オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
「……そんなことが……許されるのか…?」
イジドールから、巫女姫の詳細を聞いたサトゥルヌスは呟いた。
そして、赤い瞳をさらに赤くして、彼は半裸の少女に近寄る。
そして何事か魔法を呟くと、その手を少女の額にある叡者の額冠に触れる。
「……やはり知らないな、こんなアイテム…なんだこの非人道的なアイテムは……外すと発狂だと?…しかも“役目を終えたら神の御許に送る”だと?!」
イジドールは全身が震えていた。
何故だかは分からない。
分からないが、至高神は明らかにお怒りになっている。
喉が渇く。
至高神から溢れる怒りを帯びたオーラが肌を刺すような気がする。
「………イジドール」
「はッ!!!」
「この非人道的なアイテムは、誰がいつ持ち込んだ?…そしてこの国に幾つある?!」
「はッ!でッ伝承によれば…200年以上前の特別な
「残りの2つはどこにある?」
「はッ!嘗て巫女姫を憐れんだ聖典部隊隊長が破壊したと記録されています!!」
「そうか……イジドールよ………全ての巫女姫と、使用していないもう1つの叡者の額冠をここに集めよ」
「畏まりました!!」
走り去るイジドールの背を見送りながら、サトゥルヌスは呟いた。
「パンドラ……聞いた話では、あのアイテムはスルシャーナさん達が持ち込んだものではないし、ネコさま王国の皆だって、いくら人間を守るためとはいえ、こんな非人道的なことを望んでいるとは思えない……俺は間違っているか?」
「いえ、モモンガ様は間違ってなどおりません。私が姿を模しております、たっち・みー様であっても同じことをされるでしょう!!」
「そうか……そうだな……だがこの国は“巫女姫”が居なければ第6位階以上の魔法を使えず、敵地の監視なども行えない様子…正直カウンター対策無しで覗くというのは信じられんが……今後、そういった必要が生じた際はどうすればいいと思う?」
「はっ。命じていただければ、私がぬーぼー様にも、死獣天朱雀様にもなり、お役目を果たさせていただきます!」
「そうか…すまないなパンドラ。俺が必要だと感じた時はそうさせてもらうことにする」
「モモンガ様が謝る必要など一切ございません!私はモモンガ様のために存在する身でありますれば!!」
「ふ……
光神殿の間に6人の巫女姫が集められた。
そして宝物庫に仕舞われていたスペアの叡者の額冠を持ったイジドールが、促されてその額冠を純銀鎧の従属神に渡す。
「イジドールさん…先ほどは怒りをぶつけてしまいすみませんでした。ですが、このアイテムと巫女姫の方々の扱い、明らかにスルシャーナさん達が望むものとは違うし、私の考えとも反します」
「めっ…滅相もッ…滅相もございません…!!」
至高神から怒りのオーラは消えていたが、今度はその至高神に謝られるという事態に、イジドールは頭がどうにかなりそうだった。
だが言葉を続ける至高神の真剣な表情に、イジドールは、これこそがまさに神の教えなのだと理解し、その言葉を聞きながら今度は涙を流していた。
「…人間が弱く、亜人種や異形種からの侵略に対して脆弱だということも分かります。ですが、私も異形種の姿を持っていますし、スルシャーナさんだって異形種だったはずです。亜人種であっても、共生できる人だっている筈です。そして今後は、私や、このパ…純銀の聖騎士がそういった外からの侵略に対抗できる策を考えます。だから、この人たち、巫女姫の方たちを解放していあげてください。そしてこのアイテムは二度と使わないよう私が預かります…宜しいですか?」
「もっ…勿論でございます…!至高神さまの御勅命、従わぬ者などこの国に、いえ、そのような人間などおりません!!」
「ありがとうございます…それと泣く必要はないですよ…」
そう言うとサトゥルヌスは静かに巫女姫のほうへ手を伸ばす。
その様子を見たイジドールは、そのまま額冠を外せば巫女姫が発狂することを理解していたから、一瞬目を見開いた。
だが次の瞬間、至高神は穏やかな表情で呟いた。
「イジドールさん、この力のこと決して他言しないでください……クラススキル・〈明けぬ夜、沈まぬ太陽〉……発狂を含む全ての状態異常を【禁止】する」
イジドールは生涯、その日見た奇跡を忘れることは無いだろう。
至高神様から虹色の光が溢れ、その光が光神殿を包み込んだ。
そして、至高神様は次々と巫女姫たちから叡者の額冠を外していき、外された額冠は純銀の従属神様に渡されていった。
虹色の光の中で、巫女姫たちは瞬間その眼に生気を取り戻し、しかし疲れからか皆床に座り込んだ。
6つ目の額冠が外された後、至高神様は『
今度は暖かな光が溢れ、少女たち、ついでに全速力で走って疲れていた自身の疲れも含めて、全ての者が完全に回復した。
「良かった……イジドールさん、皆に服を着せてあげてください」
そう言うと至高神様は、従属神様を伴い、静かに光神殿の外に出られていった。
6人の“元”巫女姫たちは混乱しながらも、何かとてつもなく神聖な存在に自身が救われたということだけは理解したようで、その場で手を合わせて祈りを捧げていた。
モモンガが99レベルの時に覚えた、【
一見単純だが、この能力も他に漏れずぶっ壊れで、【禁止】できる事項は、状態異常だけでなく、例えば“魔力系魔法の使用”や何なら“死”も禁止できる。
例えばもし“死”が禁止された場合は、スキル効果が切れるまではHPが1を切ることが出来なくなる。
この効果は殆ど全ての他の能力より優先され、WIによる効果がこのスキルの指定と相反す状態となった場合は、両者の効果が打ち消されることになる。
つまりいつでも使えるワールドアイテム級の力なのだ。
モモンガは、この能力を使えるようになったのがサービス終了直前だったので、ワールドアイテムによる両者効果打ち消しなどの事実は把握できていないが、このタイミングでスキルを使用したことで、感覚的にスキル使用の条件を何となく感じ取った。
【禁止】できる事項は、ユグドラシルではコンソールから選択だったが、それが無いこの世界では自由度が非常に高そうだということ、そして一方でモモンガ自身が全く経験した事が無い事象については頭の中にイメージが無いので【禁止】は出来なそうだということ。
叡者の額冠が
これはモモンガが、現時点で
もし仮に、
なので今回モモンガは、叡者の額冠によって起きる効果の“発狂”を禁止し、ワールドアイテムではない叡者の額冠の効果よりも、【
その後何日かかけて、至高神はスレイン法国の現状を丁寧に聞いていった。
その御方が降臨された至高神様であることを知るわずかな者達意外と会う時は、かの御方は人間の姿で各部門の責任者に話を聞き、そういった者達は、その白髪の青年と純銀の騎士を新たな特殊部隊の者であろうと言外に理解していたようだった。
至高神様は、この国の問題——それは人間という種が脆弱でいつ外からの侵略により滅ぶか分からないということだけでなく、国の中の問題、例えば犯罪者や、国民が潜在的に持つ他の種族に対する恐怖といった感情、さらには周辺国に対する働きかけなどについても熱心に聞き、そしてその都度、従属神の方とお話をされて幾つかのご提案をされていった。
およそ1か月の間にいくつかの新しいことが決められた。
一つ、無暗に魔法等で他国や敵国などを覗かない事。
これは至高神様によれば、実は非常に危険な事らしく、相手が高い魔法力具体的には第8位階程度以上の力を持っていれば、覗いた瞬間逆撃をくらい、多くの者の命が脅かされる可能性があるからだという。
なので、どうしても必要がある場合は、至高神様、従属神様が実行なさるので奏上することとなった。
一つ、新たな他種族と接触した場合は、例えそれが異形や亜人であっても最初から敵対行動を取らず、まずは相手の本質を見極めること。
これも前項と同じで、最初から敵対行動を取った場合、相手が非常に強い場合はこちらが滅ぼされる可能性が高いというだけでなく、至高神様の御認識では、姿が性質を現わしているわけではなく、悪魔やアンデッドであっても有効な者も居れば、同じ人間種であっても邪悪なものが居るとのこと。
この事実はスレイン法国民にとっては衝撃的な内容であるので、時間をかけて教育をしてく必要があるだろうとのことだった。
一つ、六大神様より伝えられているアイテムのうち、幾つかのもの、例えば、ケイ・セケ・コゥクなどは従属神様が管理し、神官団の判断で使用しないこと。
これは、アイテムの希少性の問題だけでなく、それが他に漏れた際のリスクが大きいというご説明であった。
また基本的に全てのアイテムは、一度従属神様がその性質を確認してから、どのように管理していくかをご判断されるとのことだった。
一つ、巫女姫のように、国民が自らの命やそれに準ずるものを犠牲にするような形で国に仕えることを禁止する。
至高神様は仰った。六大神様も、至高神様も、決して民の犠牲を望んでいないと。それが必要かもしれないという事態となったら、まずは報告・連絡・相談をして、至高神様と従属神様が対処できる道を探すと。
この余りに慈悲深い御言葉に、機関長たちが何度目か分からない涙を流したのは言うまでもない。
一つ、全ての国民が健康に過ごせるよう、ポーションの研究を今以上に推進せよとのこと。
スレイン法国は六大神様からお伝えいただいた赤いポーション、通称“神の血”を安価に再現するために腐心していたが、今後は従属神様が自らその研究にお力を貸していただけるとのこと。
その研究は引き続き秘匿されたものとなるが、従属神様はその際に、何らかの
また、ポーションの研究が進むまでは、至高神様が自ら病人や怪我人の治療を行って下さるとのことで、住民台帳や早馬、
同時に、全ての国民は“健康診断”という調査を毎年行い、この調査で体に異常が無いか調べる仕組みを作ることとなった。
一つ、全ての国民は可能な限り危険性が少なく、かつ適正な給与が得られる仕事をし、仕事も職務上どうしようもない者以外は1日8時間以上労働しないようにすること。
これは前項と重なる部分があるが、健康という観点からの問題。そしてこれに付随して、“ぶらっくろうどう”なるものを根絶するためとのこと。これは神官長であっても例外ではなく、可能な限り夜間の会議も避けよとのことだった。
また、現在の神官長クラスの給与について説明したところ、至高神様は『成程、よく考えられていますね…』と仰ったが、その後しばらく従属神様とお話され、『給与の件ですが、素晴らしいシステムではあると思いますが、今後は役職が上がるごとにちゃんと給与は増えていくようにしましょう。ただし、その上り幅は僅かにしてはどうでしょうか?』とご提案なされた。
全ての神官長が『畏れ多い』、『至高神様の御傍に居られることが何よりのご褒美です』と奏上したが、それについては従属神様が説明をなされた。
「ええ、それこそが問題なのです。高い役職の者ほど給与が少ないということは、神官長は信仰のみを頼りにしているということ。ですが信仰というのは時に厄介なものでございます。完全なる存在であらせられるン~~モモンガ様を信ずることは当たり前ですが、全ての者が、その信仰を、ン~~モモンガ様の望まれる形で体現できるかは分かりませんし、その信仰も過ぎれば判断を誤ることがあります。例えば、非常に強い他種族が侵攻してきたとして、皆さまは神のために命を投げ出すことこそ正しいと考え、勝てないと分かりながら特攻するのではないですか?神は御優しく、そのような事を望まれていません。何事もバランスを持って考える必要がある……ン~~モモンガ様はそう仰りたいのです。そしてそれ以上に、ン~~モモンガ様は、信仰の名の下に、働いた分の対価が得られないブラック労働を好みません。お分かりですか?」
こうして至高神様の降臨後、1か月ほどでスレイン法国の内部システムは大きく様変わりを始めた。
多くの国民たちはその偉大な神の降臨を知らない。
知らないが、自分たちの暮らしが明らかに良くなっていくことを実感していくのである。
また、エルフ国との戦争が回避されたことで、スレイン法国の中枢の者は将来的にエルフたちとの友好関係を取り戻してく必要があると考えた。
これはだいぶ後のことになるのだが、スレイン法国とエルフ国は交易を頻繁に行う様になるだけでなく、エルフ国の移住者を積極的にスレイン法国に受け入れ、スレイン法国の中で働くエルフたちがチラホラと見られるようになっていくのである。
同じ頃、国民の健康診断への誘導や、犯罪の対処、その他さまざまな形で国民を救う手助けをしている、新たな、国の特殊部隊員であると思われる純銀の聖騎士が有名となり、ごく一部の国民が見たというその聖騎士の兜の下の顔が、緑髪の絶世の美しさを持つエルフであったとの噂が流れたことも、スレイン法国民がエルフを受け入れる土壌となったという。
一度は故郷の村に帰ったとあるエルフの幼子は、自分を地獄から救ってくれたその緑髪のエルフの元へ訪れ、その後の長い時間、スレイン法国の発展のために尽くすこととなる。
その幼子———ミューギ・ヤアセは、自身を救い出してくれた緑髪のエルフに懇願してそのファミリーネームを貰い、その新たな名前をスレイン法国の住民台帳に刻むこととなった。
至高神様と従属神様は、来る竜王との対峙のために情報収集を怠ってはいない。
彼らは今後のスレイン法国のあらかたの方針を決めた後、シクルサンテクスの聖殿——アンティリーネとナズル、そして現在はミューギも住む、その場所の調査をしていた。
「ナズルさん、それではこの巨大な棺型の部屋は、伝承ではスルシャーナさんの従属神が眠っているといわれているのですね」
「はい。仰る通りでございます。その御部屋の中にはスルシャーナ様の最後の従者にして、従属神様であるルファスさまが眠られていると伝えられております」
「…そうですか」
モモンガはっきりと覚えている。
スルシャーナさんが見せてくれた彼のNPC。
種族は
100レベルのアストラル系アンデッドだ。
名前まで一致していることから、この部屋の中にルファスが居る可能性は高く、そしてそのルファスに会えばスルシャーナさんの居場所についても何かヒントが得られるかもしれない。
竜王という存在と戦う可能性がある以上、戦力は増強しておきたいし、何より友人に会いたいという気持ちが強い。
この気持ちは現在の人型の姿、サトゥルヌスの状態の時により強く感じる。
だが扉がどうやっても開かないのだ。
ナズルさんの話でも、他の神官長の話でも、この部屋の中に入る方法は伝わっていないとのこと。
どうしたものか…と悩んでいると、視界の端に2人の少女が写った。
「ミューギさん、どうしたんですか?」
現在はミルンドールの姿になっているパンドラがそれに気づき、声を掛けた。
神、至高神、従属神といった存在について、現時点で徒に教える必要はないと判断したため、アンティリーネとミューギは、正確にはサトゥルヌスとミルンドールの正体を知らない。
「お…おかあさま。その、お仕事中にごめんなさい。リーネがお腹がすいているみたいだから、その…」
ミューギに手を引かれたアンティリーネは、少し俯いた表情でこちらを見た。
アンティリーネには、時間をかけて母の死が伝えられた。
国のため、命を懸けた素晴らしい人だったと。
そして最期に、母らしいことを出来なくて済まなかったと言葉を残したと。
虐待と言っても差し支えのない行いを強いてきた存在であったが、最後の1-2週間は確かに、母は変わり始め、アンティリーネ自身も少しだけ母の愛を感じることが出来ていた。
だが、その死が伝えられたことで彼女は再びふさぎ込んでしまった。
それを救ったのは、間違いなくミューギの存在だった。
アンティリーネよりも少しだけ年上だったミューギが姉のように接して世話をしてくれていることで、少しずつ彼女の目には光が戻り始めている。
きっと彼女が笑顔を取り戻す日もそう遠くは無いだろう。
ナズルは、そうなった頃に母が遺した手帳を渡すことを考えている。
モモンガは、というと、ファーイン同様、いやそれ以上に才能と未知の
「そうですね。ミルンドールさん、それに皆も。今日はここまでにして食事にしましょうか」
次話からドラゴン対峙が始まります。
パンドラはポーション研究時はタブラさんの姿(脳食い)になっています。