オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
舞台はトブの大森林です。
裕福な家庭に生まれて、この時代としては、とても恵まれた人生を歩ませてもらった。
巨大複合企業の一角に勤めるOLとして特に問題のない労働環境とそれなりの収入がある。
愛情を注いで育ててくれ、学校を出させてくれた両親には感謝しているし、家族のワンコや亡くなってしまったハムちゃんも大好きだった。
それでも、このDMMO RPG『ユグドラシル<Yggdrasil>』での体験は鮮烈で、他に替えが効かない大切な思い出になったと思う。
例えば、アーコロジーの外に住む人たちと友達になったこと。
両親は私にそれを見せないようにしていたんだと思うし、私も知っていながら見ないようにしていた。
そういった人たちとの出会いと、本音の言い合い。
権力を憎むウルベルトさんと、警察官という分かりやすい権力側のたっちさんはよく喧嘩をしていたけれど、あの2人の本質的な部分はきっと同じで、たまたま生まれた場所が違っただけ。
でも、だからこそ、住む場所が違う人たちが集まって、本音を出し合える、『アインズ・ウール・ゴウン』は私自身も本音で居られる楽しい場所だった。
私はいつもすごいなぁ、と思ってた。
私以外は、みんなすごい。
いろんな知識を持っていたり、すごい作戦を思いついたり、純粋に強かったり。
このAOGでは随分と後期に加入した私は、そんな
でも最後の1年、私にもやっと誇れることが出来た。
ウルベルトさんやベルリバーさんから貰った情報で手に入れた【
その効果を使って私が得た新たな種族と、職業スキルの組み合わせが、偶然ながらすごい効果を発揮した。
結果私は、私専用のワールドアイテムを手に入れる。
これは尊敬するギルドマスター、モモンガさんとお揃い。
モモンガさんはそのアイテムに【モモンガ玉】という名前を付けていた。
ネーミングセンスがとってもモモンガさんだなぁと思った。
私の胸に輝く赤い宝石のブローチ、【
これは私が、このユグドラシル<Yggdrasil>で初めて見つけた、私が私を誇れること。
そして胸に抱える、もふもふした毛並みのエクレアと、同じくもふもふしたワンコのペストーニャは私の可愛いお気に入り。
モモンガさんたちが、AOGの栄光を讃える声の中、この楽しかった時間が終わっちゃうのが嫌で、私はきゅっと目を閉じた。
最初に覚えた感覚は、抱きかかえていたエクレアが消えた事。
エクレアは消え、私の腕の中には何もなくなり、私は自分がログアウトされたのだと思った。
目を開けたら、楽しかった時間が終わってしまう様で、私はもう少しだけそのままでいようと思った。
でもその思いは、聞いたことが無い声によってかき消される。
「なっ…なんでござるか!!どこから現れたでござるか?!そっ…某は敵対しないでござる!どうか見逃して欲しいでござるよーーー!!!」
何だか間の抜けた声に目を開けると、そこには完全に降参のポーズを取った、体長2メートルくらいの巨大ジャンガリアンハムスターがいた。
「かっ…かわいいい!!」
私は反射的にその、でっ可愛いハムちゃんを抱きしめ、ふかふかの毛並みを撫でたが、その毛は予想に反して結構硬かった。
だが、そのつぶらな瞳とまん丸の体形は、何年か前に死んでしまったハムちゃんに似ていて、それをそのまま大きくしたようなその子は、可能ならお持ち帰りをしたいなという感情を私の中に呼び起した。
「いやぁー!!なにこの子かわいいい!ねえねえ、キミうちの子にならない?あ、でもキミのサイズだと何食べるのかな?」
私が身体を触りまくっていると、だんだんとそのハムちゃんは白目を向きながらガタガタと震え出した。
「ああ~もう駄目でござる…やっとのことで安住の地に辿り着いたと思ったのに…某はこの森の主の怒りに触れてしまったのでござるか…ああ~ママ上…某はもうすぐママ上の元に~……」
よく見ると、ハムちゃんの皮膚はだんだんと色が蒼褪めて行き、なんだか熱がある様な体温だ。
もしかしたらこの子は病気なのだろうか?
獣医さんのところに連れて行かないといけないけど、この時間だと空いている病院は…
そこまで考えた時、背後から優し気な女性の声が聞こえた。
「意見を申し上げるのをお許しください。その魔獣は、餡ころもっちもち様のスキルによってバッドステータスを受けているようにお見受けします。もし必要でしたら、私が治療いたします…あ、わん」
「へっ?」
振り返るとそこに居たのは、私がAOGで作った可愛いの結晶の一つ、ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ。
慈悲深く、もふもふで可愛い、AOGの全ギルメンも可愛いと言ってくれた、私のお気に入り。
しばらく固まっていたが、腕で抱えた巨大ハムちゃんが泡を吹いて痙攣しだしたので、私はとりあえずペスに治療をお願いした。
ペスの
後ろ足に力が入っていない感じなので腰が抜けているのかもしれない。
「命をお助けいただき感謝に耐えないでござる…でも某をどうするつもりでござるか…貴方様が望むのであれば某はこの森から去るのでござる…なのでできれば殺さないで欲しいでござる…」
「ゴメン、ハムちゃん!もうスキルは切ったからバッドステータスにならないと思うよ!」
相変わらず怯えた眼でこちらを見るハムちゃんに私は首を傾げた。
なんでこんなに怯えられてるんだろう。
確かにいきなり<厄災のオーラⅠ>で病気にしたのは私が悪かったと思う。
でも、それにしたってちょっと怯え過ぎじゃないかな。
私が色々と考えていると、ペスが私に助け舟を出してくれた。
「畏れながら、この魔獣は、餡ころもっちもち様の容姿が怖いのかもしれません。獣は相手の容姿を見て本能的に怯えることがあります。もしかしたらこの魔獣は餡ころもっちもち様のような【コントン】を見たことが無いのではないでしょうか……わん」
そう言われて、私は私の身体を見回した。
それはぶよぶよとしたピンク色の肉体が薄いアーマーを着ている存在。
そうだ私の種族は
ユグドラシルでの分類上は妖精種だが、その外見から妖怪とか怪物とか言われる。
ノペッとしていてこれはこれで可愛いのに…
ともかく【コントン】は、妖精種の中では最上位種の一種で、直接攻撃力や魔法攻撃力は高くないが、複数の専用の状態異常系スキルを持ち、防御力は魔法物理とも中々で、サポート要員として敵に居ると厄介な存在として認知されている。
さっきこのハムちゃんを触っていた時にうっかり発動していたのは、スキル<厄災のオーラⅠ>。これは5段階あって、その段階が上がるごとに相手に与えるバッドステータスの種類数と効きやすさが上昇していく。
いや、そんな事じゃない。
なんで私は、ユグドラシルのアバターのまま、良く分からない場所で巨大ハムちゃんと戯れているんだろう。
なんでペスが動いてるんだろう。
魔法はユグドラシルと同じに使える気がするけど、この場所はユグドラシルのどこかなんだろか。
確か私は、ユグドラシルのサービス終了の瞬間に、みんなのギルドホーム、ナザリック地下大墳墓に居たはず。
ここはもしかしてヘロヘロさんが何回も言ってた【ユグドラシル2】とか?
でも、ゲームにしては感覚がリアルすぎる気がする。
【コントン】は小さな目があるだけで、耳や鼻が無い。
なのになぜかさっきから洞窟の中の土の匂いとか、ハムちゃんの獣特有の匂いとかを感じる。
匂いはゲームでは再現しちゃいけないって聞いたような…
じゃあ現実?
でもそれにしては、ペスが喋ってたり、でっかいハムちゃんが喋ったり…
良く分からない。
…もしかしてここは天国とか、私の夢の中とかなのかな?
今までのリアルの事とかギルメンの皆との思い出が逆に夢で、本当の私は【コントン】なのかな?
不意にアーマーにくっつけた小さなブローチに触る。
そのブローチからは強力な力を感じる。
私が設定した6つの特殊機能と、そのブローチの名前。
これは確かにWIだ。
何が何だか分からないけど、私は目の前のハムちゃんがこれ以上怖がらないよう、もう一つの大事なアイテム、指に嵌められた
「…ハムちゃん。どう?この姿なら怖くないでしょ?」
「…妖精だったのでござるか…?でも…やっぱり怖いでござる…貴方からはすごく強い力を感じるのでござる…」
「うーん…もともと妖精だったんだけどね。うん、まあ私はコㇿポックㇽっていう妖精。名前はえっと…長いからアンコでいいよ。それと強い力が怖いってことならこれでどう?」
餡ころもっちもっちは、【コントン】の姿から、
「…あれ…なんだか怖くなくなったでござる…何をしたのでござるか?」
「力が外に漏れないアイテムを使ったんだよ。ねえハムちゃん、キミは名前とかあるの?それにここはどこで、キミは何で喋れるの?」
「え…某には特に名前はないでござる。ママ上が巨人族に殺されてしまったから元々住んでいたところからこの森まで逃げてきたところでござる。だからここがどこなのかは良く分からないでござる…なんで喋れるのかと言われても、某は最初からこうだったから良く分からないでござる…」
「そっか…ねえ、もしキミ一人なんだったら、これからは私と一緒に居ない?私もなんでか分からないけど急にここに来たから、この場所が何処か分からないの。キミみたいな子が一緒だったら楽しそうだなって思ったの」
「え…某を仲間にしてくれるのでござるか?某…貴方の様に強くないでござるが…いいのでござるか?」
「別に強さとかは関係ないでしょ?ねえペス、この子も一緒に居てもいいよね?」
「はい、餡ころもっちもち様のご決定に反対などいたしません…わん」
「あのー…そっちの犬の方はどなたでござるか?助けてもらって言いにくいのでござるが、正直そっちの方もかなり怖いでござる…」
「この子はね、ペストーニャ。私が作った可愛い可愛いメイド長だよ」
「ああ…餡ころもっちもち様…そのように言っていただき、このペストーニャ感激でございます…わん」
「ペスは大げさだなぁ…ね、ペスもいいって言ってるし、それにペスは怖くないよ。だからキミも一緒に仲間になろうよ」
「貴方達のような強い方達と一緒に居られるのであれば、某も安全なので、喜んで仲間になりたいでござる!」
「やった!じゃあ、名前つけてあげなきゃ…えっとね…見た目はふわふわっぽいけど外側の毛はザクザクだから…トロペジェンヌのトロちゃんってのはどう?」
「某、御名前を頂けるなど感激でござる!アンコ姫様とペストーニャ殿、よろしくお願いしますでござる!!」
こうして、どこぞの“ハムスケ”とか“大福”とは違い、女の子のペットらしいお菓子の名前を付けられたとある巨大ジャンガリアンハムスターは、アンコ姫の第一の仲間となった。
「ねえトロちゃん。さっき言ってたと思ったんだけど、この洞窟の外は森なの?」
「そうでござる。某、偶然この洞窟を見つけてからここを寝床にしているのでござるが、外は森で木の実とかキノコがたくさん採れるから、アンコ姫様も食べるものはいっぱいあるでござるよ!」
「森……第6階層みたいなとこかな。ねぇペス。森、見て見たくない?昔、茶釜さんとやまいこさんとあけみちゃんと、一緒にお話したりしたんだ。ペスも連れてってたんだけど覚えてる?」
「はい、勿論でございます。とても幸せな時間でございました、わん」
「そうだよねー。ねえトロちゃん、森を案内してくれないかな?」
「もちろんでござる!と言いたいところではござるが、なにぶん某もこの森に来てからは日が浅い故、この洞窟の周りしか分からないでござる…この辺りはそんなに強いモンスターはいないでござるが、遠くには恐ろしいモンスターが居るかもしれないでござる…」
「うーん…モンスター、ある程度だったら私が倒せるし、怪我してもペスが治療できるから大丈夫だよ?」
「本当でござるか?であれば、某の縄張りの外に出ても大丈夫かもしれないでござる。木の実とキノコ以外のものが食べられるかもしれないでござるな!」
「そうそう!じゃあさっそく行こうか!」
「ハイでござる!どこまでも姫のお供をするでござる!」
そうして洞窟を出た餡ころもっちもちが目にしたのは、新緑の葉が茂った木々、木の実やキノコが所々顔を覗かせ、虫たちが棲まう土、そして生まれてから一度も見たことが無かった本当の青い空。
木々の合間からは鳥たちの声が聞こえ、緑の匂いがする風が吹き抜ける。
「うああああああああ!」
コㇿポックㇽの小さな体にそれらを受け止め、餡ころもっちもちは気づけば涙が溢れていた。
それは森の妖精たる身体の種族的な特性だったのか、あるいは、かつて水と緑の惑星であった星に生まれた生命としての記憶の残渣だったのか。
「ほんとうの、自然ってこんななんだ…ペス、すごいね…」
「はい、餡ころもっちもち様」
「みんなと、一緒に来たいね。お弁当持ってさ…ブルプラさんなんて大喜びするよね…」
「はい、仰る通りです、わん」
しばらく呆然としながら、全身に本当の自然を浴び、感動している様子の主の様子に、ハムスケもといトロちゃんは、不思議そうに声をかける。
「あのー姫…大丈夫でござるか?」
「ああ…うん、ごめんごめん。でもねこの自然、すごいよ。この壊れていない自然は、守んなきゃいけないね」
「某、何だか良く分からないでござるが、姫が大丈夫ならば出発した方がいいでござるよ。あまり遅くなって日が暮れると夜行性の獣たちが出てくるでござるよ」
「そうだね。うん、じゃあ出発しよう。トロちゃんはどっちから来たの?」
「某はあの山の方から来たでござる。山の反対側のこっちに向かって半日くらい走ると森が終わって平原になっているから、そっちに行くのはおすすめしないでござる。右か左には行ったことがないから、新しい場所に行くならばそのどちらかがいいでござるよ」
「そっか…うーん…じゃあとりあえず右側行こっか?えっと誰だっけ…確かぷにっとさんが“左回りの法則”が何とか言ってて、とにかく迷ったらその逆の右に行くといいとか」
「じゃあこっちに行くでござる。良ければ姫もペストーニャ殿も某の背中に乗っていいでござるよ」
「わーほんと?!やった、ペス乗ろう!」
「はい、それでは失礼して」
「しっかり掴まっててほしいでござる!」
こうして、犬のメイドと小さな妖精を背中に乗せた巨大ジャンガリアンハムスターは、山を背にして右側、森林西側に向かって走り出した。
これは後に、この広大な森林を治める小さな大妖精様の、始まりの一歩である。
餡ころもっちもちさんの種族については現時点で明言されていないので、公表されている外見とあまり矛盾がなく、このSSで都合がいい種族とさせていただきました。