オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
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火滅聖典の師団長は、日が落ち、全てのビーストマンが沈黙したと思われたとき、やっとその救世主の姿を確認することが出来た。
うずたかく積まれたビーストマンの死体や破片の山の上で、勝どきを上げる御仁。
いつの間にか、あのとてつもなく強い女も、その汚い山の下で、うっとりとした顔で拍手をしている。
その御仁はどうやら拍手の音に気づいたらしく、山から音もなく飛び降りると、女に住民の被害状況を聞いている。
信じられないことに、住民の死者数はゼロだったという言葉が聞こえた。
確かにあのビーストマンたちは、なぜか恐慌状態だったようで、ただただ往来を走り回り、ドアを開けて家屋に入るといった行動はしていなかった。
火滅聖典の隊員の中には、主に最初の衝突で十名ほどの死者と多数の負傷者が出てしまったが、彼らは国へ帰れば復活することが出来る。
御仁と女の会話が一通り落ち着いたように見えたタイミングで、師団長は動ける隊員を連れて挨拶へ向かった。
「この街を救っていただき、感謝に耐えません!」
深々と礼をする男たちを見て、ヘロヘロは一瞬キョトンとするが、すぐに何かを理解した顔になり、本来の人の良さそうな笑顔に戻る。
「いえ、たまたま街が襲われてしまっているところを見まして、加勢させていただきました。騎士の方々かとお見受けしますが、あなた達は大丈夫でしたか?」
「いえ、我々は、スレイン法国より派遣されている火滅聖典の隊員の者。私は師団長のアルチュール・ラウル・シュバリエと申します。我々の中では負傷者と死者が出てしまいましたが、国へ戻れば復活や治療が可能ですので問題ありません。もしや漆黒の方かと思いましたが、我々を知らないとなるとどうやら違うようですね。差し支えなければお名前を教えていただいても?」
ヘロヘロは何やら『ネームドは無事…街の者にも被害なし…これはイベントクリアとみてよさそうですね…』とぶつぶつと呟いていたが、すぐにアルチュールと名乗った男に向き直り答えた。
「私はソルディフ・カーゴ・カルト・ヘロ=ヘロと申す者です。こちらは私のメイドのソリュシャン。私たちは遥か南から旅をしてきました」
***
それからしばらくの時間が経ち、街の住民たちは、自分たちが置かれていた状況と、たまたま通りがかった遠国の貴族が、街を脅かしていた数えきれないほどのビーストマンを倒してくれたことを知る。
近年の物流の停滞で、この街も物資が豊富という訳ではないが、街の恩人を何とかしてもてなしたいという考えから、オープン形式のレストランテーブルに料理や酒が運ばれ、ささやかな宴が催される。
ヘロヘロはソリュシャンと共にご相伴に預かり、心の中で『今日は屋根のある場所で眠れそうです』と考えていた。
真面目な火滅聖典たちは、『自分たちは命令とはいえ今までビーストマンと戦うことをしなかったし、今回もヘロ=ヘロ卿のおかげで街は救われた。我々は門と壁を速やかに修繕し新手のビーストマンが来ないか見張ります』といって宴には参加していない。
ヘロヘロとしては、ジルクニフの話に合った“スレイン法国”のNPCと出会えたので色々と国のことを聞きたかったのだが、まあ明日でいいかと思い、きびきび動くアルチュールを眺めていた。
しかし食事を始めて30分も経たないうち、火滅聖典たちの動きが慌ただしくなる。
何か嫌な予感がして、ヘロヘロはソリュシャンに何があったかを聞いてくるように言いつけた。
既にロングスカートに履き替えた非戦闘モードのソリュシャンは、貴族の御付きメイドとして完璧な立ち居振る舞いで、アルチュールの元へ向かう。
そして程なくして戻ると、状況をヘロヘロに説明した。
曰く、ヘロヘロがこの街に到着する前に、隣の街に駐在する仲間に、状況の伝達と援軍の依頼を出したが、その者たちが戻ってきたらしい。
だが戻ってきた者たちの話では、この街ほどでは無いにしろ、隣街も今までにない数のビーストマンに取り囲まれていて、まだ外壁を越えるビーストマンはいないが今にも攻め込んできそうな雰囲気だったという。
そう言う訳で隣街に入れず、ならばせめてこの街を守るために戦おうと戻ったとのこと。
ヘロヘロの脳裏に最悪の想定が浮かんだ。
『これは…連鎖クエストですか…この街にモンスターが入り込んだことがフラグとなって、連鎖的に他の街にも同じイベントが時間差で……運営め…うんえいめええええええええ!!!!!』
ヘロヘロは指に『睡眠不要』、『飲食不要』、『疲労無効』などの効果がある指輪をはめる。
ロールプレイを楽しむためにあえて外していた装備だ。
そしておもむろに立ち上がる。
「ソリュシャン…行きましょう」
「はい、ヘロヘロ様!」
街の者たちは突然無表情になって立ち上がったヘロ=ヘロ卿の様子を不思議に思ったが、その何か真剣そうな表情を見て言葉をかけることが出来なかった。
「アルチュール殿…モンスターに囲まれている街はどちらですか?」
「え?」
「どちらですか?」
「あの…ここから東に数十キロメートルほどの場所です。街道沿いに行けば…」
「あなたはこの街の守りについていてください。良いですね?」
「は?えっと…」
「良いですね?」
「はい」
それだけ会話を交わすと、ヘロ=ヘロ卿と御付きメイドのソリュシャン氏は、街の東の街道を凄まじいスピードで走り去っていった。
火滅聖典は言葉を失ったが、しばしの沈黙の後、誰かが言葉を漏らした。
「…英雄か…」
アルチュールは頷き呟く。
「英雄だ…あの御方は、紛れもない英雄なのだろう…貴族でありながら…弱き者を救う旅をされているのか…」
***
ヘロヘロはソリュシャンを背中側にしまうと、105レベルモンクとして最速のスピードで駆ける。
もうこうなればヤケだ。
105レベルの廃人プレイヤーが本気になるというのはどういうことか教えてあげましょう。
ヘロヘロは怒りと闘志に燃え盛っていた。
『スキル・夜行術』
ヘロヘロは夜間であっても辺りが良く見えるスキルを発動。
『スキル・
ヘロヘロの纏う闘気が膨れ上がり巨大な影となる。
『スキル・金鐘罩』
ヘロヘロの体が七色鉱のごとく輝きだす。化身を含む全身の硬さが極限まで強化された証だ。
『スキル・飛毛脚』
ただでさえ速いヘロヘロの速度が音速に近づく。
ヘロヘロが選んだ手段は、闘気を拡大して闘気ごと硬度を増し、その状態で音速となって敵を轢き殺すというもの。
隣街までの街道近くにいたビーストマンたちは、文字通り自分たちに何が起こったかもわからず粉々になった。
到着した隣街の外壁沿いには確かに数千のビーストマンがいた。
軽く1周して人間種NPCが居ないことを確認すると、そのまま3周ほどして全てをミンチにした。
一旦壁を飛び越えて街に入り、中にいた聖典部隊と思しき者に、次の最も近い街を聞き、その街へ走る。
後はその繰り返しだ。
ヘロヘロが出した答えは単純。
逃走したと思われるモンスターが行けそうな範囲にいる、目につく全ての同種モンスターを狩りつくすというもの。
この夜ヘロヘロは、結果的に王都の西側にある4つ全ての街を回り、その後も夜が明けるまでフィールド上のビーストマンを無差別に轢き殺していったのだった。
朝には、竜王国王都から西側の領域にはビーストマンの姿はほとんど見られなくなった。
そしてヘロヘロは、朝になると人間種のNPCは行動を開始すると理解していたので、不幸な事故を起こさないために一旦街に入ることにした。
その場所は、竜王国の王都。
ヘロヘロは意図せず、行ってみたいと思っていたファンタジー都市へ足を踏み入れることになったのである。
***
「ソリュシャン…朝になりましたので一旦あの町へ入って休憩しましょう」
「畏まりました、ヘロヘロ様」
ヘロヘロは疲れていた。
いや、HPは減っていないし、肉体的な疲れというものは殆どないのだが、夜通しのモンスター殲滅作業にさすがに精神的な疲れが来たのだ。
今日一日でダダ下がりになった運営への好感度のせいか、いささかムキになってしまったことは否めない。
だがクリアすることで何かのフラグが立つようなイベントではなく、自身が調子乗った結果、運営にまんまと嵌められたことに対する後処理ともなると、テンションは上がらないものである。
最初の街で出された歓迎会のご馳走を満足に食べられなかったことも残念で仕方が無かった。
ともかくもヘロヘロはロールプレイ用の衣装を着て、ソリュシャンもロングスカートのメイド服に着替えさせると、貴族のロールプレイを再開して街に入ったのだ。
いや実際のところ、この国のこのご時世、貴族がお供を一人だけ連れて、徒歩で旅をしているのはどう考えてもおかしいのだが…
案の定門番は、久々の旅人のために門番としての仕事を全うしようとしたが、そのあまりに異質な入国者にギョッとした。
ワーカーや冒険者、あるいはスレイン法国の者なら分かるが、高級そうな衣服を着て、お供のメイドを連れ、しかも徒歩での客など長らく、いや一度も見たことが無かった。
しかし、ビーストマンではなく、人間の旅人の入場を制限するようなお触れは出ていないので、入場の足代を払ってもらい、記名をしてもらうという既定の流れを完了すると、その二人を街に入れたのだった。
名前が4つあり、その男が貴族であると分かると門番はさらに驚いたのだが。
街に入ったヘロヘロは、門を抜けた先にある広場でこの街の様子をぐるっと見まわした。
広場からは何本かの道が伸びており、中央の最も広い道のはるか先には城の様な建造物が見えた。
RPGの御約束として、城では何らかのイベントがあるだろうから、まずは城下町で可能な限り情報収集をするのが筋であろう。
しかし、この街は、ジルクニフがいた帝国の城下町と比べると随分と質素に見えた。
人通りは少ないし、店などに活気が無い。
先ほどソリュシャンが街に入るための入城税を払っていた様子を見ると、通貨は同じらしい。
中央通りを進んでいくと、朝から開いている数少ない店を見つけた。
ここはカフェの様で、オープンテラスにいくつかの客席があるが、客はほとんどいない。
「ここで少し休みましょうか…紅茶か何かを注文してもらえますか?」
「はい、畏まりました。ヘロヘロ様」
ソリュシャンが店で注文している間、ヘロヘロは朝の優しい日が当たるテラス席に腰を掛け、街の様子から、ここにはあのモンスターの被害が出ている様子が無いと見て、どうにかあの最悪な罠イベントを通過することが出来たと安堵した。
そして給仕が紅茶を運んでくると、一口紅茶を飲み、そういえば本気戦闘のため色々と指輪をしたんだと思いだして、ロールプレイのためにそれらを外した。
すると襲い来る精神的疲労と眠気。
朝の優しい日差しと、罠イベントを通過した安堵感、そして紅茶の香りなどからだんだんと眠気が強くなってきた。
「ソリュシャン…こっち来てください…」
「はい!ヘロヘロ様!」
ソリュシャンは淀んだ眼と喜色の満ちた声でヘロヘロの隣に座る。
「ソリュシャン、少し眠くなりましたので、このままあなたに寄りかかって眠らせてください…何かあったら…起こしてください」
そう言って、ヘロヘロは朝のカフェのテラス席で、ソリュシャンに寄りかかりながら眠りについた。
***
同じ日、2人の異なる王が、それぞれの玉座で配下からの報告を聞いていた。
1人は、ビーストマンの王。
彼の名はアザド。
本能が優先となりがちなビーストマンの中において、比較的知性的といえる者であり、一方でその戦闘の実力も、人間種で言えば英雄級を優に超え、逸脱者の領域に足を踏み入れている猛者である。
歴史的に、スレイン法国などの強者が積極的にビーストマンの殲滅を行わなかったことから、ビーストマン王国の中心部では僅かながら多様性ともいえるものが生まれた。
その結果、稀にではあるが、賢い者、強い者が生まれることがあり、このアザドはその両方を持って生まれたビーストマンである。
アザドはこれまでの竜王国の対応から、街にさえ侵入しなければ人間たちは積極的に自分たちを攻撃してこないことを学んでいた。
また街の周りには、比較的強い魔法を使う者が警備をしている。
そのため彼は、まずとにかく国民たちに自由に数を増やさせた。
主な食糧源は竜王国内の野生の獣だが、時に国民から不満が出ないように、一方で竜王国が本腰を入れない程度に加減して、人間を攫っては食べることを許可する。
そうして数が増えたところで、まずは竜王国の最も西側の街から攻め入り、
竜王国の人間からすると、東側に自分たちの国があるため、戦力の多くは東側に偏っているため、西側から落としていくというのは理に適った作戦だと思っていた。
しかし、予想外の事態が起こる。
近く訪れる
その原因はすぐに分かった。
見たことが無い人間により、十万近い者がアンデッドの平野に追いやられたというのだ。
その人間の攻撃から、命からがら逃げだしてきた者たちがその事実を語ったのだ。
俄かには信じられなかったが、人員の補充やその人間の確認を兼ねて、東側の者を西側へ派遣した。それから1週間以上経ったが、その人間は見つからず、順調に人員の配置が完了しつつあることを、現在側近から報告として聞いているのである。
少なくとも十万の者が姿を消したことは事実であったので、件の人間は他国の冒険者か何かと結論づけ、一応は注意しながら現在は西側の都市を包囲するように命令をしているところである。
アザドはこの作戦がうまくいき日々の食卓が豊かになる想像に密かに舌なめずりをした。
もう1人は竜王国の女王。
彼女の名はドラウディロン・オーリウクルス。
長く続くビーストマン問題に対して有効な国策を打てず、頭だけは優秀な宰相には皮肉を言われ、隣国の皇帝には若作りババアと陰口を言われ、頼りの自国のアダマンタイト級冒険者チームのリーダーからは舐める様なねっちょりしたきったねぇ視線で自身の脚や胸を見られ、それでも幼女形態での執務を強要され、好きな晩酌も碌にできずにストレスが溜まりまくる日々を過ごす、真なる竜王の正当な子孫である。
彼女が午後の日課である、ビーストマン対策へ赴く自国民兵のために、嫌々ながら幼女の様な拙い手紙を書いていると、宰相が血相を変えて執務室へ入ってきた。
「陛下、大変です!」
「なんじゃ…私はずっと大変なんだが」
「やさぐれている場合ではありません!シュエン殿とオプティクス殿が謁見をご希望です!シュエン殿は、ビーストマンが『大儀なし』と判断し、ビーストマンへの攻撃を開始するとのご報告、そしてオプティクス殿は昨夜、西の街を襲おうとしていたビーストマンたちを殲滅した者に関するご報告です!」
「な…ついにか!!いや、オプティクスの件は良く分からんが…とにかくすぐに行く!あ、
「いや、ダメに決まってるじゃないですか。交渉を有利にするためにも、そのままでいてください。大人形態はもう出さないでいただきたい」
「いや、形態ちゃうからな!アレ、私の本当の姿だからな!」
いつの間にか膝枕になって、お手付きのメイドに体を預けながらスヤスヤ眠るチートプレイヤーは、知らず知らずのうちに、さらに2つの国に明確な影響を及ぼし始めたのだった。
格闘系のスキルを調べていたんですが、少林七十二芸が便利すぎる…
もう全部これでもいいかもしれないって言うくらい、多種多様です…