LCB、シャーレの先生になる 作:ハーメルンのTakamagi
一体何が良秀を待ち受けてるっていうんだ?
〈私は…………〉
眩い光の底から意識は浮かび上がる。浮かび上がる頃には列車は音もなく終着駅で停車していた。
〈『都市の理の外』で見つかった黄金の枝を奪回するために…………次元移動をしたけど…………〉
二度の意識喪失。あらゆる光景がツギハギに繋げられ、脳へ映し出される。
〈衝撃のあまり意識を失ったら…………あの列車に…………〉
蒼穹の下で走る白い列車。その座席から見渡す景色は心を奪われるほど、鮮明に、そして輝いて見えた。
〈それで…………〉
夢のような空間の中で現れた少女。彼女の容姿は詳細までは思い出せなかったが、蒼穹のキャンバスの中で佇んでいても色褪せることはなく、寧ろ色彩をより眩かせた。
──だが、そんな美しい残像とは裏腹に、背中には冷たく硬い感触があった。鼻をつくのは、湿ったカビの匂いと鉄錆の匂い。
〈ところで…………今私はどこにいるんだ?〉
手繰り探り記憶を取り戻す最中、そんな疑問が思い浮かんだ。
それだけではない。この思考を皮切りに湧き水のように次々と疑問が溢れ出す。
果たして、次元移動は成功したのか?
あの時見えなかった囚人は今どこにいるだろうか?
私の身に何か起こったのだろうか?
いや、疑問を並べ連ねたところで何も解決はしない。まずは現在地を確認しよう。
この不安を煽る雰囲気…………どこかの裏路地にでも外れ落ちたのか。
しかし不思議なことに、体には依然として座っている感覚が残っている。
今度は麻痺していた体の感覚が戻りつつあった、試しに体を動かそうとしたが、手足と腹部に縛られている感覚が私を刺激し、同時に制止させている。
〈どういうことだ…………?〉
都市において、私のような目新しい人間は大抵殺されるのがオチだ。死にはしなくても、体の一部分が欠損させられたりと、抵抗しないように手を加えるはずだ。
なのに、そんな感覚がしない。壊さないように丁寧に扱う仕打ちに、余計謎を呼んだ。
「……おや。やっと起きてくださいましたか」
不意に、粘つくような、それでいて知性を感じさせる男の声が降り注いだ。
私は反射的に音のした方へと顔を上げる。
私を出迎えたのは、薄暗い裏路地には似つかわしくない、仕立ての良い黒いスーツを着た男だった。
だが、何よりも異様だったのはその顔だ。
目も、鼻も、口も、人間らしい部位は存在していない。
まるで黒い硝子が砕け散ったかのように顔面がひび割れ、その亀裂の奥から、目と口を象るように眩く白い光が漏れ出していたのだ。
〈ね、ねじれ?〉
反射的に時計の音を奏でる。
裏路地で目撃できる奇怪な存在といえば、それらが真っ先に思い浮かぶ。
しかし、私の思考──あるいは時計の音を理解したのか、男は興味深そうに口元の亀裂を歪めた。
「『ねじれ』……?耳慣れない言葉ですね」
男は私の言葉を否定するどころか、まるで未知のサンプルを味わうように反芻した。
「何を指す言葉が分かりませんが……不思議と共鳴しますね。実に興味深い定義だ」
〈は、はぁ…………ん?ちょっと待て、なんで私の言葉が…………〉
私は反射的に相槌を打ち──そして、戦慄した。
おかしい。今の会話は成立するはずがないのだ。
私の頭部は時計であり、発する音は無機質な秒針の音やアラーム音……本来、会話など成立するはずのない雑音のみ。囚人や一部の人間(ヴェルギリウスやデミアン)にしか理解できないはずだ。
だというのに、目の前の男は私の「音」を翻訳するどころか。その意図まで正確には汲み取って回答して見せた。
こいつ、何者だ?少なくともただの裏路地の住人ではない。
「クククッ……驚かれていますね。意思の疎通ができたことが、それほど奇妙ですか?」
男は私の動揺すらも見透かし、顔面の亀裂から漏れる光を愉悦に歪ませた。
「空間に突如発生した未知のエネルギー反応……駆けつけてみれば、貴方が倒れていた。私の好奇心を刺激するには十分すぎる出会いです。改めまして。私のことは『黒服』と呼んでください。未知なる客人殿」
男は恭しく一礼し、名乗りあげた。
一方私はというと端的な説明しかされず、未だに状況を飲み込めずにいた。
「本来ならば、貴方のような未知の存在は解剖し、その神秘を暴くのが筋なのですが……貴方からは我々と同質の『匂い』がします」
〈……匂い?〉
「ええ。混沌を定義し、管理し、利用する……所謂『大人』の匂いです」
黒服と名乗った男は、拘束された私の顔に近づけ、まるで共犯者に囁くように言葉を紡ぐ。
「貴方は
差し出された手。いや、比喩ではなく物理的に拘束されているので手は取れないのだが。
しかし、男の提案は予想外だった。てっきり解剖される未来しか待っていないと思っていたが、どうやらこの男は私を「同類」として見ているらしい。
正直言って、この提案は「アリ」だ。
現状、私は無力だ。囚人達もそばにはおらず、自分の身を守る術は何一つない。ならば、ここは相手の勘違いに乗じて時間を稼ぎ、情報を引き出すのが得策だ。恐らく。
私は努めて冷静さを装い、相手の興味を引くような「大人の回答」を心がけて思考を飛ばす。
〈……なるほど。いきなり解剖されるかよりは、ずっと魅力的な提案だ〉
「ククク……話が早くて助かります。やはり貴方は私の見込んだ通り、知的な方だ」
〈だが、パートナーになるには情報が足りない。いくつか質問させてはもらわないか?〉
「ええ、構いませんよ。これから共に歩む盟友なのですから。何なりと」
男は余裕たっぷりに両手を広げて見せた。
私はその態度に警戒心を抱きつつ、最も重要な問いを投げかける。
〈単刀直入に聞く……ここはどこだ?〉
「学園都市『キヴォトス』です」
〈……?〉
が、学園都市?き、キヴォトス?
多分「翼」の名前のことを言っているのかな……キヴォトスの頭文字は……K?
K社!?……いや、あそこにしては監視ドローンもHP弾も見当たらないな。
質問が抽象的すぎたか。私はもっと具体的な座標を聞くことにした。
〈えーっと、質問が悪かったみたい……ここは、『何区』の裏路地だ?〉
「……区?アビドス自治区ですが……」
〈え?いや、名前じゃなくて数字だよ、数字……〉
「数字……?何のことやら…………?」
黒服は本当に心当たりが無い様子で、つるりとした顔を傾げた。
私もまた、男の言っている意味が理解できず、時計の針を止める。
〈…………?〉
……ダメだ。致命的に話が噛み合っていない。
余計事態を混乱させる事象に、私は頭を悩ませていると────
「…………数字。なるほど、数字、ですか」
男は何かを反芻するように呟くと、不意に押し黙った。 顔面の亀裂から漏れていた光が、まるで計算処理を行うかのように激しく明滅する。
〈お、おい?〉
「…………ククッ、クククククッ! そうですか、そういうことでしたか!」
沈黙は一瞬。男は前触れもなく、不気味な笑い声を上げて天を仰いだ。
〈な、なんだ? いきなり笑い出して……〉
「失礼。あまりに合点がいったもので」
男は笑いを含んだ声で、けれど今まで以上に熱っぽい視線を私に向けてくる。
「貴方がここの地理を知らないのは、無知だからではない。貴方の中にある常識が、この
彼は両手を広げ、歓迎するように宣告した。
「本当に私たちは似ていますねぇ!! まさか貴方まで、外から訪れた『異邦人』だったとは!まあ、正確には私とはまた別の世界から迷い込んだようですが…………これはいよいよ、解剖するには惜しい」
黒服は大袈裟に手を再度差し伸ばす。
「さあ!この手を取ってください!改めて、我々と共に神秘の研究に勤しみましょう!」
〈…………〉
本来であれば、合理的に考えてその手を取るのが得策だろう。相手は未知の強者。従えば解剖される確率は下がり、安全は保障される。
しかし──私の心が違うと告げている。
私には重要な契約がある。あの手のかかる12人の囚人たちを導き、星を集め、私自身の「記憶」を取り戻すという契約が。 彼らを見捨てて、自分だけ安全圏で研究に没頭する? ……あいにくだが、そんな趣味はない。それに、私はこれでも一企業の「重役(管理人)」だ。安売りするつもりもない。
〈……断る〉
私は彼の手を見据え、短く、しかし明確な拒絶の音を鳴らした。
「……ほう?」
私の答えに、黒服は怒るでもなく、試すかのように鼻を鳴らす。
〈私には果たすべき契約がある。それに、部下を探しに行かなければならないんでね。貴方の火遊びに付き合っている暇はないんだ〉
「契約、ですか。……なるほど、貴方なりの美学をお持ちのようだ」
黒服は感心したように頷き──そして、残念そうに溜息を吐いた。
「実に惜しい。貴方とは良き友になれると確信していましたが……交渉決裂ですね」
次の瞬間、彼の右手が懐へと伸び、怪しげな液体が入ったシリンジが取り出された。
「私のパートナーにならないのであれば、仕方がありません。カイザーコーポレーションへの手土産──兵器運用のための生体部品として、有効活用させていただきましょう」
〈っ!? ふざけるな!〉
けたたましいアラーム音を鳴らしながら、私は必死に身をよじるが、拘束はびくともしない。男が躊躇なく針を首筋に向けた、その時だった。
「──ねぇ。いつまで待たせる気なの?」
薄暗い部屋の空気を凍りつかせるような、憤りが込められた低い声。
カツン、と乾いた足音と共に、小柄な人影が暗闇の中から歩いて出てきた。
乱れた桃色の髪に、左右で色の違う瞳。手にはその小さな体躯には不釣り合いな、巨大な盾とショットガンが握られている。
そして頭上には、一般的な形とは異なる「光輪」が浮かんでいた。
……現地の子か?
だがその表情には、年相応の幼さは微塵もない。
「くだらない契約の話をしに来てやったんだ。さっさと終わらせてよ、黒服」
その少女はゴミを見るような冷たい瞳で、私と黒服を見下ろしていた。
「クククッ。そう焦らずとも、即急に対処しますよ」
まずい。このままだと私はどうあれ死んでしまう!ここは一か八か、この乱入者に賭けるしかない!
私は必死に時計の音を鳴らしながら、なりふり構わず彼女に助けをせがんだ。
〈そ、そこの人!頼む、助けてくれないか!〉
私の必死な音を聞いて、彼女はチラリとだけこちらに視線を向けた。 オッドアイの瞳と、私の時計の文字盤が交差する。
──届いたか?
一瞬の希望。だが、彼女の反応は残酷だった。 その瞳に宿っていたのは、助けを求める人間を見る目ではない。 まるで、道端で誤作動を起こしているガラクタを眺めるような──無関心な一瞥。
彼女は私の言葉を雑音と切り捨て、すぐにプイとそっぽを向いてしまった。
──ああ、終わった。
絶望に染まる私の首筋に、チクリとした痛みが走る。
「それでは、良い夢を」
黒服の囁きを最後に、私の意識はプツンと強制終了した。
評価、感想、誤字報告お待ちしております。