オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
「パルメーラ様、それに御仲間の皆様も。お会いできて大変光栄にございます」
非常に畏まった様子で完璧なお辞儀をして見せた、その黄金の姫の様子を見て得た感想はそれぞれだった。
賢いアルベドは、その友好的で従順な態度をさておき、未知の者に対する一定の警戒心を持った。
ニグレドも同様にある程度の警戒心を持ったが、ウルベルト・アレイン・オードル様に対する態度から少なくとも敵ではないのだろうと考えた。
ルベドは警戒心も敵対心も友好的な感情も特には持たず、そういえばバルコニーから見ていた人だなと思った。
ペストーニャは外見が明らかに人間ではないので、基本的には顔を隠すヴェールを常にかぶり、その表情は伺えない。
タブラ・スマラグディナは、聖天を倒した後に見たヤンデレ顔の真意を知りたいと興味を持ったが、一方で現在の人間種の自分は、
るし★ふぁーは特に何も考えていない。
「ああ、ラナーか。そういえば俺の仲間に紹介する必要があるな」
「これは大変失礼いたしました。それでは自己紹介をさせていただきます。わたくしは、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと申します。この国の元第三王女で、現在は王妹ございます。パルメーラ様には、この度の王都における犯罪組織の一掃、並びに敵対的な天使やそれに続く竜王という存在の討伐の数々により、例えでなくこの国をお救い頂きました」
「えー王女?!パルメーラさん、どんだけ主人公してんの?!」
悪戯っぽい顔の少年の言葉に、ラナーはクスリと笑う。
「いや、ショータローさん…主人公ってなんだよ……まあ、あれだ。詳細は後で説明するが、この国に居た八本指とか、そういうのを排除するのに色々と手伝ってもらった…と言ったところか」
「ふむ……」
その短いやり取りの中で、疑問を感じたのは茶色がかった黒の髪と目を持つ男。
ラナーからすれば、この中でも最も年長に見える。
ウルベルトさんは貴族とか、上流階級みたいな者が好きではない筈。
にもかかわらず、彼の態度からラナーとやらへの、そういった感情を感じ取れない。
また、ラナーは明らかに、悪魔となったウルベルトさんを目撃していて、それについて特に疑問を持つでもない。
さらに、第三王女とか王妹というのがこの国でどれほどの地位か分からないが、少なくとも王族で、見たところ魔法的、物理的な強さを持っているようには見えないのに、お供も連れず1人でこの場に現れた。
『パルメーラさん』は英雄かもしれないが、言ってしまえば平民の冒険者で、かつ、彼女からすれば得体が知れない私たちのような存在が居る場所に、平気な顔をしてやって来るものだろうか?
違和感を持ったが、異形としての人外の賢さを持たない状態のタブラではこれ以上の想定が浮かばなかった。
『ウルベルトさん、彼女、幻術を見破る術を持っていますか?』
『ん、幻術?いや、無いな。影に俺の召喚した悪魔が入っているが、そういう力は持っていない』
『成程…では、ニグレド、私に、今の私の姿の幻術をかけてください。本来の姿に戻りたいので』
『畏まりました、タブラ・スマラグディナ様……完了いたしました』
『ありがとう。アルベド。このラナーという王女のことで気づいたことがあれば共有してください』
『畏まりました、お父様』
幻術に関して高い技能を持つニグレドの魔法により、タブラには人間の姿に見える幻術がかけられ、その後タブラは、速やかに本来の
途端に溢れてくるような集合的知識の数々。
タブラは少し微笑み、ラナーと名乗った王女を見つめた。
「これは、王女殿下でございましたか。私はパラケル。彼女たちは皆私の娘で、年長の者から、ノアー、ルゥオン、ルージェと申します。こちらの子はショータローと言って私の親戚です。パルメーラさんから聞いていらっしゃるかもしれませんが、私たちは皆、パルメーラさんと同郷の者です」
「パルメーラ様とご同郷の。そうでございましたか。この度は私どもの国をお救い頂き、感謝に耐えません。つかぬことを伺いますが、皆さまはこれより、その故郷へ戻られる予定なのでしょうか。国を代表する者として御礼をしたいと考えております。皆様が望むのであれば、パルメーラ様や皆様に、この国の土地や爵位を差し上げることも難しいことではございません」
「パルメーラさん、爵位や土地、欲しいですか?」
「いや、いらねーな」
「そうですね。ラナー殿下、大変ありがたいご提案ですが、我々は故郷に帰るべき場所が有りましてね。それに、まだやらなければならないことがあるのです」
「ふふふ…パルメーラ様がそう仰ることは分かっておりましたが、私どもはそれほど感謝していると意思をお伝えしたく、ご提案をさせていただきました」
「成程、私どもの仲間がお役に立てたようで何よりです。ですが仮にパルメーラさんが土地が欲しいと言った場合ですが、陛下に確認を取らず、殿下が独断でそれを下賜いただけるということだったのでしょうか?」
パラケルの質問に、ラナーの笑顔が少し深くなった。
「ええ、パルメーラ様は最早この国の救世主であり英雄です。兄も断ることは無いでしょう」
「そうでございますか。ありがたいことでございますね。ちなみに殿下はパルメーラさんと竜の戦いをバルコニーよりご覧になっておられましたね。陛下や、大臣のような他の重役の方もご覧になられておいででしたか?」
「うふふ…いえ、兄も含め、城の他の者は空での大爆発の後に城の外へ出てまいりました。パルメーラ様と、お仲間の皆様の戦いは、他の者には少々
「成程、成程。では少なくとも、戦いや、その後のパルメーラさんを見たうえでのご判断であると理解いたしました」
「ええ、もちろんでございますわ、パラケル様。そうですわ、興味本位で伺いたいのですが、パルメーラ様と同郷の皆様もやはり、
「どうでしょうか?どう思います、パルメーラさん」
「ん、強さか?どうだろうな。相性とか準備とかあるから、何とも言えないんじゃないか?」
「そうですよね。あ、ちなみに叡智という観点では、私の娘ルゥオンは、私よりも優れていると思いますよ。父として子が己を超えてくれるのは嬉しい限りですが」
「お、お父様、そうようなことは…いえ、光栄に思います」
ラナーの顔は笑顔のままだが、目の色はさらに深みを帯びていた。
「そうでございますか、うふふふふ」
「いえいえ、つい娘自慢になってしましましたね。ところで殿下は、パルメーラさんに御用事があってお越しいただいたのでは?」
「うふふふ。そうでしたわね。ですが、概ね
「ありがたいお申し出ですね。それでは近々、馳せ参じさせていただく事になるかと存じます。ラナー殿下の御名前をお伝えすれば良いですか?」
「ええ、もちろんでございます。嬉しいですわ」
そう言うとラナーは立ち上がり、再び完璧なお辞儀をして部屋を後にしようとする。
その去り際に、パラケルが言葉を掛ける。
「この度はお越しいただき感謝いたします。王族の方がお1人で出歩かれるのは危険ではございませんか。もしよろしければ我々のうちの誰かが護衛をしても構いませんが?」
するとラナーは、さらに目の色を深くしながら礼を言う。
「ありがとうございます。ですが、わたくしには、パルメーラ様の御守りがありますので…それではもう一度お話しできる日を楽しみに待っております」
ラナーが遠ざかったところで、タブラがニグレドに言葉を掛ける。
「ニグレド、部屋の周りに
「畏まりました、タブラ・スマラグディナ様」
ニグレドの魔法が完了したところで、タブラが再び口を開く。
「という訳で、アルベド。この後あのラナーのところへ行きましょう」
「危険ではないでしょうか?」
「王城内には力を持つ者は居ないでしょう。そしてラナーの様子から、もはやその心配は無いかと」
「ですが…あの者はウルベルト・アレイン・オードル様に対して…」
「待って待って!タブラさんもアルベドもじゃんじゃん話進めないで!どーいうこと?」
ショータローが手を上げて2人の会話を制止した。
「あー…るし★ふぁーさんにも幻術かけて本性になってもらっておけばよかったですね。まあ簡単に説明すると、あのラナーという王女ですが、恐らくは非常に賢く、王城の中での政治などを牛耳っている存在かと思います。一方でウルベルトさんの悪魔の本性を目撃しても嫌悪感を抱かず、何なら心酔している節があり、彼女をおさえてしまえば、この国では今後うまく出来そうな感じがします」
「え……今の会話でそんな話してた?」
「まあ、お互いにしか分からないようにギリギリ情報出しながら話してましたからね。で、彼女がここに来た目的ですが、この世界基準で非常に強力なウルベルトさんを、今後も味方にしておくため、その仲間である我々がどのような者達なのかを偵察に来たのでしょう。なので我々の情報を少しだけ与え、少なくともウルベルトさんに近い強さで、アルベドなどは非常に賢いとアピールしたところ、一度腹を割って話したいとご要望されました。なので、私とアルベドでお邪魔して話をつけて来ようかと」
「まーじかータブラさん神すぎるでしょー」
「いや、
「どうだろ?あんまし天使状態で居たことないからなー」
「ま、聞くところ天使の姿は聖王国では神認定されている可能性高いですからね。亜人国家群もですが。なのであまり天使形態にはならない方がいいと思いますよ。で、ウルベルトさん、ラナーと話す前に幾つか情報が欲しいのですが、ウルベルトさん、もしかして王城の中で悪魔になって暴れたりしました?」
「え……いや…俺が暴れたわけじゃないが…」
「いや、責めているのではないので。教えといてください」
「…分かった。えーっと、まず、バルブロとか言う阿保王子が居てな……」
…
「成程。だいたい分かりました。ていうか、ウルベルトさん、やりすぎです」
「はっ…責めないって言ったよな?!あと、るし★ふぁーさん、そろそろ笑い転げるの止めてくれ」
「うへへへへっ…!ごめっ…へへへへ…ぷっくくくくくく!!!!」
「はぁ…
「あー……まあ、正直、転移とか考えてなかったんだ……ていうか他ギルドの奴もそんなに転移してきている可能性あるのか?」
「まあ、ほぼ確定ですね。“六大神”や“八欲王”はギルドごと転移してきたプレイヤーなののは間違いないですし、この大陸のもっと南の方にミノタウロスの国があったのですが、その国にも過去にミノタウロスのアバターのプレイヤーが来ていたようです。“八欲王”はギルドホームらしきとこを見てきましたが、明らかに『アースガルズの天空城』でしたよ」
「はっ?!あいつらも来ているのか?!!」
「ええ。ですが、どうやらプレイヤーはもう居ないようでした。転移してきた時期を考えるとおそらく寿命で死んだのではないかと思いますが、確かエルフアバターのワールドチャンピオンが居たと思いますので、その人は生きているかもですね」
「まじか……このタイミングでタブラさんに会えてよかったぜ」
「いや、もう遅いですね。この国ではウルベルトさんは英雄、というか人間に友好的な伝説の大悪魔ですよ。放っておけば、あなたの伝説が他の国へどんどん広がっていきますので、やがてどこかに居るプレイヤーとか、あるいはこの世界のヒトでも転移者という存在を知っている人が居ればコンタクトを取ってくること必至です」
「お…おう……で、どうすればいいですか…」
「はぁ……ラナーとの話し合いですが、彼女は高い確率でウルベルトさんをこの国の守り神か何かに据えてきます。そうならないように、現国王がちゃんと統治しつつ、今後腐敗が起きず、かつウルベルトさんの存在はうまく秘匿する感じで、この国の政治形態を変えていくよう進言してみますよ」
「え、そんなことできるのか…?」
「うーん…まあ五分五分ですけど、ラナーはウルベルトさんの力をある程度理解したうえで心酔している気がしますし、その仲間である私からの助言だったら聞いてくれるんじゃないですかね。後は彼女の政治力次第ですが、ウルベルトさんの話から考えても、その点は大丈夫な気がします」
「おお、マジか。タブラさんぱないな」
「いや、太古の死語使って褒めないでください。喜んでしまいますから。で、方向としては数十年とかかけてゆっくりと民主主義にシフトしていく方向で行こうと思いますが、エ・ランテルとかエ・アナセルでしたっけ?そういった領主が居ない街から始めてそれをモデルケースにしていくというのを勧めてみます。“パルメーラさん”はエ・ランテルに所属だと聞きましたが、そういう方向に持っていくのは何か問題がありそうですか?」
「んー…ないんじゃないか?あの街は都市長とか言う代表はいるが、重要事項は都市長入れた数名の有力者の合議で決めている節があるから、そのシステムをそのまま持っていけると思うし、住人の生活も変わるとは思えないな」
「承知しました。ではさっさとラナーのとこに行ってきます。あ、それと『漆黒の剣』のニニャという方と、『蒼の薔薇』のラキュースという方については後日もう少し詳しく教えてください。というか一度お話させてください。色々と気が合いそうですので」
「ん?そうか…?確かにニニャは
「ええ、もちろんです。それでは、アルベド、行きましょう」
「はい、お父様」
神殿を後にしたラナーは、再びフードを深く被り王城を目指して歩きだした。
…いけない。
そもそも陰にはパルメーラ様の悪魔が居るし、犯罪者組織も居なくなり、今街はお祭り騒ぎだから、自分の存在が露見したり一人で出歩くのが危険という可能性は低いのだが、それでも笑顔を抑えるのに必死だ。
ああ、今すぐ踊り出したい。
この民が行き交う往来で、ダンスのように踊り出したい…!!
この世界には、数えきれないくらい、未知があるのだ。
パルメーラ様だけでないのだ。
あの場にいた者達は、おそらくはパルメーラ様と
鳥籠は壊れた。
パルメーラ様が壊してくれた。
この世界には、まだまだ自分が知らないもので溢れている…!!
「それでも、あの悪魔の魅力……あの悪魔の獰猛と叡智とが共存する御力以上に、私をこんな気持ちにさせるものはないわ……あの悪魔の御力で、早く、私を……」
フードを被ったその小さなシルエットの者の身体がぶるんと震え、その者の歩様は一瞬止まった。
その小さなシルエットの者は、震える腿を奮い立たせて、努めて普通に悪魔崇拝に傾きかけた、その賑やかな街の往来を再び歩き出した。
***
その日の夜、一行は法都シクルサンテクスの一画、聖殿の入り口に姿を現わした。
瞬間、ここまで
「いや、あの…平伏はやめてもらえます?」
「あははーこれで3人とも神様扱いだねー」
「いや、ショータローさん、この人たちは事情を知っている人たちですから……来ましたか」
パラケルの言葉に、全ての者が聖殿の扉を見た。
そこに現れたのは純銀の聖騎士。
「お待ちしておりました…ここでは詳しい御話も出来ませんので、こちらへ」
一行は純銀の聖騎士の先導で聖殿の門をくぐる。
その中で唯一、アルベドだけは、その純銀の聖騎士に厳しい目線を向けている。
全てその者が門をくぐると、その扉は閉じられ、最奥へ続く道が照らされる。
その道には、首を垂れ、一行に最大限の敬意を払う者達が控える。
「あ」
声を上げたのは、ショータローだ。
なぜならば彼は、知っている人物を見つけたからだ。
その人物———エルフの女性は、嘗て自分の透明化を見破った聖王国の神殿の、確か名はミューギ司祭。
ミューギは、神たるショータローの自身を覚えていたであろう言葉を、密かに光栄に思いつつも、伏して表情は変えず首を垂れる。
パルメーラもまた、気付いていた。
あれは確か、エ・ランテルのカジット、それにエ・アナセルのカイレという名の老婆。
確かにこの世界のレベル状況を考えると、強い力を持っている者だった…。
カジットも、カイレも、その悪魔の半身を持つ英雄の視線をこの上ない光栄な気持ちで受け止めながら、努めて表情には出さず首を垂れる。
やがて一行と、それを先導する純銀の聖騎士、そして7名の者達がその後に続き、聖殿の最奥に進む。
最奥に待つのは一人の少女。
白と黒のツートンカラーの髪に、同じく白と黒のオッドアイを持つ、少しとがった耳を持つ神人。
彼女もまた、純銀の聖騎士と一行の姿と見るなり、深く首を垂れる。
そして最奥部に到達したところで、純銀の聖騎士が言葉を述べた。
「皆さま、私は御言い付けに従い、現在は外では元の姿に戻れぬ定め。そして、ここにいる8名と御仕事のために外出となっているもう1名を合わせた9名は、かの御方……至高神モモンガ様の信徒でございます」
決定的な言葉。
しかしながら一行は予感していた。
その奥で待つ者が、我らがギルマスであることを。
「…パンドズ・アクター、なのですね」
代表してパラケルが喋る。
「…仰る通りでございます。ですがここにいる8名は、皆様の
その言葉を聞いたタブラが一つ頷くと、3名の神がその本性を現した。
大災厄の魔、ウルベルト・アレイン・オードル。
それに続き、4名の従属たる者達も、その姿——犬頭の異形、怪人、淫魔、
首を垂れる8名は、その姿勢そのままに、溢れる涙を抑えることが出来なかった。
神が…ああ、神が……!!
第1第2席次を除き、至高神様には直接お目通りをしたことすらなかった者達は、その身に余る光栄に、涙を抑えることなど出来なかった。
輪廻の聖典に記された、40柱の神々…その御姿は真にそのまま…いや、想像していたよりも何倍も神々しい……!!
純銀の聖騎士は、膝をつき、臣下の礼を取ると、静かに語り出した。
この150年、何があったのかを。
***
最奥の、さらにその先の領域。
嘗てこの国を建国した神の、最期の従属神が長い時間を過ごしたその領域に、殆ど反射的に走り込んだのは、意外にも大災厄の魔であった。
「…モモンガさん!!」
だが、その森の中の一画のような場所に、モモンガの姿はない。
「聞こえてはいるんだろ?!俺は……ストレンジのことなんざ気にしていない、いや、モモンガさんの対応は正しかったと思う!それにモモンガさんが作り上げたこのスレイン法国という国は…神殿というシステムは…この世界の人間だけじゃない、俺と、俺がこの世界で見つけた仲間を救った…!」
「モモンガさーん…オレさ、たぶんだけど、モモンガさんが作った部隊の、ミューギさんって人のおかげで、この世界で新しい友達とうまくいった気がするんだよねー…それに、えっと…言いづらいけど、持ってたワールドアイテム使っちゃった。ホラ、出てきてさ、オレのこと怒っていいよ。いや、
「モモンガさん…私たちは、餡ころもっちもちさんを倒した竜王という存在に気づき、ここまで皆で旅をしてきました…その竜王を倒すことはギルドとして、仲間として、必要なことだと考えていましたから、モモンガさんがしてことは正しい……ギルマスとして、あるべき姿です。そして餡ころもっちもちさんは、きっと戻ってきます。そのために私たちはナザリック地下大墳墓を探さなければいけない…モモンガさん。あなたも一緒に探してください……お願いします」
狭間の世界。
波打ち際の世界で、一人膝をつき、輪廻の彼方へ流れていく魂をただただ見つめている存在があった。
白髪赤目のその神たる青年は、もはやその感覚は鈍化し、全ての生あるものの魂の流転を眺める存在になりつつあった。
だがその日、確かにその神は、かの者の声を聞いた。
『モモンガさん!!』
その声は、懐かしく、愛しく、しかしながら、自分が輪廻に還してしまった嘗てのクラン仲間の、最も親しかった者の声に似ていた。
意識は少しだけ、波打ち際から砂浜へ戻った気がした。
だが神は、その声の主に謝るための言葉が見つけられずに、その両の掌で、耳を深く覆った。
『ウルベルトさん……俺は……ストレンジさんを……』
その波打ち際の世界には、誰も干渉できない。
この世界のあらゆる者も。
ユグドラシルのあらゆる者も。
ましてや自ら耳を塞いだその神に、何かを伝えるには、何らかのイレギュラーでも起こらない限りは。
***
数週間ほどの時間、3柱の神はその場に留まり、至高神に声を掛け続けた。
しかし至高神が、この世界に戻り、言葉を発するには至らない。
生と死の神を愛する淫魔は、それが意味のないことだと分かりながら、至高神の従属たる純銀の聖騎士を責めたが、彼女もまた、本質的には純銀の聖騎士に責任があるわけではないことを理解していたため、最後は俯き、自らの行いを謝罪した。
このままこの場所で声を掛け続けても、事態は好転しない。
それを悟ったタブラ・スマラグディナは、意を決して皆に声を掛けた。
「…皆さん、このままここに居ても、モモンガさんは戻らない可能性が高い…ですから私たちは探しましょう」
「探すって…何を?」
「決まっています。私たちのギルドホーム…そして恐らくはモモンガさんが心を閉ざしている原因の一つ、餡ころもっちもちさんが居る場所、それを探すのです」
「タブラさん……ナザリックは、確かにこの世界に来ているのか?」
「…確証は持てません。ですがここまでのことを考えるとその可能性は高い。ペストーニャの言葉によれば、あの日、餡ころもっちもちさんが抱きかかえていたエクレアは来ていない。それにデミウルゴスも来ていない。100レベルのデミウルゴスが来ていないとなると、この世界への転移の条件は強さそのものでなく、おそらくワールドアイテム。過去に転移しているギルドホームの話から考えても転移の起点となるのはワールドアイテムの存在が関わっている。そして我々のギルドホームには【諸王の玉座】がある。このことから考えると、ナザリックが転移している可能性は充分に考えられます」
「じゃあ、この世界のどこかにナザリックが来てるかもしれないってこと?」
「ええ…というかすでにパンドラが、スレイン法国の特殊部隊に命じてナザリックも探していたようですが、あくまで捜索範囲は周辺国までです。なので私たちはそれよりも広い範囲で……」
タブラがそこまで言ったところで、聖殿の中に新たな者が姿を現わした。
「あれー、やっぱりみんなこっちに居たんだ。どったの?伝えなきゃいけないことあるんだけど、なにかあっ……………かっ神様!!!!」
ビキニアーマーのような服の上にシスター服を着た、金髪ボブカットの若い女が、その聖域に足を踏み入れた。
「クッ…クレマンティーヌ!!」
緊急事態故、入り口に誰も立たせていなかったので、彼女はごく普通に入ってきてしまったわけであったのだが、その様子にアンティリーネは顔面蒼白になった。
「純銀卿、並びに40柱の神様…、これは私の責任です!!どうかこの子をお許しくださいッ!!」
「あっあっあっあっ…!」
深く頭をこすりつけるアンティリーネと、口をパクパクさせているクレマンティーヌと呼ばれた女の様子に、神々はやや呆れ気味に言葉を掛けた。
「いや…あの、何度も言いますが、そんなに畏まる必要はないですし、不敬とか、そういうのは無いですからね……それで、そちらのクレマンティーヌさんというのが、お仕事で外に出ていた方ですか?」
「あっ…あっ……そっそうでございますっ!!」
神々が怒っていないことを理解し、アンティリーネがクレマンティーヌの背中を撫でながら落ち着かせる。
「タブラ・スマラグディナ様…誠に、ありがとうございます!…クレマンティーヌ…落ち着いて……それで、何か伝えることがあると言っていませんでした?」
「あっあっ………はっ、はい。その、神様の痕跡と、それと国家間戦争の兆しが…!」
「ん…神様?国家間戦争??…タブラさん、もしかして他の人の転移じゃないのか?」
「そうですね…クレマンティーヌさん、落ち着いて。それらのことを教えてもらえますか?」
「はっ…ハイ!その……竜王国にて、明らかに逸脱者級以上の実力を持つ者の痕跡を確認しました」
「竜王国…確かバハルス帝国の南東にある国でしたか…。それで、その方の御名前は分かりますか?」
「ハイッ!あの……伺った話では、遥か南の国の貴族である、ソルディフ・カーゴ・カルト・ヘロ=へロ卿という方だと…」
「うっは…!!絶対そうでしょ!!」
「だな」
「ですねー」
「??」
クレマンティーヌは神々の御言葉の真意が分からず少々困惑したが、ともかくも報告の続きを述べる。
「それと、国家間戦争の件ですが、バハルス帝国が、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテル自治領に宣戦布告を行いました」
「……は?!」
「……何だって?!」
***
バハルス帝国が宣戦布告を行う少し前、『蒼の薔薇』の
「じゃあ皆、悪いがまた少しの時間離脱する」
「気を付けるんじゃぞ。強くなったとはいえ、
「そうよ。晴れて
「リグリット、それにラキュース。ありがとう。だが、これは私個人の問題だからな……まあまたすぐに戻って来る」
「お土産希望」
「できれば若い男の子」
「バカニンジャどもが……あの辺りは畜産が盛んだったからな。まあ質のいいチーズでもあったら買ってきてやるよ」
「なあ、イビルアイ。今度はよう、俺っちも連れてってくれよ。ラキュースも俺もだいぶ強くなった気がするけど、もうこの国は平和になったから、しばらくは戦う相手もいなそうだしよ!」
「ふっ…そうだな。まあ、お前たちが居るから、今回は安心して“里帰り”できる。ババァも、頼んだぞ」
「ああ、ゆっくしてくるといいさ。こっちはしばらく街の復興を手伝ってるからの。なんかあったら
「恩に着る…じゃあ、行ってくる……
自身のレベルの上昇を理解した、その
これはいつものこと。
強敵を倒し、“れべるあっぷ”したことを感じるたびに、彼女は故郷へ帰る。
それがほとんど不可能であることを理解しつつも、嘗てのインベリア王国の皆を取り戻すために、何か出来ることは無いかと考えて。
本当は分かっている。
アンデッドになって、すでに消滅した者は戻らない。
だから今回の里帰りも、きっといつもと同じただの墓参りに過ぎない。
分かっている。
そう思い、彼女は転移の魔法を唱えた。
今回の旅が、思いがけない出会いを齎すとも知らずに。
次回、一話だけ閑話を挟んで、新しい御方が降臨する8章に続きます。