LCB、シャーレの先生になる 作:ハーメルンのTakamagi
私が今までいた砂漠は、氷山の一角に過ぎなかった。
それを強く感じたのは、アビドス市街地の郊外、そのまた郊外、居住区画だと思われる場所に足を踏み入れた時だ。
一帯は、中央部よりもはるかに砂漠化が進んでいる。アスファルトの道路はとうに砂の下へ姿を消し、立ち並んでいたであろう平屋のほとんどが、屋根の先までもが砂の中へと沈み込んでいた。
現在、私とヒースクリフ、そしてオペレーターとして残ったアヤネを除いた対策委員会の面々は、アビドス砂漠のさらに彼方を目指している。理由は勿論、幻想体の発生源の特定と、カイザーコーポレーションの不穏な噂を確かめるため。
聞くだけだと、灼熱の炎天下の中、遮蔽物が少ない砂漠を長時間移動するのは、狂気の沙汰だと思えるが、今の私の体調はそこまで悪いものではなかった。
というのも、ここまではアビドスの路線電車で移動していたからだ。アビドス市街地の中心部からほかの学園の自治区までの路線は私も頻繁に使っているのだが、まさかこんな過酷な郊外まで繋がってるとは。いや、ここまで繋がっているというより、「今ではここまでしか線路が生き残っていない」と表現するのが正しいだろう。
『ここまで列車で移動できましたが、ここから砂漠化の影響により移動手段は徒歩しかありません。対策委員会の皆さんは大丈夫だと思いますが……先生たちはどうでしょうか?』
〈そこまで、心配しなくていいよ。私だってずっとバスの中にこもってたわけじゃないから〉
身を案じるアヤネの声に、私は少しだけ見栄を張って返答をする。
都市で活動していたころ、確かに長距離の移動はバスだったが、黄金の枝の回収などの重大な任務時には、大抵私も現場の奥深くまで赴いていた。なので、極度の運動音痴……ではないはずだ。
それでも、キヴォトス人や囚人が揃うこのグループの中では、私が一番身体能力が低いという事実に変わりはないのだけれど。
そう思案しながら、周囲の状況に目を向けた。
視線の先には依然変わりなく砂漠に成れ果てた居住区画が広がっている。所々に生い茂る住宅の残骸からは、かつて人が住んでいた形跡や雰囲気がしっかり確認できた。だが今となっては、たった今人が消えたような不安感だけが残っている。
「心配ないよ、アヤネちゃん。万が一のためにも、補給物資はたっぷり用意したでしょ?」
「ん、むしろ多すぎなくらい」
今度は、すっかり気の抜けた声が応える。
ホシノは今、愛用するショットガンと大きな鉄盾を携え、自ら私たちの先頭を歩いていた。
一見すると、今日の彼女に挙動不審なところは見られない。だが、戦闘現場へ戻ってきた時の冷たい瞳や、この杞憂にも思える量の補給物資の準備が、彼女の裏の思惑を物語っているような気がしてならない。
ここ最近の彼女の素性を改めて観察してみると、中々に怪しい所作ばかりだ。忽然と姿を消しては現れたり、都市の産物であるはずの『幻想体』を一度でも目にしたことがあるかのような発言をしたり──疑念を挙げればきりがない。
その時だった。しばらく前方を歩いていた集団の動きが、突然ピタリと止まった。
何事かと思い、生徒たちの隙間から前方を覗き込んでみると……。
〈なんか……向こうから、大量に何かが来てないか?〉
進行を止めた原因であろう『それ』は、まだ距離があったものの、目視ではっきりと確認できた。
砂漠の向こうから、大量の武装した人間、浮遊する戦闘ドローン、さらには重装甲の戦車までもが、砂に沈みかけた荒廃した路地を迷路のように辿りながら、着々とこちら側へ向かって進軍してきているのだ。
まあ……どう見ても味方ではないよね。
「おい、なんだあれ? 随分と物々しいお出ましじゃねぇか」
『映像を拡大してみます。……形状を確認しましたが、この砂漠を徘徊しているオートマタやヘルメット団の類ではありません。装備も陣形も、少なくともそれらより遥かに洗練された、プロの軍隊です……!』
「……!」
アヤネの報告を聞いた瞬間、ホシノの顔がわずかに歪んだ。
おそらく──いや、きっと、たった今私が思い浮かべた最悪の推測と『ぴったり同じ』なのだろう。彼女も、あれがカイザーの部隊だと気づいている。
だが、答え合わせの時間は今じゃない。
〈……全員、戦闘準備。まずは相手の出方を──〉
「いや何言ってるのよ! わけもわからない大勢の武装集団が無断でウチのシマに入ってきてるのよ、さっさと反撃して追い出すわよ!」
「ん。右に同じ。先手必勝」
……と、私が指示を下し終えるより早く。
セリカとシロコが銃のセーフティを外し、それらを追いかけるようにしてホシノが、問答無用で前方へと駆け抜けていってしまった。
自分の故郷を愛し、守ろうとするその血気盛んな心意気を悪いとは言わないが……ただ、後先を考えないというか、なんというか。
「はっ。まぁいいじゃねぇか。あいつらが先に手を出したせいで、事態が『今より』悪くなったことなんて、あんまねぇだろ?」
〈まぁ……囚人たちに比べれば、それはそうかもしれないけど……〉
今、こいつまじか、と言わんばかりの鋭い視線が私を貫いた気がする。
〈い、いや、別にヒースクリフのことをいじったわけじゃ……と、とりあえず人格被せるよ!〉
偶然か、ヒースクリフを揶揄うような発言になってしまったらしい。
別にヒースクリフだけが該当するわけじゃない。ドンキホーテとかイシュメールもそうだったし……。気を損ねてしまったのなら、謝るほかないけど。
とりあえずヒースクリフに人格をかぶせ、戦いに臨もう。
戦場にいくつもの砂塵が舞い、それと同時に、無数の銃弾が様々な方向から飛び交う。
砂漠に沈みかけた建物の残骸を遮蔽物にしながら、ミニガンの弾幕が押し寄せる波を打ち払い、上空からのドローンの爆撃で次々と向こうの歩兵たちを一掃していく。
ぶっちゃけ、相手の戦力はそこまでだった。そこらへんをたむろするヘルメット団と比べ、統率は取れていたが、それでも生徒たちの力には敵わず惨敗して撤退、という状況。
私が指揮を執る中、ついに前線に残る相手側が最後の一体となった。その相手は、分厚い装甲に覆われた戦車。
「ちょっと!手ごたえないんだけど!?」
「ん、当然。私たちの口径じゃ、傷つけることすらできない」
前衛の二人が叫ぶ。
セリカとシロコは迷彩柄の鉄板に向っかて次から次へと発砲しているものの、その弾丸はまるで豆鉄砲のように虚しく弾き返されていく。
どうやら、装甲を抜ける別の火力担当にやらせてもらう必要があるみたいだ。
『ノノミ先輩!そちらへの対装甲の支援に向かえますか?』
「いや、その必要はねぇ。こっちで仕留める」
アヤネが急いで確認をとる最中、落ち着いた声が通信に割って入ってくる。
その声の持ち主は、巨大なライフルの銃口を戦車へ向けて息を潜めるヒースクリフだ。彼のやりたいことは、手に取るように分かった。
〈……ロジックアトリエ製、高速粉砕弾ね。ホシノ、足止め行ける?〉
「うへ、任せてよ~」
ヒースクリフの腕ならわざわざ足止めする必要はない、とも考えていたが、万が一に備えて前衛に指示を出す。
私の合図と共に、巨大な鉄盾を構えたホシノが前線へと突撃する。無論、前進してくる戦車の砲口は、一直線に向かってくる彼女へと向けられた。
だが、砲弾が発射されるより前に、ホシノは疾走する勢いを利用して、分厚い装甲へ向かって盾ごと突撃した。
金属同士が激しくぶつかり合う音が戦場に響く。彼女の華奢な体のどこからそんな力が出ているのか、その強烈なシールドバッシュは、なんと巨大な戦車の進行を完全に食い止めてみせた。
しかし、その一手は諸刃の剣。直後、至近距離からホシノに向かって戦車の主砲が火を噴き、凄まじい爆発と黒煙が、彼女の小さな体を容易く呑み込んでしまった。
──だが。
「そんな攻撃じゃ、おじさんの盾はびくともしないよ~?」
もうもうと立ち込める黒煙の中から、甘く、飄々とした挑発が聞こえてくる。
煙が晴れた先には、焦げ跡一つない鉄盾ががっしりと構えられていた。そしてその後ろから、悪戯っぽい顔をしたホシノが戦車を覗き込んでいる。
そんな挑発に乗せられたのか、戦車は再び砲口を彼女へ向けた。前進も後退もせず、ただ目の前の小生意気な生徒を吹き飛ばしたい一心で。
完全に動きが止まり狙いを定めたその刹那。
銀色の一線が鉄の塊を貫いた。
アサルトライフルの銃弾を簡単に弾き返していたあの強固な装甲に、今はポッカリと巨大な風穴が開けられている。
直後、戦車は内部の誘爆によって強烈な爆発を起こし、派手に吹き飛んで散ってしまった。
……本当に、都市の厳しい銃規制を潜り抜けた銃弾が、こんな狂った威力を出していいのだろうかと毎回思う。
「よし、きれいに吹き飛んだな」
パリンッ、と硝子が砕ける音が響き、ヒースクリフがいつもの姿へと戻る。
彼の顔面には、変わらずそこにある傷跡に加え、大量の汗が滝のように下へと流れ落ちていた。
よく考えれば、あの終止符事務所の黒い制服を着たまま、この炎天下の砂漠で戦っていたのだから当然だろう。
〈暑かったね……〉
「暑かったね、じゃねぇよ。そんなこと分かってたんなら、もっとマシな人格着させろよな」
私が申し訳なさそうにタオルを手渡すと、彼は悪態をつきながらもそれを受け取り、乱暴に顔の汗を拭った。
彼を労い終えた後、私は前方にいる対策委員会の面々へと視線を向ける。
戦闘が終わり、難なく乗り越えたことを和気あいあいと喜び合っているのかと思っていたが……四人は揃って、地面の一点へ暗い影を落とすように顔を向けていた。
〈みんな。そこに何が……〉
私が声をかけながら近づき、彼女たちの視線の先を見下ろすと。
そこには、ついさっきまで戦っていたロボット兵が、機能を停止して日差しの中でボロボロになってうなだれていた。
生徒たちはそれを囲み、四者様々だが冷たい目で見下ろしている。
「ん。尋問。こいつらが誰か、どこから来たかをほじくり出す」
〈あはぁ……なるほど?〉
淡々と、しかし容赦のないシロコの言葉に、私は思わず引き攣った笑いを漏らすことしかできなかった。
……と、改めて目の前で捕縛されたロボット兵に目をやる。古めかしい装備ではあるが、過酷なアビドス砂漠を長距離歩いてきたはずだというのに、その装甲の損傷具合や砂の付着は私の予想よりも遥かに少なかった。
まるで、すぐ近くの拠点から派遣されてきたばかりのような……。
「それでは、尋問を始めますね。まず、あなたたちはどこから来たんですか?」
「教えるわけないだろ!? 敵のお前たちに――ぐあっ!?」
「あんた、自分の立場分かってるの?」
優しく微笑みながら尋ねたノノミに対し、逆上して歯向かおうとしたロボット兵。だが次の瞬間、セリカのアサルトライフルが火を噴き、奴の右足の関節部へ容赦なく銃弾が撃ち込まれた。
「うへ〜、素直に答えたほうが身のためだよ〜。じゃないと……次は頭が吹き飛んじゃうかもねぇ?」
「……ッ!? 分かった! 分かったよ! 答えればいいんだろ!?」
さらにホシノが前へ進み出ると、躊躇いもなく愛用のショットガンの銃口をロボットの頭部へと突きつけた。
一触即発の緊迫感と、冗談抜きで撃ちかねない少女たちの瞳に完全に観念したのか、兵士は即座にそれ相応の態度を示した。
「お、俺たちの部隊はこのアビドス砂漠の奥から来た……」
「もっと具体的に」
「昔あった『市街地』だよ! そこから訳あってここまで来たんだ!」
段々と声の勢いがエスカレートしてきたところに、ホシノの氷のように冷たい視線が刺さる。
言うまでもない無言の警告に、兵士はビクッと肩を震わせながら黙り込んだ。
「昔あった市街地……ですか?」
「うへっ、そうなると……アビドス高校の『本館』があった辺りになるね」
その言葉を聞いて、私の心にひとつの疑問が芽生えた。
ホシノの口から漏れ出した「本館」という言葉。私たちが普段活動しているあの校舎は、本館ではなかったのか?
だが、今はわざわざ追求することではないと分かっているため、私は疑問を喉の奥に飲み込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでこんな武装集団が、ウチの昔の学校の場所にいるわけ!?」
「……こいつの身ぐるみ引っぺがして身分でも明かせばいいんじゃねぇか? そっちの方が話が早ぇだろ」
確かに、この兵士の装甲を剥がしてIDカードを探るか、持っている銃火器の製造元を解析すれば、彼らの所属はすぐに判明するだろう。ヒースクリフがニヤリと笑い、ロボット兵の胸ぐらへと手を伸ばした。
「……は? ちょ、ちょっと待て! 剥がさなくていい! 答える! 答えるから!!」
「あ?」
「俺たちは──『カイザー』! カイザーPMCだ!!」
解体される恐怖に勝てなかったのか、兵士はあっさりと自らの所属を口走った。
「……なんだって?」
その企業名を聞いた瞬間、ホシノの視線が氷のように鋭く冷たいものへと変わる。
セリカやノノミたちも、信じられないものを見るように息を呑んだ。アビドスを苦しめている借金の債権者が、なぜ自分たちの旧校舎を占拠しているのか。
ホシノがショットガンの銃口をさらに押し付け、深く追及しようと口を開きかけた――その時だった。
突然、目の前の兵士の胸元に備え付けられた無線機から、耳障りなノイズ混じりの緊急通信が響き渡った。
『……ザーッ……! 本部より全外部部隊へ! 繰り返す、本部より全外部部隊へ! 緊急事態発生!』
通信兵の焦燥しきった声。その後ろからは、凄まじい銃撃音と、何か硬いものが破壊される轟音が絶え間なく聞こえてくる。
『メイン動力室にて、捕獲した「未確認生体兵器」が拘束を突破! 制御不能! 各種送電ケーブルを引き千切り、現在施設内を暴走中!! ――うわぁっ!? 電圧が異常上昇してる! 撃て! 近づけさせるな!!』
悲鳴、怒号、そして重火器の乱射音。
だが、その抵抗も虚しく、無線越しに何か巨大なものが兵士たちを蹂躙していく生々しい絶叫が響き渡る。
『……ガァァァッ! た、助け――……ザーッ! 第一、第二防衛線、完全に崩壊! 被害甚大! 外部で哨戒中の全部隊は、直ちに本館跡地へ帰還し、怪物の鎮圧を支援せよ!! 繰り返す――』
通信はそこで再び激しいノイズに飲まれ、途絶えた。
凄惨なパニック状態をありありと伝える無線の内容に、その場にいた全員が沈黙する。
「な、何よ……今の通信……」
凄惨なパニックを伝える無線の内容に、セリカが必死に絞り出したか細い声が静かに響く。
続けて、地面に押さえつけられていたロボット兵が、信じられないというように虚空を見つめながら嘆いた。
「どういうことだ……『あれ』は万全な環境の中で、何の問題もないって──」
兵士の言葉は、最後まで言い切られることはなかった。
砂漠の静寂を切り裂く、鼓膜を劈くようなショットガンの重い破裂音。至近距離から散弾を浴びたロボット兵は砂の中へと崩れ落ちる。
私が驚いて顔を上げると、そこには硝煙の燻る愛銃を下したホシノが立っていた。
無表情のまま沈黙する彼女の手元に視線を落とす。銃のグリップを握りしめるその指は、血の気が引くほど白く変色するほどに、強く、強く力められていた。
思い出の詰まったアビドス高校の旧校舎。それをカイザーコーポレーションに土足で踏み荒らされ、挙げ句の果てに、こんな訳の分からない化物を地下から掘り起こされたのだ。彼女の胸中に渦巻く怒りは、到底計り知れない。
ホシノは倒れた兵士を一瞥することもなく、真っ直ぐに砂漠の地平線の彼方――かつてアビドス本館があった方角へと向き直る。
「……行こう」
振り向かずに放たれたその短く静かな一言には、一切の反論を許さない、絶対の決意が込められていた。
その静かな威圧。それによって私たちはただ、彼女の後ろをついていくことしかできなかった。
先ほどの戦闘が終わり、ひたすら砂漠を歩き続けて数十分が経過した。
周囲の環境は依然として見渡す限りの砂漠のままだが、強いて違いを挙げるなら、建物の残骸が一切視認できなくなったこと。
そして、踏みしめる砂の感触が、さらさらとして不安定だったさっきまでのものとは違い、舗装されているかのように不自然なほど硬くなっていることだ。それがかえって、ある種の不気味さと不安を感じさせた。
「アヤネちゃん。PMCの基地は見えてきた?」
『いえ……ドローンの高度を最大まで上げてみましたが、地平線の先までそれらしき建造物は確認できません』
アヤネの報告に応答する代わりに、ホシノは無言で足の回転をさらに上げる。
さっきからずっとこの調子だ。ホシノがアヤネに確認を取り、アヤネが「見えない」と報告するたびに、焦燥感に駆られるように歩く速度を上げていく。
日頃バスに引きこもりがちな私の貧弱な足は、さっきからずっと悲鳴を上げていた。このままでは、目的地に着く前に私が倒れてしまう。それに、他の生徒たちも無言で歩き続けてはいるが、疲労は確実に蓄積しているはずだ。
そろそろ、一度休息をとるべきだろう。
〈ほ、ホシノ? 早く現場へ向かいたい気持ちも痛いほど分かるけど、一回休憩しよう。このままじゃ――〉
「そうです……! ホシノ先輩、いくらなんでもペースが速すぎます! いざ敵と遭遇した時に、私たちがバテてたら元も子もないですよ!」
私の提案に、息を切らしたセリカが食い気味に同調した。ノノミやシロコも、額に汗を浮かべながら小さく頷いている。
その声に反応して、ホシノがせわしなく動かした足が停止し振り返った。その表情は申し訳なさと焦燥感が入り混じっている。
「なあ、あんた。そこまで急ぐ必要はねぇだろ? 思い出が詰まった場所を奪われてムカつくのは分かるがよ……ちょっと過剰すぎないか?」
「…………」
ヒースクリフの鋭い指摘に、ホシノは黙り込んでしまった。
図星を突かれて反論できない……というわけではなく、彼女の中で過去のトラウマや焦燥感といった様々な感情がごちゃ混ぜになり、言葉として口に出せないように見えた。
感情で諭しても進展を見せない。なら──。
〈全員、ここで十五分間の小休止。これは引率の『先生』として、そして作戦の『指揮官』としての絶対の命令だ〉
私が有無を言わさぬ強い口調でそう宣言すると、ホシノの肩がビクッと跳ねた。
普段は頼りない時計頭の私だが、こういう時の声の掛け方には慣れている。危険地帯で冷静さを欠いた仲間をそのまま歩かせるのは、全滅への第一歩だからだ。
「……っ。でも、先生……!」
〈命令だ、ホシノ。水分を補給して、一度座って。ヒースクリフも、他のみんなもだ〉
私の静かな、しかし確固たる意思を前に、ホシノは数秒間立ち尽くしていたが……やがてふぅっと深く息を吐き出し、諦めたように持っていた鉄盾を砂の上に置いた。
それを合図に、対策委員会の面々も次々と砂の上にへたり込み、ヒースクリフも「やれやれ」といった様子でドカッと腰を下ろす。
私は皆に水筒を渡し終えた後、ぽつんと一人で砂丘に座り込んでいるホシノの隣へと歩み寄り、腰を下ろした。
〈……少しは、落ち着いたかな〉
「……私としたことが、完全に空回っちゃってたねぇ。みっともないところ見せちゃったよ」
ホシノはいつもの気の抜けた声色を作ろうとしていたが、その表情にはまだ拭いきれない焦りがへばりついていた。
私は前を向いたまま、静かに口を開く。
〈ヒースクリフの言う通りだ。君は焦りすぎている。……あの『卵』を見た時から、ずっとね〉
「…………」
〈言えるところまででいいから……昔、ここで何かあったの? 君が『あの害獣ども』と呼んだ、あの幻想体と〉
ホシノは膝を抱えたまま、長い沈黙に落ちた。
無理に聞き出すつもりはない。だが、これから発生源へと乗り込む上で、彼女が抱えている焦りの理由を知っておかなければ、取り返しのつかない事態になる気がした。
やがて、ホシノは砂漠の彼方――本館跡地の方向を見つめながら、ポツリと語り始めた。
「……ノノミちゃんが入学する前にね。私一人であの本館のところに行ったんだよ。そしたら……」
〈幻想体が……現れてきたんだね?〉
「そう。いやぁ、あの時は大変だったよ。わけもわからない常識の範疇を超えた化け物と一人で戦うのは……それで必死に倒したら、今日見たのと似てる、気味の悪い卵をさ」
ホシノの声は平坦だったが、その瞳の奥には、言葉以上の「深い喪失感」が渦巻いているように見えた。きっと、ただ学校を荒らされただけではない。あの日、彼女はもっと決定的な、取り返しのつかない何かを失ったのだ。
だが、私はそれ以上深くは踏み込まなかった。彼女が今、後輩たちの前で隠し通そうとしているものを、無理に暴く権利は私にはない。
「……もしカイザーの連中が、あの時の悪夢をまた掘り起こそうとしてるなら……おじさんが、どうにかしなきゃいけない。あんな化物が地上に出たら、今度は……可愛い後輩たちまで巻き込まれちゃうから」
〈……だからって、君が一人で全てを背負い込んで、無茶をする必要はない〉
私はホシノの方へ、改めて顔を向ける。
〈ここは君の過去の場所かもしれない。でも、今の君は一人じゃない。私という大人がいて、頼もしい後輩たちがいて……口は悪いけど、腕の立つ頼もしい味方だっている〉
「先生……」
〈幻想体の処理なら、私たちの専門だ。だから……もう少しだけ、大人や周りを頼ってくれないか〉
私の言葉に、ホシノは目を見開き――やがて、憑き物が落ちたようにふにゃりと、少しだけ不器用に笑った。
「……うへへ。やっぱり、先生には敵わないねぇ。……うん、ごめん。私、ちょっと冷静になるよ」
ホシノがいつもの笑顔を取り戻し、これで一抹の不安も拭えた――そう安心しかけた、その時だった。
『皆さん! ドローンをさらに北へ向かって千五百メートルの地点まで進んだところ……地平線の先に、異様な建造物を発見しました!』
アヤネからの報告が、突然私たちのもとに降り注いだ。
異様な建造物。それがこのタイミングで発見されたのだ。例のカイザーの基地で間違いないだろう。
私は急いで砂から立ち上がり、砂漠を進む準備を整えながら質問を投げかける。
〈もうちょっと詳しく説明できる?〉
『はい。高度二百メートルからでもカメラの視界の二十パーセントを占めるほどの、広大で要塞のような基地です。そして……って、えっ!? 基地の各地から、黒煙と火災が発生しています!』
「ん。あの無線から聞こえた『未確認生物兵器が脱走した』っていう騒動の影響」
「つまり、連中がパニックになってる今が、絶好の攻めるチャンスってことね!」
アヤネの報告を聞くや否や、獣耳を生やした二人が大きな耳をピクピクと逆立て、猪突猛進の勢いでその方角へ駆け出そうとした。
だが、迂闊に攻め込むには一つの大きな懸念点がある。
〈待って! あの騒動の原因は、十中八九『幻想体』だ!〉
「えっ!? ――うわっ!」
私の発した言葉に、シロコはピタリと足を止めて全身を震わせ、セリカは走った勢いを止めきれずにスッ転び、そのまま砂の中へ顔を沈めてしまった。
私たちがまともに戦った実例は『夢貪る濁流』しかいないが、この世界に出現する幻想体も相当厄介なことに変わりはない。ましてや、精神攻撃を仕掛けてくる相手であれば、キヴォトスの強靭な生徒たちが束になっても制圧は困難だ。
いくらでも死んでやり直しが効く私の囚人たちと違い、彼女たちの一挙手一投足は本物の死や精神崩壊に直結してしまう。
「げ、げげげ幻想体!? い、いやっ……別に怖くないわよ! さっきはひどい目に遭ったけど……っ」
「ハハッ! そうやって脚震わせて強がってるお前が一番……あー……なんでもねぇ」
全身をブルブルと震わせるセリカを茶化そうとしたヒースクリフだったが、彼女の顔に浮かぶ恐怖が本物であることに気づき、気まずそうに言葉を飲み込んだ。本当に、慎重に対処しなければならない。
「ですが先生。仮にまたその幻想体と戦闘をすることになった場合、陣形はどうしますか?」
「そんなことをここでウダウダ悩む必要はないだろ?前衛はオレ。盾持ったチビ、お前はオレの隣で壁になれ。で、そのすぐ後ろに時計ヅラだ。残りのガキ共は、絶対にオレたちより前に出ず、一番後ろの安全圏から弾をばら撒け」
〈いいねそれ。採用〉
戦闘勘に長けたヒースクリフの提案を、私は一瞬にして採用した。
極めて理にかなった、誰もが納得できるフォーメーションだ。彼自身は適当に言っただけかもしれないが、この緊迫した状況で咄嗟に明確な方針を出してくれるのは、指揮官として非常にありがたい。
〈それじゃあ、行こうか〉
私は生徒たちの武器の装填と準備を見守った後、出発の号令を下した。
目的地までは残り一・五キロ。決して短い距離ではないが、ここまで炎天下の砂漠を歩き通してきたことに比べれば、もう目と鼻の先だ。
黒煙を上げるカイザーの基地へ向けて、私たちは残された気力を振り絞り、砂を蹴って蹴って……。
そうして無言で歩みを続けていくと、やがて踏みしめる地面はいつの間にか、熱い砂から固く冷たいコンクリートの感触へと変わっていた。
顔を上げれば、そこには見上げるほど堅牢で巨大な要塞の門。だが、分厚い鋼鉄の扉には、内側から何かが力任せにぶち破ったような、巨大な風穴がポッカリと開けられていた。
「遂にここまで来たけど……これ、勝手に入ったら警報とか鳴らないわよね?」
「うへ〜、中の警備員ちゃんたちは今それどころじゃないだろうからねぇ。侵入者の対処なんてしてる余裕はないと思うよ」
「じゃあ、遠慮なく入っていいってことだな」
ヒースクリフが率先して巨大な風穴をくぐり抜け、私たちも彼に続いて要塞の内部へと侵入していく。
中はまさしく、大規模な軍事駐屯地だった。ここがかつての市街地であった面影はすでに定かではないが、こんな砂漠のど真ん中にこれほどの施設が存在すること自体が異常だ。
だが、そんな施設の不自然さ以上に私たちの目を引くのは、アヤネの報告通りの惨状だった。
至る所から黒煙と火災が湧き上がり、周囲には破壊された車両や建物の残骸が無惨に転がっている。
「これは……酷い有様ですね。幻想体というのは、たった一体でここまで被害を拡大させる存在なのですか?」
周囲の惨状を見渡し、ノノミが信じられないというように息を呑む。
その言葉に、私はかつてK社の巣で遭遇した事件を思い出した。
絶えない悲鳴と溢れ出る黒煙の中、「真鍮の雄牛」が市街地を縦横無尽に駆け回り、建物を容易く崩し、民間人や囚人たちをゴミのように蹴散らしていくあの光景……。
今思い返しても、たった一体の幻想体が及ぼす被害は計り知れない。
〈ああ……残念ながらね。だから、ここからは今まで以上に慎重に行こう〉
私が頷くと、私たちの前へアヤネのドローンが躍り出る。
小さなプロペラ音を鳴らすそれは静かに浮遊し、崩れた障害物を越えて、未知の要塞の奥へと先行していった。
奥へ進むにつれ、黒煙の勢いが増していく。だがそれとは対照的に、兵士たちの怒号や悲鳴と推測できる叫び声は全く聞こえなかった。
「……奇妙。なんでPMC兵の姿かたちが見えないの?」
『もしかすると……騒動から離れてしまっているのではないでしょうか』
「そう考えるのが妥当だと思うけどね……」
生徒たちの中で推論が飛び交う。確かに施設の損壊具合に反して、人の動きが確認できない以上、既にここに幻想体はいない、と考えられるが────その説を覆す証拠を私は持っている。
〈私の時計から、幻想体を感知した時の反応が出てる。ここで間違ってない〉
「つくづく思うんだけど、ダンテ先生の時計ってちょっとチートじゃな~い?」
警鐘のおかげで騒動の位置が判明、そして正体が確定したわけだが、その一方で、ホシノは緊迫した空気の中でも冗談めかして笑う。
その時、私たちの前方を静かに先行していたアヤネのドローンが、曲がり角の先へ進んだ瞬間、電撃のような鋭い音と共に、小さな火花を散らして床に墜落した。
「え……!?」
〈ドローンが……アヤネ!ここから先で何か──〉
突然の事態に困惑する中、せめて情報を得ようと慌ててアヤネに連絡をとる。
……しかし、インカムからは不快なノイズすら聞こえず、一切の応答が返ってこない。もしかして、離れた場所にいるアヤネ本人が襲われたのか?
私が最悪の事態を想像して焦っていると、舌打ちを立てたヒースクリフが口を開いた。
「……チッ、インカムがパーだ。おい、あんたらはどうだ?」
「ん、こっちもダメ」
「皆さんのインカムに、アヤネちゃんのドローンまで……。ということは、強力な電磁波か何かで、付近の電化製品が一斉にショートしたってことですね」
ノノミの冷静な分析に、私は思わず懐に入れていたシッテムの箱に目を落としてしまう。
電化製品を殺す攻撃。それなら、このタブレット端末も例外ではないはずだが……。
「どうやら心配しているようですが、スーパーAIのアロナちゃんがこんなものでやられるはずがありません!」
画面が明るく発光し、アロナの元気な声が響いた。
流石は得体の知れないオーパーツ。これぐらいの異常事態なら、びくともしないようだ。
「とはいっても、今のはかなり強力な一瞬の放電ですので、普通の通信機器だとショートしちゃいますね。それなりの耐久がないと厳しいと思います」
〈放電……あっ、アロナ。つまりシッテムの箱はその電磁波を直接受け止めたってことだよね? なら、そこから『どんな電気か』を特定できない?〉
通信が途絶した今、唯一探査ができるのはアロナだけ。
私が期待を込めて尋ねると、アロナは「お任せください!」と胸を張って見せた。
そんなところへ、ホシノが列の先頭に立つ。ショットガンと盾を構えなおし、鋭い目で曲がり角の先を見つめていた。
「解析、完了しました! 先生、気をつけてください! この角の先から、とてつもない規模の電圧が検出されています! 発電施設レベルの強力な電流ですが……発生源は機械じゃなくて『生体』からです!」
〈生体から発電施設レベルの電気?〉
「はい! それに、そこに向かって無数の電力ケーブルが繋がっているみたいで……」
なるほど。これで目の前に立ちはだかる存在が解明した。電気を扱う幻想体となるとかなり母数があった気がするが、ここでの状況から推測すれば、とある存在のもとにたどり着く。
私がアロナからの報告をそのままみんなに伝える。私の言葉を聞いたホシノは低く息を吐いた。
「電気のバケモノねぇ。ま、この盾、しっかり絶縁コーティングしてあるから安心して……行くよ、みんな」
ホシノを先頭に、私たちは警戒しながらドローンが墜落した曲がり角の先へと足を踏み入れた。
だが、そこで私たちを待ち受けていたのは、想定していた戦闘ではなく――異様な惨状だった。
「……なにこれ」
シロコが短く呟く。
通路の先には、数十体ものカイザーのロボット兵たちが折り重なるように倒れていた。しかし、彼らの装甲に銃創や打撃の痕はない。まるで至近距離で落雷にでも撃たれたかのように、すべての電子回路が焼き切られ、黒焦げになっているのだ。
「こいつら、ケーブル持ってんな」
「送電ケーブルのようですが……」
倒れた兵士を蹴り転がしたヒースクリフが、怪訝な顔で言った。
彼の言う通り、黒焦げの兵士たちの手には極太の送電ケーブルが握られていた。周囲を見渡せば、床や壁に這わされた無数のケーブルが、付近にあった巨大な扉の向こうへと蜘蛛の巣のように伸びている。
だが、その巨大な扉の向こうを覗き込んでみると――本来ケーブルの終点に接続されているはずの巨大な発電機のような物体はなく、施設は最初から何もなかったかのように、ぽっかりと空洞になっていた。
「十中八九、あれって発電所みたいな施設よね? けど……なんで肝心の機械が何もないの……あっ!」
「ん。カイザーコーポレーションは、電気を無尽蔵に放出できる幻想体を発電機の代用として使おうとした。けど、無理やり電気を吸われてた化け物が暴走して、この有様になった」
ハッとしたセリカの疑問に答えるように、シロコが淡々と推察を口にする。
彼女の推察はきっと正しい。無尽蔵にエネルギーを生成できる未知の存在が手に入ったのなら、悪徳企業がそれを動力源として利用しない手はないだろう。
〈……だけど、油断しないで。ここから暴走して逃げ出したとはいえ、さっきアヤネのドローンが落とされたのはまさにこの場所だ〉
「できるだけ私から離れないでね」
ホシノが前に進み出ると、巨大な鉄盾を床に突き立て、展開した。
重厚で隙のない構え。その小さな背中が、今は何よりも頼もしく見えた。
幻想体との衝突まで、あとわずかだろう。
私は懐からPDAを取り出し、次にヒースクリフへ被せる人格牌を選ぶ。
相手は発電施設並みの高電圧を放つ化け物。だが何よりも耐久力が異常だ。なら選ぶなら、長期戦闘におあつらえ向きの人格だ。
選び抜いた人格牌をPDAに差し込み、人格を被せる。
パリンッ! と硝子が砕ける音と共にヒースクリフの姿自体が割れ、そこから新たな姿が現れた。
青を基調とした分厚いクリーン用スーツに、金属質のプロテクターが全身の要所に配置されている。深々と被られた黒いキャップと、胸部のプロテクターには、でかでかと「W」のロゴが刻まれていた。
そして何より目を引くのは、彼の両腕に装着された、巨大でメカニカルなガントレットだ。
W社4級整理要員-CCA、ヒースクリフ。
彼はガントレットの駆動部からバチバチと青白い電気の火花を周囲に纏いながら、ホシノの隣へ前衛として堂々と立ち塞がった。
「うぇっ!? 今度はなんか、未来っぽいスーツに着替えたんだけど!?」
「ん。あの腕の機械……ロマンがある。すごく強そう」
当然ながら、生徒たちはヒースクリフの新しい姿に目を輝かせている。
しかし当のヒースクリフ本人は、茫然と自身の着ているタイトなスーツと重いガントレットを見回すと、おもむろに怪訝な視線を私へと向けてきた。
言いたいことは分かるが、今は我慢してほしい。
これで舞台も整った……そう思った瞬間だった。突然、周囲を警戒していたノノミが口を開く。
「待ってください。さっきの無線通信の通りだと、カイザーは依然としてその幻想体を制圧しようと、部隊をここに集結させているはずですよね?」
「ん? 確かにそうだが」
「だとしたら、おかしくないですか? その肝心の幻想体がすぐ近くにいるはずなのに……ここにいるカイザーの兵士が、あまりにも少なすぎます!」
その言葉に、私はハッとして周囲を見渡す。
確かに、私の目に映ったのは、ケーブルを握ったまま黒焦げになった者が数人と、制圧しようとして、銃を手放してしまったであろう者が数人転がっているだけだ。
〈……そういうことか〉
ノノミの指摘で、私は強烈な違和感の正体にようやく気がついた。
幻想体は付近にいる。私の時計の反応もそれを証明している。だが、それはカイザー側も把握しているはずだ。自身の施設の所有物が暴走しているのなら、全戦力を投入してでも原因を特定し、包囲網を敷いて確保に動くのが当然だ。
それなのに、なぜここにカイザーの兵士がいない?
何かとある事実に到達しかけた、その時。
私の思考は、頭上の異常によって強制的に遮られた。
見上げる空は、雲一つない快晴だったはずだ。
だが今、その青空を真っ二つに引き裂くように、不気味な紫色の稲妻が走りだす。
バチッ、バチバチバチッ!! と、絶えず大気の中で放電の音が狂ったように鳴り響き……そして突然。
「――来るッ!」
ホシノが叫ぶと同時。
私たちめがけて、上空から極太の雷の柱が降り注いだ。
周囲は一瞬にして耳をつんざく爆音と、視界を白く染め上げる強烈な閃光に包まれ、私たちは一歩も動くことができない。
だが、私たちが黒焦げになることはなかった。轟音の最中、ホシノが展開した巨大な鉄盾が、私たちに降り注ぐ致命的な落雷を全て受け止めてくれたからだ。
やがて閃光が収まり、恐る恐る目を開けると、眼前の景色は先ほどよりもさらに凄惨なものへと一変していた。
私たちが立っている地面だけを残し、周囲の砂は落雷によって大きく抉れ、巨大な焦げ跡を作っている。破壊された施設の残骸からは、ショートした配線がバチバチと火花を散らしていた。
そして、その爆心地の中央に立っていたのは──。
「……メェェェェェェッ!!!」
悲痛で、怒りに満ちた機械的な叫び声が戦場に木霊する。
夜空の暗雲を思わせる分厚い羊毛を纏った、巨大な羊。その体を支える脚は不気味なほど黒く、細長い。
バチバチと紫色の稲妻を放ちながら、光る不気味な眼が私たちをギロリと睨みつけた。
『夢見る電気羊』。自身に流れる電流を奪われることを拒絶し、怒り狂う幻想体が、落雷と共に私たちの前へ忽然と姿を現したのだ。
〈みんな、無事か!?〉
「ん、大丈夫。ホシノ先輩の盾のおかげで」
シロコの返答に安堵しつつ、生徒たちが次々と巨大な盾の後ろから顔を覗かせる。全員が素早く銃を構え、迎撃の態勢が整えられた、その時。
前衛に立つヒースクリフが、両腕に装着されたW社のメカニカルなガントレットを、顔の前で勢いよく打ち合わせた。
重厚な金属音と共に、ガントレットの隙間から青白い電流の光が迸り、雷を纏う電気羊の紫色の光と対峙するように戦場を照らし出す。
「ハハッ、上等だ。……かかって来いよ、羊野郎」
本当にお待たせさせてすいません。投稿頻度が上がるという確証はありませんが、温かい目で拝読してくださると嬉しいです。
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