LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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覆面水着団SANJOU

 

「アル様、これでは融資は難しいですね」

「え、えーっ!?」

 

 

 静寂を貫く銀行の中で、情けない悲鳴が木霊した。

 窓口の機械人形は、芝居じみた困り顔で、無慈悲な通告を突きつける。

 

 現在便利屋は金銭面での最大の危機に陥っている。

 元々、便利屋の収入はそこまで良くなかった。依頼を完遂するところまでいっても、予想外のトラブルに巻き込まれ、大抵の場合は赤字、成功しても雀の涙程の報酬しか貰えないのがオチ。

 

 対して支出は、収入と均衡が取れないほどかなり無茶をしている。

 社長であるアルの「無駄に外面にこだわる性格」から、貯蓄は次々と消費されてゆき……そして今、最終手段としてブラックマーケットの闇銀行に頼ることになったのが、ことの顛末だ。

 

 アルが白目を剥いて数秒後、窓口の職員はまたもや無慈悲に提案する。

 

 

「まずは、より堅実な職に就いてみては如何でしょうか?日雇いや期間工など、手っ取り早く始められるものもありますが……」

「は?はああ!?」

 

 

 目の前の男が提案する職は、どれもアルが掲げる信念である「アウトローらしさ」からかけ離れていた。

 

 崖っぷちに立たされた経済状況。そして。半日ほどの待機時間の果てにあったのは、無慈悲で逆鱗に触れるような言動の嵐。彼女の心中に溜まり続ける鬱憤は、不穏な企みを誘発させる。

 

 

(ムカつく……もう大暴れして、銀行のお金を持ち出しちゃおうかしら?)

 

 

 その場でトリガーを引きかねないぐらい、アルの空気は緊迫していた。しかし、

 

 

(……いや、それはダメね。ここからお金を持ち出せたとしても、ブラックマーケットから抜け出すのは至難の業。あちこちにマーケットガードがいるし……いやでも、戦力は大したことないかもしれない。四人だけでも……はぁ、やっぱ無理。ブラックマーケットを敵に回すなんて、そんな勇気はないわ……)

 

 

 しかし彼女には、大それたことを実行するための度胸がなかった。

 ここで銀行を襲うということは、この広大な市場全体と敵対することになる。いくら一人一人の戦力が並以下だとしても、数の暴力で負ける。アルは惨めにもそう結論づけるしかなかった。

 

 

(くそっ、何よこれ、情けない……キヴォトス一のアウトローになるって心に決めたのに、私は……私が望んでいるのはこれじゃない。何事にも恐れず、何事にも縛られない、ハードボイルドなアウトロー……そう……なりたかったのに……)

 

 

 アルは苦悩していた。

 彼女自身が思い描いた理想と現実が、これほど乖離していることに。

 

 

「……融資の承認はおりませんでした。お力に成れず申し訳ありません」

「え?ええっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 

 何はともあれ、今置かれている状況は芳しくない以上に、絶望的だ。

 無慈悲に話を打ち切ろうとする男の声に、アルの意識が浮上する。そしてプライドをかなぐり捨てて縋り付こうとした、その瞬間。

 

 

 

 パチン、と乾いた音が部屋中に響き渡ったと同時に、視界から光が奪われた。この場にいた全員が、突然の停電に呆気に取られる。

 

 

「な、何事ですか!?停電!?」

「い、一体誰が!?パソコンの電源も落ちているじゃないか!?」

 

 

 緊急事態に対応すべく、ここの行員が忙しなく動く音が闇の中から聞こえてきたが────。

 

 

「うわあぁっ!?」

「何が、ぐあっ!?」

 

 

 唐突な悲鳴と、それを塗り潰す銃声。

 暗闇の中、マズルフラッシュの閃光だけがチカチカと瞬き、蹂躙の光景をコマ送りのように映し出す。

 混乱するマーケットガードたちは、何が起きたのかを理解する間もなく、次々と無防備な頭部を撃ち抜かれていく。

 

 襲撃者の正体は、入り口を陣取っている五人組だ。

 飛び散る火花の奥で正確には確認できなかったが、頭上でヘイローが光っている。恐らく生徒なのだろう。

 

 

「社長!隠れて!」

 

 

 呆然とするアルの腕を、カヨコが強引に引く。

 そのまま彼女は、近くの座席の裏へと引きずり込まれた。

 

 

「あ、アル様!だ、大丈夫ですか?!」

「え、ええ……」

 

 

 ハルカの悲痛な問いかけに、アルは生返事で返す。

 たが、彼女の視線はハルカを捉えていなかった。彼女の目は、座席の隙間から見える戦場の中心に釘付けになっているのだ。

 

 入り口の五人組とは別に、敵陣の只中で静かに暴れ回るもう一人の影がいる。

 

 マーケットガードの中には、果敢にも反撃する者や、死角から不意打ちを狙う者もいた。だが、それら全ての抵抗は、虚空を走る「赤い軌跡」によって無慈悲にも薙ぎ払われていく。

 

 鋭い切断音ではない。硬い金属を無理やり断ち切るような、重く鈍い音が響いた。

 一瞬の閃光が、その姿を照らし出す。

 

 浮かび上がったのは、オートマタの装甲に赤い刀を食い込ませる男の姿だった。

 暗闇に溶け込むような黒い戦闘服。不気味な紫の覆面。そして、露出した太い腕に刻まれた無数の古傷。

 

 刃は途中で止まっている。綺麗には斬れていない。

 

 ──だからなんだ、と言わんとするように、刀が握られた腕に力が込められ、横へ振られる。

 オートマタは豪快にも吹き飛び、他のマーケットガードを巻き込んで冷たい床に倒れ込んだ。

 

 

 ──カヒュッ。

 

 

 聞き逃してしまうほど、鋭く小さい風の音。

 それは男の呼吸だったようで、音が消えるとその場から姿を消し、また別の場所で赤い軌跡が閃く。

 

 

「おおっ?なんだか面白そうな人がいるね?」

「いや、あの体格、どこかで……」

 

 

 ひたすらに目で追うアルの横で、カヨコとムツキが何か話していたようだが、今のアルには関係ないことだった。

 

 蹂躙が始まってから数十秒後、それほど長くない時間が経って、遂に攻撃の手が弱まる。

 そして、不意に電気が灯り光が満ちたロビーの中心には──覆面を着けた六名が堂々と立っていた。

 

 

「全員その場に伏せて!持っている武器は床に捨てて!」

「言うこと聞かないと、痛い目に遭いますよ☆」

「あ、あはは……皆さん怪我はしたくないですよね?だ、だから伏せて下さいね……」

 

 

 その出立ち、言動で分かる。彼女たちは「銀行強盗」だ。

 

 

「ぎ、銀行強盗……!?」

「し、侵入者っ!非常事態発生!非常事態発生!」

「うへー、無駄無駄。外部へ通報する警備システムは遮断済みだよ」

 

 

 ピンクの覆面を被った強盗──ホシノが無邪気に近寄る。

 そうやって笑う様子は、ここの集団を敵とすら見ていないような余裕に満ちていた。

 

 

「なっ……!?」

「ほら、そこ!!伏せてってば!下手に動くとやられるわよ!?」

「皆さん、お願いですからジッとして下さい……」

 

 

 フロアの中心で闊歩する覆面の生徒らは、抜かりなくフロア全体を旋回。その中で、緑の覆面を被るノノミは足掻こうとするマーケットガードたちに、朗らかな態度で容赦なく愛銃を向ける。

 動けば鉄屑になるぞ、という無言の威圧に、客や行員は身を震わせ沈黙した。

 

 

「うへ〜ここまでは計画通り!次の段階に進もうー!リーダーの『ファウスト』さん!指示を願う!」

「ぶっ……!?」

「えっ!?えっ!?ファウストって、わ、私ですか!?リーダーですか!?私が!?」

 

 

 突然の指名に、紙袋を被るファウスト、及びヒフミが素っ頓狂な声を上げる。

 ……と、その横で、突然聞き覚えのある名前が聞こえ、つい吹き出してしまう紫覆面のヒースクリフがいた。

 

 

「はい、ファウストがボスです!因みに私は覆面水着団のクリスティーナだお♧」

「な、何それ?いつから覆面水着団になったの!?色々壊滅的じゃない!?」

「……」

 

 

 覆面水着団も、クリスティーナやファウストも、全てこの場で出てきたアドリブに過ぎない。

 赤い覆面のセリカは野暮ったいネーミングを一蹴し、発案者のノノミは口をあんぐりとさせ黙り込んでしまう。

 

 

「うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよー?言うこと聞かないと怒られるぞー?」

「あう……犯罪組織のリーダーになっちゃいました……これじゃあ、ティーパーティーの名に泥を塗る羽目に……」

「おーい、お前ら!こんなところで茶番劇やってんじゃねぇ!とっとと必要なモン貰ってずらかるぞ!」

 

 

 リーダーを中心にうつつを抜かし始めるメンバーに、ヒースクリフがマーケットガードを蹴り飛ばしながら、戒める。

 その光景を物陰から見ていた便利屋たちは、襲撃者の正体に気づき始めていた。

 

 

「あ、アビドスと、ヒースクリフ先生?」

「だよね、中に知らない顔もいるけど……どうして銀行強盗なんかを」

「ど、どうしましょうかっ!?飛び火を想定して、いつでも爆破を……!」

「いや、必要はないよ。巻き込むつもりなら、最初から撃ってるはずだから」

「もー、アルちゃんは何してるさ?」

 

 

 ムツキは観念するように、視線を横へ向ける。

 その先にいるアルは、まるで宝石箱でも見るかのような輝かしい瞳で、覆面団を見つめていた。

 

 

(す、すごい……!躊躇いもなく銀行を襲撃して、手際よくブラックマーケット相手に翻弄するなんて……!あれこそが、常識に縛られない『真のアウトロー』の姿……!!)

 

 

「……くふふっ」

 

 

 一方、窓口では。

 

 

「カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、全て頭に入ってる」

「無駄な抵抗はよしな。お宅の払う金が増えるばかりだぞ」

 

 

 青い覆面を被ったシロコと、黒衣のヒースクリフが、慌てふためく銀行員を追い詰める。そして意にも介さず、シロコが大きなバックを差し出し、冷徹に要求を伝えた。

 

 

「さあ、私が要求するものを入れて。少し前に到着した現金輸送車の……」

「わっ、わかりました!何でも差し上げます!現金でも、債券でも、金塊でも、いくらでも持ってって下さい!」

「そ、そうじゃなくて……集金記録を……」

 

 

 しかし恐怖でパニックになった行員は、シロコの言葉を遮り、手元の現金を札束ごとバッグへ放り込み始めた。

 あれよあれよという間に、バッグはパンパンになるまで膨れ上がってしまう。

 

 

「どっ、どうぞ!これでもかと詰めました!どうか命だけは!!」

 

 

 ファスナーの隙からは、膨大な数の札束が覗いている。

 狼耳の少女は、バッグの重みと輝きを、茫然自失とその光を見下ろしていた。

 

 

「シロ、いやブルー先輩!例のブツは手に入れた?」

「えーっと……」

 

 

 背後からセリカが叫ぶ。

 シロコは状況が状況なら銀行強盗も厭わないが、流石にこの展開は予想外だ。

 

 思わず困った表情を浮かばせる。一刻も早く返したほうがいいが、しかしタイムロスが生じてしまう。

 

 

「えぇい!んなもん後で考えたって遅くはねぇだろ!どうせ、目的のモンはあるんだろ!」

 

 

 その怒声に、彼女はもう一度ファスナーの隙間を覗く。

 確かに、例の書類はあった。

 

 

「……そうだね」

 

 

 ヒースクリフの助言に、シロコは小さく頷き、重たいバッグを軽々と担ぎ上げる。

 そして、入口で待つ仲間たちに向かって、手を挙げた。

 

 

「それじゃ逃げるよー!全員撤収!」

「アディオース☆」

「け、怪我人はいませんね……すみませんでした、さよならっ!!」

 

 

 ノノミが明るく手を振り、ヒフミが深々とお辞儀をして、次々と出入り口へ撤収していく。

 この場に残されたのは、放心状態の行員たちと依然として目を輝かせていたアルとその仲間たちだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックマーケット、郊外。事件があった銀行から随分と離れた場所だ。ここは中心部と比べ、騒音も警備も少ない。逃走に最適なルートだ。

 

 現在私は、ヒースクリフに小脇に抱えられ、手荷物のように運ばれている。

 一見すると私がサボっているように思えるが、これは高度な作戦におけるアドリブなのだ。

 

 事の発端は、逃走を開始して数分のこと。

 早速私の息が上がっていた。

 

 

〈はぁ……はぁっ!やば、無理かも……!〉

「だ、ダンテ!?何くたばろうとしてるのよ!?」

 

 

 当たり前のことだが私の貧相な体力では、鍛え上げられたヒースクリフや、超人的な身体能力を持つ生徒たちには到底追いつけない。

 

 背後からは追っ手の気配。休息を取りたいが、こんな状況では叶わない願いだ。

 ふらつく視界。鉛のように重い足。そして遂に足がもつれ、もう無理だと悟った、その時。

 

 

「チッ、馬鹿野郎!お前が倒れたらどうする!」

 

 

 怒号と共に、私の身体は宙に浮く。

 気づけば、私はヒースクリフに乱暴に抱え上げられていた。

 

 

〈ヒースクリフ!?〉

「……お前は今から人質だ。黙って運ばれてろ」

〈え……?〉

 

 

 その言葉に私は口をつぐむ。

 

 ……いや、そうか。

 覆面をした強盗が、一般人を脅して連れ回している構図を作れば、私の身元を守りつつ移動ができるわけだ。

 

──そうして数分後、現在に至る。

 

 

「……ん、大丈夫?」

「アンタに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ」

 

 

 シロコに声をかけられ、ヒースクリフは私を地面に下ろしながらぶっきらぼうに答える。

 

 

「はひー、息苦しい。もう脱いでいいよね?」

「のんびりしてらんないよー、急げ急げ。追っ手がすぐ来るだろうからさー」

 

 

 一息ついたセリカが覆面を脱ぎ、ひたいの汗を拭う。

 生徒たちの緊張感は解けているが、ヒフミはまだ警戒し続けている。

 

 

「できるだけ早く離れないと……そろそろ道路が封鎖されるはずです……」

「ご心配なく。万全の準備を整えておきましたから。ですが……」

 

 

 ノノミはちらりと後ろを気遣わしげに覗いた。

 彼女の視線の先には、肩で息をするヒースクリフの姿がある。

 その体──戦闘服と露出した腕には、無数の新しい傷が刻まれ、鮮血が滲んでいた。

 

 いくら万全に整えても、生身の体では無傷とはいかない。

 逃走劇の大半は狭い路地裏の乱戦だった。別に彼が率先して殿を務めていたわけではないが、無差別射撃のせいで、被弾してしまっている。

 

 生徒たちが心配するのも無理はない。だが、ここで時計を巻き戻すのは、得策ではない。

 それにこれぐらいの負傷は、囚人には差し支えないし、シ協会において、負傷は必ずデメリットではないのだ。

 

 

〈いや、大丈夫。ヒースクリフはこれぐらいでは止まらないよ〉

 

 

 私がそう伝えると、シロコが納得したように頷く。

 

 

「……ん。長く一緒にいるダンテがそういうなら、そうなんでしょ」

〈ああ〉

「なら、作戦続行。このまま逃げるよ」

「あの、シロコ先輩……覆面脱がないの?邪魔じゃない?」

「えぇ……」

 

 

 シロコだけが覆面を被ったまま、一行は再び走りだす。

 

 

『……ですが、やっぱりすぐに直せるからって応急処置はしたほうがいいと思います!』

〈い、いる?その場繋ぎの応急処置だからこの後すぐに治るんだったら、元も子もないんじゃ……〉

 

 

 アヤネは納得していないようで、ヒースクリフの頭上に応急箱を持ったドローンを対空させる。

 このためだけに大事な資源を消費するのは、非合理的だと私は思うが……。

 

 

「おい、よせ。オレはほっといても治る」

 

 

 ヒースクリフがドローンを手で払いのける。

 

 

「それに、テメェらは金がねぇんだろ?貧乏人から大事なモン貰うのは気が引けるぜ」

『……分かりました』

 

 

 今となっては貧富の身分ではない彼だが、それでも弱者から物を取り上げるような非道理さは持っていない。これは彼なりの優しさなのだ。

 

 彼の言葉にアヤネが息を呑む気配がした。

 彼女は不服そうにだが、ヒースクリフの要求を認め、ドローンを撤退させる。

 

 一方で緊張感が解れたせいか、目の前を走る彼女たちの間には呑気な会話が成されていた。

 

 

「天職を感じちゃったっていうか、もう魂の一部みたいなものになっちゃって、脱ぎたくないんじゃなーい?」

「シロコ先輩はアビドスに来て正解だわ……他の学校だったら、もの凄い事やらかしてたかも……」

「そ、そうかな……」

 

 

 流石に矢も盾もたまらず、シロコは覆面を脱いでしまう。

 そんな時に、インカム越しに布が擦れる音が聞こえた気がするが……やっぱりアヤネもアビドスの一員だと改めて確認させられた。

 

 そして────。

 

 

『封鎖地点を突破。この先は安全です』

 

 

 先ほどの場所からさらに離れ、私たちはついにブラックマーケットから逃げることができた。

 道路の上に架けられた橋の上で、私は追っ手がいないことを確認し、戦闘終了の儀式を行う。

 

 フィクサーの姿は割れて霧散し、いつものLCBの制服姿へと戻る。

 私の体に苦痛が走るのと代償に、滲む血液も逆再生するように辿った流れを遡り、傷口が塞がれていく。

 

 

「えっ!?ひ、ヒースクリフさんの傷が、消えていっている……!?な、なんなんですか……!!シャーレって、こんな恐ろしいところなんですか!?」

 

 

 その光景を目の当たりにしたヒフミが、禁忌でも見たように青ざめていた。

 否定できない。シャーレの大半は囚人だから、彼女の倫理の外の行為は平然と行われると手に取るように分かってしまう。

 

 

〈何度も言うけど、これは必要経費だから。死なせないけど、負傷するなは難しい〉

「うへぇ、分かってるって」

 

 

 すんなり返すホシノ。

 しかし、その目は未練があるような、何かを探るような真剣な眼差しだった。

 

 以前からそうだったが、私が蘇生の話をするたびに見せるその瞳。もしかして、彼女には心当たりがあるのだろうか?

 まあ、なんにせよ、ホシノがこれ以上深入りしてきてないのだから、こっちからその話に持ち込むのは失礼だろう。

 

 

「ま、まあ……何はともあれ、作戦大成功ね!」

『本当にブラックマーケットの銀行を襲っちゃうなんて……はぁ……』

 

 

 私たちシャーレ二人も、乗り気には見えるが、実はかなりヒヤヒヤしていた。

 都市の倫理観はここと比べて終わってはいたが、銀行を襲うなどという企業の信用を損なう真似は、弊社ではタブー。ここの学園間の関係でも例外ではないはずだ。

 

 

「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」

「う、うん……バッグの中に」

 

 

 ホシノの問いに、シロコは答え、担いでいたバッグをドサっと下ろした。

 ……ドサッ?おかしいな、あのバッグには紙の書類しか入っていないはずだ。なのに、どうして重々しい音が鳴るのだろう?

 

 私含めたこの場にいる皆の疑問は、シロコがファスナーを開いた瞬間に、予想だにしない形で解決することになった。

 

 

「……へ?なんじゃこりゃ!?カバンの中に……札束が……!?」

 

 

 最初に見えたのは書類。

 だが、その存在が霞むほど、その下には大量の札束が詰め込まれていたのだ。

 

 

「うええええっ!?シロコ先輩、現金盗んじゃったの!?」

「ち、違う……目当ての書類はちゃんとある。このお金は、銀行の人が勘違いして入れただけで……」

「勘違いで済む量じゃないわよ!?……って、待って」

 

 

 セリカが叫び、ハッとしたように視線を動かす。

 今回の作戦でシロコが自分から進んで盗るとは思えない。だとしたら、もっと強引な手口で……例えば、隣にいた「強面な男」が脅し取ったのではないか?

 

 

 セリカのジト目が、ヒースクリフを射抜く。

 

 

「……ねぇ。もしかして、そこのヒースクリフが脅して奪ったんじゃないの?」

「してねぇよ!これはな、後で捨てようかって考えてたら、ここまで来ちまったんだよ」

 

 

 彼は心外だと言わんばかりに、呆れながらも息巻いて釈明した。

 しかし今度は、セリカの視線がヒースクリフから離れ、バックの中の輝きに吸い寄せられていく。

 

 

「そう、なのね……?だとしたら、勿体無いわよ?ほら、5億もあるしさ、これ借金返済にでも使おうよ!」

 

 

セリカの純粋な言葉が、場の空気を凍らせる。

 一線を越えたとはいえ、それはあくまで「証拠確保」のためだったはずだ。だが彼女は今、盗んだ金を良かれと思って借金返済に再利用しようとしていた。

 

 それを看過できなかったアヤネが、慌てて異議を唱える。

 

 

『だ、ダメです!いくら自分のお金だったといえ、それを掠め取って自分のものにしたら……それはもう、完全な犯罪になっちゃうよ!?』

 

 

 砕けた口調だった。

 それほど平常心を保てていなかったのか、より深い悪に染まろうとする友達を見て、居ても立っても居られなかったのか。どちらにせよ、その言葉は心を弾ませる黒猫の少女を止める為のものだろう。

 

 だが、セリカは止まらない。

 

 

「犯罪だから何!?これをそのままにしておいたら、犯罪者の武器や平気に変えられてたかもしれない!悪人のお金を盗んで、何が──」

「──だったら、お前がやってることも悪人と一緒じゃねぇか?」

「え?」

 

 

 冷や水を浴びせるような低い声。

 ヒースクリフが、冷ややかな目でセリカを見下ろしていた。

 

 

「『あいつらが悪いから』とか、それっぽい言い訳並べて正義ぶってるが……盗みは盗みだ。泥棒が泥棒を笑えるかよ」

「そ、それは……」

 

 

 彼の正論に、セリカがたじろいでいた所に、ホシノが静かに言葉を継ぐ。

 

 

「それに、私たちに必要なのは書類だけで、お金じゃない。そんな風に自分を正当化し続けたら……もう止まれなくなるよ?そんな汚い手で学校を守ったって、何の意味があるのさ」

「うぅ……」

 

 

 完全に論破され、セリカは狼狽えた果てに押し黙ってしまった。

 そして暫しの沈黙の後、彼女の口がゆっくりと開き、

 

 

「だったら……どうするのよ……?返しにいくわけにもいかないし……」

 

 

 半ば不貞腐れたような声色で、その疑問を問いかける。

 すると、ヒースクリフが躊躇いもなく答えた。

 

 

「簡単だ」

 

 

 彼は短く告げ、足元のバッグを乱暴に掴むと──そのまま大きく振りかぶり、橋の手すりの向こう側へと投げた。

 

 

「っ!?!?」

 

 

 ヒュン、という風切り音と共に、5億円が綺麗な放物線を描いて眼下の歩道へと吸い込まれていく。

 

 ドサッ。

 街の騒音に掻き消されそうな音だったが、その中身の価値を知る私たちには、心臓が止まるような轟音に聞こえた。

 

 

「知らんぷりすることだ」

「ああああぁぁぁぁーっ!?5億円がぁぁ!!?」

 

 

 セリカの断末魔のような絶叫が、黒い大地へ、蒼穹へ、響き渡る。

 それでも、投げた本人は悪びれる様子もなく、パンパンと手を払う。

 

 その顔は何かやり遂げたような、妙に清々しい笑顔だった。ただバッグを投げただけなのに。

 

 

「『ヤバいモンの扱いに困ったら、近くの人にでもぶん投げろ』……昔のアニキの言葉さ」

「なるほど!ヒースクリフさんは、下を通る優しい誰かさんに『寄付』したわけですね☆」

 

 

 ヒースクリフは何だかんだで仲間想いだし、現状を変えたいという意志を持っている。

 それと同時に、その感情を原動力に金を有効活用したところでロクなことにならないという、都市のジンクスも知っているのだ。

 

 だからこそ、「知らんぷり」。彼なりの処世術だ。

 

 ノノミはその言葉を利他的なものだと解釈したが、彼は訂正する素振りを見せなかった。

 

 

「でも、それって意味あるの?また悪人に拾われちゃ……」

「これ以上水を差す必要はねぇだろ?」

「あはは……でも何だかんだでこれが正解な気がします。触らぬ神に祟りなし、です」

 

 

 囚人7番の豪快な機転おかげで、この話も折り合いがついた。

 恐らくアビドスの現状を変えたかもしれない。だが、結果的には微塵の変化すらなく終わってしまう。

 

 しかし対策委員会の大半はそれを惜しんではいないようだった。

 彼女たちの晴れやかな顔が、「汚い金で解決するよりマシだ」と語っている。

 

 

『……待ってください!何者かがそちらに接近しています!』

 

 

 ……と、丸く収まりそうだった空気を藪から棒にアヤネの警告が切り裂いた。

 

 

〈……隠れようか、ヒースクリフ〉

 

 

 接近反応と同時に、私の本能が隠れろと警鐘を鳴らす。

 私やヒースクリフの姿を見せるのは、不都合だと。

 

 運が良いことに、目視ではその追っ手は確認できなかった。

 私はヒースクリフに進言すると、彼も大方事情を察していたのか、文句も言わずに階段の方へ足を向ける。

 

 私たちは生徒たちから離れ、こっそりと階段を駆け下り橋の下の暗がりへと潜り込んだ。

 

 

『ど、どうやら……便利屋68のアル、さんみたいです!』

〈アル?〉

 

 

 まさかここでその名前を聞くとは思わなかった。

 そういえば、『便利屋の調査』もこの遠征の目的にあったような気がするが……だとしても、私たちからは接触はおろかそもそも彼女たちの姿を見ていないはずだ。どうやって嗅ぎつけた?

 

 

「ひょっとして、昨日の復讐じゃねぇか?」

 

 

 ヒースクリフがうんと顔を顰め、警戒心を露わにして見上げる。

 その頭上、橋の上からカツカツと焦ったようなヒールの音が響き、そしてぴたりと止まった。

 

 

〈対策委員会は大丈夫?〉

『はい……覆面を被ってなんとか身柄を隠しました』

 

 

 アヤネの言葉に私は胸を撫で下ろした。

 とりあえず、最悪の事態は回避できたようだ。

 

 私は息を潜め、頭上で行われる会話に耳を澄ませる。

 

 

「はぁ……はぁ……待って!あ、落ち着いて。私は敵じゃないから……」

 

 

 聞こえてきたのは昨日のような高圧的な雰囲気を装ったような声ではなく、全速力で走ってきたであろう、息の切れた声だった。

 

 

「あ、あの……た、大したことじゃないんだけど……銀行の襲撃、見させてもらったわ……!」

 

 

 アルの声が、興奮で微かに震えている。

 

 

「鉄壁を誇るブラックマーケットの銀行をものの5分で陥落させ、風のように撤収する……。あなたたち、稀に見る本物のアウトローだったわ!正直、雷に打たれるような衝撃だったの……このご時世にあんな大胆なことができるなんて……そう、痺れたの!!」

 

 

 復讐しにきたわけではないらしい。少なくとも、彼女の全身からは敵意ではなく、抑えきれないリスペクトが溢れ出していた。

 

 

「わ、私も頑張るわ!法律や規律に縛られない、本当の意味で自由な魂!そんなアウトローになりたいから!」

「……スッゲー勘違いされてないか?」

〈うん。でも好都合だ〉

 

 

 橋の下で聞き耳を立てていた私たちは、顔を見合わせる。

 色々と物申したいところだが、純粋にこちらを格上として見れてくれているなら、無用な戦闘は避けられる。

 

 

「えぇっと……あれ?あの時一緒にいた紫覆面の忍者は?」

「……忍者?」

 

 

 どうやらヒースクリフを探しているらしい。

 すると、ホシノが「あ〜」と気の抜けた声を出し、即興で口から出まかせを並べる。

 

 

「あの方はそのまま『ニンジャ』さんだよ〜。私たちとは古い付き合いだけど、仕事が終わると風のように去っていっちゃうんだ〜」

「……っ!仲間にも素性を明かさず、仕事だけを遂行して去る……!?なんてハードボイルドなの!」

 

 

 アルが感極まった声で叫ぶ。チョロい、チョロすぎる。

 

 

「そ、そういうことだから……な、名前教えて!!」

「な、名前……?」

「その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ?正式な名称じゃなくてもいいから……その雄姿を心に深く刻んでおきたいの!」

 

 

 まるで憧れのフィクサーにサインをねだるドンキホーテの如く、彼女は懇願する。

 無論、そんなものは考えていないが…………。

 

 

「……ふふっ!おっしゃることはよーく分かりました!」

 

 

 沈黙を破ったのはノノミだった。

 彼女はここぞとばかりに悪の女幹部のような芝居がかった口調で、悠々と名乗りを上げる。

 

 

「私たちは人呼んで……『覆面水着団』!」

「ふ、覆面水着団!?や、ヤバい……!超クール!!カッコ良すぎるわ!!」

 

 

 その響きに、アルは再度感極まって叫んだ。どうやらアルの感性は、ノノミのソレと近いらしい。

 馬鹿げた話だが、ここで帳尻を合わせた方が断然いいと思案したホシノが、その狂言に乗っかる。

 

 

「うへ〜、本来はスクール水着に覆面が正装なんだけどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだぁ」

「そうなんです!普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです!そして私はクリスティーナだお♧」

「だ、だお……!?キャ、キャラも立ってる……!?」

 

 

 ヤケクソな設定に設定を重ね、対策委員会はとんでもない集団になってしまった。

 本当に何を考えているかわからない……そこそこの期間一緒にいたはずなのに彼女たちの脳内は霧のように謎に包まれているような感覚だ。

 

 

「うへ、目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。これらが私らのモットーだよ!!」

「な、なんですってー!!?」

 

 

 暫しの間茶番を繰り返していたが、いつの間にか終わりの時間が迫ってきている。

 きりの良いところで、ノノミが声を上げた。

 

 

「それじゃあこの辺で。アディオ〜ス☆」

「行こう!夕日に向かって!」

「夕日、まだですけど……」

 

 

 言いたいことだけ言って、彼女たちは嵐のように去っていき、残されたのは橋の上で立ち尽くしているであろうアルと、橋の下で呆れ果てた私たちだけ。

 

 

「……」

〈……〉

 

 

 重苦しい、いや虚無のような沈黙が流れる。先程までの茶番劇をどうすればいいのか。後で突っ込めばいいのか、それとも忘れるべきか。

 

 

〈……戻ろうか〉

 

 

 結果、深く考えること自体馬鹿馬鹿しいと結論づけ、私たちはそっとその場を離れ、彼女たちと合流しアビドス高校への帰路についた。

 

 余談だが、ヒースクリフが豪快に投げ捨てた5億円入りのバッグ。

 その行方は、今の私たちが知る由もない。

 

 ただ、誰かの言う通り「運のいい通りすがり」が拾って、有効活用してくれることを願うばかりだ。

 




マルクトさんのおかげで、いつでも囚人を呼び出せるようになりましたが、
私は『距離が離れてれば使えない』という説を立てます。
実際どうか分からないけどね!もし無制限に使えるなら、なんでも解決しちゃうよ……。

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