オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
断罪か許すか、超悩みました。
パルメーラから向けられる殺気など意に介さぬとでも言わんばかりに、ラナーはその空虚な瞳と歪んだ笑顔を向けて嬉しそうに喋り出す。
「…やはり、パルメーラ様でしたのね。嬉しいですわ。私、生まれてからずっと退屈だったのです。幼いころから、私の周りの者は私の心を理解しようとせず、私も周りの者の心を理解できずに独りだったのです。貴方様のような人知を超えた存在、私はおそらく貴方様のような方が現れるのを待っていたのだと思いますわ」
「…何か、勘違いをしているようだな」
その言葉の直後、パルメーラの姿は椅子から消えた。
ラナーが視線を動かすと、漆黒の男は壁に掛けられた調度品に手を触れながら喋る。
「貴様がどれほど退屈な生を送ってきたか、あるいはどれほど賢いか、そして御付きの騎士をどれほど愛しているかなど、俺には興味はない」
「ええ、分かっております。貴方様は私を知るためにいらしたのでしょう?私が断罪に値するほどの罪を犯しているか…貴方様の御視点で。ですから貴方様に私のことをより知っていただくために、私の本心をお話しているのです」
「ほう…罪の意識があるのか?」
「私がよりうまく立ち回り、今以上の危険を冒して、もっとお父様にご意見していればば、より民の暮らしを良いものにできたと、そう仰るのでしょう?」
「これらの調度品、貴族としての暮らし、そういったものを享受する立場に生まれながら、その責務を果たしていないという事が理解できているという訳か」
「貴方様であればきっとご理解いただけると思いますが、今まで私が表立って動けなかったのは、そうすることで私の命、ひいてはクライムの立場まで奪われる可能性があったからなのです…ですので、取引と参りませんか?私は既に、私の大切なクライムを危険な作戦にお貸しするという人質を取られております。もし貴方様が、此度の作戦でクライムを生きて返してくれるというのであれば、私もその後の八本指の殲滅に全力を注ぎ、その後の民の暮らしの向上のためザナックお兄様を王位につけ、その後も政務の補佐をいたします。ご存じかと思いますが、私はクライムとの暮らしが全てなのです。お兄様の即位後は私はクライムと共に隠遁するつもりでしたが、お兄様を補佐して、より民の暮らしが向上するよう尽くさせていただきます」
ラナーはパルメーラが来るまでの時間、必死に考えていた。
自身が断罪を免れ、クライムとの暮らしを享受できる道がどこにあるかを。
相手は想像もできないほどの力を持っていながら、おそらく理知的かつ計算高い者。
“転移”という通常は考えられない可能性を視野に入れなければ、そもそも疑いの可能性も見つけられないように行動していた。
鍵となるのは、ロベロ伯爵とボウロロープ侯の処遇。
この2名については何故か命を奪っていない。
ロベロ伯爵については、先代には比較的まともな統治をしていて、リ・ロベルに八本指が入り込んだ後に治安の悪化が始まった。
ボウロロープ侯についても、リ・ボウロロールの統治という意味では、
つまりは外的要因——主に八本指——によって街が荒れ、統治に支障をきたした者達。
パルメーラおよび『漆黒の剣』の行動原理からしても、民の暮らしを向上させることは目的であるようだし、その過程で障害となる八本指は粛清対象となっているとみて間違いない。
だからラナーは、パルメーラへ、あくまで今まで自分が積極的に動かなかったのは身の危険があったからであったことを暗に念押しし、さらに彼らの目的であろう民の暮らしの向上と八本指の粛清に手を貸すことを説明した。
自分には及ばないかもしれないが、少なくとも理性的な者だ。
言葉の意味に気づき、私の手を取る方が利益がある事を理解してくれるだろう。
ラナーはそう思ったのだ。
だがそれは違う。
目の前の相手は、盤上の駒を動かし合う相手ではなかった。
その悪魔は、盤を横から掴み上げて、ひっくり返すことが出来る者。
そしてまたしても、いや、今度は『妖精の悪戯』などでなく、ラナーは“人の感情”というのを正しく理解できていなかったことで読み間違いをした。
家族を惨たらしく殺され傷ついた“
ましてや、自分の経験と重なる
「やはり貴様は理解できていないようだ。貴様は交渉など出来る立場にないことを知れ……
その言葉の直後、部屋の中のあちこちの影から、痩せこけて背中に羽が生えた存在が10体ほど姿を現わす。
その指は鋭利な爪と化していて、その目は病的なまでの黄色の輝きを放つ黒い人影———それはまさしく“悪魔”であった。
精神の異形たるラナーは声を上げることは無かった。
しかし、やはり御伽噺でしか見た事が無かった存在は、彼女の心の水面に激しい波を作った。
「お前は人の心が分からないと言ったな。お前が生れ落ちてから今日までの日々、お前が救えたはずの者が感じた苦しみの心を分からせてやろう」
ラナーには、残念ながら分からない。
なぜパルメーラが合理的でない判断をするのか。
その答えは分からないのに、悪魔を操る存在というものから、リ・ボウロロールに刻まれた悪魔の紋章との関連性、そしてこういった配下が大規模な作戦を可能にしていたのだという事は瞬時に理解できた。
断罪される……ならばせめて最後にクライムに…
そこまで考えたところで、パルメーラが信じられない言葉を口にする。
「この塔の1階、最も裏門に近い広くはない部屋。そこにもこいつらと同じ
その言葉を聞いて、初めてラナーの身体に冷や汗が流れた。
その部屋、それはクライムの私室。
「大切なものが奪われ、一方で貴様自身は永遠に死ぬことも、意識を手放すこともできない。それこそが貴様が人の、虐げられた民の心を理解する唯一の方法だ」
……今、この男は何と言った?
永遠?
クライムを失い、あの言葉が通じるだけの愚かな獣の檻に入れられたような絶望の時間を永遠に生きろというのか?
そんな事…いや、方法は分からないが、この男はきっとそれが可能なのだ。
男の燃え上がるような漆黒の瞳は、噓を言っているとは到底思えない。
男がゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。
悪魔たちは動かずに、男に敬意を示す姿勢を取っている。
そして男が左手を出すと、その手は一度闇に覆われ、闇が晴れると、その手の中には漆黒の中に不思議な文様が浮かび上がる小箱があった。
「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ、断罪の時間だ。だが貴様には1度だけチャンスをやろう。この小箱は、今まで生きてきたお前の“罪”を測る。お前が逃げてきた責務が、お前が為した善行より重ければ、この箱は開き、お前はこの箱の中にある種子を飲み込んで永遠に生きる存在に生まれ変わる。そしてその姿のまま、貴様にはクライムが居ない世界を永遠に生きてもらう」
初めての経験であった。
絶望でもなく、呆れでもなく、怒りでもない。
“恐怖”
恐怖で手が震えている。
震える手で、その小箱をゆっくりと、その悪魔のような男から受け取る。
「両手で包んで、祈れ。これまで掬ってこなかった命に、計略で奪った命に、祈れ」
永劫にも感じる時間。
自分の荒い息遣いが夜の帳に木霊する。
震える手と汗で、小箱を何度も落としそうになりながら、ラナーは祈った。
男から言われたものに対しては理解が出来ずに祈れなかった。
彼女が祈ったのは、ただ、クライムの事。
そしてあと少しで、恐らくは過換気から意識を失ってしまいそうになった頃、男が告げた。
「…〈堕落の種子〉は貴様を選ばなかったようだ。いいだろう、貴様の罪は、これからの貴様の行いで償うという事で了承してやる」
ラナーは床に膝をつき崩れ落ちた。
落としてしまった小箱は、男が拾い上げて机の上に置いた。
目の前の床に、1枚の羊皮紙が落とされた。
その羊皮紙は、昼間に『漆黒の剣』に渡したリ・エスティーゼの地図。
だがその地図には、自分が記したものではない印がいくつか書かれている。
「念のためお前にも渡しておこう。この街の八本指の全ての拠点が記されている。愚かな八本指の者どもは、俺たちに先に手を出してきた。うちの
さすがのラナーも一瞬、パルメーラの言葉に硬直した。
いや、八本指が『漆黒の剣』を襲撃したことに驚きはない。
リ・ロベルなどでの行いで、『漆黒の剣』が八本指から目を付けられている可能性は高いと考えていたし、八本指からすれば『漆黒の剣』がリ・エスティーゼに入ったことは理解していただろう。
虚を突かれたのは、パルメーラが、クライムの出撃を伝言するためにここに現れたという物言い。
仮に先ほどの小箱が開いて、私が断罪されたならば、伝言係としての働きなど出来なかっただろうに。
「……そうで、御座いますか。伝えます……貴方様は人が悪い御方なのですね」
「違うな。俺は“悪い人”、つまり“悪”だ。だが、箱が開いていれば、予定通りクライムは死に、お前は永遠に生きる罰を受けることになっていた。お前の過去の行いと運に感謝するんだな。そして無理に人の心を分かる必要など無いが、人の心を理解しなければならないと感じた時は…先ほどの感情、恐怖というものを常に思い出せ。そして言葉通り、お前にはこの国のために動いてもらう。その小箱を隠し持ち、俺からの連絡を待て。どうしても伝えることがあるときは、言葉を呟けば俺に伝わる」
それだけ言うと、パルメーラは跡形もなく姿を消し、悪魔たちも闇に溶け込むように消えていった。
「…畏まりました、パルメーラ様……もし私が貴方様ともっと早く…それこそクライムよりも早く出会っていたならば、私は今とは違っていたかもしれませんね…」
ラナーは小さく呟いた。
だが、すでに精神の異形となったラナーは変わらない。
ただ、新しい知見を得て、次はもっと上手くやれるようになっただけ。
しかしラナーは、久方ぶりの、いやもしかしたら初めての、清々しい気持ちとなった。
この世界は、まだ私の知らない、理解できないことがあったのだ。
この鳥籠を出た、その遥か先には、まだまだ未知があったのだ。
薄暗い部屋の中、斜陽の国の第三王女は、前よりほんの少しだけ年相応に見える笑顔を浮かべた。
***
遡る事、数時間前。
王都の闇の本丸ともいえる、とある屋敷の奥の、秘匿された薄暗い部屋の中で、6人の男女が1つのテーブルを囲んで座っている。
椅子は8つ。
つまり、2つは空席である。
「エンディオが戻らない…殺られたとみて間違いないだろう」
「オスキャスに続き、これで2人目か…我らに喧嘩を売るとはな…“蒼”か?」
「いや、“黒”の可能性もあるんじゃないのかい。エンディオが消えたのはリ・ボウロロールで、あの街の周りの畑も焼かれて、こっちは大損さね。タイミング的にそれが出来そうなのは“蒼”か、“黒”か、あるいはその両方だよ」
「“黒”か。目障りだな。リ・ロベルの件といい、明らかに我らに敵対の意思有りと見て間違いないだろう」
「ねぇ、それよりも、オスキャスの護衛だったエドストレームも行方不明なんでしょ?サキュロントも出たっきり戻らないみたいだし、デイバーノックもやられちゃったんでしょお?大丈夫なの?天下の六腕があと3本しかないなんてねぇ…ちゃんとアタシの護衛に1人まわしてよ?」
「黙れ、コッコドール…貴様には「千殺」を付ける…それよりも問題なのは俺たちが舐められてることだ。ぽっと出の“黒”には立場ってものを弁えさせなけりゃならん。知ってるか、ちょうど“黒”はこの王都に入った。泊っている宿も分かっている」
「ふむ、成程。そりゃあいい考えだな。ゼロ、あんたが行くのか?」
「最後まで話を聞け、ノア。ここんところ、“お得意様”が減ってるのは皆同じだろ?」
「そうさねぇ…あのバカ王子は上客だけど、貴族派閥の他のバカたちが随分と減ってるのは確かだね」
「ねぇ、アタシ嫌よ。このままじゃ王派閥の意見が強くなってまた
「ゼロ、つまりどういうことだ?」
「簡単なことだ。俺たちの言う事を聞かない王派閥の奴らや商会の奴らにも思い知らせるいい機会だ。“黒”を暗殺して、アダマンタイトだろうが俺たちの邪魔など出来ないことを示しながら、物わかりの悪い貴族や商人にも少々痛い目を見てもらえばいい。俺も動くし、「空間斬」も、集めたゴロツキ共も動かす。だから暗殺部門も動いて暴れればいい。“黒”については下手こいたクリストフェルを囮にして、暗殺部門がやった方がいい。必要なら新参のゴロツキは貸すが、俺たち六腕が動くと目立つ」
「おいおい、王都が滅茶苦茶になるぞ…まぁ街が多少壊れるのは歓迎だな。建物やらの修繕でカネが動く。しかし、それだけ派手に動けば、さすがに王城や小五月蠅い戦士団が出張って来るんじゃないのか?」
「そこはヒルマよ、お前からバカ王子に働きかけて、王城とガゼフの動きを止めてくれないか。おそらく出てくるだろう“蒼”は俺と「空間斬」が相手をする」
「またアタシの仕事かい?ちゃんと対価は色を付けてもらえるんだろうねぇ?」
「ふん、いつもの支払いのほかに、俺が集めたゴロツキ共を後で貸してやるよ。あれらは各地で盗賊をしていた傭兵崩れどもだ。力はまぁまぁあるが奴らに帰る街はない。“蒼”だか“黒”だかに減らされた畑の開墾に人手が居るんだろ?」
「おや、それはいいね。じゃあ交渉成立だ。言っておくけど長時間空借りて使い潰すよ。なんせ聖王国も帝国もガードが固くなっちまってるから、次に手を伸ばせそうなのは竜王国だからね」
「よしよし、それじゃあ利害が一致したところで動くか。クリストフェルはうちが借りるぞ。まあ返せないかもしれんが構わんよな?」
「いいんじゃないのぉ?エンディオも居ないみたいだし」
「はっはっは、違いないな」
薄暗い部屋の中の影がざわざわと動いて消えてゆく。
その中の1つの影である“ゼロ”と呼ばれた男だけは、実は今回の作戦で1つだけ懸念事項があった。
それは、ガゼフに協力し、デイバーノックとアンデッドたちを倒した者。
確か名を『パルメーラ』という。
そいつだけは情報がたいして無く、一方で力が未知数であると感じていたのだ。
先ほどはああ言ったが、やはり“黒”の、それも『パルメーラ』という者だけは自分で片づけた方がいいか…そこまで考えた時、頭の中に声が響いた。
『力を貸してやろうか?』
「なっ?!」
ゼロは振り返り、警戒する。
…誰も居ない。
「幻聴か…?バカな…」
そう呟いたとき、もう居一度声がした。
『お前の敵は、邪悪な者。その者を討つためのアイテムを授けよう。敵に対峙したならば、この像を壊せ』
そして空から光る何かが降って来る。
ゼロがそれをキャッチすると、それは小さな天使の像だった。
「天使?…バカな…何だこれは?」
その後、何度ゼロが呼び掛けても、その不思議な声が聞こえることは二度となかった。
怪しすぎる声を信じることなど到底できないが、その小さな像は、確かに強い何らかの力を感じる。
作戦が終わった後、鑑定ができる奴に確認させよう。
そう思い、ゼロは像を懐にしまうと、裏路地の道を歩き出した。
コレクターでない、恐らく物持ちの良くないウルベルト様でも、ロールプレイという観点から悪魔っぽいアイテムはちゃんと持っていると思うのです。
この二次創作では、堕落の種子の小箱は、カルマ値悪で開くという設定にしています。
ナザリックに加担していないラナーは、トータルで見れば善行の方が多いと思うので、この処置となりました。
お気づきかもしれませんが、各街を回り、ラキュースという優秀な貴族のことを深く知ったことで、それ以降の街では領主を単純に殺すことはしていません。
生かして、その後にちゃんと仕事させる等の布石にした方が、街の住人の暮らしを良くできるかもしれないと考えることが出来るようになりました。
明らかな犯罪者は即殺ですが。
なので、ラキュースのおかげでラナーは助命されたようなもんです。
なお、パルメーラさんは集めた情報をもとに、この通りカッコつけていますが、色々と終わった後に、ラナーという超優秀な駒をどう使うかなど、具体的には全く考えていません。
良く分からんけど頭いいみたいだから全力で仕事しろよ、と超ざっくり考えています。