オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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閑話2は分類としては7章の一部です。
輪廻聖典はこの時点で9人いるのですが、このタイミングで説明しておかないと訳わかんなくなるなと思い、この閑話を挟みます


閑話2 列聖者達の物語

 

 

「失礼、そこの御婦人…大丈夫ですか?」

 

 

中水月の寒い日だった。

 

身分を隠し、必死に東に逃げる途中だった私に声を掛けてきたのは、神官の服装を纏った青年だった。

黒い宝珠のような石がついた杖をついているのが印象的だった。

 

私は警戒の表情を浮かべた。

 

当然だ。

私はその男が、カールソン男爵家———少し前までは私の実家だった———の追手だと思ったから。

 

 

「突然声を掛けて、警戒させてしまいましたね…私はスレイン法国の神官、名前はハプソティ・ハナット・マルシャンと申します。仕事を終え、これから本国へ帰るところです。あなたに声を掛けた理由は…そうですね、貴方のような若い女性が一人旅で、しかも些か不健康そうに見えたためです。こう見えて私はある程度魔法、特に死霊系の魔法に詳しいのですが、おそらくですがあなたは…何らかの死の呪いを受けている」

 

 

私はおそらく、驚愕の表情を浮かべていたと思う。

 

その男の言葉が正しいのか、私に確認する術など無かったのだが、一方で心当たりはあったのだ。

そして同時に、それは何かの間違いであってほしいという思いもあった。

 

 

「貴方の右手薬指にされている指輪、その指輪から死者の呪いの痕跡を感じます。その呪いはあなたを蝕み、いずれはあなたの精神をアンデッドのように変質させてしまうかもしれない」

 

 

私は“指輪”という指摘を受けて理解した。

ああ、やはり。

 

やはり私はもう、あの家からは完全に切り離されていたのだと。

そして贈られた、私がカールソンの者であった唯一の証の指輪によって、私は殺されかけていたのだ。

 

涙を流しながら言葉も喋ることが出来なくなってしまった私のことを、その男は優しく見守っていた。

一通り涙を流し、今度は無気力となってしまった私のことを哀れに思ったのか、その男は私を馬車に乗せ、私は神官団の一員としてエ・ランテルの城門を潜った。

 

エ・ランテルの神殿で一泊し、私は暖かい食事を振舞われた。

 

少し落ち着いてから、私はそのハプソティと名乗ったスレイン法国の司祭に、私の身の上を喋った。

 

 

元は王国西部のある街を治める男爵家の人間であったこと。

実母が亡くなり、新たに迎えられた義理の母と、その後産まれた腹違いの弟に疎まれて、殺されかけたために、父の情けでこっそりと逃げ出した事。

その父から渡された、実母の形見だと聞いていた指輪が件の呪いの指輪であった事。

 

そして何とか帝国まで逃げるつもりだったが、呪いのせいか体力が持たず、力尽きかけていた事。

 

ハプソティ司祭と、その仲間と思しき方々が、実は実家の追手や暗殺者だったとしても、もうどうでも良かった。

もう私には、16歳で何の肩書もなくなり、しかも唯一血が繋がっていた父にも殺されかけていたかもしれないという事実に、自暴自棄になっていた。

 

 

私の告白を、神官たちは静かに聞いていた。

そして、全てを話し終わったところで、ハプソティ司祭が提案をしてきた。

 

 

「アデルさん、提案がございます。もしあなたが…行く当てがないというのであれば、私どもの国へ共にいらっしゃいませんか。身分を御用意し、スレイン法国では不自由ない暮らしができる様、手配いたします」

 

「そんな……そうまでしていただく…理由がございませんし、それに、その事が実家…カールソン男爵家へ知られれば、貴方たちにも被害が及ぶやもしれませんわ…」

 

「私どもの神は、困っている者に手を差し伸べるのは当たり前であり、それは他国であっても、異種族であっても、それは同じと考えます。それに、私もそうなのです。私もスレイン法国の生まれではありませんし、スレイン法国の方に命を救っていただいた身。貴方がそれに負い目を感じるというのであれば、いつかあなたが、困っている別の方へ手を差し伸べればよいのです。そして我が国は…情報の秘匿も、外からの攻撃に対しても、十分な対策が出来ていますので」

 

 

ハプソティ司祭はそう言って、少しチャーミングなウインクをした。

 

それが私が、スレイン法国の国民となった日の事でした。

私は、その後、恩を返すべくスレイン法国の中で魔法の技術を磨きました。

 

特別高い才能があったわけではありませんでしたが、ハプソティ様ご本人や、ハプソティ様の恩人にして友人であるという【隔世盟主】エーギル様によるご教授で、精神系および物理に対する防御に特化した魔法を修め、都の守りを主任務とする部隊へと配属されました。

 

そんなある日、私は久々に恩人であるハプソティ様から呼び出されました。

 

 

「アデル殿、お元気そうで何よりです。今日はあなたにお渡しする物があってお呼び出し致しました」

 

「ハプソティ様、お久しぶりでございます。貴方様のおかげで、私は心安らかに日々を送れております」

 

「それは良かったです…では本題ですが、これを覚えておいでですか?」

 

「…これは!」

 

 

ハプソティ様がテーブルの上に広げた布の中には一つの指輪があった。

それは紛れもない、実家を出るときに父から渡された指輪だった。

 

 

「アデル殿、この指輪、お預かりしてから私は呪いの力を取り除けないか試しておりましたが、やっとのこと、全ての呪いを取り除くことに成功いたしました。ですのでこれはあなたにお返ししようと思います」

 

「そんな……まさか…」

 

「この宝珠は呪いを吸収することが出来るのですが、その過程でなぜこの呪いが指輪にかかってしまったのか分かりました。お聞きになりますか?」

 

 

私は覚悟を決めて頷く。

 

 

「では、説明いたします。端的に言うと、この呪いはあなたのお母様の怨念によるものです」

 

 

私は目を見開いた。

そして恐らくは悲しい気持ちになった。

ハプソティ様はそんな私に気づき、急いで言葉をつづけた。

 

 

「いえ、勘違いなさらないでください。貴方のお母様の魂と少しだけ対話できたのですが、本来呪いの相手は、貴方のお父様の後妻、つまり貴方の義母の方へ向けられていたようです。ですが、貴方のお父様も呪いの事などは分からず、おそらく悪気なくあなたへ形見として渡してしまったのでしょう。貴方のお母様の魂が浄化されて昇る際に、貴方への後悔の気持ちが溢れていました。この指輪の本来の力は、持ち主の願いを取り込んで、その力を増幅させるもの…貴方のお母様は、貴方を良く思っていなかった後妻の方への恨みを持って亡くなり、その思いが指輪に取り込まれてしまったのでしょうね」

 

「そんな……そんな事……ああ…お父様…お母様……」

 

「…これからはあなたがこの指輪を受け継ぎ、正しい思いを持ってこの指輪を成長させていくのです」

 

 

 

それから私の右手の薬指に嵌められるようになった指輪は、私の想いを取り込むことで成長していった。

やがて私の守りの力は部隊随一となり、そして4年前、32歳となったある日、私は純銀の聖騎士様に声を掛けられた。

 

生きる場所を得たが天涯孤独であった私は、前任者が寿命で亡くなって空席となっていた席次として、その部隊に入ることを受け入れた。

 

私よりも年下だが、私よりもその部隊の経験が長いクレマンティーヌさんが、女同士という事で色々と相談に乗ってくれたし、私よりも一回り上の先輩であるカジットさんもとても丁寧に部隊のことを教えてくれた。

 

やがて部隊には、とある事情で家族をすべて失って天涯孤独となってしまった少年が加わり、私は初めてその部隊に後輩が出来た。

その子、リュカ君は、この頃やっと笑顔を見せてくれるようになった。

彼もまた守りに特化した能力を持っているがゆえに、2人で法都の守りを担うことも多い。

 

 

これが私の、輪廻聖典第三席次【堅牢錦旗】、アデル・リンカ・カールソンの歩いてきた物語である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

50年ほど前。

まだ私が30代だった頃の話だ。

 

“六大神”の血を引く私は、高い魔法の力を有していて、最年少で闇の神官長へと選抜された。

しかしそこで知ったのは、上には上がいるという事。

 

その地位になって初めて知った、“最高神官長兼輪廻聖典隊長”という肩書の存在。

その者は若い少女の外見ながら、優しさと厳しさを併せ持ち、そして何より果てしなく強かった。

 

一方で私は、“六大神”の血を引くと言えども、未だ明確な神人としては覚醒しておらず、何度となく挑んだ模擬戦では、その少女の本気を引き出すには程遠い存在だった。

 

 

 

「エーギル、あなたはまだ、私と修行するのは早すぎるきがします。だからまずは…そうですね、戸籍官のミューギのところへ尋ねてみてください」

 

「アンテリーネ様…失礼…その、ミューギ戸籍官のことは御名前は存じておりますが、あの方は戦闘職ではないと思いますが」

 

「そうですね。ですが今の貴方に足りないものを教えてくれると思います。手紙を書きますから、それを持って訪問してみてください」

 

「はあ……畏まりました」

 

 

少々不服そうな顔で出発したエーギルの背中を見て、アンテリーネは小さく呟いた。

 

「…ミューギ姉さま、よろしくお願いします」

 

 

 

 

エーギルは翌日、戸籍官たちの仕事場を訪れた。

戸籍官たちは忙しく歩き回り、ある者は新戸籍が必要な民へ魔法をかけて情報調査をし、ある者は処理に必要事項を記入している。

 

戸籍官の仕事は終わりがない。

なぜならば、この国に住む全ての者は、自身の持つ才能を活かすために調査され、新たな事実が判明するたびに戸籍に新たなページが増えていく。

 

それだけではない。

この国には、全くの『新たな』戸籍を一から作る必要がある者が、増え続けているのだから。

 

 

エーギルがアンテリーネから渡された封書を受付に提出すると、一般の国民が待つための部屋に置かれた、椅子に座って待っているように言われた。

 

ミューギ戸籍官はこの部署の長であるらしいし、種族は確かエルフで、長年この国に勤めてきた事務方のお偉いさんだという事は知っていたので、簡単に仕事を抜け出してくるのは難しいのだろうと納得して、エーギルは椅子に座って大人しく待つことにした。

 

待っている間、何人もの国民が戸籍の書き加えと調査のために、ひっきりなしに出入りする。

 

エーギルの横の椅子にも何人もの国民が座っては、自分の番が呼ばれ、窓口に進んでいく。

そんな事が何回か繰り返された。

 

 

「エーギルさん」

 

 

エーギルは体をビクンと跳ねさせた。

隣に座った国民に名前で話しかけられたから、というだけでなく、そもそも神人たる彼は周囲の状況を常に意識しながら待っていたのに、隣に誰かが座っているという事に気づけなかったという事実に驚いたのだ。

 

 

「あら、驚かせてしまいましたか。ごめんなさいね」

 

「あ…ミューギさま!」

 

「お待たせして申し訳ありませんでした。それで、アンテリーネからの手紙は読ませてもらったのですが、どうやらあなたは強くなりたいと」

 

「え…あ…はい」

 

 

エーギルはうまく言葉を発することが出来なかった。

戦闘職でない事務方のはずであるミューギ戸籍官が、自分に気配を感じさせることなく、いつの間にか肌が触れそうな距離まで近づいていた事もそうだし、国民が行き来するこんな場所で、いきなり話を始めた彼女のことが、理解の範疇を越えていたのだ。

 

 

「そうですねぇ…今あなたの職業レベルを覗かせてもらったのですが、あなたはどちらかというと魔法職、それも魔力系の職業に比重が傾いています。一方で剣術についてもある程度の腕をお持ち。色々できることは好ましいですが、“強さ”という観点では方向性を分散させない方がいいのですよ」

 

「なっ…!」

 

 

エーギルは、いよいよこのミューギという者が、単なる事務方の職員ではなかったと理解した。

いつの間にか隣に座り、いつの間にか自身の能力を覗かれていた。

これが戦闘だった場合、彼女は既に自分の弱点を理解していて、もし暗殺系の能力などを持っていたならば、既に殺されていてもおかしくは無いのだ。

 

 

「ミューギ様……さすがアンテリーネ様が御推薦される方でございます…そして申し訳ない…私は貴方を……正直、侮っていたのだと思います」

 

 

ミューギはにっこりと笑い言葉を返した。

 

 

「いいのですよ。これは戦いではないですし、私は貴方の同士です。貴方の成長の一助になれるならば、それに越したことは有りません」

 

「ミューギ様…私に足りないものは何なのでしょうか…洞察力、危険予知…そういったことを学ぶにはどうすれば良いのでしょうか?」

 

「そうですね……あなたはこの国民の皆様を見て何を感じますか?」

 

 

ミューギが顔を向けた先には、戸籍に関する手続きに来た国民たちが居た。

基本的な戸籍の上書きと思われる者も居れば、幼い子供を連れた少し疲れた感じの母親もいる。

別の窓口では、生きる気力を失ったような表情の男が、神官に連れられて手続きをしている。

 

ミューギは言葉を続ける。

 

 

「私はこの国で、100年以上この仕事をしております。悲惨な戦争、種族間の抗争、犯罪による被害者…様々な理由で困窮する者達を救うために、この国は存在していて、そういった方たちがこの国で生きていくために、戸籍を作ることはとても重要なのです……先ほど私は、“強さ”を高めるならば、職業の方向性は分散させない方がいいと言いました。ですが一方でそもそも単純な“強さ”だけを求める事だけが正しいとは限りませんよ」

 

「それは…どういう事でしょうか?」

 

「例えば私は、探知や回復、精神干渉や追跡など、様々な魔法やスキルが使用できるのですが、一方で、余りに様々な方向性の技術を得たことで、強さそのものは高くありません。何の下準備もなく、一対一であなたと戦えば、簡単に私は負けるでしょう」

 

「そう…でしょうか…?」

 

「ともかく、私が強さを求めずに、様々な方向性に技術を得ていったのは、あのような国民の皆様のためなのです。例えば、あの男性、おそらくは何らかの災害に巻き込まれ家族を失ってしまった他国の方だと思います。ですがあの方に対して、正しい道を示し、あの方にとって生きがいとなる何かを見つけて差し上げれば、きっとあの方に再び笑顔が戻るでしょう…私は何度もそれを見てきました。それが私の生きがいなのです」

 

「……ミューギ様」

 

「貴方は私よりも強くなるのは間違いないでしょう。ですが、貴方が本当にしたいことは何なのか、そのために強くなることが必要であるならば、その時は強くなるための修行をいたしましょう。ですがまだその答えが見つかっていないというのであれば、まずはそれを探すことから始めてみればどうでしょうか」

 

「……そうですね。ありがとうございます」

 

 

 

それから程なくして、闇の神官長であるエーギル・ローリア・サルモンは、スレイン法国を出奔した。

これは他の神官長やアンテリーネにも伝えていない突然のものだったので、皆、新人神官長の勝手な行動に怒りと混乱を露わにしたが、事情を何となく聞いていたアンテリーネがそれを窘め、ひとまずは闇の神官長は空席となる。

 

 

エーギルが選んだのは、それは言うなれば自分探しの旅だったのかもしれない。

様々な土地に赴き、その土地に住む者達と話し、困っていることがあれば手助けをする。

 

やがて訪れた南の土地で、彼はかつて滅んだ人間種の国の遺構を発見する。

そして遺跡のような建物の中に入ってく。

 

なぜならば、ここまでの旅で研ぎ澄まされた彼の感覚が、その遺跡の最奥に眠る、危うい気配を察知したからだった。

 

 

「オマエ…人間種か……久しぶりの客だ。もう少し、もう少しで俺は、完全な姿となる。さあ、お前の恨み、怨念、そういったものを俺に見せながら死ぬが良い!!」

 

遺跡の最奥に坐していた存在は、体が何らかの黒き宝珠と同化しかけている人間の男だった。

 

「名を…争う前に貴方の名を教えてくれないか?」

 

「何を…!俺に名など…もはや無い。嘗て何らかの力に取り込まれ、怨念と共に生きてきた…俺自身が完全な姿となり、永遠に怨念と死者を生み出す姿になるまであと少しよ!!」

 

「そうか…貴方も被害者なのだろう…嘗てこの地を襲った大災厄により、いくつかの国が滅び、意思なきアンデッドが跋扈するようになったと聞く…貴方を助け、それから貴方の名を聞かせてもらいましょう!!」

 

 

数日続いた戦いの末、エーギルはその宝珠と男を切り離すことに成功する。

そして宝珠には神聖魔法による解呪をかけ続け、その宝珠——〈死の宝珠〉は呪いを受けずにアンデッドや魂を操ることが出来るアイテム——〈招魂の宝珠〉として昇華された。

 

この時点で100年以上、男は宝珠と半同化状態だったため、最も使い勝手が分かるその男が〈招魂の宝珠〉を使う事となった。

 

正気を取り戻した男は自身の名をハプソティと名乗った。

それ以外の名前、ファミリーネームや、100年以上前に居た家族のことは思い出せなかったが、それから先は自分を救い上げてくれたエーギルに恩を返すために、彼と共に旅をする事となる。

 

一度この男にも戸籍を持ってもらった方がいいと考えたエーギルは、この時点でスレイン法国に戻る。

 

出奔してから一度も正式な便りを出していなかった彼は、嘗ての神官長仲間などに偉く怒られたが、そこまでの旅で救った者達の話、そして連れてきた男—ハプソティ—の件を聞き、戸籍官であるミューギは笑顔を浮かべた。

 

 

 

「エーギルさん、お帰りなさい。旅の中で、進むべき道を見つけられたのですか?」

 

「……いえ、恥ずかしながら、道はまだ半ばです。彼、ハプソティ・ハナット・マルシャンのことを御願いしてもいいですか?私はまだ、旅を続けなければならないのです」

 

「分かりました……ハプソティさんのことは安心してください。そして…そうですね、次に戻られた時に、お伝えすることがありますので」

 

「畏まりました」

 

 

 

ミューギは気付いていた。

ハプソティやその他多くの者を救う過程で、エーギルの魔法構成には信仰系も加わり、いよいよ彼の求める突破した強さは得られないだろうことに。

 

だが同時に、彼の目からは迷いは消えていて、彼自身が進みたい道はもう明らかになっていた。

そして、その思いは彼の血を覚醒させ、レベル上限が大きく成長していくこととなる。

 

 

それから何年か後に、彼は子供を伴って再び戸籍官のもとを訪れる。

病気により母を失った少年の心のケアのため、しばらくは法都に腰を据えて共に暮らすとの事。

この時点で彼は、輪廻聖典の隊員としての地位を賜る。

 

そして、その助けた子供が15歳を迎え、信仰系魔法、それも回復に特化した能力を高めたことで8番目の輪廻聖典となり、彼の住む場所が法都の最奥へ移ったことを確認し次に旅に出る。

 

やがて、【漆黒聖典】のとある隊員が、近隣の国家に降りかかる災厄を予言するまで彼の旅は続く。

 

彼は旅の中、多くの者を救い続け、救われた者達はある意味で国が祀る神以上の尊敬をその男に抱き、密かにその者達は彼のことを“盟主さま”などと呼ぶのである。

 

 

 

これがスレイン法国に現在存在する、3人の神人うちの1人、【隔世盟主】エーギル・リンカ・サルモンの物語である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

漆黒聖典の【占星千里】が、近隣国で起こる大災厄の予言を視た少し後。

輪廻聖典第二席次【万能精霊】のミューギ・リンカ・ヤアセは必死に人員配置を考えていた。

 

 

「【三門魔導】と【死屍破軍】はリ・エスティーゼに送りましょう…【慈光薬師】も随分と成長しましたが…まだ2人に比べれば不安が残ります…大災厄が起こる可能性としてはやはり王都か、あるいはアーグランド付近と考え…【慈光薬師】はエ・ランテルに…」

 

「ミューギ姉さま…余り根を詰めすぎるのも良くないと思いますよ…」

 

「アンテリーネ…分かっているのですが…どうしても2名足りません…【隔世盟主】を呼び戻す必要がありそうですし、後は…私も出るべきかと思います」

 

「ごめんね…私も外に出ることが出来れば…」

 

「何を言います。貴女のお仕事は純銀卿の補佐。それは最強たるあなた以外にはできません」

 

「うん、分かってはいるんだけどね。でも姉さま、国外に出るのならば本当に気を付けてね」

 

「ええ、もちろんです。貴女や、他の皆、まだ若い【堅牢錦旗】や【幽幻黄櫨】の成長を見守らないといけませんからね。それに純銀卿にも、あの御方にも、私はまだご恩を返せてはいませんから…命を投げ出すような事は致しません」

 

「うん…じゃあ私は寝るね」

 

「はい、私ももう少しで寝ますので」

 

 

アンテリーネが自室の戻っていったのを確認し、ミューギは再び思考の海に落ちた。

 

いっそ、漆黒聖典から何人か…いや、大災厄によって起こる余波を監督する者達が居なくなる…【堅牢錦旗】や【幽幻黄櫨】は未熟なのもそうだが、守りに特化した力だから、やはり法都からは動かさない方がいいし…

 

 

そこまで考えたところで、再び自分を呼ぶ声に気づいた。

 

 

 

「御疲れ様です、【万能精霊】」

 

「あっ、母様!」

 

 

ミューギは段々と顔が赤くなっていった。

いつもの言い間違えをしてしまったと気づいたのだ。

 

 

「……【絶対正義】さま…御疲れ様です」

 

「ふふ…他の者が居ない時は昔の呼び方で構いませんよ」

 

「いえ…そういう訳には……申し訳ありません、もうこんな時間ですね、私も寝床へ向かいます」

 

「ええ、ゆっくり休んでください。そして余り一人で悩まぬ様。お勤めの時以外は私も共に考えますから相談してください。相談もできないブラック労働はいけませんからね」

 

「はい、いつもありがとうございます…それでは、おやすみなさい」

 

 

 

ミューギが自室に消えたのを確認し、【絶対正義】こと純銀卿は薄暗い部屋を見渡す。

 

この場所に来てもう150年ほどの時間が経った。

 

正義の体現。

 

困った人が居たら当たり前に助ける。

 

ブラック労働は禁止する。

 

報連相はしっかりと。

 

その他たくさんの、守らなければいけないことを反芻する。

 

もう時間が無い。

 

どうすれば……どうすれば……

 

 

 

“純銀卿”こと、輪廻聖典番外席次【絶対正義】の■■■■■・■■■■は、待ち続ける。

40柱の神の降臨を。

 

 




明日から出張なので、少し更新が遅れます。
次回から7章が始まります。
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