オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
連休に少しでも進めればと思います。
最初に気づいたのはパベルであった。
城壁に詰める弓兵部隊と聖騎士団は交代をしながらアベリオン丘陵を見張っていた。
聖王国は長雨の季節に入り、視界が悪くなる。
かつてスラーシュという亜人種によって、長雨の季節に聖王国に攻め込まれ、多くの犠牲が出たことは、この国の者であれば誰もが知るところであり、国防を担う者であればそれは猶更のことである。
そもそもスラーシュがかつて長雨の時期を狙って攻め込んだのは、雨の夜間には人間にとって視界が悪くなり、さらにはスラーシュの一部は
このため多くの弓兵や聖騎士は、この時期の亜人の動きに目を凝らしていた。
しかし今回は、このスラーシュの特性に加え、
そしてスラーシュたちはその吸盤の付いた手足で城壁を上り、城壁の兵士たちに痺れ毒をまき散らした。
パベルをはじめとした弓兵たちは、速やかに弓を放ち次々と亜人たちを打ち抜いていったが、いかんせん数が多く、城壁の上や城壁を越えた場所での乱戦に発展。
上位種のスラーシュは数少ない城門を内側から開け、そこから
戦いは混乱を極めた。
「毒を受けた者は下がって聖騎士団に回復をしてもらえ!!」
「誰か、早く城門を閉めろ!!」
「弓隊の一部は城門を抜けた亜人を狙え!!」
「聖騎士は早馬でカリンシャへ行き聖殿の司教に街の警戒を頼め!!」
「ダメだ奴ら数が多すぎる!!応援を呼んでくれ!!」
入り乱れる戦闘の中、聖騎士団の副団長であるグスターボ・モンタニェスは、自身の上司であり聖騎士団団長のレメディオス・カストディオから城壁上での指揮を任されたため、考え得る限り最も効率的な人員の配置を部下や弓兵隊へ伝える。
「皆聞けェ!!パベル殿率いる弓兵隊は丘陵の亜人どもを引き続き殲滅願いたい!弓兵隊の一部隊は既に城壁を越えた亜人の追跡と殲滅に出してくれ!聖騎士団のうち私の指揮下の者はこのまま城壁上で登ってきた亜人を殲滅!イサンドロ隊はレメディオス団長と共に城壁内部に入り込んだ亜人と城壁を越えた亜人の殲滅!ただし毒回復の出来る者は、スラーシュから毒を受けた者を優先して回復だ!また、イサンドロ隊から早馬を出しカリンシャへこのことを伝え、応援の要請を街駐在の者に伝え、街の防御を聖殿に要請せよ!人選はイサンドロ殿にお任せする!!」
門を内側から開かれ、
しかし、それは最も危険な役目であるので、この場で最も強い彼女がその役を行うのは正しい。
亜人どもは侵入し、門を開ける事、そして城壁を突破することを優先しているように見え、本来本能的に襲い掛かってくる彼らの行動原理とは異なるように感じる。
そして、それをされることが現在最も困ることであるため、そういう意味では奴らの行動は的確であるのだが、それを理解してやっているとなると、亜人の中にも頭の切れるものが居て、その者が指揮をしているのかもしれない。
かつてのスラーシュ侵攻では、記録によれば亜人側に指揮官などはおらず、ただ本能的に領土に侵入し、街を蹂躙していったという。
スラーシュは人を食う種族であるので、蹂躙された街は酷い有様だったと聞いている。
「クソッ……援軍が来るまで耐えるのだ!!!」
パベルも必死の形相となり、武技とスキルを上乗せした弓撃を丘陵側へ撃ち放つ。
彼の技能により、一撃で10体以上の亜人が沈む。
そして彼の部下たちの弓撃も的確に亜人を処理していく。
だが、亜人たちは凄まじい数だ。
スラーシュと
そう思えるほどの大群である。
「なぜこれほどの侵攻を…妻よ、娘よ…俺に力を」
悪鬼羅刹のごとき表情で丘陵側を睨みつける。
悪夢のような夜は始まったばかりであった。
空が白み始めている。
亜人たちの数は確かに減ったが、まだ丘陵側にはかなりの数の者が居る。
カリンシャに詰めていた聖騎士団の予備の者たちや城壁の別の要塞に詰めていた者の多くが応援に来てくれたため、城壁の内側の戦いは随分と楽になっていた。
城壁を越えてしまった亜人たちが応援部隊に全て討ち取られたことを祈るしかない。
周りには亜人と人間の死体が入り交じっている。
生き残っている者たちも肩で息をしていて、魔法力を使い切った聖騎士の者などは座り込んでいる。
皆、手持ちの
体力的にも装備的にもほぼ限界だ。
恐ろしい程の集中力により、すでに限界を超えていると言ってもいいパベルが、アベリオン丘陵の彼方を見ながら叫んだ。
「丘陵の東奥に新たな亜人確認!!あれは…
この局面で新たな亜人の出現。
そして
20という数に一瞬安堵した者たちは、豪王の名を聞いて絶望的な気持ちになった。
そして理解する。
ここまでの消耗戦のような戦いは豪王による指揮だったと。
そしてここから
生き残っている者たちは、遠く離れたホバンスからの応援が届くという奇跡を神に祈った。
いや、それはあり得ない奇跡だ。
なぜならば夜通し早馬を走らせて、そして魔法などを併用したとしても、ホバンスに知らせが届くのは早くても今日の昼過ぎだろう。
「汚い亜人どもめ!!バザーの相手は私がする!!」
鬼気迫る表情で戦い続けているレメディオスが吠えた。
そして様子を確認するために城壁上に駆け上がってくる。
「パベル!バザーはどこだ!!」
パベルがバザーたちが出現した方向を指さして、改めて視線をそちらに向けると、おかしなことが起きていることに気づいた。
「レメディオス団長、妙です。バザーたちはスラーシュや
「な…なんだと?どういうことだ?!」
はるか先に居るバザーと、その周りの
十傑たるバザーの強さは元より、その周りに居る20体ほどの亜人たちも中々の強さで、スラーシュたちは為すすべなく命を落としていく。
スラーシュたちからすると前後で挟み撃ちされる形となったため、集団は壊乱し、散り散りになって逃げる者もいる。
そこでパベルはおかしなことに気づいた。
散り散りになって逃げる亜人たちが突然何かに殴られたかのように吹き飛ばされ、命を落とすか元の場所まで飛ばされてバザーたちに討ち取られていく。
まるでバザーたち以外に、
「レメディオス団長、どういう訳か分かりませんが今はバザーたちでなく、引き続きスラーシュと
パベルをはじめとする弓兵たちは引き続きスラーシュたちを狙い撃つ。
バザーたちの援護的な殲滅も相まって、夜が完全に明け青空が広がるころには、立っているスラーシュと
そして、パベル達の眼下では、バザーを先頭に20体ほどの亜人たちが並んでこちらを見上げている。
「バザー!貴様!!どういうつもりだ!!この侵攻は貴様の指示か?!」
レメディオスが敵意を向きだしに叫ぶ。
「答えぬというなら敵とみなし攻撃を開始するぞ!パベル、奴を狙え!!!」
パベルは、少なくとも今回は自分たちを手助けをした形になった
以前、オルランドが遭遇戦にて武器を破壊され、そこに割って入りお互い今は戦うべきでないと身を引いた因縁の相手でもある。
弓を上げようとしたその瞬間、バザーの前に突然仮面をつけた子供が出現した。
「なっ…人間の子供…?」
さすがのレメディオスも、想定外の事態に一瞬戸惑う。
様子を見ていた他の聖騎士団員や弓兵隊の者も、理解不能の事態に呆然としている。
一方パベルは、先ほどから感じていた、
「バザー!!子供を人質にするか!!卑怯者め!!」
再びレメディオスが叫ぶ。
それに対して子供が何かを言いたげに顔をこちらに向けた気がしたが、バザーはその子供の肩を叩き、何事か呟いている。
そして、今度は子供の前に立ち、大声でこちらに言葉を発した。
「人間の兵たちよ!!俺を含む
それだけを言うと、バザーは背を向け他の亜人と共にアベリオン丘陵の東へ歩き出し、やがて見えなくなった。
人間の子供はいつの間にか居なくなっていた。
残された城壁上の人間たちは、豪王による想定外の言葉に、亜人軍の侵攻を防ぎ切ったという事実も忘れ、しばらくの間ただただバザーが去っていったアベリオン丘陵の地平線を眺めていたのだった。
***
遡ること1日前、
消えた者たちの足跡が西に向かって伸びていたことに気づいたため、まさかとは思いながらも、人間の国との国境たる城壁に向かって慎重に進んでいく。
深夜城壁が見える場所まで近づくと、真にスラーシュや
「バザー、これはどういうこと?」
「分からん…奴らが人間の国へ侵攻するつもりだという事は分かるが、なぜその決断をしたのかが分からん…確かに奴らは人間を食料とする者たちだが、部族全員で、しかもかなりの犠牲が出る可能性が高いことを知りながら攻め込む選択をした理由が分からん」
「あいつらに交渉して止めさせるとかできないの?」
「すでに交戦が始まっている。各部族をまとめる者がどこに居るか分からんし、人間たちに手を出してしまったから、奴らを取り込むとなると人間と敵対することになる可能性が高い。貴様としてはそれは困るのだろう?」
「まーそうだな」
「将来的に人間たちと不可侵の条約なりを結ぶことを考えると、ここは奴らを攻撃して、人間たちの応援をした方がいいかもしれんが…」
「お前1人で行けそう?」
「いや、さすがに数が多すぎる。俺1人では厳しいだろうし、あまりに時間がかかるだろう。ショータロー、手を貸してくれるか?」
「えー…もしかしたらあの人間の兵の中にオレのこと知っている奴いるかもだからヤダな」
「いや、知り合いが居るなら猶更、お前が俺と共に戦うところを見せれば人間どもと条約なりを結びやすくなるのだが」
「あー…いや、オレのこと盗賊だと思って敵対されるかも」
「貴様…人間の街でも金属やマジックアイテムを盗んでるのか…」
「…」
無言で目を逸らすショータローを見て、バザーはため息を一つつく。
「では、改めてゴーレムを作ってくれないか?奴らと闘って勝てる程度のものであれば構わんのだが…」
「フェイク・バザーズ持ってくる?」
「…いや、俺が2人いたら人間どもに混乱しか招かん…可能ならば俺と違う顔の
「えー…また金属消費すんのかー」
「…貴様が俺のところだけでなく人間の街でも盗みを働いたツケだ。それにあの人間の中に貴様にとって死なれては困る者もいるのではないか?」
ショータローは目を凝らして城壁を見ると、弓兵のような者たちがいる。
そう言えばネイアの父親は弓兵だと言っていた気がする。
そんな偶然があるかは分からないが、あの中にネイアの父親が居て、その人が死んだらネイアは悲しむだろうなと考えた。
「しゃーねーな。何体ぐらいいるんだよ」
「うむ…この間の天使くらいの強さの者であれば20体も居ればいいと思う。可能ならば
「ああ、20レベルくらいでいいのか。それならすぐできるな。だけど魔法か…ちょっと時間かかるから待ってろ」
そうして3時間ほどかけて20体ほどのゴーレムが作られ、バザーはそれらを伴ってスラーシュたちを討ち始めたのだった。
ショータローは流石にただ見ているだけなのは悪いと考え、透明化して、集団から離れた亜人を捕まえてはバザーたちの方へぶん投げる。
そうして夜が明けて朝になったころ、全ての亜人たちを倒したのだった。
気が付くとうっかり透明化の効果が切れてしまっていたのだが、それに気づかず城壁上の人間たちの様子を見ていると、女騎士が突然叫ぶ。
「バザー!!子供を人質にするか!!卑怯者め!!」
ショータローは、その騎士が助けられたのにバザーに悪態をつく理由が分からず、バザーに小声で「お前、前になんかやったの?」と尋ねた。
バザーは「いや、遭遇戦で戦った者は居るがその時も殺しては居ないし、あの叫んでいる女は知らん奴だ」と言う。
そしてバザーは「それと貴様、分かってると思うが透明化切れてるぞ」と言い、ショータローの前に出て喋り出す。
ショータローは「あ、やべやべ」と言って速やかに再び透明化した。
とりあえず人間たちに攻撃されることなく、城壁を後にした。
ショータローとバザーは一旦
「そういやさ、元々偵察する予定だった
「ああ…俺もそれを考えていた。スラーシュと
「おっけー…じゃあまた
そこまで言うとショータローの言葉が止まった。
「どうした?」
「ロイツの…トラップゴーレムが何体か壊された…」
「ん?なんだって?」
「バザー。オレ、ちょっと聖王国の街に行ってくる。お前は一旦家帰っててくれ」
「な…どうしたのだ?」
「後で説明する。フェイク・バザー50で連絡する。このゴーレムは一気に運べないから徒歩でお前の家に行くように命令する」
そう言うとショータローはバザーの手を掴んで、転移でバザーの家に飛び、バザーを置いて、速やかに何処かへ再び転移していった。
今まで見たことが無い、少し焦ったようなショータローの反応に、バザーは只ならぬ予感を覚えた。
連鎖的に事件がどんどん起きていきます。