オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
ケイテニアス山から降りてきたイビルアイは、その後エナ多種同盟国の中で知っている幾つかの都市を回ったが、いずれも街の様子は様変わりしていた。
街の様子、というかコンセプト?はそれぞれで異なる趣があるのだが、いずれも共通しているのはアンデッド、というか好戦的でない者は如何なる種族であれ交易相手であれば特に差別されることは無く、イビルアイはその赤い目を晒しながら街を徘徊しても何も言われることは無い。
また、そういった感じに街が変わったのはいずれも同じ時期で、皆『ナントカという商人が…』と口を揃えてその存在を示唆するものの、ヒュエイオーンなどの特に力のある者以外は誰も名前を知らず、そして顔の特徴も思い出せないという。
共通しているのは、非常に口が上手いらしく、だが一方でお互いが利益を得られるように交渉をしていて、街の住人達も意識しないうちに、おそらくはこれらの状況は、間接的にその商人により齎された可能性が高いということ。
イビルアイとしては複雑な気持ちもあるが、総合的には好印象である。
もちろん、祖国を含むここら一帯の様子を様変わりさせたということに思うところが無いわけではないが、結果的には自分のようなアンデッドが安心して暮らせる環境を作ってくれたということは、彼女のこれからも続く永遠に希望を齎してくれたといえる。
そのセンスは、正直良く分からないが、先ほど露店で売っていた、串に刺した何らかの魚介類の揚げ焼きのような料理も、おそらくは美味しいものなのだろう。
イビルアイは食べられない訳ではないが、嘗てのように味を感じることは出来ないのでその匂いだけを嗅いだが、甘いような香ばしいような香りは確かに旨いのだろうと予想できた。
そのうち
そんな事を考えたが、同時に例の商人のことも気になる。
アンデッドを含めた異種族に対する偏見の無さ、1年程度という短期間で広大な地域に変革をもたらす影響力……今のところその商人が“強かった”という話は一切聞こえてこない。
だが、誰もが顔を思い出せないというのは不自然だ。
リーダー、パルメーラ、それに挨拶したパラケル氏やショータローという少年……その商人が、彼らと同じ故郷を持つ者の可能性は充分にある気がする。
「“ウィード”というのもおそらく偽名なのだろうな…それに一緒に居たとか居ないとか色々言われている同行者の女…こちらに限っては名前すら分からない。ただ、人間種によればその者は非常に美しかったということだ…パルメーラに情報提供するにも、まだ全然情報不足だな。もう少し情報を集めるか」
イビルアイは城郭都市の幾人かの有力者から聞いた情報———件の商人は次の商売のため新たな土地に旅立ったという話から、その者達の行先を予想する。
ヒトが集まる場所……ここから近い場所となると西の果てのあのドラゴン崇拝者たちか、あるいは北の砂漠とその先の亜人国家群。
いや遥か東には島国があると聞いたことがあるが、イビルアイはそこについては詳しく知らなかったので、まずはより人口が多いと予想される大陸中央の亜人国家群を目指すことにした。
砂漠を越えるのは常人には困難。
だが、だからこそ、その商人とやらがリーダーたちと同じ故郷出身の超級の者だという証拠ともなる。
それに、亜人国家の中でも力を持つ6つの国のうち、最もここから近い位置にある
彼はもう亡くなってしまったが、彼の親族にでも会えれば協力してくれるかもしれない。
「もしその商人が訪れていれば、何らかの変化が起きているだろう……もしヤバそうだったら転移で一旦帰ればいいしな。だが、ここから先は再び仮面をしなければならんな」
イビルアイは、得意魔法である
***
「うーん…こりゃどういうことだ?前のケイテニアス山と同じ感じか??」
忍者装束に身を包んだ弐式炎雷は手甲で野良アンデッドの骨を砕きながら山脈を進んでいく。
振り返るとナーベラルは、命令された通り出力を抑えた最小限の力で
「ナーベラル、一旦集合」
「はいっ!畏まりました!!」
目に見えるところにいるアンデッドをとりあえず一掃したところで、弐式炎雷はナーベラルと情報のすり合わせをすることにした。
「ナーベラルが戦ったアンデッドの強さはどれくらいだった?」
「はい、最大でも15レベルに届かないかと思います。第3位階魔法で十分対処可能でした」
「うん、やっぱりそうだよな……この感じ、前の山に似てると思うんだけど、ボスみたいのがいるかどうか俺が一気に潜入して調べてきた方がいいと思うんだけど……」
「そっそれはっ!!弐式炎雷様御一人で潜入するのは危険でございます!!あ、いえ、決して弐式炎雷様の実力を疑っているわけではございません!!ですが!!その!!」
ナーベラルはしどろもどろになりながら、今にも泣きそうな顔で弐式炎雷を見つめる。
「はぁ…まあ、分かったよ。じゃあ前の時と同じように、人間種のスタイルで行くからさ、こっからはお前も敵は出来るだけ回避してさっさと山頂まで進もう。それでいいよな?」
「はいっ弐式炎雷様っ!!」
NPCの忠誠心、というか主人を守ろうとする気持ちは半端ではない。
それはここまでの旅で痛いほど理解した。
そもそも、このようなダンジョンぽい場所に来た場合、最も手っ取り早いのは弐式炎雷が最速で駆け抜けて、ボスが居ればさっさと一撃必殺を決めることである。
この世界のレベルの状況からも弐式が手こずる存在が居る可能性は低い。
しかし弐式は、100レベルとしては防御力が非常に低い。
それはレベルの割り振りを一撃必殺を出すためのクリティカル率と速さに極振りしているからである。
ナーベラルは主のそういった状況を知っているので、万が一が起きないように自分が盾となりたいと考えているのだが、そもそもレベルが違うし、何より早さ極振りの弐式についてくることは不可能である。
一方で弐式炎雷が選択した2つ目の種族である人間は、忍者の“草”としてのロールに拘ったステータスになっていて、商人のクラスを極めたうえで、敢えて忍者の時とは正反対で攻撃力と速さは殆ど強化せず、余った職業レベルは全て防御に割り振った。
なのでこの世界では、実は人間種でいる方が弐式炎雷にとっては安全な状態なのである。
ただ忍者の時とは違い、速さは無いので、進むスピードは非常に遅くなる。
まあこの世界の基準では、という修飾語がつくのだが。
10レベル程度のアンデッドであれば普通に走れば逃げ切れるのである。
弐式炎雷は、さっきのナーベラルの表情……口が悪い黒髪和風美人さんが、ちょっと泣きそうな顔になったのを見て、ちょっと、もやっとしたが、邪念を振り払って山頂に向かって進むことにした。
「ナーベラル、ちょっと止まって」
「はっ!」
「あとちょっと山頂だけど、なんか…変な感じがするな。ナーベラル、
「畏まりました!
「やっぱりか。どうすっかな…ハーフゴーレムの姿は見られない方がいいだろうし……よし、じゃあアンデッドから逃げてる風の感じで人間として接触しよう。ナーベラルもそういう演技…いや、えっと。いつも通り行商人の従業員として接触な。なので基本喋らずについてくる感じで」
「畏まりました!」
「アンデッド・ドラゴンか…次から次へと…!!だがアンデッドになったのが運のツキだぜ。ドラゴンのままだったら苦戦しただろうがな。カッツェ平野で覚えた技、喰らうが良い……武技・〈不死斬〉!!」
男が刀を薙ぐと、ゾンビ化したドラゴンの首が落ち、さらにその腐った身体もバラバラになる。
「ふう……これで大物は8匹目か。これで一旦は全部か?一旦さっきの洞窟に戻って……ん?なんだ??」
その男が目を凝らすと、山道を走って来る者が2人。
特にこれと言って特徴が無い男——服装からおそらく商人か何か——と、黒髪の美しい顔をした女が走って近づいて来る。
彼は一瞬身構えたが、その特徴が無い男の言葉を聞き、少なくとも敵ではないことが理解できたため、刀に置いた手の緊張を緩めた。
「そこの人!すんません!アンデッドに追われています!助けてもらえませんか!!」
「…おいおい、なんだってこんな人里離れた山の中に?…まあいい。任せとけ」
走ってきた男女の後ろには、スケルトンが数十体。
普通ならば刀を持った人間1人で対処するのは難しい。
しかしその男———ブレイン・アングラウスは違う。
この程度の修羅場、幾度となく潜ってきた。
特にアンデッドとなれば、あの霧の中、ひと時の相棒であったあの魔法詠唱者の老人と共に過ごした日々と比べれば、霧がない分、随分と楽な仕事だ。
「最早武技を使うまでもない…今の俺には、アンデッドの急所が見える!!」
男女がブレインの背後に滑り込んだ直後、刀が幾度か奔り、スケルトンたちはバラバラに斬り裂かれた。
「いやぁ助かりました、ありがとうございます!」
特徴のない男が、ブレインに礼を言う。
「まあ、いいさ。だがな、なんであんたみたいな戦う職業じゃない人間がこんな場所に居るんだ?ここいらはどうやら、アンデッドの巣窟だぜ?」
「いやぁ…まさかこんなアンデッドだらけとは…俺たちは商人なんですが、この山には話が出来そうなドラゴンの群れが居るって聞いて、商談できないかと思ったんすよ……なんかドラゴンはいないしアンデッドだらけだし…あなたが居て助かりましたわ」
「おいおいドラゴン相手に商売って…人の事は言えないがアンタ等大概だな?」
「ははっ。会話さえできれば商売は出来るってもんで………なんか近づいてません?」
「ん?なんかって……!!」
ブレインが素早く剣に手をかけ上空を見上げた。
そこには一際大きなアンデッド・ドラゴン。
その薄桃色の肉体は所々肉が落ち、骨を覗かせている。
「アアアアアア……!!マホウヲ…!!タカラヲヨビヨセルマホウヲ……!!!」
「クソッ……どうやら親玉かっ!!アンタ等!!逃げろ!!アレは俺でもギリギリだ!!」
ブレインの言の通り、そのアンデッド・ドラゴンは見た目とは裏腹に、素早く飛び回り、山脈の岩や樹々に飛び移る。
ブレインの様子に、その商人の男は逃げるか逡巡している感じだったが、何かを決意した顔になり、ブレインに声を掛ける。
「剣士さん!背に腹は代えらんねぇから、俺の持ってる商品を使ってアレを足止めする。5秒ぐらいなら動けなくできると思うからその間に倒せるか?!」
「なんだって?そんなアイテム…いや、それがマジならやってくれるか?!5秒でも足止めできれば俺が奥義を叩き込む!!!」
「わかった!!」
商人の男は、持っていた背負い袋から巻物のようなものを1つ取り出すと、それを近づいてきたアンデッド・ドラゴンに投げつけた。
するとその巻物はするりと開き、空中で固定されると、その巻物から縄のようなものが出現して縄がアンデッド・ドラゴンに絡みつく。
「恩に着るぜ……喰らえ…武技・〈六光不死連斬〉!!」
神聖な光を纏った6筋の斬撃がアンデッド・ドラゴンに吸い込まれていく。
その身体は斬撃の通り抜けた場所から切り離され、光の粒になって消滅していく。
アンデッド・ドラゴンを倒しきったことで、今度こそ、そこに居る3名の者は安堵した。
「はぁ…まあ結果的にあんたが居たおかげで大物を倒せたって訳だな。だがさっきも言ったように、あんたらみたいな人が来る場所じゃないぜ」
ブレインは、そう言いながら男女の様子を見て気づく。
男の方は見た目通りの商人なのだろう。強さは全く感じられない。
だが、女の方は多少の強さを感じる。難度で言えば50位か。
だがいずれにしろ、アンデッドが跋扈し、先ほどのような推定難度100以上の存在が住む場所に来るべきじゃない。
ブレインは本当に親切心から忠告した。
「俺は見ての通り剣士だからな。戦士としての強さがある程度わかる。そっちの女性は少しは戦えるみたいだから護衛を兼ねてるのか知らないが、あんたの方は全く戦えないだろ?さっきみたいな秘蔵のアイテムも幾つもあるわけじゃないだろうから、こんな場所に来るのは……」
そこまで言うと、さっきまで表情も変えず口を閉じていた女が急に叫んだ。
「その様なことは有りません、このコクゾウムシ(害虫)が!!弐式炎雷様が戦えないなどと!!!」
「おーーーーい!!!」
「……はっ!!!も……申し訳…申し訳ありません……!!!わた……わたしの命でどうか……!!!」
「いいから!!そういうのいいから!!ちょっと黙ってて!!!」
「はっ…!!!」
(口を押えるナーベラル)
「……はぁ………えっと、お名前を聞いてもいいですか?」
「あー……えっと…ブレイン・アングラウスだ」
「ブレインさん、うちの従業員が申し訳ない。ちょっと口が悪いけど悪い子じゃないから……それと、商売をしていると色々と敵を作ってしまうから、普段は偽名を名乗っているんだ。さっきの名前は、忘れてくれるとありがたい。俺は“ウィード”と名乗っている商人です……」
「あー……おう。よろしくな、ウィードさん」
ブレインは何となく察知した。
このウィードと名乗った男が言うことは事実で、実際名の売れたものというのはそれだけで狙われることもある。
嘗て自分も、名の知られた高名な薬師の男を誘拐しようとしたし、その護衛についていた者達も“大導師”の件で有名だった。
名が売れる、本名が知られるというのは、それだけでリスクなのだ。
そして、この従業員の女。
さっき、おそらく“ニシキナントカ”という本名を口走ったことから、商人としては未熟なのだろう。
“うちの従業員”と言われていた通り、おそらくはこの男の部下で、また、実際に護衛でもあるのかもしれないが、先ほどの怒る様子からも、もしかしたらこの男の愛人か、少なくとも男女の関係か何かで、この男を侮辱されるような物言いが我慢ならなかったのかもしれない。
「あー…ウィードさん、なんか、色々とすまんな。それとあなたにも謝らないとな。俺は別にウィードさんのことを侮った訳じゃなくて、本当に親切心から忠告したつもりだったんだが、言い方が悪かったみたいだ。なにせただの剣士無勢だからな。丁寧な言葉遣いが出来ないのは許して欲しい」
予想外の男の言葉に、ナーベラルは目をぱちぱちさせた。
だが弐式炎雷の命令で口を塞いでいたので、どうしていいか分からずプルプル震えている。
「はぁ……謝って、お礼だけは言いなさい」
ウィードの言葉に、女は口を塞いだ手を放して言葉を述べた。
「こ…こちらこそコクゾウムシなどと言って申し訳ありませんでした。ニ…ウィードさーーんのことを侮っていないのであればいいのです。あなたは……アシナガバチ(益虫)ですね」
「??」
それだけ言うと女は再び口を手で覆ったが、ブレインは女が言いたいことがイマイチ分からなかった。
「すまない……ブレインさん」
「あ、いや…まあ、気にしていないから大丈夫だ」
ちょっと変な空気になったが、気を取り直してウィードは言葉を続ける。
「そういえば、ブレインさんこそなんでこのような山に?」
「ああ、まあ武者修行だな。ドラゴンをはじめとしたモンスターなんかが複数住まう山だと聞いたから遥か北の方から来たんだが、入ってみればアンデッドだらけで、それで生きた子竜をやっと見つけ……あ、そうだ忘れてたぜ」
「ん?」
「ここから北側に少し行ったところに洞窟があって、そこに唯一生きている子竜が居たんだ。そいつにアンデッド倒してくれって言われて……とりあえず洞窟まで行こうか」
ブレインについていくと、彼が言う通り北側の斜面に洞窟があり、その中に子竜が蹲って震えていた。
「おい、子竜。この山のアンデッドはあらかた倒したぞ。もう出てきても大丈夫だと思うぜ」
ブレインの言葉に、その子竜は顔を持ち上げ、そして見慣れない2名の人間を見つめた。
「ああ、この2人はお前と同じで、この山でアンデッドに襲われてた人間だ」
その言葉で、やっとその子竜は落ち着きを取り戻し、少しずつ何があったかを説明した。
「…ボクはここからずっと西から、
その子竜の言葉から察するに、おそらくは密猟者か武者修行か何かをしている人間達がこの山を訪れドラゴンたちを殺して回ったと思われる。
弐式炎雷達がコンタクトしようとしていた
殺され、そのまま死体が放っておかれたことでアンデッド化し、そのアンデッドがさらに新しいアンデッドを生み出していった結果がこの山の異常なアンデッド数の原因だったのだろう。
ドラゴンの死体というのはそれだけで様々な素材になるという話だから、死体を放置していったことから目的はドラゴンたちが持っていた宝のみだったのかもしれない。
「まあ…災難だったな。で、お前はこの後どうするんだ?この洞窟に住み続けるのか?」
ブレインが問うと、子竜は洞窟の奥に視線を送り体をブルブルと震わせた。
「ボク、まだ巣立ちする年齢じゃないからお父様のところに帰る……この洞窟はちょっと奥に行くと壁中が毒と酸で汚染されてるから、とてもじゃないけど住めないよ…」
それだけ言うと子竜はゆっくりと羽を広げ、辺りをキョロキョロと警戒した後、体を少し透明に変化させ、西の方へ飛んで行ってしまった。
子竜を見送った後、今度はブレインは、ウィードに問いかけた。
「ウィードさんたちはどうするんだ?」
「そうですね。俺は商売をするのが目的なので…東の列島国家というのを目指して旅を続けようと思います」
「そうか…」
ウィードの言葉に、ブレインは少し考えた後、思いがけない言葉を口にした。
「実を言うと、俺も東の列島国家というところには行ってみたいと思っていた。何でもその列島国家は竜王が支配していて、そこに住む人間や亜人は竜王たちに逆らうことが出来ないとか…もしそのドラゴンを倒せそうだったら挑んでみたいと考えていたんだ。どうだろう、その列島国家まで共に向かわないか?ある程度の敵は俺が倒すし、その代わりと言っては何だが、さっきみたいな強敵に対して有利になりそうなアイテムとか扱っているなら多少提供してもらえるとありがたいんだが」
その洞窟=あいつらの一夜の宿