オーバーロード <物語の分岐が確認されました>   作:ヒツジ2号

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1章最終話となります。
ここまで読んでくれた皆様に本当に感謝です!


第1章 第18話 -皇城の大錬金術師-

 

リーンゴーンと鈴の音色が鳴り響く。

鳴っている先は教壇後ろの壁。

天井付近につけられた小さな箱だ。

耳を澄ませば教室の外からも同じ鈴の音色が響いている。

 

 

少年は、その音色が今日の授業の始まりを告げることを知っている。

そして授業は、今日も少し退屈で、日に日に悪くなっていく母の猛病を治すヒントなど教えてくれない……

 

 

「皆、今日は新しい教授が就任したことを告げる。彼女はこれから皆に魔法基礎理論学とともに錬金学と魔法戦闘学を教えてくれる」

 

教師の言葉に、教室がざわっと空気を変えた。

生徒たちは、新しい先生の登場というイベントに興味がひかれたのだ。

先ほどまでぼんやりと鈴の音を聞いていた少年、ジエットもそれは同じだった。

“錬金学”というのは魔法薬を作成する錬金術の知識を得るための学問だ。

少年が今欲しい知識もそこにあるかもしれない。

 

そして、扉を開けて入ってきた新任の先生を見て、生徒の多くは驚愕に目を見開いた。

 

 

「初めまして…というのは少し変かもしれない。私のことを覚えていてくれている人がいたら嬉しい。私は“アルシェ・フルト”。今日から正式にこの帝国魔法学院の教授となりました。初めての人も私のことをすでに知っている人も、変わらず接してほしい」

 

 

「お嬢様…」

ジエットは小さく呟いた。

 

 

“帰ってきた”アルシェの授業はとても分かりやすく、それでいて驚くことの連続だった。

魔法理論では、今までの常識を覆すような系統立てた魔法の習得について説明され、錬金学では聞いたこともないレシピを公開し、しかも授業の中で実際に錬金を行い、魔法戦闘学では飛行(フライ)で空を飛びながら、見たこともない強力な攻撃魔法を放った。

 

どの授業にも、いつの間にか他の教師たちもが生徒として出席し、最後に見せてくれた雷撃の魔法を見た教師たちの幾人かは涙を流して感動していた。

 

その日の授業の最後、アルシェ先生は生徒に対して言った。

その時には、全ての魔法系クラスの生徒と、おそらくは全ての教師が教室にぎゅうぎゅう詰めに入り、稀代の天才魔法詠唱者であるアルシェ・フルト教授の言葉を聞いていた。

 

「今日は私の授業を聞いてくれてありがとう。これから皆と…また共に学べることが本当にうれしい。それと帝国魔法学院で魔法を学び、将来魔法を役立てたいと考えている人たちは聞いてほしい。人にはそれぞれ得意な魔法の方向性がある。その方向性を早く見つけてそれを集中して伸ばすのが、魔法力を上昇させる近道です。そして、今、同じ教室で学んでいる友達や、これから先、ともに仕事をする仲間を大切にしてほしい。私は色々あって1年以上この学院を離れていた。でもその間、様々な人が助けてくれたおかげで、成長し、ここに戻ってくることができた。魔法の才能が伸びなかったとしても、友達や仲間は一生の財産になります」

 

 

盛大な拍手を受けて一つお辞儀をしたアルシェ先生は、教室を後にした。

 

 

授業の後、ジエットはぼーっとしていた。

理由は簡単。

アルシェお嬢様…ではなくアルシェ先生の余りの授業に圧倒されたのだ。

 

「あ、ジエット、ぼーっとして、だいじょうぶ?」

 

「ネメル、あ、いや、ちょっと今日の授業がすごすぎて…」

 

「うん、そうだね…私もなんだか夢を見ているみたいだったよ」

 

「アルシェおじょ…先生はすごいよな」

 

その瞬間、ネメルの後ろの空間が揺らいだかと思うと、まさに今話していた彼女が現れた。

「「アルシェ先生!」」

 

「しーっ!今不可視化(インヴィジビリティ)で逃げてきたとこだから。小さな声でお願いします…」

 

「え、あ、ハイ」

 

「ジエット、ネメル、お久しぶりです。実は二人に相談があって、もし良ければ今日の夕方、ここに来てくれませんか?」

 

そう言って地図のような紙を渡してきた。

 

「あ、ハイ、大丈夫です」

「あ、わたしも、ハイ」

 

「良かった。それじゃまた後で!」

 

アルシェ先生はそれだけ言うとまた透明化してどこかへ行った。

直後、老人が教室へ走り込んで来る。

 

「お、お主たち!アルシェ教授を見なかったか?!」

 

「え、えと、すでに教室から出ていかれましたが、透明化されていたのでどちらへ行ったかは…」

 

「そうか!」

老人はそれだけ言うと、今度は飛行(フライ)を唱えて、教室から出て行ってしまった。

 

「なあ、ネメル…さっきのって、フールーダ・パラダイン様に見えたんだが」

「うんー…わたしもそう見えた」

 

その後、二人で教室を出ようとしたら、あのクソッタレが目に入ったが、奴-ランゴバルト-は飛んで行ったフールーダ・パラダイン様というあまり見ないものを目撃して固まっていたので、奴の興味がこちらへ向かないように、さっさと学院を後にした。

 

 

 

夕方、指定された場所に向かうと、そこはアルシェお嬢様の隣家だった。店のような作りになっていて看板には『魔法薬とポーションの店、アトリエ・フォーサイト』と書かれている。

 

店に入ると中にはかなりの数のお客がいる。

冒険者風の集団や、貴族の使いと思われる執事(バトラー)のような紳士も見られる。

中では、ハーフエルフの女性と金髪に赤髪が少し混ざった男性が忙しく接客し、奥では中年の女性が書類を整理している。

その中年の女性を、ジエットは知っていた。

 

「フルト夫人!」

 

「あら、ジエットさん、お久しぶりです」

 

「お久しぶりです。その…この度はご愁傷様でございました…」

 

「ありがとう…でもね、私たちはもう貴族ではないから、ただの“フルトさん”でいいのですよ」

にっこりとほほ笑むフルト夫人-アルシェお嬢様の母上殿に、ネメルも丁寧にお辞儀をする。

そのタイミングで、奥からアルシェが顔を出した。

 

「あ、ジエットとネメル。ようこそ、アトリエ・フォーサイトに。さあ、こちらに入って」

 

学園での少し硬い教師風な態度ではなく、それはジエットとネメルが良く知る、年相応のアルシェの笑顔だった。

 

 

***

 

 

お茶を飲みながら、ジエットとネメルはアルシェと話す。

 

「ご実家のお隣に魔法薬店を開店されたのですね」

「アルシェ先生、本当にすごいですね!」

 

「その…学校以外では“先生”はやめて欲しい…それにこのお店は私は借りているだけで、立場は店長代理。店長が旅から戻るまで切り盛りを任されているのだけど、率直に言うと人手が足りない」

 

ジエットとネメルの頭の上に“?”が浮かんだ。

 

「もっとわかりやすく言うと、この店でアルバイトでいいから働いてくれないだろうか」

 

ジエットもネメルも、唐突かつ直接的なスカウトに目を丸くした。

 

「ネメルは家のこともあると思うから、ご当主様に確認してからでいい。ジエットは、もし今している仕事がそこまで忙しくないなら、すぐにでも手伝ってほしい。それなりにお給金は出すし、仕事の性格上、あなたのお母様の薬についても優遇できると思う」

 

「はい!」

ネメルが元気よく手を上げた。

 

「はい、ネメルさん」

アルシェが返す。

 

「お仕事の内容は接客ですか?」

 

「うん、接客が主体だけど、ジエットは第1位階魔法は使用できたと記憶している。もし適性があれば、魔法薬の製造にも挑戦してもらいたいと考えている。ネメルも第1位階に到達したら、製造を手伝ってもらいたい。位階が上がるように私が特訓する」

 

「すごい!やりたいです!お父様に確認します!」

 

「ありがとう!」

 

「あの、アルシェお嬢様」

 

「“さん”でお願いしたい」

 

「あ、はい。アルシェさん」

 

「なんでしょう?」

 

「その、魔法薬の製造とかって、そんなに簡単にできるものですか?」

 

「適性があれば大丈夫。そうだ、実際に見てみる?」

 

そう言うとアルシェは二人の手を引いて、作業部屋を案内してくれた。

中にはがっしりとした体格の男性が一人、液体が入った瓶に手をかざし、何かを呟いている。

 

重症治癒(ヘビィ・リカバー)…ふう成功ですね。おやアルシェ、ついに新しい同僚ですか?」

 

「ロバー、お疲れ様です。この子達は私の後輩。同僚候補、と言ったところ」

 

 

“ロバー”と呼ばれた男は、作業の手を止め彼の経歴を話してくれた。

元々彼と、おもてで接客をしていた男女は、アルシェと同じワーカーのチームメンバーだった。

だがアルシェの才能が開花し、帝国魔法学院に復帰する際、このままではチームが解散するかもしれないというところで、アルシェから声がかかった。

つまり、彼らはワーカーからこの魔法薬店員に鞍替えしたのだ。

とはいっても完全にワーカーを引退したわけでなく、簡単な依頼をこなしたり、薬品の素材採集に出かけたりはするらしい。

 

正直、この魔法薬店は非常に稼ぎが良く、ワーカーをしていた時の数倍の利益になっているとか。

ちなみにこのロバーという男は、信仰系魔法を使うことができたので、回復系のポーション作成を担当しているとか。

 

「というわけで、良い返事を期待しています」

そう言ってアルシェは二人を送り出した。

 

 

店を出て、ネメルと別れたジエットは足早に家路を急ぐ。

店を出るとき、アルシェはこっそりと一つの瓶を渡してくれたのだ。

 

「このポーションは、普通のポーションでは治らない病気の患者が来たら、こっそりと渡すように、この店の本当の店主から預かった“ちょっとした病気を治す薬”。このポーションの存在を秘匿してくれるならば差し上げる。そして、ここで働く件、良い返事を待っている」

 

ジエットは走る。

慎重に、転んでポーションの瓶を割らないように。

希望が零れてしまわないように。

 

 

***

 

 

「さて、フォーサイトもフールーダも大丈夫なようですね。うまく我々の存在が皇帝の目に留まらずに、この地を離れることが出来そうです」

 

「お父様、私のせいでこの街を離れなければならなくなったこと…心から…心からお詫びいたします…」

 

「それは違いますよアルベド、ニグレドも良く聞いてください」

 

「「はいっ」」

 

「脳を吸った男から得た情報やアルシェの感覚を吟味した結果、やはり私たちの力はこの街の人間には強力すぎます。あの事件がなくとも、いずれ我々の力は目立ち、皇帝や他国の王などに興味を持たれていたでしょう。その場合どのようなことが考えられると思いますか?」

 

「畏れながら…人間はどうやっても敵わないと感じる存在を恐怖し、排斥するかと思われます」

 

「ええ、ニグレド。それはとても正しく、我々にとって危険です。アルベドはどう思いますか?」

 

「はい…畏れながら、私はこの世界に隠れている強者を刺激する可能性があると愚考します」

 

「その通りです。私もその可能性を恐れています。トブの大森林では、ユグドラシルと同じフィールドエフェクトが発生していましたし、なぜかユグドラシルのアイテムが多数発見されました。私はこの世界に、ユグドラシルの何らかが存在していると考えています。それはモンスターなのか、アイテムやシステムだけなのか、あるいは我らアインズ・ウール・ゴウンの他のメンバーか…いずれにしろこちらから目立って、誘い込むのは不確定要素が大きく危険と判断します」

 

「お父様…それでは…」

 

「ええ、私はこの世界に来ている可能性がある仲間を探すため、静かに、目立たず情報を集める旅に出ます。アルシェの成長で、フールーダや皇帝などの興味がそちらへ向いている今が好機ととらえます」

 

「タブラ・スマラグディナ様、それではこの街にはもう戻らないのですか?」

 

「いえ、すぐに、という訳にはいきませんが、フールーダやアルシェに言った通り、いずれはこの国へ再び立ち寄ることもあるでしょう。アルシェにはあの家の使用許可を与えましたが、転移先として記録している、地下の隠し部屋については手を付けないようにと言いました。それに、城の中のデス・ナイトの部屋や、別国ですが、トブの大森林の“何もない荒野”も記録済みです。今すぐは危険ですが、これらの場所もいずれ再び訪れることとなるでしょう」

 

「畏まりました。流石深淵なる我らが至高の御方、先を見通す叡智、感服いたしました」

「畏まりました、お父様。私の失敗をお許しいただいただけでなく、将来へ向けた数々の布石、お見事でございます」

 

「それでは出発しましょうか。まず行くべき場所は決まっています。向かう先は浮遊都市(エリュエンティウ)。八欲王と言われていた、おそらくプレイヤーと思われる者たちのギルドホーム。目的は浮遊都市の外観の確認、そして可能であれば無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)の調査。」

 

「奪取はしないのですか?」

 

「しません、というよりおそらくできないでしょう。私の予想が正しければ、それは最低でもゴッズアイテム、可能性としてワールドアイテムの場合も十分にあり得ます。WIを私たちだけで奪取するのは恐らく危険すぎる。それに、フールーダの話によれば、八欲王の伝説と浮遊都市(エリュエンティウ)は有名な様。この情報を聞いたギルメンはこの場所に興味を持つでしょう。なのでこれはギルメンを探すという目的でもあるのです」

 

「承知いたしました。差し出がましい発言、お許しください」

 

「いいのですよ。意見はどんどん言ってください…さて、それでは本当に出発です。まずはいつか行った南西の街まで転移します……集団転移(マス・テレポーテーション)!」

 

 

こうして、皇城に突如として現れた錬金術師は、自身の本性を誰にも明かすことなく、また、時の権力者に興味を持たれることもなく、あくまで善良で秘密を守る者にだけ好印象を残し、静かに帝国を後にする。

 

彼が皇城に残した置き土産は、第6位階魔法の詠唱を可能とした新たな大錬金術師。

彼女が帝国に及ぼす魔法力の向上はすさまじい。

何世紀も後の歴史学者は自身の著書に、帝国魔法学院出身のとある天才女錬金術師は自身の知識を持って、全ての帝国の魔法詠唱者の位階を一つ上げたと記した。

 

 

だが本当の大切な真実は、歴史書には書かれないものである。

その日、帝国から消えた名前の残っていないとある錬金術師こそが、いずれこの世界の隠された真実を解き明かす者の一人なのだ。

 

 





これにて第1章は終わりです。
タブラさんは最後まで表には出ませんでした。

次回から第2章が始まります。
ご意見いつも感謝しています!
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