LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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評価、感想ありがとうございます!

ダンテが思ってたより近くで指揮してて笑っちゃった。


ゲヘナ風紀委員会

 

 アビドス高校から10km離れた地点。そこは高校から最も近い市街地である。

 この地も砂嵐の被害を受けてはいるものの、他の住宅街の酷い有様とは違い、文明の息吹が残っているのが唯一の救いだった。

 

 アヤネの報告から数十分後。私たちはその街並みの中で極めて異質な黒煙が立ち昇る現場へと駆けつけていた。

 ここが例の爆発地点らしいが……。

 

 

「大将!大将っ!!」

 

 

 現場に到着するなり、セリカが悲鳴のような声を上げて飛び出していった。

 彼女のバイト先であり、温かい恩人である柴大将の安否。彼女は何よりもその事象を優先していた。

 

 煙が晴れると同時に目に入ってきたのは、かつて柴関ラーメンの店舗だったであろう瓦礫の山。

 

 

〈本当に跡形もない……〉

「思ってたより甚大なんだけど!?ねぇ、柴大将は!?」

「ん、捜そう」

 

 

 この爆破を引き起こした犯人を締め上げたい気持ちは山々だが、今は人命救助を優先することになった。

 都市の人間だったら瓦礫の質量だけで圧死するだろうが流石キヴォトスの住人。爆発を直に受けてもまだ助かる可能性の方が十分に高いらしい。

 

 

「あっ!見つけましたよ!」

 

 

 火薬の匂いが立ち込める跡地にノノミの希望を宿した声が響いた。

 急いで声の方へ向かうと、そこには分厚いコンクリートの下敷きになって倒れ伏している柴大将の姿があった。

 

 

「派手に埋まってるじゃねぇか……おい、これどうやって引っ張り上げんだ?」

〈対策委員会のみんなはそこの瓦礫を持ち上げて。私とヒースクリフで柴大将を引っ張り上げよう〉

 

 

 私の指令が飛ぶと彼女達はすぐに動き、三人がかりで巨大な瓦礫に手をかける。

 何度でも言うがここの生徒はタフネスだ。数人の囚人達でも動かすのが難しそうな瓦礫を、三人で歯を食いしばりながらも見事に押し退けてみせた。

 

 

「……はいっ!これでどう!」

〈ありがとう。これで……〉

 

 

 瓦礫が浮いた隙を突き、私とヒースクリフが倒れている柴大将を引きずりだす。

 気を失い、毛並みは真っ黒に煤けているが、しっかりとした呼吸はある。命には別状はなさそうだ。

 

 

「おい!犬のオッサン!生きてるか!」

「大丈夫。これぐらいでは死なない」

 

 

 シロコとヒースクリフの報告を聞き流し、他にも被害者はいないか辺りを見回したが、柴大将のような重症の人はいなかった。

 

 

〈被害者は柴大将だけかな?〉

『はい。付近にも民間人はいましたが、どれも目立った外傷は確認できませんでした』

 

 

 これで人命の救助は終了。次は犯人捜しだ。

 だが本当にカイザー以外の見当がつかない。まずは接点があった人物を思い出してみようか。もっとも、その該当する人物が極めて少ないのだが。

 

 

『って、あれ?』

「アヤネちゃん?どうかしましたか?」

『人混みから離れた場所に、見覚えのある人達が……』

 

 

 インカム越しに不思議な報告が流れ込む。

 はて、見覚えのある集団とは一体。不思議に思いながら再度辺りを見渡すと……それらしき集団を捉えた。

 

 四人組のうち、一人は長いコートを着た角持ち。もう一人は黒パーカーを着たツートンカラーの────。

 

 

〈……って、便利屋?〉

「え?あの便利屋がいるの?」

 

 

 間違いない。四人組の正体は便利屋68だ。

 様子を伺ってみると、何やら言い争っているような会話の断片が風に乗って聞こえてきた。

 

 

「……さっき言ってた通りじゃないの?こんなお店は壊しちゃおう……って」

「……それを言ったのは……私……です」

「は、ハルカ……!大丈夫?」

「は、はい……それよりアル様。もしかして……」

 

 

 詳しい内情までは分からないが、その単語の端々から推察するに……どうやら今回の件は彼女たちが明確に関わっていると考えられる。

 

 

「まさか、便利屋の方々が!」

「……ん」

 

 

 その事実を理解した瞬間、対策委員会の面々の顔つきが険しくなる。ノノミは声を震わせ、シロコは静かに目を細めて殺気を放った。

 

 そもそもこのキヴォトスという世界において、銃撃戦や爆発による建物の破壊は都市以上の「日常茶飯事」と言ってもいいだろう。

 だが、何をやっても許されるわけではない。何の罪のない、あんなに親切だった店を中身のない理由で潰す。そんな暴挙を黙って見過ごせるほど、彼らは大人くはなかった。

 

 

「「あいつら……!」」

 

 

 二人の声が重なる。

 セリカが怒りで顔を真っ赤にして銃を構え、ヒースクリフが眉間に深いシワを寄せ、バットを固く握り締めた。

 

 

〈ちょっと、二人とも──〉

 

 

 私が慌てて制止しようとした、その時。

 

 

『待ってください!大将をここへ置いていくのですか!?』

 

 

 アヤネの悲痛な声が私たちの足を止めた。

 振り返ると煤けた地面の上に柴大将が横たえられたままだ。いくら頑丈なキヴォトスの住人でも、怪我人を放置するのは問題らしい。

 だが、それはそれとして別の問題が浮上した。

 

 

〈その考えには賛成だけど……私がそっちにかかりきりになれば、便利屋を追う君たちの戦闘指揮はどうするんだ?〉

「何言ってるのよ!私たち、一度あいつらと戦ったことあるじゃない!」

 

 

 セリカの言う通りだ。

 それに前回とは違い、今の敵はたったの四人。私がいなくとも制圧は可能だろう。

 

 私が思案に暮れていると、ヒースクリフが舌打ちをし、躊躇わず柴大将の体を背負い上げた。

 

 

「チッ……どうたら考えてる暇はねぇだろ?おい、オレらがいなくてもやれるんだな?」

「ん、任せて。たった数分で終わらせてみせる」

「任せてください☆」

 

 

 彼は生徒たちの実力を信用したようだ。そのまま大将の運搬に取り掛かる。

 ならば、私も腹を括ろう。

 

 

〈……アヤネ、現場の指揮とサポートは任せたよ〉

『分かりました!手っ取り早く処理してもらいます!』

〈それと、最寄りの病院までの案内も……〉

「道案内はオレに任せろ。まだ数日だが大事な施設の位置は大体頭に入れてるぜ」

〈ごめん、頼むよ〉

 

 

 対策委員会が便利屋の方向へ疾走するのを見送り、私はヒースクリフの土地勘を頼りに最寄りの病院へと全力で走った。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 ──それから数十分。

 幸い病院はそう遠くはなく、すぐに大将を医師に引き渡すことができた。専門家の見立てでも「安静にしておけば後遺症すら残らない」と太鼓判を押され、私たちはようやく息をつく。

 

 静かに眠る大将を病室に残し、玄関口から外へ出ると、眩い光が目に差し込んできた。

 

 

〈ふぅ……これで一安心かな?〉

「あのラーメン屋には貸しがいっぱいあるからな。死なれちゃ困る」

 

 

 ヒースクリフも満足げに肩を回す。

 さあ、あとはシロコたちと合流して便利屋を締め上げるだけだ。私たちが早足で病院を出て、爆破現場へと戻る道中。

 

 再び、アヤネからの通信が入ってくる。

 だが、その声は先程までの焦りとは違う、絶望に満ちたものだった。

 

 

『せ、先生……!た、大変です!』

〈あ、アヤネ?そっちで何が起こったの……?〉

『その……便利屋と接触して交戦に入ろうとした矢先……突然、激しい砲撃を受けて……!』

〈その砲撃は便利屋の?〉

『いえ!便利屋の皆さんも予想外だったようで、一緒に巻き込まれています!』

 

 

 アビドスという過疎化した場所に、それほど大規模な武装団体が潜んでいること自体が異常だ。

 カタカタヘルメット団がまた復讐しに来たのか、あるいは…………。

 

 

〈カイザーか?〉

『まだ身元は特定できませんが……とにかく、至急来てください!』

〈分かった〉

 

 

 ノイズ混じりの通話が終わると、すぐさまヒースクリフに視線を向ける。

 その表情はとても予想できるもので、青筋を立てていて如何にも苛立ちに満ちていた。

 

 

「……チッ、何がどうなってやがる!早く戻らねぇとヤバいってことだけは確かだな!」

〈ああ、急ごう〉

 

 

 彼の意見に賛同し、共に砂埃を上げて爆破現場へと急行する。

 道中、耳をつんざく重低音、遠くからでも目視できる巨大な黒煙。

 どうやら、事態の規模は私の想像を遥かに超えているようだ。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 行きよりもさらに速いペースで道を駆け戻り、私たちは黒煙が立ち昇る爆破現場へと帰還した。

 辺りでは黒煙で充満し、所々に真新しい爆破痕が残っている。現場は以前よりも凄惨な戦場と化していた。

 

 

「うわっ!?ひっでぇな……」

〈一体何が……アヤネ、状況は?〉

 

 

 現在私とヒースクリフは戦場の中心を覗き見できる路地裏に身を隠している。謂わば膠着状態だ。迂闊に外に身を出してしまえば最後、砲撃の餌食になるだろう。

 蘇生できるヒースクリフを犠牲に状況を確認できると思うが……敵があまりにも強大だった場合、彼の身柄は拘束されてしまう危険性がある。

 もちろん、この状態は望ましくないこを重々承知している。そこで私は比較的安全であろうアヤネと通信を行った。

 

 

『えっと……まず対策委員会の無事は確認できました。運よく爆破範囲外に立っていたようです。対して、便利屋の姿は砲撃に巻き込まれて以来確認できませんでした』

〈……うん、それで?〉

『そして現在、付近の大通りの向こうから大規模な武装集団が……って、あの腕章は……』

 

 

 アヤネの報告を聞いていると、突然アヤネの言葉が止まる。そのどよめきからは、あってはならないものを見たような困惑を感じ取れた。

 困惑の根源は新しく出てきた敵にあり、その腕章がヒントらしいが……この世界の一割すら知っていないだろう私には、さっぱり見当もつかない。

 

 

「もう!私に頼めばいいじゃないですか!?」

〈わっ!?アロナ!?〉

 

 

 時計の中にであるはずの脳を必死に回転させていると、突然懐にあるシッテムの箱からアロナの声が響き、意識が世界へ戻さた。

 って、そうか。アロナのネットワーク検索で調べれば、ある程度のことは分かるのか。

 

 

〈じゃ、じゃあ……その腕章をつけている大規模な武装集団って何なのか、調べてくれないか?アロナ〉

 

 

 アロナは高性能AIではあるが、なぜか子供っぽい面も見受けられる。

 開口一番の不服そうな声色とその計り知れない彼女の意図を汲み取って頼み事をすると、アロナは画面の中でニパッと顔を綻ばせ、すぐさまに調べに入った。

 

 

「うーん……腕章をつける組織となると、かなり母数は多いですが……共通点として、『学園の治安組織』が多いです」

〈治安組織、か〉

 

 

 その言葉を聞いて、在りし日の銀行強盗を思い出す。

 ブラックマーケットの最大の治安組織、マーケットガード。生徒数人で太刀打ちできる程度だったが、確かに兵器の揃えは良く、規模も大きかった。

 

 

〈……けど、やっぱり判断できないな〉

 

 

 また考えあぐねていたその時。今まで黙り込んでいたアヤネが声を上げる。何か確信を得たようだ。

 

 

『風紀委員会です!ゲヘナ風紀委員会です!』

〈ゲヘナ?〉

 

 

 この騒動を引き起こしたのは風紀委員会。それも、ゲヘナというアルと同郷の治安組織らしい。しかし……。

 

 

〈ま、待てよ。なんで治安組織がここまで攻めるような真似を?〉

『おそらく、便利屋68を捕まえに来たのでしょうか。でも……』

 

 

 あまりにも違和感が多すぎる。特に行動目的だ。

 どうして今更便利屋を捕まえに来たのか。どうしてアビドスを巻き込むのか。それらしい理由を探すことは可能だが、それでも合点がいかない。

 

 

『な、何っ?風紀委員会が便利屋を捕まえに来たってこと!?』

『まだ分かりません……しかし私たちに友好的だと判断しかねます』

『確かに。砲撃範囲内には私たちもいた。あからさまにこっちを狙ったわけじゃないけど』

 

 

 通信に他の生徒たちの声が介入してくる。

 そうだ。風紀委員会はアビドスの生徒もろとも便利屋を爆破しようとしたのだ。その行為だけでも友好的とは到底捉えられない。

 敵の敵は味方とはいうが、今回ばかりは流石に当てはまらないようだ。

 

 

『冗談じゃないっての!便利屋は私たちの獲物なんだから!何なの一体!』

『でも、彼女たちと交戦してしまえば、政治的な紛争の火種を起こすことになるかもしれません……』

 

 

 もっとも、学園が翼と同意義なら自治内で起こった問題はその区域を支配する組織が裁くべきであり、他校の武力介入を許せば、それは他の巣への侵犯に等しい。

 

 だが考え方を変えれば、この状況は好都合だと言える。だって問題を起こした便利屋をとっ捕まえにやってきたのなら、面倒事を向こうに託して穏便に終わらせることができる。

 とても合理的な判断だ。アビドスが抱える借金問題以外に新たな火種を作らないのがベストだろう。

 

 

『……いや、他に選択肢はない。風紀委員会を阻止する』

 

 

 シロコの断然なる決意に風向きが変わった。

 彼女たちは、合理より感情を優先する。

 

 

『……はい、その通りです。風紀委員会が私たちの自治区で既に戦術的行動をしたということは、政治的紛争と変わりありません。便利屋が問題を起こしたのは事実ですが……だからといって、他学園の風紀委員会が私たちの許可もなくこんな暴挙を敢行してもいいという意味ではありません』

 

 

 アヤネの理路整然とした言い分こそ、対策委員会が動くべき理由そのものだ。

 

 

「そうだ!こっちの問題はこっちで解決するのが筋ってもんだろ!」

『その通りよ!便利屋を罰するのは私たち!柴関ラーメンを壊した代償を払ってもらわないと!』

 

 

 膠着状態から一変。

 砂漠に浮かび上がる市街地が、再度戦場に変わり始める。

 

 特にこれといった作戦はない。強いていうなら、無鉄砲に敵陣に突っ込み相手の出方を探る強行突破。元よりフォーメーションを組み、私が適切な指示を飛ばすつもりだ。

 

 

〈私たちは前線がこっちまで押されるまで待機する。アヤネ、ドローンのカメラ映像をこっちに回してくれ〉

『了解です!映像、リンクします!』

 

 

 引き続き私とヒースクリフは安全な物陰へ身を潜め、青白く光るシッテムの箱の画面を覗き込む。

 そこにはアヤネのドローンがやや上空から捉えた戦場の俯瞰図──風紀委員会の歩兵や兵器などの配置が、ありありと映し出されていた。

 

 

 時間は限られている。準備が整い次第、私は開幕の号令をかけた。

 

 

〈戦闘開始!シロコたちの前方、瓦礫裏に伏兵が三人。シロコとセリカで迂回して挟み撃ちだ〉

 

 

 私の指示を受け、二人の足の回転が速くなる。そして伏兵らとの距離を急速に近づけ、瓦礫裏へと回り込んだ。

 

 だが相手も黙って制圧される様を見届けるわけではない。作戦が遂行される間に、新たな歩兵を前線へけしかけてきた。

 風紀委員会の歩兵たちは、ヘルメット団のようなならず者の集まりとは違い、正規の軍隊のように統率の取れた動きで一斉射撃を仕掛けてくる。

 だが、上空からの視界を持つ私であれば、その射線を予測することは容易だ。

 

 

〈ノノミは前方に向かって牽制射撃。シロコとセリカは躊躇わず鎮圧〉

 

 

 ノノミのミニガンが唸りを上げ、風紀委員の防衛戦を力ずくで削り取る。

 相手も押されながらも必死の抵抗で反撃するが、大抵は掠りもせず、当たったとしてもノノミの猛攻を止めるには至らなかった。

 

 それと同時に伏兵も無事に鎮圧。順調に前線を押し上げていく。

 

 

〈よし、このまま前線を押し上げて〉

 

 

 第一関門は突破。ようやく一息つくことができた。

 ……正直言ってしまうと、このように「声を介して」指揮をとることは、今の私にとって難しい。管理人を務めて早一年。指揮官としてのノウハウはある程度身につけたつもりだ。だがいかんせん、私はこの形式に慣れてない。

 

 最大の理由は私が普段行う囚人への指揮のとり方と全く違うからだ。囚人に対しては、私と彼らを繋ぐ不思議な力を通じて言葉を発さずとも直接意思や戦術を伝達することができた。

 対して、生徒への指揮はどうだ。些細な動きでさえ、戦況を極め、言語化し、わざわざ声を介して指示しなければならない。幸いシッテムの箱を介した声は私の思考とのラグはなく、即時に送れるが……。

 

 頭で考えることと、口に出して動かすことの壁。

 私はまだ、この世界の指揮官としては新米なのだと、痛感させられていた。

 

 

「ダンテ、ヒースクリフ。来たよ」

 

 

 ……と、深く考えている内に前線が押し上げられ、合流地点まで到達したらしい。

 声がする方向に目をやれば、息を整えながら銃を構えるシロコの姿があった。

 

 

〈よくやった。このまま進めて──〉

 

 

 私は立ち上がり、シロコの元まで歩もうとしたその刹那。

 

 突如として、シロコの頭部を掠めるように鋭い銃弾が駆け抜けた。それはドローン越しに見ていた歩兵たちの銃撃とは、速度も重さもまるで違う。空気を切り裂くような一撃必殺の狙撃だった。

 

 銀色の髪が大きく揺れる。

 シロコは撃たれて初めて凶弾に気付き、再度前方を警戒しようとしたが──今度は異質な影が脅威的なスピードで接近してきた。

 

 兵器の類か?いや、人だ。一人の少女が風を切る速度で突っ込んできたのだ。

 その影は速度を緩めず、手に持つ長銃を構えたまま飛び上がり、シロコの顔面目掛けて鋭い回し蹴りを放つ。

 

 シロコは反射的に銃身を盾にして辛うじて防いだが、その凄まじい衝撃で一気に後方へと吹き飛ばされてしまった。

 そして人影が銃口を向けて、発砲し追撃する。

 

 

「へぇ……少しはやるじゃない。今のを防ぐなんて」

 

 

 路地裏に冷たくも好戦的な声が響く。

 一瞬シッテムの箱へ目を落としたが、シロコはまだ立っているようだ。

 

 土煙が晴れ、残像でくっきりと見えなかった人影が鮮明にその姿を現す。

 

 目を奪われる褐色肌。

 砂埃の中でも目立つ銀色のツインテール。

 紅色の瞳孔が、獲物を狙うように前方をくっきり見据えている。

 そしてしなやかに動く黒く細い尻尾。

 

 

〈これって……〉

「ああ……腕が立つぞ、あいつ」

 

 

 強者の風格を漂わせている目の前の生徒は、まだこちらに気がついていないように見えた。

 ここでヒースクリフに人格を被せて迎え撃つ────。

 

 

「時計ヅラっ、伏せろ!!」

〈えっ?わあっ!!?〉

 

 

 突然ヒースクリフが叫んだかと思うと、私の頭上の壁を穿つ強烈な破裂音が木霊した。

 彼が私の肩を押し倒さなければ、間違いなく私の時計は粉々になっていただろう。

 

 ダメじゃないか!普通にこっちに気づいてる!

 

 

「……おっと。咄嗟に撃っちゃったが、あいつらが例の──」

 

 

 紅色の視線が私たちを貫く。

 ヴェルギリウスの視線ほど冷たく重くないが、その眼光は確かに見下しているものだった。

 

 

「チッ……!舐めやがって!」

 

 

 人格を被せる隙などない。

 目の前の生徒が次弾の装填を行うよりも早く、ヒースクリフはバットを構え全力疾走で飛び出す。

 

 決死の覚悟の突撃は、見事に彼女の気を引いた。

 だが彼女も戦闘に慣れている。狙撃態勢から長銃をクルリと回し近接態勢へと転じた。

 全力で振りかぶられた金属バットの一撃を、彼女はライフルの銃身で的確にガードする。

 

 

 ガキィンッ!!

 

 

 激しい金属音が鳴り響き、辺りに火花が散った。

 力任せの打撃を完璧に受け止めた彼女だったが────。

 

 

「ぐっ……!重っ……!?聞いてた話と違うぞ!」

 

 

 二つの勢いは拮抗している。

 だが誰よりも驚いていたのは、まさかの生徒の方だった。

 

 鍔迫り合いの中、ヒースクリフが不敵に挑発する。

 

 

「……ヘッ。どうした?意外と力弱ぇじゃねぇか」

「……調子に乗るな。ただ殺さないように手加減してただけだ!」

「あぁ!?」

 

 

 少女の紅い瞳が、カッと見開かれた。

 直後、その細い腕から人間離れした──キヴォトス人特有の怪力が爆発する。

 

 

「なっ──!?」

 

 

 ダンッ!!と地面が陥没するほどの踏み込み。

 少女はライフルを強引に押し返し、ヒースクリフのバットを力ずくで弾き飛ばした。

 そして体勢を崩した大男の腹部に、容赦のない前蹴りが突き刺さる。

 

 凄まじい衝撃。大柄なヒースクリフの体が、まるで紙切れのように宙を舞い、土埃を立てて地面を滑った。

 やはり、囚人の生身ではこの世界の本気をまともに受けるのは分が悪すぎる。迂闊だったか。

 

 

「……さぁ、大人しく私に──」

 

 

 少女は容赦なく銃口を私に向ける。

 

 詰みか。いや、まだだ。

 

 その時、彼方から銃声が響いた。

 彼女が引き金を引く間もなく、その足元を抉るように激しい銃弾の雨が降り注いだ。

 

 

「くっ!?」

 

 

 少女は舌打ちをして、バックステップで大きく距離を取る。

 硝煙を切り裂いて現れたのは、吹き飛ばされたはずのシロコだった。

 

 

「ん。これ以上手出しはさせない」

 

 

 風紀委員の少女は忌々しげに路地裏に踏み込んでいた足を下げ、シロコを睨みつける。

 間一髪の横槍によって、私たちは最悪の事態を免れた。

 

 

〈ヒースクリフ!大丈夫か?〉

「ぐっ……腹が……っ!」

 

 

 さっきからずっと腹を抱えて悶えている。ここから再起する可能性も僅かだろう。

 

 ……仕方ない。時計を回そう。

 

 決心した私は、うずくまるヒースクリフの肩を掴み、時計を回した。

 ──腹部を局所的にのしかかるような激痛を受ける代わりに、彼の顔から苦痛の色が消え失せていく。

 

 

『先生!その……大丈夫ですか?』

〈ああ。時計を回してしまったけど、問題ない〉

「……チッ。ガキンチョの癖に、どいつもこいつも馬鹿力持ちやがって……!」

 

 

 パチパチと瞬きをするヒースクリフを叩き起こしながら、私は路地裏から身を出した。

 

 現在危険因子となりうる存在は、目の前の生徒以外いない。あえて言うなら、大通りの向こうで待機している巨大な歩兵の部隊ぐらいだ。

 背後へ視線を向けると、ノノミとセリカ、そして空中で静止するアヤネのドローンの姿がある。他の生徒も合流できたみたいだ。

 

 さて、どう動くか。

 

 

「イオリ!あなたって人は……!」

「……チナツ?」

 

 

 一触即発の空気が漂う中、敵陣の奥から、目の前の生徒を制止するように一人の少女が駆け寄ってきた。

 彼女は乱れた息を整えると、眼鏡の奥の理知的な瞳で、私を真っ直ぐに見据える。

 

 

「……やはり、『シャーレの先生』であるダンテさんも、一筋縄ではいかない方のようですね」

〈……ん?どこかで会ったっけ?私、君のことは知らないんだけど〉

「ええ、直接お会いするのは初めてです。ですが……現在ゲヘナ学園にいるあなたの『部下』の方から、あなたのことは耳にタコができるほど伺っていますので」

 

 

 私を絶賛する囚人か……。十中八九、ウーティスだろうな。

 どちらかというと、彼女自身の有能さをしきりに示す姿が思い浮かぶが、きっと私の話が出た時にこれでもかと語っていたに違いない。

 

 

「彼女が絶対の忠誠を誓う『偉大な管理人』……。さらに先日、D.U.で暴れ回っていた他の部下の方々の姿も合わせまして、どれほど底知れない『先生』なのかと警戒していましたが……」

〈あはは……迷惑かけたかな?〉

 

 

 それに加え、チナツと呼ばれている生徒は、あの時D.U.で活躍していた三人と面識があるらしい。なんというか、新天地でも囚人たちは元気そうだということが、言葉の端々からでも伝わってくる。

 

 私の苦笑混じりの言葉に、チナツは小さく首を振ったが、その表情は依然として固いままだった。

 

 

『……アビドス対策委員会の奥空アヤネです。そちらはゲヘナ風紀委員会とお見受けしますが、これは一体どういう状況か、ご説明いただけますでしょうか?』

 

 

 話に区切りがついたところで、私の隣でアヤネを模したホログラムが展開された。

 彼女は毅然とした態度で、チナツたちを問い詰める。

 

 

「そっ……それは……」

 

 

 銀髪の生徒──イオリが、答えに窮して言い淀む。

 

 

『──それは私から説明させて頂きます』

 

 

 突然、風紀委員会の二人に救いの手を差し伸べるように、ノイズ混じりの厳格な女性の声が介入した。

 それと同時に、私たちの眼前で新たなホログラムが展開される。そこに映し出されていたのは、どこか見透かすような笑みを浮かべた生徒の姿だった。

 

 

『こんにちは、アビドス高校の皆様。私はゲヘナ風紀委員会の行政官、天雨アコと申します。この度の状況について、私から少々説明させていただいてもよろしいでしょうか?』

 




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