LCB、シャーレの先生になる 作:ハーメルンのTakamagi
やはり、囚人を複数に運用するのが難しいので、申し訳ないが一度分断させてもらったよ。やりやすいし……すまないね。
私は先生になった。都市よりも慈愛に溢れ、都市よりも過酷な、未知なる世界で。
管理人と先生。囚人と生徒。似通う部分はあるが、根本にある概念が違っていた。
囚人たちは過去の罪と向き合い、鎖に繋がれたまま地獄を歩く者たち。対して生徒たちは未来を見据え、銃弾の雨の中でも笑い合える、可能性の塊とも言うだろうか。
私には記憶が無い。検閲された過去と、黄金色の道を進むだけの未来。そして唯一存在していると実感できる、チクタクと時計を刻む、得体の知れない頭部。
そんな私が、囚人の過去と向き合いながら、彼女たちの未来を守れるだろうか?
──いや、杞憂か。
今や囚人たちは頼れる仲間として、共に隣に立ってくれるはずだから。だったら私がすべきことは……いつも通り、そして気を改めて、まずは管理人として、先生として振る舞おう。
コツコツと、私たちの足音が響き渡る静かな廊下。その真ん中を歩いていたのは、私と……同じくここに流れ着いたらしいヒースクリフだ。
アビドス高等学校。
私がここにきて最初に漂流した場所であり、また囚人と巡り会えた場所…………今のところ、キヴォトスで最も思い入れのある土地だ。
ただ、縁起の良さはどこにもなく、あるのは閑散とした住宅街と、終わりのない砂漠、そしてそれに抗うように残されたボロボロの校舎だけ。
〈しかし……ここは、一際荒廃しているね〉
「だな。一体どうやったら、ここまで廃れるんだか」
もちろん、二人はアビドス自治区がここまで荒廃した理由は知っている。ただ、どこか後ろめたい理由がある気がして、気が気ではないのだ。
とは言っても、唯一この高校に残っている五人の対策委員会は、誰もその明確な理由は知らず、ただ『砂漠化と借金』という言葉で片付けている。
出来れば、ある程度ここの教養があるイシュメールや、勘のいいロージャに訊いてみたかったが…………。
〈はぁ……どうして、あの二人がいないんだか〉
私は悲しく嘆いた。
イシュメール、ロージャ、ファウスト。この三人にはある共通点がある。それが、『特定の学園に保護されていなかった』ことだ。
どういうことか。謂わば、政治的なしがらみのない、使い勝手のいい人材ということ。
ここへ流れ着いた囚人は、既に発見されたと色んな報告が寄せられている。本当なら、手っ取り早くシャーレの顧問、先生として登録したいのだが、問題は『連邦生徒会以外の学園が発見した』という点にある。
学園は都市にとって、翼と同類だとファウストが言っていた。
固有の技術があり、政治もある……簡単に言えば、囚人の身柄は政治ガードになり得るのだ。特にゲヘナとトリニティという学園はかなり特有の思惑が存在し、簡単には見つけた囚人を引き渡してはくれないというのが今の現状。
だからこそ先述した三人は、そういった政治絡みの問題が存在しないため、キヴォトス各地を飛び回らせることが可能……引っ張りだこということだ。
……と、ここまで長ったらしく考察したが、私はそう言った政治的思惑には疎い──出来ればそんなこと考えたくないタイプだ。
とりあえず、今はヒースクリフと共に、片っ端から解決していくしかない。
そんなことを思案している間に、私たちの足はとある教室の扉の前で止まった。
「オレが先に入る」
ヒースクリフはそう短く告げ、目の前の扉をガララッ、と開けた。
「よぉ。オレが来たぞ」
「おっ、ヒースクリフ君じゃないか〜。元気してた?」
「ん、おはよう。……今日は顔色がいい」
教室の中で待っていた対策委員会の五人は、ヒースクリフを見るや否や、親しみを込めて迎え入れた。今までの共闘を経て、彼は既に身内のカテゴリに入っているらしい。
────さて、問題はここからだ。
〈お、おはよう……〉
私が恐る恐る中へ入り、声をかける。その瞬間、教室の空気がピタリと止まった。
「だ、ダンテさん!?」
「おはようございます……」
……うん、予想通りだ。
挨拶は返ってきたものの、視線が泳いでいたり、頬が引き攣っていたりと、明らかに動揺が見て取れる。
仕方がない……私の「死者を蘇らせた不気味な時計人間」という第一印象は、あまりにもインパクトが強すぎる。
そんな気まずくて重苦しい沈黙を破ったのは、セリカの素っ頓狂な声だった。
「……って、ちょっと待って。今、ダンテさん喋ってなかった?」
彼女が狐に摘まれたような顔で私を指差す。
「ん、喋ってた……昨日はチクタクうるさかっただけなのに。もしかして、猫被ってたの?今まで私たちのこと疑ってたとか?」
シロコの瞳が疑念に細められる。
やはり、昨日の今日で急に流暢に喋り出せば、不信感を持たれるのは当然か。
〈いや、そういうわけじゃなくて……このように意思疎通ができるようになったのは、つい昨晩のことなんだ。ほら、このタブレットのおかげで〉
「ふーん?昨日まで沈黙を貫いていた時計頭の人が、一晩で急にお喋り上手になるなんてねぇ」
私が必死に弁解する中、ホシノが机に頬杖をつきながら、ヘラヘラと、しかし観察するような目で私を見つめる。
「死人が生き返ったり、時計が喋ったり……ここ最近、アビドスじゃ見ない不思議なことばっかり起きて、おじさんめまいがしちゃうよ〜」
そうヘラヘラと笑いながら、最後には観念するように手を広げた。
……とても演技じみた仕草だ。この場にいる人が知っているかどうか分からないが、彼女の冷徹な素性をこの目で見てしまったからか、今の彼女にはどこか違和感を浮き出て見える。
「そういえば、いつものお二人の姿が見えませんが……」
「んぁ?あいつらなら、今色んなところで死ぬ気で働いてるぞ。多分しばらくはここには来れねぇんじゃないか?」
多分……イシュメールとロージャの話をしているのかな。
ノノミが心配そうに扉の向こうを見据えていると、ヒースクリフがぶっきらぼうに事情を話した。
「あはは……せめて死ぬのだけは避けてほしいですね……」
ヒースクリフの言葉にアヤネのある意味切実なツッコミが入る。
目の前で死んだらしいし……ここまで死という単語に反応してしまうのは、かなり心を抉られたのだろう。
「それなら、今ここにいるダンテさんは何なのよ?もしかして礼を言いにきただけ?」
〈……私が先生だからだ〉
「……えっ?」
「ええっ!?せ、先生ぇ!!?」
私の気弱な宣言が部屋に染み渡ると同時に、セリカとアヤネが素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「ん……過度に驚きすぎ。ヒースクリフみたいに、代行のような立場なんでしょ?」
〈いや……本来シャーレに就くべきだった、本当の先生らしいんだ……〉
「……なんで?」
〈うん、私もそう思う〉
彼女たちの反応は至極真っ当だ。当人の私ですら、同じような反応をとっている。
だが、事実は小説よりも奇なりというだろう。私は懐から、今朝ファウストから渡されたばかりのIDカードを取り出し、彼女たちに見せつけた。
そこに刻印されたシャーレの紋章と、「先生:ダンテ」の文字。
まごうことなき本物を見た瞬間、教室は水を打ったように静まり返り────。
「……うへぇ。本当に?」
ホシノが乾いた笑いと共に、天井を仰いだ。
「驚きました……まさか、ダンテさんも先生になるだなんて……」
「連邦生徒会も、随分と思い切ったことするもんだよ〜」
「それだけ切羽詰まってるってことじゃない?……でも」
シロコが私のIDカードをじっと見つめ、小さく頷く。
「……ん。ダンテが先生でも、悪くない。少なくとも、私たちと面と向かおうとする意思があることは分かってる」
「そうですね☆あの時も、必死に私たちを助けようとしてくれましたし」
ノノミも好意的に受け入れてくれているようだ。やはり、昨日の出会いで見せた私の行動が、信頼の礎になっている。
別に、そのような英雄的な理由で蘇らせたわけではないけどね。
「大袈裟だな……人一人が死んだぐらいで、そんなに慌てやがってよ」
「何言ってるのよ!?」
〈うん。まずは事の重大さを分かってもらおうか、ヒースクリフ……〉
「なんで時計ヅラまでそんな反応するんだ?」
話が綺麗に纏まりかけたところで、ヒースクリフが爆弾を投下する。彼というより、骨の髄までに叩き込まれている「都市特有の生死観」のせいで、また不穏な空気が流れそうになったが、アヤネが強引に咳払いをしてせき止めた。
「あはは……最終的に無事だったので良かったですけど…………さて、そろそろ始めませんか?」
「……何をだ?」
「アビドス定例会議です!」
定期的に行われているアビドス定例会議は、「どうやって借金や利息を返すか」という議題のもと、様々な方法が飛び交うのだが…………。
「これね、身に着けるだけで運気が上がるんだって!で、これを周りの三人に売れば……」
「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから……」
一応会計を担っているはずのセリカが、明らかに胡散臭い口車に危うく乗っかりかけたり……。
「他校のスクールバスを拉致って生徒数を増やそー!」
「ん、手っ取り早く銀行を襲うべき」
シロコやホシノから、都市の一般ネズミと同等の野蛮な提案が軽々と飛び出したり……まあ、共感できないというわけではないが、流石に先生としての責務やアヤネが許さなかった。
「なら、私たちがアイドルとしてデビューして稼ぐのはどうですか?」
「却下」
中には斬新な方法で金儲けをしようとしたが、ホシノの一言で切り捨てられてしまったり。
最終的には、あまりにも議論の意味を成していなかったせいで、アヤネが激昂して机をひっくり返したり……どれも無意味で、騒がしい会議だった。
まず私や囚人にとって、こういった形式で行われる会議に新鮮さを覚える。大体会議といっても、ブリーフィングだったり、即席で無謀な計画を立てたりと、まともな会議があったかどうか…………。
そんなことを思い浮かべている私は今、アビドス自治区にある「柴関ラーメン」という飲食店の玄関の前に立っている。しかし、中へ入るか躊躇っていた。
無論、私には口がなく、食事が出来ないから。
都市にいた頃もそうだ。囚人たちが食事を楽しむ間、私は外で時間を潰すのが常だった。
だから今回も、いつものことだと静かに外で待とうとしたが、
「あら?ダンテ先生?どうして入らないんですか?」
〈ほら、私って口ないし、見てるだけなのもあれだから……〉
「もう、そんな遠慮しないでください☆ほら、入りますよ〜!」
〈え?あっ、待っ──!〉
お節介なノノミの怪──いや、有無を言わせぬ包容力により、私は抵抗する間もなく、無理やり中へと連れ込まれてしまった。
お節介なのはノノミだけではない。
他の対策委員会も、店長の柴大将も、口がない私を迎えてくれたのだ。
〈……ここの人たちって、どこか優しすぎない?〉
「まあそうだな。まずこっちを疑ってすらこないしな」
都市には絶対にない慈悲深さに浸りながら、私は四人席の向かい側にいる、ラーメンを啜るヒースクリフと談話する。一方通路の反対側では、激昂しきり不機嫌なアヤネを、残火を鎮火するように他の対策委員会が宥めていた。
「はぁ……。それにしても、うめぇなこれ」
ヒースクリフは、一度箸を置き、満足げに、そして未知なるものを見るように息を吐く。
「味も食感もいいが……何より、こんなものを安値で買えるなんてな」
〈やっぱりそう思う?この前ロージャが三万円分の菓子を買い込んでたけど、その量が凄かったんだ。この世界の物価は、私たちの常識とは違うみたい〉
「まあ、あいつは相変わらずとして……。誰がそのレシートの計算したんだ?時計ヅラはそんなマメな性格じゃないだろ?」
〈ユウカっていう生徒が、業務手伝いついでにって〉
「……はぁ。ガキが家計簿つけてんのか。やっぱ、ここは色々と余裕があるな」
彼は箸を取りながら、どこか遠い目をして相槌を打った。
こん辺境でも、都市の裏路地とは違い、住人たちは豊かな生活を送っているように見えた。
都市よりも危険なものはいくつかあるが……ここは、少なくとも都市以上の人間らしい生活を保障してくれる場所のようだ。
腹も空かない私は、そんな理想郷のようなこの世界について思い浮かべていた、その時。
ガララッ──。
入り口の引き戸が少し遠慮がちに開かれ、その奥から帽子を被った紫髪の少女が、顔だけをひょっこりと覗かせてきた。
「あ……あのう……」
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」
「一番安いのは……580円の柴関ラーメンです!看板メニューなんで、美味しいですよ!」
ここで働いているセリカが、不思議そうにしながらも、彼女のもとまで歩み寄り接客を行う。すると紫髪の少女は、パァッと顔を輝かせた。
「あ、ありがとうございます!」
彼女は深々と一礼すると、注文もせず、脱兎の如く店の外へ駆け出して行ってしまった。
「え……?な、なんだったの……?」
彼女の不審な行動に、この場にいる一同が呆然としていると、再び引き戸が開かれ、さっきの彼女に加え、ロングコート羽織った赤髪の少女など、計四人の集団が入ってくる。
キヴォトスの人間の女性は大方生徒だけれど……アビドスの生徒は、対策委員会の五人しかいない。つまり、彼女たちは別の学園から来たということになるが……。
「えへへっ、やっと見つかった、600円以下のメニュー!」
「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」
「そ、そうでしたか。さすが社長、なんでもご存知ですね……」
「はぁ……」
彼女たちもまた、平然と銃火器を武装している。「銃を持っていない人の方が、裸の人より少ない」と誰かが言っていたが、やっぱりこの世界は物騒だと、兵器が目に入るたびにそう思う。
見た目は完全に、本で見るようなアウトローの風格……なのだが。
「あ、それと箸は四膳でよろしく。優しいバイトちゃん」
「えっ?四膳ですか?ま、まさか一杯を四人で分け合うつもり?」
「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!!お金がなくてすみません!!」
「あ、い、いや……!その、別にそう謝らなくても……」
「いいえ!お金がないのは首がないのも同じ!生きる資格なんてないんです!虫けらにも劣る存在なのです!虫けら以下ですみません……!」
「はあ……ちょっと声デカいよ、ハルカ。周りに迷惑……」
静かな店内に響き渡る、あまりにもネガティブでヒステリックな絶叫。隣の席を占領する対策委員会の視線が、一斉にあちらの方へ向く。
そして向かい側のヒースクリフは、彼女たちほどガッツリではなかったが、ちらりと目を動かした。
「おいおい……四人で一杯だって?けっ、裏路地みてぇなひもじさだが……ま、寒いところでゴミを仲良く貪るよりか、断然マシだな」
「うへっ、ヒースクリフ君は一体どれだけ過酷なところで過ごしてたの?」
ヒースクリフがさらりと漏らした日常の一端に、ホシノが戸惑いながら口を挟む。そんな会話を聞き流していると、セリカの凜とした励ましの言葉が店内に響いた。
「そんな!お金がないのは罪じゃないよ!胸を張って!お金は天下の回りもの、ってね。そもそもまだ学生だし!それでも、小銭かき集めて食べにきてくれたんでしょ?そういうのが大事なの!もう少し待っててね。すぐ持ってくるから」
彼女は元気つけるようにウィンクをしてから、せっせと厨房へ戻っていく。あの歳にして、なんとできた考えだろうか。騙されなければ完璧だっただろう。
セリカが厨房へ入って数分後、彼女は一つの丼を乗せたトレイを持って現れた。
〈なんか……多くない?〉
「しっ!サービスよ!」
トレイの上に乗せられたラーメンは、どうみても並以上だ。麺も野菜も肉も山のように積まれている。
私が囁くと、彼女はシーッと人差し指を立てて誤魔化す。そしてそのまま、ラーメンは例の集団の元まで運ばれていった。
「お待たせしました!熱いので気をつけてください!」
威勢のいい声と共に、ラーメンはドスンと音を立てテーブルの上に置かれる。突然大盛ラーメンに、集団は困惑の色を隠せない。
「ひえっ、何これ!?ラーメン超大盛りじゃん!」
「ざっと十人前はあるね……」
「こ、これはオーダーミスなのでは?こんなの食べるお金、ありませんよ……」
「いやいや、これで合ってますって。580円の柴関ラーメン並!ですよね、大将?」
セリカが厨房に声をかけると、柴大将は快く応える。
「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」
「大将もああ言ってるんだから、遠慮しないで!それじゃあ、ごゆっくりどうぞー!」
戸惑う彼女たちを尻目に、セリカは足取り軽くその場を離れた。
「う、うわぁ……」
「よくわかんないけどラッキー!いっただきまーす!」
「……ふふふ、さすがにこれは想定外だったけど、厚意に応えて、ありがたく頂かないとね」
彼女たちは高機嫌に目の前の麺を啜ると、歓喜の声が響き出す。
「お、おいしい!」
「なかなかイケるじゃん?こんな辺鄙な場所なのに、このクオリティなんて」
ここのラーメンは、別のところでも通じる美味さを持っているようだ。すると、隣の対策委員会の面々が立ち上がり、歓喜の渦中へ混ざりに行った。
「でしょう、でしょう?美味しいでしょう?
「あれっ、隣の席の……」
「うんうん、ここのラーメンは本当に最高なんです。遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ」
ノノミはまるで自分事のように褒めちぎる。そして、赤髪の生徒が共感して口を挟んだ。
「ええ、わかるわ。色んな所で色んなものを食べてきたけど、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの」
そう口にしながら見せる笑顔は、入店当初の威厳が完全に瓦解している。
「えへへ……私たち、ここの常連なんです。他の学校の皆さんに食べていただけるなんて、なんか嬉しいです……」
「その制服、ゲヘナ?遠くから来たんだね」
シロコは目の前の集団の一人の服装に指差しながら、首を僅かに傾げた。
ゲヘナ学園。その言葉を聞いて具体的な光景が思い出されるわけではないが、ファウストが「政治的観点から見て面倒臭い学園」の一つとして挙げていたはず。
…………そうやって彼女たちを観察していると、不意に鋭い視線と目が合った。
「…………」
黒いパーカー、白と黒のポニーテール、二本の黒い角が特徴的な生徒だ。
彼女は一瞬、私の時計を訝しむような鋭い目で見つめていたが、目が合ったのを彼女自身も感じたのか、すぐに冷ややかな警戒を隠し、視線を逸らしたのだ。
〈……嫌な予感がする〉
「はぁ?」
私は箱を介さず、ヒースクリフの脳内に語りかけるように言葉を発すると、彼は爪楊枝を弄びながら怪訝な顔をした。
だが、すぐに否定することはせず、チラリと視線を隣の集団に向け、獰猛に口角を吊り上げた。
「ほぉ?あんたも中々観察眼ってやつが鋭くなったみたいだな?」
少し癪だが、彼の勘の良さは間違いなく本物だ。素直に褒め言葉として受け取っておこう。
「あいつら……匂いはオレらと同じだ」
〈私たちと同じ……?〉
「あー、血の匂いはしねぇけど。ただ纏まっている空気と実力は、そこら辺の不良とは段違いってやつさ」
ヒースクリフはそう補足して、爪楊枝を乱暴に丼へと投げ捨て立ち上がる。
〈待って、戦うつもりなの!?〉
「んなわけねぇだろ。こっちから仕掛ける理由はねぇし、あっちからも仕掛けることはないだろうよ」
彼の意図が読めない。結局、彼女たちは敵なのかそうじゃないか、はっきりさせてもらいたい。
釈然としない私に、ヒースクリフは声を潜め、予想外の言葉を告げた。
「……ほら、真ん中に立ってる赤いやつ。あのマヌケな笑顔見てみろよ、どう考えてもここで襲撃しようと企んでるツラしてねぇだろ?」
〈……たしかに〉
妙に納得してしまった。確かに、美味しいラーメンを前にして、あそこまで無防備に顔を緩ませている人間に殺意があるとは思えない。
〈だったら……どうして警戒するの?〉
「お仲間さんだ。どいつも冷静な目で分析してやがる」
ヒースクリフの指摘通り、私は再度彼女たちを見つめる。
素直に喜ぶ赤髪の生徒に対して、鋭い目つきのツートンの生徒や、ヘラヘラと笑う白い髪の生徒、おどおどしているが殺気が隠せていない紫髪の生徒…………。確かに、素人ではない雰囲気が漂っていた。
〈……刺激しない方が良さそうだね。無視でいいんじゃないかな?〉
だからといって、ここで幕が上るような火種があるわけでもない。私はそう判断して、ヒースクリフと同様に立ち上がった。丁度対策委員会も食べ終わったところだし、ごく自然にここから立ち去るとしよう。
……そう図ろうとしていたが、生徒たちの楽しげな会話が終わり、丼も底をついていたらしい。
「それじゃあ、気をつけて!」
「お仕事うまくいきますように!」
「あははっ!了解!あなたたちも学園の復興頑張ってね!私も応援してるから!」
お互いの健闘を祈り、突然この場に現れた一行は颯爽と別れを告げ、いつの間にか見えなくなってしまっていた。
「どうやら、新しい友達でもできたみてぇだな?」
「あっ、ヒースクリフさんにダンテさん」
「ん、あなたたちもあの子たちと話すべきだった。かなり気が合うと思う」
対策委員会の面々も楽しい思いをしたようで、やや興奮気味に語っている。
〈あはは、すまないね。私って人見知りなんだ……〉
「じゃあ、次は頑張って欲しいねぇ〜。もちろんヒースクリフ君にも」
これ以上ここに長居する必要もないだろう。バイトがあるセリカを残して、私たちは店外へと出た。
そして気兼ねのない会話を交わしていると、すっかり機嫌が良くなったアヤネが、ふと私とヒースクリフに問う。
「そういえば、以前からどこか不穏な顔をしていますね…………何かあったんですか?」
〈そこまで重大なことじゃないよ……ただ〉
私は、ヒースクリフの考察を代わりに口にした。
〈彼女たちは、すぐにでも会う気がする〉
ダンテがいるので、ヒースクリフはどんな人格にしようか……終止符フィクサーでいいか!
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