LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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感想、評価、ありがとうございます。

デカグラマトン完結にリアン人格イサン。そしてリンバスカンパニー三周年。
……いやぁ、二月は忙しいなぁ。


次への布石

  ブラックマーケットでの銀行強盗に幕が下ろされ、今日が終わろうとしていた。

 

 だが、やっぱり今日のうちにできることは済ませておきたい。

 と、誰かが言ったので、私たちはヒフミを連れアビドス高校へと戻り、ついさっき回収した集金記録の書類をみんなで確認することにした。

 

 その結果は予想以上に酷いもので、カイザローンがアビドスの利息を約七百万回収した後、即座に例の襲撃犯「カタカタヘルメット団」へ活動資金として五百万を横流ししていたのだ。

 

 この事実に、生徒たちの間からは混乱と憤怒が溢れ出した。

 私と冷静さを保っていた人達でなんとか場を鎮めたが……これは由々しき事態だ。

 

 まさか今までの一連の事件の黒幕が、借金の貸し手であるカイザーローン、ひいてはカイザーコーポレーションだったとは。

 

 しかし、謎だ。

 金を貸した相手が破産してしまったら、貸し付けたお金も回収できないというのに……どうしてそれを誘発させるような真似を?学校を潰してしまえば、元金も利息もパーになるはずだ。

 

 無論、現時点では推測の域を出ないが、カイザーには単なる金貸以上の、何か秘密の目的でもあるのだろう。

 今は、そう結論づけることしかできないといったところか。

 

 今日はこれ以上進展がない。

 話し合いをつけた後ヒフミを見送り、彼女に続いて私たちシャーレ組も帰路に着くことになった。

 

 ──そして、シャーレ執務室。

 

 

「はぁ、おめでとうございます。これで二回目ですね。大泥棒さん?」

「……」

〈……〉

 

 

 白を基調とするシャーレの室内、そして窓の外の星空とは対照的な夕陽色の髪の囚人が、憐れむように私たちを皮肉った。

 

 現在私とヒースクリフはイシュメールに説教を受けている。

 理由は勿論、昼間の銀行強盗の件なのだが…………。

 

 ……いや、なんでバレたんだ?キヴォトスの一般的な報道機関はそもそもブラックマーケットに入りたがらないため、ニュースにすらならないはず。

 それなのに、なぜかイシュメール、そしてロージャやファウストにもその話が知れ渡っている。

 

 

〈いや、そもそも……どうして私たちが銀行強盗に加担したって──〉

「簡潔に言えば、情報収集の副効果、といいましょうか」

〈情報収集……?〉

 

 

 私が疑問を口にすると、奥で端末を操作していたファウストが冷ややかな視線を向けずに口を添えた。

 その言葉に私は少しの間思案し、彼女の行動理由に納得がいく。

 

 ──ゲゼルシャフトか。

 

 ファウストが「天才」である理由。

 それは彼女の脳内にゲゼルシャフトを通じて様々な世界線に存在する数多のファウストから情報を貰っているのがタネだ。

 

 だがゲゼルシャフト、恐らくそれを搭載したメフィストフェレスとの間になんらかの障害が起きてしまうと、その能力を存分に扱えなくなる。ワープ列車での一件がその一つだ。

 つまり今回のファウストの不自然な行動の理由は、ゲゼルシャフトが使えないからだと考えた。

 

 ……え?

 さりげなく言ったが、ファウストは今ゲゼルシャフトを使えない状態に陥っているってこと?

 

 

〈まずいな……〉

「なんだよ時計ヅラ。今更後悔してんのか?」

〈いや……こっちの話だ〉

 

 

 思考に耽っていたら思わず口にしてしまったが、ヒースクリフにキョトンと見つめられながらもなんとか言い逃げた。

 

 しかし大丈夫だろうか。今の所、世間知らずでもなんとか生きながらえているが……ただ運が良いだけなのかもしれない以上、気を抜けないな。

 しかし、その言葉を告げたファウストは「告示厳禁です」と言いたげに人差し指を立てた。それも緊張感もない顔で。

 

 彼女がそんな顔を見せるのなら大丈夫なのだろうと、私は一時的に安堵する。

 

 

「だけど驚いたよね〜?まさか『ファウ』の名前がしれっと使われるなんてね」

〈えっ〉

 

 

 今度は別の問題と直面した。

 そういえば、あの場のノリでヒフミを「ファウスト」に仕立て上げたんだ。まさかそれが藪蛇になって私達の首を絞めることになるとは。

 

 

〈ま、待ってくれ。これには深いワケが……〉

「深いワケもクソもありますか?普段のダンテなら、そんな馬鹿みたいなことしでかすことなんてしなかったじゃないですか?その場のノリに流されるような人だったんですね、あなたは!」

「い、言い過ぎじゃねぇか?」

「どうどう、イシュ〜?」

 

 

 イシュメールの渾身の罵倒の連続に周りが引き、私は体を縮こませてしまう。

 ところが、被害者であるファウストが彼女の罵詈雑言の嵐を言葉で止めた。

 

 

「別に私はその事案に関しては気にしていません」

「ファウストさん!?ですが、あなたの名前が……!」

「杞憂ですよ。所詮、風の噂……閉ざされた空間にに穴が空いてなければ、外へ吹き抜けることはありませんから」

 

 

 彼女の表情は一貫して涼しく、今回の件にも気に留めていない様子。

 当の被害者にそう淡々と言い含められてしまえば、イシュメールは複雑そうな顔をしてため息を吐くしかない。

 

 

「はぁ……貴女がそこまで言うのでしたら……すいません。私の失態を許してください」

〈いいよ……〉

 

 

 それはそうと、銀行強盗はほとんど私達側の非だ。それでも見逃してくれるファウストの懐の広さに感謝するしかない。

 そんな後ろめたさを感じながら、私は目の前の囚人を許した。

 

 だけどそれはそれ、これはこれ。

 やはり私の行動はあまりよろしくなかったようで、ファウストの静かで鋭い視線が私を貫く。

 

 

「しかし、ダンテの行動──その一挙手一投足が、キヴォトスの情勢を揺るがす可能性があることは自覚してください。無闇に波風立てることは推奨はしません」

〈分かってるよ〉

 

 

 私は軽く手を挙げ、ファウストからの釘を受けて止める。

 

 私の行動がキヴォトスを揺るがす、か……果たして突然現れた私達にそんな力があるのだろうか。

 どうしてそうなのか、明確な理由は思い浮かばないが、私達が所属する「シャーレ」が権力を持っているかつ、様々な学園と中立な立場にあるからなのか。

 

 

〈あっ、そうだ〉

 

 

 ふとあることを閃いた。

 

 

〈ファウスト、カイザーコーポレーションについて調べてくれる?〉

「急ですね」

〈アビドスの件で名前が挙がった。ただの金貸しじゃなくて裏でヘルメット団に資金を横流ししているみたいで……本体の目的をある程度知りたい〉

「違いないぜ。そのカイザーなんちゃらってヤツが何やってるかは知らねぇけど、ロクでもないのは確かだ」

 

 

 私の言葉にヒースクリフも腕を組んで同意する。

 突発的な依頼だったがファウストは顔色一つ変えず小さく頷く。

 

 

「分かりました。仕事の片手間に情報を収集しておきます」

 

 

 依頼は難なく了承された。

 どういう風に調査するのかは計り知れないが、彼女のことだ。効率的な方法で的確な情報を弾き出してくれるだろう。

 

 

「えっ?カイザーコーポレーションですか?」

〈ん?知ってるの?〉

「……知らないんですか?」

〈知らないけど……何?そんな有名なの?〉

 

 

 私が疑問を投げかけるとイシュメールはまた呆れたようにため息を吐いた。

 

 

「有名もなにも、カイザーコーポレーションは今のキヴォトスの経済を支える超巨大な企業ですよ?軍事から金融まであらゆる産業を牛耳っています。規模で見れば『翼』みたいなものです」

「ま、マジかよ?」

「ええ。ですから、仮に悪事の証拠を見つけて制裁しようとしても、相手が巨大すぎるため下手に手を出せばキヴォトスの経済全体に深刻なダメージを与えかねません」

〈じゃあ、手出しはできないってことか……〉

「ホント、面倒なポジションに陣取ってるわねぇ」

 

 

 重苦しい空気を破るように、ロージャが楽しそうに笑って割り込む。

 

 

「でもさ、そういう『デカくて偉そうにふんぞり返ってる悪党』の足元を掬うのって……一番やりがいがあると思わない?なんだかすっごくウズウズするの」

「どこぞの正義のフィクサー気取りですか?」

「あら?スカッとしたい欲求は人間の性じゃない?」

「それは……はぁ。そうですね」

 

 

 珍しくイシュメールが自ら引き下がった。

 まあ彼女にも思い当たる節はある。それこそあの船長とか。

 

 

「だけどよ。会社ごと潰せねぇにしても、アビドスに絡んでる面倒事だけを取っ払うことはできねぇのか?」

〈企業全体を敵に回すのではなく、個々の不正を突いて手を引かせるくらいなら可能かもしれないね〉

「じゃあ、さっき強奪した書類を突きつければいいじゃねぇか」

「あの書類だけでは不十分です。それに、そもそも銀行強盗という汚い手で手に入れた証拠を公の場に出せば、カイザーを追い詰める前に私たちが制裁を受けますよ」

 

 

 イシュメールの的確な指摘に、ヒースクリフは「あぁ……」と気まずそうに頭を掻いた。
 だが、道が完全に絶たれたわけではない。

 

 『カイザーが裏で糸を引いている』という事実。そして『奴らの不正の証拠を表に出せる正規のルートで掴めばいい』という明確な目標。
 それを得られただけでも、今日の無茶苦茶な強盗劇に見合う十分な収穫だ。

 

 

〈……今日はここまでにして、休もう。明日はまたアビドスに行って、彼女たちと今後の方針を話し合う必要があるからね〉

 

 

 私の提案に囚人たちも異論はないようだった。
 シャーレの執務室で行われた意見交換はこれにてお開きとなり、各々が休息へと向かう。

 

 私は一人、窓の外に広がるキヴォトスの夜景を見下ろした。
 問題は山積みで敵は果てしなく巨大だ。だが、少しずつ前へ進んでいる実感はある。

 

 青白く輝くネオン街を見渡したのち、私は執務室の自動ドアへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 アビドスの砂漠は今日も容赦なく熱線を降らせている。

 この暑さを遮る場所を求めるように、私たちが入ったアビドス高校も相変わらず閑散としていた。

 

 何か特別な感情を抱くわけもなく、淡々と静かな廊下を歩き「いつもの教室」へと向かう。

 

 

〈おはよう……って、二人だけ?〉

「おはようございます。はい、そうですよ」

 

 

 錆びた扉を開けた私とヒースクリフを迎えたのは、愛想良く手を振るノノミと、彼女の太ももに頭を預けて眠っているホシノ。

 

 

「……なにしてんだ?」

「ヒースクリフくん、知らないのかい?」

「そこまで世間知らずじゃねぇ……なんで年下に膝枕されてんだって聞いてんだ」

「何って……気持ちいいからだよ?」

 

 

 やけに落ち着いてリラックスしている二人を見て、ヒースクリフは呆れて言葉が出なかったようだ。おぼつかない視線が二人を捉えている。

 

 

「先生方もいかがです?」

〈いや、私はいいよ……〉

「あら、残念です」

 

 

 一応だが別に私の頭の炎は熱を帯びているわけではないが、膝枕をされる理由が見つからない。

 とりあえず断っておこう。

 

 

「うへ〜、ここはおじさんの特等席なんだ。ダンテ先生とヒースクリフくんはそこの居心地悪いそうなソファでも座っててよ〜」

「はっ、最初からそうするつもりだ」

 

 

 我に返ったヒースクリフは、迷いなく部屋の隅にあるソファに腰を下ろした。

 ホシノの言う通り、ソファはかなり古く、何度も補修された形跡があり、如何にもスプリングが死んでいて居心地悪そうに見える。

 

 だかヒースクリフはなんともないように、深く背もたれに体を預けくつろぎ始めた。

 寝る場所を選ばない彼だ。「そもそもソファがあるだけありがたい」という都市の底辺を生き抜いた逞しさが垣間見える。

 

 

「うへっ。そんな気持ちよくくつろぐ人なんて初めて見たよ〜」

「居心地悪いっつっても、しっかり座れるし、綿も入ってんだろ。上等じゃねぇか」

 

 

 ホシノが珍しい見世物でも目の前にしているような反応を見せると、ヒースクリフは鼻を鳴らした。

 ホシノは「よいしょっと」と気の抜けた声を上げ、ノノミの膝から体を起こす。

 

 

「ほんと、みんなは朝から元気だね〜」

〈そういえば、他のみんなは?〉

「うーん……シロコちゃんは朝からトレーニングに行っていて、アヤネちゃんは図書館でしょうか。セリカちゃんは……いつも通りバイトですね」

「ノノミちゃんは教室や廊下の掃除をしてくれたよねー。うへ〜、みんなは真面目だなー」

「で、あんたは後輩さんの膝の上でのんびり寝てたのか」

「そうそう、そんな感じでね」

 

 

 改めてヒースクリフへ視線を向けると、座っているどころか仰向けで倒れて込んで自分のテリトリーとしてくつろいでいる。

 この図太さ……ある意味、ホシノと同等かもしれない。

 

 

「さぁて、先生達も来たし、他のみんなもそろそろ集まるだろうから……おじさんはこの辺で退場するよ」

「あら先輩、どちらへ?」

「野暮用だよ〜。なに、心配しなくとも無茶はしないからさ〜」

〈自由だな……〉

「自由でいいじゃないか。そんじゃ、何かあったら連絡してね〜」

 

 

 ホシノは去り際にふわふわと手を振り、教室を後にした。

 ……いつもの気の抜けた足取りだったが、ドアの向こうへ消えるその小さな背中が、なぜか少しだけ重そうに見えたのは──気のせいだろうか。

 

 

〈ホシノはどこへ?〉

「またお昼寝しに行くのでしょう」

〈また?〉

「ホシノ先輩はいつもそうなんです。いつも会議をほったらかしにして……あっ、でも大丈夫ですよ。会議はアヤネちゃんがしっかり進めてくれますから」

〈うーん、いてくれた方が好都合なんだけど〉

 

 

 今日はこれからの方針──カイザーの不正を公的に暴くというおおまかな作戦について、を勝手ながら伝えるつもりだった。

 深く首を突っ込むのが正しいかどうかは置いておいて、まだ右も左も分からない彼女達には具体的な目標が必要だろう。

 

 私が残念そうに呟くと、ノノミは心外だったように声を上げる。

 

 

「あら?そうだったんですか?」

「ほっといてもいいだろ。どうせ短い話なんだからな」

 

 

 ヒースクリフがソファに寝転がったまま、面倒臭そうに口を挟んだ。

 

 

「あの眼鏡っ子にメモらせて、後でケータイにでも送っときゃ十分だろ」

〈……それもそうか〉

「そうですね!今回の定例会議でいる人だけで話してしまってもいいでしょう」

 

 

 確かにこの世界には便利な通信端末がある。方針の概要を伝えるだけならわざわざ口頭で全員集めて話すよりも、アヤネに議事録としてまとめさせ、文章を共有した方がよっぽど手っ取り早いはずだ。

 わざわざ「野暮用」に向かう彼女を引き止めてまで、今すぐ顔を突き合わせて話さなければならないような緊急事態でもない。

 

 

「ふふっ……それにしてもホシノ先輩、以前に比べてだいぶ変わりました」

〈……と、言うと?〉

 

 

 不意に微笑むノノミに私が問うと、彼女は昔を懐かしむような優しい表情でホシノの過去について語ってくれた。

 

 彼女曰く、一年前──ホシノが二年生だった頃は常に何かに追われているように切羽詰まっていて、近寄りがたい雰囲気だったらしい。


 そしてさらに遡って彼女が一年生だった頃は、当時のアビドス生徒会長である一人の先輩がいたそうで、その先輩が去ってからはホシノが全てを一人で引き受けるようになったのだという。

 

 

「……なるほどな。昔は随分とカリカリしてたってわけか。今のあの昼行灯っぷりからは信じらんねぇな」


「きっと、頼れる大人が来てくれたからだと思います。実際に先輩は、先生たちがいらっしゃったのを境に、重荷が降りたように足取りが軽くなった気がします。きっと先生たちのおかげですね!」


〈そうだったのか……〉

 

 

 ノノミの屈託のない言葉を聞いて私は天井を仰いだ。


 確かに、最後に見たホシノの足取りは軽かった。
だが、口ではなんとでも言えるが背中は雄弁だ。あの教室を出ていく時の彼女の背中は、決して「重荷が降りた」ようなものではなく、むしろ何かを一人で抱え込んだような重々しさがあったと、私は感じている。

 

 とはいっても、見かけだけの私の考察など、あまり信用ならない。いつかホシノ自身から、悩みを打ち明けてくれる日が来るのだろうか。

 

 そうやって漠然とした少し先の未来を想像していたら、朝はいなかったシロコ、セリカ、アヤネが次々とやって来た。


 彼女達は合流して短い談話を交わした後、アヤネ主催のアビドス定例会議へと移る。

 

 会議の内容は……良くも悪くもいつも通りだった。

 

 

「……これにて、アビドス定例会議を閉会──」

〈あっ、ちょっといい?〉

「ダンテさん?」

 

 

 会議が終わりに差し掛かった頃、アヤネの宣言を遮るようにそて私は手を挙げる。

 そして指名された後、パイプ椅子から静かに腰を上げた。

 

 

〈さて……私から──いや、シャーレから話がある〉

「どうしたのよ、改まって」

〈昨日、集金記録の書類を見て、カイザーグループが今回の事件の黒幕じゃないかって予想したよね〉

「ん、覚えてる」

〈シャーレに帰った後、他の囚人と一緒にこの件について考えてみたんだ。結論としては『カイザーが黒幕であることを前提に、その不正を暴くための確たる証拠を集める』という目標を立てることにした〉

 

 

 息継ぎのために言葉を区切ると、生徒達の中から次々と驚きの声が上がる。

 

 

「きゅ、急だね!?」

「い、一応カイザーローンは貸し手ですが……本当に恩を仇で返してもいいのでしょうか?」

〈真意は知り得ないが、借金という名目でこの高校を潰しにかかっていることは確かだ〉

 

 

 別に私はカイザーの善行や悪行を詳しく知っているわけではないし、私たちが介入する義理もない。

 しかし、私たちは基本的に自由であった。先生としての義務で動いているだけだ。そんな理由だけでもいいのかもしれない。

 

 

「でもあの巨大な組織を潰したら大変だと思う」

〈企業全体を敵に回して潰すのは難しくても、アビドスに絡む不正の証拠さえ公の場に突きつければ奴らをここから手を引かせることができるかもしれない〉

 

 

 そして私は居住まいを正し、アビドス対策委員会に告げた。

 

 

〈我ながら勝手かもしれないけど……君たちの問題解決を手伝わせてくれないか?〉

 

 

 私がそう締めくくると、生徒たちの顔に躊躇いの色が消え去っていく。

 

 

「ん、賛成。……あいつらにはしっかり痛い目を見てもらう」

「当たり前じゃない!私たちも全力で頑張るわよ!」

「先生たちが一緒にいてくれるなら、百人力ですね☆」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

 対策委員会の面々が次々と力強く頷く。

 もしホシノがいたのなら、ヘラヘラと笑いながら他と同じくして賛同してくれただろう。

 

 

「そういうことだ。一方的に殴られっぱなしってのはムカつくからな。あのふんぞり返ってる金持ち共の鼻を、オレたちで明かしてやろうぜ」

 

 

 ヒースクリフも獰猛な笑みを浮かべ、バットを肩に担ぐ。

 これで方針は完全に固まった。後は具体的な調査方法を──。

 

 

 ピピピッ、ピピピッ!

 

 

 その時、アヤネの手元にあるタブレット端末がけたたましい緊急アラートを鳴らし始めた。

 

 

「えっ……?な、何ですかこれ……」

 

 

 画面を覗き込んだアヤネの表情が一瞬にして青ざめていく。

 先程までの希望に満ちた空気が急速に凍りついてくのが分かった。

 

 

〈……アヤネ?〉

「は、半径10km内にて爆発を検知!」

「10km……市街地?まさか襲撃!?」

 

 

 彼女が告げたのは、なんと市街地の大規模的な爆発。

 カイザーの襲撃!?……いや、突発的すぎる。違う方がありがたい。

 

 

「まさか、カイザーが!?」

「そこまでは分かりませんが……衝撃波の形状からするとC4爆弾の連鎖反応と思われます!」

「しーふぉー?」

「とりあえず、カイザーの攻撃ではないと思います!」

 

 

 爆弾か。カイザーは巨大企業だし、もっと砲撃や爆撃の類で攻撃するだろうから違うな。

 

 

「具体的な爆破地点は?」

「今確認してみます……正確な位置は市街地の──って、柴関ラーメン!?柴関ラーメンが跡形もなく消えています!」

「は、はぁ!?なんで犬のオッサンのラーメン屋が粉微塵になるんだよ!?」

「……おびき寄せてる?」

 

 

 なんとアビドス御用達のラーメン屋が爆破されてしまった。

 なぜ……?今のところ、シロコの言う『誘い出し』という推理が一番しっくりくるが……。

 

 

〈実際に確かめないと、だね〉

「そうですね!今はそれどころじゃあなりません!向かいましょう!」

「ホシノ先輩は私から連絡します!出動を!」

「くそっ!犬のオッサンに罪はねぇだろうが……!」

「ど、どうなっちゃったのよ!!大将……無事でいて……!」

 

 

 定例会議は突然の問題によって中断されてしまい、私たちは柴関ラーメンへと向かうことになった。

 一体誰が、何のために。その理由を追い止めて、仕返しするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 蒼穹が広がるアビドス市街地。その中に聳え立つカイザーコーポレーションの所有する高層ビル。

 その薄暗い一室に一人の生徒が思い足取りで入室する。

 

 普段の気の抜けた笑顔は完全に影を潜め、氷のように冷たい顔を見せるその生徒は、小鳥遊ホシノ。

 彼女の鋭い視線は部屋の奥で待ち構えていた大人へと向けられていた。

 

 

「……これはこれは」

 

 

 来訪者の存在に気づいた男は、キャスター付きの椅子をクルッと回転させピンク髪の少女へ顔を向ける。

 

 黒いスーツを着こなした異形──黒服。

 顔面に走る白い亀裂が心なしか歓喜に歪んで見えた。

 

 

「お待ちしておりましたよ、小鳥遊ホシノさん。このように再び対面するのは、数日振りですね。あの日、私が持ち掛けた『提案』について熟考頂けたでしょうか?」

「お前とは馴れ合うつもりはない……で、何の用なのさ?」

 

 

 ホシノはショットガンのグリップに手を添えたまま、低い声で威嚇する。

 だが、黒服は怯むどころか愉快そうに肩を揺らした。

 

 

「ククク……そう急がずとも。ですが本題に入る前に、少しだけ世間話をしませんか?そう、例えば──」

 

 

 黒服は立ち上がり、窓の外、アビドス高校があるであろう方角を見つめる。

 

 

「貴女の学校に最近出入りしているという、『妙な大人達』について」

「…………」

「驚きましたよ。数日前、あなたがこの私に見捨てていった『時計頭の男』……まさか彼が、あのような形で連邦生徒会の後ろ盾を得て『先生』になるとは。この世界は本当に予測不可能で、美しい」

「……私には関係ないよ」

 

 

 ホシノは一切の感情を排した声で切り捨てた。

 

 

「あいつらが何しようと、アビドスの問題はアビドスの生徒が解決する。……他の誰も、巻き込むつもりはない」

「素晴らしい。その警戒心、その自己犠牲の精神……!貴女のその『大人を信用しない』というスタンスは非常に正しい」

 

 

 黒服は芝居がかった手つきで、ホシノを称賛する。

 

 

「彼らは甘い言葉で貴女達に近づいているようですが……気をつけてください。彼ら──特にあの『管理人を名乗る時計頭の男』は、我々と同じ『こちら側』の人間です。貴女達生徒を、本気で救おうなど考えてはいませんよ」

 

 

 黒服の言葉がホシノの心の奥底にある「疑念」を撫でた。

 

 ──ダンテ。そして、ヒースクリフ達。

 彼らは確かにアビドスのために戦っていた。だが、彼らは命の価値を軽んじている。血を流すことに慣れすぎている。そしてアビドスに構う明確な理由がないのだ。あんな異常な大人達に大切な後輩達をこれ以上関わらせるわけにはいかない。

 

 ホシノが静かに目を伏せると、黒服は満足げに頷き、デスクの上に一枚の書類を滑らせた。

 

 

「では、本題に入りましょう。小鳥遊ホシノさん、あの日私からの提案の概要を覚えていますか?」

「…………」

「こちらの契約書にサインして頂ければ、アビドス高等学校が抱える七億の借金の半分を、私黒服が肩代わりしてあげましょう。その代わり──」

 

 

 黒服の顔面から漏れる光が、妖しく明滅する。

 まるでニヤリと微笑むように。

 

 

「貴女には、『とある実験』の被験体として私どもに身を捧げて頂きます。……どうでしょう?悪い取引ではないはずです」

 

 

 静寂が部屋を支配する。

 ホシノの視線の先には、アビドスの借金の過半数の数字と、自身の自由を売り渡す文言が記された契約書。そして一本の万年筆。

 

 その瞳は珍しく揺らいでいた。

 




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