オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
内容をわずかにマイルドにして元に戻しました。
ここは帝都アーウィンタール唯一の大闘技場に備え付けられたVIPルーム。
非常に高い位置から、闘技場での試合が観戦できる貴族や大商人御用達の部屋。
皇帝や皇城の関係者が観戦する部屋は別にあるのだが、このVIPルームはある程度の金さえ払うか興行主などのパトロンなどの推薦があれば使用できる場所である。
ヘロヘロとソリュシャンは、すでにこの部屋で試合の観戦を始めて1週間ほどが経った。
始めヘロヘロは、この闘技場で行われる出し物への参加を希望していた。
しかしここでソリュシャンの“待った”がかかったのである。
闘技場受付の説明では、この闘技場に出場者として参加できる演目は大きく分けて2つ。
一つは闘技場側が用意したモンスターを倒すという演目で、腕試しをしたい力自慢や、名を上げたいワーカーなどが参加する。
もう一つは、人間同士の戦いで、これはその時によって、勝ち抜き戦であったり、チーム同士の単体の戦いであったりするものだ。
この闘技場ではこの勝ち抜き戦が定期的に行われていて、各会の優勝者はその時のチャンピオン-“武王”と呼ばれる存在-に挑むことが出来るというものだ。
それ以外にも例外的に、有名な戦士が武王に挑むという催しもあるようだが。
現在の武王は、八代目で、歴代最強と名高いとのこと。
ヘロヘロとしては是非この“武王”に挑み、闘技場最強の称号を得ることで何らかのイベント発生を狙っていた。
しかしそのことをソリュシャンに言うと…
「ヘロヘロ様、高貴なる御方が武術大会などに参加されるというのは如何なものかと存じます。それにヘロヘロ様にもしものことがあった場合、本来御方の盾となって死ぬ役割のわたくしは如何すれば宜しいのでしょうか?」
と笑顔で『絶対にダメ』と言われた。
最初はいつもの“メイドロール”かと思ったが、どうやらブレインの時とは違い、現時点で“武王”の強さが分からず、万が一その“武王”が、ヘロヘロの比較的苦手な種族、例えば最高レベルのアストラル系や、モンク系の攻撃に高い耐性を持つタイプの最高位天使などが出た場合を危惧している様で、本気でNGの様だった。
同じ理由でモンスター戦もNGと言って聞かない。
ヘロヘロとしては、現在の2のversionではそのレベル帯の敵が出るとは想像できないのだが、もしかしたらこれは負けイベ警告かもしれないという可能性と、そもそも何らかの条件を満たしていなくてこの闘技場イベントに参加できない状態かもしれないという可能性に思い至った。
そう言う訳で、まずは“武王”とやらが試合に出るまで見てみようという事になり、ここ数日は闘技場VIPルームと高級宿を往復する生活なのである。
どちらもなかなかの値段なのだが、ヘロヘロの懐(正確にはソリュシャンの財布)には2万枚以上の金貨が入っているので全く問題はない。
その行動はまさに放蕩貴族のそれで、受付のスタッフなどは連日のヘロヘロとその御付きのメイドのやり取りを見て、そうとしか思っていない。
またこの放蕩貴族は、試合の合間にお勧めしているドリンクや食事も勧められるままに試していて、総合して非常にいいお客様なので、たった数日で有名なVIPとなっていた。
観戦を始めて7日目、いつも昼休憩のタイミングで食事やドリンクメニューをお勧めしてくれる闘技場のスタッフから申し出があった。
「お客様、実は本日の午後ですが、別のVIPのお客様がこちらのお部屋でのご観戦を希望されています。相部屋になってしまうのですが宜しいでしょうか?」
ここ一週間観戦を続けているが、VIPルームの使用はヘロヘロたちだけだった。
見下ろす眼下に見える一般席には観客が常に満員状態だったので、客入りが悪いという事でなく、単にこの席の値段が高いということなのだろう。
ヘロヘロとしては特に相席だからと言って困ることは無いので『別にいいですよー』と答えた。
ソリュシャンは『ヘロヘロ様…』と何か言いかけたが、『大丈夫ですよ。もし何かあったらあなたが何とかしてくれるでしょう?頼りにしていますよ』と言うと、『はい…あの…はい』としどろもどろになりながらもOKしてくれた。
これはつまりストーリー的なNGではないという事なのであろう。
そう言う訳で、本日おすすめされたランチを終え、紅茶を飲みながらもう少しで午後の演目が始まる闘技場を見ていると、VIPルームのドアが開き3人の男が入ってきた。
その中の真ん中の男、白く清潔でどこか気品が漂う服装にネックレスを付けた、金髪で濃い紫で切れ長の瞳をした若いイケメンが挨拶をする。
「良いお日柄ですね。相部屋で観戦しても構いませんかな?」
ヘロヘロは、そのイケメンと、左右に控える二人の男-一方は大柄で顎髭を生やしているイケメンよりも年輩の男、もう一方はイケメンよりは劣るものの端正な顔立ちときりっとした表情の男-それぞれがいずれも上等な服を着ていて、そもそもこの部屋を使用するという事はこの国の貴族か何かだろう、と考えた。
ソリュシャンは男たちに対して特に危険を感じ取っていないようだし、ヘロヘロ自身もこの3人から大した強さは感じない。
しいて言うなら左右の二人は20レベル台くらいの戦士職の雰囲気があるから、若い貴族とその護衛二人かなと思った。
「もちろんですよー。私は遠国から観光に来たのですがここは中々楽しいですねー」
と中央のイケメンを見て答えた。
「いや、ありがとう。わたしはこの国の者で名前はジルと言うのだが、我が国の闘技場で楽しんでいただいて嬉しい限りだ。お名前を伺っても?」
ジルと名乗ったイケメンは、ヘロヘロの少し離れた席に座る。
左右の2人は、ソリュシャンと同じように、主人の後ろに立つ。
「ええ、もちろん。私はソルディフ・カーゴ・カルト・ヘロ=ヘロと申します。ここから遥か南の国から来ました。何か面白いもの…例えば強い人などとのめぐり逢いを求めて旅をしています」
***
遡ること7日前。
皇城の執務室では、この国の皇帝である男が朝食の後、定例の執務である朝の報告書の確認を行っていた。
もちろん多忙を極める皇帝であるから、この報告書は秘書官たちにより一度確認されたのち、皇帝自身が確認する必要があると判断されたもののみが送られてきている。
そうはいっても大量である。
皇帝は、どこぞの鮮血帝という男があまりに早い改革を行ったことで事務官が不足していることに心の中で悪態をついたが、一方で自身の行っている政策がうまくいっていること、また、ここ2~3年は特に良い状況となっていることに上機嫌であった。
ここ2~3年の上向き調子を作っているのは、間違いなくあの者、“大導師”アルシェ・フルトの働きのおかげである。
ある日フールーダが連れてきたかつての彼の弟子は、皇帝の記憶の“アルシェ”とは少し異なる目をしていた。
そもそも皇帝は、フールーダの弟子であった“アルシェ・イーブ・リイル・フルト”を知っていた。
帝国魔法学院の中では天才と言われ将来的にはフールーダの右腕となる才能を秘めているかもしれないと言われていた少女だ。
しかし、その少女の親は無能な貴族であり、皇帝はその改革の中で躊躇わずその貴族-フルト男爵の爵位を剥奪した。
そしてその結果、その娘のアルシェがワーカーとなった顛末も知っていた。
皇帝にとっては、いかに才能を持っていようとも、愚かな身内を切り捨てられぬような甘い考えの持ち主など不要と考えていたからだ。
そして天才と言えども、精々第2位階詠唱者。
帝国魔法省の中には彼女以上の才能はいるし、どうしても手元に置いておきたい駒と言う訳でもなかった。
しかし、眼にわずかに“狂”が宿っているように見えるフールーダと比較しても、その日久しぶりに見かけた“アルシェ”の目からは以前のような子供っぽい甘さが薄れているように感じたのだ。
そして興奮し、まくしたてるフールーダの言葉が間違いでなければ、この小娘と言える年齢の少女は
このたった1年で何があったのか…フルト元男爵が借金取りと揉めて刺殺された話は聞いていた。その結果、この娘が家の借金を返し、親の放蕩をやめさせたことも。
しかしそれらのことと、魔法詠唱者としての凄まじい勢いの成長が関係があるのか、魔法を使えない皇帝では分からなかった。
ともかくもフールーダは、そのアルシェと言う娘に帝国魔法学院教授の職を任せたいという。
このアルシェと言う娘が、帝国として使える人材なのかはさておき、帝国が所有しているという事実は近隣的国への大きな牽制になることは間違いない。
そして帝国魔法学院の教授と言うのは政治に直接口を出す立場ではないし、そういう意味では問題ないと判断し許可を出した。
それからたったの1年で、アルシェは数えきれないほどの成果を出した。
皇帝には正確には理解できないが、魔法を理論的に解析し、どうすれば効率的に使用魔法の位階を上げられるかを研究。
モンスターを用いた実践教育であっという間にほとんどの生徒の位階を1つ上げた。
この理論は速やかに魔法省でも採用され、魔法省所属の魔法詠唱者の多くも位階を上昇させるに至る。
この結果、魔法省所属の者たちの強化と、それによる帝国内の治安の向上が実現。
また、ワーカー時代の仲間と立ち上げた魔法薬店では、今までにない理論で作り上げた、“魔法を閉じ込めた
帝国の軍事力の大きな底上げとなった。
アルシェの有能さに気づいた皇帝は、すぐさまアルシェを呼び出し、帝国魔法学院所属かつ、帝都での薬店営業を行わせたまま、秘密裏に魔法省の顧問としての地位を与え、皇城の所属となる様計らった。
現在の所属を維持させたのには狙いがある。
まず、帝国魔法学院の生徒にはアルシェと言う若く有能な教師に触れさせることで、魔法力の底上げを行うだけでなく、うまい事生徒を洗脳教育し、将来的な帝国の魔法軍事力の上昇を狙う事ができる。
そしてアルシェを表向きは市井に置くことで、皇城だけでなく帝都における抑止力とし、また街での情報を自然に集めることが出来るだろうという狙いもある。
そして、ある意味、ジルクニフとして最大の利点は、
アルシェの位階上昇理論が魔法省内で広がると、こともあろうか、フールーダ自身がその理論を実践すると言って、暇さえあれば皇城を飛び出し、モンスター狩りに出かける始末。
アルシェも最初はあっけにとられていたが、すぐに自身のせいでフールーダと言う狂人を解き放ってしまったことに気づき、ジルクニフに深く謝罪の言葉を述べた。
しかしジルクニフとしては、フールーダが実はそういう気質だという事は知っていたし、実際はアルシェの方が偏見の無い意見を言ってくれるので助かっていて、フールーダが不在の時はアルシェが魔法的な助言をするならば良しという形で許した。
そう言う訳で、帝国にとって大きな問題が起こりそうなことがある場合、ジルクニフが意見を求めるメンバーは、秘書官、四騎士、フールーダ、アルシェというメンバーとなることが常となったのだ。
アルシェが実は魔法省にも籍を置いていることは、秘匿事項である。
これはフォーサイトや家族にも知らせていない。
アルシェにとっては、自身が帝都で店を持つことや学院に籍を置く事を許してくれたうえで、皇帝の側近として採用してもらったことに純粋な恩義を感じている。
父は爵位剥奪を受け入れられず、借金を重ねた愚かな一面も持っていたが、アルシェにとっては確かに父であって、彼が追いつめられて例えば妹たちを売るような愚かすぎる行為をしでかす前に、言うなれば
ある時、ジルクニフはアルシェへ問うた。
「アルシェよ、そなたのこの帝国への功績は近年稀にみるものだ。もしそなたが望むのならば、爵位を授けることも考えるがどうだ?」
アルシェは少し考え、そして強い瞳で答えた。
「陛下、勿体ない御言葉感謝いたします。私個人では特にそのようなものは望みませんが、そうすることでこの国の利益となるならばお与え下されば幸いです」
一見すると皇帝からの下賜を断るように聞こえる不敬とも取れる回答だが、実を取るジルクニフ的には満点に近い答えだったので上機嫌となった。
「そうか。ではこの件は保留としておこう」
そう答えるとともに、ジルクニフはこの娘がたった一年で何をくぐってここまで成長したのか分からないが、今後は愚かな貴族などを粛正するときは、その身内を単純にまとめて粛清するのではなく、有能なものが本当に居ないかしっかり確認しようという反省をするまでに至ったのだった。
そう言う訳で、今回読んだ朝の報告書での非常に気になる問題点について、いつものメンバーを呼び相談を始めたのだ。
「…と言う訳で、どこの者かは分からないが、前々日と前日、この帝国の街の門で大量の異国の金貨を両替した者が居る。この者について皆の意見を聞きたい」
「陛下、たかが両替をしただけの男、陛下が気にするようなことなんですかい?」
四騎士の筆頭、「雷光」のバジウッドが本当に忌憚なき意見を述べる。
同じく四騎士の一人「激風」のニンブルが彼の言葉遣いを窘めながらも同意する。
「バジウッド、相変わらず言葉遣いはどうにかならないのですか…まあでもバジウッドの言う通り、多少の金額の両替、陛下が気にされるような点があるとは思えませぬが」
「ふむ…そうだな。だが両替の結果支払った金貨の枚数が2万5千枚ほどだと言ったらどうだ?」
「にまん…?!本気ですの?旅で持ち歩く金額ではありませんわよ?」
「重爆」のレイナースが驚く。
「そうだ。金額が明らかにおかしい。また、周辺国の貴族だとしても異なる通貨を使用しているという話は聞かない。今皆にその金貨を配る。私の知識にはない金貨なのだが、これを知っている者はいないか?」
渡されたその重く精巧な細工が施された見慣れぬ金貨は、秘書官も記憶になく言葉を失い、この場では最も長く生きているフールーダも首をかしげる。
「これは…私の記憶にあるどの金貨とも異なりますな…周辺の4か国はもとより、アーグランド合議国の各種族や、カルサナス都市国家連合でも見たことが無い。200年ほど前に南方に現在は滅んだいくつかの国がありましたが、記録の貨幣とは違うように思いますな…刻印されている女神と思われる人物像ですが、このような神の伝承などないか調べてみる必要があるかと」
「ふむ…じいでも知らぬか。この金貨を合計1万1千枚、両替したものが居るのだ。アルシェは何か思いつくことは無いか?」
「はい…残念ながら私も存じません。この金貨を持っていた者の名前や国名は分からないのでしょうか?」
「ああ、そうだ。伝え忘れていたな。国名は残念ながら不明だ。両替時に国名を確認する制度を設けていなかったからな。今後はこの点を早急に改善するべきだな。名前は分かっている。“ソルディフ・カーゴ・カルト・ヘロ=ヘロ”と言うものだ。名前からして貴族だろう…どうした、アルシェ?」
名前を聞いた瞬間、目を見開いたアルシェに気づいたジルクニフはアルシェに問うた。
「あ…いえ、はい、その方、昨日私の店へ来た人です…」
ジルクニフは驚くとともに、心の中でアルシェを市井に配置したことはやはり正解だったと思った。
そしてその後、アルシェから、そのヘロ=ヘロ卿なる人物の特徴-又聞きだが非常に強いモンクであること、御付きのメイドも非常に強い力を持っていること、二人とも魔力系魔法は使えない事、を聞いた。
それらから、接触する際のメンバーは戦士としての強さが分かる者で固め、その者が闘技場で連日観戦をしていることから、接触する方法を決めたのだった。
タブラ「ヘロヘロさん、あのですね、私がどれだけ注意を払って権力者に気づかれないように行動していたか分かります?」
ヘロヘロ「え?なんで気づかれないように行動するんです?イベントが起きるフラグが立たないんじゃないですかー?」
タブラさんは、リアルの頃とは違う生き生きとしたヘロヘロさんが、とっても楽しそうにしているのを見て、怒るに怒れませんでした。
明日は用事があるので、更新お休みすると思います。