オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
「隊長代理、見えました。あれが例の“三日月湖”ですか?」
「…そうだ。ここから先は見張りも増えるかもしれない。先ほど倒した
「はい!」
「よし、ではまず隊の並びを……何だ?!」
偵察のためエルフ城近くまで来ていた漆黒聖典の隊員たちは、周囲の空気が変わったことを素早く察知した。
第一席次が
同時に彼は、エルフ王城の見張り、あるいはエルフ王そのものに捕捉されたという最悪のシナリオも想定に入れて、周囲の様子を探ったが、事態は想定のさらに上を行っていた。
「バ…バカな…!湖が…凍っていく!!」
隊員たちもその様子に目を見張った。
おそらくは王城を中心として円状に地面が凍り付いていき、三日月湖はおろか、その先の地面———自分たちの足元の土さえも、速やかに氷に変わっていく。
自分たちの足元が氷で囚われ、靴が張り付いて身動きが取れなくなった。
その氷が広がる速度は明らかに自然現象のそれではなく、何らかの魔法、それもこの場にいる漆黒聖典という、第一席次を欠くとはいえ、人類最強の者達であっても知らない未知なる魔法が放たれたことを意味している。
「てっ…撤退だ!第四席次、氷を解かすために炎系呪文を使用せよ!」
「はっ、はい!!」
第二席次は、この足止め?の後、速やかに攻撃が来ると覚悟したが、その様なものは全く来ない。
一方で、第四席次が唱えた呪文は速やかに効果を発揮して、張り付いた靴は氷の地面から離れた。
「ま、待て、撤退は一度撤回だ!これは、何かおかしい。足止めであればこれほど簡単に剥がれるとは思えないし、周囲にエルフの姿もない。この事態、エルフ王によって引き起こされたものではない可能性がある。引き続き十分な距離を取り観察する。王城からエルフの兵が現れた場合は捕縛し、何が起きているか尋問する!」
漆黒聖典の者達は、周囲の地面が全て氷に変わった森で、引き続き王城の観察を再開した。
***
「…よし、良いタイミングです。エルフ王は私室と思われる場所に一人で入りました。このタイミングで速やかに転移し、作戦を開始します。まずはファーインさん、掛けられるだけ支援魔法をかけます」
サトゥルヌスはそう言うと、早口で10以上の支援魔法をファーインにかけていく。
ファーインは改めて神の御力というものに驚愕をしていた。
だが一方で、その至高神様に認められ、そして憎きエルフ王に初めに剣を向ける栄誉まで与えてくださった。
ファーインはもう迷わない。
支援魔法がかかるごとに自身の身体が薄く輝き、力が、守りが、速度が、溢れていくのが分かる。
心を落ち着けるため、目を閉じた。
そこに浮かんだのは神への尊敬と感謝、取り戻すことが出来た誇り、そして、娘———アンティリーネの顔。
私にも“母”という感情があったのだ。
だが、どうしてもあの子の全てを、愛することは出来なかった。
母には成れた。
だが、憎しみはきっと消えない。
だからこそ神は、私にこの御役目を与えてくださったのだろう。
「魔法による支援は完了しました。ファーインさん自身の武技発動準備をして下さい。それが完了したら合図として剣を構えてください。その瞬間に転移でエルフ王の私室へ飛びます」
「畏まりました———至高神モモンガ様、心から感謝しております。お与えいただいたこの機会を無駄にせず、必ず一矢報います!……武技・〈能力向上〉!〈能力超向上〉!〈防御超強化〉!〈痛覚鈍化〉!〈疾風超走破〉!!」
武技の余りの重ね掛けで、痛覚鈍化をもってしても千切れそうなほど痛む体に鞭を打ち、ファーインは剣を構えた。
「〈
一瞬の闇の直後、眼前10メートルほど先に憎き男の姿があった。
その男——エルフ王、デケム・ホウガンは、突然の闖入者にもかかわらず、その傲慢不遜な表情を崩さずに3名に目を向けると口を開いた。
「ネズミはお前たちか。王の寝所に忍び込むなど、無礼千万な者達だ。だがお前たちは中々強そうだ。そちらの2名の女には特別に罪を許し、我が種を与えてやろうではないか」
「………デ、デェケェムゥゥゥゥ!!!!!」
飛び出したファーインの様子を見て、エルフ王はそれでも余裕の顔を変えず、「いでよ、ベヒーモスよ。あの無礼者を捕まえるのだ」と言った。
瞬間、エルフ王とファーインの間に
だがこの事態は想定の範囲内。
サトゥルヌスは驚くことも無くデケムに向けてデバフ魔法をかけていく。
「〈
一方でミルンドールも、想定していたとばかりに、真っ直ぐに
そしてその腕が触れる瞬間、美しい緑髪のエルフはその姿を
強酸による攻撃は
「な…バカな。ベヒーモスが簡単に?だが、土がある限り我が力でベヒーモスは何度でも……」
「かきんあいてむ~……超位魔法・〈
サトゥルヌスがその手の中で小さな砂時計のようなものを握りつぶすと、王城を中心とした半径数キロメートルの地面が全て氷へと姿を変えた。
「見渡す限りのフィールドから土を無くした。もう
「な…何だこれは?!余にこれ程の狼藉!貴様ら、許さぬぞ!」
明らかにうろたえるエルフ王を見て、ファーインは自身の剣が届くことを確信して最後の武技を発動した。
「デケム、貴様を殺すことだけを望み編み出した武技だ!……神よ、感謝いたします!武技〈因果応報斬〉!!」
ファーインの放った斬撃は、サトゥルヌスがファーインかけたバフと、デケムにかけたデバフにより、深く深く体に突き刺さった。
「滅びよ!!」
そしてその斬撃はそこで終わりではなく、剣が慟哭し、デケムの身体にヒビが入っていく。
「バッ…バカな!選ばれし種族の王たる我が肉体が…!!」
しかしヒビは全身に広がっていき、その隙間からは黒い霧が上がり始めた。
同時に、剣を持つファーインの身体にも同じヒビが入っていく。
限界を越えた武技の重ね掛けにより、ファーインの身体は既に壊れ始めていた。
そして最後に放ったオリジナルの武技は、恨みを持つ相手に対して、自身の肉体の破壊と引き換えに相手の肉体を破壊する、真に
ファーインとデケムには15近いレベル差があった。
だが重ね掛けされた支援魔法と、自身の肉体を犠牲にする決死の武技、そして死を顧みない限界を超えた武技の重ね掛けにより、ファーインは結果的にデケムとのレベル差を埋めるに至ったのだ。
デケムの身体が砕け散った。
それは、ファーインが復讐を果たしたという事実を物語っていた。
だが同時に、ファーインもまた体が崩壊していく。
「…至高神様……心から…心から感謝いたします……至高神様のおかげで私は……私の復讐と、スレイン法国の仇を……そして私に……母としての心を……どうか……許されるのであれば……あの子にお伝えください……母として相応しくない行い…すまなかったと……ああ……至高神様……私は満たされました」
ファーインの身体は砕け散った。
「ファーインさん!!クソッ!!……いや後で蘇生すれば済む話だ!今は…!」
「モモンガ様!!やはり
「やっぱりか。パンドラ、お前が見たところ奴のレベルはどれくらいだった?」
「はっ、おそらくですが
「よし、じゃあたっちさんに擬態したお前ならば力で圧倒できるな。たっちさんになって、剣撃で動きを封じろ。デバフで魔法は封じてあるから魔法で逃げることもできないだろう。俺は奴の記憶を読んでユグドラシルプレイヤーかどうかを調べる」
「畏まりましたッ!」
再構成されていくエルフ王の身体に、再びたっち・みーに擬態したパンドラが斬撃を放った。
「グアッ…貴様ァ!!だ、誰だ貴様は?!余が高貴なエルフの王と知っての狼藉かッ?!!」
復活後速やかに斬撃で手首足首を切り離されたエルフ王は、突然目の前に現れた鎧の騎士に混乱している。
サトゥルヌスも現在は幻術も解いた人間形態なので、エルフ王からすると、いきなり知らない者が現れた状況である。
「非道なるエルフ王…お前が知る必要はない」
「なっ…人間?!誰だ…誰なのだ貴様らは…?!さっきの緑髪の女は?我が子を宿す栄誉を与える筈であった緑髪の女は?!」
「ゴミが……そいつを動かないようにちゃんと押さえつけておけ。
サトゥルヌスが驚愕の表情を浮かべる。
「……記憶が……壊れている…バカな…いや……なんだこの者達は…まさか既に
サトゥルヌスは顔じゅうに汗をかきながら、魔法を解除した。
閲覧だけであっても50年の遡りはかなりのMPを消費してしまったのだ。
そして、50年より昔、そこから昔の記憶が存在していないのだ。
不自然に壊れたような記憶。
そして壊れている50年前付近に、何者か——おそらくこのデケムという者の記憶を壊した者による意図的な記憶操作が為されている。
エルフが選ばれし高貴な貴族であるという強い思い込み。
それが偉大な父による教えであるという思い込み。
そして幾つかの会話の記憶。
ダメだ、MP消費量を考えるとこれ以上は
そこでサトゥルヌスは思い出した。
記憶を読み取るのは
だがその方法は、この者を殺してしまう可能性が高いので迷っていたが背に腹は代えられない……。
「…パンドラ、タブラさんに擬態し、この者の脳を吸って記憶を読み取れ。後で俺が
「はッ…ですが、それを行いますと、この者は脳を失い、廃人となるか死ぬと思われますが、よろしいですか?」
「…ああ。ファーインさんの思いあるし、ナズルさんから聞いたスレイン法国との関係性を考えると、どのみちこいつは殺さなければならないだろう……脳を吸ったら再びたっちさんになり……殺すのだ。できるだけ速やかに、な」
「畏まりました」
脳を失い、首を切り落とされたデケムの横で、サトゥルヌスはファーインを復活させるべく、粉々となったファーインの遺体に向かって〈
「〈
サトゥルヌスはこの世界で蘇生を行う場合は、対象者の同意が必要であることを初めて知った。
そして頭の中にファーインの声が響く。
『至高神モモンガ様…心から感謝いたします。私はモモンガ様のおかげで、心の蟠りを全て掃うことが出来ました。満たされた私は至高神様の御許へ参ります…』
「な……これは……輪廻の彼方に戻った…だと…?!」
「…モモンガ様?」
パンドラは、呆然とする主に何が見えているのかは分からなかった。
分からなかったが、その様子から、今はアクターとして歌うべき時ではなく、主の心を慮るべき時だと理解し、それ以上の言葉を発さなかった。
それは生と死を司る神。
神は全ての生の始まりと終わりを見つめることが出来る存在。
ファーインは、自らの中に産まれた憎しみと蟠りを、これまでの旅と最終的にデケムを討てたことで解消することが出来た。
そして母としての思いも理解でき、一方でどうあっても娘の半身を愛することが出来ないだろうことを悟り、この世界を去ることを選択した。
元のリアルの、日本の価値観で言えば、それは恐らくは“成仏”と言われる状態。
ファーインは満たされたのだ。
この世界で唯一の存在である
だが、神の設定を持ちながら、人間種である鈴木悟には、それを超然とした思いで全て受け止めることは出来なかった。
「ファーインさん………俺は……神なんかじゃ……」
モモンガ様の葛藤が始まります。
なお記憶操作については、“閲覧”だけならばこれくらいいけるということにしています