オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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とても長くなってしまいました。
内容的に途中で切れなかったのでご容赦いただけると幸いです。


第6章 第22話 -セリーシア-

 

 

パルメーラさんに渡された新しいフード付きローブ。

前のものにも増して、そのローブは深い闇色で、それはまるで、闇に堕ちていくような僕の気持ちの様で、時折紫色に浮かび上がる謎の紋章は、僕を正気の世界に繋ぎとめてくれているパルメーラさんの言葉のようだ。

 

『冷静にな』

 

パルメーラさんの言葉を何度も反芻しながら、その魔窟の中の最初の人間に出会った。

 

 

 

「ん、なんだ?客か?怪しい奴だな。誰の紹介だ?」

 

「ふぅ……お前、ここはどういう店だ?」

 

「あ、なんだぁ?門番いなかったのか?アイツまたサボりやがって…ここは娼館だ。金さえ払えば何でもできるって言うのが売りだ。見たところ冒険者か何かか?若けぇようだがカネはあるんだろうな?」

 

「ふぅー……金は持ってるよ。何でもって言うのは、例えば女を殴ったり、爪を剥いだり、歯を抜いたり……そいういう事も出来るという事か?」

 

「なんだ…アンタ、随分と好きもんだな…へへ、金さえ払えばそれも可能だぜ。久々に上客が増えそうだな。どれ、じゃあ値段交渉と女を選ぶための準備をするからここで待ってろよ」

 

 

そのごろつき風の男は、“客”が金貨が大量に入った袋を出したことから警戒を解いたのか、奥のカウンターのようなところに入り、何かをごそごそと探しながら、奥の部屋に向かって『おーい客だ』と声を出している。

 

ニニャは、今にも破裂しそうな怒りの感情を必死に抑え、冷静でいるために目の前の椅子にドカッと座る。

 

 

奥の部屋から男たちがぞろぞろと集まってくる。

手にはカードを持っていたり、酒のグラスを持っている者もいる。

 

やはり奥の部屋は、パルメーラさんの言った通り休憩室なのだろう。

 

 

「んだよ、勝負の途中だぜ」

 

「酒が旨くなる話なんだろうな?」

 

「あー、そいつが客か?新顔だな」

 

「随分と若けぇじゃねぇか。貴族には見えねぇが金持ってるんだろうな?」

 

 

「おぅお前ら、そいつはカネ持ってるみてぇだし、どうやら随分と好きもんみたいだぜ。あの巡回使のスタッファンみてぇなご趣味をお持ちのようだ」

 

そう言うと、最初に応対した男が『ほらよ』と言いながら座っているニニャに羊皮紙を渡した。

 

 

「オプションと値段が書いてある。カネに応じて遊べるって寸法だ。選んだら言ってくれよ、そしたらあっちの男が案内するから次は娼婦を選ばせてやるぜ」

 

 

ニニャはその羊皮紙に目を落とした。

 

 

・骨(骨折)

 指    3金貨

 腕    5金貨

 足    7金貨

 あばら  4金貨

 その他  要相談

・爪剥ぎ

 手   2金貨

 足   1金貨

・耳

 …

 …

 …

 

 

 

そこから先は、余りの怒りで良く文字が読めなかった。

アダマンタイト級となり、資産もアダマンタイト級にふさわしいものになっているニニャからすればこの程度の金額(・・・・・・・)で、女を、姉を、残酷に傷つけている者の存在というものに、単純な『怒り』という言葉では言い表せない感情が溢れた。

 

 

「ふぅー……」

 

虚空のような瞳を、一度空間に泳がせて、必死に必死に暴走を抑える。

 

そして冷静に、努めて冷静に、自分の周りにいる男たちの数を数える。

 

 

「……1、2、3、4、5。念のため、もう1回……いち、に、さん、し、ご…よし。5匹。間違いない。うん、5匹」

 

 

 

男たちは、その“客”の行動の意味が分からず、頭を傾げた。

 

オプション表を見ていたかと思ったら、急に頭を上げて、自分たちに指を向け、数を数えだした。

 

 

 

魔法の矢(マジック・アロー)

 

7本の光の矢が、“客”のすぐ横にいた男、オプション表を渡した者の両足を通過し、脛から下が切り離されたことで立っていられなくなったその男は、あっけにとられた顔で地面に這いつくばった。

 

 

「うん、よし。ちゃんと切り離せた。よし、じゃああと4回だ。魔法の矢(マジック・アロー)

 

再び、7本の光の矢が放たれ、次に近い男の足を通過した。

その男も床に崩れ落ちる。

 

 

魔法の矢(マジック・アロー)

 

次の男が崩れ落ちる。

 

 

魔法の矢(マジック・アロー)

 

次の男も崩れ落ちる。

ここで漸く、男たちから悲鳴と痛みを訴える声が漏れた。

 

そして、未だ立っている1人の男は、悲鳴を上げながら奥の部屋に向かって走り出そうとした。

 

 

「あ、ちょっと。待って。あと1。魔法の矢(マジック・アロー)…あ、狙い外れちゃった」

 

 

言葉の通り、最後の7本の矢は、意図していたよりもやや上に飛んでしまった。

 

結果、矢は、逃げようと踵を返した男の下腹部付近を通過し、その男だけは体が上半身と下半身に分かれることになった。

 

 

脛から下を失い、余りの激痛と這うしかない状態となった4名の男が、悲鳴を上げてニニャから少しでも離れようと移動する中、ニニャは立ち上がり、最後に矢を当てた男の元まで行く。

 

 

「痛ぇ…ごふっ……いでぇよぉ……」

 

上半身だけになった男は、矢が通り過ぎた場所からは臓物が飛び出しているが、まだ僅かに息があり薄れゆく視界の中に先ほどの“客”の顔を捉えた。

 

 

「あー…だめだ。やっちゃった。これはもうダメだな。しょうがない、他の4人でいいか」

 

 

血溜まりの中でぴくぴくと動く上半身の目の前にしゃがみ込み、消えゆく命をじっと見つめる瞳。

そこには一切の感情が無く、ただ、道端で死んでいる昆虫を見る子供のような、どこか無機質な瞳であった。

 

上半身になった男はその視線にただただ恐怖を感じ、この男が何者で、どういった用件でここに来たかもわからず、その命を散らした。

 

恐らくその男は、この娼館の入り口の応接係として待機してた5人の男の中では、最も幸福な死を迎えたと言えるだろう。

 

 

 

「ふぅー………よし、じゃあ、このオプションてやつ、順に試させてもらうね」

 

ニニャは腰に巻いていた帯から、漆黒の杖を取り出した。

そして羊皮紙を見ながら、その杖を振り下ろす。

 

 

「まずは…指」

 

ゴッ!!

 

「ぐぅっ!!」

 

 

「腕」

 

ボギッ!!

 

「あ“っ!!」

 

 

「足」

 

ボグッ!!

 

「ガッ!!」

 

 

その“客”だった者の、最も近くにいた仲間が、杖で殴られ、耳を切り落とされ、だんだんと悲鳴を上げることも出来なくなっていき、『脚』という言葉と共に大腿付近を魔法が通過した後で大量の血液が流れだし、痙攣しだして、やがて動かなくなった。

 

 

床で動けない、残る3人の男たちは涙と糞尿でぐしゃぐしゃになりながら命乞いを続けているが、その願いが伝わることは無かった。

 

同じような命乞いや悲鳴を、地下の部屋から毎日のように聴いていた彼らは、苦痛にまみれた死に際して、やっと娼婦たちの気持ちが分かったのだった。

 

 

 

 

「ふぅー…………それじゃあ次は奥に行かなきゃ。えっと確か倉庫の床と壁が隠し通路になっているって話だったよね…まずは壁の奥の部屋。確か奴隷部門長が六腕の一人を含む護衛と共にいるんだよね……ふぅー……ここを管理してる元凶だよね……ふぅー……」

 

 

何度深呼吸をしても、やはり落ち着かない。

怒りや興奮が後から後から湧いてくる。

 

落ち着くため、もう一度、先ほどの椅子に座る。

 

部屋の中は、5つの死体。

うち1つは、血溜まりと壁まで飛び散った血の中に落ちている、上半身と下半身。

 

それ以外の4つは、体中の骨が折れ、曲がり、顔が不格好に腫れあがり、至る所が切り取られた死体。

 

部屋は満遍なく血や臓物、糞尿が撒かれ、その中で椅子に座るニニャだけは全く汚れもなく、漆黒のマント付きフードを被り、興奮から肩を上下させている。

 

 

「落ち着け……ふぅー……落ち着け……」

 

 

自分に何度も言い聞かせる。

しかし一向に、気持ちの昂りは収まらない。

 

だが次の瞬間、頭の中に声が響いた。

 

 

『落ち着け、ニニャ』

 

「パ、パルメーラさん?!」

 

伝言(メッセージ)だ。落ち着け、ニニャ』

 

「はい……見ているんですか?」

 

『いや、見ているわけではないが、まあスキルのようなものを使って、中の様子を観察している。隠し扉の先に4人いる。例の奴隷部門長と、3人の護衛。うち1人がおそらく六腕だ。刺繡がある上着を着た男で細い剣…おそらくレイピアを持っている。防御力を上げておけ』

 

「刺繍…いや、やっぱり見てますよね?……はぁ……ありがとうございます。なんか少し落ち着きました」

 

『ん?まあそれなら良かった』

 

「パルメーラさん……さっきの僕は…かなり冷静では無かったです……」

 

『いや………そんなことは無い。お前はまるで……いや何でもない』

 

「えっ?」

 

『……今は気にするな。まずは次に備えて準備をしろ。……どうやら隠し部屋の中の4名が歩いて来ている。他の出口は俺の方で塞いで逃げられないようにしてあるから誰かが逃げても後で追える。安心して戦え』

 

「…ありがとうございます…中位硬化(ミドルハードニング)

 

 

 

突然頭に響いた、憧れの人の声が、ニニャをまた冷静側に繋ぎとめた。

そして、パルメーラが見ているという思いが、そこから先のニニャを少しだけ慎重さを取り戻させる。

 

 

「ふぅ……無様なところなんて見せられないな…パルメーラさんにも……姉さんにも」

 

 

 

離れたところで、静かに扉が開いたような音がした。

 

それに続くわずかな衣擦れの音。

 

パルメーラの言う通り、何者かが近づいてきた。

 

 

 

「ひぃ!なによぉ、コレ!!」

 

「なっ!……コッコドールさん、あんたは下がってくれよ。おそらく侵入者だ」

 

「わっ、わかったわ!」

 

 

倉庫部屋から姿を現わした姿は3人。

会話の内容から、奴隷部門長のコッコドールは奥の部屋に引き返したのだろう。

 

 

「侵入者だな、ここがどこだかわかって入ってるって訳だね?」

 

 

マルムヴィストのその言葉に、侵入者の若い男がにっこり笑ったことに、3名は違和感を覚えたが、とっさにそれに対応できたのは“六腕”のマルムヴィストだけだった。

 

 

雷撃散弾(ライトニング・ストライクショット)

 

 

笑顔の男が魔法を唱えた次の瞬間、3名に微細な雷の散弾が撒き散らされた。

 

マルムヴィストだけは素早く部屋の奥に退避し、乱雑に置かれていたテーブルに身を隠したうえで、さらに着込んでいた魔法減衰効果のある刺繍のベストのおかげで何とかそれを防いだ。

 

だが、対処できなかった下っ端の2名は、全身を細かな雷で貫かれ、体中から血を流しながら電撃の作り出す熱で焼かれ、煙を上げて絶命した。

 

 

「八本指に堂々と喧嘩を売って来るなんて、やるねぇ魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

「…あなたが六腕の人か」

 

「そうさ、俺が六腕の一人、“千殺”のマルムヴィスト。言っておくが、俺のベストは魔法をはじく素材を織り込んで作ってある。同じような手は効かないよ」

 

 

 

そう言いながらもマルムヴィストは、本心では冷や汗が出ていた。

先ほどの魔法、名前も効果も聞いた事が無い。

 

軽い印象を与える喋り口だが、その本質は勤勉で、魔法のことについてもある程度知識を持っている。

だが先ほどの魔法、“不死王”にも聞いた事が無いし、少なくとも今まで出会った敵が放つのを見たことも無い。

 

若い印象のその男は、その外見と違い、その瞳は座っていて、冷酷な深みを持っている。

 

壁一面の血、臓物、床に転がる死体。

一方で汚れ一つない漆黒のローブを纏い、油断なく杖を構える姿。

 

それらの様子からも、この男が冷徹で容赦がなく、実力も折り紙つきであろう言事が伺えた。

 

 

この作戦にあたって、ニニャは冒険者の証であるプレートを外して踏み込んでいる。

 

八本指には情報が行ってしまっているであろう、“アダマンタイト級冒険者チーム”という事を少しでも隠蔽するとともに、この娼館への襲撃は、冒険者としての作戦ではなく自分の復讐のためのものであるという意味合いが大きいと考えていたから。

 

だからマルムヴィストは、この侵入してきた魔法詠唱者(マジックキャスター)の実力から、その者が例の『漆黒の剣』の1人かもしれないと疑ったが、一方で聞いていた話とはずいぶんと違う雰囲気から、侵入者の正体が分からないまま戦闘を開始することとなった。

 

とはいえ、まったく未知の魔法をも行使する高位の魔法詠唱者(マジックキャスター)であることは間違いない。

自身のレイピア〈薔薇の棘〉を油断なく構えながら、一旦は交渉にて油断を誘う。

 

 

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)…ものは相談だけど、あんた、八本指、いや六腕に入る気は無いか?あんたの実力なら、そのまま六腕に迎え入れることも可能だと思うから、俺から部門長に推薦するぜ」

 

「僕が八本指に…?舐めてるのか?」

 

 

 

急に怒気を孕んだ言葉に、マルムヴィストは少し焦る。

良く考えれば、誰もが八本指の経営と知るこの違法娼館にこれだけ堂々と襲撃を仕掛けてきたクレイジーな者だ。

余程の理由——恐らくは恨みか何かがあるに違いない。

この点を考慮した交渉が必要だと、マルムヴィストは考え直した。

 

 

 

「いや…舐めてはいない、落ち着けきな。たった1人でここに襲撃してくるくらいだ。何か理由があるんだろう?あんたが六腕に入るって言うんなら、俺らの、八本指の中に敵対する者でも居るのなら、それを排除することも厭わないさ…六腕を束ねるゼロという者なら、それが可能だよ」

 

「へぇ……そういう交渉もできるのか」

 

 

 

纏う殺気は変わらないが、魔法詠唱者(マジックキャスター)の言葉に少しだけ変化があった。

マルムヴィストは、これは何らかの突破口になるかもしれないと感じ、言葉を続ける。

 

 

 

「ああ、そうだ。俺たち六腕は、それをできるだけの力がある…排除したい奴の具体的な名前が分かっているなら教えてくれよ」

 

「ハハハ……じゃあさ、全部排除させてよ」

 

「…は?」

 

「八本指の全部だよ。目障りだからさ、お前も含めた八本指の根絶やしが出来るならいいよ。あ、それだと“六腕”ってやつになる意味ないな。なった瞬間、解散決定だもんね」

 

「貴様………交渉は決裂ってことかい」

 

 

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)が少しだけ笑った気がした。

しかしその笑いは、冷酷な目線そのままに、口元だけを歪ませたような不気味な笑い。

 

そして魔法詠唱者(マジックキャスター)は構えていた杖を降ろしながら「ああ、お前らみたいなゴミと交渉なんてする気は無いよ」と言う。

 

マルムヴィストはその瞬間を見落とさず、自身が出来る最高速度で、構えたレイピアを魔法詠唱者(マジックキャスター)に向かって突き出した。

 

 

「武技・〈能力向上〉、〈能力超向上〉、〈流水加速〉ッ!!油断したな、喰らえ!!」

 

上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 

だが杖を降ろす動作は、わざと作られた隙であった。

レイピア使いと言う事前情報から、その攻撃を予測していたニニャは、当然のようにマルムヴィストが今までいた場所まで瞬時に移動する。

 

マルムヴィストはその攻撃の特性上、飛び出した直後に反転して戻ることは出来ない。

いや、そもそも、失敗のない、第7位階の転移など想定できていなかった。

 

空を切った〈薔薇の棘〉。

 

ヤバい、と感じた瞬間、背後から更なる詠唱が聞こえた。

 

 

連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 

 

マルムヴィストはその魔法を知らない。

だが最後に聞こえた“ライトニング”という魔法は知っている。

直線に進む雷。

その雷を避けさえすれば、次の一撃を出される前に、反転してこの〈薔薇の棘〉を突き立てられる。

 

わずかでも傷を付けられれば、このレイピアの特性上、毒を付与して一気に逆転できる。

 

技量としては確かにアダマンタイト級であった彼は、その自身の判断を信じ、飛び出した右足が床に着いた瞬間〈流水加速〉をかけた肉体を全力でひねって体を右に避けた。

 

その判断は、おそらく正しかった。

彼が出来る、最大限の抵抗としては。

 

だが、振り返った彼が見たものは、避けたはずの龍雷が角度を変え右側から迫りくる様子。

さらには、もう1つの別の龍雷が直線的に自身に襲い来る様子。

 

 

「がああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

超高温の2本の龍雷がマルムヴィストに絡みつき、その肉体を燃やし、焦がし、絶命させた。

 

黒焦げとなった死体が煙を上げて崩れ落ちたのを確認し、ニニャは一つため息をつく。

 

 

「はぁ……結構、疲れたな…」

 

 

黒焦げ死体の下の床は、先ほどの雷で焼かれ、わずかな炎と煙を上げている。

 

 

「まずい…さすがに火が着いちゃったか…消した方がいいな」

 

 

そう呟いた直後、頭の中に声が響いた。

 

 

 

『ニニャ、見事だったな。火は俺が何とかしておくから、先に進んで構わない。あとは強い奴はいないと思うが…大分魔法力を使って疲れているように見えるから気を抜くなよ』

 

「パルメーラさん……はい、ありがとうございます」

 

 

ニニャは気を取り直して先に進む。

 

隠し扉の先の部屋。

 

そこにはこの娼館の、いや、八本指の忌まわしい“奴隷売買部門”の長。

 

アンペティフ・コッコドールが隠れている場所。

 

本来その部屋には、さらに隠し通路が存在し、そこを通ればこの建物から脱出できたはずだったが、その通路には何故か悪魔の形をした石像が大量に詰まっていて使用できず、コッコドールは戻ることも進むことも出来ずに、部屋の中でウロウロしていた。

 

まさか“六腕”がやられるはずがない。

 

そう思っていた矢先、男の悲鳴が聞こえた。

 

「ヒィ!!」

 

 

コッコドールが情けない悲鳴を上げた少し後、隠し扉がゆっくりと開く。

 

そこから現れたのは、頼みの綱の優男、マルムヴィストではない。

 

漆黒のフードを被った、やや小柄な男。

 

 

「ヒッ!!」

 

「奴隷売買部門長、コッコドールと、言ったか?」

 

 

フードから覗く射殺す様な視線は、戦闘力のないコッコドールでも感じることのできる強い殺気を放ち、少し高く一見すると少年のような幼さを感じるその声であっても、恐怖の対象と感じるには充分であった。

 

 

「マルムヴィストをた、倒したのね?!あ、あなた、目的は何なの?!こっこの娼館にはたいしてお金もないし、襲撃する価値なんてないわよ?!それだけ強いなら、いっそ私たち八本指に入るのはどう?あなたなら六腕、いや、空席になってる部門長にだってなれるわ!!」

 

「奴隷売買部門長、コッコドールかと、聞いたんだ」

 

 

その者はコッコドールの言葉には一切応えず、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

「ヒッ!!そうよ!アタシがコッコドールよ!そうだ、私の個人資産からお金を払うわ、だからアタシのことは見逃し………」

 

 

そこまでコッコドールが言うと、フードの男は笑いだした。

 

 

 

「あはははははっははははっはっはっ……いや、襲撃した価値は、あったよ。お前に、会えた」

 

「ひっ…なに?!アタシはアンタなんて知らないわよ!」

 

「……どれだけの数の善良なものを、陥れ、奴隷にし、売りさばき、惨たらしく殺してきた?」

 

「わっ…分かったわ、誰かの復讐なのね?!わっ悪かったとは思うわ、でもアタシだって生きるためにしてきたことなのよ!それにッ!!!」

 

「五月蠅い、黙れ、麻痺(パラライズ)!」

 

 

部屋に響いていた不快な声が止まり、コッコドールは麻痺してマトモに喋ることが出来ないため涎を垂らしながら「あ…ああ……」と音を漏らしながら床に倒れ込んだ。

 

 

「お前が、八本指が、消えれば、これから先どれだけの善良な人間が幸せになれるか分からないのか。これまで不幸にしてきた人間の分は、これからお前の命が終わるまでの短い時間、懺悔し続けろ。そして地獄に堕ちた後、続きの懺悔を永遠に続けろ」

 

 

ニニャは速やかに魔法の矢(マジック・アロー)を4度唱え、コッコドールの両手首から先、両足首から先を消し炭にした。

 

打ち込まれるたびに、コッコドールは苦痛から目を見開き、涙と涎が零れている。

 

 

「お前の護衛のマルムヴィストが遺していったものだ。魔法探知をしたところ傷が深くなる魔法がかかっていて、おそらく毒も塗ってあるんだろうな。ゆっくりと味わえ!!」

 

 

そう言うとニニャは、〈薔薇の棘〉を両手で持ち、コッコドールの股間に突き立てた。

 

 

「ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 

コッコドールの目は飛び出さんばかりに見開かれ、口からは泡を吹き、体ががくがくと震えている。

 

ちぎられた両手首足首からの出血では死に至るのは難しかったが、股間を潰した〈薔薇の棘〉はコッコドールの身体に毒を打ち込み、傷がゆっくりと開きながら時間をかけて命を奪っていくのだった。

 

コッコドールの身体が、毒によって赤くなり、紫になり、そして青くなり、白くなった頃合いを見計らって、ニニャはゆっくりと倉庫まで戻り、地下に続く方の隠し通路下っていった。

 

 

残るは見張りと客。

 

すでにパルメーラに侵入されたこのエリアに居る者達はもはや危険性はない。

 

妙にニコニコしている見張りの4名に、客がいる部屋を聞き出すと、用済みのその4人の頭に杖を何度か叩き込んだ。

頭の形が変わり、痙攣して、そして動かなくなったことを確認すると、今度は客の処理だ。

 

客たちは皆、見るに堪えない。

 

殆どが全裸で、虚空に腰を振っていたり、ベッドを殴っていたりして、余りの不快感にニニャは再び怒りが沸き上がる。

だが我慢してニニャは、端から客に問いかける。

 

「ツアレニーニャと言う娼婦を知っているか?」

 

答えは様々。

 

「知っていて、買ったことがある」

 

「知っているが、趣味じゃないから買った事が無い」

 

「あの娘はスタッファンのお気に入りだから買っていない」

 

など。

 

答えを得て、腹に魔法の矢(マジック・アロー)を打ち込む。

腹から臓物が溢れるが、すぐには死なない。

幻覚の中で腰を振って動いている者達は、強さなど殆ど持たない下っ端の貴族共。やがてショック死か出血死するだろう。

 

そして最後の部屋。

 

“スタッファン”と名乗ったその豚は、ニニャの問いにこう答えた。

 

 

「アレはいい娘だった。何度も殴って犯してやった。殺してしまったから高い金を払うことになったが、またアレと同じような娘がいれば紹介してくれ」

 

 

「……お前か………お前が、姉さんを……」

 

 

 

その瞬間、スタッファンは我に返った。

両手に鈍い痛みが走る。

娼婦だと思って殴っていたのは、ベッドの上に乗せられた椅子だったようだ。

特に鍛えているわけでもないスタッファンの拳は固い木材を殴ったことで僅かに血が滲んでいる。

 

 

「なっ…何だこれは?女はどこに行った…?」

 

 

そう言って部屋の中をキョロキョロと見まわすと、背後に見知らぬ者が居た。

黒いフード付きのローブに覆われた、やや小柄な者。

店の者だろうか。

スタッファンは、そう思い、その者に声を掛ける。

 

 

「おい、従業員。女はどこだ?高い金を払っているんだからちゃんと準備してくれないと困るぞ」

 

「……」

 

 

ローブの者は何も言わない。

心なしか、その者の身体が震えているように見えたが、スタッファンは構わず、己の獣欲を吐き出すための要求を口にする。

 

 

「おい、聞いているのか?早くしてくれ!前の女を殺したときの興奮が冷めやらぬのだ。今日は殺すまではいかないよう自制するが、意識がなくなるまでは殴りたいのだ。ちゃんと反応がある女にしてくれよ」

 

「……ふぅー……」

 

 

ローブの者は、一つ大きく息を吐くと、ゆっくりとスタッファンに近付いてくる。

 

「な、なんだ、お前、早くし…ふぐぅっ!!」

 

 

ローブの者の拳がスタッファンの顔にめり込んだ。

スタッファンは歯が折れ、口から血を吐き出しながら、ベッドに倒れ込む。

 

 

「な…な……こ、これはどういうことだ?!」

 

「汚いものを見せるなよ…ゴミ野郎が!!魔法の矢(マジック・アロー)!!」

 

 

放たれた7本の矢が、スタッファンの股間に命中し、ぶら下がっている汚いものを消し炭に変えた。

 

 

「ぎぃあああああ!!!!」

 

「五月蠅い!」

 

 

ボグッ!!!

 

 

拳がのたうち回るスタッファンの腹に命中し、スタッファンは痛みの余り、ベッドの上に吐しゃ物を撒き散らす。

 

 

「ゴミは外見も中身も汚いんだな」

 

「グゲェエエエ……ヒィィィ…!誰かぁ!従業員!従業員!誰か助けてくれ!!」

 

「従業員?この建物の中の従業員は、血と臓物を撒き散らし、お前より先に地獄に行ったぞ。六腕とやらも、コッコドールも、お前以外の客も、全員だ。あとは貴様だけだ!」

 

「ヒッ!!何故?!お前は?ゲェェェ……誰だ?!何故このようなことを?!」

 

「今まで何人の娼婦を殺した?何回娼婦を殴った?」

 

「ヒッ!!」

 

「答えろォ!!」

 

 

ボグッ!!

 

 

「グゲッ!!ヒィィ!!わ…分かりません!!分かりませんが、殺してしまったのは精々4~5人と言ったところです!!どうかっ!!」

 

 

バキッ!!

 

 

「ブバァァァ!!!」

 

 

蹴りがスタッファンの顔に命中した。

 

 

「何が“精々4~5人”だ……1人であっても……貴様の醜い欲望のために、殺されていい訳がないだろうが………麻痺(パラライズ)

 

 

スタッファンは身体が痺れて動かなくなり、自身の垂れ流した汚液にまみれたシーツの上で、目を見開きながら固まっている。

 

 

 

「お前が殴って、殺した女たちが味わった苦痛の、万分の一にも足りないが、せめてもの弔いと慰めに、僕が出来るだけ長くお前を苦しめて殺してやる」

 

 

そう言って、ニニャは懐から何の変哲もない、漆黒の短剣を取り出した。

それは、ニニャが復讐のために名を変え、初めて会った仲間たちと共に作ったチームの証。

伝説の剣を見つけて、そしてそれが可能なくらい強くなった日には、必ず姉を見つけて、貴族に復讐してから救い出すと決めていたもの。

 

ニニャは、ゴールを見失った。

あれほど会いたかった、救い出したかった姉は、貴族に攫われた後、奴隷として売られ、女として、人間としての尊厳を奪われつくされ、ついには目の前の醜い豚によって殺されて、無残としか言いようがない躯となってから、やっと見つけることが出来た。

 

目的を遂げられないまま、その役目を果たせなかった、仲間とお揃いで作ったその漆黒の短剣を、スタッファンの身体に何度も突き刺す。

 

一刺しごとに、呪いの言葉を吐きながら。

 

すぐには死なないように、手や足の先端から、何回も。

 

何時しかスタッファンの身体は穴だらけとなり、何度も痙攣して、やがてその体温も失われていったが、それでもニニャは、何度も何度も、剣を突き立てた。

 

吐き出していた呪いの言葉は、何時しか『姉さん』という言葉に変わっていて、目から止めどなく涙が溢れていた。

 

 

剣を持つ手も疲れ、もう立っていられないくらいになった時、誰かに優しく肩を抱かれた。

 

 

 

「……ニニャ、終わったようだな」

 

「………はい」

 

「疲れただろう…あとのことは俺がやっておく」

 

「……パルメーラさん」

 

「なんだ」

 

「もうこれで……姉さんみたいなことになる人は、いなくなりますよね?」

 

「ああ…正確には八本指を根絶やしにしたらな。だが、この国の奴隷部門は、お前が、ちゃんと滅ぼした。あとは雑魚共だけだ」

 

「よかった…です」

 

「ニニャ……大丈夫か?」

 

「………復讐をしたところで、姉さんが今すぐ生き返るわけじゃない事ぐらい分かっています…だからこれは、僕の自己満足でしかないんだと思うんです。でも、僕がちゃんと復讐をして、ちゃんとこいつらを殺しきることで、これから先、姉さんみたいに不幸になる人が1人でも減るんなら、それはきっと意味がある事だと思うんです…僕はちゃんと“悪”に成れてましたか?」

 

「ああ、そうだな。お前はちゃんと“悪”として、倒さなけりゃならん奴らを倒したと思う」

 

「ふふ……良かった」

 

 

そう言ったところで、ニニャは疲労と、さらには緊張の糸が切れたことなどから倒れそうになった。

 

パルメーラはそれに気づき、速やかにニニャを抱きとめた。

 

意図せずその恰好はお姫様抱っこ状態となった。

 

凄惨に血と臓物を撒き散らした死体が折り重なるように存在する、伏魔殿(パンデモニウム)のような建物の地下で、ニニャはこれまでに感じた事が無いくらいの安心感を覚えた。

 

それは、心に誓った復讐をやり遂げた事、また思い人に抱きかかえられている安心感、そういったものが入り交じった感情から来るものだったのかもしれない。

 

 

「ニニャ、これから一旦宿に戻るぞ。宿では念のため『漆黒の剣』の皆が待機している。皆で話したんだが、ここから先の作戦は他のメンバーたちだけでも遂行できるから、場合によってはお前は一度エ・ランテルに戻って休んでて大丈夫だ」

 

「ふふ…僕は本当に幸せ者ですね…信頼できる仲間に恵まれて…それに姉さんが生き返る可能性だってある…ねえ、パルメーラさん」

 

「ん、どうした?」

 

「聞いて…欲しいんです。僕は……姉さんを見つけるために、僕が何者かバレない様に、偽名を使って冒険者になったんです。でも、姉さんを、一旦は見つけて、これから先は偽名を使う必要もなくなるかもしれない。まだ、仲間には言えないけど、パルメーラさんにだけは、僕の本当の名前を知っておいて欲しいんです」

 

「偽名…そうか」

 

「僕の本当の名前は……セリーシアっていいます」

 

「セリーシア…そうか。ニニャってのは姉の名からとった偽名だったんだな」

 

「はい」

 

「お前が…俺だけじゃなく、全ての仲間の前でその名前を名乗れるように、俺と皆が、八本指と、この国の貴族共の始末をつける」

 

「…はい」

 

 

 

セリーシアは、パルメーラの胸に顔を埋め、眠りに落ちた。

 

 

「“セリーシア”か……俺には女みたいに聞こえるな。やはりこの国の名は分かりづらいものが多いな」

 

 

そう呟くと、パルメーラは転移で速やかに宿に戻っていくのだった。

 

 

 

 

心の中の金色バードマンが、なぜか大声で叫んでいる。

 

 

『バカじゃねえのおおおおおおおお?!!!!!!』

 

『は?何言ってんだ?』

 

『ウルベルトさぁぁぁぁぁんん!!ふざけてるよねぇ?!ねぇ?!』

 

『はぁ?この流れのどこにふざける要素があったんだよ?』

 

『もうダメだこの山羊!姉ちゃん!何とか言ってやってYO!!』

 

『…ウルベルト・アレイン・オードル。お前には失望したぞ』

 

『えっ?!何で茶釜さんまで出てきて、何言ってんだ??』

 

 




不安定なニニャの様子は『漆黒の剣』の全員が心配していて、そのお守りをパルメーラが請け負った形です。

今回の心のペロロンはここで登場でした。

重苦しいシリアスな話を強制的に戻してくれる魔法の存在です。
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