LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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砂漠という隠れ蓑

「独断での武力行使、それに他校の自治区への無断侵攻……随分と好き勝手やってくれたみたいね?」

 

 

 悠々と、砂漠の道路の真ん中を歩いてくる一人の生徒。

 彼女が忽然と姿を現したかと思うと、この場にいる全員──とりわけ、ゲヘナ風紀委員会のアコが、明らかな狼狽と驚きを隠せずにいた。

 

 

「お、おい……なんであいつら、急にブルブルと縮こまりだしたんだ?」

 

 

 先ほどまで強気だった風紀委員たちの豹変っぷりに、ヒースクリフも訝しげに眉をひそめている。

 

 真っ直ぐにアコの目の前まで進み出る彼女はどうやら、正真正銘のゲヘナ風紀委員長らしい。

 その小柄な体から放たれる重圧は、私たちに対しても警戒の念を撒き散らしているものの……彼女の口ぶりからするに、純粋にアコたちの増援に来たという訳ではないようだ。

 

 

『ひ、ヒナ委員長! そ、それは……語弊があります! ただ私は、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……っ!』

「便利屋68のこと? ……どこにもいないけど」

『な、何をおっしゃっているのですか! 便利屋ならすぐそこに──』

 

 

 信じがたい言葉を告げられたアコは、冷や汗をダラダラと流しながら勢いよく私たちの方を指差した、のだが……。

 

 

『……あれっ? そ、そんな馬鹿な!? さっきまでそこにいたはず!?』

 

 

 アコの指差す先には、私とヒースクリフ、そして対策委員会の面々しかいなかった。

 ……そう。つい先ほどまで満身創痍でへたり込んでいたカヨコも、合流してきたばかりのムツキたちも、いつの間にか煙のように姿を消していたのだ。

 

 

「って、え? なんで!? いつの間に消えたのアイツら!?」

『シッ! セリカちゃん、静かにしてください! 向こうは私たちが便利屋と共闘していた詳しい情報を知らないみたいなので、ここは何も言わないほうがいいですよ!』

〈随分と慣れている逃げ──いや、退却だ……〉

 

 

 鮮やかすぎる逃げ足に思わず呆れてしまうが、とはいえ、ここで重要な戦力を失ってしまったのは少し悔やまれる。もしあのヒナという底知れない生徒が、突然こちらに牙を剥いてきたらひとたまりもないのだから。

 

 

「最初から最後まで、なんとも無様な有り様だな。アコ行政官?」

 

 

 その時、もう一人。ヒナとともにこの地に訪れた人物が口を開いた。

 風紀委員たちの列の中から、もう一つの足音が進み出てくる。とてつもなく見覚えのある服装と険しい顔つきだった。

 着丈の短いLCBの制服に、サーベルを腰に提げた大人の女性。それに有無を言わせぬ鋭さを持った声。

 

 

『う、ウーティス先生まで!?』

「ん……ヘイローのない人間の大人。もしかして、ヒースクリフたちの同僚?」

「あー……そうだな」

 

 

 シロコの問いにヒースクリフが鼻を鳴らす。

 間違いない。少し前にチナツから知らされていた言葉通り、やはりウーティスはゲヘナ側にいたのだ。

 彼女は私たちの前へ出ると、こほんと咳ばらいをして口を開いた。

 

 

「お久しぶりでございます、管理人様!どうやらご健在のようですね」

〈久しぶり……そっちも、かなり適応しているというか……〉

「環境への適応は何よりも重大な事項ですから、当然でございます!」

 

 

 相も変わらず媚びへつらうような姿勢だが、逆に安心する。

 

 

「なんだあの態度は?私たちのときより随分」

「ええ……」

「本当に態度が様変わりしてるわね……」

 

 

 その後ろで、風紀委員会の面々が小言を漏らした。いつものウーティスからは想像つかない姿勢に、思わず突っ込まずにはいられないのだろう。

 

 するとウーティスは後ろへ振り向き、小言を漏らした生徒たちに向かって大声を──ではなく、事の犯人であるアコへと駆け寄った。

 

 

「さて……お前がわざわざ打ち明かす必要はない。貴様の失態は、こちら側で既に把握している」

 

 

 ウーティスは冷徹な眼差しでアコを見下ろすと、朗々とその罪状を並べ立てた。

 

 

「事前の通達もない無断の兵力行使。宣戦布告と捉えられても差し支えのない、他校の自治区への無断侵入。……そして何より、我らが管理人様の身柄を強引に確保しようとする不敬! 数え上げればキリがないな。とにかく、貴様は今一度、自らの身の程を弁えるべきだ!」

『ちょ、ちょっと待ってください! 私は今後のゲヘナのため、ひいてはエデン条約の布石ために……!』

「それでもよ、アコ」

 

 

 必死に大義名分を口にして抗弁しようとしたアコの言葉を、ヒナの静かな、しかし有無を言わさぬ声が遮った。

 

 

「そもそも私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。そういった外交問題や面倒な(まつりごと) 万魔殿 (パンデモニウム・ソサエティー)の連中にでも任せておけばいいの」

 

 

 次々と浴びせられる二人の絶対的な正論に、アコはぐうの音も出ず、ただ黙って俯き、叱責を受け入れるしかなかった。

 やはり、今までのアコの独断専行は、風紀委員会のルールの範疇を大きく超えた不適切なものだったらしい。

 

 

「私はヒナ委員長殿に何度も言ったはずだ。シャーレの先生であり、我らの管理人様であられる御方は、必ずやこの都市をまとめ上げるだけの実力をお持ちであると」

 

 

 ウーティスはアコから私へと視線を移し、その険しい顔をパッと綻ばせて胸に手を当てた。

 

 

「それでも万が一、管理人様の実力を疑うというのなら、こんな回りくどく愚かな方法ではなく、正面から堂々とシャーレの玄関を叩き、教えを乞うべきだろう」

『ぐっ……! 外部の人間が勝手なことを――!』

 

 

 なおも口答えしようと食い下がるアコ。だが、彼女の言葉は最後まで続かなかった。

 

 

「アコ」

 

 

 ヒナが短く、静かな声で彼女の名前を呼んだからだ。

 たったそれだけ。声を荒げたわけでもないのに、その一言には有無を言わせぬ絶対の重みがあった。

 

 

「これ以上は醜態よ。……委員長権限で命令する。天雨アコは直ちに全指揮権を私に委譲し、通信を切って自室で謹慎しなさい」

『……っ。……了解、いたしました』

 

 

 ヒナの冷酷なまでに冷静な命令に、アコは悔しげに深く俯く。そして、ホログラムの姿ごとプツンと霧散し、通信は完全に途絶えた。

 

 

「全く……往生際の悪い副官だな。委員長も苦労される」

 

 

 呆れたように漏れ出たウーティスの文句を、ヒナは静かに聞き流しながら、改めて真っ直ぐに私たちと視線を合わせた。

 数秒間、誰も口を開くことなく沈黙が続く。それはまるで互いの出方を探るような、とても張り詰めた空気だった。

 

 

「じゃあ改めて、やろうか」

〈ちょっと!?〉

 

 

 気でも狂ったのか、シロコが突然、一切顔を動かさないままヒナの眉間へ向けて愛銃のアサルトライフルを構えだす。

 

 

『ちょ、ちょっとシロコ先輩、何言い出すんですか!? ゲヘナの風紀委員長と言ったら、キヴォトスの強者中の強者ですよ!? それに隣のウーティスさんも、風紀委員会側かは判別つきませんが只者ではなさそうですし……!』

「あの指揮官気取りなら大丈夫だろ。時計ヅラにおべっか使いまくってるしな」

『と、とにかく!ここは交渉にでるのが吉です!』

 

 

 インカム越しのアヤネが必死にシロコを宥めると、少し申し訳なさそうに眉をひそめながら、大人しくアサルトライフルの銃口を下げた。

 

 

「ん……ごめん」

 

 

 しかし一方で、銃口を向けられた当人であるヒナの心境は、決して穏やかではないようだ。

 

 

「……こっちも事態を丸く収めたいけど、正直言って私は乗り気じゃないの」

『ど、どうしてですか!?』

「アコが暴走したとはいえ、そっちが風紀委員会の公務を妨害し、武力を行使したのも事実。残然るべき処置を取るべきじゃないかしら?」

 

 

 いくらアコが不法に武力を行使したからといって、風紀委員会はゲヘナ学園におけるれっきとした公的機関の一つ。それを正面から叩き潰したとなれば、公務執行妨害として扱われるのは当然の話だった。

 

 ヒナの少し理不尽に思える発言。だがウーティスはノーコメントだ。これは……裏切られたのか、それとも何か裏が?

 事態がだんだんと複雑になる予感を感じながら、私はそばにいる対策委員会とヒースクリフに向かって話し始めた。

 

 

〈こ、これ、どうするの?〉

「風紀委員長さんがおっしゃっていた通り、こちら側も相手に迷惑をかけてしまいましたが、これは当然の対応です。ここは無理にでも対抗するべきだと」

 

 

 ノノミは冷静に物事を分析しながらも、自身の学校のために戦うべきだと提案する。

 シロコ、セリカ、そしてヒースクリフは提案に対して頷いていた。だが、これに重大な問題点が存在する。

 

 

『お気持ちは分かりますが、今の私たちで風紀委員長に勝てるのでしょうか……ホシノ先輩がいない限り勝算はないかと……』

「それでもだよ、アヤネちゃん。人間は負けるって分かってても戦わなければならないときがあるんだから!」

「そうだ!よく言ったなお前!」

 

 

 大半が根っこからのバトルジャンキーだったり、己の感性に真っすぐな人が多すぎる……。

 なにか、事態を収束させる方法は……。

 

 

 と、そのときだった。

 路地裏の奥から、一人の少女が軽やかに靴音を鳴らしながら、私たちと風紀委員会の間になんてことないように割り込んできた。

 ……うへ~と、間の抜けたあくびをしながら。

 

 

「うへ~、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるねぇ?」

「ホシノ先輩!」

「……ホシノ?」

 

 

 少女の正体は、今朝からずっと席を外していたはずのホシノだった。

 まるで寝起きで状況を全く理解できていないようなのんびりとした口ぶりだが、その手には愛用のショットガンと、身の丈ほどもある重厚な鉄の盾がしっかりと握られている。誰がどう見ても、完全な臨戦態勢だった。

 

 

「今までどこに行ってたのよ!?」

「いやぁ、ちょっとその辺で昼寝しててねぇ?」

〈……昼寝?〉

 

 

 その言葉に、今朝の教室でホシノの外出を見送った私と、ヒースクリフ、そしてノノミの三人の視線が思わず交錯した。

 彼女が教室を退出する際、確か「ちょっと野暮用が〜」と言ってどこかに行っていたはずだが、いつの間にか理由が「昼寝」に変わっている。

 

 どこか引っかかるその発言に、私は思わず首を傾げてしまった。

 ……というか、昼寝って野暮用に含まれるのか? そもそも野暮用ってどういう意味だっけ……?

 

 そんな馬鹿みたいな考察はさておき……。

 目の前のホシノは後輩たちの顔を一人ずつ見つめて無事を確認した後、ヒナのほうへと振り向いた。

 

 

「事情はよく分からないけど、こんなに大勢で押しかけてきてどうしたの? 風紀委員長ちゃん?」

「……一年生のときとはずいぶん変わった。人違いかと思うくらいに」

「うへ? おじさんのこと知ってたの?」

 

 

 言葉数が少ないゆえか、二人の対話は非常に意味深に聞こえてくる。

 部外者である私やヒースクリフはもちろん、身内である対策委員会の生徒たちですら、その真意を測りかねて息を呑んでいた。

 

 

「情報部にいたころ、各自治区の要注意人物たちをある程度把握してたから」

「うへへぇ……おじさんもしかして有名人?」

 

 

 ヒナの放つ警戒心を前に、果たしてその認識は『有名人』という言葉で片づけてもいいのだろうか?

 のらりくらりとしたホシノの態度は、淡々としすぎていて逆に不気味さすら感じる。

 

 

「……まあ。そんなのどうでもいいけどさ。おじさんが聞きたいのは、このありさまはあなたたちの仕業なの?」

「……大半はね」

「大半? じゃあ残りの数割は誰のせいなのさ。まさか、うちの可愛い後輩たちがやっ………た……な、んて……?」

 

 

 緊迫した現場にそぐわない飄々とした声を漏らしながら、ホシノは改めて私たちの方へと視線を巡らせた。

 今回も一人ずつ顔を観察して、「ほら〜違うじゃん」と軽口を叩くのだろう。そう思っていた。

 だが、私の頭部である「時計」へと彼女の視線が移った、その直後。

 

 

 

 

 

 ホシノの顔が、突然凍りついた。

 

 

 

 

 

 まるで見てはいけない悪夢を直視してしまったかのような、そして心底から信じられないと言わんばかりの、絶望と恐怖の入り混じった表情で。

 

 

〈ホシノ?〉

「……な、んで……?」

 

 

 久方ぶりに耳にした、ホシノの震えるようなか細い声。その声が投げられた先は私……ではなく、それより少し手前に転がっている()()()()だった。

 つるつるとした薄緑色の殻に、淡く光る蛍光灯が深々と突き刺さった異形の物体。

 つい先ほど私たちが討伐し、活動を停止した幻想体の卵だ。

 

 ホシノは瞳孔を見開き、小刻みに震えながら、その卵を真っ直ぐに見つめている。

 傍から見ても彼女が異常なほど動揺しているのは分かる。……だが、おかしい。どうして彼女が、私たちの世界の産物である幻想体を認知しているんだ?

 

 仮に、大昔に消えたL社の支部がこのキヴォトスの地下にも存在していたとしよう。

 だとしても、地下深くの収容室に隔離されているはずの存在を、なぜただの生徒である彼女が知っている? 連邦生徒会すらも把握していないというのに。

 

 

『ホシノ先輩! 大丈夫ですか!?』

「なんで……『あの害獣ども』の卵が、ここに……ッ」

 

 

 動揺から、明確な殺意と敵意へ。ホシノの瞳から完全にハイライトが消え、その目つきが昏く、恐ろしいものへと変わった。

 後輩たちの静止の声が聞こえていないかのように、彼女はブツブツと恨み言を呟きながら、卵へとふらふらと足を進める。

 

 

「こわ、さないと……こわさないと……壊さないと、壊さないと、壊さないと、壊さないと……ッ!!」

「おい待て時計ヅラ! あのチビ、あいつをぶっ壊す気だぞ!?」

「えっ、あ、あ、あれ壊しちゃダメなやつなの!?」

 

 

 完全に距離がゼロになる前に、ホシノはカチャリと愛用のショットガンを構え、銃口を卵へと突きつけた。

 まるで憎むべき絶対の宿敵と相対しているように、彼女から放たれる殺気は、今まで感じた中で最も冷たく、狂気を孕んでいた。

 

 そもそも幻想体の卵が物理的な銃弾で破壊できるものなのかは、一旦置いておいて。

 幻想体の卵の破壊行動自体是とするべきかは私にもわからない。そういったケースは一度も耳にしてはなかったが、リンバスカンパニーがそうしなかったとなると、破壊行為は推奨されるものではないのは確かだ。

 

 

「ホシノ先輩、止まってください! この卵とどういう関係があるのか知りませんが、壊してしまったら何が起きるかわかりません!」

「ん、ホシノ先輩。まずはこっちの話を聞いて」

 

 

 焦ったノノミとシロコが、たまらずホシノの前に出て制止を試みようとするが──。

 

 

「……どいて」

「ホシノ先輩、お願いですから話を──」

「どいて」

 

 

 ピタリと足を止める素振りすら見せないホシノ。

 その低く、しかし一切の感情を排したような冷たい声に、普段は彼女を慕っている後輩たちの方が逆に怖気付き、思わず一歩後ずさってしまう。

 

 このまま無理に制止を促せば、かえって彼女を刺激し、最悪の場合は私たちにも銃口が向きかねない。そんな最悪の可能性が頭をよぎり、誰も迂闊に進み出れない膠着状態の中。

 

 

「……私も、あなたが誰に、どういった経緯で、何をしたかの詳細までは知らない」

 

 

 その緊迫した空気を断ち切るように。

 前触れもなく、ヒナがホシノの目の前へと歩み出た。

 

 

「だけど、あなたも組織の上に立つ人間なら、感情に流されず……ここは大人の指示に従うべきだと思う」

 

 

 静かだが、明瞭な意思を孕んだヒナの瞳が、我を忘れたホシノの狂気を真っ直ぐに貫いた。

 緊迫した状況を、さらに別種の緊迫感で上書きしただけにも見えたが、どうやら効果はあるようだ。

 ヒナの言葉を受け、ジリジリと進んでいたホシノの動きに、ようやく僅かな躊躇いの色が見え始めた。その隙を見逃さず、私は強く口を挟んだ。

 

 

〈ホシノ!〉

 

 

 ギロリ、と。ホシノのひどく冷たく、鋭い視線が私のほうへと向けられる。

 こうして直接その射抜くような瞳を向けられてみると、想像以上に息が詰まるほどの圧迫感があった。だが、ここで引いてはいけない。大人として、そして管理人として、私の意思を突き通さなければ。

 

 

〈……この卵の処理は、君たちより詳しい私たちに任せてほしい。それでいいかな〉

 

 

 私が真っ直ぐに見据えてそう告げると、ホシノは数秒間、何も言わずに私(をじっと見つめ返した。

 

 

「…………そっか。ダンテ先生は、この卵について()()()んだね」

 

 

 ポツリとこぼれ落ちたその言葉には、どこか私の素性に対する疑念や、後ろめたいものを探るような仄暗い含みを感じた。

 だが、それでも。

 

 

「……うん、分かった。この卵は先生たちに任せるよ。かく言うおじさんも、コイツのことなんてなんにも知らないしねぇ」

 

 

 カチャリ、とセーフティをかける音と共に、ホシノは静かにショットガンの矛を収めた。

 そして、ふぅっと一度小さく息を吐くと、先ほどまでの底冷えするような殺気が嘘のように消え去り――いつもの、のんびりとした顔に戻ってヒナの方へ向き直った。

 

 

「とはいっても、まだ風紀委員会ちゃんたちとは折り合いをつけてないんだけどね〜?」

「……そうね」

 

 

 とはいえ、本題がまだ解決できていない。

 風紀委員会と対策委員会の対立という、またもや膠着状態に陥ってしまった戦場に、思わぬ助け舟がやってきた。

 

 

「ならば……私が、その『折り合い』とやらをつけてやろう」

〈ウーティス?〉

「管理人様。私に、双方の顔を立てる素晴らしい折衷案がございます。ここはどうか、私にお任せを」

 

 

 ウーティスが一歩前に出ると、不敵な笑みを浮かべて申し出てきた。

 どうしてそんな自信満々な笑みを浮かべるのかは分からないが、私は彼女の頭脳と経験を信頼している。彼女がそう言うのなら、任せておこう。

 

 

〈うん、頼んだよ〉

「ありがとうございます。……さて、アビドス対策委員会よ。一つ聞くが、お前たちはこの『幻想体』という化物を事前に認識していたか?」

『えっと……いいえ、全く知りませんでした』

 

 

 アヤネの回答を皮切りに、他の対策委員会の面々も首を横に振る。たった一人、先ほどまで異常な反応を示していた者だけは黙っていたが、大半が「知らない」という答えだった。

 

 

「ふむ。ならば、お前たちの自治区に突如現れたこの正体不明の存在が『一体どこから湧いて出たのか』と疑問に思うだろう。自治区の安全を守る委員会であるならば、現場で油を売っている暇はない。今すぐこの場を離れ、この化物が現れた痕跡と発生源を辿るべきではないか?」

「あ……」

 

 

 ウーティスの言葉に、シロコやセリカがハッとした顔をする。

 なるほど、そういうことか。彼女は「調査」という大義名分を与えることで、アビドスの生徒たちをこの場から自然に離脱させようとしているのだ。

 

 

「……それで? その調査とやらに、風紀委員会になんの意味があるのさ?」

「大ありだ」

 

 

 疑うようなホシノの問いに、ウーティスは短く肯定しながら、私の目の前に転がる卵を指さした。

 

 

「幻想体は卵の形態へ変化して数時間が経過すると、再度本来の姿を取り戻す。当然、また周囲に甚大な被害を及ぼすだろう。そこで、ゲヘナ風紀委員会の出番だ。我々がこれを厳重に管理し、然るべき場所へ輸送する」

「……また復活するあの怪物を、私たちだけで運ぶのか?」

「杞憂だな、銀鏡イオリ。ここにはヒナ風紀委員長と、この幻想体への知識に富んでいる私がいる。極論を言えば、孵化の瞬間を狙って兵器を集中砲火すればいいだけの話だろう」

「ま、まあ……確かに怪物の対策にはなってるが。一番の問題は──」

 

 

 イオリが怪訝な顔で何か言いかける。それがどんな言葉か、珍しく私にも容易に予想できた。

 この提案、風紀委員会側のメリットが全く無いのだ。ただ厄介な危険物の処理を押し付けられただけで、事実上、対策委員会を無傷で逃がすための詭弁に過ぎない。

 

 

「……うん、それでいいわね」

「ヒ、ヒナ委員長!?」

 

 

 そんな不当な提案を、ヒナはあっさりと容認してしまった。

 

 

「未曾有の危険物を放置するわけにはいかない。事態の収拾とこの卵の移送を、ゲヘナ風紀委員会の最優先事項とするわ」

 

 

 ヒナはそう言って、小さく息を吐いた。

 建前だらけのあんまりな提案だったが、彼女の表情は先ほどまでの張り詰めたものが嘘のように、どこかスッキリとしている。おそらくヒナも、ウーティスの詭弁に気づいているのだろう。気づいた上で、その助け舟に乗ってくれたのだ。

 

 

「……お前はそれでいいのかよ」

「良いもなにも、結局のところ、今回の一件はこちら側の一方的な過ちよ」

「はぁ?」

 

 

 素直に引き下がる彼女の態度に、ヒースクリフが拍子抜けしたように聞き返す。

 だが、その声に意に介す様子もなく、ヒナはゆっくりと姿勢を正し――私たちへ向かって、深く頭を下げた。まるで、最初からそうするつもりだったかのように。

 

 

「……事前の通達なしでの、無断での兵力運用。そして、他校の自治区内で大規模な戦闘を誘発させた事案。このことについては、私、空崎ヒナがゲヘナ風紀委員会の委員長として、アビドス対策委員会に対し、公式に謝罪する」

 

 

 その誠意ある心からの謝罪に、私たちがどう返答するか迷っている間もなく、風紀委員会の部隊はウーティスの強烈な号令の下、テキパキと動き始めた。

 

 

「風紀委員会諸君! ぼんやりするな! 直ちにあの卵の輸送を担える車両を準備せよ! それに加え、万が一の再孵化に備えて全兵器の点検も行え!」

「はぁ……またあのウーティス先生の仕切りか」

「ほら、文句言わないで行きますよ、イオリ」

 

 

 急な方針転換と外部からの指示に、大半の風紀委員たちが不条理と問うような視線で見つめていたが、逆らうことなく撤収と輸送の準備に取り掛かっていく。

 

 

〈ありがとう、ウーティス。本当に助かったよ〉

「ふふっ。管理人様の優秀なる側近として、当然の責務を果たしたまででございます!」

「……なんかいちいち腹立つわね……」

 

 

 私へ向かってわざとらしいほどのおべっかを使うウーティスに、セリカが陰口を漏らす。まあ、うん。彼女のこういう態度は今に始まったことではない。仕方ないのだ。

 

 

「で、どうすんだ? さっきあいつが言ってた『化物の発生源を辿る』ってヤツ……今のオレらに、そんなことやってる余裕はあんのか?」

 

 

 ヒースクリフが刀をしまいながら、現実的な問題を口にする。

 その問いに対し、誰よりも早くホシノが反応した。

 

 

「……余裕がなかったとしても。やるんだよ」

「…………ホシノ先輩」

 

 

 いつもなら「そんなの面倒だし帰って寝ようよ〜」と言うはずの彼女が、どこか見えない何かに追われているように、食い気味に答えた。ノノミがひどく心配そうな声を漏らす。

 あの卵を見てから、あるいは今朝から、ホシノは本当に変だった。彼女に色々と聞いてみたいが、面と向かって答えられるような雰囲気でもないし、今の私に彼女の過去に踏み込む手立てはない。

 

 一人で何かを抱え込もうとしているホシノを見つめ、思案していたところ。

 私の背後へ、静かに近づいてくる足音があった。振り向くと、風紀委員長であるヒナが私を見上げて立っていた。

 

 

「少し、いいかしら。ダンテ先生」

〈どうしたの?〉

「……あなたにだけ、直接伝えておきたいことがあるの」

 

 

 私は姿勢を正し、彼女からの伝達を聞く態勢をとる。

 ヒナは周囲を一度見回し、少しだけ声を潜めて言った。

 

 

「単刀直入に言うわ。つい最近、アビドス砂漠の奥深くで、カイザーコーポレーションの大規模な動きを確認したの」

〈カイ、ザー?〉

 

 

 まさか、彼女の口からその企業名が出てくるとは思わなかった。こんな重大な情報をタダで貰えるとは……。

 風紀委員長である彼女には、そんなことを一介の先生に告発する義理はないはずだ。これも先ほどの謝罪の一つなのだろうか。

 

 

〈一応聞くけど、どうしてそんな機密情報を私に?〉

「……小鳥遊ホシノについて調査していた時に、偶然耳に入れた情報よ。それをあなたに伝えたのは、珍しく連邦生徒会に属する大人がアビドスと深く交流していたからだけど……余計なお世話だったかしら?」

〈いや、ありがとう。助かったよ〉

 

 

 せっかく手に入った目ぼしい情報だ。これを有効活用しない手はない。

 私が素直に感謝を述べると、ヒナは「……それじゃあ、さようなら」とだけ短い言葉を残し、風紀委員の撤収部隊と同じ方向へと歩み去っていった。

 

 カイザーコーポレーション。今回のアビドスの借金問題、ひいては一連の襲撃事件の黒幕だと考えていた組織だが、今のヒナの情報のおかげでそれがほぼ決定打になった。

 

 ……それにしても。

 

 

〈……カイザー、か〉

 

 

 そういえば、その名前をアビドス対策委員会と深く関わる前から、どこかで聞いたことがあるような気がする。なんだろう。私がこの世界で絶体絶命の状況に置かれていた時に、不気味な声で耳元で囁かれたような……。

 

 

『私のパートナーにならないのであれば、仕方がありません。()()()()()()()()()()()()への手土産、あるいは兵器運用のための生体部品として、有効活用させていただきましょう』

 

 

 ……まさかだが、あの気味の悪い黒服の男が、この一件にも一枚噛んでいるのだろうか?

 もしあの男が私の想像以上に執念深い性格だったとしたら。今回のカイザーの不穏な動きも、あの幻想体というイレギュラーな怪物をアビドスにけしかけたのも、全て私をこの砂漠の奥深くへとおびき寄せるための罠だという説が浮上してくる。

 随分と回りくどく、まだ謎が多い推測ではあるが……あの底知れない男が絡んでいる可能性がある以上、これからはさらに慎重に動くべきだろう。

 

 私は心の中で思考を少しずつ整理しながら、待機している対策委員会の生徒たちのもとへと歩を進めた。このアビドス砂漠に「いるはずのない存在」の発生源と、その裏で糸を引く者を、確実に特定するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  アビドス砂漠の奥地を目指す遠征は、すぐに出発できたわけではなかった。

 未知の危険地帯への突入、しかもあのカイザーコーポレーションが絡んでいるとなれば、事前会議もなしに丸腰で挑むのは無謀すぎる。私たちは一度アビドス高校へ戻り、弾薬や水などの物資を十二分に取り寄せ、念入りに準備を済ませた。

 そうしてようやく態勢を整え、いざ出発──となった、はずなのだが。

 

 

「……って、そもそもその痕跡ってどこにあるのよ!?」

 

 

 致命的な問題があった。肝心の幻想体の痕跡が、周囲のどこにも見当たらないのだ。

 本来であれば、幻想体が這いずった跡や、破壊された建物の痕跡などを辿れば発生源に行き着きそうなものなのだが、場所が場所なので、目ぼしい形跡は何一つ確認できない。

 

 

「なんだよ、さっきまで意気込んでたくせに、結局どこ行けばいいかも分かんねぇのかよ?」

「アヤネちゃん、ドローンで周辺までくまなく調べてくれましたか?」

『はい……。ですが、それらしき形跡は何一つ見当たりません……』

 

 

 ヒースクリフが呆れたように鼻を鳴らし、ノノミの問いかけに通信越しのアヤネも申し訳なさそうに答えた。

 幻想体が通った痕跡を直接辿るという、抽象的なアプローチでは難しいか。なら、より具体的な原因から目標を絞り込むのはどうだろうか。

 推測を確信に変えるためにも、ここで全員に情報を共有し、まとめるべきことがある。

 

 

〈……みんな、聞いてくれ。さっき去り際のヒナから、極秘の情報を教えてもらったんだ〉

 

 

 私は皆の視線を集めると、ヒナから伝えられたカイザーコーポレーションの暗躍について手短に通告した。

 

 

「カイザーコーポレーションが、アビドス砂漠で……?」

「ど、どういうことなのよ!? アイツらというか、そのローンって私たちの借金の債権者でしょ!? なんでそんな連中が、砂漠のど真ん中で!?」

 

 

 セリカが声を荒げ、当然のように困惑の反応を示す。シロコやノノミも怪訝そうな顔をしていた。

 カイザーについては、現在裏でファウストに調査を依頼しているところだが、まだ結果は出ていない。今私が提示できるのは、あくまで状況証拠からの推測だけだ。

 

 

「あー、なるほど?あいつらの仕業ってことってか?」

〈まぁ。そうなるかもね〉

「ん、どういうこと?」

 

 

 一方で、傍で話を聞いていたヒースクリフは、その断片的な情報だけでも大抵の事情を理解したらしい。

 シロコが首を傾げるのを見て、私は根本的なことを説明しそびれていたことに気がついた。とりあえず、前提条件を何も知らない対策委員会に向けて口を開く。

 

 

〈……詳しく説明してなかったね。あの『幻想体』という怪物は、かつて私たちの故郷で暗躍していた『旧L社』という企業によって管理・収容されていたものの総称なんだ。個体によって性質は変わるけど、大部分は人間の常識を凌駕して、周囲に甚大な危害を及ぼす可能性のある恐ろしい存在だ。〉

「旧L社……? てか、あれって先生たちの世界のものなの!? なんでそんなのがここに!?」

〈それは……私にも分からない。けど、今はそれが一番重要ってわけじゃないと思う〉

 

 

 「そんなことを説明して何の意味があるの」と言いたげな視線を向けてくるセリカ。

 もっともな反応だ。そもそも、ここキヴォトスは都市とは別の世界。本来の私たちの目的である「地獄めぐり」には関係ないはずだし、どうして都市の産物がここにあるのか、その理屈さえ謎のままだ。

 だが、今の状況でそこを問うのは問題解決の本質ではない。こういうイレギュラーにはきっと裏の理由があるのだろうし、その解明はファウストに任せておけばいい。

 

 一方で、彼女の隣で話を聞いていたアヤネは、一瞬にして状況を分析したのか、理路整然と私の主張をまとめた。

 

 

「なるほど……。つまり、カイザーコーポレーションが砂漠で発掘作業をしている最中に、何かの拍子でその『旧L社』という檻を破ってしまい、結果として幻想体を地上に解き放ってしまったと……」

〈ああ。これなら、現状で一番納得がいく推論だと思う〉

 

 

 最善で、納得のいく回答。これなら調査の方向性が定まると確信していたが……もう少し詰める必要があったみたいだ。

 

 

「でも、アビドス砂漠の地下に、そんな他所の世界の会社が『都合よく』埋まってるものでしょうか?」

〈それは……確かに……〉

 

 

 ノノミの真っ当な疑問に、私は言葉に詰まった。

 いくらこのキヴォトスに都市の施設が混ざり込んでいるとはいえ、広大な砂漠の真ん中に偶然埋まっている確率など、天文学的な数字になるはずだ。本当にただの偶然なのか?

 

 

「いいや。アビドス砂漠を選んだのは偶然じゃない。あそこは、こそこそと悪さをするにはおあつらえ向きの場所だからね」

「ホシノ先輩?」

 

 

 そこで会話に割って入ってきたのは、ホシノだった。

 いつもなら「うへ〜」と場を和ませる彼女が、今はどこか鬼気迫るような冷たさを瞳に湛えながら、ひどく落ち着いた声で推測を述べている。

 

 

「先生の言う、旧L社だっけ? その会社の詳しい素性は知らないけど……そんな危険な化物をわざわざ自ら管理する企業なんて、大抵ろくなものじゃない。もしそういう連中が秘密裏に施設を建てるなら、連邦生徒会の目も届かない、この人気のないアビドス砂漠に構えるはずさ」

「そ、そうなんですね……?」

 

 

 ホシノの放つ、普段とはまるで違う重苦しい雰囲気に、ノノミも思わず気圧されたように頷く。

 

 

「ん。となると、今はアビドス砂漠の奥へ向かうのが最善」

「そうだな。バケモン探しと、こそこそしてる奴らの意図を吐かせるためにな」

 

 

 シロコとヒースクリフの言葉で、今後の方針は完全に固まった。ならば善は急げ、だ。

 

 

「それでは、みんなでアビドス砂漠に行きましょう!」




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