オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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6章最終話です。
ここまで読んでいただいている方に本当に感謝です。

リアルが忙しくて、誤字修正対応できていない事、申し訳ありません。
暫くは引き続き、投稿優先で進ませていただきます。

この章は最後の部分がちょっと尻切れ感ありますが、6章の後に御方々がどう行動しているかは、7章の後半に説明が入ります。

長くなってしまいましたが、引き続きよろしくお願いいたします。


第6章 第29話 -3つ目のピース-

 

 

 

漆黒の残像が巨大な竜の周囲を奔り回る。

 

数瞬おきに、凄まじい数の剣線の嵐が舞う。

 

王都のいかなる場所からも、その光景が見て取れた。

 

竜王が何かを言う前に、巨大スクリーンの中のパルメーラの映像が、王都中に響き渡る声で叫ぶ。

 

 

「この巨大な竜は、人に害をなす天使を召喚した張本人だ!!天使はこの街だけではなく、この国の多くの街に召喚されている!!もしそれらが人を傷つけた場合、犯人はこの竜だ!!俺はそうならないように、街中に悪魔を召喚している!!悪魔は味方だ!!そしてこの竜は敵だ!!皆、俺がこいつを倒すまで、自分の身を守るんだ!!」

 

 

王都の者達から声が上がる。

 

 

「悪魔…そうだ、悪魔が、天使から俺の店を守ってくれた!」

 

「そうだ、俺の娘のことも守ってくれた!!」

 

「天使は敵だ!さっき天使が人間を剣で殺しているのを見たぞ!」

 

「まて、あれは……新しく生まれたアダマンタイト級冒険者の誰かじゃないか?!」

 

「そうだ、アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒の剣』の、確かパルメーラっていう剣士だ!」

 

「私も見たわ!ミステリアスなイケメンだったわ!!」

 

「そうよ、確か『悪の末裔にして地上に光を照らせしパルメーラ様』よ!」

 

「人類の英雄だ!」

 

 

 

王都中の民が声を上げる。

 

その様子を王城のバルコニーから見ていたとある黄金の姫が呟く。

 

「悪魔のような御顔と、あのような英雄のような御顔…どちらが貴方様の本性なのでしょう…ふふふ…」

 

 

 

 

「邪悪な悪魔…このような事…許される事ではない…グッ」

 

膨大なHPであっても、何度も【幾億の刃】によって受けた攻撃は、着実にダメージとなって折り重なっていく。

 

だが、脅しの手段はもはやこの悪魔には通じない。

 

なにか吹っ切れた表情の悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)は、ただ楽しそうに、その漆黒の長剣を振るう。

その速度は竜王といえども全てを躱せるものではないし、時折受ける、恐らくは数千万回以上の連続攻撃は、明らかにこの世界の法則を無視した形で、自身にダメージを与える。

 

それが何だか正確には分からないが、ユグドラシルに由来する何らかの力だろう。

 

神聖系の能力が高い聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)は、常にHPが回復し続ける特性を持っていたが、その剣線の連続攻撃は、明らかにその回復速度を越えている。

 

 

『…【物理耐聖】』

 

聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)は密かに始原の魔法(ワイルド・マジック)を発動した。

これにより、魔法に対する防御が少々落ちる代わりに、物理に対する防御がかなり上がる。

 

竜王は少しだけ安堵し、しかしその安堵が悪魔に読み取られぬ様、表情は変えない。

 

 

 

 

 

「タブラさーん、レイドボス戦だし援護射撃しよーぜ!指輪の戦乙女たち(ニーベルング・Ⅰ)で天使呼びまくって大混乱させてやってもいい?」

 

「いや、絶対にダメですからね?!普通に考えてこの街の方々は天使を敵だと見做していると思いますし、それに、それ発動するためにあなたも本性になる必要ありますよね?後で説明が超絶面倒になるので絶対やめてください!それとルベドも街の人には見えないくらいの速さで動かして、終わったら即擬態ですよ!」

 

「まーじかー。でもウルベルトさん、大丈夫かな?」

 

「これは彼の因縁でしょうし、私たちの最大火力を信じてギリギリまでサポートに徹しましょうよ。それと、先ほどから生命の精髄(ライフ・エッセンス)であの竜を見ていたのですが、良いことを思いつきました。まずはちょっとだけ援護しましょう。あとで指示しますので貴方はルベドをいいタイミングでぶつけてください。こちらはまずウルベルトさんに伝言(メッセージ)を繋いで……」

 

 

 

 

 

悪魔からの剣撃によるHPの減りが僅かに緩やかになり、聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)は、次の作戦を考えていたところで自身の頭の中に何者かの言葉が響いた。

 

 

 

聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)と言いましたか』

 

『な…これは…貴様は誰だ?』

 

『ふふ、伝言(メッセージ)は有効な様ですね。私はパラケル。貴方が戦っている悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)の仲間です。お判りでしょうが、既にこの街の人間には貴方の正体も、他の街のことも伝えました。貴方の狙いは失敗です。既に彼のこれまでの行いで、この街の人間は悪魔を味方だと確信しているようですし、貴方が聖なる存在などと信じる者は居ないでしょう。他の街も天使を動かせば、それはあなたによる行為だという事を誤魔化すことは出来ませんよ』

 

『何者だ…貴様たちは何者だ…』

 

『ちなみにいいことを教えてあげましょう。“常闇”は殺しました。それはそれは惨めな最期でしたよ…聖天、貴方の負けです。貴方は私の仲間の剣撃の奥義で死にます』

 

『な…常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)が…?!待て、貴様…』

 

 

そこまで言ったところで、自身の顔に強烈な一撃が叩き込まれた。

パラケルとかいう者からの伝言(メッセージ)に気を取られていたことも相まって、頭がぐらついた。

 

視覚が戻ると、目の前に居たのはチリチリと音を立てて燃え盛るような赤き幼女の天使。

その幼女は剣を腰に納め、右手を握っている。

 

今の一撃は、拳で殴られたという事か…

 

 

「ゆだんしてたね、ばかどらごん」

 

 

舌を出してそう宣った直後、幼女は今度は足蹴で頭を小突いてきた。

そして笑いながら飛び去る。

 

瞬間、聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)は頭に血が上ってしまった。

 

 

 

「ふっ…ふざけるなよ!!会長たるこの私を馬鹿にするなど!!歯車が!!調子に乗るなよ!!」

 

 

 

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!

 

「ぐうぅ!」

 

飛び去った幼女を追おうとした瞬間、背中に連続の剣線が奔った。

 

 

 

聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)とやら…どうやら化けの皮が剥がれたなぁ…“会長”か。その話、ゆっくり聞きたいところだが、その前に確認しておきたいことがある」

 

そう言うとその悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)は竜王の眼前で停止した。

竜王は驚いたが、その請願は願っても居ない事。

聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)は、密かにほくそ笑み、カウンターのための新たな始原の魔法(ワイルド・マジック)の準備を始める。

 

 

 

「……邪悪な悪魔よ。言葉を許そう」

 

「フン…偉そうな奴め。“聖天(ヘブンリー)”などと嘯く貴様は俺のことを邪悪だなんだと罵っているが、お前は“悪”というものが何だか分かっているのか?」

 

「……悪とは、聖なるもの、善なるものに反する不道徳、不正の象徴。根絶すべき存在よ。悪は必ず正義に打ち負かされるのがこの世界の常であろう」

 

「ふっ……違うな。偽善者」

 

「…何?」

 

「俺が目指した“悪”は、正義が死んだ場所で産まれた」

 

 

 

パルメーラの言葉を、この旅の果てに見た悪というものの答えを、仲間たちが聞いている。

 

屈強な重戦士は、若き日に少しだけ見た青い正義感と、この国で嫌というほど見て、慣れてしまった悪徳への想いを重ねた。

 

仮面の吸血姫は、幼き日に自身と、自身にとって全てだったものたちが晒された、理不尽な悪意について思い出した。

 

成長した術師は、幼き日から浴びせられた悪意と、自分の旅の始まりと、そしてそれを討つために悪となった自分のことを考えた。

 

正義と英雄に憧れ、悪と伝説に魅了され、今も息を荒くしながら、必死に鼻血を抑えている神官戦士は、もう限界が近かった。

 

パルメーラの言葉が始まると同時に、先ほど突然現れたパルメーラの仲間と思しき者達のうち、男と少年がいつの間にか姿を隠していた。

 

 

 

「俺の故郷では正義は完全に死んだ。始めに居た邪悪の者共は、自身を善と偽り、本来の善の心を持つ僅かな者もその偽善者に従うしかなく、世界から正義は完全に死んだ。そして産まれたのが“悪”だ。正義が死んだ後に産まれた悪は、何のためにあると思う、偽善者よ」

 

「……悪は、悪でしかないだろう」

 

「答えたくないか、あるいは認めたくないか…?いいだろう、教えてやろう。お前が言う不道徳、不正、そういったものは本来は正義が排除する。だがな、その正義が死んだ場合、正義に変わってそれらを排除する存在、それが悪だ。正義も悪も、手段に過ぎない。不道徳、不正、偽善、つまり貴様のような害悪を排除するために俺がいる。なあ、会長さんよ」

 

「…会長……?私は……?いや、だが、悪など……悪魔など、人間の世界に受け入れられるものではない。貴様こそ排除され、排斥され、この世界から消えるべき存在であろう」

 

「分かっているさ…悪は手段を選ばん。だから、椅子にふんぞり返った為政者や、法律さえ盾にする犯罪者や、お前みたいな偽善者の天敵になれる。だが、その代償はお前の言う通りだろう。俺はこの国の王に約束した。俺はこの国を…俺たちの故郷とは違ってまだギリギリ元に戻せるこの国を、無理やりでもマトモな形に戻すために、情けを捨てて、非情に、絶対的に罪人に罰を与える劇薬になると。その行いそのものも、おそらくは罪だ。その罰は、その後の者達が決めるだろう。だが、その時には莫迦な為政者はいない。愚かな犯罪者も居ない。そしてお前のような偽善者も居ない。その先のことは、残された者が考えればいい。だがまたそのような存在が生まれれば、まずは“正義”が、そして手に負えなければ“悪”が、必ず産まれ、そういった存在を滅ぼす」

 

「……悪魔よ。私は偽善などではない。お前こそが、ただの邪悪な存在だろう」

 

「それが事実かどうかなんざ、この戦いの結果と、その後に残された者達が決める事だろ。俺は覚悟を決めた。お前も覚悟を決める時間だ……竜王。俺は偽善のお前に、タメに貯めた、俺の悪として最高の剣技を叩き込む!!」

 

 

 

そう言うと、悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)は再び竜王の周囲を飛び回りながら、何度も剣撃を当ててくる。

 

そして飛び回りながら、言葉を紡ぎ始める。

 

 

 

 

———我は求め、顕現させる。至高の威厳たる力。ウルベルト・アレイン・オードルよ。

 

———ベララネンシス。バルダキネンシス。パウマキア。アポロギア・セデス。

 

———最も強きプリンスども。ジェニ。リアキダイ。地獄の大臣ども。

 

———第九の軍勢たるアポロギアに坐す第一王子。

 

 

 

 

目には追えない。

だが、パルメーラが竜王の周りを飛び回りながら、何度もあの連続攻撃を繰り出している。

 

そして、紡がれる言葉が響く。

それは未知なる詠唱。

 

最も近くでそれを見ていた4名の者達は予感した。

これこそが、天上の如き実力を持つパルメーラという剣士の、真の実力、真の一撃となると。

 

 

 

 

———我に従え、全能なる存在。創られし者、語られた言葉、全て従え。

 

———我は似姿。最も強き神の代弁者。

 

———アドナイ。エル。エロヒム。エロイヒ。エヒエ・アシェル・エヒエ。

 

———ザバオート、エリオン、イア、テトラグラマトン、シャダイ。

 

———崇高なる者どもの名のもとに、直ちに現わせ。

 

 

 

 

この辺りで1名が脱落した。

その神官戦士は、熱に浮かされたように倒れ込んだ。

彼女はぼうっとしがら浅い呼吸を繰り返し、それでもパルメーラの行く末を見守る。

傍に居た屈強な重戦士がそれを支え呟く。

 

「…とんでもねぇな…」

 

 

仮面の吸血姫の少女は、呆然とその様子を見ていた。

カッツェ平野で見たあの光、嘗てリーダーが齎した力の奔流。

そのどれよりも強い力が行使される、そんな予感と共に、突如現れたかの者の仲間と思しき者——おそらくその者達はパルメーラと、そしてリーダーと同郷の者。

 

遥か昔より見続けた夢、諦めたはずの夢。

共に永遠の時間を歩いてくれる者が居るかもしれないという希望。

全ては、パルメーラの勝利により齎されるかもしれない。

 

だから少女は静かに手を合わせたのだ。

 

この国と世界の安寧と、自身の灰色の永遠の終わりのために。

 

 

 

 

———名状し難き者ども。

 

———四元素を掻き回せ。大気を揺り動かせ。海を引き戻せ。炎を鎮めよ。大地を震わせよ。

 

———天界、地上界、冥界。全ての軍勢に、恐怖、脅威、苦痛、混乱を呼びよせよ。

 

———その名は、テトラグラマトン・イェホヴァ。

 

 

 

 

タブラは、透明化し準備を整えながら、この局面で特に必要のない詠唱、それも由緒正しきゲーティアの悪魔召喚呪文をベースにぶっ込んできたウルベルトの精神性に素直に感心した。

 

同時に呼び出す悪魔の名に“ウルベルト”を冠していたことから、先ほど伝えた趣旨は理解してもらえたなと安堵した。

 

また、彼がパルメーラという名でここまで冒険してきた仲間と思われる4人の者のうち、マジックキャスターと思われる青年の装備が、恐らくはウルベルトのお古の装備であると気づき、彼がここまで孤独ではなかったことに少し笑顔がこぼれた。

 

ニグレドに確認させたところ、その青年は実は男装している女性だと分かり、これが終わったらウルベルトとギャップ萌えについてしっかり話さなければならないなと決意する。

 

 

件の男装少女は、憧れの存在の勝利を祈る。

同時に、その姿が目で追えない弱い自分を悔しく思う。

 

…セリーシアという名は伝えた。

 

セリーシア・ベイロンがあの人の横に立つために、僕は、もっと強くならなければならない。

 

 

 

 

———今こそ来たれ、ウルベルト・アレイン・オードル。

 

———世界のあらゆる場所より来たれ、我が求める正しき姿。

 

———穏やかに、明らかに、愛を持ち、遅滞なく、我の望むままに。

 

———我が命を果たし、我が命に従い、我が望みのままの姿を以て、我が声に応えよ。

 

———実存と真の神名たるヘリオレンの名の下に。

 

 

 

 

「……聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)よ」

 

永き詠唱の果て、パルメーラの身体からは名状し難き強力な力が立ち込め、その黒き刀身からは黒い靄が上がっている。

 

竜王を含む全ての者が、その姿を確認できたのは、彼がそれまでの連続する剣線の攻撃の手を止め、再び竜王の眼前に停止したからである。

 

誰もが思った。

詠唱は成った、と。

 

だがパルメーラは、真にその瞬間に竜王に語りかけたのだ。

 

 

「準備は整った。これから放つ剣撃が、俺の最高の一撃だ。覚悟するが良い!!」

 

 

パルメーラが、エネルギーの膨れ上がった漆黒の長剣を大上段に構えた。

 

瞬間、竜は内心笑いながら、物理攻撃を使用者に反射する始原の魔法(ワイルド・マジック)【物理反天】を発動した。

 

 

 

『今です!』

 

タブラの伝言(メッセージ)に合わせて、透明化にて姿を隠し、本性の状態で魔法力を上げたタブラと、るし★ふぁーが守りの魔法を展開する。

 

『『魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)無限障壁(インフィニティウォール)!!』』

 

 

アルベドがその手に持つ真なる無(ギンヌンガガプ)を掲げ、宣言する。

 

真なる無(ギンヌンガガプ)・防御形態に変更!そして、ウルベルト・アレイン・オードル様を御守りなさい、〈イージス〉!!」

 

 

 

3つの強力な防御壁が、竜王とパルメーラの周囲に張り巡らされた。

それは、街を守るためのもの。

つまりはその場所を中心に、途轍もない力が解き放たれるという宣言。

 

 

「……かかったな」

 

悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)がニヤリと笑った。

 

その手に構えられていた、悪剣・ハジマリノ悪(オリジンオブエロヒム)がアイテムボックスに速やかに仕舞われ、その指に嵌めた指輪が光る。

 

 

 

そこに顕現せしは、真なる悪魔。

 

南方より伝わるという、良い仕立てのスーツという服に、懐中時計の付いた品の良いシルクハット。

 

漆黒のマントに闇色のオーラを背負い、山羊の頭の大悪魔。

 

大災厄の魔・ウルベルト・アレイン・オードルが顕現した。

 

 

そしてその大災厄の魔は、王都中の民が見守る中、悪魔の鋭い爪を備えた指を竜王に向け宣言する。

 

 

「審判の日、ガラスの海、四つの獣、玉座の炎、聖なる天使、神の叡智———偽善を滅ぼせ———大 災 厄(グランドカタストロフ)!!!!」

 

 

ザワザワザワと、そこ彼処からこの世ならざる者の囁きが聞こえる。

その光景を見ていた者達の背後から、建物の隙間から、あるいは自分自身から、呪詛や憎悪といったものが集まっていき、それらはやがて質量さえ持ったかのように増幅していく。

 

そしてその暴威は、純然たる破壊エネルギーとなって、聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)を中心として放たれた。

 

 

 

既にそのエリアの人間は避難が完了しており、またタブラと、るし★ふぁーが本性の状態で全力で張った防御壁と、ワールドアイテムたる真なる無(ギンヌンガガプ)の防御形態によって街は守られていた。

だが、それでもなお、その烈風と爆風は、王都の無人の建物を吹き飛ばしていく。

 

 

アルベドが張った〈イージス〉による守りと、発動の瞬間、ウルベルトの前に割り込んで、最大の防御形態をとったルベドによって、その大悪魔は2度目のフレンドリー・ファイア、というか自爆を免れた。

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!騙しッ……騙しおったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!悪魔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

ボロボロになりながらも、全てのHPを削り切られることは無かった聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)が呪詛の言葉を叫ぶ。

 

 

「邪悪な者共がァァァ!!!!【世界天軍……」

 

新たな天使を召喚しようとした竜王の大顎に、赤い強打が放たれる。

 

「……グベッ!!」

 

 

100%開放ルベドが放った一撃で、竜王は体が更なる上空へ放り出される。

 

上空に飛ばされながら聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)の竜王は考える。

 

あの悪魔は、人間たちの前で隠すことなくその本性を現し、あろうことか剣撃と偽っておそらく魔法を放ってきた。

 

その威力は凄まじく、各都市に配置していた天使軍団も制御できなくなり消えてしまっただけでなく、体力も一撃で60%ほど削られた。

 

そこまでの攻撃と相まって、残りの体力は30%を切っている。

 

さらにあの赤い天使のような子供の攻撃は、純然たる物理攻撃で、先ほどから物理攻撃に対する対策をしているにも拘らず、大ダメージを受けている。

 

信じられないことに、自身の巨体が打ち上げられたのだ。

 

いつの間にか現れた、未だ戦っていない者達までいる状態では分が悪い。

 

癪だが、ここは一度身を隠し、再び力を溜めて今度は奇襲をするべきだ。

 

このまま天に昇れるだけ昇り、そのまま彼方へ向かって飛び去れば…

 

そこまで考えた時、目の前を赤い光線が奔った。

 

そしてその赤い光は、自分の頭上でピタリと止まると、無邪気な言葉で絶望を告げる。

 

 

「とーさまのいうとおりだったね。どらごん、にげられないよ」

 

 

 

 

地上では、ここまでの戦いでMPを80%程使い切ったウルベルトが、ルベドが昇っていった上空を見上げていた。

 

「クソッ…殺しきれなかったか…ここからは皆で袋叩きに…」

 

そこまで口走ったところで、背後に現れたものが居た。

 

 

「ウルベルト・アレイン・オードル様、ペストーニャ、御身の前に、わん」

 

「ペストーニャ?!」

 

「タブラ・スマラグディナ様よりご指示を受けました。ここまで使わずに温存した、私のMPを全てウルベルト・アレイン・オードル様に譲渡いたします、あ、わん」

 

 

 

 

 

「クソッ!しつこい天使め!!」

 

「どらごん、でっかいけど、おそいね」

 

 

上空で繰り広げられている戦いにおいて、聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)は少しずつ体力を削られているだけでなく、その天使が素早く動き回って、自分が逃げられないようにその場に留めているという事実に怒りと焦りを覚えていた。

 

マズい。

 

このままでは、あの悪魔の仲間共が…。

 

 

そこまで考えた瞬間、目の前に再び顕現したのは、件の大悪魔。

 

 

「ルベド、座標転送ご苦労だった」

 

「うん!」

 

「バカな…貴様が来たところで、十分な魔法力など、」

 

 

大悪魔は竜王の言葉を遮り、自身の言葉を述べる。

 

 

「さて、竜王よ……俺は貴様に感謝すべきことと、怒りを覚えていることがある」

 

「な…にを…?」

 

「感謝すべきことは、日に2度もこれを放つ機会を与えてくれたこと。そして怒りを覚えていることは…」

 

 

「時間が無くて詠唱が出来ねぇことだよ、クソドラゴン!!〈大 災 厄(グランドカタストロフ)〉!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、リ・エスティーゼ王国は、長き国難の日々の終わりを迎えた。

 

そのうねりは、あるアダマンタイト級冒険者チームによる、犯罪者たちとの抗争から始まったと言える。

 

その小さなうねりは、やがて王都中を巻き込む大混乱に繋がっていき、ついには街の中に天使と悪魔が入り乱れる、後世に謳われる【天魔の戦い】を引き起こした。

 

この戦いで注目すべきは、悪魔こそが人を護り、災禍を招いた竜王が放つ天使と戦ったという事。

 

悪魔はさらに、街に蔓延る犯罪者や、王城に巣食う腐敗貴族までも滅ぼし尽くした。

 

伝え聞くところでは、切っ掛けとなったアダマンタイト級冒険者チームの一員は、嘗てその身に悪魔を宿した戦士であり、その戦いで悪魔の血を覚醒し、災禍の竜王を葬るために自ら悪魔となって、リ・エスティーゼの街で2度の大魔法を放ったという。

 

そして、その者こそ、こんにち大陸を繋ぐ存在となった、かの超大国の一員にして、大災厄の魔。

 

その名は——————

 

 

 

 

 

 

 

地上で一度、そして天上でもう一度、この世ならざるほどの威力を持つ大爆発があった。

 

その数分後、大爆発のあった空から、黒き衣を纏った一人の悪魔が落ちてきた。

 

本当の意味でMPが底をついた悪魔は、空からその街を、リ・エスティーゼという、自分が悪を以て救い上げた街を見下ろした。

 

 

ふん……この国はまだ間に合う。

 

あの世界の、マトモなモノ全てが死に絶えたあの場所とは違う。

 

どこかの正義オタクが、間違っていない正義を体現できる可能性が残っている。

 

それまでは、しばらくは劇薬となる悪は鳴りを潜めることになるだろう。

 

この国の者達は悪魔を目撃した。

 

街から染み出してきた俺の配下と、俺自身を。

 

『漆黒の剣』…居心地は良かった。

 

だが、さすがにこれだけやってしまったから、俺はタブラさん達と旅に出た方がいいだろうな。

 

タブラさん、るし★ふぁーさんが居たという事は、他の皆もどこかに居るという事か。

 

まずはタブラさんに、この世界の事、分かっていることを情報共有して…

 

 

 

地表に落下したウルベルト・アレイン・オードルを迎えたのは、パラケルという男、ショータローという少年、ルゥオン、ノアーという絶世の美女姉妹と、末の妹のルージェ…だけではなかった。

 

 

『漆黒の剣』、『蒼の薔薇』の全ての者が居た。

いつか見た顔、それはパルメーラが自爆魔法を放って気を失い、目が覚めた時の表情に似ていた。

だが、皆の顔は、その時よりも晴れ晴れとしている。

 

 

「パルメーラさん……ついに…ついに、ご先祖様の血を完全覚醒なさったのですね!!!」

 

目をキラキラさせ、顔を真っ赤にしながらラキュースが叫んだ。

 

 

「良かった…無事だったんですね……本当に、良かった…」

 

ニニャが抱きつき、その顔を埋めて呟く。

 

 

「パルメーラ……凄かったな。それ以上の感想が無い…なんだろう、不思議だな。リーダーと一緒に旅をしてたときみたいだ…もし良かったら、その、貴方の仲間も後で紹介してくれないだろうか」

 

イビルアイが、パラケル達の方に視線を送りながら喋る。

 

 

「パルメーラさん…終わったんだよな?」

 

ペテルが問うてきた。

 

 

少しキョトンとした顔の大災厄の魔が、ペテルに疑問を投げかけた。

 

 

「あ、いやその。あの竜王とやらは倒した。お前たちを含めた、仲間の協力のおかげだな…だが、その、なんだ。俺のこの姿、悪魔だが、大丈夫なのか?怖いとか、無いのか?」

 

 

「いや、お前さん。街の中見てみろよ。お前の配下の悪魔だらけだし、悪魔はずっと街の皆を守ってたんだぜ。それに、お前さんが先祖の血とやらを覚醒して、あの竜王とか言うのを倒したのは、街中が見てた。今更怖いもなにもねーよ。なあ?」

 

 

ガガーランの言葉は、2つのアダマンタイト級チームを囲むように集まった、多くのこの街の者達に投げかけられた。

 

呼応するように、街中から歓声が上がる。

 

 

「悪魔は犯罪者を追い出してくれたんだろ!」

「王も、貴族も俺たちを守ってくれなかったのに、悪魔は俺たちを守ってくれたんだ!」

「悪魔様万歳!」

「悪魔様万歳!」

 

見ると、その民衆の中には、ノアクの姿がった。

その周りには、彼に傅く19体の悪魔。

戦士団の何人かが、その悪魔たちに礼を尽くしている。

 

遥か先に見えるバルコニーからは、うっとりした顔と、空虚な瞳が同居した、どう見てもヤンデレにしか見えない姫が、興奮気味に悪魔に視線を送っている。

 

街の者達を守っていた悪魔たちは、今は本性の姿となったウルベルトに最大限の礼を尽くす姿勢を取っている。

 

「え…悪魔崇拝のヤバい街じゃん…」

 

空気が読めない黒髪の少年が小さく呟いたが、その声は幸運にも街の者には聞こえなかった。

その横に居た茶髪に黒が混じった男も同じことを思ったが、彼は大人なので特に発言はしなかった。

 

 

 

悪魔崇拝の中心たる、その大災厄の魔は、自身に対する街の者の反応が予想外だったために、ちょっとどうしていいか分からなくなったが、とりあえずそこら中にいる悪魔たちに、“街に溶け込み、引き続き住人を守れ”と命令した。

 

その言葉に手を合わせて祈る者達もいる。

 

なんか、人間たちの中に悪魔1人というのは居づらくなって、ウルベルト・アレイン・オードルはとりあえず、ロキの指輪(リング・オブ・ロキ)でパルメーラの姿に戻った。

 

 

「はぁう!」

ラキュースが再び顔を抑えたが、もはや誰も介抱とかはしなくなった。

 

「すげーな、パルメーラさん。マジで悪魔の血を覚醒したんだな!」

ルクルットが少年のように目を輝かせる。

 

「で、あるな。パルメーラ殿はこの国の…悪魔を宿せし救国の英雄である!」

ダインがウンウンと頷きながら褒める。

 

「悪魔、ヤバい」

「悪魔、強い」

「儂も長く生きてきたが…とても貴重なもんを見せてもらった気がするわ。嘗ての仲間…ニベールコルは変身は出来なかったからのう」

ニンジャとリグリットも、パルメーラが悪魔という事について特に気にしていないようだ。

 

ここまでパルメーラが、厨二病的に言ってきた言葉、悪魔の末裔人(ディアボロ・ディセンディ)

いや、ユグドラシルの設定的に嘘ではないのだが、言い続けてきたこの設定と、現に街を悪魔たちが守ったという事実が、彼の本性を(少し勘違いした状態ではあるが)問題なく受け入れる土壌となっていたのだ。

 

 

なんか色々と悩んでいたことが、想定とは違う感じになったことで、どうしていいか分からなくなったパルメーラだったが、緊張を欠いたその空気はそこまでだった。

 

 

救国の英雄を讃える民衆の間を縫って、現れたものが居る。

それはこの国の神殿の主、ハプソティ大司教。

傍らに控えるは陽光聖典。

 

そして、その背後には、純銀の聖騎士が居た。

 

 

ショータローは透明化し、すーっとパラケルの背後に移動した。

3人の姉妹のうち、最も速やかに、正確な予想に行き着いたルゥオン(アルベド)が、その純銀の聖騎士を驚愕の表情で見遣る。

 

 

まず口を開いたのはハプソティ大司教であった。

 

 

「パルメーラ様…この度は竜王の討伐、並びにこの国の悪しき者達の粛清、心より…心より感謝と祝福を述べさせていただきます」

 

 

その光景を見ていた街の住人は、神殿の大司教たる者が、救国の英雄といえど、一介の冒険者にそこまで頭を低く、まるで崇拝する神のように接しているという事実に、少しだけ驚いた。

 

神殿というのは言ってしまえば他国の機関。

彼らはここまでの騒乱の中でも、その身を挺して街の住人を守っていた善人であることは皆理解しているが、だからと言ってこの態度は少しおかしい気がする。

 

そして悪魔の存在。

 

騒乱の中で彼らは天使を召喚し戦っていた。

それらが、あの竜の召喚していたものとは異なるとは分かっているが、一方で神殿は、“一般的には”悪しき存在の悪魔というものを簡単に認められるのだろうか。

 

 

「そして、御疲れのところ、大変、大変お手間を取らせてしまう事、真に申し訳なく思うのですが、どうしても会って頂きたい方がいるのです」

 

 

そうして、背後に居た純銀の聖騎士が前に出る。

ハプソティは明らかに、その純銀の聖騎士と、パルメーラに対し、最上位の敬意を示している。

 

そうして、2名の者が向き合った。

 

純銀の聖騎士と、漆黒の悪魔。

 

 

 

 

 

純銀の聖騎士が口を開いた。

 

 

「……やっと、やっと、会うことが出来ました。私の姿を見れば分かっていただけると思います……私は今、スレイン法国のある特殊部隊において、番外席次を請け負っている身。二つ名として【絶対正義】を名乗っています。どうか、お願いです。私と一緒にスレイン法国へ来ていただけないでしょうか?」

 

 

驚きの表情を浮かべたのは、パルメーラの背後にいる、茶色に黒が混ざった髪をした男だった。

彼は目を見開き、「たっちさん…?!…いや…」と呟いた。

 

 

一方で漆黒の悪魔の男は、表情を変えず、その言葉に返答した。

 

 

 

「俺はまだ、この国でやらなければならないことがある。ハプソティさんに預けてある者の件だ。それが終わるまで俺はその国へは行けない……今すぐに行かなければ、間に合わないのか?」

 

「いえ……今すぐである必要はありません。が、時間はありません。もう……100年以上の時間が経っています……あの御方(・・・・)が言葉を発さなくなって、50年以上が経ちました…どうか…どうか…」

 

「……分かった。スレイン法国だな。用が終わり次第、急ぐ。皆で(・・)行って構わないな?」

 

「勿論です」

 

「街の名は何という?」

 

「法都シクルサンテクスの聖殿でございます。その場所に住まう者達は皆、あの御方(・・・・)の信徒です。真名を言っていただければ、すぐに案内されるでしょう」

 

「…分かった。その姿の……あの男もいるのか?」

 

「いえ、残念ながら」

 

 

 

純銀の聖騎士は深々と頭を下げ、民衆からの視線など意に介さぬとばかりに、颯爽と神殿へ戻っていった。

その様子を見送ると、パラケルと名乗った男の後ろから、すーっと子供が出てきた。

 

 

「ウル…パルメーラさん。あれってさ…」

 

その問いに答えたのはパラケルだった。

 

「ショータローさん、ええ、私も最初は勘違いしましたが、アレは違います。パルメーラさんは一瞬で見抜いたようでしたが」

 

「ふん…装備が違うし、雰囲気も違う。偽善のオーラが薄い」

 

「え、まじかー…あーそう言えばあの鎧、確かにランク低いかも」

 

「ですが、そうなると……そうか、確か最終日に…という事は」

 

「ああ、アレが言った事を考えると、急いだほうがいいのは確かみたいだ。だが、すまないが、俺はこの国でもう一つだけやっておかなければならないことがある……ハプソティさん」

 

 

「はっ!」

 

ハプソティ大司教は、まるでパルメーラを狂信する信徒のごとく腰を低くして答える。

 

 

「あ、いや、そんな畏まらないでいいんだが…とりあえず、俺たちをニニャの姉…ツアレニーニャさんのご遺体のところに連れて行ってくれ」

 

「畏まりました!」

 

 

 

 

 

その遺体は、静かに安置されていた。

耐えがたき苦痛の日々を過ごしたその哀れな娘の顔は、その境遇を憐れんだ神殿の者達により、少しだけ美しく、死に化粧をされていた。

 

安置室には、ハプソティ大司教、パルメーラ、ニニャ、そして犬頭のメイド。

 

それ以外の者は、安置室の外で待機している。

 

 

ニニャはまた少しだけ、その拳を強く握った。

そして少しだけ、その瞳から涙を流した。

 

 

「…ペストーニャ。頼む」

 

「畏まりました、わん」

 

 

ペストーニャと呼ばれたメイドは、その手に【ヒュギエイアの杯】を持った。

そして、杯が輝き、そこに湛えた水に波紋が現れる。

 

 

「これは……この者は、復活を拒否しております…わん」

 

「何?!」

 

「…姉さん」

 

 

それは少し考えれば当たり前の事だった。

13歳の時に貴族に攫われ、それ以降6年以上、地獄の日々を過ごした。

この世界、この時代の人間が、与えうる最大限の苦痛を与えられ続け、そしてその命が終わるとき、彼女はやっと死ねると安堵した。

 

もう戻りたくない。

あの地獄に。

誰の声かは分からないが、自分を水面の上から呼ぶ声。

だけどその水面の上に、あの地獄がもう一度待っていないなどという保証は、何処にも無い。

 

絶望的な表情を浮かべ、嗚咽を漏らし始めたニニャを見遣り、パルメーラはペストーニャに申し付ける。

 

 

「ペストーニャ、その【ヒュギエイアの杯】は、蘇生の前に死者と対話することが出来ると言ったな?」

 

「その通りでございます、わん」

 

「では、その役目をニニャに任せる。おそらくは……彼女を呼び戻せるのは、肉親の声だけだ」

 

「畏まりました、わん」

 

 

ペストーニャは、【ヒュギエイアの杯】を、涙に沈んでいたニニャに差し出した。

 

 

「これを……僕が……?」

 

「そうだ、ニニャ。この杯を持ち、姉の魂と対話してくれ。この杯は死者を完全に回復することが出来るが、どうやらそのためには、死者自身がそれを受け入れる必要がある…お前が、お前だけが、お前の姉を救うことが出来る筈だ」

 

「わかり…ました」

 

 

ニニャは【ヒュギエイアの杯】の受け取り、ツアレニーニャの遺体に向き直った。

ニニャが祈ると、杯の中の水に、ひときわ大きな波紋が起こった。

 

 

ニニャの意識は、水面の中へ落ちていった。

 

深く、深く潜っていく。

 

水の色が青くなり、青が深くなって、やがて黒くなる。

 

暗黒の水の底に、小さく体を丸めて座り込む影があった。

 

 

『姉さん!!』

 

『……セリ……?』

 

『そうだよ、セリーシアだよ、姉さん!!』

 

『…大きく…なったのね…でも…こんなところにきて…セリも…死んでしまったの?』

 

『ちがう、違うよ!姉さんを、助けに来たんだよ!』

 

『たすけに…?』

 

『そうだよ、僕、姉さんを探すため、ずっと旅をしてたんだ。それで、やっと見つけたんだ!今僕は、魔法のアイテムを使って、姉さんの魂に話しかけているんだ。お願い、僕の手を取って。そうすれば姉さんは…!』

 

『そんな…夢みたいなことが…?でも…怖い…怖いの。もう…戻りたくないの。生きていたら、痛いこと、怖いことがいっぱいあるの。だから、もう、このまま、眠っていたいの』

 

『姉さん……姉さん…聞いて。僕ね……好きな人が出来たんだ。その人はね、遠くから来た冒険者でね、とても強くて、でも何だか抜けたとこもあって、放っておけない人なんだ。今、こうやって姉さんを助ける機会をくれたのも、その人のおかげなんだ…その人が、全部…姉さんを苦しめてきた奴らを全部、倒してくれたんだ…それだけじゃない…もうこの国には姉さんを攫ったような貴族も、犯罪者も、全部、全部、いないんだ…その人が全部、倒してくれたんだ…だから…もう…姉さんが悲しい思いをすることなんて、全部、なくなったんだ…だから、お願い…姉さん…もう一度姉さんと一緒に食事がしたいよ…一緒に旅がしたいよ…自慢の仲間を、好きになった人を、ちゃんと、紹介したいよ…お願い…姉さん…』

 

『……セリーシア……』

 

 

いつの間にか、泣いているのはセリーシアの方だった。

セリーシアは姉の膝の上で泣きじゃくっていた。

ツアレニーニャは、ただただ、妹の髪を撫でていた。

 

そして、確かに奇跡は起きた。

 

杯から溢れた水が、ツアレニーニャの身体に吸収されていくと、その身体は輝きだし、傷も、病気も何もかも、本来その美しい娘には必要なかった、全てのものが取り除かれていき、最後にその身体に、再び魂が宿った。

 

セリーシアが目を開くと同時に、ツアレニーニャもまたその瞳を開いた。

 

 

抱き合って泣く、その姉妹を見守る男と慈悲深きメイド長が居た。

 

そしてその場には居ない筈の善なる妖精が、確かにその場に祝福の光を振り撒いた気がした。

 

 

 

『ペス、お務めご苦労様。ペスでなければ出来ないお務めでした……もう少しで、また会えるよ』

 

 




これで6章は終わりです。
1話だけ閑話を挟み、スレイン法国の話が始まります。

スライムの回収、マジでどうしよう…
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