オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
「陛下、この度の戦争についてリ・エスティーゼ王国、スレイン法国、ローブル聖王国から意見書が届いております」
「ふむ…法国は予想通りだとして、聖王国からも届いたか…些か予想外だが、まあ、あの国はアンデッドの件で国力が落ちているし、次に侵略を受けることを危惧してあの神官団長が牽制してきたか?」
そう言いながら、バハルス帝国皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、秘書官が渡してきた書類に目を通し始めた。
書類に目を通し始めると、それまで有った薄い笑いは段々と消えてゆき、遂にはその手を口元に当て、何事か考える表情を見せ始めた。
「王国は、エ・ランテルは自治領だから感知しないという内容、法国はいつもの、大義無き戦いは神が許さないという世迷いごと。しかし聖王国は、些かおかしい。当たり障りなく並べたような言葉の中に、明らかな非難と警告のような意思が読み取れる……ロウネ。ローブル聖王国からの意見書にあるこれ……これは、確かにローブル聖王国の国璽か?」
「は、陛下。紋章官にも確認させましたが、少なくとも過去に我が国に届いた文書に記されていたものと同じ版、同じインキであることは間違いないとのことです」
「ふむ……そうか。この戦争が終わったら、本腰を入れて密偵を入れるか…アンデッドの被害とやらの全体像も把握できていないからな」
「畏まりました。それでは情報局に準備をさせておきますか?」
「…いや、念のため足がつかぬ方が良い。改めてイジャニーヤを使え。戦争が終われば現在の依頼も終わるから、報酬のために接触して来るだろう。その際に次の依頼として伝えるのだ」
「は、畏まりました」
秘書官のロウネ・ヴァミリネンが執務室から去りしばらくすると、今度はノックも無しに部屋に入ってくる者が居た。
そんな事をするのは、この皇城ではただ1人なので、ジルクニフは書類から目を上げずに声を上げる。
「どうした、爺」
「ジル、朗報ですぞ」
フールーダの嬉しそうな声に、一つため息をつきながらジルクニフは目を上げた。
「なんだ。此度の戦争について有利となるような朗報だろうな。言っておくが、戦争とその後の諸々が終わるまでは、位階上昇理論の実践は許さんぞ?」
「分かっております、皇帝陛下!以前お話した、私の嘗ての友人の子孫、パラケル殿が帝国に戻ってきました。是非とも魔法省で迎えて、戦力に加えるべきです!」
「ん……ああ、確か第4位階を使えるとかいう錬金術師だったか。そういえばその者は旅に出ると言って店は結局アルシェが使うに至ったという話だったな…爺の弟子については余はとやかく言うつもりはないが、すぐに従軍させるとなると話は別だ。人間的に問題は無いのか?」
「気になるようでしたらお目通ししますが」
「ふむ…第4位階か…確かに事実であれば戦力にはなる…ではその者と、あとはアルシェを玉座へ呼んで来るのだ」
「畏まりました」
ジルクニフは、フールーダの目に若干の“狂”が混じっていることに気づいたが、第4位階の魔法詠唱者ともなると、それもしょうがないということは、いい加減学習していた。
勿論、第4位階というのは戦力としては有用だし、出来ることならば押さえておきたい。
一方で魔法力のみに魅入られて、フールーダが誤った判断をしているかもしれないという懸念もあったので、念のため“冷静な方の”魔法省顧問に見てもらった方が良いと考えたのだ。
「皇帝陛下、パラケル氏をお連れしました」
「入れ」
「失礼いたします」
丁寧な礼と共に、魔法省顧問のまじめな方が入ってきた。
ジルクニフは、四騎士達と今回の戦争における軍の配備などについて話をしていたが、一旦その話を止めてアルシェの方を見た。
後ろには、30代くらいの男が1人。
そういえば、件の男とは結局会わずじまいであったから、男の顔を見るのはこれが初めてだ。
男はアルシェの数歩後ろを歩き、部屋の真ん中まで来ると、膝をついて敬意を示す姿勢を取った。
「皇帝陛下、この度はお初にお目にかかります。私はパラケルと申す者。嘗て、エリュエンティウの地で私の先祖が、フールーダ卿にお世話になり、この度はその縁でバハルス帝国へ入国させていただいております」
「ふむ、聞いている。以前はすぐに旅立ったということだったが、今回は何故この国に戻ったのだ?」
「はい、私は旅の錬金術師でして、常に素材を探しながら旅をしております。以前バハルス帝国より旅立ち、大陸の南の方へ素材を求めて旅に出たのですが、大陸中央の亜人国家群では騒乱があり、また、その後向かったリ・エスティーゼ王国でも大きな争いがあり、いずれでも商売が難しくなったので、安全なこの国へ戻った次第でございます」
「そうか。ということは、立ち寄ったリ・エスティーゼ王国には家族や友人がいるのか?」
「いえ、私には2人の娘が居りますが、いずれも共に旅をしておりますし、それ以外に家族は居りません。リ・エスティーゼ王国については滞在時間も短かったため、新たな友人などを作るといったこともございませんでした」
「ふむ…アルシェよ。どうだ?」
「陛下、この場で申してよろしいのですか?」
「構わん」
「それでは…確かにパラケル氏は第4位階の魔力系魔法を行使可能のようでございます。魔力の揺らぎも見られません。私が魔法薬店を譲り受けた時より変化は見られません」
「ふむ……パラケルと申したか。そなた、今後はこの国に腰を据えて暮らすのはどうだろうか?無論、そなたの娘も共にだ」
「皇帝陛下からの直々の御言葉、大変光栄でございますが、私はどのような働きを持ってご恩を返せばよろしいのでしょうか?」
「ふ…中々に聡い男だ。この先を聞くのであれば、そなたは断ることは出来ぬぞ?」
「はい、私と娘が問題なく暮らせるのであれば、と考えております」
「いいだろう……余は、そなたのような高い魔法力を有する者を求めておる。このアルシェも、フールーダも大陸では最高峰の魔法力を持つ者だ。だが、他国、とりわけリ・エスティーゼ王国では魔法詠唱者というのは理解されず、冷遇される傾向にある。そなたがこの国に所属し、魔法省の一員としてフールーダ…いやアルシェの弟子として加われば、そなたもそなたの家族も安泰であろうし、我が国としてもありがたいのだ」
「私が、かの帝国魔法省に所属ということですか…光栄でございます」
「だが昨今の情勢、それだけではない」
「…と、言いますと?」
「おそらくはこれより1か月のうちに、我が国はリ・エスティーゼ王国に進軍する。かの国は、そういう訳で魔法詠唱者は冷遇されていて、戦場には出てこない筈であるが、此度攻めるエ・ランテルという街は多くの冒険者が在籍している」
「私の理解では、冒険者は国家間戦争に加担しない筈と思いますが?」
「ああ、その筈だ。だが、万が一ということもある。そのための牽制として第4位階詠唱者の存在は大きいのだ。その様な者が居るのであれば、我が国としては是非とも迎えたい。無論その者の家族も含めて住まう家も準備しようではないか」
「成程…“断ることが出来ない”という意味、理解いたしました。大変光栄でございます」
「良かろう。では、アルシェよ。以前あの魔法薬店の件で知り合いなのだろうから、この男の案内はお前に任せる。此度の進軍においてはフールーダに預けるが、その後の魔法省内での仕事は、とりあえずはお前の部下ということにする……パラケルよ、分かっているとは思うが、戦争の事など、今の会話の内容は他言無用だ」
「はい、畏まりました」
アルシェたちが部屋を出ていく。
「第4位階であれば、爺の高弟の一員となるか。奴から変な影響を受けないようにしてもらわなければ困るが、此度の戦線では爺と共に前線要員とするよう言いつけておくか…でだ、ニンブル。先ほどの続きだが、騎士団は第2軍と第3軍の2つを出すつもりだ」
「畏まりました。フールーダ様と魔法省が動くのは冒険者が動いた場合ということでございますね」
「ああ、というより冒険者どもが動かないための牽制でもある。従軍する魔法省の者達は最前線に配置して、フールーダを見せることで牽制するのだ。万が一の場合は容赦なく魔法を放たせればいい。ふふ…アルシェを余の護衛に回すことが出来るので、フールーダを前線に出せる。お前たち、何か気になる点はあるか?」
「私は特にございませんわ。今回は私たち四騎士は陛下の護衛ですし、私が危険な状態になることも無さそうですし」
「陛下、俺は聞きたいことがあるんですが」
「ん?バジウット。構わん、申せ」
「はい、この度の戦いは冒険者が動いた場合はフールーダ様が対処するし、動かない場合はおそらく殆ど争いにもならんと思うんですがね。軍を2つも動かす必要があるんですかい?」
「ふ…そうだな。場合によってはその後、お前たちにも動いてもらうことになるだろうから説明しておこう。エ・ランテルに放った密偵の話では、かの街にリ・エスティーゼ王国の“黄金”が現れて、冒険者たちを焚き付けるようなことを言ったらしい。正直あの女のことだ。なにか企みがあるとみているが、仮にそうであっても、これは今回の戦いに王族が口を出してきたということ。意見書には感知しないとありながら、王族が援助したという事実があれば、これは国同士の戦争であるということも可能だろう。エ・ランテルを占領後、このことの裏が取れれば、エ・ランテルを拠点として、そのままリ・エスティーゼ王国に向けて進軍を始める。そのための2万の兵だ」
「成程。そうなると陛下、俺たちの仕事の本丸は、エ・ランテル占領後ということですかい」
「ああ。だが最終判断はエ・ランテルの冒険者の動きを見極めてから慎重に行う。密偵の話では、エ・ランテルにガゼフ・ストロノーフの姿があったとの情報もある。この辺りの者達が本気で戦いを挑んで来るのであれば、フールーダに対処させることが最もわが軍の消耗ない方法となるであろうからな」
新たな使えそうな手駒と、少なくとも勝ち戦にはなる此度の戦いに、ジルクニフは上機嫌となっていた。
何なら最も警戒すべきは、
相変わらず意図が読めない不気味な動きをしているが、言ってしまえば戦う力のない女でしかない黄金は、現在の国力が落ちたリ・エスティーゼ王国の状態では、大した障害にはならない可能性が高い。
意見書では、ザナック王は『エ・ランテルは感知しない』と言っているので、偶々
何なら問題は占領後で、自分にとっては気持ち悪い存在の黄金は、あの国では人気が高いようだから、万が一本当に殺してしまった場合に、民衆からの支持を落とさない方法を考えなければならない。
そんな事を考えているうちに、ジルクニフの頭の中には、先のパラケルという男のことは特に印象が残らなくなっていた。
違和感はあった筈なのに。
第4位階の魔法詠唱者とはいえ、なぜ初対面の者を玉座に招いて話をしようと思ったのかとか、唯の一般人に見えるその男が、なぜ皇帝陛下に対して一切恐れるような表情を見せていなかったのかとか。
ジルクニフは何となく、フールーダと話し始めたあたりから上機嫌だった。それに、あの男については、フールーダもアルシェも問題ないと判断し、しかも使用魔法の位階的に万が一の場合はアルシェやフールーダが抑え込める程度の存在のはずだから問題無いだろうと考えてしまい、今は目下の戦争の件に目が行っていた。
だから彼は、彼の背後で姿を隠しながら、精神干渉魔法をかけ続けていた、美しい黒髪の怪人の存在など、当然気が付かなかったのだ。
なまじ精神防御のネックレスをつけていたことも油断に繋がった。
というか第8位階の精神干渉魔法をかけられるなど、想定できていなかったと言った方が正しいだろう。
一方のニグレドは、作戦ではあれど皇帝が御父様を跪かせているという状態に若干ながら怒りを覚え、強めに魔法を行使していたので、実はタブラは少々焦っていたのだが。
***
ここはベバード。カルサナス都市国家群のうちの一つで、ジルクニフがお気に入りの者が都市長を務める都市。
この都市、というかカルサナス都市国家群は今、変革の時を迎えつつあった。
それは元をたどれば、先の競技大会と、その後に起きた『騎馬王』の侵攻に由来する。
競技大会のなかでも人気の種目であるコネリエで、とんでもない強さの者が現れた。
その者は、ベバードの都市長が、友好的な隣国の王から受けた忠告を基に、国賓として迎えていた他国の貴族。
異例中の異例であったが、その貴族の強い強い要望により、貴族自身がベバードの代表としてコネリエに参加。
優勝候補と見做されていた、通称『勇者様』や『闇騎士』を軽いひと撫でで下し、何なら八百長を疑われていた最中、攻め込んできた騎馬王たちを軽く一蹴し跪かせた者。
その者、ソルディフ・カーゴ・カルト・ヘロ=ヘロ卿の存在が、カルサナス都市国家のこれから歩む道を大きく変えていったと言って良いだろう。
なし崩し的にではあるが、ジルクニフの忠告で、ヘロ=ヘロ卿を国賓としてもてなしていたベバードの都市長が中心となり、ヘロ=ヘロ卿へ、彼の国家への親書を渡した。
彼が東へ旅立った後、都市長たちは、12の小国家を今後どう運営していくか、連日のように話し合っているのだ。
小国家ごとに住む住民の人種は違うし、生活様式も大きく異なる。
だから、12の小国家が1つの国になるというのは非常に難しい。
だが卿は、その点は全然気にしておられなかった。
寧ろ『国ごと都市ごとの雰囲気が違っていて、特産や売っているものも違うっていいですねー』と仰っていた。
だから都市長たちの中では、無理に国を一つにするのではなく、それぞれが卿の元に跪く形の方が、住人達も受け入れやすいだろうと考えている。
実際のところ、競技大会で卿を目撃した者達は、卿の穏やかな性格と、一方で騎馬王を圧倒したとんでもない強さに心酔に近い状態になったので、どんな形式でも卿の元であるならば文句は出ないのだが。
そういう訳で、小国ごとの生活様式は変わらず、一方で小国ごとに対立する理由は一切なくなったので、交易や交流だけが活発化している状況である。
その活気にあふれたベバードを歩く者達が居る。
真ん中に若い女。
左右に3名の男。老人1名と中年が2名。
その4名は一見するとただの住人か、旅行者のように見えるが、よくよく観察するとその目つきは鋭く、常に周囲を警戒している、いや、情報を集めているように見えた。
「…頭。例の往来の行商人だが、この1週間で途轍もない額を稼いでいるのは間違いないようだ。いつの間にやら流行っているあの麵料理の発案、盗賊やモンスターに襲われて金品を奪われた際に保証をする“ホケン”という制度の発案、さらにそういったことで集めた情報を冒険者やワーカーに販売し、賞金がかかっている御尋ね者やモンスターを討伐して懸賞金の一部を得るというシステムの構築…これらは全てあの者が元締めだ」
「…そうか」
「…お嬢、儂の方で集めた情報では、あ奴らが次に向かうのはバハルス帝国の様じゃ。短期間で造ったそういった商売のルートや権利を、この街の大商人に売り始めている。その商人たちから聞き出したから間違いないぞ」
「…では、
「…頭。ですが、アレの護衛はほぼ間違いなく、
「…分かっている……だから雇い主だけ消せばいい」
「お嬢、見たところ、
「……今夜だ」
「「「了」」」
イジャニーヤと呼ばれる組織がある。
彼らは隠密を得意とし、時に依頼主の命を受けて暗殺なども行う。
今回、彼らは帝国より密命を受けている。
帝国皇帝は、此度の西の隣国との戦争に集中するために、不安要素が起らぬようイジャニーヤを使うこととした。
彼らの仕事は主に2つ。
万が一の可能性ではあるが、東側の国、竜王国やカルサナス都市国家のいずれかの小国などが、戦争の混乱に乗じて、バハルス帝国に不利となる謀や行動を起こさぬように見張る事。
そして国単位かそうでないかは関係なく、混乱に乗じて、そういったことを起こしそうな怪しい人物、不可解な行動をとる者。そういった者達を特定し、仮にそれらがバハルス帝国に侵入しようとするのであれば、秘密裏に排除すること。
交易が活発化し、国が富み始めたタイミングで現れた謎の行商人が居た。
彼らは聞いたことも無いようなアイデアで金を急速に儲け、しかしながらそうやって得たモノを速やかに売り払い、次の土地———バハルス帝国を目指している。
明らかに怪しい。
その行商人———ウィードの行動が、歴戦の隠密であるイジャニーヤの頭領、ティラのアンテナに引っかかってしまったのだった。
ジル君失点を重ねます。
でもヘロ=ヘロ卿に何にも知らされていない状態なので、しょうがないと言えばしょうがないです。