LCB、シャーレの先生になる 作:ハーメルンのTakamagi
戦闘開始の合図と同時に、私たちは四方に展開した。
ホシノとヒースクリフが前衛として一気に前へ進み出、残りの三人は左右へ散開して射撃位置につく。私は全体の指揮を執るため、安全な後方へと下がった。
耳障りな鳴き声とともに、電気羊が全身に紫色の高圧電流を纏わせ、前足で地面を強く蹴りつける。
最初の標的は、先ほどから激しく火花を散らして挑発していたヒースクリフだ。
だが彼は、迫り来る落雷のような突進に対して避ける素振り一つ見せず、その場でドカッと足を開いて仁王立ちした。
好戦的な笑みを浮かべたまま、両腕の巨大なガントレットを再び打ち合わせる。
ガキィンッ! という金属音とともに、駆動部から青白い電流の光が爆発的に迸り、ヒースクリフの全身をバリアのように包み込んだ。
直後、地面を抉りながら高速で迫った電気羊が、彼の身体めがけて重い頭突きを放つ。
巨体に纏わりつく紫色の電流も相まって、その突進はさながら、地上を這う一本の巨大な稲妻そのものだった。
紫と青、二つの雷が真正面から激突し、凄まじい衝撃波と火花が周囲に撒き散らされる。
致死量の電流と質量を伴ったその一撃を、ヒースクリフはバリアを展開したガントレットを交差させて真っ向から受け止めた。
凄まじい推進力に押され、革靴が砂を削りながら数メートル後退する。
――だが、それだけだ。
彼は顔をしかめることもなく、感電する様子すら見せず、分厚い装甲の内側でびくともせずに立ち塞がっていた。
電気羊も警戒したのか、ジリッと数歩後退して距離を取り、その場から動こうとしないヒースクリフを不気味な瞳で見据えている。
「って! なんであそこで突っ立ってんのよ! さっさと追撃しなさいよ!」
〈仕方ないんだ。彼は今、絶賛充電中だからね〉
焦るセリカのツッコミに、私は苦笑交じりに答える。
ヒースクリフが今、微動だにしない理由は明確だ。W社の武装で高威力の技を放つには、スーツと武器に莫大な電気エネルギーを溜める必要がある。
この人格は、全身に過剰な電流を流し込むことで強制的にエネルギーを即座にチャージできる。だがその代償として、過充電による排熱とエネルギー変換処理のため、一時的にスーツがショートしたように硬直し、動けなくなるという欠点があった。
とはいえ充電中はスーツの防御力が最大出力になるため、敵の攻撃を引きつける盾としては非常に有益だ。……とはいえ、いくら頑丈でも、このままサンドバッグにされるのを黙って見ているわけにはいかない。
電気羊が自身の羊毛に再び凄まじい電流を蓄え、完全に動けないヒースクリフを仕留めようと頭突きの構えに入る。
だが、その強固な頭部が振り下ろされるより早く。
乾いた破裂音とともに、電気羊の羊毛へ横から鋭い銃弾が撃ち込まれた。
「今度はこっち」
シロコだ。彼女が絶え間なくアサルトライフルを撃ち込み、注意を強制的にこちらへ向けさせたのだ。
案の定、電気羊の敵意はシロコへと向き直る。そのまま彼女へ突進してくる――かと思いきや。
悲痛な叫び声が響いたのと同時、突進ではなく、羊毛に蓄えられていた膨大な電力がシロコめがけて極太の稲妻となって降り注いだ。
避ける隙などない、不可避の雷撃。
だがシロコの頭上へ、巨大な鉄の塊が滑り込んできた。
強烈な雷撃が直撃し、周囲に青白い火花が爆発的に散り、金属音が響き渡る。
閃光が晴れた先には、絶縁コーティングの施された分厚い鉄盾を構え、シロコを完璧にカバーするホシノの姿があった。
「うへ〜、危ない危ない。遠距離攻撃も巧みに組み込んでくるなんて、なかなか器用なバケモノだねぇ」
禍々しい電撃を余裕綽々と受け止めたホシノは、片手でショットガンを撃ち放ちながら、ジリジリと距離を詰めていく。
弾丸を浴びた電気羊は鬱陶しそうに頭を下げ、前足で地を掻くと、その鉄壁へ向かって猛烈な頭突きを繰り出した。紫色の電流を軌跡に残しながら、一直線に迫る。
――しかし、今度は違った。
衝突の寸前、ホシノの構える巨大な盾が一瞬鮮やかな水色に発光し、激突の衝撃を殺すどころか、逆に電気羊の巨体を大きく弾き飛ばし、強引にたたらを踏ませた。
目を凝らせば、盾の表面から彼女の意思に呼応するように、水色の電磁バリアが淡く展開されているのが見える。
シールドバッシュによる見事なカウンター。だが、相手も知能の欠如したただの獣ではない。
弾き飛ばされた電気羊は怒りに満ちた咆哮を上げると、身体に突き刺さったケーブルから尋常ではない量のエネルギーを上空へ一気に放出した。
「上から……来る!」
直後、空中で飽和した紫色の電力が、太い光の柱となってホシノの頭上から絶え間なく降り注ぎ始めた。
一発だけの落雷ではない。電気の滝が、途切れることなく降り続ける。
「ちぃっ……!」
ホシノは短く舌打ちし、咄嗟に巨大な鉄盾を真上へ掲げ、力技でその雷雨を防ぐ態勢を取った。
だが真上への警戒に気を取られたことで、正面の胴体が完全にガラ空きになる――一瞬の死角が生まれる。
頭上に雷の滝を降らせたまま、電気羊が頭を下げ、今にもその角を突き立てようとホシノを睨んだ。
「させない!」
だが、こちらは数において有利をとっている。
シロコとセリカが瞳めがけて銃弾を放つ。さらに電気羊の足へ、ノノミのミニガンの弾幕が足を掬うように襲いかかった。
いくら幻想体でも、目や足を狙われてはたまらない。電気羊は目をつぶり、足を狙う弾丸を避けようとひたすらに足を動かす。
〈ヒースクリフ!〉
「おうよ!」
私が声を上げると、ショートから立ち直った万全のヒースクリフが隣へ踏み出る。
肘の装置から青色と紫色に煌めく炎を噴き出し、悶える羊めがけて肉薄した。
加速するヒースクリフは止まることなく羊の身体へ駆け寄り、勢いを乗せた拳を振り上げる。
重い衝撃音と鳴き声が、飛び散る電流とともに響き渡り、電気羊が大きくよろめいた。
ヒースクリフはさらに追撃のパンチを打ち続け、着実にダメージを刻んでいく。
殴打の回数が二桁に届こうかという頃。
彼がさらに推力を上げ、トドメのフィニッシュブローの構えを取った瞬間――電気羊の羊毛にビリビリと異常な高圧電流が迸り、羊毛そのものが風船のように不気味に膨張し始めた。
このままインファイトを続ければ、どちらが先に致命的なダメージを負うか、火を見るより明らかだ。
「チッ……!」
ヒースクリフは即座に肘のブースターを前方に向け、逆噴射の推進力で素早く後方へ距離を取る。
直後、膨張した羊毛が破裂した。激しい破裂音とともに、彼がさっきまで立っていた場所を含む電気羊の周囲一帯が、電流の嵐に飲み込まれる。
「うへっ、迂闊には近づけないね……」
「でも、今みたいなヒット&アウェイの方法でちまちまと削っていけば──!」
〈いや、ダメだ。この調子でただ殴り合ってるだけじゃ、いずれ全員やられる〉
私は即座に否定した。
今の連携でも十分素晴らしい。時間さえかければ、あの幻想体を鎮圧できるだろう。だが今回の『夢見る電気羊』は、ただ攻防してやり過ごすだけでは済まないパターンなのだ。
〈このまま時間をかければ、あの幻想体は体内に溜まりきった莫大な電流を、空間全体へ向けて一気に放出してくる。そうなれば、いくらホシノの盾に絶縁コーティングがあっても意味がない。防ぎきれずに全員丸焦げだ〉
「そ、そんな……! では、どうすればいいんですか?」
ノノミが焦燥感を滲ませて問いかけてくる。
私は改めて思考を巡らせた。今までの戦闘では、あの幻想体の付近には必ず、電気を逃がすための「発電機」があった。だが周囲を見渡しても、その姿と一致する物体はどこにも見当たらない。
私は素早く辺りを見渡す。そしてふと、電気羊が脱走してきたあの空間――ぽっかりと空洞になった「発電所らしき空間」の入り口が目に入った。
カイザーの連中が、あの羊をバッテリー代わりに繋いでいた場所だ。巨大な発電機そのものは無かったが、基地全体へ電気を送るための配線や送電盤は、必ずあの部屋に残っているはず。
それを利用できれば、あいつの体内に溜まった過剰な電気を、基地の設備側へ強制的に逃がすことが可能かもしれない。
〈ねえ、みんなの中で……機械修理とか、配線をいじれる人っている?〉
「みんなできる」
〈よし。なら──ヒースクリフとホシノ!少しの間任せていいかな!〉
となれば、やることは一つだ。私は二人に幻想体の対処を任せ、残りのメンバーを連れて巨大な扉を潜り抜けた。
室内は思っていたよりも凄惨で、あちこちの設備が大きく破損していた。
「えーっと。急に呼び出されたから、何するのか把握できてないんだけど……」
〈ここの設備を利用したいんだけどね、十中八九壊れてると思うから、修理を頼みたくて〉
目の前に散らばるガラス片と、そびえ立つ打ち壊された壁を順に見つめながら大まかに説明する。
そんなところへ、壁越しに向こうの空間を観察していたシロコがふと口を開いた。
「ん。向こうにケーブルが何本か垂れ下がってる。左には小部屋……制御室?」
「じゃあこの壁は、隔離壁?やっぱりあの化け物を利用する前提で作られているね。けどさ、あのケーブル全部千切れてない?」
セリカの言う通り、垂れ下がっているケーブルはどれも例外なく、途中で配線がむき出しになっている。このままでは作業が成立しない。
「あっ!そういえば、この部屋の入り口で黒焦げになっている兵士さんの腕の中に、ケーブルがありませんでしたか?」
「じゃあ取ってくる!」
外に放置された新品の送電ケーブルを回収すべく、セリカが颯爽と入口へ踵を返した。
シロコは無言で壁を乗り越えて中の空間に侵入し、次々とケーブルを雑草のようにポンポンと引き抜いていく。
残った私とノノミは、まだ担当のいない制御室へ向かった。
煤のついた鉄扉を開けた先には、想像していた通りの機械が揃った小さな空間が現れる。だが所々から、火花が勢いよく噴き出していた。
「まずはメインシステムを復旧しましょう」
〈そうだね……?〉
正直に言うと、私は機械に関してはちんぷんかんぷんだ。そばにイサンやファウストという技術に富んだ囚人はいたものの、あれは天才の領域であり、私には理解が及ばなかった。
ここは大人しくノノミに任せよう。
当のノノミは、仰々しい装置の下部パネルをこじ開け、内部のチェックを進めている最中だった。
「うーん……なるほど。少し焼け焦げてますけど、メインの送電回路自体は生きてますね! これなら、こことここを直結させてバイパスを作れば……えいっ!」
まるで簡単な裁縫でもするかのような、呑気な声と所作。それも、分厚い手袋などせず素手で直接回路に手を付けている。
彼女が何かと何かを強引に繋げた、と思った瞬間。突如バチバチッ! と激しい火花が散り、電流が空中に炸裂した。
〈ちょっ、ノノミ!? 感電するよ!?〉
「大丈夫です、ちょっとピリッとくるだけですから〜」
ピリッと感触がある時点で、もろに高圧電流が身体に流れているのは明白なのだが。
LCBの囚人たちとは別ベクトルで、自身の体が傷つくことに抵抗がないというか、根本的な危機感が欠如しているというか……。
とまあ、キヴォトス人の頑丈さへの疑問はさておき、ノノミがメインシステムを強引に修復したおかげで、大きな駆動音とともに空間にパッと照明の光が戻った。
敵であるカイザーだが、いくら高電圧で破壊されても、これだけの手順で回復できる設備技術にだけは、手放しで褒められる。
電力が戻ると同時に、フロアを隔てていたあの分厚い隔離壁が、重い音を立ててゆっくりと下降していった。
その奥から、丁度よく極太のケーブルを両腕に抱えたセリカが、息を切らして入り口に現れる。
「お待たせー! この数で足りるかしら!」
「ん、それ頂戴」
合流した二人の生徒が、ジャグリングのような見事な手際でケーブルを捌いていく。
シロコが不要になった断線ケーブルを引っこ抜いて物陰へ放り投げ、空いたソケットへ、セリカから受け取った新品のケーブルの端子をガチャン! と力強く差し込んだ。
「ふふ……こうやって皆さんが息を合わせて協力する光景を見るのは、なかなかに飽きませんね。ここはもう大丈夫です。システムの制御は私が行いますから、先生は万が一のためにもここから出て、指示をお願いします」
ノノミが微笑みながら私に促す。
視界の端、割れた窓ガラス越しには、依然として素早く作業の最終確認を行う二人の姿が見えた。
〈うん、ありがとう。頼んだよ〉
私は彼女の意図を汲み取り、背後の扉を開け、そのまま制御室から通路へと飛び出した。
ふと、後ろを振り向くと、シロコたちが挿入したケーブルの数々が駆動音とともに壁の中へと吸い込まれている光景が見える。なるほど、どうやってあんな危険な存在に挿入するのかと思ったら、そこも機械的な方法でやるのか。
鉄の地面を蹴り、前衛が戦っている入り口方面へと戻る途中。鼓膜をビリビリと揺らすような、男の焦燥した叫びが室内に反響した。
「おい時計ヅラ! さっさと始めろ! そろそろこいつ、手が付けられなくなってきたぞ!!」
「うへぇ……おじさんの盾もそろそろ限界だよ。こっちからもお願〜い……」
激しい放電音の向こうから、ヒースクリフとホシノの悲鳴に近い声が聞こえる。
過充電が限界に達し、大放電のチャージが完了しようとしているのだ。私は走りながら、前線の二人へ向けて大声で叫んだ。
〈準備は完了した! 最後の一押しだ! 二人で、こっちへ幻想体を吹き飛ばしてくれ!!〉
まるで待ってました、と言わんばかりに、直後、大きな衝突音が外から響いた。
巨大な扉から、電気羊が勢いよく現れる。だが制御が利いていないのか、その巨体は着地すらままならず、ゴロゴロと床を転がりながら、反対側の壁へと体を打ち付けた。
そこは丁度、ケーブルがいくつか垂れ下がっている空間だった。
「隔離します!」
「急いでシロコ先輩!」
ノノミの号令が空間に響く。すると、壁が再び浮上を始めた。
速度は遅かったものの、衝撃でまだしびれている電気羊を閉じ込めるには十分だった。
衝撃から立て直した電気羊。だが、時すでに遅し。壁の上端はすでに天井と合流し、カチリと重いロック音を静かに響かせていた。
「ケーブルを挿入します!」
だが幻想体は真っ先に、隔離壁の一角――ガラスが割れて貫通したガラスでできた箇所へ向かって足を進めていた。
「お~っと、おじさんがさせるとでも?」
ホシノが電気羊の目の前へ躍り出て跳躍する。前方に構えた盾を勢いよく振り抜き、そのまま蹴りを叩き込んだ。
頭部へ直撃。電気羊はまた壁際へと押し戻される。ほどなくして、壁からケーブルが一斉に射出され、その全てが電気羊の羊毛へと深々と突き刺さった。
〈今だ、ノノミ!〉
「はいっ! 行きますよ〜!」
ノノミが制御室のメインレバーを力強く引く。重い機械音とともに、基地の送電システムが一気に起動した。つられて周囲が、これまでとは違う、鼓膜を劈くような甲高い高周波の音に包まれる。
直後、電気羊の体に刺さった極太のケーブルに、紫色の亀裂が走るように激しく輝きだす。
それは、一瞬の出来事だった。悶え苦しみ、体を震わせていた電気羊から、前触れもなく凄まじい破裂音が鳴り響き、紫色の閃光が空間を暴力的に塗りつぶした。
吸い上げられた反動による、断末魔の大放電。無差別に撒き散らされた紫の稲妻は、大半が施設の壁や床に吸い込まれ、致命的な影響は与えなかった。だが、その一部は隔離壁の割れたガラス窓をすり抜けてしまう。
幸い、私やシロコたちへ向かった稲妻はホシノの盾によって完全に防がれ、制御室で待機していたノノミもギリギリのところで地に伏せて直撃を免れた。だが、稲妻の余波を受けた制御室の配電盤がショートして黒煙を上げ、せっかく復旧した空間のシステムが再び完全に停止してしまった。
「わっ!? 危ねぇな!」
「ん。それより、あの化け物どうなった?」
土煙と火花が収まり、生徒たちが警戒しながら盾の陰から様子を窺う。
そこにいたのは、すっかり電気を抜かれ、力なく横倒しになった電気羊だった。先ほどまで帯びていた紫色の雷光は完全に消え失せ、バチバチと帯電していた羊毛も、光っていた瞳も、今は虚ろな灰色へと色褪せている。
「し……死んだ?」
〈いや、一時的な機能不全に陥ってるだけだ。また電気を溜め直される前に、今のうちに畳み掛けよう!〉
躊躇する暇などない。私の号令に合わせ、ヒースクリフが素早く動けない電気羊へと駆け寄り、重いガントレットの拳を容赦なく振り下ろした。
制御室から駆けつけたノノミも、その勢いのままミニガンを構えて前線に加わる。
「ハハッ! 電気の抜けたテメェなんざ、ただのデカい毛玉だろぉが!!」
「……ん。チャンス」
「ちょっと可哀想ですけど……また暴れられたら困りますからね!」
「全く、どこまでしぶといのよ!」
ヒースクリフの容赦ない殴打を皮切りに、対策委員会の面々も一切の躊躇など見せることなく、ダウンした電気羊へ向けて一斉に火力を叩き込んだ。
シロコのアサルトライフル、セリカの連射、ホシノの至近距離からのショットガン、そしてノノミのミニガンから放たれる無慈悲な弾幕が、灰色の巨体を滅多撃ちにしていく。傍から見ればただの集団リンチだが、私たちの都市ではダウンした敵を全員でタコ殴りにするのはごく普通のことだ。
……それでもなお、この電気羊を完全に鎮圧するには至らないだろう。幻想体とは総じて異常にタフなのだ。この程度のラッシュで仕留めきれるとは最初から考えていない。
〈そろそろ復帰する! 一旦下がって!〉
「了解」
敵の突然の反撃に備え、前衛に距離を取るよう指示し、私も同様に素早く後退した。
私の予想通り、電気羊は咆哮とともに強引に復帰した。色褪せていた全身に再び紫色の電流が迸り、一瞬にして再起動する。
光る瞳がギロリとこちらを向き、その視線からは純粋な怒りと殺意しか読み取れない。
〈……ヒースクリフ。充電は?〉
「当然、満タンだ」
私の前に立つヒースクリフに問いかけると、彼は凶悪な笑みを浮かべた。
その短い言葉のやり取りだけで、何のための確認か、次は何をすべきか、私たちはお互いに手に取るように分かる。
視線を電気羊に戻すと、奴が醸し出す雰囲気が今までとは一線を画すような、ビリビリとした威圧感へと変わりつつあった。生存本能が身体能力を限界まで引き上げ、より強大なものに変えているのだろう。だが、その兆候はつまり、奴の体力も残り僅かだと言っているようなものだ。
〈みんな。あいつの体力も、これで最後だ〉
「ん。最後の一押し」
電気羊の二本の角に凄まじい電流が迸り、巨大な図体が猛スピードで私たちへと突進してくる。
だが、シロコはそれを見越したように、手にしていた手榴弾のピンを抜き、突進してくる羊の頭上めがけて放り投げた。
頭で理解するより先に体が動く。私たちは一斉にその部屋から抜け出し、巨大な隔離壁の扉の脇へと滑り込むように退避した。直後、開かれた扉の中から、鼓膜を破るような轟音とともに爆炎が外へと噴き出す。
なるほど、相手の突進を見越した見事な迎撃と目眩ましだ。シロコの咄嗟の判断力に感心していると――爆炎を突き破り、紫の巨体が猛烈な勢いで扉から外へと飛び出してきた。
当然、その正体は電気羊である。どうやら怒りに身を任せて突進した結果、手榴弾の爆発で視界を奪われ、私たちを空振りしてそのまま通路へと飛び出してしまったらしい。
「ハハッ! そっちじゃねぇよ!!」
勢い余って通り過ぎようとする電気羊の無防備な横っ腹。そこには、限界まで充電を溜め込み、ガントレットから青白いプラズマを暴発寸前まで迸らせたヒースクリフが、待ち構えるようにして立っていた。
シロコたちから放たれる横殴りの援護射撃を背に受けながら、ヒースクリフが地を蹴る。脚部に備えられたブースターの推力が一気に最大値へと達し、彼の姿はもはや肉眼では追えないほどの青い閃光と化した。
超加速から繰り出された、重いガントレットの三連撃。推進力を乗せた拳が、無防備な羊の横っ腹へ綺麗に、そして深く突き刺さる。その度に、装甲が軋むような激しい打撃音と、電気羊の悲痛なうめき声が砂漠に響き渡った。
「真っ二つにしてやる!!」
そして、トドメの一撃。それは単なる拳の振り上げではなかった。右腕のガントレットに過剰なまでのエネルギーが集中し、肘のブースターが最大出力で点火される。まるで死刑宣告でもするかのような、高周波ブレードの甲高いチャージ音が静寂の中にやけに響き渡った。
――空間切断。
最後の一閃は、まばゆい閃光と同時に完了していた。空気がガラスのように割れるような甲高い音。光が収まり、土煙が晴れた後にその場に残っていたのは、拳を大きく振り上げた姿勢のヒースクリフと、羊毛でできた巨大な卵だけだった。
「……え? 何、今の……?」
呆然と呟くセリカ。だが、生徒たちが驚愕していたのは、そこではない。
彼女たちのすべての視線は、ヒースクリフの頭上――正確には、電気羊がいた空間のその奥に深く刻まれた、青紫色に発光する傷跡へと集中していた。
それは物理的な破壊の痕ではない。ヒースクリフの武装によって強引に引き裂かれたことで生まれた次元の裂け目であり、この世界にあるはずのない、明らかに異様なものだった。
やがて、その空間の傷跡はまるで世界の修復機能が働いたかのように、ノイズを散らしながら瞬く間に静かに消えていく。
〈鎮圧完了。お疲れ、みんな〉
生徒数人が未だに次元の裂け目の余韻で呆気にとられていたが、これで無事に幻想体の鎮圧は完了した。私はそっと全員を労う。
同時に、先ほどからずっと沈黙していた私のインカムに、ノイズが入った。おそらく原因である電気羊が卵へと還り、異常な電磁波の放出が止まったことで、通信がようやく復旧したのだろう。
『……先生! ――あっ! やっと繋がりました! アヤネです! そちらは無事ですか!?』
〈ああ。幻想体と戦ってたけど、たった今無事に鎮圧したところだよ〉
『そ、そうだったんですね……! よかった、本当にお疲れ様です……っ』
インカム越しに深く安堵の息を吐くアヤネと少しやり取りをしながら、私は後始末に取り掛かった。
まずはPDAを操作して人格牌を抜き取り、ヒースクリフを重いW社のスーツからいつもの姿へと戻す。次に、向こうで無機質に転がっている幻想体の卵を回収しようと足を進めかけた――その時だった。
『──って、先生! 安心している場合じゃありません! 現在、皆さんのいる本館跡地の基地へ向けて、大量の敵性反応が急接近しています!!』
アヤネの切羽詰まった報告に、私は思いがけず足を止める。
大量の反応の正体は、間違いなくカイザーのPMC兵だ。そうか――さっきの無線の通り、外で哨戒していた外部部隊が、この暴動を鎮圧するために戻ってきたのだ。
「みんな! 完全に包囲される前に、急いであの入り口に向かうよ!」
ホシノが即座に動いた。
いつもの気の抜けた声はそこにはない。対策委員会の委員長として、少しでも全滅のリスクを減らすため、敵のホームグラウンドであるこの要塞の奥深くから、急いで外へと脱出するよう全員へ促す。
だが、ただ手ぶらで逃げるわけにはいかない。
〈ヒースクリフ! 悪いけど、これ一緒に運んで!〉
「ああ!? なんで逃げる時にこんなクソ重てぇ卵なんか……ッ! まぁいい、急ぐぞ時計ヅラ!!」
文句を言いながらも、ヒースクリフは私の意図をすぐに理解してくれた。
このままここに卵を放置すれば、また数時間後に孵化するか、あるいは再びカイザーの連中にバッテリーとして悪用されるだけだ。
私はヒースクリフとともに、抱えきれないほどの巨大な卵を強引に持ち上げ、出口へ向かって走り出した生徒たちの背中を必死に追いかけた。
PMC兵の姿はまだ見えない。安堵と不安が胸の中で渦巻く中、景色が流れていく。
「出口が見えた。あとは──ッ!」
入口はもう目前だ。私は一瞬、ほっと息を吐く。
だが叫んでいたホシノは突然、足に急ブレーキをかけた。なぜなら、その焦燥した視線の先には硝煙の昇る穴が、いつの間にかコンクリートの上に穿たれているからだ。
PMC兵は、既に私たちを待ち構えていた。その事実を悟り、改めて周囲を見渡すと、証拠が次々と目に飛び込んでくる。目の前の門の両端に設けられた監視塔にはそれぞれ一人。背後からは、数え切れないほどの敵が距離を詰めてきていた。
ノノミが歯を食いしばりながら口を開く。
「そんな……何か手は!」
淡い希望を探る声は、誰にも拾われることなく、虚空へ吸い込まれていった。
実際、強引に入口を突破すれば多少の追跡劇はあるにせよ、脱出は可能だろう。それでも行動を起こせない理由が確かにあった。
風穴の空いた巨大な鋼鉄の扉が、外側から開かれていく。
重厚な金属音と威圧感を放ちながら、外の世界との隔たりがゆっくりと消えていく。開かれた扉の先にも、やはり無数のPMC兵が銃口を向けて待機していた。
そしてその中央。砂漠の砂を巻き上げて停まっていた黒い高級オフロード車のリアドアが開き、一人の男が悠然と姿を現した。
「これはこれは……アビドスのお得意さんではないか」
ずっしりとした体格を、気品のある黒と橙色で統一された高級スーツで包み込んだ男。頭部は機械仕掛けのロボットのようだが、周囲のPMC兵たちとは格も、醸し出す雰囲気もまるで違う。その電子的な声色はどこか丁寧で、それでいて私たちを路傍の石のように見下しているような、酷く不気味なものだった。
〈……誰?〉
私は思わず首をかしげる。ちらっと周りを見渡してみたが、ヒースクリフも、対策委員会の面々も、私と同じように困惑した反応を見せていた。
それが滑稽だったのか、目の前の男は品定めするように私たちを観察している。まずは私の時計頭を、次にヒースクリフを、そして対策委員会の生徒たちへと滑らかに視線を動かし――最後に、眉をひそめて睨みつけてくるホシノの顔で止まった。
その瞬間、ホシノがショットガンを握る手が、血の気が引くほど白く染まるのを視界の端で捉えた。どうやら彼女だけは、あの男の正体を知っているようだ。しかも、到底良い関係にあるとは言えないらしい。
「あんた、あの時の……」
ホシノが沈黙を破った。その声は静かながらも、確かな敵意を孕んでいる。
一方で、男の振る舞いに緊迫感らしさは微塵も感じられない。ただ低い機械的な声で嘲笑った。
「くっはっはっは……たった今、面白いアイデアを思いついた。やはり、あのならず者どもを雇うより、君たちを使った方が良い結果になりそうだ」
「……ならず者?」
その単語にシロコが怪訝そうに問い返す。
私は言葉を噛み砕き、思考を巡らせた。「ならず者」といい、「アビドスのお得意さん」といい、彼はさっきから妙な言葉を発し続けている。
間違いないのは、男がカイザーの重役であること。そこから点と点を結びつけていけば、一つの最悪な可能性に辿り着く。
「てか、本当に誰だよテメェは!」
「おっと、失礼。自己紹介を失念していたよ」
ヒースクリフの直球な怒声に、男は悪びれる様子もなくコホンと咳払いをする。そして、彼が告げた真実は、生徒たちの予想を遥かに超えるものだった。
「私はカイザーコーポレーションの理事を務めている者であり──君たちアビドス高等学校の、借金の債権者である」
私の推測通りだった。だが、一企業の理事という重い役職のトップが自ら直接出向いてきたという事実に、思わず言葉を失う。
そして最大の問題は――彼がアビドスの借金相手であり、同時にならず者を金で雇い、これまで対策委員会を襲わせていた黒幕だということだ。
だが、そうだとしても。なぜ彼らが、ヘルメット団をけしかけてまで執拗にアビドスを攻撃していたのか……その『真の目的』という最大の謎は、未だに何一つ解明されていない。
「嘘っ!?」
「おや。副会長以外のメンバーはおろか、シャーレの方々もこの事実を分かっていなかったのか」
カイザー理事の、さも当然のことだと言い張るような声が、砂漠に響き渡る。
セリカが信じられないとばかりに目を見開き、愕然としていた。どうやら、こちらと向こうで決定的に情報が食い違っているらしい。私はインカムでアヤネに問う。
〈アヤネ。私たちの情報では、貸し手はカイザーローンという金融業者だとしか書かれていなかったはずだけど……。そっちの過去の資料に、カイザーコーポレーション本体との繋がりを示す書類はあるか?〉
『……ありません。こちらの手元には何も……! そもそも、アビドスの過去の書類は、今の別館校舎へ引っ越した時にほとんど紛失してしまっていて……』
〈そうか……分かった。ありがとう〉
意図的な陰謀か、偶然か。どちらにせよ、対策委員会はこの情報を知る由もなかったようだ。
私は再度、目の前のカイザー理事に視線を向ける。彼の正体が判明したとはいえ、疑問点はいくつも残っている。まずはそれについて質問してみよう。
そう意気込んで口を開こうとしたが、目の前の男の電子的な声が、私の言葉を遮るように響いた。
「……ふむ、仕方がない。せっかくだから、古くから続く君たちの借金について、ここで少し話し合おうじゃないか。……だが、その前にだ」
チャキッ、と。
男の言葉に呼応するように、周囲を包囲している無数のPMC兵たちが一斉に銃を構え、その銃口を私たちへ向けた。
そして、カイザー理事の金属質な指先が、私とヒースクリフの足元に転がっている卵を真っ直ぐに指し示す。
「そちらにある
評価、感想、誤字報告お待ちしております。