オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
情報を集めながら、一行は深く王城に入り込み、捕まっている女を救出しています。
わたしは、そのへやのなかでふるえていました。
わたしだけじゃなく、まわりのみんなもふるえていました。
おうさまのおしろにつれてこられて、なん年かがたちました。
はじめは、すごくこうえいなことだと思っていたけど、ここはこわいところでした。
おおきくなったお友だちから、じゅんばんにつれだされて、このへやからでていったお友だちは、にどともどってこなかったのです。
なにをされているか分からないけど、きっとひどいことをされている。
もしかしたら食べられちゃうのかもしれない。
だから、しょくじのじかんいがいに、へやのとびらがひらくのが、すごくこわかったのです。
いつもとちがうじかん。
よるのじかんに、へやのなかにふしぎなまっくらが見えました。
まっくらの中から、3にんのひとがでてきました。
ほかのみんなはねむっていたけど、わたしは目がさめていて、すごく、すごくこわかったのです。
でも、きこえてきたのは、いつものおじさんの声ではなかったんです。
「よし、皆眠っているな…起きないように念のため
「サトゥルヌスさん、起きている子がいます」
「…なに…いや、一応確認しましょうか」
「はい」
その声のあと、だれかがわたしのほうへちかづいてきました。
わたしはこわくなって、目をぎゅっとつぶりました。
「君、起きているね。大丈夫、君に危害は加えないよ。私はミルンドール・“ヤマセ”」
目をあけると、目のまえにはみどりいろのかみをしたきれいなおねえさんがいました。
そのかおは、なんだか死んでしまったお母さんに、にているきがしました。
「……ミルンドール…
「うん…そうだよ。君の名前は?」
「……ミューギ」
そのおねえちゃんは、うしろにいる白いかみのお兄ちゃんのほうを見ました。
そのお兄ちゃんは、おねえちゃんのほうを見て、うなずきました。
「ミューギちゃん。私たちはね、君たちを助けに来たの。だから静かに、私たちについてきてくれる?」
わたしは、もういちどうなずきました。
するとおねえちゃんは、わたしのてをつないで、ふしぎなまっくらのなかに入りました。
ほかのみんなも、白いかみのお兄ちゃんと金のかみのおねえちゃんにだきかかえられて、まっくらのなかに入っていきます。
まっくらをぬけた先は、どこかしらないたてもののなかでした。
***
「よし、これで最後ですね」
「はい、そのようですね!一旦家の中に運びましょう!ファーインさんはナズルさんと手分けして、空いているベッドと横になれる場所にこの子達を運ぶ準備をしてください!」
「畏まりました!」
眠っている子供たちが運ばれていく中で、唯一起きていた“ミューギ”と名乗った少女がその様子をぼぅっと見つめていた。
サトゥルヌスは、先ほど少女が『山瀬』という日本人的な名字をうまく聞き取れず“やあせ”と発音したこと、また微弱ながら魔法の力があるように感じるが、幾つかの看破魔法をもってしても特段力を隠しているようには感じず、軽戦士となっているパンドラも戦士としての力を感じないと
「あー…ミルンドール様。その子にはとりあえず今日は寝てもらって、他の子の
「そうですね!」
「では私は、ナズルさんに軽く説明してきます」
「はい!」
ミルンドールはぼんやりとしている子供——ミューギ近付くと、優しく微笑みながら話しかけた。
「ミューギちゃん。色々と混乱しているかもしれないけど、今日のところはゆっくり寝てね。私たちは本当に君たちを助けに来たの。君のことは、ナルドリさんにお願いされていたの。少し休んで落ち着いたら、ナルドリさんに会いに行きましょうね」
「ナルドリ…おねえちゃん!」
その名前を聞いたミューギは緊張の糸が切れたのか、ミルンドールの胸に顔を埋めて泣いた後、いつの間にか静かな寝息を立てていた。
***
サトゥルヌスが住居の中に入っていくと、空いているベッドに子供たちを寝かせ終わったファーインが、その子供たちをぼんやりと見つめていた。
その様子を横目に、さらに奥の部屋に進むと、ナズルも子供たちを寝かせ終わったところだったようで、寝息を立てている子供の頭を撫でていた。
「ナズルさん」
「はっ、はい!」
慌てて振り返ったナズルは、速やかに膝をついて敬意を示す姿勢になろうとしたので、サトゥルヌスはそれを止めた。
「この姿の時は、そういうのは止めてください…それにしても、子供たちにベッドを譲ってしまってあなたが寝る場所が無くなってしまったみたいですね。申し訳ない」
「そっ…そのようなことっ!!い、いえ、あの、はい。そのような事、気になさることではございません。それに予備の寝袋がありますので、私はそれを使います。この度は、あの悪しき者の手から、これほど大勢の無垢な子供をお救い頂き、なんと申し上げれば良いか…」
「いや、いいんです…ですが、そうですね。もしかしたらこの子供の中の幾人かは、森に帰る場所が無く、この国で暮らさざるを得ないかもしれません。この国ではそれを受け入れることが出来ますか?」
「はいッ、なんとしてもっ!!…あ、いえ、そうですね。かのエルフ王があのような裏切るをするまではエルフとは交流があったのです。エルフ王の悪行は現時点では国民には知らされておりませんので感情的には問題ないかと存じます」
「そうですか。それは良かった」
「ですが、純粋なエルフ国の民がスレイン法国の国民になったというのは過去にはあまり例が無いので、色々と考えなければなりませんね…住民台帳とか、洗礼名とか…」
「洗礼名?」
「はい。ご存じかと思いますが、スレイン法国民は皆成人すると洗礼名を持ちますので、エルフの方々にどのような洗礼名をつけるべきか、上層部が悩むことになるかもしれません」
「そ…そうでしたね。ちなみにあなたやファーインさんも洗礼名はあるのですね」
「はい、勿論でございます」
「あー、この国は、洗礼名を抜いた名で呼ぶのは失礼にあたるとかあるのですか?」
「いえ、普段はファーストネームで呼びますが、正式な場では洗礼名も含めて呼ぶのが一般的でございます。過去はそうではなかったのですか?」
「あ、いや、そういう訳ではないです。一応、念のためです。ちなみにナズルさんとファーインさんの洗礼名を教えていただく事は可能ですか?」
「勿論でございます!」
***
サトゥルヌスがナズルとの会話を終えて、来た道を戻ろうとすると、ひとつ前の部屋の中でファーインが未だ寝ている子供たちの様子をぼんやりと見ていた。
その部屋にはアンテリーネも寝かされていて、ファーインは時折ちらとアンテリーネのほうも視界に入れているようだった。
だが、アンテリーネを視界に入れると、その表情は険しいものとなる。
その様子にサトゥルヌスは、『無理もないか』という思いと、『エルフ王は滅ぼさなければならない』という思いが浮かんだ。
やはり彼女にとっては、娘であっても、その存在は憎き男の存在を思い出させるのだろう。鈴木悟が居たリアルでも、同じような話を聞いたことがある。
だが一方で、エルフ王を滅ぼすということ、それは自らの手で殺人(殺エルフ)をしなければならないということ。
罪人であっても、それを自分の手で殺すというのは未だ躊躇いがある。
ではあのスキルを使って死の瞬間に転生させればいいか?
クラススキルの1つである〈
ユグドラシルでは転生先の生物はコンソールの中から選択したが、この世界では頭の中に思い描いたものが反映されているかもしれない。
何となくモンスター以外の動物と想像したところ、最初は兎のような生き物、次は何かの小鳥になった。
しかもスキルは城のエルフにも効果があった。
この、ゲームではないと思われる世界で、あのエルフのような者がNPC扱いなのかプレイヤー扱いなのかは分からない。
しかし少なくとも、この世界の生物には、効果がある。
ユグドラシルではNPCや他プレイヤーに試した事が無かったので、この効果が、例えばこの世界に居るかもしれない他のプレイヤーに効くのか、あるいはパンドラのようなNPCに効くのかは分からない。
パンドラで実験するのが手っ取り早いのだが、万が一効果があって、しかも元に戻せなかった時のことを考えると、取り返しがつかないことになるかもしれないから試すことが出来ない。
そういった実験をしていない状態で、ぶっつけ本番でプレイヤー疑いのある者に使用するのはリスクが高い。
そうなると、やはり何らかの方法で殺すことを考えておかなければならない…
『ああ、ダメだダメだ…とりあえず今はファーインさんに声を掛けるべきだな』
そう考え、サトゥルヌスはファーインに話かけた。
「ファーインさん、お疲れさまでした」
「はっ…!サッサトゥルヌスさーーーん!お疲れ様でございました!」
「いや、あの…大声を出すと子供起きてしまいますよ…」
「も…申し訳ありません…」
「…いえ、良いんです。そんなに気を張らないでください……ところで」
「はっ」
「アンテリーネのことは、まだ受け入れられないですか?」
「……っ!」
驚愕に見開かれるファーインの目を見て、サトゥルヌスは『やっぱりまだ難しいか…』と思った。
「急ぐことは有りませんが、いずれ、エルフ王を倒した後には、感じ方も変わるのではないでしょうか」
「ちっ…違うのです!私は……私はっ……!」
ファーインの表情はさらに驚愕を浮かべ、呼吸は少し荒くなって次の言葉を探しているようだった。
サトゥルヌスは、何かを言おうとしているファーインの言葉を待つことにした。
「私は……至高神様、従属神様と旅をする中で…気づいたことがあります。私はあの男に攫われて以来、ただ憎しみと復讐のためだけに生きてきました。ですが、至高神様がエルフの者を分け隔てなく救い、そして子供が救われ、その親が喜ぶ姿を見て……私にも子を想う親の気持ちというものが、少しだけ理解できるようになった気がしています。正直申しますと、まだ、あの子を完全に娘として受け入れることが出来るかは分かりませんが…」
「…そうか」
「至高神様……至高神様は、私が失っていた感情を取り戻させるために、私を御傍付に選ばれたのでございますか?!」
サトゥルヌスは、心の中では『いや、冒険がしたかったからこの国でそれなりに強い人が必要で、エルフ王の案内できるのがあなただけだったからです…』と呟いたが、うまい事勘違いしているこの状況を利用すれば、アンテリーネに対する虐待じみた訓練も無くなるのではと考えて、その意見に乗ることにした。
「…ファーイン・ルジェナ・フーシェよ。自ら気づくことが出来たか…そう、それもまた1つの目的であった。だがそれに気が付くことが出来たお前は、いずれ自身の中の憎しみと対峙し、アンテリーネにも正しき道を示すことが出来るであろう」
「やっやはり…!!ああ、そして、私の名を………ッ!!」
泣き崩れるように膝をつき、ただただ祈る姿勢になってしまったファーインを見て、サトゥルヌスは思った。
やはり、この国の人にとって“神”に洗礼名で呼ばれないって良くなかったんだなと。
さっき、ナズルさんにちゃんと聞いといて、そしてベストのタイミングで神様っぽく喋りながら呼んで正解だったなと、考えたのだった。
名前の件やアンテリーネの今後の事など、うまくいったことで、少々気が大きくなったサトゥルヌスは、調子に乗って神様ロールをつづけた。
「ファーインよ、泣く事ではない。心にわだかまりがあるのであれば、今後自身の行動で示していけばよいだけのことだ…そうだな。もし何か現時点で望むことがあれば叶えよう。これは旅に同行してくれているお前に対する礼のようなものだ」
「なっ…そんな恐れ多いこと……!」
「いいのだ。気になるようであれば、今後ともこの国のために善き行いを働くことで報いてくれればよい」
「誠に…誠に…」
それから数分の押し問答の後、ファーインは意を決したように言った。
「それでは、大変恐れ多いお願いではございますが……あの者、エルフ王との戦いは、私が一番槍となることをお許しいただけますでしょうか?」
「…そうか。許そう。では出撃前にお前に可能な限り最大のバフ…支援魔法をかけよう。出撃はこの後およそ1時間後だ。私は先にミルンドールと話しているので、準備が出来たら聖殿の奥まで来るように」
「畏まりました!誠に感謝いたします!!」
サトゥルヌス——モモンガは、またしても自分の浅ましい考えに気づいてしまい嫌な気持ちになった。
ファーインには最大限のバフをかけ、エルフ王には最大限のデバフをかけて上で、
それが、ファーインにとっても過去との決別をするために必要なことなのではないか?
一見すると正しい判断のように感じるが、その実は、自分が手を汚したくないという思いがあったのは確かだった。
ともかくも、城から女たちを救い出してしまったから、気付かれる前の今夜のうちに夜襲をかけて倒してしまった方が得策だ。
すでに
エルフの子供たちとアンテリーネが眠る部屋のなかで、膝をついて祈っていたファーインの後ろに、いつの間にかナズルが現れ首を垂れていた。
「ファーイン様」
「ナズル…私は……私が至高神様と従属神様の傍付という光栄すぎる御役目を頂いたことの理由が、やっと分かった気がするのだ」
「…はい。至高神様と従属神様は、本当に我らのことを想って下さっております…かの六大神様の御言伝えの通りでございます」
「ああ……ナズル…私は更なる御役目を頂いた…私は全霊を以ってあの者、エルフの王を討つ」
「ご武運をお祈りしております」
「ナズル…今まですまなかった……あの子を……アンテリーネを、これからもよろしく頼む」
「畏まりました」
薄目をあけて起きていた少女は、その日、初めて母が自分の名を呼ぶのを聞いたのだった。
アンテリーネの名を呼ぶ、という実績解除です