オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
スレイン法国の聖殿で、タブラ・スマラグディナはため息をついた。
彼の集合知たる頭脳は、一つの可能性を導き出したからだった。
「はぁ……そう来ましたか」
その様子に速やかに反応したのは、アルベドだった。
「お父様、やはりラナー王妹が…」
「でしょうねぇ。タイミング的に、私たちが助言する前から情報を流していた……いや、うまい事伝わるように情報の漏洩を見逃していた、といったところですか」
「あの者…あまりにも不敬な…」
「いえ、アルベド。私の予想では、むしろ逆で、これは、なんと言うか崇拝という感情に由来する行動の可能性すらあります」
「ですが、結果的にお父様や至高なる御方を陥れるような…!」
「ストーップ!!ストップ!ストップ!!」
叡智の化け物2名の会話についてこられなくなった熾天使が声を上げた。
「ちょっとタブラさん、アルベド!また2人の世界入ってたでしょーーー!ちゃんと説明!ほら、パン・みー(たっちさん擬態時の仮称:るし★ふぁー命名)も言ってたじゃん。報連相、報連相!!」
「ああ…そうでしたね。すみません。ていうかあなたも天使形態ですし、ざっくりとは分かるんじゃないですか?」
「いや、話の流れ的にあのお姫様が何かやったのは分かるけど、直接話したのタブラさん達だけで、オレもウルベルトさんも内容詳しく聞いてないから分かんないって!」
大災厄の魔もウンウン頷いている。
本質的には彼は状況が良く分かっていない。
「ああ、確かにそうでしたね……じゃあまずはラナーと話した内容をちゃんと共有します。あー…アンティリーネさん。申し訳ないですが、ここから先は一旦スレイン法国の方はご退席していただけますか。我々で作戦会議をしますので、ある程度方向が固まったら再度説明いたします」
「はっ、ハイ。畏まりました!タブラ・スマラグディナ様!!」
ハーフエルフの少女?の号令で、輪廻聖典の者達は、畏まりながら、速やかに聖域の外に出ていく。
「はぁ…ではラナーとお話した内容を説明します。あの日私はアルベドとニグレドと共に3人でお邪魔しました。ニグレドに幻術をかけてもらって私は本性の状態で話しました。まあ最初の印象は、あの城の悪魔密度の高さに驚いたわけですが…」
「え……いやだって、こうやって平和になった時こそ貴族が下らない事始めそうだと思ったんだが…」
「いや、そうならないように、ウルベルトさんは事前に念入りに腐敗貴族を殺して回った訳でしょう?」
「まあそうだけどな…」
「あ、そこにオレが天使送り込む?城の人達大混乱しそうでめっちゃ楽しそうじゃん?!」
「いや、もう絶対にやめてくださいよ。“天魔の戦い”の再来ですか。城の中の人は悪魔にも天使にもトラウマがあるんですからショック死する人出ますよ!!…いや、それはそれで…少し脚色すればホラー展開に……いえ、すみません。話が脱線しましたね」
タブラ・スマラグディナは、ゴホンと一つ咳ばらいをし話を戻す。
「で、主に話したことは今後のこの国の運営方針です。まず、ラナーの兄のザナックが即位した後、政治は安定方向に向かうでしょうとのラナーの見解です。ウルベルトさんもご存じでしょうが、先王は、王としては甘さがある政治だったようで、必要な際に大鉈を振るうことが出来ませんでしたが、ザナックは必要とあれば非情な選択をすることもでき、何より、誰かのおかげで腐敗貴族のほとんどは一掃されているので、そう言った真っ当な政治を邪魔して来る者も居ないでしょう」
ウルベルトはニヤリと笑い、「フフ」と漏らした。
「ですが、悪魔の方がその
ウルベルトは小さくなって顔をそむけた。
るし★ふぁーが「フヘヘ」と笑った。
「で、私が提案したのはゆっくりとした政治形態の変化です。政治を行える者が少ないならばそれを増やすべきですが、今までのように貴族だけで政を行うとウルベルトさんが嫌う腐敗が生じるリスクが付きまといます。ですが一方でいきなり直接民主制を取り入れるのは困難。なので、大都市のいくつかを自治領として、ゆっくりと民主制を取り入れていくというやり方です。いきなり貴族制を無くすのも困難でしょうから、まずは身分関係なく自治領での政治には平民の補佐を入れていき、やがて多くの者が政治というものを理解したところで民主化を進めるという流れ。まあ、言ってしまえば元のリアルの近代の日本の真似事ですね」
「……しかしそれだと、いずれ俺たちの世界のように、富を築いた一部の者が権力を持ち、リアルと同じ過ちを犯すんじゃないか?」
「リアルには、我々のような存在は居なかったでしょ。我々は表に出ずに監視していて、政治が間違えそうだったら介入すればいいのです…ていうか、その兆しが出たら悪魔たちに指示出すでしょ、アナタは」
「まあ…確かに……その通りだが」
「で、ラナーもこの案には賛成でした。それどころか、現時点で貴族が管理していない幾つかの王直轄都市や、管理する貴族が望む街は、速やかに自治領として独立させようと言っていました」
「ああ……確かにエ・ランテルやエ・アナセルは既にそういう政治形態だからな」
「はい、私もそういう理解だったので、その方向で一旦話がまとまりました」
「えーそれが何で戦争と関係すんの?」
「今回の竜王との戦い、王都では多くの人が目撃していますが、他の街はどうでしょうか」
「どゆこと?」
「この国…と言うかこの世界の認識では天使も悪魔も、普通は見掛けないモンスターです。まあ天使は、スレイン法国なんかが召喚するという認識はあるのでしょうが。そんな普通は居ない筈のモンスターが、王都で大量発生して大暴れ、その原因は空を覆うほどの巨大な竜王で、それを倒したのは悪魔の総大将たるアダマンタイト級冒険者の剣士です。実際にそれを目撃していない遠方の街、それこそ他国などは、この状況、どう思いますか?」
「いやー、なんか昔話?かなんかに感じそう」
「ええ、ほとんど寓話ですよ」
「仮に、領土的野心を持っている皇帝が、敵国である隣国にそういった訳の分からない寓話みたいな災害が起きて、一方で結果的その隣国は大きな被害を受けて国力が急激に低下しているという情報を得たとしたら?」
「いや…タブラさん。言いたいことは分かるんだが、逆に言うと、そんな大災害の元凶である竜王やら天使群やらを倒した奴がいる国に攻め込むのは危険と感じるんじゃないか?」
「ええ、我々の視点からすればそうですよね。ですが、うまい具合に制限された情報が伝わり、『少なくとも首都は災害で大ダメージ』、『国力が落ちていて幾つかの都市の管理が出来なくなり自治領化』、『事件を解決したのは国ではなく冒険者』。この3点のみが伝えられたとしたら?冒険者は、基本的に国同士の争いには手を出さないという掟ですよね?」
「……それをラナーがやったというのか?」
「聞いたお話では、ラナーは王女の時から、王宮からは一歩も外に出ずとも、情報を集め、ある程度貴族の動きを操っていたらしいですからね。全ての情報を流さないというのは出来なくても、この程度は出来るでしょう。なにせ、これらの3つの情報はどれも嘘ではないですし、ありのまま起きたことを信じるには、余りに作り話の様ですから。賢明な皇帝であれば、正常性バイアスのようなものが働いて、その様に考える可能性は大いにあります」
「ラナー……やはり断罪を…」
「いやいや、ウルベルトさん、いや、パルメーラさん。ラナーがこんな行動をしているのは、おそらく貴方のせいですよ」
「…………は?」
「よく考えてください。もし仮に、このまま戦争が始まり、バハルス帝国が圧倒的な力でエ・ランテルに攻め込んできたとします。勿論国力が落ちているリ・エスティーゼ王国はマトモに戦えないでしょう。そして自治領化していて、街の防衛も自治の範囲で行うという話になっていれば、そもそも表立って手出しも出来ない。今、リ・エスティーゼ王国がバハルス帝国と正面から戦えばおそらく負けますし、負けてしまえば奪われるのはエ・ランテルだけではないかもしれない。そうなる位なら、『エ・ランテルは自治領だから知らない』と見捨てた方が、まだ被害は少ないです」
「クソ…そうなると」
「はい。そうなると、エ・ランテルの民が戦う必要が出てきますが、冒険者は国家間戦争に手を出せない。まあバハルス帝国の皇帝はそこも計算していて、先の天魔の戦いで大活躍したのは冒険者だから、戦争には手を出してこないだろうと考えているかもしれませんね。で、『漆黒の剣』のパルメーラさんはどうしますか?」
「…俺が出ればさっさと戦争なんざ終わらせられるからな。冒険者を離脱して、一人で戦うか…」
「ええ、でしょうね。そうなると、戦争の後、パルメーラさんは、アダマンタイト級冒険者にして人類の英雄である『漆黒の剣』の一員ではなく、リ・エスティーゼ王国を救った救国の英雄である、唯のパルメーラさんとなります」
「いやでも、戦争終わったらまた冒険者に戻って…」
「ラナーの事です。戦争が終わったタイミングで現れて、パルメーラさんの前に首を垂れるでしょう。『あなたこそ救国の英雄、どうか私の夫になってください』と民衆の前で宣言。後はもう勝手に事が進んでいくことになる」
「ヒューーーーー!!」(るし★ふぁーの口笛)
「は……?いや、それは無いだろ。ラナーは御付きの騎士のクライムに御執心だぞ」
「はぁ…ウルベルトさんは鈍感悪魔だったんでしたね……私は先日アルベドたちと一緒にラナーと話しましたが、その際、ラナーは私にもちゃんとご自身の夢を共有してくれました。ウルベルトさんが聞いたっていう、例のクライムという騎士との件です」
「ああー……あのドS……首輪の件ねー」
「だろ?アイツはクライムのことが好きなはずだ」
「ですが御執心な相手が1人とは限りません、と言うかラナーは最早、悪魔崇拝者です」
「は???」
「いや、正確にはウルベルト崇拝者です」
「は????」
「あなたが色々と悪魔の姿で脅して、強力な剣撃や魔法を披露して、さらに彼女の中では深淵なら叡智を持つと思っているパルメーラさんに心酔…吊り橋効果とか、ネオフィリアとか、危険な男を好きになるとか……そうですねペロロンチーノさんでしたら『清楚委員長とヤンキー』とか言うかもしれません。つまりはそういう状態です」
「いや………え?…いや……は?」
「あ、それと誰とは言いませんが、少なくともあと2人ほど、パルメーラさんに心酔している女性がいます。それについては答えは教えないので、自分で気づいてください」
「え…………え??????????」
頭の上に大量の『?』マークを浮かべながらフリーズ状態になってしまったウルベルト・アレイン・オードルの様子にため息をつき、タブラ・スマラグディナは続ける。
「で、本題、というかこれから先の動きですが、宣戦布告されてしまったものはもうしょうがないので、できるだけ被害を出さないべきですし、且つ、我らの火力担当をギルマスの許可もなく嫁に出すわけにもいかないので、対応策を考えましょう。まず私は、お伝えしたように、最初にこの世界に転移してきたのは、件のバハルス帝国です。皇帝の目につくのが嫌でわずかな時間であの国を出ましたが、皇帝の側近に2人ほど知り合いがいます。片方は……本当に会いたくないのですが、もう片方は真面目な者です。まずはその者にコンタクトし、バハルス帝国側の動きの詳細を確認します」
「おーまじか。オレもついていっていい?」
「……いや、とりあえず今回は私だけで行きます。少し話を聞いてくるだけなので1日かそこらで戻ります。るし★ふぁーさんとウルベルトさんは、それまでは行動を起こさずに待っていてくれますか?」
「お……おう」
「ちぇー。なんかお土産買ってきてね」
「るし★ふぁーさんは、天使形態なのに人間側に精神引っ張られてません…?まあいいです。とりあえず、ちょっと出かけてきます。お2人は輪廻聖典の皆さんのお相手と、後はギルマスの様子を見ていてください」
***
「はぁ……戦争か」
帝都の高級住宅地の一画。
『アトリエ・フォーサイト』というプレートがかけられた店舗の中の工房で、若い女がため息をついた。
工房には幾つかのポーションや魔法薬のサンプル。
ここに並ぶものは、まだ調合が成功していないもの。
恩人にして、師匠とも呼べる、その謎めいた男と最後に会ったのはもう随分と前で、だが一方で地下倉庫には、定期的に素材が補充されていることから、彼が時折この店に寄って、自分へ無言の応援をしてくれていることも知っている。
一方で彼女は、この店の店長代理というだけでなく、皇帝の側近であり、魔法省の顧問という裏の顔を持っている。
———この度の戦争。
確かに隣国のリ・エスティーゼ王国とは長年小競り合いを繰り返してきた間柄だ。
だがこの2年程は、その小競り合いも行われていなかった。
例の貴族、ソルディフ卿との出会いで、皇帝は将来の卿の国との友好関係を結ぶため、他国への侵略ではなく、自国の安定に力を入れてきた。
だがここに来てその舵は切り替わった。
最初の理由はリ・エスティーゼ王国を除く、周辺国の変化。
リ・エスティーゼ王国を征服した後の次の矛先となる筈だった竜王国は、かのソルディフ卿に対して友好な政策をとることを発表し、さらに新たに得た旧ビーストマン国の領土をソルディフ卿に献上すると思われる。
そしてカルサナス都市国家群は、やはりコネリエでの、かの御方の戦いを見たことで、12小国全てが恭順の姿勢を示し、卿が戻られた折にはカルサナス統合国の統一王をお願いしたいという文書をお渡ししたとのことだ。
これにてバハルス帝国は、東側に領土的野心を向けることが出来なくなった。
それはつまり、暫定ソルディフ卿の友好国に手を上げることに等しいからである。
そうして西を再び見た時に、リ・エスティーゼ王国の大災害の知らせが届いた。
その知らせを持ってきた者達は皆混乱していたが、少なくとも悪魔か天使か竜だかの襲撃で王都は壊滅状態。
そしてその災害を治めたのは国ではなく冒険者だったという。
続けて入るニュースで、隣接するエ・ランテルが自治領として独立する旨を知る。
皇帝は悩みに悩んだ。
災害被害を受けた国に戦争を仕掛けて侵略し、領土を得たとしても、その土地の民の心には深い禍根が残り、統治に支障をきたす可能性がある。
だが一方で、これはリ・エスティーゼ王国を攻める二度と来ないチャンスでもある。
多くの腐敗貴族が災害で死んだというし、復興後はマトモな国として攻めづらくなる可能性が高い。
何より、旅から戻られたソルディフ卿が、今度はリ・エスティーゼ王国をも取り込んでしまう可能性もある。
最終的に皇帝は、その手をエ・ランテルまでは伸ばすことに決めた。
最悪、リ・エスティーゼ王国を手中に収めることは出来なくとも、できるだけ我が国の領土を増やしておきたいし、これは最後のチャンスかもしれないからだ。
理屈は分かる。
だが、まだ完全に大人ではないアルシェにとって、多くの人が死傷する戦争は好ましいものではないし、エ・ランテルの土地は、今では大切な従業員の一人であるンフィーレアさんのご家族の故郷も含まれる。
そういった争いにおいて、皇帝の側近である自分が参加するのは当たり前である。
その事実に何とも言い難い不安感と悲しみを覚えるのだ。
「こんな時……パラケルさん…パラケル先生ならば、どうやって切り抜けるんだろう…」
誰に言うでもなく呟いたアルシェの言葉は工房の壁に染み込み、消えて行く筈だった。
だから、その後に聞こえた懐かしい声に、アルシェは言葉を忘れるほど驚いたのだった。
「ちょうど良かった…私もあなたに用事があるのですよ、アルシェさん」
ペロロン「いやーその組み合わせは背後にNTRありそうで、体調良くない時は避けたいって言うか…それにあの子はヤンデレだから、そのカップルは徐々にヤンキー君が壊されるやつでしょ」