オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
「サトゥルヌスさん!」
「あ……あけみちゃ……いや、ミルンドール様」
ファーインの死が取り戻せないということを理解し、少しの間呆然としていたモモンガは、あけみちゃん…に擬態したパンドラの声で我に返った。
「はい、申し訳ありません。ですが、緊急事態です。先ほどの超位魔法が解除されたことで、城内のエルフたちが、エルフ王や捕らえられていた女性たちの様子を確認するために動き出しています。部屋が大破したときの音も聞かれていると思われますので、この部屋に来るのも時間の問題です!」
「そうか…そうだな。じゃあ一度スレイン法国へ戻らないとな……だが…ファーインさんの装備などは持ち帰るべきだな……形見として」
「はい、ですが、待ってください。エルフたちとは別にこの城に急速に近付いてくる者が居ます」
そう言うとミルンドールは、先ほどの戦いにより破壊され、穴が開いた…というか、だいぶ風通しが良くなったエルフツリーの外に視線を向けた。
「なに?それはエルフではないのか?!」
「わかりません…分かりませんが、このタイミングでの接近、もしかするとエルフ王の記憶について何かを知る者かもしれません」
「……なるほど。だが、こちらに全く情報が無い状態で対峙するのは危険だ。やはり一度スレイン法国へ戻り
「はい、それもいいかもしれませんが、この者が対策をしている可能性がありますし、何より直接対峙をした方が情報が集められます!」
「うん…しかし…」
「サトゥルヌスさん…いえ、モモンガ様。ここは私に任せてはいただけないでしょうか?モモンガ様はこの場に居ながら、
「パンドラ……分かった。だが俺が危険だと感じたらすぐに
「はいッ!Wenn es meines Gottes Wille!!」
「ドイツ語ォ!……いや、すこし落ち着いた…すまないなパンドラ……では任せる。クラススキル・〈冥界下り〉」
***
「王!!ご無事ですか?!!………なっ何だこれは?!!!」
王の私室の間の扉を開けた側近は、その光景に驚愕した。
室内は“荒らされた”という表現では生ぬるいほどで、物品は散乱し、あるいは悉く破壊され、あまつさえ壁には大穴が開いていて、エルフツリーの外の景色が見えるようになってしまっている。
そしてそこの佇むのは、王ではなく、見慣れぬ緑髪の女エルフ。
側近の記憶では、その女は王の妃や連れてこられた女ではなかったから、明らかにその者は不法侵入者である。
「きっ…貴様何者だ?!王は……まさか、そのご遺体、貴様が暗殺したのか?!」
その問い掛けに、緑髪の女は静かに答えた。
「私はミルンドール。遥か東、ダークエルフが住む付近から、暴虐を尽くした王の被害者たる人間の女性をお連れした者です」
「な……人間の女……まさか、いや、奴らは国に逃げ帰ったはず…お前は、あの人間の仲間なのか?!」
「いいえ。人間の、ではありません。女の敵と成り果てた王に仇成す者で、あの人間の女性、ファーインさんに賛同した者です」
「なっ…ファーイン…やはり、あの人間か……しかし、そのファーインはどうしたのだ?!」
「ファーインさんは、その命を賭して王を討伐しました…そして彼女は力を使い果たし、粉々に砕け散りました」
「なっなんだと?!馬鹿な?!あの王を倒したというのか?!」
「王が変わってしまった事、私がいた辺境まで届いていました。なぜあなたたちは、あのような所業を行うようになった王に従っていたのですか!」
「くっ…それは……」
「王は嘗ては自ら弓を取り、モンスターを倒し、為政者として立派だったと聞いています。ですが今の王は最低です。私が知る村の女を攫って、強制的に子を孕ませていると聞きました。そしてついには異種族である人間にまで手を出したと!このままでは人間の国との戦争になるかもしれませんし、単純に女として許せません!だから私は、王に乱暴されたという被害者の人間のファーインさんをここまで案内したのです。あなたたちは側近なんでしょう?なぜ王を諫めなかったのですか?!」
「くっ………諫めた。…だが変わってしまった王は、我らの言葉など聞かず、諫めた側近を殺したのだ……王との力の差は歴然。それ以降はもう誰も諫めることなど出来ず、ただ王が元に戻ってくれるのを祈っているばかりだった…可能な限り村々の者に気づかれぬ様、各村の長老には口止めをしていたつもりだったが、ダークエルフの集落がある辺境にまで噂が広まってしまっていたか……」
「そうですか……私はこの件に関わってしまった手前、これからファーインさんの着ていたものなどを、遺品として彼女の国までお届けします。…戦争にならないように、王の乱心だったと伝えはしますが、それで人間の方々が納得するかどうかは分かりませんからね」
「待て、ミルンドールと言ったか……さすがにそれには俺たちが同行した方がいいだろう。ついていく者を選定するから待ってもらえるか?」
「それは止めた方がいいですよ。ファーインさんが仰るには、人間の国はすでにエルフ国に対してかなり怒っていて、少なくとも王の側近などは信用できないとの事でした。私のことは、ファーインさんが生前に彼女の国へ伝えてくれていたので、私だけでしたら、話位は聞いてくれるでしょうね」
「それでは場合によってはお前が、人間たちに殺されるかもしれない。流石にそれを見過ごすわけにはいかないと考えるが…」
「今まで王の行いを、見てみぬふりをしてきたあなたが、私などを心配するのですか」
「俺たちとて……あの状況が良いとなど、思ってはいなかった…王が身罷った今、もはやこれ以上、同胞が傷つくのを良しとは思わぬのも、また事実なのだ…」
「……そうですか。捕まっていた女性の人たちは、すでにファーインさんと私で逃がしました。今後は彼女たちが安心して暮らせるよう、まともな為政者を選んでください」
「ミルンドール…殿。人間の国へ赴いた後、もう一度ここへ戻ってきてはもらえないだろうか?」
「まずは人間の国との仲直りが先です」
「そうだな……分かった。王は乱心の後、その被害者たる他国の者に討たれた…これを事実として他の側近たちと話しておこう」
「よろしくお願いします。それでは」
ミルンドールと名乗ったその女エルフは、その足でゆっくりと王の私室を後にした。
その緑髪が視界から消えた後、側近の男は膝をついた。
「ああ…何ということだ……だが、おそらくはいつかはこうなる日が来る定めであったのだろうな……あの人間の女…確かに強かったが、あの王を倒すほどだったとは」
これからやらなければいけない事が山積みであると理解しているその側近のエルフは、他の者達へ何があったのかを伝えるために急いで部屋を後にした。
部屋の外、正確には部屋に空いた大穴の外から、その会話の一部始終を覗いていた者が居た。
その者は宙に浮いた白金色の鎧姿で、エルフ王の私室から人が消えるのを確認すると、静かに部屋の中に侵入した。
「…成程、こうなったか。まあ死人に口なしということで、これはこれで良かったかな。しかしここでデケムの装備を回収するのは得策ではないね。侵入したことがバレるのは良くない……スレイン法国の、ファーインと言ったか。あの女の装備も回収されてしまったか。
そう呟くと、その白金の鎧は、三日月湖のほうへ向かって飛び去って行った。
王の私室から全ての者が消え、そして十分な時間が経った頃、部屋の中に染み出すように白い影が現れた。
その影は神聖な白い法衣を纏った白髪赤目の人間の男。
その者は24時間に1回、この世界から姿を消し、魂が輪廻に混ざる、その直前の場所へと赴くことが出来る。
このスキルは
つまり、このスキルが発動している間は、その他の者は一切の干渉をすることは出来ず、一方で神たるその存在は、世界に影響を与えることは出来ないが、“あちら側”から存在を消した場所の様子を観察できる。
これは非常に恐ろしい能力で、例えば他ギルドにこっそり侵入し、その中のどこかでスキルを発動すれば、無期限且つ他からの干渉が出来ない状態で潜伏し続けることが出来、情報も抜き放題だし、プレイヤーが全てログアウトしたところで戻ってくれば、ギルド武器破壊も難しくないということ。
また、ギルド防衛線においても特定の部屋の入り口などでスキルを発動し、敵が侵入したタイミングで戻ってくれば、簡単に挟み撃ちにできる。
モモンガがこのスキルを獲得したのは98レベルの時だったので、この凶悪なスキルが他のプレイヤーあるいは他のギルドに使用されることは無かったが、もしもっと早く覚えていたら、AOGの悪評はさらに高まっていただろう。
ともかくもモモンガは、〈冥界下り〉を使用して、その中で行われた会話を観察していた。
「パンドラは、想像以上に賢いな…俺じゃあ思いつかない作戦だった……それにしてもあの白金の鎧……やはりデケムの記憶の中にあった者に声が似ていた。スレイン法国のことも知っている口ぶりだったし、要注意なのは間違いないな……よし、パンドラを回収して戻るか」
そう言うとモモンガは、パンドラに
***
法都シクルサンテクスの神殿、最高機関長達の会議はありていに言えば、混乱を極めていた。
始まりは聖殿の
曰く、漆黒聖典第一席次であるファーイン・ルジェナ・フーシェが、自身の復讐と護国のため、単独でエルフ国に潜入。
そしてその命を賭してエルフ王であるデケム・ホウガンを討ち取ったという。
機関長たちは、まさか、とは思ったが、エイヴァーシャー大森林侵入後に道案内を請け負ったミルンドールというエルフが、そのファーインの遺品として彼女の装備を持ち帰り、かつその最後の戦いについて説明をした。
そしてそれに続いて、混乱する機関長会議の席に、偵察任務で出ていた漆黒聖典の第二席次の帰還の知らせが届く。
曰く、エルフの王城の外から観察していたところ、王城周囲が凍り付くような天変地異の後、巨大な爆発のような音がしたとのこと。
これはミルンドールというエルフの説明にも合致している。
そして、さらにその後、撤退を開始しようとした部隊の前に、白金鎧の騎士が現れ、自身をアーグランド評議国の評議員の使いと名乗り、『世界盟約の件で確認しなければならない事態となったので、この文書を持ち帰りスレイン法国中枢の者達で確認すること』と言われ文書を預かったというのだ。
そしてその文書にはこう書かれていた。
八欲王の子孫たる者が、スレイン法国の者の手で討たれたことを確認した。
350年前の世界盟約について違反が無かったか、再び協議をしなければならない事態であると考える。
故に貴国の代表の者の、アーグランド評議国に招聘ならびに、評議会への出席を要求する。
なお貴国代表者の他、エルフの王国においてこの件を知る者あるいは、エルフの王国内で貴国の者を王城まで案内した者の同行も要求する。
期限はこの文書を渡した後1年以内とし、1年以上経過しても貴国の使者が訪れない場合は世界盟約違反と判断するものとする。
———アーグランド評議国、永久評議員ツァインドルクス=ヴァイシオン
最高神官長のイジドールは頭を抱えた。
スレイン法国にとって許されるべき敵と成り果てたエルフ王は、どうやらファーインの手によって殺されたようだ。
これは異なる3者からの情報が一致していることからも、おそらくは事実とみてよさそうだ。
ファーインという、この国最高峰の強さを持つ者の死は国にとって大きな痛手であったが、一方でエルフ王が討てなかった場合、スレイン法国はエルフの王国と戦争状態になることは確実であったから、これから先、何年、いや何十、何百年続いたかもしれない戦争という、国の疲弊の原因が取り除かれたことは、喜ぶべきことかもしれない。
幸い我が国の国民は、まだエルフ王の狼藉を知る者は少ない状態だったので、この時点で元凶が取り除かれたことは救いであったといえる。
大樹海の中でファーインを王城まで導いたというエルフの女によれば、エルフ国の中でも王が狼藉を働いているという事実、ましてや人間の国の女に手を出して国家間の争いの火種を撒いたという事実を知る者は僅かで、また、事実を知る者はそれを良しとは思っていなかったが力のあるエルフ王に逆らえない状態であったというから、彼女を通じてエルフ国の中枢の者とうまい事話し合えば、国家間、あるいは国民間の争いにはならない可能性が高い。
しかし新たな問題は、アーグランド評議国が絡んできたことだ。
世界盟約。
厄介な話である。
この国の中枢にある者として、その内容を概ねは理解しているつもりだ。
それは乱暴に要約すれば、八欲王やその子孫と関わらない、あるいは力を貸さないというもの。
口伝によれば例のエルフ王が八欲王の子孫であるということを、50年以上前からこの国の中枢の者は知っていた。
だが、その王は——現在の状況からは想像もできないが——害悪な存在ではないと考えられていて、かのエルフ国とも、ある程度友好な関係を保てていた。
しかし、ファーインの一件の後、その評価は見直される。
八欲王は、やはり八欲王であったと。
そしてファーインが産み落とした存在、アンティリーネ。
あの娘は我らが神の子孫であるとともに、かの八欲王の子孫。
世界盟約に反する存在。
此度の竜王からの文書。
それは真に、アンティリーネの存在を詰問するものなのかもしれない。
あの娘が住む領域は、六大神様がその秘技にて、外からの監視を防ぐ結界を張ったとされる場所。
竜王と言えど、その結界を越えた監視など出来ぬと考えていたが…。
そしてこの招聘、応じないという手はない。
第二席次によれば、使者と名乗った白金鎧の者は、明らかにファーインを超える強さを持っていたとのこと。
招聘に応じないということは、最悪、アーグランド評議国との戦争の火種になり得るということなのだ。
ファーイン亡き今、ましてやファーインが生きていたとしても、それほどの存在を使者として出し、聞いた話では、評議員として竜王たる存在が5体以上も存在する、かの国との戦いは避けなければならない。
イジドールをはじめとした11人の機関長たちは、今すぐに結論を出すことは難しいと考え、また、報告のために呼んだナズルと、他国の使者であるミルンドールというエルフの前ではこれ以上情報を開示すべきではないと考えた。
「ナズル、そしてミルンドール殿。報告ご苦労であった。特にミルンドール殿は長旅で御疲れでしょう。宿を手配いたしますので本日はゆっくりとお休みいただきたい。ただ、本日この場で見聞きしたことは他言無用である事を強く意識していただきたい」
その言葉に、ミルンドールと名乗ったエルフは、その美しい顔に僅かに笑みを浮かべ言葉を発した。
彼女は、場合によっては敵として扱われるかもしれないうえ、明らかに国の重鎮たる者が集まっているこの会議室に呼ばれても、不思議とその表情に不安や恐怖の色は無く、むしろ堂々として威厳すら感じるような雰囲気を纏っていた。
だからこそ、イジドールからの言葉に対する返答は、その場に居る者達にとって、むしろ自然に感じてしまったのだ。
「最高神官長イジドール・トゥア・クインティア殿。私は先ほどのご報告の他、
「なっ…!」
機関長たちは、明らかにそのエルフの雰囲気が変わったことを察知した。
そしてその時になって初めて、横に控えるナズルが、そのミルンドールというエルフに対して敬意を示す様な姿勢をとっていることに気づいたのだ。
ナズルは力が特別あるわけではないが優秀な者。
そして優秀な彼女が、明らかに最高神官長に対するもの以上の敬意をそのエルフに向けている。
深夜と言っていい時間。
既にアンティリーネは眠りについていた。
彼女はまだ知らない。
彼女の母は、その役目を果たし、すでにこの世には居ないことを。
母が遺した装備は再び宝物として国の宝物庫に仕舞われたが、ファーインが生涯最後の旅で、神から教わった戦い方や御言葉の数々、そして、神への感謝と娘への言葉が記された小さなノートだけは、ミルンドールという従属神がこっそりとナズルに託した。
そのノートがアンティリーネの手に渡るのはもう少し後のことになる。
ともかくもその日、その法都シクルサンテクスの聖殿の最奥。
闇が支配する空間に、11名の機関長たちが足を踏み入れた。
彼らははじめ戸惑いながらその闇の中を進んだ。
次の瞬間、ミルンドールと名乗っていたエルフが純銀の鎧を纏い、膝をつく。
ここまで最前列を歩いていた、先導役のナズルが、両膝をつき闇に祈りの姿勢を示す。
11人の誰かが、あるいは全員がごくりと息を飲んだ。
そしてその次の瞬間、闇が、死が、形を持った。
その御姿は経典に記された御姿そのもの。
11人は瞬時に理解した。
そして同時に、涙を流しながら平伏していた。
(沈静化)