オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
ウルベルト様は、舞い降りた場所にイベントが多すぎて前後編に分かれることにしました。
これは前編の最終話です。
見渡す限りのアンデッドであった。
ニニャの
最前列にはビーストマン・アンデッドがいる。
その顔は何かにおびえたように必死に逃げているように見える。
しかし、それは後方のアンデッド集団ではない。
後方に続くアンデッド集団もビーストマン・アンデッドと肩を並べて行進しているのだから。
見たところ、視界の範囲に見えるアンデッドはスケルトン系が多い。
だが、その後ろには
これらはビーストマン・アンデッドの大群によって発生したアンデッドが集まりより強力なアンデッドを生んでしまった結果だろう。
そこから先はカッツェ平野特有の霧で見えないが、アンデッドの列は永遠かと思うほど続いている。
問題は数が非常に多いという点だ。
人間には限界というものがある。
人としての疲労の限界を考えるとこの数は多すぎるのだ。
以前、『漆黒の剣』は数万の亜人を倒したことがあるが、おそらく今回はその数を越えている。
そもそも『漆黒の剣』が倒した数万の亜人は、どこかのパルメーラが操作ミスにより瀕死にしていた。
なので今回もその作戦で行くかというとそうはいかない。
パルメーラが言うには、数が悪剣:
この説明は充分信ぴょう性があるし、そもそも“上回っているかもしれない”という言い方は“場合によっては上回っていないかもしれない”という事なので、『漆黒の剣』以外のメンバーはその言に戦慄した。
またスケルトン系が多いという事は斬撃が効きづらいというのも周知の事実なのでこちらも疑う者はいない。
ニニャ以外は。
ニニャは、これまでのパルメーラの立ちまわりや性格から、“実は全然余裕だけど何かの実験か確認のためにこう言っているんじゃないか?”とほぼ正確に疑っていた。
実際、パルメーラとして今回の戦闘で確認したいことが一つと、やってみたいことが一つあった。
まず確認したいことは、『漆黒の剣』のレベルアップの件。
ペテル基準なのだが、明らかに上昇が悪い。
もしかしたらこれが限界なのかもしれないという思いがあり、それを他のチームのメンバーと比較しながら確認したいのだ。
なのでパルメーラは、ペテル、アズス、ルイセンベルグ、ガガーランの戦士4名に注目している。
そしてやってみたいこと、それは魔法のぶっぱなしである。
長いこと暗黒騎士として旅をしてきて、かなりの長い時間メンバーの育成に集中していたので、ここらで一発気持ちよく大魔法をぶっぱなしたくなってきたのだ。
暗黒剣士として使える魔法は、大規模殲滅系は無く、これをやるには山羊の本性を出す必要があるため今までは諦めていたのだが、今回は見渡す限りの敵の数で、仲間から見えない位置まで来れば、魔法をぶっぱなす間だけ本性を出しても大丈夫なんじゃないかと考えた。
これにネックとなるのがニニャとイビルアイである。
この2名は転移魔法を使えるのでいきなり接近されて悪魔の姿を見られるかもしれない懸念がある。
そうならないためにパルメーラはいくつかの仕込みをすることにした。
「皆聞いてくれ、見ての通りアンデッドの数はとんでもなく、さっき説明したように俺の悪剣:
この辺りから、『蒼の薔薇』の、いや正確には蒼の薔薇のラキュースからの視線が熱いものへと変わってくる。
正直彼女は、パルメーラからの作戦の事前説明にて悪剣:
“封印された力”というのも彼女の琴線に触れる。
そして出発前、『漆黒の剣』から語られた“5本目の魔剣・悪剣”の存在。
それを使う
ラキュースの内に潜む、闇の人格の慟哭が響いて響いて仕方がない。
でも今は生死にかかわる重要な任務の最中。
今その話をするべきでないことは痛いほどわかる。
だから我慢に我慢を重ねている。
我慢できずに、転移の直前、ついパルメーラに言ってしまった。
「この戦いが終わったら…大切な話があります」
パルメーラは「ん?良く分からんけど承知した」とそっけない返事が返ってきた。
しかしその表情は真剣そのもので、彼の深く黒い瞳は強い意志の炎を燃やしている。
……この時パルメーラはぶっぱなす魔法を何にするか考えていたからであるが。
何故か転移魔法の準備に入っていた『漆黒の剣』の
…彼もまたこれからの死闘を予感している。
第7位階魔法詠唱者…うちのチームのイビルアイですら到達できていない領域と聞く。
そして実際の伝説の時代を生きた13英雄の2人が揃って言った。
『あの者は、13英雄のリーダーを越える力を持っている可能性が高い。この戦い目に焼き付けておくべきだ』と。
ああ…私は今、英雄譚の中にいる!
新たな時代の英雄として語り継がれるだろう、伝説の中の一員となって敵と対峙している!!
「この力は、俺の中にわずかに流れる悪魔の血の力を覚醒させる必要がある。そして一度この力を開放させると、この悪剣の全力の連続攻撃の威力を一撃に凝縮し、超広域で魔法の様に放つことができる。この攻撃は斬撃属性ではなくなるだけでなく高熱を伴うためアンデッドへの効果が高い」
そこまでの説明で戦慄を覚えたのは『漆黒の剣』である。
彼らは一度
しかも攻撃後のパルメーラの様子からあれはおそらく全力には程遠い様だった。
それを全力で、しかも一撃に凝縮。
『朱の雫』は具体的な情報は持っていなかったが、見渡す限りの亜人の死体を作り出したのがこのパルメーラの剣が関係しているのではとにらんでいる。
しかもあの時、他の4人は精神的なダメージを負っていたが、パルメーラだけは何事もなく立っていた。
それらから、歴戦の冒険者ですらショックを受ける、強力かつ凄惨な力が放たれたのでは想像した。
恐らくは、それこそが“悪剣”たる所以。
そんな『漆黒の剣』と『朱の雫』の、パルメーラと共に戦った者たちが戦慄する様子を見て、彼が“リーダー”と同郷であると知っている2人はもとより、他の『蒼の薔薇』も背筋に冷たいものが流れる。
そこで、パルメーラが続きの言葉を述べる。
「ただ、この力の開放にはリスクがある」
ラキュースは『やはり』と思った。
彼を知る者たちの反応、その力は相当なのだろう。
だが強すぎる力の開放は相応のリスクを負うものであると、彼女の闇の人格は知っている。
「まず、この力を開放するために俺は悪魔の血を呼び起こす時間が必要だ。数分…いや理想は数十分、血を呼び起こす時間が欲しい。その間は俺は何もできなくなる。そして次に、この力は悪剣の力を見境なく開放してしまうため、2発目を撃つのは難しい。可能な限り敵を一か所に集めて、攻撃の範囲に入れる必要がある。だから皆はその数十分の間、アンデッドたちを取り囲むように戦って、奴らの群れをまとまるように戦ってほしい。ここまでは大丈夫か?」
ガガーランが手を上げる。
「言いたいことは分かったぜ。でもよう、あのアンデッド集団を取り囲むとなると各自が素早く移動する必要がある。俺みたいな戦士職の奴にはきついかもしれねぇぞ」
聞くと、ガガーラン自身は“飛翔の靴”というアイテムで多少は素早く移動できるが、『漆黒の剣』ではダインとペテルが、『朱の雫』でもルイセンベルグとアズスが、これに該当することが分かった。
「いや、ガガーランを含めた4名は手前でアンデッドと対峙してもらって構わない。というより、周りに包囲網を作ると、必然的に最前部にアンデッドの戦力が集中する。倒せなくてもいいが、この最前線を後退させないことが大事なので、攻撃力のある戦士職が固まってくれていた方がいいと思う」
この意見は尤もであったので誰も反対しなかった。
「じゃあ転移ができる僕とイビルアイさんは最も奥がいいですね?」
「そうだな、しかしニニャは
「え…なぜですか?」
「これは3つ目、最後に説明するリスクなのだが、この攻撃は俺を中心に発生する。俺は実を言うと自身のスキルで短時間であれば飛翔することができるんだが、そのスキルを使って可能な限り敵の中心部まで行きそこで力を開放する。この時皆が少しでも近くにいると巻き込みかねない。だから、俺の血の呼び起こしが完了し、アンデッドたちが一か所に集まったらニニャは速やかに皆を連れて転移し、離れて欲しい」
「そ…そんな。それはいくらパルメーラさんでも危険すぎます!仮にその1発で倒しきれなかった場合、悪剣の力を出し切って攻撃する手段がないパルメーラさんに敵が群がってしまう可能性があります!!」
「そうならないように、最初の数十分で敵をうまく集めて欲しいんだ」
「そんな…」
「…ニニャ、俺を信じてくれ」
「パルメーラさん…僕……もしそんな事態になったら必ずパルメーラさんの場所まで戻ってきます!そして必ずパルメーラさんを救い出します!!」
「ニニャ、パルメーラさん、俺たちだっている。もしそうなったら、目につくアンデッドは全部倒してパルメーラさんのとこにたどり着くさ」
「ああ、オレ達はパルメーラさんのおかげでここまで強くなれたんだ、今その力を使わずにいつ使うんだって話だぜ」
「で、あるな。私の召喚獣がパルメーラさんを担いで運ぶのである。いつかとは正反対である!」
『漆黒の剣』の熱い友情を見た他2チームは、彼らの思いとパルメーラの覚悟を無駄にはしないと固く誓った。
そして作戦は開始したのである。
この時点でこの3名は戦慄する。
アンデッドの数は予想よりもずっと多いのだ。
恐らくは100万を優に超える。
なぜこれほどまでの群れになったのか…いやそれは今考えることではない。
3人は魔法力に注意しながら、効率よくアンデッドを減らせるよう魔法の詠唱を始めた。
ルクルット、『朱の雫』のレンジャーやその他遠距離武器が使える者と、『蒼の薔薇』のニンジャ2人は群れの左右に分かれて回り込み、中間付近で戦闘を始める。
中間付近は比較的弱いスケルトン系のアンデッドが多く何とか対処ができているが、いかんせん数が多く、それらを前へ誘導するように戦うのも至難の業であった。
最前列には4人の戦士とダイン、ラキュース、そしてパルメーラの前にはリグリット。
おそらくもっとも危険度が高いこの場所は、4人の戦士がとにかく敵を倒しまくり、最前線が後退しないように踏ん張る。
その後ろのラキュースが4人に回復をかけ続け、また手が空けばラキュースも戦闘に加わり、ダインは召喚獣を可能な限り召喚し、戦士職と共に攻撃。
そしてリグリットは、無防備になってしまうパルメーラを守ることと、パルメーラの血の呼び起こしが終わった時の合図を送る役だ。
パルメーラは右手を剣の柄に添え、左手の甲が前になるように前に出し、常に種族スキルの“悪魔の御手”を発動している。
このスキルは天使や聖の属性の者へ弱いスリップダメージを与える範囲攻撃でほとんどMPは消費しない代わりに、強い敵にはほぼ意味がない。
これを発動している理由は左手の“悪魔の紋章”を浮き上がりさせ続けるためだ。
そしてパルメーラは難しい顔でいかにも『血を呼び起こしてます』という表情をしながら戦士たちの様子を見ている。
目の前の戦士たち4人はほぼ同じペースで敵をさばいているが、ペテルはほぼ経験値上昇が無く、次いでガガーラン、アズス、そしてルイセンベルグの順で経験値を得ている感覚がある。
なんなら、さばいている数が最も少ないラキュースが一番上昇している。
現時点でラキュースのレベルはペテルよりも低そうだが、このペースでいけば追い抜かれる気がする。
20分ほどが経ち、この傾向が変わらないと確信したパルメーラは、そろそろぶっぱなすかと思い、リグリットに合図した。
「リグリット…待たせたな。皆を呼び戻してくれ」
リグリットは振り返ると一瞬目を見開いた。
男の左手に浮き上がった紋章からは赤黒い光があふれ、剣からは今まで以上の力の奔流を感じ、全身を、ともすれば邪悪と言っても良いかも知れないオーラが包んでいる。
パルメーラは用意周到に、いつもは嵌めている探知防御効果のある指輪を外したのだ。そして抜け目なくWIの効果をオンにしている。実際には剣で攻撃するわけではないのでオンにしても意味は無いのだが、オンにすることでWIの持つデータ量を感じやすくなると狙ってのことだった。
リグリットはすぐに我に返り、合図の
中距離にいる者も、合図を見て後方へ豪火球の術を放つ。
最後付近にいる3名も急いで最前列へ戻る。
全てはパルメーラの一撃のために。
やがて皆が戻ったところで、パルメーラの明らかに膨れ上がったエネルギーを見てギョッとし、しかしながらそれがとても頼もしく見えた。
「…ニニャ、任せたぞ」
「…はい!パルメーラさんも、無事で!」
「
パルメーラを除く者たちは、エ・ランテルと最初に転移してきた場所の中間付近まで戻ってきた。
皆がパルメーラが居た位置を、固唾をのんで見守っていた。
ニニャはいつの間にか両手を組んで祈っていた。
リグリットとイビルアイは、あの日、自分たちを残して神竜に挑んでいった仲間たちを見送った日を思い出していた。
ラキュースはなぜか半身になり、先ほどまでパルメーラがしていたように右手を剣の柄にかけ、左手を気持ち前に出していた。
皆が見守っていたその瞬間、赤黒く輝く光がすさまじいスピードでアンデッド集団の中央付近まで飛び立つのが見えた。
パルメーラは、単純な身体能力によって勢いよく前方へ飛び立った。
そしてちらと後ろを見ると、皆が麦粒よりも小さくなっていたので、安心して本性の姿に戻り、そこからは普通に
それにしてもこの山羊、少しはどこかの錬金術師を見習ってほしいものである。
かの男は、できるだけ嘘が無いように言葉の端々に気を配って、慎重に会話していた。
だがこの山羊はどうか。
悪魔の血を呼び起こす:嘘
悪剣の一撃を放つ:嘘
一発しか打てない:嘘
皆を巻き込む:これだけは本当だが目的は皆を遠ざけるため
ひどいものである。
こういったことをしていると天罰が下るものだが、果たして天罰が下る様である。
今までパルメーラは、非常に連携が取れた冒険者チームの動きを見ていたので、放った魔法が仲間に当たるという事を一度も目撃していないのだ。
確かにニニャが魔法を使う時、他の者は距離を取っているが、それはそう言うもんでしょ、という理解を何となくしていたので、自分が放った魔法が自分に当たるという可能性を考慮していなかった。
というかこの世界に来てからほとんど大規模魔法をぶっ放していなかったから当然と言えば当然なのだが。
ウルベルト・アレイン・オードルは魔法詠唱を始める。
今回、一番やりたかった
だから今回は、大量のアンデッドを一気に屠るのに適した魔法を最大火力で放つことにしたのだ。
しかも気分が良くなった彼は
「我がうちに眠る悪の根源よ、古の契約に従い今こそ顕現せよ。我は悪剣に選ばれし者。偽善と悪徳を穿つ
(
パルメーラと思われる赤黒い光の線が走った直後、彼の声が響き渡った。
『漆黒の剣』のメンバーですら全く聞いたことが無い詠唱のような言葉。この一撃がただ事でないことを予感させた。
皆が目を見開いたまま見守っていた。
ラキュースは鼻血を拭きながら見守っていた。
瞬間、深紅の半球が目の前に広がった。
その瞬間、音は何もしない。
直後、凄まじい轟音と、この場所に居ても熱いと感じる熱が届いた。
皆、踏ん張っていなければ立っていられないほど豪風。
ニニャはいつかの言葉を思い出していた。
『衝撃波は出ないように気を付けたんだがな…』
ああ、あの時の言葉はこういう事だったのか…
これが、あの人の本当の力の一端…
“気を付ける”余裕もない本気の一撃…
気がついたら両目から止めどなく涙が流れていた。
無事でいてください…どうか…
イビルアイと、リグリットもまた、涙を流していた。
あの日。
そうだあの日も、彼らが戦っていた方角から巨大な爆発があった。
どれだけ探しても仲間の遺体すら見つからなかった。
僅かな装備のかけらと、思い出だけを残して去っていった…
ああ、どうかこの光が、あの人の命まで連れて行っていないでくれ…
私は見た…
その日、突如として現れた英雄は、
誰よりも強く、誰よりも尊い心で、
その身に流れる悪魔の血を、正義の光に変えて、
地上にもう一つの太陽を作り出した。
その日は強く激しく、悪しき者たちを焼き、
やがてこの地で暮らす者たちを優しく照らす光となるだろう…
———中火月20日、ラキュース日記第18章より
全身を焼く火属性攻撃。
全身を連続で殴打されるような痛み。
悪魔の体は完全耐性があるので大丈夫だったが毒、盲目、聴覚消失効果も入っているだろう。
全身全力の
『嘘だろマジかよこの世界でこの魔法使うと自分巻き込むのかよ熱い熱い熱い痛い痛い痛い…死ぬほどじゃないけどここまで喰らったの久しぶりだ…ヤバい
…そこでパルメーラは気絶した。
***
***
「…」
目を開けると、板張りの天井が写った。
「知らない天井だ」
これは言わなければいけない気がした。
「パルメーラさん!!!」
声を聴いて横を見ると、泣きはらしたようなひどい顔のニニャが居た。
その後ろには同じく限界まで心配そうな顔のペテル、ルクルット、ダインがいる。
体を起こして反対側を見ると、『蒼の薔薇』の面々もいた。
最も近い位置にいたラキュースが声を上げた。
「パルメーラさん…心配しました…もうどこもケガはないと思いますが、体は問題なく動きますか?」
ラキュースもひどい顔だ。
後ろにいるリグリットもぐちゃぐちゃの顔してやがる。
イビルアイは…仮面で分からんが小刻みに震えている。
足側には『朱の雫』のメンバーが全員揃っている。
真ん中に座ったアズスが、らしくない心配そうな顔をしてこっちを見てやがる。
「やっと帰ってきやがったか…ちゃんと皆に帰ってきた挨拶をして、皆を安心させてやれ」
ああ、そうだ思い出した。
俺はちょっと調子に乗って全力で
あ、そう言えばアンデッドはどうなったんだ?
「アンデッドは、どうなった?」
「おめぇさんよ…第一声がそれかよ…安心しろ。お前が放った一撃ですべて吹き飛んだよ。後で見てきな、地形が変わってクレーター状に抉れたぞ。そんでそこだけアンデッドの霧が発生しなくなってるぜ。ニニャとイビルアイが転移で飛び出していったが、お前さんがクレーターの中心で倒れてたから見つけやすかったらしいぜ」
出発直前まで男だと思っていた、重戦士の女、ガガーランが言った。
「で、アズスのおっさんに言われた事、ちゃんと言ったらどうだ?」
「あ…ああ、その、なんだ。お前たちのおかげでうまくいったようだな。俺はもう大丈夫みたいだ。その…心配かけてすまなかった…その…ただいま」
その瞬間、ニニャとラキュースは堰を切ったように泣き出し、二人に抱きつかれた。
リグリットは老人特有の穏やかな笑顔で、少し涙を流しながら頷き、イビルアイは小さな手で俺の右手を強く握った。
それから、この街のカジット大司教が訪問してきて、俺の体の様子を検査し、問題ないですねとほほ笑み言葉を述べた。
「あなたの力でこの街は救われました…私にもあの日あなたのような力が…いえ何でもありません。今はもうしばらく体を休めることをお勧めします。お疲れさまでした。勇者様」
なんだよ勇者って…。
その後、他の教会関係者も来て、篤くお礼を言われた。
『リ・ブルムラシュールのことも、その後のご寄付のことも…』と言う。
おい…匿名じゃないのかアレ。
その後、この街の都市長とか言う者が来て何度も頭を下げて礼を言われた。
聞くとその男、パナソレイは貴族らしい。
…貴族にも腰の低いものが居るのか。
その次はアインザックが来て、同じように礼を言い、『漆黒の剣』がアダマンタイト級に昇格することが告げられた。この街の全冒険者が強く推薦したとか。
それはリーダーに言ってくれと言ったら、『全く君は…私もそうありたいものだ』と何か一人で納得していた。
その後も子供やら年寄りやらお礼に来る。
暇人しかいないのかこの街は…ただの善人でいる者は搾取されるだけだぞ。
もっと人を疑え。
俺は悪だぞ。詠唱でも言っただろ…。
そんな時、不意に僕からのメッセージが入った。
コイツは、確かリ・ブルムラシュールを次に治めるレエブン候とかいう貴族についている
『何だと?それは本当か?』
『はい、事実でございます。レエブン候なる者は奴隷を一切使用しておらず、平民も有能なものは取り立て、適正な賃金を支払っております。選民思想的なものは無いと思われます。税率も非常に常識的で、出費も貴族としては非常に少なく職務上必要最低限の金銭しか使っておりません』
『…それでは、例えば家族や親類に対してはどうだ?』
『はい、家族、特に息子のことを溺愛しています。息子に安全に平和に自身の後を継がせることを第一に考えているようです。親類に対しても、有能なものにはあえて厳しい言葉をかけ、危険が起きないよう陰からサポートしている節があります』
『…分かった。その者の処分は保留だ。引き続き監視を続けろ』
『畏まりました』
貴族は、傲慢なものだけではないのか?
俺は俺の気に入らない悪を断つために悪を行使する。
だが、こいつらは、なんなんだ?
この街の奴らや、レエブンとかいう貴族は…
俺のしていることは…?
なぜ俺の悪に、皆が礼を言う…?
とある国では、自分の『正義』が揺らぎ、悩む少女がいるらしい。
一方でとある悪魔は、自分の『悪』が揺らぎ、悩み始める。
これは、巨悪が渦巻く世界で生まれ、生きるために『悪』となった男が、自分の目指す本当の『悪』を見つけるための物語。
『悪』は『悪』でいられるのか。
それはまだ分からない。
———はるか上空で、その巨体を泳がせながら、その光を観察する者が居る。
———その者は監視する。大きな力の奔流を。
———そしてその者は、確信する。
次回からは一旦次の御方の章に入ります。
少し調べ物をしないと書けない(技名とか…)可能性があるのでお待ちいただくかもです