LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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しかし嬉しい限りです。これからも誤字を見つけてしまったら、遠慮なく報告してください!


あまりにも不思議な共通点

 さて、一体どこから話せばいいのか。

 

 とりあえず私は数々の困難を乗り越えた末に、まだ三人だが、囚人たちと再会することができた。あの後、あちら側の任務が既に完了したので、救助対象であったセリカという生徒を連れてこの場所──アビドス高等学校という施設へと帰還した。

 

 ……帰還したのだが。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 現在、この部屋には……いや、帰還する合間の車の中からここまで、ずっと重苦しい沈黙が横たわっている。

 机を挟んで向かい合うのは、ここの生徒たちと、私の囚人たち。

 

 こんな気まずい沈黙が流れている理由は言うまでもなく、突然現れた私のせいだ。

 

 目の前の少女たちから見れば、私は突然現れては、不思議な力で囚人たちを蘇生させた不審者なのだから。

 

 

「それで……何から話せばいいんだ?」

 

 

 そんな気まずい沈黙を破ったのは、他でもないヒースクリフだった。

 

 

「えっと……気になることが多すぎて……」

 

 

 眼鏡を掛けた生徒──アヤネが困ったように思索する。暫しの沈黙が続いた後、整理がついたのか、唇を震わせながら口を開いた。

 

 

「……ま、まずは、そちらの……時計の方について話してくれませんか?」

 

 

 アヤネの指名に、視線が一斉に私に集まる。

 まあ、当然だろう。頭が燃える時計で、死者を蘇らせる人間など、疑問符しか浮かばない存在だ。

 

 ……自己紹介の流れになってしまっているようだが、生憎私はここの人と意思疎通ができない。それは、過去に出会ったピンク髪の生徒──ホシノがそれを証明している。私が何か言ったところで、チクタクという騒音にしか聞こえないだろう。

 

 どうしたものかと困っていると、私の思考を読んだかのようにロージャが明るい声を上げながら、馴れ馴れしく私の肩に腕を回してきた。

 

 

「えーっとね、この人はダンテ!私たちの上司よ!」

「先生たちの上司なんですね……?」

「へぇ〜。時計なのに、随分と偉い方なんだね〜」

 

 

 ロージャが機転を効かせ、明るく私を紹介したのか、どことなく生徒たちの声色にも、緊張の糸が解れる音と共に生気が戻ったようだ。

 

 

「上司……ってことは、人間なのよね?なんで頭が時計なの?」

 

 

 だが、当然の疑問は残る。

 セリカが、恐る恐る私の時計を指差した。

 

 ……困ったことに、その理由は私にも分からない。顔をすげ替える直前からの記憶がないからだ。

 ただ素直に「分からない」と答えても、余計に不審がられるだけだろう。

 

 私はロージャの方へ体を寄せ、耳元でそれっぽい理由を言ってくれと、小さく音を鳴らした。

 私の無茶振りを瞬時に理解したロージャは、ニカッと笑って不器用なウィンクを返した。

 

 

「あ〜それはね、すっごい力を扱う為の代償って言えば分かる?」

「代償?」

「そう。何かを得るには、何かを差し出さなきゃいけない。大人の世界って厳しいのよ〜」

「そ、そうなのね……」

 

 

 煙に巻かれたようで釈然としない様子だが、これ以上聞くのは野暮だと感じたのか、セリカは引き下がった。

 だがその代わりとして、鋭い視線が一つ、私を射抜く。

 

 

「凄い力……その一つが、あの力?」

 

 

 オオカミの耳を持つ銀髪の生徒──シロコが、核心を突くように問いかけた。彼女の視線は、私の時計の針と、蘇生した囚人たちを交互に見ている。

 

 

「……なあ、そこまで根掘り葉掘り聞く必要あんのか?助かったんだからいいだろ」

 

 

 ヒースクリフが面倒くさそうに口を挟む。

 だが、シロコは彼を一瞥もせず、真っ直ぐ私を見据えたままだ。

 

 

「……必要ある。こんな情報を聞いても、役には立たないかもしれない。でも──」

 

 

 彼女の蒼い瞳が、冷たく光る。

 

 

「私が聞きたいのは一つだけ。先生たちはこれからも、『死ぬこと』を前提にした作戦を立てるつもり?」

 

 

 その問いかけは、あまりに鋭利で、彼女の年齢にそぐわないほど冷徹なものだった。

 

 蘇生ができるなら、死んでもいい。特攻させてもいい。そんな効率を、この少女を見抜いているのだ。

 

 

「いいとこ突くね〜シロコちゃん……おじさんも、ちょうどそんなこと考えてたんだよねぇ」

 

 

 さらに、鋭い視線がもう一つ突き刺さる。

 ホシノだ。彼女はヘラヘラと笑っているが、その目は笑っていない。

 

 

「生き返るからって、平気で命を使い捨てる……そういう『汚い大人』のやり方をするのかどうか、ってね?」

 

 

 疑念、あるいは軽蔑。

 彼女たちの視線は、明確に私を──管理人としての資質を問うていた。

 

 

「ちょっと待ってください!彼にそんな疑念を抱──」

〈大丈夫だ、イシュメール〉

「ですが……彼女たちは完全にあなたのことを疑っていますよ!」

〈…………〉

 

 

 きっと、この世界にとって「死」は、最も忌避すべき、倫理に反する行為だろう。私たちとの反応がそれを物語っている。

 

 とはいえ、私たちはその考えに従うことはできない。郷に入って郷に従えという言葉はあれど、この一つの概念に対しての考え、所謂哲学は決して変えられないもの、自我に直結するものだからではないか。

 

 

〈……イシュメール、私の言葉をそっくりそのまま伝えてくれる?〉

「……分かりました」

 

 

 きっと誤解を招くだろうと、イシュメールは密かに考えている。だがこの哲学は、包み隠さず明確に話すべきだ。

 

 イシュメールは反論を述べず、静かに承諾した。

 

 

〈……私は、その質問には肯定も否定もしない〉

「っ!?……どういうこと?」

〈私たちの死への畏怖は、あまりにも違う。私にとっては『巻き戻せる失敗』であるのに対して、君たちにとっては『永劫の別れ』を担う概念だ〉

「……つまり、これからもその『死ぬこと』を前提にして作戦を考えようってこと?」

 

 

 生徒たちの視線が、一層鋭くなる。

 

 

〈……こんな過酷な世界で過ごすことにならないといけない以上、死は切っても離せないものだ〉

 

 

 私は生徒たちが持つ銃火器を注視した。

 こんな殺傷力の高い武器が日常に浸透している以上、脆い囚人の死は、確率論ではなく必然として起きてしまう。

 

 

〈少なくとも、普通の人間が簡単に死んでしまう世界なのだから。死を計算に入れないことこそ、無責任だと私は思う〉

 

 

 目の前に立つシロコに近づく。

 ……ダメだ、これ以上論理的な言葉が思いつかない。

 

 ……けど、どうしてか。

 ふわりと、容易に、無意識にその言葉は漏れ出した。

 

 

〈……それに。痛いのは、私だって嫌なんだよ〉

「……え?」

 

 

 イシュメールの通訳を聞いていた生徒のみんなが、キョトンと目を見開く。

 

 

〈死ぬたびに、私の体も引き裂かれるように痛む。部下が死ぬのも、自分が痛いのも、好きでやっているわけじゃない。ただ、それが必要だからやっているだけだ〉

 

 

 言葉を区切り、再度口を開いた。

 

 

〈……だから私は、痛みを忌避する私自身の為にも、停滞を選択したくない囚人たちの為にも、そして何より──目の前で死んでほしくないと懇願する君たちの為にも……私は『管理人』として、できるだけ彼らを死なせないように足掻くよ〉

 

 

 その言葉が部屋に落ちる。

 

 決して大きな声ではないだろう。理屈も、正論も、英雄的な宣言もない。ただ一人の管理人が、己の痛みを吐露しただけの言葉だった。

 

 

「……」

 

 

 最初に視線を逸らしたのは、シロコだった。

 彼女は床に落とした視線のまま、ほんの一瞬だけ唇を噛む。それは否定でも納得でもない。「判断を保留する」という、彼女なりの誠実さだった。

 

 

「……分かった。手放しで信じるとは言わない。でも……少なくとも、命を道具みたいに扱ってるわけじゃないのは、分かった」

 

 

 その言葉に続くように、ホシノが小さくため息を吐く。彼女が天井を仰ぎながら紡いだ言葉は、彼女なりの譲歩だった。

 

 

「……やれやれだねぇ。おじさんも、完全に納得したわけじゃないけどさ?でも……『死なせないように足掻く』なんて言葉を、冗談でもなく言える大人は嫌いじゃないよ」

 

 

 今度はブロンド髪の少女──ノノミが口を開く。先程の二人ほど鋭い警戒心はないものの、そこには譲れない一線があるようだった。

 

 

「……言ってくださってありがとうございます。私も他の皆さんと同じで、まだ心の底から信頼はできませんが……少なくとも、これからの行動を信用することはできますので」

 

 

 少しだけ表情を綻ばせたノノミに続き、セリカがどこか不安そうな表情で、ポツリと言葉を漏らす。

 

 

「……できるだけ、先生たちを死なせないようにしてよね?」

 

 

 それは懇願だった。もう二度と見たくない。そんな漠然とした恐怖と願いが込められていた。

 

 彼女の言葉はこれ以上続かなかった。その代わり、アヤネが凛とした声で口を開いた。

 

 

「……まだ私も信じきれない部分があります。ですが、私たちの事情を理解しようとしてくれる、その心は本当だと信じます」

 

 

 生徒全員の独白が全て終わると、ロージャが小さく笑う。

 

 

「……素直じゃないわね?新しく協力する大人が増えたのはいいことでしょ?」

「そうはそうですけど、信頼に関わるかは別ですので☆」

 

 

 お互いに譲らない二人の会話にホシノが割って入る。

 

 

「ささ、今日はここでお開きとしようか〜。ダンテ……さんも疲れてるだろうし」

 

 

 ホシノがパンと手を叩き、場の空気を緩める。

 別に疲れているわけではないが、ここで無理やり蟠りを解消するよりかは、一日置いておくのが良いのだろうか。

 

 

〈……ああ、ありがとう〉

 

 

 私が軽く手を挙げて、椅子から立ち上がる。

 

 

「え〜?もう行っちゃうの?」

「ダンテさんが戻ってきたんですよ。急がば回れ、さっさと報告しに行きますよ」

 

 

 ごねるロージャをイシュメールが襟元を掴んで、強制的に撤収を宣言する。

 

 

「あはは……相変わらずですね」

 

 

 苦笑いするアヤネを横目に、ヒースクリフも気まずそうに頭をガシガシと掻きながら立ち上がった。

 

 

「……こっちは腹が減って死にそうなんだ。途中で飯買ってこうぜ」

 

 

 ぶっきらぼうに背を向けた彼を、セリカが呼び止める。

 

 

「ちょっと、ヒースクリフ!……あと、他の先生も!」

「あぁ?」

「その……助けてくれてありがとう……」

 

 

 必死に絞って口から出た感謝の言葉。

 ヒースクリフはなんでもないことのように手をヒラヒラと振って応えた。

 

 

「ん、それじゃまた」

「またお越しください!」

「じゃあね〜」

 

 

 生徒たちの見送りと共に、私たちはこの部屋を後にする。

 

 

「あっ、ダンテさん待って」

〈ん?〉

 

 

 再び生徒たちの中から呼び止める声が耳に届く。

 振り返ると、ホシノがそこに立っていた。

 

 

「あっ、別に誰かに通訳させなくてもいいよ。ただ……あの時のこと、都合がいいとは思うけどさ、見逃してくれる?」

 

 

 彼女が指しているのは、あの部屋での一件だろう。

 黒服に捕まった私を一瞥して、すぐに切り捨てたあの冷徹な判断。

 

 ……正直、恨み言の一つでも言いたい気分ではある。あの後私は散々な目に遭ったのだから。

 だが……私のような異形な人間は、黒服の仲間だと思われてもそうそう不思議ではない。

 

 だから彼女を責めるつもりは一切無くなっていた。

 

 ……いや明らかに私は助けを求める仕草をしていたり、私の末路を見ていたはずだが、今は気にしないようにしよう…………。

 

 私は大丈夫だと、軽く手を振ってみせた。言葉は通じない。だが、その意図は伝わったはずだ。

 

 

「いやぁ……今回の大人たちは、どの人も妙にお人好しだねぇ」

 

 

 私の回答に、ホシノは思い残すことがないように、いつもの締まりのない笑顔を浮かべた。

 

 

「ありがとうねぇ〜、それじゃあ今度こそ」

 

 

 彼女はヘラヘラと笑い、手を振る。

 

 今度こそ、本当に終わりだ。私は待たせている囚人たちの元へ、足早に戻った。

 

 

 廊下を歩きながら、私はふと窓の外を見た。

 砂漠の都市、日常に浸透する銃火器、異常な少女たち。

 

 あの「都市」とはかけ離れた世界で、私は──私たちはどう生きるのだろうか。

 

 些細にも思える不安を抱きながら、今は帰るべき場所へ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちが新たな活動場所へ戻る間、電車を乗り継ぎ、多種多様な市街地の街路を歩いた。

 

 その道中、目まぐるしく移り変わる景色やすれ違う住人たちに、私はその都度、心底驚いてしまった。

 

 まずは、かつての『都市』とは別世界だということを前提に……ここの都市について。既に順応しつつある囚人たちから見聞きしたことが全てだが…………。

 

 ここ、シャーレのオフィスが立つ『D.U. 区』があるように、別に砂漠だけが広がる世界では無いらしい。この区以外にも、多種多様な市街地や施設、巨大な学校が点在しており、それぞれの自治区によって文化や風習がガラリを変わる。

 

 その点はどこか、私たちの『都市』──26の区域によって翼や文化が異なるあの場所と似ているかもしれない。

 

 しかし不思議なものだ。この世界を統べる組織が、連邦生徒会や、それぞれの自治区を担当する学校の生徒会とかいう、少女たちが担っているとは。

 

 もっとも、子供が全てを担っているわけではないようだ。経済や物流、生産といった社会の土台においては、異形の大人が労働を担っている。

 

 だが、そこに我々が知る「一般的な人間」の姿はない。

 

 キヴォトスの市民として闊歩しているのは、自律稼働する機械や、人間のように振る舞う二足歩行の動物たちだけだった。

 

 『都市』であれば、前者は頭の規則を違反しかねない事象、後者は「ねじれ」か何かと判断されかねない異様な光景。

 けれど、ここではそれが日常として成立している。

 

 ……こんな機械人形たちが当たり前に徘徊しているなら、時計頭の私だってそこまで不審ではなかったはずだ。

 だとしたら、あの時私を見殺しにしたホシノの判断は、少し厳しすぎたのではないか?

 

 私は今更ながら彼女を恨めしく思ったが……まあ、もう過ぎたことだ。水に流しておこう。

 

 

 

 さて、私がこうして革張りの椅子に深く腰掛け、一時の休息を味わっている場所は、シャーレの執務室──白を基調とした、清潔で洗練された部屋だ。

 

 

〈まさか、こんなすごい場所で働くとは……〉

 

 

 こういった上質な部屋は、大抵「翼」の重役クラスのみが入室を許可される聖域だ。それなのに、こんな私がここで座っているとは……場違いだと分かっていても、どことなく興奮が湧き上がってくるのを止められなかった。

 

 しかし……あまりにも暇すぎる。

 今まで同行していたはずの囚人たちは、今ファウストの指示により席を外しており、広い執務室に私一人。

 こんな状態で、そろそろ一時間が経とうとしていた。

 

 待ち遠しさに、私は貧乏ゆすりを始めようとしたその時、遂に執務室の扉が開かれた。

 

 

「如何お過ごしでしょうか、ダンテ」

〈あっ、久しぶりファウ──〉

 

 

 執務室に訪れたのは二人。

 一人は白髪の天才、ファウスト。そしてもう一人は…………。

 

 

「えっ!?」

 

 

 ……もう一人は、そんな素っ頓狂な声と共に、手にしていた大きな封筒を落とした白を基調とした制服を着る、黒髪の少女だった。

 

 

「おっと。落としましたよ、リンさん」

 

 

 手から滑り落ちた封筒は、そのまま白い床に叩きつけられると思っていたが、ファウストが流れるような動作で、空中の封筒をスッと回収した。

 

 

「あ、え、えぇ……ありがとうございます」

 

 

 黒髪の少女は、ファウストから封筒を受け取りつつも、視線は私の顔に釘付けだ。

 ……どうも、時計頭はこの世界でも極めて珍しいらしい。

 

 彼女はコホン、と咳払いをして、冷静さを装うと姿勢を直した。

 

 

「……初めまして、ダンテさん。私は連邦生徒会の七神リンと言います」

〈ど、どうも……〉

 

 

 私は立ち上がり、リンという生徒に、丁寧に挨拶をする。

 

 

「……?」

 

 

 やっぱりだ。彼女にも私の声は、ただの時計の音にしか聞こえなかったようだ。

 

 

「……ファウストさんの言った通りですね。本当に時計の音しか聞こえませんでした」

 

 

 既にこの情報は知っているようだったが、実際に目にしてみるとどうしても驚いてしまうらしい。

 困ったように眉をひそめながら、眼鏡に指を当てるリンに、ファウストが声をかける。

 

 

「ええ。ですので、以後の通訳は私が担当します……ですが、その必要も無くなってしまうと思われますが」

 

 

 ……ん?妙に引っかかる発言だ。

 今までならば、囚人たちが常に通訳してて、私の意思を伝えるが…………。

 

 頬杖をしながら思案する私を尻目に、ファウストは思考が読めない表情を見せながら、私に近寄る。

 

 

〈……これは?〉

「ダンテは、シャーレに就いてから初日だということで、仕事を押し付けるようなことはしません」

 

 

 彼女は一度言葉を区切ってから、手にしていた封筒を差し出した。

 それを受け取ってみたが、見た目に反して重い感触が手に伝わる。

 

 

「……ですが、まずは手続きを行わなければなりません」

〈手続き?〉

「まずは、その封筒を開封してください」

 

 

 有無を言わせぬファウストの指示に、私は近くに設置された作業用デスクに向かい、重い封筒をゆっくりと置いた。

 そして丁寧に封を開け、中に収められたものを取り出すと──四つの物品が姿を現した。

 

 

〈あっ、私のPDA端末だ〉

 

 

 その内の一つは、とても見覚えのある物だった。

 私が『都市』にいた時、肌身離さず携えていた『LCB-PDA端末』だ。

 

 

〈手元に無いと思ってたけど……ファウストが持ってたんだね?〉

「はい。こちらは、ここへ流れ落ちたメフィストフェレスの車内に遺されたものです」

 

 

 ファウストの説明を聞き流しながら、試しに端末を起動する。これといった支障はなく、見慣れた画面と共に起動した。

 

 

〈よかった……〉

 

 

 私はそう安堵して呟きながら、封筒にしまわれた残りの物品に目をやる。

 

 一つは、私のPDA端末のような形を成した、白く薄い長方形の端末。

 もう一つは、どこかで見たような黒いカード。

 そして……シャーレの紋章がプリントされ、首にさげられる職員証だった。

 

 これは……シャーレ職員の標準的な支給品だろうか。

 少なくとも、都市の一般的な企業のものより、遥かに豪華だが。

 

 そのように呑気に支給品を眺めていると、突然リンが声を荒げて、作業用デスクに駆け寄ってきた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください……!?」

〈えっ……!?ど、どうしたの?〉

 

 

 冷静そうな表情から一変、切羽詰まった表情に切り替わった彼女の視線は、私の頭ではなく、デスクに広げられた支給品へ向けられていた。

 

 

「ファウストさん!どうして彼に、こんな重要な物を……!?」

「…………」

 

 

 ファウストはリンの質問に反応すらせず、思索に耽るように黙ったまま。

 

 ……もしかして、今渡されたこの支給品のような物。

 別に一般の支給品ではなく、それはとても重要な「この都市の命運を握る鍵」だったのか?

 

 

「……いえ、問題ありません」

「……どういうことですか?その『シッテムの箱』と『大人のカード』……それは連邦生徒会長が、来るべき『先生』のために遺した、この学園都市における最高権限の象徴です!」

 

 

 リンは冷静さをかなぐり捨て、声を荒げる。

 

 

「それを、あくまで代行に過ぎない彼に……身元の知れない外部の協力者に渡すなど、あってはならないことです!」

「……代行?前提が間違っていますね、リン行政官」

 

 

 湧き出る憤りを抑えきれなかったリンの言葉を、ファウストは冷徹に遮った。

 

 

「これらの物品は、確かにここシャーレの地下室で発見された物ですが……ただ、やっと絡み合った、それだけです」

「……絡み合った?どういうことですか?」

 

 

 リンは眉をひそめ、ファウストの言葉の真意を測りかねている。

 一方のファウストは淡々と、しかし確信に満ちた口調で続けた。

 

 

「貴女はずっと探していたはずです。失踪した会長が遺した『箱』と『カード』……そして、それらを扱う資格を持つ『先生』を」

「……ええ。ですが、彼が見つからない以上、それは叶わぬ願いです」

「いいえ。見つからなかったのではなく、まだ到着していなかっただけです」

 

 

 彼女は一歩前に出て、机上のシッテムの箱を指差す。

 

 

「この箱はずっと主を待っていた。そして、時を同じくして我々がこの世界に招かれた……これを単なる偶然と片付けるには、あまりにも符合しすぎています」

 

 

 白い髪が風に揺られると同時に、彼女は傲慢に断言した。

 

 

「会長の計算、あるいは願い……その解は、最初から決まっていたのです」

「……つまり?」

 

 

 リンが息を呑む。

 ファウストは私の方を振り返り、芝居がかった仕草で紹介するように手を広げた。

 

 

「結論は一つ。私たちの管理人、ダンテこそが……連邦生徒会長とやらが招待した、真の『シャーレの先生』なのです」

 




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