LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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炎と濁流が舞う砂漠

『こんにちは、アビドス高校の皆様。私はゲヘナ風紀委員会の行政官、天雨アコと申します。この度の状況について、私から少々説明させていただいてもよろしいでしょうか?』

 

 

 砂煙と硝煙が漂う戦場のど真ん中。ホログラム通信越しとはいえ、行政官と名乗る生徒──天雨アコは忽然と姿を現したことで場の空気が一変する。

 彼女の冷静沈着に淡々と微笑みを浮かべて話すその姿は、巨大組織の幹部として非常に堂々とした態度そのものだった。

 

 

『行政官……ということは、ゲヘナ風紀委員会のナンバー2……』

『あら、実際はそんな大したものではありません。あくまで、多忙な風紀委員長を補佐する、ただの秘書みたいなものですから……』

 

 

 アヤネの恐れおののいたような反応にアコは謙遜する。

 だが、眉を顰めたシロコが白々しい空気の間に割って入ってきた。

 

 

「本当にそうなら、そこの風紀委員たちがそんなに緊張するとは思えない」

「だ、誰が緊張してるって!?」

 

 

 シロコの指摘に私はイオリやチナツを一瞥する。

 たしかに声を上擦らせて反発したり、目を伏せていたりと、上司の突然の介入に明らかに体を強張らせていた。

 アコの立場が、役職以上の実質的な権力を握っていることは火を見るより明らかだ。

 

 

『……なるほど、素晴らしい洞察力です。確か……砂狼シロコさん、でしたか?』

「……ん?」

 

 

 だが、当人のアコは慌てて否定するどころかそれを受け入れ、違和感を見破ったシロコを褒め称えた。

 

 彼女からの形容し難い違和感を感じたのは私だけではない。

 ヒースクリフは眉を顰め、シロコは目を細めて、疑っているような態度を示した。

 そして、セリカがもどかしさのあまり口を開けようとしていたが、有無を言わせぬようにアコは話を続ける。

 

 

『それでは改めて……対策委員会の皆さん。この度は失礼いたしました』

 

 

 そう言って、彼女は頭を下げた。

 だが戦場の雰囲気は変わることなく、緊迫した空気が流れていく。

 

 

「……頭下げる前に、何かやることあんだろうが」

「そうです。その言葉は、銃を下ろしてからにしてくれますか?」

 

 

 ヒースクリフとノノミが鋭く言い放つ。

 頭を下げるアコとは対照的に、現場にいる風紀委員たち──イオリを含めた武装部隊は、依然として私たちに銃口を向けたままだったからだ。

 

 

『これはこれは……。全員、銃を下ろしなさい』

 

 

 これもゲヘナの交渉術の一つかと思っていたが、意外にもそうでもなく、アコは私たちの要求をすんなり受け入れ、手のジェスチャーで命令を送る。

 

 

「本当に銃を下ろした……」

 

 

 イオリたちが渋々といった様子で銃を下げるのを見て、セリカが驚きの声を漏らす。

 現場の隊長であろうイオリでさえ逆らえない。やはり、あのアコという行政官が持つ実質的な権力は予想以上だ。

 

 

『さて。先程までの愚行は、私の方から謝罪させていただきます』

「愚行って……私は命令通りにやったんだけど!?」

 

 

 アコの言動に不満を露わにしたイオリが反論しようとするも、アコが呆れたように冷たく言い放つ。

 

 

『イオリ。反省文のテンプレートはどこにあるか、ご存知ですよね?』

「ちょっと、アコちゃん!」

 

 

 私たちが待っているのにも拘らず始まったのは、愚行を犯した部下への説教。

 

 

『はぁ……。命令にまずは無差別に攻撃せよ、なんて言葉が含まれていましたか?』

「うぅ……いや、それは……」

『ましてや、よその学園の学園自治区の付近なのだから、周囲への被害には最細心の注意を払うのが当然でしょう?』

 

 

 まさか味方からこれほどまで容赦なく刺されるとは思わず、俯いて黙り込んでしまうイオリ。

 その様子を見て満足したアコが、コホン、と咳払いをし再度視線を戻した。

 

 

『……お見苦しいところをお見せしました。それでは本題ですが、私たちはあくまで我が校の校則違反者を捕えるために来ました。風紀委員会の正当な活動に、ご協力いただけませんか?』

『……お断りします』

 

 

 無論、そんな無茶な要求でこちら側が納得することはない。

 そんな私たちを代表するかのように、アヤネははっきりとその提案を拒絶した。

 

 

『あらっ?どうしてでしょうか?』

『どうしても何も……ここはアビドスの自治区です!他校の治安組織が無許可で軍事行動を起こすなんて、自治権の明白な侵害です!』

 

 

 客観的に見ても、別陣営の領土に土足で踏み込んで喧嘩をふっかけるスタイルそのものだ。

 

 

「そうよ!アビドスで問題を起こした便利屋の処遇を決める権利は、こっちにあるのよ!」

「そもそも、ウチのナワバリで勝手に暴れてるとこを黙って見てろってか?気に食わねぇんだよ」

 

 

 どれだけ相手が巨大だろうが、関係ない。

 仲間たちの獰猛な態度に、アコは想定外だったのか、大袈裟にため息を吐いて見せた。

 

 

『はぁ……この兵力を前にしても怯まないなんて……ここまで強気に出れるのは、信頼できる大人の方がいるからでしょうか?』

 

 

 そういって、アコは訝しむように、そして探るように私に視線を向ける。

 

 

〈……私がどうであれ、この子たちの意思は変わらないだろうし……何より、君たちの行為は正しくない〉

 

 

 私はキッパリと言い放つ。

 

 同時に、疑問に思う。どうして風紀委員会がたかが便利屋を捕まえるためだけに、ここまで固執して軍隊を動かしたのだろうか?

 そもそも便利屋を捕まえるのは建前であって、何か別の理由でもあるのではないか?虚像であるはずの彼女の瞳からは、底知れない思惑がひしひしと伝わってくる。

 

 だが、その真意が何であれ、風紀委員会の武力介入がアビドスにとって看過できない暴挙である事実は変わらない。

 数の差は尋常ではないが、絶望的な物量差を覆すような戦闘は何度も経験してきた。

 

 今手元にいる囚人がヒースクリフしかいない、というのが最大の懸念点だが……。

 

 

『そういう訳で、交渉は決裂です!ゲヘナ風紀委員会あなた方に、このアビドス自治区からの即時退去を求めます!』

『はぁ……これは困りましたねぇ。本当は穏便に済ませたかったのですが──』

 

 

 わざとらしく顎に手を当て、やかましくため息を吐くアコ。

 

 この後の展開を予想し、事前に二つの端末を準備する。

 議論で決着がつかないのなら、やることは一つ。

 

 

『──やるしか、なさそうですね?』

 

 

 ──暴力で無理やり屈服させる。この世界でも行き着く先は同じようだ。

 

 

 

〈……来る!〉

『皆さん!攻撃を──』

 

 

 アコの冷徹な号令がかけられ、風紀委員たちは一斉に構え始める。

 被弾したらまずい私とヒースクリフは後方にいるため、銃弾が当たる確率は低いはず。まずは弾幕を凌ぎ切ってから──。

 

 ──その刹那、銃火器の破裂音が響いた。

 だが撃ったのは、風紀委員会でも対策委員会でもない。

 

 

「許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!」

 

 

 その弾丸は狂気的な叫びと共に撃たれた。それも風紀委員会に向かって。

 その予想だにもしなかった襲撃に、風紀委員の何人かはそのまま吹き飛ばされてしまう。

 

 

「ちっ……!」

「あらら〜流石に避けられちゃうか」

〈君は……〉

「あれっ、先生たちいるじゃん。いつの間に?」

 

 

 振り返ると、そこには悪戯っぽく目を細めた一人の生徒が立っている。便利屋のメンバー、ムツキだ。

 ということは、奇襲にかかった生徒はおそらくハルカだろう。

 

 

「さあ……楽しい時間の始まりよ」

 

 

 次にアルがやって来る。

 どうやら颯爽と現れ私たちを助けたのは便利屋68で合っていようだ。

 

 

「な、なんであんたたちが、ここにいるのよ!?」

「……テメェら。どの面下げて助け舟出しにきたんだ?」

「……爆破の件はごめんなさい……!」

「あははぁ……詳しい話は後でするね〜?」

 

 

 セリカ、そしてヒースクリフの疑念の声。

 今すぐにでも敵であった便利屋に理由云々を問いただしたいのも無理はないが、今はそれどころの話ではなかった。

 

 

「嘘をつかないで、天雨アコ」

『あらっ?』

 

 

 ムツキの後ろから、今度はツートンカラーの生徒がアコを責めるように歩み寄ってくる。

 

 

「偶然なんかじゃない。最初からあんたが狙ってたのはこの状況だった」

〈最初から……?〉

 

 

 カヨコ。その物言いから察するに、行政官の思惑や手口に詳しいようだ。

 彼女の言葉が終わると、疑念が確信に変わったかのように、目の前に立つシロコが口を切った。

 

 

「……ん、やっぱり変だと思っていた。どうしてゲヘナの行政官が、わざわざアビドスの生徒の名前を事前に調査して、あんなに自然と口にできたのかって」

「それに、だ」

 

 

 ヒースクリフが言葉を続ける。

 

 

「お前らの到着のタイミングも良すぎる。百歩譲って『便利屋を前から尾行してた』ってこともあり得るが……今もこうして便利屋共がピンピンして前に出しゃばれるってことは、何か別の目的でもあんだろ」

 

 

 さっきアコに強引に遮られて言えなかった疑念を、二人が一気に突きつけた。

 その点在する矛盾の指摘に、カヨコが「その通り」とばかりに頷く。

 

 

「そして、この過剰な兵力と雑な運用……普段の風紀委員長がそんな決断下すわけがない」

「つまり、アコ行政官の独断ってことですか?」

 

 

 彼女はアヤネの言葉に頷いた後、鬼気とした目つきで風紀委員会の部隊をぐるりと見渡し、冷ややかに断言する。

 

 

「たかが便利屋(私たち)を相手にするには多すぎる兵力。他の集団との戦闘を想定していたとすれば、説明がつく。とはいえ、このアビドスの生徒を狙っていたとしても、同様に過剰」

 

 

 カヨコの鋭い眼光が、アコを射抜く。

 

 

「……ということは、結論は一つ」

 

 

 そして、その視線は流れるように──私へと向けられた。

 

 

「アコ、あんたの目的はシャーレ。最初から、シャーレを狙ってここまで来たんだ」

〈……私たち?〉

 

 

 カヨコの言葉に、その場にいた全員の視線が私に集まる。

 

 

「な、何ですって!?」

「先生、を!?」

 

 

 アコの目的は、便利屋でもなくアビドスでもなく、私たち『シャーレ』だった。

 だが、何故?私が何か、彼女の反感を買うようなことをしただろうか。キヴォトスに来て数日、私の行動範囲はアビドスとD.U.の一部、もといシャーレ周辺だけ。ゲヘナ学園の自治区内にすら入っていないし、そもそもこんな行動範囲内で、別の学園の幹部に目をつけられるなんて、ドンキホーテが一日中フィクサーの話題を口にしないのと同じぐらい、あり得ない確率だ。

 

 疑問を宿した視線が突き刺さる中、私はとにかく考えた。

 そして、脳をフル回転させて導き出した結論は……。

 

 

〈……ヒースクリフ。私の見えないところで何かゲヘナにやらかしたのか?〉

「はぁ!?オレはそもそもあいつとは面識はねぇぞ!?冤罪もいい加減にしろ!」

 

 

 可能性としては、ヒースクリフが余計のことをしでかしたぐらいだが、ヒースクリフが心外だとばかりに怒鳴り返す。

 あの時(ヘアクーポン事件)も、問い詰めれば素直に白状するどころか逆ギレしたから……多分、そんなことはやっていないだろう。負の信頼ではあるが。

 

 しかし……彼も違うとなると本当に心当たりがない。

 

 私は改めて、ホログラム越しのアコを見る。涼しげで、全てを計算ずくで動かしているようなその表情。

 ……よくよく考えたら、これは「個人的な恨みや反感」という次元の話ではないんじゃないか?

 

 そうだ、私たちは『シャーレの先生』だ。ファウストの説明が正しければ、連邦生徒会長とかいうすごい人物が超法規的な権限を与えた存在である。そんな人間が、こんな辺境でウロウロしているとしたら……?

 

 だとすれば、彼女がわざわざこんな暴挙に出てまで狙う理由は……。

 

 

『ふふっ、なるほど。カヨコさんがいることをすっかり忘れていました。呑気に雑談なんてしている場合ではありませんね……まあ構いませんが』

 

 

 アコが愉快そうに呟くと共に、ここからそう遠くない場所から複数の足音が響きだす。

 

 

「増員……」

「お、多いですね……」

 

 

 気がつくと、路地裏からゾロゾロと現れてきた風紀委員が、私たちを取り囲んでいた。

 

 

『少々やりすぎかとも思いましたが……シャーレとの戦闘を想定した上で、その他の増援も考慮すれば、これぐらい用意しておいても困らないでしょう』

 

 

 『それに……』とアコは続け、またもや私に視線を送る。

 

 

『ダンテ先生の指揮能力と、その持ち駒の戦闘力を推し量るためにも、この程度の負荷は必須になるでしょうし』

〈……証明?〉

 

 

 もしかして、私をゲヘナに囲い込むと同時に、その実力を試そうとしているのか……?

 

 

『ええ。その通り、正確におっしゃるなら、シャーレのダンテ先生を「先生だと証明」するためのテストだと解釈しても差し支えません』

「ああ?どういうことだ?」

 

 

 察しが悪いと言いたげな、これ見よがしの大きなため息を吐くアコ。

 当然、それを目の当たりにしたヒースクリフの額には青筋が浮かんだ。

 

 

『カヨコさん。先ほどの推理は正解……いえ、半分くらいは合ってます。先ほど話したものと合わせて、目的は二つ。噛み砕いて説明するなら、一つはダンテ先生という危険要素がトリニティに渡ってしまう前に、こちらが先に……彼らとの条約が無事締結されるまで、私たち風紀委員会の庇護下にお迎えすることです。そしてついでとして、その場に居合わせた不良生徒を鎮圧する……といった感じですね』

 

 

 平然と自身の本来の目的を明かすアコ。

 何というか……「ボコボコにして仲間にします」という目的を、それっぽい言葉で飾ってるではないか?まるで幻想体の扱いのようだ……。

 

 

〈ち、ちなみにだが、どうしてテストなんかを?〉

『それは勿論……こんな得体の知れない時計頭が、あの連邦生徒会長が選んだ大人だなんて、にわかには信じられませんから』

〈…………〉

 

 

 正論すぎて何も言い返せない。

 

 連邦生徒会のリンも、最初は私に強い疑念を抱いていた。偉大な資質も、この世界にふさわしい倫理観も、生徒を正しく導ける力もないのかもしれない。やはり私は彼女たちが求める先生の理想像から、かなりかけ離れた存在なのだろうか。

 てかそもそも、私は半ば強制的にこの食に就かされただけであって、そんな重い期待を背負わされてもこっちが困るのだが……。

 

 

「いや。時計ヅラを選ぶことは、何も間違ってはねぇと思うぜ?」

 

 

 どう返せばいいのか悩んでいると、突然ヒースクリフが声を大にして言った。

 

 

〈ヒースクリフ?〉

「確かに見た目はおっかないだろうが、安全なトコから御託並べてるテメェらより、よっぽど信頼できる。いつだって、こいつはオレたち見放したりなんかせずに、命懸けで正しい道に戻してくれたからな」

 

 

 アコを真っ直ぐに睨みつけるヒースクリフ。

 彼もまた、私に助けられた囚人のうちの一人なのだから、このように断言できるのだろう。

 そして彼に呼応するように、対策委員会の面々も次々と口を開ける。

 

 

「ん。どんな手段であれ、ダンテも私たちのことを助けようとしてくれた」

「そうよ!頭が時計だろうがなんだろうが、先生は先生なのよ!」

「だからこそ、私たちのダンテ先生を、易々とそちらに渡すことなんてできません!」

 

 

 対策委員会たちの声には、確かな私への信頼と期待がのせられていた。

 ならば彼女たちの期待に応えてやろうと、私は腹を括り宣言する。

 

 

〈……そうだ。少なくともここには、私を先生だと認めてくれる人がいる。君の身勝手な自己満足や、他校への政治的牽制に付き合うつもりはない。それでも認めないというなら、全力で証明してみせよう〉

 

 

 それでも、わかりきっていたことだがアコは揺るがない。

 

 

『……やっぱり、こういう展開になりますか』

 

 

 まるで悲しそうに呟いて見せたが、その眼差しはひどく冷酷だった。

 

 

『絆や精神論では、ゲヘナの風紀委員会は止められませんよ。仕方ないことですが、実力行使と行きましょうか?』

 

 

 今まで以上に張り詰めた空気が、戦場を支配する。アコは私たちを力ずくでねじ伏せようと躍起だ。

 

 

『やる気なのは良いことですが……たった六人で勝てると思ってるのですか?』

「──十人よ!」

 

 

 そんな時、アルの勇ましい声がアコの嘲笑を切り裂いた。

 

 

『ひょ、標的はあなたたちじゃなかったんですよ!?』

「この状況で借りも返さずに逃げるなんて、そんなの三流の悪党がすることよ!それに……あの生意気な風紀委員会に一発喰らわせないと気が済まないわ!」

「えへっ、アルちゃん言うじゃん!」

「ふっ、言えてる」

 

 

 恨みはあれど、今は割り切って同調するセリカ。

 

 「敵を友に、友を敵に」

 そんな言葉が思い浮かんだ。かつて都市でこの言葉を耳にしたときは、「利益の為なら敵と結託し、都合が悪くなれば味方でも切り捨てる」という無慈悲な意味合いだったが……目の前の彼女たちを見ていると、「昨日の敵は今日の友」という、なんとも眩しい言葉に言い換えられるんじゃないかと思えてくる。

 

 

「自己紹介は……する必要はないわよね?セリカ」

「も、もちろんよ!あ、アル……」

 

 

 他の生徒たちも、名乗る代わりに互いに目配せをして頷き合った。

 

 

「はっ。お前、結構度胸あるじゃねぇか」

「まあ、勢いで乗り切ってるだけだろうけど……」

「ちょ、ちょっと!いい雰囲気だっていうのに、水差さないででよぉ!?」

 

 

 どこか気が抜けそうな会話が繰り広げられる中、心底呆れたようなアコが割って入る。

 

 

『……まさかあなたたちが共闘するとは……ですが、これも想定内ですね』

 

 

 言葉の終わり際に彼女が手を振ると、周囲を取り囲んでいた風紀委員会の部隊が一斉に銃口をこちらに向けた。

 

 

「ん、本当は色々聞き出したいけど、それは後」

『はい。まずは、風紀委委員会を撃退しましょう……!』

 

 

 アヤネの声に私は頷き、今度こそ二つの端末を起動する。

 そして、懐から取り出した新たな人格牌をPDA端末に差し込んだ。

 

 

『風紀委員会の恐ろしさを、嫌というほど味わせ──』

「ふわぁ〜、話ながーい」

 

 

 決め台詞か何かを言い放とうとしたアコに、ムツキがあくびをして茶々を入れる。

 

 

『──ッ!攻撃開始!!』

 

 

 激昂したアコの号令と共に、風紀委員の雄叫びと無数の銃声が響き渡り、各々が弾かれたように走り出す。

 そして、硝子が砕ける音が掻き消されるような程小さく鳴り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 開始の合図がかかって数秒後、戦場は一瞬にして硝煙の匂いで満たされた。

 風紀委員会は圧倒的な兵力で包囲を攻めてくる。対してシャーレと対策委員会・便利屋の連合陣営は個々の戦力は申し分ないものの、絶対数が少なすぎるため、戦力の分散は避けられなかった。

 

 

「ムツキ、頼んだよ」

「はいは〜い」

 

 

 カヨコの指示に弾むような声が応えた。風紀委員会の一般風紀委員たちの頭上へいくつかの黒い物体が投げられた。それらは即座に空中で爆破し、付近にいた数名をまとめて吹き飛ばす。

 奇跡的に爆発から免れた風紀委員も、砂煙の中から穿つ正確な銃弾によってバタバタと倒れ伏した。

 

 

「いい感じね!このまま全員ぶっ飛ばすわよ!」

 

 

 威勢よく声を上げながら、視界に映る敵を射撃で黙沈めていくリカ。その後ろをカヨコとムツキが援護射撃でカバーしながらついていく。

 

 

「油断しないで。アコのことだから、おそらくまだ予備部隊は残してる」

「はぁ……一気に突っ込めばいいのにね?」

 

 

 ムツキが余裕ぶっこきながらアコの消極的な采配を皮肉った、その直後。

 カヨコの予想通り、新たな増援が現れた。

 

 

「……と、これはこれは」

 

 

 増援として現れたのは、同じく統率の取れた動きで銃口を向ける風紀委員の群れ。そして、その先頭に立つ風格の違う銀髪の生徒だった。

 

 

「調子に乗るなよ、悪党ども」

「あんたねぇ……!悪党らしいのはそっちじゃない!こっちは他校の自治区への不法侵入に対して、それ相応の対応をしただけよ!」

「うるさい!」

 

 

 セリカの正論パンチに、図星を突かれ顔を赤くするイオリ。

 その反応を見たムツキは、ここぞとばかりに彼女を揶揄い始めた。

 

 

「くふふ〜、風紀委員会の切り込み隊長サマも、痛いところ突かれちゃったかなぁ?」

「──全員、撃てッ!」

 

 

 ムツキの狙い通り、憤慨するイオリは問答無用に射撃命令を繰り出す。

 

 

「くっ……それぞれ三方向に別れて。相手の戦力分散を狙うよ」

 

 

 カヨコも呼びかけ、三人はそれぞれ散開した。カヨコは左、セリカは右の路地裏へ。そしてムツキだけは、楽しげに笑みを浮かべながらイオリの真正面へと直進する。

 

 

「相手は私よ!イ・オ・リ♪」

「……ふっ。第一部隊は南の奴を、第二部隊は北に逃げた生徒を追え。目の前のナメた生徒は私がやる」

 

 

 真正面から駆け出す両者。

 当然、ムツキはただ素直に直進する訳ではない。走り出しながら上空へ三つの黒い物体を放り投げた。

 

 

「見え見えの罠だ!」

 

 

 イオリの鋭い射撃が、上空へ放り投げられた全ての爆弾を貫く。色々舐められがちなイオリだが、彼女の射撃の腕は本物。

 だが、その爆弾を撃たせることこそが、ムツキの作戦だった。

 

 

「爆薬だと思ったでしょ?残念、発煙弾でした〜!」

「なっ!?」

 

 

 空中で撃ち抜かれた物体から、周囲の視界を完全に奪うほどの濃密な白煙が吹き出される。

 手榴弾などの爆破で攻撃する爆弾ではなく発煙弾なのは、今までイオリとの経験。ムツキの記憶によれば、イオリは搦手にめっぽう弱いのだ。

 

 

「今回も手も足も出ずに負けるのかな〜?」

 

 

 真っ白な視界の中、そんな挑発する声が響く。

 足元の確保すらままならない中、イオリは腹を立てながらも煙の中で動く影を探している……ように見えた。

 

 一方でムツキは、同じ状況に置かれているというのに、その足取りに迷いはなかった。まるで手の内にあるかのように、イオリが立っているであろう位置を見据えている。

 

 

「くっ……!」

 

 

 イオリの歯噛みする音が聞こえた。

 彼女がまたもや翻弄されている様子を想像し、ムツキは微笑まずにはいられない。

 

 カチッ、カチッ、カチッと。乾いた金属音が続いた。

 

 本来のイオリなら、ここで怒りに任せて音のした方へ突っ込んでくるはずだ。そして仕掛けた爆弾の餌食になる。

 だが──。

 

 イオリの影は一瞬たじろいだが、その先走る気持ちをぐっと抑え込み、彼女は現在のポジションを維持したのだ。

 

 

(あれ?珍し)

 

 

 風紀委員会の切り込み隊長らしからぬ、あまりにも冷静な行動。

 普段の猪突猛進な彼女を知るムツキは思わず疑問を抱き、罠を仕掛ける手を止めた。

 ただならぬ気配を感じ、ムツキは万が一に備えてにゆっくりと後退する。罠の配置は中途半端だが、この得体の知れないリスクを前にしては、これ以上進踏み込めない。

 

 

「えっ?」

 

 

 その時、ムツキの視界が橙色に染まった。仕掛けた地雷が不意に爆破したのだ。

 幸い後ろに下がっていたおかげで、直撃は免れたが──。

 

 休む暇もなく、爆炎を貫通して次々と銃弾が飛来してくる。ムツキはひょいひょいとそれらを避けていくが、その余裕綽々とした小柄の体に、煙の中から強烈な不意打ちが炸裂した。

 

 一瞬にして数メートル吹き飛んだムツキは、鮮やかに受け身を取り即座に銃口を向ける。煙が晴れた目の前には、こちらを鋭く見据え、ライフルの銃口を向けるあの切込隊長の姿が。

 

 

「あの時の私だと思うなよ」

「いやぁ〜、ちょっと想定外だったけど……」

 

 

 ムツキの瞳が細かく動く。

 真新しい倒れ伏す風紀委員の姿がいくつかあった。状況は決してイオリにとって有利ではない。

 

 

「そっちこそ、いつまで調子こいていられるかな?」

 

 

 楽しげな声を上げ、引き金を引く。

 連続する破裂音を皮切りに、イオリは姿勢を低くして弾丸を素早く避けながら、一気に肉薄してきた。

 

 肉薄の速度は凄まじく速い。たった数秒で間合いが詰まる。次の一手を考えなければならない。

 

 ならば、あえて懐に誘い込もう。

 

 ムツキは爆弾を取り出すこともなく、そのまま銃撃を続ける。搦手のないただの攻撃では、俊足のイオリを止めることはできない。当然、間合いを詰められた瞬間に、銃床による殴打が叩き込まれ、ムツキはまた後方へ吹き飛ばされる。

 

 ──その叩き込まれる瞬間。

 ムツキは常に携えていた巨大なバッグを、わざと手放していた。イオリの目の前で、だ。

 

 鮮やかに姿勢を立て直したムツキの愛銃が火を噴く。放たれた弾丸は主人を失い宙を舞う大きなバッグを貫いた。

 

 バッグは巨大な爆発を引き起こし、戦場が轟音と爆炎で包まれる。

 たとえイオリ自身を直接的に傷つけることはできなかったとしても、その巨大な爆発は周囲の環境に影響が及ぼす。

 爆炎が周囲の遮蔽物を呑み込み、衝撃でひしゃげた看板がけたたましい音を立てて崩れ落ちた。

 

 

「ふぅ……これで倒れてよね〜?」

 

 

 ムツキの口から、微かな期待をこめた声が漏れる。

 正直、あのイオリ相手にここまで苦労するのは初めてだった。今まで通用したはずの罠が見事に対策されている。だが、あの渾身の搦手にしっかりはまってくれたところを見るに、結局イオリはイオリのままだと、内心ほっとしていた。

 

 しばらくの間、物音一つ立たなかったところだったが、ガラガラと崩れる瓦礫の音と共に、煤だらけのイオリが煙を払って姿を現す。

 

 

「うえ〜っ、しぶといなぁ〜」

「お前らがさっさと投降すれば終わる話だろ!」

「それはお互い様でしょ?」

 

 そう軽口を叩きながら、ムツキは手元に残った最後の手榴弾を弄ぶ。

 

 その時。ムツキの背後から、とある気配を感じ取った。

 最初はカヨコかバイトちゃんかと予想していたが、その気配はとても血生臭く……異常なまでに熱かった。

 

 だが、正体不明の敵意がイオリだけに向いている。味方なのは間違いない。目の前の彼女に効く大掛かりな爆弾もさっきの渾身の搦手でだいぶ消費してしまったため、これ以上闘おうなら負けてしまう可能性が顕著に出てくる。

 

 なら、大人しく引いて、その「ヤバい味方」に任せよう。

 

 

「……待て!」

 

 

 ムツキが一歩ずつ後ろへ下がる。それに気がついたイオリは今度こそ決着をつけようと、瓦礫を蹴り一気に飛びかかってきた。

 

 

「それじゃあ、任せたよ」

 

 

 そう呟きながら、最後の手榴弾を足元に転がすムツキ。

 イオリは踵を踏み込み、バックステップで直撃を避けた。

 

 爆煙が晴れる頃には、ムツキの姿はすでにない。

 舌打ちをして追おうとしたイオリだったが──。

 

 ──ザシュッ。ザシュッ。……ギギギッ。

 

 煙の向こうから、微かに聞こえた音。

 足音ではない。何か切り裂く音と、地面を削りながら近づいてくる音だ。

 

 

「……なんだ?」

 

 

 イオリは行方をくらましたムツキを追うのをやめ、その迫り来る危険な気配に向かって、ライフルを構え直した。

 

 イオリの目に最初に飛び込んできたのは、異常な熱気を孕むオレンジ色の光と、一回り以上も大きな黒いシルエット。

 そして、首元を刈り取らんとする赤く染まった刃だった。

 

 

「なっ──!?」

 

 

 それを、人と呼ぶにはあまりにもおかしかった。

 赤い羽根のようなものを頭部になびかせ、前腕から禍々しい翼を生やした「鳥の化け物」。

 

 その異様さに、首元に刃が迫る直前まで目を奪われてしまったが、彼女の本能が正気を呼び戻させ、鋭く体を沈めてその刃を躱す。

 

 だが攻撃は終わらない。

 イオリの沈み込む動きを予測していたかのように、今度は鋭く変異した鳥類の鉤爪の足が跳ね上がり、避けたはずのイオリの顔面へと、容赦なく叩き込まれた。

 

 

「がっ!?」

 

 

 キヴォトス人同士の喧嘩ではあり得ない攻撃に翻弄され、イオリはそのまま後方へ吹き飛ばされる。

 なんとか姿勢を立て直し、反撃の態勢をとる。だが、相手の攻撃はまだ終わっていなかった。

 

 不自然な姿勢のまま、ただ勢いに身を任せた猛攻が迫る。

 己の身を守ることなど微塵も考えていない、がむしゃらな中国剣の斬撃を、イオリは必死に身を捩り、あるいは銃身で受け止め、嵐のような連撃をやり過ごそうとする。

 

 だが勢いは止まることを知らず、打ち合うたびに熱と重さを増して切り続けた。

 

 

「ぐっ……さっさと離れろ!」

 

 

 防戦一方の窮地に我慢ならなかったイオリが、強烈な蹴りを放って無理やり距離を取り──即座に追撃の弾丸を打ち込む。

 ところが、相手は前腕から生えた禍々しい翼が、全身を包み込み、強引に弾丸を防いだ。

 

 ……いや、防げていない。

 着弾の衝撃と共に、翼からは赤い黒い血がボタボダと滴り落ちていた。どうやら、相手の銃弾への対策は皆無らしい。

 

 

(トリニティ……じゃないな。あんなバケモン、トリニティどころかキヴォトスでも見たことないぞ!?)

 

 

 下手に動けない戦局。イオリは決して見失わないように、目の前の敵へ鋭い視線を送る。

 

 

「……は、ハハハハハッ!!なかなかやるじゃねぇか!!」

「お、お前は!?」

 

 

 狂気的な笑いを発しながら、バケモノが血が滴る翼を広げ、刃を構え直した。

 炎の明かりで、敵の顔がやっと見えた。

 見違えるほど正気でない表情をしていたが、その男の顔は忘れもしない。

 

 ヒースクリフだ。

 さっき生身で腹を蹴られて悶えていたヒースクリフが、ここまで強気に、しかも全く別の姿で戦場に現れている。

 いやおかしい。目の前に立つ男がヒースクリフなら、どうしてさっきの服装と全く違うのだろうか。

 

 

「お前……なんだその姿は!?最後に見た時とは全然違うが……」

「ごちゃごちゃうっせぇ!!そんなことより喧嘩だ!喧嘩!!」

 

 

 黒獣ー酉筆頭、ヒースクリフ。

 

 理性を極限まで取り払い、ただただ戦闘を求める傷だらけの黒い姿は、まさに闘鶏。

 その酉丸の副作用により、闘争を本能から求めるようになった精神は、己の体が燃えようと、風穴を開けられようとも一才の躊躇がない……まさに狂気そのものだった。

 

 彼はイオリからの対話の試みを即座に断ち切り、再度斬り刻もうと跳躍した。

 

 

「なんて奴だ!?」

 

 

 冷や汗をかきながらも、迫り来るヒースクリフを撃ち抜こうと躍起になるイオリ。

 正確無比な射撃で急所を狙うが、熱に浮かされた彼は、被弾することなど微塵も気にしていない。

 

 放たれた二つの弾丸のうち、一つがヒースクリフのふくらはぎを深く撃ち抜いた。血が噴き出す。それでも、鶏の進行は止まらない。

 

 

「嘘だろ!?」

「ハハハ!ハハハハハハッ!!」

 

 

 ヒースクリフは大口を開けて笑いながら、剣を振りまくり、イオリを斬り伏せようと猛攻を仕掛ける。今回はそれに加え、中国剣の切り刻んだ軌跡から大量の火の粉が舞っていた。

 

 それらはヒースクリフの上着を発火させ、元々彼が待っていた火の勢いがさらに増大させていく。

 そして恐ろしいことに、我が身を焼くその高熱が、さらにヒースクリフの狂気と身体能力を加速させているようだった。

 

 

「あつっ!?」

 

 

 飛び散る火の粉がイオリの制服にも燃え移り、彼女の肌までもを焦がそうとする。

 熱に浮かされ、痛みすら快感に変えているヒースクリフとは違い、イオリは常軌を逸したその炎に確かな苦痛を感じ苦し、顔を歪めていた。

 

 

「こんなにしぶとい奴は初めてだ!!もっと楽しませてみろよ、なぁッ!!?」

 

 

 狂笑と同時に振り下ろされるヒースクリフの一撃が、イオリを強引に押し返し、後方へ大きく下がらせる。

 圧倒的な熱気に包まれた彼は、おもむろに懐から新たな柄だけを取り出した。

 

 刀身はない。だが、その柄には特別な油が仕込まれているようだ。

 彼はそれを強く握り締めると──あろうことか、先ほど撃ち抜かれたふくらはぎの傷口へ、その柄を深く押し当てたのだ。

 

 

「なっ、何をしてるのよ!?」

 

 

 目を疑うイオリ。

 常人には理解できないその行動は、彼にとっての儀式。血と油が混ざり合い、凄まじい熱量と共に引火する。激しく燃える音を立てて、何もない柄の先から赤黒い炎の刃が噴き出した。

 

 

「また妙な……うわっ!?」

 

 

 次々と起こる異常現象を前にイオリが困惑する中、ヒースクリフは構わず二つの刃で、彼女の隙だらけの体を切り刻みにかかる。

 先程よりも炎の勢いと殺気は増し、イオリの制服を、肌を焦がさんと容赦なく荒れ狂う。

 

 イオリも防戦に徹そうとするも、予測できない斬撃、そして自身にまとわりつく炎の苦痛の蓄積によって、態勢すら取れなくなり、赤い刃の嵐を喰らい続け……。

 

 

「ふっ!!」

「きゃあっ!?」

 

 

 ふらふらと立ち尽くす彼女の腹部に、炎を纏った渾身の蹴りが叩き込まれる。

 抵抗すらできず、イオリの身体は弾かれたように裏路地の壁際へ吹き飛ばされてしまった。

 

 

「くっ……くそっ……!」

 

 

 これでもかとボロボロにされながらも、イオリは必死に彼を睨みつけ、噛みつこうとする。だが、限界を迎えた身体はついに言うことを聞かず、彼女は地面に崩れ落ちて意識を手放してしまった。

 

 

「……ちっ。手応えのねぇ」

 

 

 ヒースクリフは倒れたイオリにトドメを刺すどころか、一瞥すらくれなかった。

 彼の乾きは、一人の獲物を仕留めた程度では癒えない。血塗られた獣は、すぐさま次なる闘争を求めて、別の戦場へと跳躍していった。

 

 

 

 

 

「……リ!…オリ!イオリ!」

 

 

 倒れ伏すイオリの元へ、眼鏡をかけた一人の生徒が駆け寄ってくる。風紀委員会の救護担当、火宮チナツだ。

 

 

「チ……チナツ?」

「よかった……意識を取り戻してくれましたね」

 

 

 そっと胸をなでおろしたチナツは、煤だらけのイオリの傍らに膝をつき、制服でくすぶる残り火を急いで払い落として応急処置に取り掛かった。

 

 

「……どうやら敵は思ってたより手ごわいようですね」

「ああ……急に現れてきたと思ったら一瞬でボコされた……まじで何なんだあいつ」

 

 

不貞腐れたように唇を噛みながら、イオリはおもむろに立ち上がろうとする。

 

 

「イオリ! まだ治療は終わっていません! 無理に動かないでください!」

「大丈夫よ。傷も……そこまで致命傷って程じゃないから、まだ戦えるわ。それに……」

 

 

 イオリはギリッと奥歯を鳴らし、ヒースクリフが飛び去っていった方向を鋭く睨みつけた。

 

 

「散々暴れ回った挙句、トドメも刺さずに無視して置いていくなんて……。あそこまでコケにされて、黙って引き下がれるわけないでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど……まさか、あなたたちがここまでやるとは……』

 

 

 アビドス市街地のとある一角。

 私の目の前にいるホログラム越しのアコが、心底驚いたように呟いた。

 

 

〈そろそろ手を引いたらどう?君がいくら兵力をまたつぎ込もうと、この戦局は変わらないと思うんだ〉

 

 

 次々と撤退する風紀委員たちを見やりながら、私は言い放つ。

 戦闘が始まって数十分は経った。既にお互いの戦力の内訳が色々と見えてきたが、とりあえず言い切れることは、現在の少ない戦力でもなんとか戦える、ということだ。

 

 対策委員会は勿論、便利屋までも即興のチームワークで難なく風紀委員を次々と倒してきた。

 そしてヒースクリフだが、彼に「黒獣ー酉筆頭」の人格を被せたおかげで、乱戦の最中、生徒たちが撃ち漏らした敵たちを不意打ちの斬撃で確実に仕留めてくれている。

 

 ただ、いい意味でも悪い意味でも、私たちは拮抗状態だということ。いかんせん風紀委員の数が多すぎる。全部隊を倒し切ったと思ったら、また新たな部隊がやってくるのだ。

 

 例えるなら……H社の裏路地でやり過ごした「裏路地の夜」。

 無限に現れてくる敵。波のようにインターバルがある増援。まあ、銃器だったり兵器だったり、掃除屋以上に厄介な要素はいくつはあるが……。

 

 とにかく、終わりが見えないのだ。正直なところ、私の体力もそろそろ限界に近づきつつあった。

 

 

「ん、私はまだやれる」

「ふふっ、こんなの『準備運動』にすらならないわ」

 

 

 一方で目の前の二人は依然として元気だ。本当に、彼女たちの体力が恐ろしいよ……。

 

 

『ですが、この兵力だけでもあなたたちを抑え込めるのですから、やはり消極的に戦う作戦は大成功です』

 

 

 風紀委員会には膨大な資源と時間がある。私たちが新たに投入された部隊と戦っているうちに、撤退した部隊が回復してまたやってくる。一方で、私たちには限りある資源しかない。このまま消耗戦に持ち込まれてしまうと勝機が見えなくなる。

 

 手にしているシッテムの箱に目を落とす。私が直接担当している区間以外のところでも、大体似たような戦局になっているようだ。

 そしてイオリと対峙したムツキ・カヨコ・セリカはというと、たまたま出くわしたヒースクリフと合流したおかげで、彼女たちが向かった方向の勢力を鎮静化させることに成功し、今は他の仲間のところへ向かっている。

 

 あのイオリも、例外ではなく敗れて撤退……してくれたら、どれほど嬉しかったか……。

 

 

「ヒャハハハハ!!またその体を啄んでやるよォ!!」

「ぐっ……!」

 

 

 アコの背後で、一般風紀委員と猛々しい炎に囲まれながらも、高笑いしながら次々と切り裂くヒースクリフがいる。そんな暴れまわる彼を相手しているのは、あのイオリだ。

 斬撃を捌き、間合いを取ろうとする彼女の動きにさっき見たような余裕はなかったが、食いしばりながらも追いつこうとしている。

 

 

「お待たせ……って、なんなのあれ!?ヒースクリフが燃えながら暴れまわってるんだけど……」

 

 

 物理的にも熾烈な戦いに目に奪われていたところに、セリカとカヨコがこの場に到着した。

 そういえば、ヒースクリフが味方討ちしないように先に退却させてたな。初めて狂喜乱舞する彼を二人の目は若干遠い。

 

 

『おや。向こう側にいたカヨコさんがここに……あちらの心配はしなくていいのですか?』

「あんたの後ろで暴れまわってる先生のおかげでね」

 

 

 カヨコはそう言いながら、手にしている拳銃をアコに向ける。

 

 

『ふふっ、その余裕綽々とした姿勢もいつまでもつでしょうね?』

 

 

 アコが弄ぶように笑うと、巨大な人影が飛来し、一瞬だけ彼女の姿が歪みだす。

 

 

〈ヒースクリフ!〉

「──すっこんでろよお前ら!危うく斬っちまうからな!」

「や、野蛮ね……」

 

 

 いつでも飛び掛かれるように姿勢を低くするヒースクリフ。

 彼を追うようにアコの背後からイオリと風紀委員が押し寄せてくる。

 

 

『お遊びはここまでです。イオリ、ここで決着をつけてください』

「分かってる……!」

 

 

 風紀委員会の面々が持つ銃火器の引き金に次々と指がかけられる。

 再び戦火が強く燃え上がらんとしていた。

 

 

 

 

 

 ──だが。

 

 

〈……ん?〉

 

 

 この場に、この市街地に、この砂漠に、なんとも異質な音が響いた。

 単なる銃撃戦の音や風紀委員会の所有する兵器の駆動音でもない。本当に異質で、この場にふさわしくない音だ。

 

 

「……あ”?」

「な、なにかしら……?」

 

 

 その音が聞こえたのは私だけではなく、この場に居合わせた全員だ。誰もがその音に反応して、怪訝な声を漏らす。

 

 

「ん……これ、シャチの声?」

「しゃ、シャチ!?なんでその声が……」

 

 

 ……シャチ?

 たしか……海に生息する動物だよね?だとしたらおかしい。ここ、アビドスに海どころか……水だってないじゃないか。

 

 ……待て。この感覚。

 

 

〈違う。シャチなんかじゃない〉

「……説明して、ダンテ先生」

 

 

 私の時計が強く疼く。これは……向こう(都市)でなんども味わった感覚だ。

 でもなぜ?私は一度も黄金の枝の気配を感じてすらいなにというのに……?

 

 いや、推理は後回し。今はこの感覚に従う。

 この共鳴で分かった。そのシャチの鳴き声ははただの動物のものじゃない。

 

 

〈私たちは知っている……アヤネ!私たちの周囲を捜索してくれ!〉

『えっ!?は、はい!至急……』

 

 

 アヤネは困惑しながらも私の切羽詰まった要求を承諾する。

 

 

『ダンテ先生があそこまで狼狽えるとは……一体なんだというのです?』

「あ、アコちゃん、なんか嫌な予感がするんだけど……」

『イオリまで……ですが、このまま引き下がるわけには──!』

 

 

 

 

 

『み、皆さんのところへ……信じられない質量の「何か」が向かっています! レーダーの反応がおかしいです、生体反応じゃありません! 避けてください!』

「ん……!」

 

 

 もっと早く気づくべきだった。黄金の枝がこのキヴォトスにあるということは、逆説的に旧L社が、そしてあの危険な存在がこの世界に顕現していることが証明できたはずだ。

 

 遠い場所から、泥水をかき分けるような轟音が響きだす。砂漠にそんな音が聞こえるなんておかしいことだが、あいつらに常識は通用しない。それは止まることなく、凄まじい速度で徐々に寄ってくる。

 そして……路地裏の陰から、不気味に発光する緑色の蛍光灯が見えた。

 

 

 しかし、アヤネと私の警告も虚しく、その場にいた全員と共に足元から吹き出した緑の濁流に呑まれてしまった。

 地上に立っているはずなのに、緑の液体に溺れていく。息はできるが、身体が沈み込む。……都市の外に来てまでこんな現象に見舞われるとは、まったくもって笑える話だ。

 

 

「なに……これ……!?」

 

 

 水中に響くセリカの声。それとともに、パニックに陥った生徒たちの悲鳴があちこちからくぐもって木霊した。

 だが、私とヒースクリフはこんな『理不尽』には慣れ切っている。だからこそ、私たちが落ち着いて彼女たちを導かなければならない。

 

 

〈ヒースクリフ! 風紀委員会との戦闘はやめだ! 今は──〉

「分かってる! 分かってるけどよ……!」

 

 

 緑色に染まる海の中。

 濁った視界の奥に、ぼんやりとした光が明確に見えた。

 

 

「なんであのバケモンが、こんなトコにいんだよ!?」

 

 

 ヒースクリフが忌々しげに吼える。

 

 水底から、とても無邪気な少女の笑い声が聞こえる。

 その声の主は……『幻想体』。無数の蛍光灯が漂う緑の濁流の中で、不気味に揺蕩う巨大な怪魚──『夢貪る濁流』だった。

 




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