オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
ひぐらしで言えば暇潰し編が終わって、4章からは目明し編が始まると言った感じです。
次の御方が舞い降りる前に、少しだけリアルの話が挟まります。
とあるゲーム制作会社。
ここは、一般的にはあまり知られてはいないが巨大複合企業の子会社に当たる。
この会社が作成したゲームの中で最も成功した作品と言えば、それは間違いなく、DMMO RPG『ユグドラシル<Yggdrasil>』であろう。
この作品は間違いなくDMMO RPGの黎明期を支えた代表的なタイトルであったと言って差し支えない。
非常に自由度が高く、そのシステムやイベントにおいても様々な伝説が生まれたこの作品は、ゲーム史の後世に語り継がれる一つのターニングポイントであったと言える。
…後世というものがあればの話だが。
しかしどんなものにも終わりは訪れる。
2138年6月30日。
この伝説的なタイトルにもサービス終了の日がやってきた。
首から社員証兼、オフィス入室セキュリティーカードを下げた職員たちが、とあるルームの中でモニターの前に座って喋っていた。
ここは、ユグドラシル<Yggdrasil>の運営。
ある意味では<Yggdrasil>の中で最も悪名高く、このゲームにおいて絶対的な決定権を持つ者たち…。
「はー…ついにユグドラシルもサービス終了っすかー…オレはまだこのゲームはいけると思ってたんですがねー」
「いや、俺もそう思う。でもまあしょうがないよ。カスタマーのニーズはどんどん移り変わってく」
「まあそうですよねー。カミヤさんは次はあのシューティングでしたっけ?」
「そうそう。オオノ君は継続するMobileの方担当するんだっけ?」
「そっすね。あのパズルのやつと兼任です。まあ、<Yggdrasil>みたいな複雑な設定とかが無くなるんで楽と言えば楽っすけどね」
しかし、その運営で交わされる会話はいたって普通で、携わる者たちはその次に担当するゲームのことを話していた。
ゲーム制作会社にとって、あるゲームのサービス終了というのは日常茶飯事のこと。
確かに<Yggdrasil>は一世を風靡したタイトルであり、このタイトルは最盛期には会社に多くの利益をもたらしたが、それもサービス開始から10年以上経った今となっては昔のこと。
現在は幸運なことに他の数多のタイトルによっても多くの利益を得られている。
ユーザーから<Yggdrasil 2>を望む声は多かったが、経営陣はその判断をしなかった。
所属する会社員にすればそれだけのことである。
「皆、お疲れさん。今日のクロージングは僕がやるから、皆はデイリー終わったら先帰りな」
そう言って微笑むのは、この<Yggdrasil>のチーフであったイガラシ。
彼はエンジニア出身であるが、このゲームのリリースから関わり、会社に多くの利益をもたらしたとして現在は一つのオンライン部門の部門長をしている。
「あ、じゃあオレの担当部分終わったんで今日は上がりまーす!イガラシさんはMobileは担当しないんでしたっけ?」
「うん、僕は明日からは本部の方に異動だから<Yggdrasil>とのかかわりは今日までだね。オオノ君もお疲れ様」
一番の若手のオオノが退勤し、その後、他のメンバーもそれに続くように退勤していく。
21時を過ぎた頃にはオフィスにはイガラシだけが残っていた。
イガラシはコーヒー(風味のドリンク)を自身のマグカップに注ぐと、12年以上続いた一大タイトルである<Yggdrasil>のクロージングに取り掛かる。
本部への異動というのは栄転である。
彼はアーコロジー外の出身であるが、このタイトルと関わる中で出世し、現在はアーコロジーの中で暮らすに至った。
家族は居ない独り身なので、帰って寝る場所の環境が良くなっただけなのであるが、その事実自体は彼の人生にとって数少ない誇れることであった。
だが、12年以上かかわった<Yggdrasil>のサービス終了については納得いかない点も多々ある。
サービス開始から5年ほど経った時、彼は主にデータセキュリティーを担当していた。
当時、多発していた様々な不正な外部からのアクセスへの対応が非常に煩雑であった。
これは人気タイトルの宿命のようなもので、彼は古典的なEmotetをはじめとした様々な悪意ある外部からのアクセスの対策に追われていた。
実施した対策は全て上長へ報告していたが、ある日明らかに毛色の違う不正アクセスを受けた。
結果的にそのアクセスは、一般的なアンチウイルス対策によって対処することが出来たのだが、アクセス源もアクセス方法も特定することもできず、また、まるで外宇宙からのメッセージのような意味不明のテキストのようなものをログに残していた。
この不正アクセスを当時の上長に報告した半年後、それまで会話もしたことが無いような親会社の重役との面談が組まれ、チーフエンジニアとしての見解を説明。
その後、とある一般プレイヤーと交渉し、そのプレイヤーの行動をトレースする契約を結んで、ゲーム内での様々なキャラクター挙動を調べるようになった。
最終的に危険性は無いと判断されたが、その事件がきっかけでイガラシは上層部の信頼を得て出世することになったのである。
しかし<Yggdrasil>というタイトルがサービス終了となることを決めたのも、その上層部である。
イガラシはこのタイトルそのもののチーフとして仕事をするようになり、サービス開始から8年経った時には<Yggdrasil 2>の具体的なプログラム設定を完成しつつあった。
それに向けた様々な準備も行い、<Yggdrasil 2>への継続のためにMobile版の準備も進めていた。
そうした中で、上層部からのタイトル終了の指示を受ける。
会社員として優秀なイガラシは、その理由を問うことなくそれを受け入れた。
だが本心は、その事実を彼の部下に伝えた時の部下と反応と同じで、『なぜ』というものであった。
2へ引き継ぐためのMobile版のデータ保存システム、2へ至るための特殊イベントの数々。そして、古参ユーザーが2での種族変更をするための
それらの設定は古参ファンを満足させつつ、新規ユーザーも取り込むことが出来ると自信を持っていた設定だったために残念でしょうがなかった。
だが、上層部の決定は覆せない。
イガラシは、今までこのゲームを愛してくれた古参ファンのために、本来は2に継続するために設定していた様々な要素やアイテムを、サービス終了までの1年間で放出していった。
新たな高難度ダンジョンの開放。
新たな特殊職の開放。
WIの追加。
何故だか分からないが、
この
また上層部のとある方々から、サービス終了を通知した後の1年の間で、ゲームにアカウントを作ってほしいとの要望があった。
それも最初から100レベルかつ、WIを所持した状態で。
この要望についてはNOと言わざるを得なかった。
何故かというと、このゲームはサービス開始時から、運営サイドはNPCでないプレイヤーとしては、キャラクター作成ができないというルールがあり、システム的にもそのように設定されているためである。
つまり運営であっても、いきなりチートキャラのプレイヤーを作成できないようにプログラミングされており、これを曲げるとなるとゲームの設定をいじる話になるのでゲーム自体がバグを起こして壊れてしまう可能性があるのだ。
さらに言うと、運営を担当しているメンバーは、プライベートであってもアカウント作成をしないというルールがあった。
ただWIについては、例外的に運営からプレイヤーに送ることが出来るという設定になっているWIが一つだけ存在する。
それは
このWIは、取得後にプレイヤーが最大6つの機能を設定するとともに、そのアイテムの形状を指定しWIの名称を変更することが出来る。
この設定と名称は一度設定するとその後は変更することが出来ないので、このWIを得たプレイヤーは、自身の名前かその特徴をアイテム名に入れることが多い。
とはいえ、ゲーム内でこのWIを手に入れた者は10人も居ないのだが。
これを説明すると、上層部の方は明らかに不機嫌になったが、これはゲーム開始時から設定されていたもので曲げることが出来ず、何とか宥めて理解してもらった。
最終的に、ゲーム内に普通にアカウントを作成してもらい、運営権限で、この
なぜか分からないが上層部の方は、イガラシにも同じ条件で新規キャラクターを設定するよう指示してきた。
なぜ後1年で終わるゲームにこのようなことを求めるのか不思議であったが、イガラシはそれに従った。
結局彼らは、アカウントを作っただけでゲームを楽しむという事はしなかった。
一体何をしたかったのか意味が分からないが、優秀な会社員であるイガラシは特に何も言わなかった。
さらにその半年後、今度はその上層部の方々のご子息とそのご友人が、同じことを求めているという。
ご子息たちはゲームを楽しみたいらしく、最初から強いキャラクターを作ってくれと強く求めた。
システム上それができないとイガラシは何度も説明したが、彼らはクレーマーの様に何度も詰め寄ってくる。
設定というものを理解できておらず、望めばなんでも叶うと勘違いしているのだろう。
イガラシが困り果てていると、彼らは強力な既存のユーザーに脅しをかけて、アカウントを高額で購入したようだった。
毎日のように送られていたクレームのメッセージが来なくなったことはイガラシにとって僥倖だったが、正しい手段で強くなっていった古参のプレイヤーがカネでアカウントを売り渡すというのは、いかにも末期のゲームという感じがして彼は悲しくなった。
「…12年間、皆、楽しんでくれたかな」
イガラシは呟いた。
そして、上層部からの最後の指示を実行に移すための準備を始める。
サービス終了の00:00に全てのアンチウイルスソフトを削除する。
同時に、サービス終了の瞬間は、イガラシも作成したアカウントにてオンライン状態で待機し、正常にログアウトすることを確認する。
正直、サービス終了するゲームとはいえ、その瞬間に外部からのサイバー攻撃に対して無防備になるのはいかがなものかと思うのだが、これは上層部から指示された事なので従わなければならない。
イガラシは時間設定で全てのセキュリティ対策ソフトがオフになるよう設定し、自身は首筋に端末を接続し、運営として10年以上愛したゲームの最後の瞬間を見届けるために<Yggdrasil>にオンするのだった。
翌日、イガラシは新たな異動先である本部オフィスに出社しなかった。
それどころか自宅に帰宅した形跡もなく、やがて彼は失踪という扱いになる。
***
同じく6月30日。
ここは日本のとあるアーコロジーの中にある民家。
「姉ちゃん、オレ先に寝てていいかな?」
「あー…うん。寝てな。やまちゃんは今日は泊まってくと思うから、あたしの部屋いきなり開けたりすんなよ」
「いや、さすがに山瀬さんにそんな事しないよ」
「まあ、そうだよね。おやすみ」
「おやすみー」
眠そうな顔をしながら男は階段を上がって2階の自分も部屋へ向かう。
ここはとある姉弟が住む家。
両親は既に他界しており、普段は2人だけが生活をしているが、本日は姉の知人が遊びに来ているようだ。
いや、実を言うと、その姉自身が客人を呼んだのだ。
今日の夕方以降、彼らが住むアーコロジーは点検のため停電になるという話だった。
だが、そういったことはよくあるので各家庭は予備電源を備えている。
だが予備電源では高負荷がかかるような電化製品を使用することはできないので、精々何部屋かの照明をつける事くらいしかできない。
オンラインゲームにログインするなんてもっての外だ。
そう言う訳で、姉弟は今日はいつものオンラインゲームにログインしていない。
だが姉の方は、色々と思うところがあり、彼女の友人を呼んでお喋りをしているのだ。
女同士のおしゃべりというのは長くなるもので、大抵の場合そこに男は関与できない。
なので弟は早々に寝室へ行ったという訳である。
「やまちゃん、今日はゴメンね」
「大丈夫だよ。でもどうしたの?」
「んー…実はユグドラシル関係のことでさ、誰かと話したいなと思って」
「あ、うん。今日ログインできなかったもんね。えっと…鈴木さんのこと?」
「あっ…えっと…いや、その。それもあるけど。いや、それじゃなくて…」
肩の下で切りそろえた黒髪とキリッとした目をした女—ゲームの中では『やまいこ』と名乗っている者—は、普段はどちらかと言えば勝気な目の前の友達の反応を素直にかわいいと思った。
彼女自身は女性同士の恋愛というものに興味が無い…いや嫌悪していると言っても良い。なのでその感情は、友人の幸せを素直に応援するような一般的な気持ちから来るものである。
「えっとさ、ユグドラシルのことなんだけどね。やまちゃんは今後似たようなゲームがあったらやる?」
「うーんどうだろ…ユグドラシルの時の皆がやるんならやろうかなとは思ってるよ」
「そっか…」
「あ、鈴木さんのことは応援してるから、そのサポートになるだったらやるよ!」
「もー!そういう事じゃない!」
やまいこは、女性メンバーだけの時しか見せない彼女—ゲームの中では『ぶくぶく茶釜』と名乗っている—の素の反応をほほえましく思う。
だか彼女は少し真剣な顔になって、やまいこの顔を見る。
「あのね、実は私、鈴木さんだけじゃなく、やまちゃんも含めた皆に謝らなければいけないことがあるんだ」
「ん?どうしたの?」
「…実はあたし、仕事のスポンサー企業の人から依頼されて、ユグドラシルでの行動ログとかを提供していたことがあったんだ」
「え…?どういうこと?」
「その…ギルド長とかにも内緒で、どんな行動や会話をしてるかとか、そういった情報を提供するスパイみたいなことをしてたの……これってギルドに対する裏切りだなって…このこと、ちゃんと鈴木さんに言わないとってずっと思ってたんだけど、最後まで言えなくて…あたし、どうしたらいいかずっと悩んでたんだ…」
「うーん…良く分からないけど、それってモニターみたいなものでしょ?それで特に何か問題があったとか無かったんなら、鈴木さんも別に怒らないと思うよ?」
「でも…これってあの『燃え上がる三眼』と同じじゃないかって…」
そこまで言った時、2階に続く階段から『ガチャン』と大きな音がした。
女性二人はビクッとして階段を見つめたが、その音に続くことは特に何も起こらない。
女性のうち一人が『弟かな?』と言って階段をのぞき込むと、そこにはスマートガジェットが落ちていた。
「なんだった?」
「分かんない…
拾い上げて画面を見ると、そこには『Yggdrasil Mobile』のアプリが起動している。
特定のギルドに所属している場合は、起動時画面はギルドホームの設定された場所が写し出される。
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの場合、その画面は玉座の間だ。
画面下部には『“ペロロンチーノ”はギルドホームに居ます』というログイン時のテキストが表示されている。
時間を見ると24時を回っている。
オンライン版はもうサービス終了しているが、Mobile版はまだサービスが継続しているという事だ。
しかし不思議なことに、その画面はすうっと消えてしまい、画面はスマートガジェットのホーム画面が写る。
女は不思議に思ったが、とりあえずそのスマートガジェットの持ち主に声をかけることにした。
「おーい、スマートガジェット落としたぞ!」
彼女は階段の上にいる筈の弟に向かって声を上げたが、なぜだか返事はない。
『ピンポーン』
瞬間、今度はインターホンが鳴る。
女性2人は心臓が跳ねる。
こんな時間に誰が来るというのか。
ドンドンドン!!
今度は扉をやや乱暴に叩く音。
「警察です。開けていただけますか?」
扉の向こうから聞こえる声。
警察には共通の知り合いが一人いるが、彼とは違う声。
2人は何とも言えない恐怖を感じる。
「近隣でテロ活動が発生しています。安全確認のため各家を回っています。開けていただけますか?」
警察と名乗る者がさらに声を上げた。
しかしなぜか二人はその言葉が本能的に信じられない。
女のうち一人が小さく声を発する。
「やまちゃん…Mobileのメール機能でたっちさんに連絡してみない…?」
やまちゃんと呼ばれた女は頷くと、二人は<Yggdrasil Mobile>のアプリを立ち上げた。
最終日のリアル側のお話でした。
次回から第4章が始まります。