴らは貴族と繋がっている。貴族に匿われたり、そもそも奴らが自分たちにとって不利な証拠がバレない様に邪魔してくる可能性がある」

 

 

 

そう言ったニニャの目は、わずかに憎悪の色を湛えていた。

ラナーは『やはり』と思い、彼、いや彼女が何らかの理由で貴族そのものを嫌っていることを確信する。

 

 

 

「ニニャ様の仰る通りでございます…本当に嘆かわしいことでございますが、この国の貴族の多くが八本指と繋がっておりまして、このリ・エスティーゼに屋敷を持つ貴族のうち、そう言った者達が何らかの邪魔をする、あるいは、八本指からの指示でこちらが不利になる動きをさせられる可能性があるのです」

 

「あ、いえ。ラナー殿下。申し訳ありません。貴族の方の中にも真っ当な方がいることは分かっています」

 

「いえ、良いのです。ニニャ様の仰ることも、お怒りは尤もです。私にもう少し力があれば…」

 

「ラナー…あなたがこの国が良くなるように頑張っていることは私が一番よく知っているし、ニニャさんもそのことは分かっているわ。今回の作戦もそのためのものでしょう」

 

「そうですね…ありがとう、ラキュース……『漆黒の剣』の皆様。どうか、この国がよりよくなるために御力をお貸しください」

 

「勿論です!」

 

「そうですね、僕に出来ることがあれば手伝いますので」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

ラナーは、ニニャの反応に少し違和感を覚えた。

彼女の中に貴族に対する嫌悪感があるのは確かだが、その感情は自分に対しては向けられていないような気がする。

そういう訳で、もう少しだけ『漆黒の剣』を探ってみることにする。

 

 

 

「ですが問題があります。実際に拠点の全てが分かったとして、その数があまりに多く、一度では同時に踏み込めない可能性があります。今分かっているだけでも拠点の数は12。『蒼の薔薇』と『漆黒の剣』の皆様の数を合わせても11人。八本指には非常に強い“六腕”と言われる人がいると聞いていますので、あまりに分散した状態で拠点に踏み込むのは危険です。例えばティアさんやティナさんのように、目立たずに非常に早く移動できる(・・・・・・・・・・)ような方が多く居れば良いのですが」

 

「私たち『漆黒の剣』ですと、私と森祭司(ドルイド)のダインは余り早く移動できませんが、他のメンバーでしたら多少は素早く移動できます。拠点の位置が確認出来たら、近い場所はまとめて担当すれば何とかなるかもしれません」

 

「そうね、ペテルさんの言う通りだわ。まずは拠点の位置の把握を急いで、全て分かったら誰がどこに踏み込むか作戦をたてましょう」

 

「はい、そうですね。『漆黒の剣』の皆様、よろしくお願いいたします」

 

 

 

ペテルの回答に、ラナーは考察する。

普通は魔法詠唱者(マジックキャスター)は早く移動することが出来ない。

だが空を飛ぶことが出来、転移もできるイビルアイは例外的に小回りが利き素早く動けるそうだ。

つまり、このニニャという女はやはり、少なくともイビルアイと同様に転移のような力を持っている可能性が高いという事。

 

だが同時に気になるのは、もう一人。

このパルメーラという男は“魔法戦士のようなもの”と言っていた。

戦士は足は早いかもしれないが、『蒼の薔薇』の忍者や、転移といった手段と比べたら素早く移動するのは難しいはず。

 

にもかかわらずペテルは、このパルメーラは早く動ける者と暗に言っている。

もしや、この男も転移のような魔法を使えるのか。

やはりこの男についても警戒はした方がいいか。

 

そこまで考えたところ、渦中の男が口を開いた。

 

 

 

「王女…殿下。質問、というか意見があるのだが良いでしょうか?」

 

「はい、勿論でございますわ、パルメーラ様」

 

「例えば、八本指の拠点が違法でない形で商店なんかをやっていて今回の作戦で俺たち冒険者が踏み込んだ場合、八本指がつながりのある貴族を使って表の権力で違法行為だと訴えられた時、対抗するのが難しいと感じますが、」

 

 

そこまで言うと、パルメーラはちらとラキュースを見た。

このことはリ・アインドルで学んだと言外に告げているのだ。

 

リ・アインドルでは、ラキュースが“貴族”として力技でねじ伏せた。

だが今回のケースはそう言った後ろ盾がない。

 

ラキュースもそれは気付いていた。

しかし、それに言及しなかった理由がある。

 

一つは、今回の作戦はイビルアイやリグリット、そしてニニャやパルメーラと言った、恐らくは英雄を越えて逸脱の領域まで到達している者が複数参戦することによる戦力的な余裕。

 

そしてもう一つは、親友であるラナーへの配慮…しかし、パルメーラはラキュースが想定していたよりも状況を把握できていたようで、それを口にしてしまった。

 

 

 

「…この作戦が王女殿下や王族などの方からの“治安維持”のための依頼であったと分かるような形にすれば、この懸念を払拭できると思うのですが。分かりやすく言うと、殿下側の戦力として一人でもいいので参加していただけないですかね。殿下が仰るように既に拠点の数に対して人数も足りていないようですし」

 

「…仰る通りでございますね。ですが私には、このクライム以外に私兵や衛士すら居りません。クライム、どうしますか。この度の作戦、『蒼の薔薇』と『漆黒の剣』の皆様と共に参加していただけますか?」

 

「はっ!私はラナー様の剣であります!ラナー様の御命令であればどのような御申しつけでも従わせていただきます!英雄である皆様の足手まといとならぬ様、精一杯働かせていただきます!」

 

「ラナー、いいの?」

 

「…ええ。パルメーラ様の仰る通りです」

 

「ラナー殿下、問題があるようでしたら御付きの衛士でなくても他の騎士でも構いませんよ。ガゼフ戦士長や、あるいはこの作戦に賛同していただける他の王族の方がいらっしゃれば、その方の衛兵でも良いと思いますが」

 

「いえ、おそらくそれらの方のお力を借りるのは難しいでしょう…クライム、決してケガなどしないでください。ラキュース、『漆黒の剣』の皆様、クライムは私の唯一の騎士です。どうか、クライム含めて無事にお帰り下さい…拠点の情報が揃いましたら改めてお話をさせてください」

 

 

 

パルメーラの表情は、最初から最後まで全く変わらない。

言葉とは裏腹に、黒く深い瞳はラナーに向けられていないかのようだ。

まるで最初から準備していた台本を読んでいたかの様。

 

ラナーは確信した。

 

この男だ。

 

ラキュースはその性格から考えて、たとえ意識している(・・・・・・)冒険者仲間であっても、秘匿情報を喋る者ではない。

 

つまりこの男は事前に全てを知っていて、この会話を想定していた。

 

ラナーが表向きはザナックやレエブン侯との繋がりを示せない事。

ガゼフ率いる戦士団が、恐らくは八本指と繋がる貴族からの横やりで参加できない事。

その上で私が出せる戦力がクライムのみであること。

さらにはクライムが英雄に憧れていること。

 

そしてクライムに対する私の想い。

 

 

これは人質だ。

 

 

一瞬で移動できる魔法について探りを入れたことも踏まえて、その探りすら利用して、私が断れない形で人質を要求してきた。

 

こんなことが出来るのは、私と同じ領域の思考を持つ者、あるいは、何らかの方法で全てを監視している者。

 

 

 

『蒼の薔薇』と『漆黒の剣』が退出した後、クライムは日課の昼の稽古のため中庭に向かった。

 

世話をする侍女が来るまでのわずかな一人きりの時間、ラナーは呟いた。

 

 

 

「見ていらっしゃるのなら、深夜、メイドが自室に戻った後に私の部屋にお越しください。より具体的なお話をさせていただきたいと思います…パルメーラ様」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ラナーとの面会を終えた『漆黒の剣』は『蒼の薔薇』と一旦別れて、チームでの作戦会議をすることとした。

 

ラナーから八本指の拠点の可能性がある場所を示した地図を受けとったため、その真偽を確かめるために調査するやり方を話し合う。

 

未だ拠点か分からないが疑わしい建物は20程あり、そのうち半分を『漆黒の剣』が担当することとなったのだ。

 

宿に入り昼食を食べながら周囲に静寂(サイレンス)をかけて話し合う。

 

 

「さて、調査するのはこの印が付いている11個の建物だけど、セオリーだったらルクルットが担当するべきなんだが…」

 

「いや、今回は危険が大きそうだし、透明化が使える僕とパルメーラさんが担当した方がいいと思う」

 

「まぁそうなるよなー」

「であるな」

 

「ま、俺も構わないな。どうする?ちゃっちゃと今からやってしまうか?」

 

「はぁ…本当にせっかちですよね。ていうか今動かないと、パルメーラさん先に全部やっちゃうでしょ?僕の仕事がなくなるので一緒にさっさと片付けましょう」

 

「おう。あとアレだ。あのクライムって騎士が担当しても問題なさそうな、比較的安全な拠点も目星付けといたほうがいいな。あいつだけ少し弱いからな」

 

「そうですね。ていうかパルメーラさん、ラナー殿下の騎士を巻き込むって話、良く思いつきましたね…」

 

「まあ…ラキュースの街で学んだからな。それじゃあ昼飯終わったらさっさと行くか」

 

「そんな軽い感じで行くものじゃないと思うんですけど…まあパルメーラさんにとっては軽いんでしょうね」

 

 

 

実を言うとパルメーラは、すでに街に放った悪魔たちから拠点はほぼ把握していた。

何ならラナーの地図に記載されている場所以外も把握している。

 

なのでパルメーラは、ラナーから渡された地図にこっそりと正解の場所の印を入れた。

 

 

そういう訳でパルメーラとしてはこの作業は無意味なので、さっさと終わらせて、いくつか行っておきたいところがあるのだ。

 

やはり気になるのは違法娼館と奴隷を扱っている店。

この街の違法娼館はかなり質が悪い。

アレクサンデル男爵の地下室のようなことを行わせている娼館がある。

 

リ・アインドル南の領域でアンデッド退治をしていた陽光聖典の一行、正確に言うと影に悪魔を潜ませているニグンが、同日にこの街に入り休息のために神殿へ向かったようだ。

 

彼はちょうど『漆黒の剣』がラナーとの面会を終えた時間に違法娼館の前を通り、道に捨てられていた遺体(・・)を拾ったようだ。

 

ニグンの言葉によればそれは、違法娼館で働かせた挙句命を落とした娼婦が捨てられたもので、彼は怒りの言葉を飲み込みながらその遺体を神殿に運びこんだ。

 

その様な娼館であるから、もしそこにニニャの姉が居た場合、かなりひどい扱いを受けていることが想定されるので、出来るだけ早く調査したい。

 

また、考えたくは無いが、先ほどの遺体や、過去に同じ状態で死んだ者の中にニニャの姉が居なかったかも調べるため、神殿へも行っておくべきだ。

知り合いとなったニグンが居るので、比較的簡単に中に入れてもらえるだろう。

 

 

そんな事を考えながら、パルメーラはニニャと協力して、速やかに11か所の拠点に忍び込み、うち4か所が拠点であることを仲間に話した。

 

そしてその後ニニャと2人で、違法娼館、奴隷を扱っている店に忍び込んだ。

いずれの店にも、姉はいないとニニャが言ったので一旦は安堵したものの、こうなるともはやリ・エスティーゼ王国には居ないかもしれないなと考えながら、念のため2人は最後に神殿へ向かった。

 

 

 

そう、全ては遅かったのだ。

 

 

 

その部屋、安置室ともいうべき場所で、薄い布を掛けられた遺体は静かに棺台の上に置かれていた。

 

遺体は激しく損傷し、顔は何度も殴られたように腫れあがり、体中にも大小様々な痣がある。

手足の腱は切られ、歯も抜かれているようだった。

 

目の周りには、何度も涙を流したと思われる深い隈が残っていて、目を閉じたその姿はまるで『やっと死ぬことが出来た』とでも言いたげな、深い絶望の先の静寂を湛えていた。

 

 

 

立ち会っていたニグンは、深い怒りを込めた表情で激しく歯を食いしばっており、その握りしめた両手からは僅かに血が滲んでいる。

だが故人の遺族の手前、言葉には出さない。

 

 

ニニャは、遺体にかけられた布をめくった時、一度だけ小さく「ねえさん」と呟いた。

そしてそのまま、微動だにしなくなった。

その目は涙を流すでもなく、ただ大きく見開かれ、瞬きを忘れて遺体を見つめている。

 

 

ニグンが静かに部屋から退出した。

扉を出る際、パルメーラに小さく「何かあれば言ってください」と囁いた。

 

 

そのまま10分、いや1時間も経ったかもしれない。

 

ニニャがポツリと口を開いた。

 

 

「……正直、こうなることも一つの可能性として覚悟はしていました」

 

 

パルメーラは何も言わない。

 

 

「……僕がパルメーラさんと出会わずに弱いままだったら、きっと僕は今、泣き崩れて立ち上がることが出来なかったと思います」

 

 

「……でも不思議ですね…深い絶望感と悲しさがこみ上げてくるんですけど、なぜか涙が出ないんです」

 

 

「……それと同じくらい、どうしようもないくらい虚無感と、どす黒い気持ちがこみ上げてきて、僕が僕じゃなくなる気がするんです」

 

 

そこで初めてパルメーラが口を開いた。

 

 

「俺もそうだった…両親が死んだ時、恐らくは今のお前と同じ気持ちだった」

 

 

 

ニニャが振り返る。

その目は見開かれ、暗く沈むような、一切光の届かないような、そして耐えがたい何かが今にもあふれ出しそうな、そんな深く瞳をしていた。

 

 

 

「パルメーラさんに渡しておきたいものがあるんです」

 

 

そう言うとニニャは一枚の羊皮紙を取り出した。

 

パルメーラが目を通すと、そこには『冒険者離脱届』と書かれていて、一番下にはニニャの名前がサインされていた。

 

 

「これを…ペテルに渡してください。今までありがとうっていうのと、迷惑をかけてごめんって言っておいてもらえますか?」

 

 

「ニニャ…」

 

 

「パルメーラさんも、本当に…本当にありがとうございました…僕はパルメーラさんのおかげで強くなることが出来ました。ちゃんと恩を返せなくて本当に申し訳ありません。僕の手形は差し上げますので、パルメーラさんと、『漆黒の剣』の皆で使ってください」

 

 

「それは…受け取れないな」

 

 

「他にできることは無いんです、それぐらい、お礼させてくださいよ…僕は…僕はこれから悪になります。パルメーラさんみたいに、うまく出来るか分からないですけど、ちゃんと、ちゃんと悪になって、もう姉さんみたいなめに合う人が居なくなるように、最後まで、ちゃんとやらなきゃいけないんです……だから、さようならです……上位転(グレーター・テレポー)……」

 

 

次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)

 

 

「…(テーション)……発動しない………なんで…なんでですか?」

 

 

「ニニャ…お前がしようとしているのは、周囲を巻き込んだ自殺だ。敵は倒せるかもしれないが、無関係な人間も無差別に殺し、お前自身も巻き込まれて死ぬつもりだろう…?」

 

 

「なんで…何で邪魔するんですか!!僕はっ!!もう、こうするしかっ!!!………?!」

 

 

「落ち着くんだ、バカ」

 

 

パルメーラは、振り上げられたニニャの右手を、自身の左手でつかみ、右手でニニャの肩を抱いた。

 

 

「…言っただろ。俺も同じ気持ちだったと。俺も今のお前と同じことをしようとしたことがあった。そういう仲間もいた。だが、それをやった者は皆死んだし、この世界は変えることが出来なかった……そんなのはただの自己満足だ。世界を変えて、根絶やしにするべき愚か者共を殺す“悪”ではない」

 

 

「でも……でもっ…姉さんは、もう……!」

 

 

ニニャは、ここで初めて涙を流した。

流すことが出来た。

 

 

「それも落ち着け……今すぐには出来ない。だが、お前の姉を生き返らせる方法はある。灰にならない蘇生魔法、そういうものが存在する。俺はそれを使うことが出来ない。だが、嘗ての俺の仲間にはそれを使うことが出来るものが居る。俺は旅をしながら、その嘗ての仲間を探している。手がかりらしきものはある。イビルアイとリグリットの嘗ての仲間が、俺と同郷だった。この街で、やるべきことをやったら、俺の仲間を探す。そして、仲間に頼んでお前の姉を生き返らせるように言う。約束する」

 

 

「そんな……そんな魔法が……本当に?」

 

 

「ある。断言する。それは第9位階神聖魔法の〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉。だから頼む。それまで時間をくれ。それまでは冷静に、まずはお前の姉の仇を確実に、冷静に、倒す…それを約束してくれ」

 

 

「うっ…うううう……ありがとう…ございます……パルメーラさん…」

 

 

それからしばらくの時間、ニニャはパルメーラの胸の中で泣き続けた。

 

パルメーラは考える。

自分のアイテムボックスの中にある〈蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)〉。

このワンドは、かなり少ないペナルティーで復活できるが、それでも少しの経験値消費ペナルティーはある。

 

聞いた話では、ニニャの姉は10代前半で攫われ、その後恐らくずっと奴隷として生きてきた筈。

ユグドラシルのルールではどう考えてもレベルが上がっているとは思えない。

 

もしレベルが1で、ペナルティーを受けた場合、この短杖でも灰になる可能性が高い。

 

そして今までこの世界で会ってきた者で第9位階の神聖魔法を使える者を見た事が無い。

 

今すぐに救うことは出来ない。

 

ニニャの目から憎悪の炎がわずかに薄れて、パルメーラの胸の中で泣きじゃくる中、一方でパルメーラの目には、今までにない位、怒りと憎悪の色が宿っていった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

夜。

 

侍女たちも各自の部屋に戻り、ラナーの私室にはラナーしかいない。

 

ラナーはベッドから起き上がり窓を少し開けると、椅子の一つを窓際に置いてそこに座った。

体の向きは扉と窓が同時に見える位置。

 

彼女にはある種の確信があった。

 

来る。

 

きっと来る。

 

そしてその者は、私へ希望か、断罪を告げる。

 

 

しかしながら、窓の外の景色は変わらず、扉が静かに開くことも無い。

 

今日は来ないのかもしれない。

 

そう思って薄暗い部屋を見回したとき、つい先ほどまでいなかった者が、テーブルの向かいの椅子に座っていた。

 

 

その者は、暗く沈むような、一切光の届かないような、それでいてどこか魅了されるような、そんな深く黒い瞳をしていた。

 

 

しかしその目に宿る色には、明らかに怒りの感情を湛え、戦う事を生業としていないラナーであっても、明らかに感じることが出来る殺気を自身に向けていた。

 

 

 

「……ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。貴様に伝えることがある」

 

 




色々とごめんなさい。
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