LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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あけましておめでとうございます!今年も頑張って小説を書いていきます!
評価、感想、ありがとうございます!


『先生』の証明

「結論は一つ。私たちの管理人、ダンテこそが……連邦生徒会長とやらが招待した、真の『シャーレの先生』なのです」

 

 

 突然告げられたファウストの言葉。それはあまりにも淡々と、冷静に放たれた一言だったが、その破壊力は、私とリンの二人の心を掻き乱すには十分すぎた。

 

 

「えっ!?」

〈私が……先生!!?〉

 

 

 困惑せずにはいられない。一方は「あるはずがない」という疑念。もう一方は「身に覚えがない」という当惑。暫しの沈黙の後、リンが怒声を上げ、ファウストへ詰め寄る。当然、声からも表情からも、落ち着きは感じられなかった。

 

 

「信じられません!まさかこの方が、私たちが求めていた『先生』なんて……!彼には先生だと証明する証拠が一つもありません!ただの部外者です!」

「……疑う気持ちは理解できます。ですが、藁にもすがる思いで、彼に託してみてはどうでしょうか?」

「話聞いてました?」

 

 

 二人の間には、妙に噛み合わない会話が繰り広げられている。あまりにも独善的なファウストの態度に、リンはぴくぴくとこめかみを震わせた。

 

 

「……こんな風に、無意味な議論を展開するよりも、的確に彼が『先生』だと証明する手段はあります」

 

 

 ファウストは激昂するリンに見向きもせず、デスクへ近づき、鎮座していたシッテムの箱を手に取る。

 

 

「シッテムの箱は、このように万全な状態で発見されましたが……問題は、今日まで誰も起動できないことでした。それは物理的に起動が不可能ではなく、この機械にアクセスするために必要なパスワードを誰も知らなかったこと」

 

 

 説明口調で語りながら、彼女は呆然とする私に手にしていたタブレットを押し付けた。タブレットは僅かな熱すら帯びておらず、とても冷え切っている。

 

 だが……アクセスに必要な事項がパスワードならば、私であっても認証は不可能なはずだ。

 

 生体認証なら可能性はあった……まあ、事前に私の生体情報が残っていることに気味悪さは覚えるが、ファウストの仮説を証明できただろう。ただ、パスワードの場合は……一度記憶を無くした私にはそんなことできるはずがない。

 

 なのにどうしてファウストは、あれほど強い確信を持っていたのだろう?

 

 腹の底が見えない天才は、『シッテムの箱』を手渡すと、遠くで静かに見つめるリンを見つめ返した。

 

 

「……言い様によっては賭けです。もしダンテが『シャーレの先生』であるならば、無事にアクセスができるはずです」

 

 

 荒唐無稽な持論。ただファウストが天才が故、彼女の思考を読み解けない以上、リンも無闇に反論するのは難しいと感じたらしい。彼女は投げかけられた言葉に、沈黙で返した。

 

 ファウストは、再度私に顔を向ける。

 

 

「では、試してみましょう。ダンテ」

〈…………〉

 

 

 私は促されるまま、震える指でボタンを押した。青い光が走り、複数の電子音が鳴り、蒼白い画面が起動する。

 

 

 

 

 

 

Connecting To Crate of Shittim…

 

システム接続パスワードをご入力ください。

 

 

 

 

 

 無機質な合成音声と文字と同時に、画面下部からキーパットが浮かび上がった。それも、アルファベットが書かれたもの。

 

 ……おいおい、本当に言ってる?アルファベット……というか文字がパスワードになっているのか!?冗談が過ぎる……数字だけだったら当てずっぽうでなんとかなったはずだったのに、文字でしかも文字制限がないって…………。

 

 分かる筈がない。だが証明しなければならない。ファウストの確信に応えるために、この世界で生きるために。どこからか湧き出た責任感が、私の指を動かそうとする。

 

 私は視界を黒く染め、必死にとあるパスワードを思い浮かばせた。終わりのない試行錯誤がこれから始まると覚悟していたが…………。

 

 突然、そのパスワードになり得る文章は自然と出てきた。

 

 

 

 

 

……我々は望む、七つの罪悪を。

……我々は覚えている────

 

 

 

 

 

 ……いや、違う。どうも噛み合わない。私はもう一度思い浮かべる。先程とは別の文章が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

……我々は望む、七つの嘆きを。

……我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 

 

 

 

〈……これ、か?〉

 

 

 根拠はない。だが、私の指は吸い寄せられるようにキーを叩いていた。そして最後のエンターキーを押すと────。

 

 

 

 

 

……。

 

接続パスワード承認。

 

現在の接続者情報は【読み込みに失敗しました】、確認できました。

 

 

 

 

 

『シッテムの箱』へようこそ、ダンテ先生。

 

生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。

 

 

 

 

 

〈えっ……!?通った!?〉

「なっ……まさか、本当に……!?」

 

 

 私の不安は起動音と共に吹き飛ばされてしまった。画面は眩い光に包まれ、青い色彩が滲むように広がっていく。

 

 

「やはり、私の仮説は正しかったようですね」

「いや……しかし……そんな馬鹿な……」

 

 

 これで私は正真正銘「シャーレの先生」だと証明されたわけだが、リンはまだ現実を受け止めきれていない様子だ。ファウストは私とリンを交互に視線を送ると、既に計画していたかのように、眼鏡に指を置く少女の背中に手を添えた。

 

 

「OSの設定には少々デリケートなプロセスが必要です」

「え?」

「ですので、部外者は席を外しましょう。……その間に、今後の契約の細部を詰めましょうか、リンさん」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 ファウストは半ば強引に、しかし有無を言わせぬ優雅さで、混乱するリンを廊下へと連れ出す。自動ドアが静かに開き、そして閉まり、執務室には私と光り輝くタブレットだけが残された。

 

 

〈……とりあえず、今はこれに向き合うべきみたい〉

 

 

 近くの椅子に腰掛け、青く光るタブレットに目を落とし、意識を集中させる。青い光が視界を覆い尽くし──気付けば、私は画面の向こうにあった景色の中に立っていた。

 

 透き通った水がせせらぐ、廃れてた教室。何よりも現実離れした、そんな見たこともない教室で、一人の少女が机の上にうつ伏せで眠っている。ここの生徒と同じような特徴を有した少女は、主を出迎える様子も、目を覚ます兆しも見せず、ただ呑気に寝言を漏らしながら眠りこけている。

 

 

「むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……」

 

 

 …………とりあえず、彼女が「A.R.O.N.A」と称されたシステムとやらだろうか。

 

まずは、彼女を起こさなければ。仄かに足にのしかかる水の感覚を払い除け、私は目の前で眠る青い髪の少女のもとへと歩み寄った。

 

 

「えへっ、まだたくさんありますよぉ……」

 

 

 少女はこちらの気配に気づかず、幸せそうな顔で眠り続けている。

 

 

〈起こすか……〉

 

 

 私は彼女の肩を掴み、少し強めに揺すった。

 

 

「うにゃ……まだですよぉ……しっかり噛まないと……」

〈ええ……〉

 

 

 かなり強く揺すったつもりだが、彼女は起きない。

 

 

〈ほら、起きてって。君が起きないと話が進まないんだ〉

 

 

 今度は時計の騒音を耳元で鳴らしながら、先程よりかは強く、けれど乱暴にならないように揺すり続ける。申し訳ないが、仕方ないことだ。

 

 

「うぅぅぅ…………」

 

 

 長い格闘の末、遂に彼女は身じろぎした。

 

 

「むにゃ……んもう……ありゃ?」

 

 

 寝ぼけた目を擦りながら彼女は立ち上がり、私を直視すると……何か察したのか、彼女の顔色がだんだんと青ざめていく。

 

 

「ありゃ、ありゃりゃ……?え?あれ?あれれ?」

〈ど、どうも……〉

「せ、先生…………なん、ですか?」

 

 

 焦る顔から一変、彼女はきょとんとして、燃える時計の頭をまじまじと見つめた。

 

 

「いや……でも、この空間に入ってきたということは、あなたがダンテ先生なんでしょうけど……」

 

 

 彼女は腕組みをして、うーんと唸りながら考え込む。そして数秒後、何かを思い出したように、前触れもなく瞳をカッと見開いた。

 

 

「ってことは……もう時間ですか!!?」

〈えーっと……とりあえず君は、『A.R.O.N.A』でいいのかな?〉

 

 

 私がそう尋ねても、焦りのあまりか、そもそも私の声すら認識できないのか、一人で慌てふためいている。暫しの後、彼女は自身の胸に手を当てて自分を落ち着かせようと必死に言い聞かせながら、口を開いた。

 

 

「お、落ち着いて……落ち着いて…………えっと……その……あっ、そうだ!まずは自己紹介から!私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれからの先生をアシストする秘書です!」

〈アロナ?それが君の名前なのか〉

 

 

 冷静さを取り戻し、胸を張って挨拶するアロナという少女に、私が相槌を打つも…………。

 

 

「と、時計の音が鳴ってますね……もしかして何か喋ってたりしますか?」

〈あっ……やっぱりか〉

 

 

 やはり、私の声は彼女にも聞こえていないみたいだ。これでは、会話が上手くいかない。ジェスチャーでもしてどうにか意思疎通でもしようか、と考えていたところ、アロナが前触れもなく声を上げた。

 

 

「でしたら、こうしましょう!」

 

 

 そう高らかに宣言すると、彼女は得意げに指をパチン、と鳴らす。同時に、空間に電子音が響く。

 

 

〈……ん?〉

 

 

 …………特に、なんの変化もないようだが。

 

 

「はい、先生!もう一度何か喋ってみてください!」

〈……こ、こんにちは?〉

「バッチリです!……『こんにちは』と、はっきり聞こえました!」

 

 

 アロナは花が咲いたような笑顔で、大きく丸を作ってみせた。

 

 

〈えっ!?今の、聞こえたの!?〉

「正確にいえば、先生の時計の音を翻訳した、というわけではなく……先生の口に発しようとする思考を読み取って、それを声に変換したというわけです!もちろん、先生の意思で伝えるかどうか好きにできます。口みたいなものです!」

 

 

 そう説明しながら、彼女は誇らしそうに笑う。

 

 これは……思っていたより高性能だ。少なくとも、都市のその辺の技術に比べれば、確かな安全性と性能を誇っている。

 

 

〈にしても、AIなのに寝たりするんだね?〉

「あ、あうぅ……それほど人間に近い人工知能だということですっ!」

〈……まあ、よろしくね〉

「はい!よろしくお願いします!……まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが……これから先、頑張って色々な面で先生のことをサポートしていきますね!」

 

 

 別に今の声でも十分だと思うけどなぁ…………。

 

 そんな関係ないことを考えつつ、私は手を振ってみせ、応えた。

 

 

「あっ、そうだ!ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います!」

〈あー言ってたね。それで、何をすればいいの?〉

「……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方がないんです。こちらの方に来てください」

 

 

 アロナから手招きされ、私は彼女の方へと近寄る。

 

 

「もう少しです」

〈……ちょっと近くない?〉

 

 

 もと立っていた場所から、更に一歩。吐息がかかりそうな距離まで接近すると、アロナが人差し指を頭の高さまで掲げた。

 

 

「さあ、この私の指に、先生の指を当ててください。……あ、それと、手袋は外してくださいね?」

 

 

 言われるがまま、私は手袋を外し、人差し指を彼女の指に当てる。その瞬間、空間に煌びやかな電子音が鳴り響いた。

 

 

〈おっと……無事に認証されたのかな?〉

「いえ、今から私の指を通じて、先生の指紋を確認するんです!」

 

 

 指紋で認証かぁ……随分と最先端に立っているような響きだが……ただ、もうちょっとこんな面倒な手順を省く方法がありそうな気がするが…………。

 

 まあ、言及はしないでおこう。偉い方が遺したものだから、意味はありそうだし、そこら辺の精度は確かなのだろう。

 

 

「はい!確認できました!」

〈ありがとう、アロナ〉

 

 

 生体認証も無事に終わり、私はゆっくりと指を離した。

 

 

〈さて……私はどうすればいいのかな?〉

 

 

 無事に終わったのはいいけれど、何かやっておいた方がいいのだろう。彼女の様子を見た感じ、起動される前のキヴォトスで起こった出来事については知らなそうだ。

 

 

〈そういえば、君が起動される前の、キヴォトスでの出来事については知ってるかな?〉

「前の出来事ですか?うーん、分かりませんね」

〈だったら説明──〉

「あっ、そういうことですか!でしたらわざわざ説明する必要はありません!私がネットワークと接続して、パパッと調べちゃいます!」

〈あっ……分かった〉

 

 

 私が説明する間もなく、彼女は、外の情報を頭の中に巡らせる。うーん、これは高性能。まあ、私はまったくその情報については知りもしないが。

 

 

「……なるほど。連邦生徒会長が失踪して、街中で大騒ぎがあったと……よくここまで抑えられましたね」

〈そうだね……あ、そうだ〉

 

 

 アロナなら、霧で隠されている『連邦生徒会長』の詳しいことを知れるかもしれない。私は早速尋ねることにした。

 

 

〈連邦生徒会長について、知ってるかな?〉

「うーん……私はこのようにしてキヴォトスの情報を多く知れますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも」

〈そうか……〉

 

 

 アロナは何も知らないようだ。情報が不慮の事故で消されたかというよりかは、わざと検閲されたような不気味さを感じる。

 

 

〈知らないなら知らないでいいよ。ありがとう〉

「はい!…………あっ。サンクトゥムタワーの制御権が少し脆弱ですね」

〈え?何それ、そんなことまでできるの?〉

「はい、今は連邦生徒会が握っているようですが……このままあちらに握らせたまま、アクセス権の脆弱性を修正するという方針でよろしいですか?」

 

 

 彼女からそう提案されたものの、私はこの世界を本格的に見てからまだ数時間しか経っていない。何か言ってやりたいものの、一挙手一投足にかかる責任は重いのは確実だ。ここは無闇にちょっかいをかけないのが一番だろう。

 

 

〈それでいいかな。何も分からないし〉

「……先生なのに分かっていないんですか?」

〈だって今来たばっかり、って感じだし……〉

「……そうですか。ではとりあえず、アクセス権のセキュリティを改善しますね!」

 

 

 アロナがそう告げて数秒もしないうちに、私の視界が真っ暗になる。

 

 そして、再び視界が明るくなった時には、私はシャーレの執務室の中で立っていた。

 

 

〈終わったの、か……?〉

 

 

 手にしたシッテムの箱に目を落とす。画面には青白い背景のホーム画面と、シッテムの箱を象徴するようなマークが映っていた。

 

 私が今までの出来事に、少しながら呆気に取られていると、執務室の自動ドアが静かに開かれる。

 

 

「どうやら終わったようですね」

 

 

 振り返ると、ファウストとリンが入室してくるところだった。

 

 

〈そうみたい……〉

「……今、喋ってませんでした?」

 

 

 私の思考と同時に、手元のタブレットからクリアな男性合成音声が響く。その瞬間、リンが弾かれたように顔を上げた。

 

 

「ふむ……どうやらシッテムの箱を介して、ダンテの意思を言語化しているようですね」

〈どう?聞こえてる?〉

「ええ、はっきりと。これで長らく頭を悩ませていた問題は解決です」

 

 

 ファウストは驚く素振りも見せず、冷静に頷く。

 

 

「……喋れないはずの人物が急に流暢な言葉を発したり、サンクトゥムタワーの制御権のセキュリティホールを一瞬にして解決したり……あなたとその『箱』には驚かされているばかりです」

 

 

 リンは大きなため息を吐き、眼鏡の位置を直した。その瞳から、以前の険しい敵意は消えている。だが、完全に警戒が解けたわけではないようだ。

 

 

「……認めましょう。あなたが連邦生徒会長の指名した『先生』であり、シャーレの権限を持つものであることは、疑いようのない事実です」

〈あ、ありがとう。先生として認めて────〉

「ですが」

 

 

 私の言葉を遮り、彼女は冷徹に言い放つ。

 

 

「『権限』と『信用』は別です。……ご自分の姿を、鏡で見たことはありますか?」

 

 

 眼鏡を白く輝かせる少女は、私の顔──燃え盛る時計を指差す。

 

 

「頭が時計の人物がいきなり『私が先生です』と各学園を回ったとして……誰が信用すると?ただの怪談か、新手のテロリスト扱いされるのがオチです」

〈……うっ。それは、反論できないな〉

 

 

 ……『都市』でこんな奇怪な見た目の人間が突然管理職を務めると言われても、誰も疑問すら抱かないだろう。

 

 たが、ここはどうだろうか?確かにロボットや動物人間が市民としてこの街を跋扈しているとはいえ、それ以上に不審な見た目の男がトップに立つとなると、住民からの不満と疑念の声が爆発するのは目に見えている。

 

 

「そこで、先生には段階を──果たして『先生』に相応しい人物なのか……適性テストを行ないたいのですが、生憎、教職の試験はありません」

〈だったら……どうするんだ?〉

 

 

 私の問いかけに、リンは不的な笑みを浮かべて続けた。

 

 

「丁度、テストにピッタリな制度が、本日から始まったところなんです。──シャーレの『当番制度』」

〈当番?〉

「はい。各学園の生徒に一日交代でシャーレへ来てもらい、先生方の業務サポートについてもらいます」

 

 

 彼女は続けて、有無を言わせぬ口調で淡々と告げる。

 

 

「名目上も実態も『業務支援』そのものですが、これを機にあなたの『一時的な監視』兼『適性テスト』として活用させてもらいます。生徒と正しくコミュニケーションが取れるか。業務処理能力はあるか……その他諸々、防犯カメラを通じて観察させてもらいます」

 

 

 リンはかなり機転が効く生徒のようだ。生徒というフィルターを通すことで、私の危険性を測ろうというわけか。だが、私には一つ懸念があった。

 

 

〈なるほど……ん?私の囚人たちはどうなんだ?結構……私が言うのもアレだけど、私以上に『テスト』が必要な連中がいるはずなんだけど〉

 

 

 とてつもなく個性的な者や戦闘狂の巣窟である囚人たち。彼らこそ野放しにしていいのか?そんな私の疑問に、ファウストが涼しい顔で答えた。

 

 

「それは契約上で規定されている事項ですね。囚人の戦闘行為は『正当防衛』や『生徒の協力』、『生徒との相互承認』という大義名分があって初めて許可されます。……あくまで、生徒の監視下にある限りですが」

 

 

 ふぅむ、つまり未だにシャーレや学園に発見されず、通りすがりの住民を滅多斬りにしている囚人や、そのまま野垂れ死ぬ囚人もいるということか。

 

 

〈……うん、先にそっちを対処した方が良くない?〉

「キヴォトスは『都市』よりも遥かに広大ですので、全域の捜索は現時点で不可能です」

〈そっかぁ……〉

「解決すべき問題は山積みですが、今は『指名された先生』の地位を確立させることが、最優先事項です」

 

 

 最後にリンが、釘を刺すように告げた。つまり、どんなに難癖つけようと、まず私がまともな先生にならなければならないということだ。

 

 

「まあ、何にせよ、今日は訪ねてくる当番生徒の対応をしてください。……それがテストです」

 

 

 彼女が締めの言葉を口にすると同時に、タイミングよく自動ドアが開かれる。

 

 

「こんばんは。本日の当番に来ました、ミレニアムサイエンススクールの早瀬…………え?」

 

 

 やってきたのは、幾何学的なヘイローを浮かばせた、青髪ツインテールの少女だった。

 

 

「……おや。噂をすれば、試験官が来たようですね?」

「えっ……?これ、一体どういう状況なの、よ?」

 

 

 かなり困惑している様子だ。側から見れば、女性二人が燃え盛る時計頭の男性を取り囲んでいるのだから、一目で理解するのは無理難題……だろう。

 

 

「こんばんは、早瀬ユウカさん。丁度いいところに来てくれましたね?」

「だ、代行!?どうしてこんなところに……というか、そこの時計の人は誰なの!!?」

 

 

 ユウカという少女の悲鳴じみた質問に、リンは綺麗に無視し、事務的に告げた。

 

 

「詳しいことは追々話すとします……予定通り『当番』を行なってください」

「では、私たちはこれにてお暇させてもらいます。ダンテ、いつも通りに、生徒と交流をするだけで十分です」

「えっ!?ま、待ってください!?ファウストさん!代行!」

 

 

 ファウストもここぞとばかりに便乗し、リンと共に早足で出口へ向かう。ユウカの制止も虚しく、無慈悲にも自動ドアは閉ざされた。

 

 あとに残されたのは、私とユウカ。そして、気まずい沈黙だけだった。

 

 

「……なんなんですか。もう、本当に……」

 

 

 ユウカがため息混じりに愚痴をこぼして、恐る恐ると私へ視線を向ける。

 

 

「……あなた、何者?シャーレに配備された、新型の自律思考AIか何か?」

〈あー、初めまして。私はダンテって言うんだ。今日からここで働くことになった先生だ〉

「わっ、喋った!?……って、タブレットから?」

 

 

 私が箱を介して声を出すと、彼女は目を丸くして後ずさった。ただ、飲み込みがいいのか、その言葉をすぐに理解し、眉をひそめる。

 

 

「というか、あなたも先生なんですか!?」

〈うーん、私が本当の先生とか言われたけど……まあ、気にせず〉

 

 

 私の煮え切らない態度に、ユウカは呆れたようにため息を吐く。そのあとに、私の後ろにあるデスクの上のものを見た途端、彼女は再度ため息を吐いた。

 

 

「はぁ……。言いたいことはたくさんありますが、一旦置いておきましょう。まずは……机の上を片付けましょう?」

 

 

 彼女は机上にある書類の山々や、大量の領収書を指差して、提案する。

 

 

〈そう……だね〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 机に広げられた書類を振り分けながら、都度書き込む。このような反復的な作業はやったことがないと言うわけでない。ただ……。

 

 

「先生!なんですかこの杜撰なまとめ方は!それと漢数字を使ってください!」

〈え、ダメなの?ファウストはこれで通してくれるけど……〉

「ダメに決まってるじゃないですか!」

 

 

 …………と、このように、私の処理能力は想像以上にレベルが低かったらしい。

 

 

「まったく……立派な大人なんですから、これぐらいはしっかりしてもらわないと……」

 

 

 ユウカはそう呆れながらも、次々と書類を分け書き記している。すごいな……まだ子供だというのに、よくここまでできるな…………。

 

 私はその様子を感心しながら眺めていたが、このまま黙々と作業を見ているだけなのも気まずい。何か話題を取り上げた方がいいだろうかと、私が思考を巡らせていると、ユウカの手がピタリと止まった。

 

 

「な、なんなんですか!?この領収書は!?」

〈え?何?〉

 

 

 怒声を上げながら彼女が見せたものは、「エンジェル24・菓子類30000円」というレシートだった。

 

 

〈あー、それはロージャかな?〉

 

 

 というかそもそも彼女はロージャを知っているのか?ファウストについては知っていそうだったが……。

 

 

「はぁ……ロージャさんですか。後で言ってください、『無駄な浪費をやめてください』と」

〈検討……するよ〉

「というか、なんで三万円を大量の安物の菓子に注ぎ込むんですか?もうちょっと……いえ、こんなこと提案するのも変ですね」

 

 

 彼女は再び手を進める。さらっと流されたが、『円』って何?都市でいう『眼』のようなものだろうか。レートが分からないが、ユウカの剣幕からして、安くはない金額なのは確かだ。

 

 

〈うーん。そういえば、君は私の囚人のことを知っているの?〉

「しゅう……じん?」

〈えーっと、ロージャやイシュメールとか……〉

「ああ、あの方ですね。私が連邦生徒会に抗議しに行った時に会いましたけど……」

 

 

 彼女は少し遠い目をして、当時のことを思い出すように口を開いた。

 

 

「銃弾が飛び交う中を、笑顔で突っ込んでいく姿は……狂気そのものでしたね……」

 

 

 かなり……囚人達は無茶をしていたみたいだ。よく時計も回せないのに、そのような無鉄砲なことできるな……。

 

 

「そういえば、ダンテさんでしたよね?あなたは、以前何をやっていらっしゃったんですか?」

〈管理人だね〉

「管理?何をですか?」

〈イシュメールとかロージャとかの『囚人』を〉

「……そうですか」

 

 

 ユウカはペンを止め、宙を仰ぐように考え込んだ。そこまで深掘りしなくても分かるのは言うまでもない。

 

 

「つまり……あの常識はずれな人たちの手綱を握り、暴走しないように制御し、時にはこうして尻拭いをするのが、あなたのお仕事ですか?」

〈まあ……言い得て妙だね。否定はできない〉

 

 

 正確に少し違うけど。別に彼らの暴走を完全に制御できているわけではないし、彼らの失敗──死に対しての尻拭いは、私の苦痛で補ってきた。

 

 

「……はぁ、なるほど。あなたが何故『先生』に選ばれたのか、少しだけ納得がいきました」

〈え?〉

「キヴォトスの生徒も……大概、手がかかりますからね。トラブルメーカーたちを纏める耐性があるなら、適任かもしれません」

 

 

 彼女は苦笑いを浮かべ、ここの事情をか細く話す。確かに、私含め囚人たちの脆さでは生きにくいのは確かだ。それを除外したとしても、予想を超えた複雑で面倒な出来事が次々と襲ってくる。

 

 

〈そう……だね。まだここに来てから一日程度だけど、ここがどれだけ面倒事が多い場所かは、もう身に沁みている。けど……〉

「ん?」

〈少なくとも……ユウカみたいなしっかりした生徒がいるなら、そこまで苦じゃないさ、きっと〉

 

 

 囚人でいう、ウーティスやファウストのように。わざわざやってきてくれて手伝ってくれる生徒たちがいるとするなら、私はいつも通り管理できるはずだ。

 

 私の言葉を聞いて、ユウカの動きがぴたりと止まる。彼女は数秒間、ポカンとして私を見つめていたが──みるみる内に、その頬が淡い朱色に染まっていくのが分かった。

 

 

「な、なな、何言ってるんですか急に!?」

〈……いや、本心だけど〉

「そ、そういうお世辞はいいんです!うぅ……もう!茶化さないでください!」

 

 

 彼女は顔を真っ赤にして、バタバタと身支度を整える。その反応は、私の知る戦う者たちとはあまりにもかけ離れていた。

 

 

「とりあえず、今日はここまでです!あ、ありがとうございました!それと、他の先生にも浪費は抑えてと言ってくださいね!?」

〈あ、どうも……〉

 

 

 私が礼を言う間もなく、ユウカは逃げるように早足で出口へと向かい、そのまま帰ってしまった。嵐のような退場劇だ。

 

 

 

〈……なにか、ダメだったか?〉

 

 

 

 私は自分の言動を顧みる。ただ素直に自分の心情を伝えただけなのだが……どうやらここの子供たちの感性は、囚人たちとは根本的に違うらしい。

 

 ふと、囚人の中で一番若いであろう人物──シンクレアの顔が浮かぶ。彼とユウカの年齢差など、せいぜい数歳程度だろう。だが。この精神的な瑞々しさの違いはどうだ?

 

 己の後悔や身内の死に、真っ直ぐと向き合わなければならなかった少年と、学校生活や部活に一喜一憂する少女たち…………いや、対策委員会という例外はいるものの。同じぐらいの年頃なのに、住む世界が違うだけで、こうもあり方が変わるものなのか。

 

 

「お疲れ様です、ダンテ」

 

 

 私が考え込んでいたところに、自動ドアからファウストとリンが入室してきた。二人は部屋に入るなり、多少綺麗にはなったデスクや室内を見渡すが、そこに驚きの色はなかった。

 

 

「……映像越しに見てはいましたが、実際に見ると見違えますね」

 

 

 リンが眼鏡の位置を直しながら、感心したように呟く。

 

 

〈……どこか含みがあるような言い方だね?〉

「お忘れでしょうか。『防犯カメラを通じて観察させてもらいます』と申し上げたはずですが……」

〈……それって、リアルタイムで見られてたってこと!?〉

「はい。その解釈で間違っていません」

 

 

 つまり、私が年下の少女にガミガミ怒られながら、出来もしない掃除や書類仕事に四苦八苦する姿も、全て筒抜けだったということか。

 

 

〈……ここまで責められているけど、そもそもあの惨状は十中八九囚人のせいじゃないのか?〉

「部下の不始末を被るのも、管理人の性でしょう」

〈理不尽だな……〉

 

 

 私がそう密かに愚痴っていると、リンがふっと口元を緩めた。

 

 

「生徒を力で従わせるのではなく、生徒の声に耳を傾け、共に課題を解決する……先生としては、最低限の資質があるようです」

〈……テストは、合格かな?〉

「素性が分からないため、及第点というところです」

〈そっか……〉

 

 

 及第点と言い告げられてしまったが、とりあえず先生として認められてなによりだ。

 

 

「あなたがどのような『管理人』であったとしても、ここではその職務に加え、『先生』としても振る舞ってもらわないといけません。……少なくとも、ついさっきの彼女のように、あなたを必要とする生徒はいますから」

〈肝に銘じておくよ……〉

 

 

 私は大きく頷いた。私もまだ未熟ではあるが、導く者の立場に立ってしまった以上、また未熟で行く先も分からない囚人や生徒たちを導かなければならない。いくら不満を抱えていようとも、これは義務なのだから。

 

 

「では、本日は解散としましょう。……明日からは本格的に忙しくなりますよ?」

 

 

 リンの言葉を背に、私は新たな一歩を踏み出した。

 

 

 黄金の枝の奪回だったり、生徒の悩みの解決だったりと、重荷が掛かる事柄はたくさんあるが…………。

 

 まずは、死なないようにしないと。

 




おめでとう!ダンテは囚人を介さずとも、意思疎通ができるようになった!なおシッテムの箱が電池切れした場合。

9章上編やばすぎた……みんなもやろう!

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