オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
可哀そうなビーストマン…
ヘロヘロは自身が最初にPOPした草原のフィールドまで到着すると、前回とは逆の東側に向かって歩き出す。
かろうじて道のようなものがあるが、通行人も馬車も見られないので、普通に道に沿って高速で走っていくことにした。
走り出してしばらくすると、わずかながら初日に戦った獣の顔をした亜人型モンスターがチラホラ見えることに気づいた。
走っているヘロヘロには気づいていない様子から、『あのモンスターは何らかのアクションをしないと襲ってこない仕様なんですね』と理解する。
実際は速度が速くてビーストマンの目では追えていないだけなのだが。
ヘロヘロのカンでは、どうやらあのモンスターはトラップで、追いかけると面倒なアンデッドのダンジョンへ誘い込まれる仕様なのではと疑っている。
ただ、確証は持てないので、もう一度試してみて、やはり西側に向かって逃げていったら罠確定だから、その後は手を出さないようにしようと思った。
そう言う訳で、一度走るのをやめて道の真ん中で停止した。
とあるビーストマンの戦士は、なぜか突然大量の仲間たちが消えた、西の山の南の平原を仲間たちと歩いていた。
最近は旅人も少なくなって、餌が手に入りづらくなってきたから、そろそろあの
すると突然今まで何もいなかった前方に、人間の男が出現する。
一瞬、謎の現象に固まっていたが、とりあえずは久々の旅人か何かが来てくれて自分の腹を満たしてくれると理解した。
本当は肉が柔らかい幼い個体が食べたいと思っていたが仕方ない。
今回はこの餌で我慢しようと、仲間たちは我先にと男に手を伸ばしたのである。
「おっ寄ってきましたね…でもこいつら本当に弱そうですねーその割には数居るし…そうだ、面倒だから久々に“はどーけん”撃ちましょう」
そう言ってヘロヘロは両手を腰のあたりに持ってきたかと思うと、今度はその両手を前に突き出す。
「はいどーん!」
ヘロヘロの手からは、光る巨大なボールのようなものが打ち出され、そのボールは輝きながらビーストマンの群れに飛んでいく。
モンク系の非常に初歩的な技だが、近距離技が多いモンク系の中で遠距離攻撃かつ貫通属性も持ち、一定距離を飛ぶと爆発する『気功弾』というスキル。
この技はそのモーションが、100年以上前に流行ったとある格闘ゲームの技に似ていて、比較的初期に覚えられるにもかかわらず、威力が物理攻撃力に比例して上がるので多くのプレイヤーが好んで使った。
ビーストマンたちは、自身の仲間の一団が、突然現れた
しかしその
光の玉は仲間たちの一団に接触したかと思うと、『ジュッ』という音を立てて、進行方向に居た仲間を一瞬で溶かしながらさらに進む。
そして100メートルほど進んだところで爆発し、多くの仲間がその爆発に巻き込まれて、ある者は体の一部を失い、ある者は四肢がバラバラに、そしてある者は粉々になる。
「はいどーん」
「はいどーん」
「はいどーん」
同じ光の玉が3方向に飛んでいく。
飛んでいった先では同じ現象が起きる。
ビーストマンたちは、
『おや、今度は反対方向に逃げていきますねー』
ビーストマンとしては単純にヘロヘロから背を向けて逃げているのだが、ヘロヘロにとっては前回と反対側の東方向へ逃げていくモンスターの行動に少し興味が出た。
『これはもしかして、このフィールドの周囲には、あのアンデッドダンジョンみたいな罠ダンジョンが複数用意されているのかもですねー…いやーさすがユグドラシル運営。悪辣ですねー…でもよく考えたら、これを追いかけていけば別のダンジョンに到達するという事でしょうから、ダンジョンの位置を確認するという事で、入り口までは追いかけてみますか』
そう一人納得したヘロヘロは『はどーけん』を乱射しながら、その亜人型モンスターを追いかけることにした。
ビーストマンたちは走る。
怖くてしょうがないから走って逃げる。
意味は分からないが、その
ときどき『はどーけん』の時もある。
ビーストマンたちは悟る。
いつかおとぎ話で聞いた
気が付くと数万匹以上の群れが民族大移動をしていた。
『さてさて、どんなダンジョンへ連れてってくれるのでしょう?』
ヘロヘロはニコニコしながらダッシュ&はどーけんで、モンスターの群れを追い立てる。
数万の群れの先頭はついに草原でない場所に到着する。
そこは竜王国で最も西の都市。
ビーストマンの国は竜王国の東に存在するため、王都の西は比較的ビーストマンは少なかったのだが、近年はその数も増えてきて、都市の周りには高い壁が設置されている。
壁の外では火滅聖典の隊員たちが門の入り口を見張り、ビーストマンが侵入しないよう警備をしていた。
その日も火滅聖典たちは、街の周囲に目を光らせて、不届きなビーストマンが都市に近づかぬよう警備をしていた。
最初に気づいたのは、物見台に上っていたこの街を担当する師団長である。
「たっ…大変だ!!西からとんでもない数のビーストマンがこの街を目指して走ってきている!!隊員の半分はすぐに街に知らせて、住民は建物内に隠れる様連絡!!半分は門のところで隊列を組んで奴らを食い止めろ!!」
突然の日常の崩壊に、火滅聖典たちは息を飲んだ。
しかしこれは、いつか来るかもしれないと思っていた危機。
比較的奴らの数が少ない西側の都市で起こったことは想定外だったが、想定していなかった事態ではない。
そして、奴らが大儀なく攻めてくるというならば、もうそれは一方的な侵略であるから、我々は戦わなければならない。
「
「
「
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一斉に守りの陣が敷かれ、速やかに攻撃の体勢を整える。
しかし眼前に迫るビーストマンの群れは恐らくは数千、いや数万いるかもしれない。
隊員たちは攻撃をしながら不思議な感覚を覚える。
ビーストマン達は魔法を唱える隊員へ攻撃するでもなく、ほとんどは素通りして街の壁の中へ入ろうとしているのだ。
だからといって隊員たちは無事ではなく、圧倒的な数のビーストマンに轢かれて深刻な状況になっている者も多数見られる。
この都市に駐在していた師団長は、もはや壁を越えられて中に入られてしまったことから、門外での守りは諦め、街中のビーストマン殲滅に切り替えた。
幸い住人の多くは建物内に避難が間に合ったので、現時点では大きな被害が出ている様子はないが時間の問題である。
少しでもこのビーストマンを減らさなければ、奴らは家の中に侵入し、待っているのは地獄絵図だろう。
師団長は奥歯をギリと噛むと、隊員の中で足が速い者、
「皆、今こそ我らの力を神に捧げる時だ!!罪なき者を傷つける者どもを、一体でも多く減らすのだ!!」
ヘロヘロは、ずんずん進んでいくモンスターの群れを追いかけて小一時間が経ったとき、前方に壁のような建造物が見えだした。
最初は『おっダンジョンですか?』と思っていたが、だんだん近づいてくるとそれは明らかに城壁に囲まれた都市。
モンスターはその街になだれ込み、中からは戦う者たちの声。
その光景を見てヘロヘロは心の中で絶叫した。
『はあああああ!!!そういう罠ですか!!!くそーーー!!!運営にまんまとやられました!!誘導先はダンジョンだけでなく、こういった都市もアリで、これは何とかしないと私のせいでこの街が滅ぼされて、この街のイベント丸ごと消滅する奴ですね!!』
「ソリュシャン!出てきてください!!」
「はっ!ヘロヘロ様!!」
「時間が無いので簡潔に言います!これから前方に見える街に入って、あの走って街になだれ込んでいるモンスターを倒せるだけ倒してください!可能な限り中の人間種のNPCを救う形でお願いします。あと、人間に擬態したまま、人間として倒してください!装備も戦闘メイドにチェンジです!!」
「承知いたしました!!」
素早くいつものアサシンとしてのメイド服にチェンジしたソリュシャンと、素早さ重視の胴着服にチェンジしたヘロヘロは、走るビーストマンを追い越し街に突入する。
中では案の定、武装した人間種とモンスターが戦っている。
ヘロヘロは、ユグドラシル運営にしてやられた悔しさから、105レベルのモンクとしての全力の速さで、街の中のモンスターを駆除し始めた。
火滅聖典に属するある男は、最初それを、絶望的な戦いの中で見た幻覚だと思っていた。
聖典部隊の一員となった日から、この力を正しきことに使い、いずれ神の御許へ訪れることになった際には、神に胸を張れるようにしようと考えていた。
そして、ビーストマンが街になだれ込んだのを見たとき、おそらくは今こそがその時なのだと理解した。
だから、今、目の前でなぜか分からないがビーストマンが次々と破裂していくのは、自分にとって都合のいい幻覚なのだ。
そういった考えが油断となり、乱戦状態の戦場の中でビーストマンの爪が目の前に迫っているのに直前まで気づけなかった。
———死。
いや、それは訪れることなく、『ガキン』という音で爪が止まる。
見れば美しい金髪の女が見慣れぬ形の短剣で、ビーストマンの爪を止めている。
女はそのままその短剣でビーストマンの爪ごと体を薙ぎ払う。
「邪魔です。下がっていてください」
無機質な声で告げられた言葉の後、女は見たことも無い速さで縦横無尽に町中を駆け巡り、次々とビーストマンの命を奪っていく。
そこでその隊員は、『先ほどのビーストマンの破裂もこの方が…?』と思ったが、女の動きとビーストマンの破裂は異なるタイミングで起きている。
女の他に、眼に見えない何かが、ビーストマンを破裂させている?
凄まじいスピードでビーストマンの死体が積みあがっていくが、なだれ込んでくる新たなビーストマンの数も尋常ではない。
その瞬間、空間から男の声がする。
「ソリュシャン!新しく入ってくるモンスターの処理は私がします!!あなたは家屋などの侵入したモンスターがいないかを確認してください!!」
「畏まりました!」
さきほどまでの無表情とはうって変わって、喜色がこもった声で答える女。
女は素早く住宅街の方へ消えて行った。
そして“姿が見えない声の主”の言葉の通り、門や壁を乗り越えて新たに入ってくるビーストマンは、街の広場の地面にその足がつく前に、斜め上に吹き飛び、逆再生の様にバラバラになったビーストマンが壁の外へ飛んでいく。
ヘロヘロは心の中で悲鳴を上げていた。
『くそぉぉぉぉ!!こんな罠聞いていませんよ!!突然のタワーディフェンス戦、しかも推定数万体!!初見殺しにも程があるでしょうがああああああ!!!運営めえええええええ!!!!!!』
モンスター1体1体はとても弱いのだが、とにかく数が多く、しかも街のNPCを極力傷つけないようにするとなると、難易度は跳ね上がる。
攻撃力やHPの心配はないが、全力で走り回り続けなければいけないという地獄の罠。
105レベルの人型ヘロヘロが全力で動き続けてやっと対処できる難易度だ。
当然最高でも30レベル程度の火滅聖典たちには、ヘロヘロの姿は確認できない。
だが、先ほどのとてつもなく強い女に指示を出していた“ナニカ”は確かに居て、姿は見えないがその存在がこの現象を引き起こしているという事は、かろうじて理解できた。
この街担当の師団長は、何者だか分からないがどうやら自分たちよりも強い味方がいるという事は理解し、その者を援護しようと街になだれ込むビーストマンを攻撃しようとしたら、また空間から声がした。
「邪魔ァァァ!!間違えるから端っこ行っててください!!!」
相変わらず姿は見えないが、余りの気迫のこもった声に師団長は『ひえっ』と今まで出したことが無いような声を出し、城壁の隅に避難しながら負傷した隊員の手当てに当たることにした。
ヘロヘロは頑張った。
本当に頑張った。
とにかくNPCに被害が出て、この街のイベントが無くなるとか、そういう事態になると、“1からの引き継ぎチートプレイヤーが調子乗って罠イベントに嵌り街消滅”みたいな感じでwikiに永久に名前が残るという事が容易に想像ができる。
モモンガさんに申し訳ない…
茶釜さんをはじめとした3人娘に怒られる…
たっちさんにも怒られる…
意外にウルベルトさんも怒りそう…
そういった思いが頭の中に何度も駆け巡る。
そして日が傾き、夜の帳が下りるころ。
恐らくは全てのビーストマンが躯となり、死体の山の上でヘロヘロは雄たけびを上げていた。
「見ましたか運営めぇぇぇぇぇ!!私はお前たちに勝ちましたよおおおおおお!!!!」
このイベントでヘロヘロさんの中の運営に対する好感度がダダ下がりになりました。