LCB、シャーレの先生になる   作:ハーメルンのTakamagi

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アビドス編です。
どう試しても9000文字超えますね。


1章 アビドス廃校対策委員会編
アビドスの子供たち


 

 ジリジリと肌を焼く太陽。口の中に入り込む不快な砂の味。

 

 実に最悪な目覚めだった。

 

 惨めに床に転がる男──ヒースクリフは重たい瞼をこじ開け、不快そうに唾を吐き捨てた。

 

 

「……ぺっ。クソ、砂まみれじゃねぇか……ん?砂?」

 

 

 気兼ねなく吐き捨てた言葉。しかし、自身の口から出た単語に違和感を覚えた。

 彼は顔をしかめ、混濁した記憶を遡る。

 

 

「……いや、変だな?オレらはバスの中にいたはずだ」

 

 

 ──やはりおかしい。その曖昧な違和感が確信となった。

 

 彼は反射的に、地面を触れている左手に視線を向ける。

 指先に伝わる冷たく硬い感触は、バスの床でもアスファルトでもない、ツルツルとした床材だ。

 

 だが、視線を少し横へずらすと、そこには部屋の隅を埋めつくほどの砂の山があった。

 

 

「……なんで部屋ん中に砂があんだ?」

 

 

 当然の疑問。

 

 彼は上半身を起こし、周囲を見渡す。

 乱雑に置かれた机と椅子。真っ黒な黒板。砂が溢れるロッカー。

 

 

「……教室、か?バスじゃねぇなここは」

 

 

 ヒースクリフは愛用のバットを杖代わりにして立ち上がると、砂が吹き込んでくる元凶──窓の方へと歩み寄った。

 

 

「おいおい、どうなってんだよ……」

 

 

 窓の外を見た瞬間、彼は絶句した。

 かつていた都市のビル群も、ネオンの光もどこにもない。

 

 そこに広がっていたのは、地平線の彼方まで続く広大で乾き切った砂漠と、砂の海に沈んだ廃ビルの群生地だった。

 

 ──なんだよここは!?「都市の理の外」って案内人からは聞いたけどよ、こんなの外郭じゃねぇか!?

 

 焦る気持ちに駆られ、ヒースクリフは背後を改めて振り向く。

 やはり何度見ても、ダンテもその他の囚人たちの姿は見当たらない。

 

 

「……置いてかれたのか?いや、そうじゃねぇな…………遭難か?」

 

 

 彼は疑問や推理を口にしながら、状況を整理する。ひとまずは遭難という結論に着地した。

 

 

「……全然良くねぇなこれ」

 

 

 ヒースクリフは頭を抱える。結局どっちに転んでも、危機的状況には変わりない。

 

 

「……ここで止まっても何も解決しねぇ。動くとすっか」

 

 

 彼はバットを持ち直し、この部屋の扉へ足を進める。

 

 

 ガララッ。

 

 

「さぁ〜て、今日はここで──えっ?」

「…………あ?」

 

 

 運がいいことに第一村人と遭遇した。

 

 ヒースクリフの心中に安堵が広がる。

 遭難した現状、まずは現地人と接触して情報を得るのが最優先だ。


 彼は早速、目の前の少女に話しかけようと口を開いた。

 

 ──その瞬間。

 ピンク髪の少女の、左右で色の違う瞳から光が消えた。

 

 その変化が、明確な敵意だと気づいた時には──

 

 

 カチャリ。

 

 

 乾いた装填音と共に、硬い銃口が心臓の上に突きつけられていた。

 

 

「な──!?」

「動かないで……今からお前に質問する」

 

 

 先程までの弛緩とした雰囲気は着せ失せており、彼女の小さな指は答え次第では即座に引き金を引くであろう冷徹な圧力を放っていた。

 

 ヒースクリフは鈍感だが、この瞬間だけはいやでも分かってしまう。

 

 もし彼女の機嫌を損ねて、引き金を引かせてしまったら──

 

 

 

 ──間違いなく、死ぬ。

 

 

 

 (……チッ。落ち着け、落ち着けオレ。まずは会話だ)

 

 

 ヒースクリフは湧き上がる苛立ちを必死に抑え込み、殊勝な態度のつもりで相手の言葉を待った。

 

 

「……所属はどこだ? ヘルメット団の一員か? それとも──あいつの差し金?」


「……あぁ?」

 

 

 どれも当てはまらない。


 というか、単語の意味すら分からない。

 


 彼は思わず、いつもの癖でドスの利いた声で聞き返してしまった。

 予想通り、銃口が胸の中へグリリと押し付けられる。

 

 

「とぼけるな。質問に答えろ」


「いってぇな……! だから知らねえっつってんだろ! ヘルメットだかフルフェイスだか知らねぇが、俺は気づいたらここに倒れてたんだよ!」


「……はぁ。あくまでシラを切る気なんだ」

 

 

 少女の瞳が、より一層冷たくなる。


 彼女にとって「気づいたら校舎の中にいた」などという言い訳は、不法侵入者の常套句でしかない。

 

 

「嘘つくなら、もう少しまともな設定を考えてきなよ。……着崩したワイシャツに、そんないかついバット持ってさ。どう見ても『ゴロツキ』じゃないよね?」

 

 

 彼女は率直な感想を吐き捨てる。

 どちらかというと、こんな限定された情報だけで敵と決める彼女の方がおかしいのではないか?

 

 


「テメェ……人が下手に出てりゃあ……!」

 

 

 一方的に悪党扱いされたことに、ヒースクリフの理性が限界を迎える。


 死の恐怖よりも、ナメられた怒りが上回った。

 

 

「オレは! 遭難者だって! 言ってんだろがァ!!」

 

 

 ブンッ!!

 

 

 彼は怒声と共に、威圧的なバットを振り上げ一気に振り下ろす。

 風を切る速度。この至近距離なら、引き金を引かせるより先に頭蓋を砕くことができる──はずだった。

 

 少女は上体をわずかにずらし、最小限の動きでそれを回避する。
そして、がら空きになったヒースクリフの懐へ、滑るように潜り込んだ。

 

 

「はぁ……大人のくせに野蛮だね。もっと自分の立場ってのを理解、しなよっ!!」

 

 

 ──グゴォッ!!

 

 

 呆気に取られたヒースクリフの腹元に、細い脚から放たれた渾身の蹴りが突き刺さる。

 

 

「かはっ!!?」

 

 

 内臓が跳ねる衝撃。

 大柄なヒースクリフの巨体が、まるでボールのように窓際まで吹き飛ばされ、壁に激突した。

 

 

(ざけんな!?なんであんなナリで、こんな威力出んだ!?)

 

 

 その時、口の中が鉄の味で満たされる。

 ──クソッ。できれば口ん中切っただけにしてくれよ。

 

 ヒースクリフは口内で溜まった血唾を、床に吐き捨てながらゆらりと立ち上がった。

 

 

「ぺっ。イッテェな、クソが」

「ふーん?結構打たれ強いね?ヘイローもないくせに」

「……ヘイロー?」

 

 

 ふと、少女の頭上で何かが光った。

 淡く輝く、複雑な形の天輪。それが彼女の動きに追従して浮んでいる。

 

 

「チッ、新手の強化施術かよ」

 

 

 ヒースクリフがバツが悪そうに舌打ちをすると、握り続けたバットを正面に構え直した。

 やる気だ。実力差を見せつけられてなお、この男の闘争心は折られていない。

 

 

「……はぁ。頑丈なのはいいけど、諦めが悪いのは嫌われるよ?」

 

 

 少女はそう彼を冗談まじりに吐き捨てながら、手にしていたショットガンを背中に回し、両手の拳をパキポキと鳴らした。

 

 

「あんまり学校の備品は壊したくないからね……ステゴロで行かせてもらうよ」

「……はっ、舐めやがって!」

 

 

 銃を捨てて殴り合いに応じるという、明白な挑発。

 ヒースクリフはやけになって再度バットを振りかざす。

 

 再びゴングが鳴ろうとした──その時だった。

 

 

「ホシノ先輩!そっちの方から大きな音がしましたけど……大丈夫です、か!?」

 

 

 バタン! と扉が開き、ピンク髪の少女とは別の生徒が、慌てた様子で飛び込んできた。


 短い黒髪に、特徴的な尖った耳。そして赤いフレームの眼鏡をかけた少女──奥空アヤネだ。

 

 

「あっ、アヤネちゃん」


「……はぁ?」

 

 

 アヤネは無事なホシノを見て安堵し──その直後、バットを構えた凶悪な目つきの男と目が合った。

 

 

「ひっ……!? だ、誰ですかこの人!?」


「下がってて、アヤネちゃん……こいつ、誰かの差し金かも」

 

 

 アヤネより一回り小さい少女──小鳥遊ホシノが瞬時にアヤネを庇うように前に出る。


 その光景は完全に、「女子生徒を守る先輩」と「学校に押し入った強盗」の構図だった。

 

 

「はぁ!? いやだから、違げぇって言ってんだろ!!」

 

 

 ヒースクリフはバットを持ったまま大声で否定するが、その姿が余計に説得力を失わせていた。
 アヤネは顔を青ざめ、後ずさりながらタブレットを操作する。

 

 

「ふ、不法侵入者です! 皆さん、教室に敵が……!」


「おい待て! 通報すんじゃねぇ! 話を聞け!!」

 

 

 しかし彼の悲痛な叫びは誰かの耳に届くことはなく、アヤネの叫びが学校中に渡り、次々と生徒たちが駆けつけていく。

 

 

「なんの騒ぎですか〜?」

「どうしたのよ、アヤネちゃん?そんなに叫んでさ」

 

 

 総勢二名が、追加でこの場に駆けつけに来た。

 

 一人はどの生徒より背が高く、そのおっとりとした見た目からは想像できぬいかついミニガンを携えた少女──十六夜ノノミ。

 

 もう一人は黒髪のツインテールと猫らしき耳を有し、アサルトライフルを持つ少女──黒見セリカ。

 

 彼女らが辿り着き、部屋の状態を覗くと、まるで信じられないものでも見たように驚愕する。

 

 

「わぁ☆いかにも危険そうな人が立ってますね?」

「な、何よあの男!?あれが強盗なの!?」

「…………」

 

 

 それぞれ別の反応を見せる生徒たち。それとは対照に、ヒースクリフはバットを持ちながら黙っていた。

 

 簡単に言ってしまえば、カルチャーショック。今までの囚人のように、突然押し寄せる情報量に脳内は限界を迎えかけていた。

 

 どうして一般人が動物の耳なんかを生やしてるんだ?

 どうしてどいつもこいつも高価そうで規律に違反しそうな銃火器を携えてんだ?

 どうしてここの学校の人数は少ないんだ?

 

 

「……いや、そんなこと考えてる暇はねぇ」

 

 

 このままだと何も出来ずに死んでしまう。

 そこでヒースクリフは、目の前で銃を構える生徒たちに向かって、吹っ切れたように叫んだ。

 

 

「……いいぜ。お前ら全員まとめてかかってこ──ゴフッ!?」

「えっ!?えぇ!?」

 

 

 威勢よく叫んだヒースクリフの口から、鮮血が噴き出した。

 別に誰かが不意打ちを喰らわせたわけではない。

 先程のホシノの一撃──あの蹴りによるダメージが、数秒遅れて身体に異常を引き起こしたのだ。

 

 彼は前触れもなく膝をつくと、咳き込むたびに床を赤く染めていく。

 

 

「ち、血!血!!」

「あわわわっ!ど、どうしましょう……!?」

 

 

 異常事態に慌てふためくセリカとアヤネ。

 キヴォトスにおいて、ここまで派手に吐血する人間は珍しい。彼女たちがパニックになるのも無理はなかった。

 

 ──だが、ノノミだけは冷静だった。


 彼女は床の血痕と、ヒースクリフが押さえている腹部、そしてホシノの様子を交互に見比べると、ゆっくりと青筋を立てて微笑んだ。

 

 

「ホ・シ・ノ・せ・ん・ぱ・い?」

「な、なにさ?ノノミちゃん……?そんな怖い顔して……」

「どうやらあの人を、不審者として処理しようとしているようですが……この惨状も、あの方が血反吐を吐いて倒れているのも……全部、あなたがやったことですよね?」

 

 

 ノノミはミニガンの銃口を下げ、代わりに両手を脇脇と動かしながらホシノに詰め寄る。

 

 

「え、いや、それは正当防衛っていうか……」

「アヤネちゃん!救急箱を!──ホシノ先輩は、後でお仕置きです☆」

「ぎゃあ!!?」

 

 

 ノノミに首根っこを掴まれ、ホシノが情けない悲鳴を上げる。

 

 そんな様子を、薄れゆく視界で眺めていたヒースクリフ。


 彼の心は、自分をボコボコにした少女が制裁されていることに愉悦を感じていたが、それどころではない。

 

 

(運悪く、内臓が逝ったみたいだな……クソッ、こんなところで──)

 

 

 逆流した血液が気道を塞ぎ、思考を闇へと引きずり込んでいく。


 これ以上耐えられなかったヒースクリフは、目の前で大騒ぎする極彩色の生徒たちを最後に、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★ ★ ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒースクリフは、喧しい少女の叫びと共に目を覚ました。

 

 

「痛い痛い痛い痛い!!痛いよノノミちゃん!!!」

「…………あぁ?うるせぇな……」

 

 

 泥のような意識の中でもはっきりと聞こえる情けない声に、嫌気が差した彼は無理やり意識を浮上させる。

 

 目が覚めた場所は、先程の砂だらけで薄暗い教室とは違かっていた。

 照明が薄暗く点灯されており、横に視線を動かすと、白いカーテンとベッドが整然と並べられている。

 

 

「……あっ、起きた」

 

 

 この部屋に自分以外の人間がいると認識したのは、その声だった。

 

  彼が視線をその方向に向けると、そこには二人の黒髪の少女──セリカとアヤネが、心配そうにこちらを見ていた。

 

 

「ぶ、無事に起きてくれましたか……よかったです」

「な、なんでオレは生きてんだ?」

 

 

 ヒースクリフは自らの腹部をさする。

 

 基本的に内臓が逝ってしまった場合、迅速に正確な処置を取らなければ死んでしまう。

 こんな廃れているはずの施設に、そんなものがあるわけがない。そう推察していたヒースクリフだったが、そもそも根本的に間違っていたらしい。

 

 

「診察してみたところ、口の中を強く切って出血していたみたいで……。肋骨にヒビが入っていましたが、内臓へのダメージは奇跡的に免れていました」

 

 

 赤いフレームの眼鏡を直しながら、アヤネは信じられないといった顔で言った。

 

 


 (ヘイローもないのに、あれだけ派手に吹き飛ばされてこの程度で済むなんて……)

 

 

「ほんと、あんたの身体が無駄に頑丈でよかったわ」

 

 

 他人事のように、セリカが呆れ混じりに安堵する。

 

 ──いや、お前の仲間のせいでこうなってんだろうが。

 ヒースクリフはそう言い返したかったが、今の彼にはそんな気力も無かった。とりあえず、内臓が無事だった事に安堵……するわけがない。

 

 

「……そういや、あいつは?」

「あいつ……?もしかして、ホシノ先輩のこと?」

「……ああ、多分そうだ」

「それだったら今絶賛、隣の部屋でノノミ先輩に絞られてるわよ」

 

 

 さっきから耳をつんざく甲高い悲鳴、あれの正体は自分を半殺しにしたガキのものだったらしい。

 

 

「……はっ、せいせいするぜ。被害者を加害者に仕立て上げやがって……バチが当たったんだよ」

 

 

 心の底からほくそ笑むように、ヒースクリフは口角を上げた。

 ザマァ見やがれ。その愉悦が、体の底から元気を湧き上がらせる。

 

 

 彼は早速上体を起こそうとする──しかし、ギチチッという乾いた音が響くだけで、体は全く動かせなかった。

 

 

「あぁ?……おい、なんだこれ?」

 

 

彼の手足は、ベッドの柵にガッチリと拘束されていた。

 

 

「なんでオレ、拘束されてんだ?」

 

 

 彼のドスの利いた質問に、アヤネは困惑しながら口を開く。

 

 

「あはは、びっくりですよね……」

「当たり前でしょ?一応、あなたが被害者なのは分かったけど……不審者には変わりないから」

「……チッ」

 

 

 この二人も、あのイカれたピンク髪と同じってか。

 

 ヒースクリフは舌打ちしながら、不満げにベッドへ身を沈めた。


 まあいい。殺されずに捕虜になったのなら、まだ交渉の余地はある。

 

 ふと、彼は純粋な疑問を口にした。

 

 

「…………あっ、待てよ? なんでお前らは、オレにトドメを刺さなかったんだ?」

 

 

 それこそが、彼にとって最大の謎だった。


 敵対し制圧したのなら、後腐れないように始末するのが「都市」の流儀だ。生かしておけば復讐されるリスクが残る。

 

 しかし、彼のその常識は、少女たちの心を不快に刺激した。

 

 

「えっ? はっ? ……殺す? ちょっと、それどういうことよ?」

 

 

 セリカが顔を引きつらせ、一歩後ずさる。


 その反応に、ヒースクリフもまた戸惑った。

 ──こいつら、何をビビってやがる?

 

 ここをまだ「都市」の一部だと認識している彼にとって、殺し合いは日常であり、敗北は死を意味する。


 だが、その殺伐とした倫理観は、この学園都市において最も忌避される「異常」だった。

 

 

「……ん?オレ、なんかおかしいことでも言ったか?」

「おかしいでしょ!?そんな、殺すなんて、できっこないよ!?」

 

 

 まるでこちらが狂人であるかのように指摘するセリカに、ヒースクリフは眉間のシワを深くして問い返した。

 

 

「んなら聞くがよ。今まで襲撃された時、お前らはどうしたっていうんだ? まさか、そのまま帰したってわけじゃ──」


「え、ええ。撃退して追い返すだけで、命をとることまでは……」


「で? その帰した連中はどうなった?」


「……一日前、また襲撃に来ましたけど」

 

 

 アヤネが気まずそうに答えた瞬間、ヒースクリフの堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「だったら最初からぶっ殺しておけよ!!?」

 

 

 ベッドが軋むほどの怒声。


 理解できないというより、その「非効率」さと「甘さ」が、彼には生理的に受け入れられなかったのだ。

 

 

「殺せば次はねぇだろ! 復讐されるリスクもねぇ! なんでわざわざ敵を増やしてんだテメェらは!!」

 

 

 そのあまりに強烈な、そして血なまぐさい正論。


 目の前の少女らは、怒鳴られた恐怖以上に、彼の倫理観の欠落にひどく怯えてしまった。

 

 

「ひっ……な、なんですぐ殺したがるの……!!」


「いのちを……なんだと思ってるんですか……」


「は、はぁ??」

 

 

 ヒースクリフは呆気に取られた。

 彼は彼なりに、当たり前のことを言っているだけだというのに……。
 

 

 ついに収拾がつかなくなってしまった病室。


 その時、凍りついた空気を破るように、部屋の扉が静かに開かれた。

 

 

「ただいま戻りました……って、どうされましたか?」

 

 

 そこへノノミがおっとりした様子で戻ってきた。

 どうやらお話を終えたらしい。

 

 救世主の登場に、セリカとアヤネが泣きつくように駆け寄った。

 

 

「ノノミ先輩!こいつ、やっぱりヤバいわよ!」

「敵を殺さないのはおかしいとか、意味が分からないことを叫んでて……!」

「あらあら……?」

 

 

 ノノミが困ったように小首を傾げる。

 すると彼女の後ろから、気だるげ声と共に、小さな身体がひょっこりと現れた。

 

 

「うへ〜……ノノミちゃんのお説教は長いよぉ〜。肩凝っちゃった」

 

 

 この前ヒースクリフを半殺しにしたピンク髪の少女──ホシノだ。

 彼女は頬をさすりながら。あくび混じりに部屋に入ってきた。

 

 

「ホシノ先輩!聞いてよ、この男が──」

「ん〜、まあまあ。聞こえてたからわざわざ言わなくてもいいよ〜」

 

 

 ホシノはヒラヒラと手を振ってセリカを制すると、ベッドに拘束されたヒースクリフを、眠たげな瞳で見下ろした。

 

 

 

「殺す、殺さない……物騒な話だねぇ。でもさ、セリカちゃん、アヤネちゃん」


「え?」


「世界は広いからね〜。うちらの常識が通じない場所なんて、いくらでもあるんだよ」

 

 

 ホシノはポリポリと頭をかきながら、どこか遠くを見るような目をした。

 

 

「生きるか死ぬか。殺らなきゃ殺られる……そういう地獄でしか生きられない人種ってのも、悲しいけどいるんだよ。まぁ、おじさんはあんまり関わりたくないけどね〜」

 

「……あぁ?」

 

 

 ヒースクリフは再度呆気に取られる。

 

  目の前の少女の雰囲気が、先ほどとまるで違ったからだ。

 さっき自分を蹴り飛ばした時の、あの氷のような殺気はどこにもない。そこにいるのは、ただの昼行灯な怠け者に見えた。

 

 

(……なんだコイツ。二重人格か?)

 

 

 ヒースクリフが不審げに睨んでいると、ホシノはその視線に気付き、二ヘラと笑った。

 

 

「ま、ここは平和なアビドス高校だ。郷に入っては郷に従え、ってね。殺しはなしで頼むよ、お兄さん?」

「……チッ」

 

 

 有無を言わせぬ圧力と底知れぬ何かを感じ、ヒースクリフは渋々視線を逸らした。

 

 

「よしよし。じゃあ、場も落ち着いたところで……」

 

 

 ホシノはパンと手を叩き、改めてヒースクリフに向き直った。

 

 

「尋問……いやいや、質問タイムといこうか。お兄さん、名前と所属は? 」

 

 

 ヒースクリフは暫し考えた後、躊躇いもなく答えた。

 

 

「ヒースクリフだ……『リンバス・カンパニー』って所で働いてる」


「『リンバス・カンパニー』、ですか……」

 

 

 聞いた事もない言葉を口の中で転がしながら、アヤネは手元のタブレットを操作する。


 無理もない。そもそもリンバス・カンパニー自体、都市でも新しくできた企業だ。外の世界で知る者がいるはずもない──

 

 ──はず、だった。

 

 

「……あっ! ああっ!?」

 

 

 突然、アヤネが素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。

 

 

「ど、どうしたのよアヤネちゃん?」


「えっと、ヒースクリフさん。確か所属は『リンバス・カンパニー』でしたよね?」


「ん? あぁ、言ったな」

 

 

 アヤネは震える手で眼鏡の位置を直し、食い入るようにヒースクリフを見た。

 

 

「実は先ほど、連邦生徒会から緊急の通達が届いていたんです。先日発足した『連邦捜査部シャーレ』が、ある組織と業務提携を結んだと」

 

 

 

 


「その提携先の組織名が──『リンバス・カンパニー』と記載されています」

 

 

 アヤネの言葉に、この場にいる全員が凍りついた。

 

 

「えっ!? そうなの!?」


「で、では、この方は……」


「『シャーレの先生』……ってことぉ!? うへぇ〜、マジで?」

 

 

 ホシノが信じられないといった顔で、拘束された男を見下ろす。


 バットを振り回し、暴言を吐き、血反吐を吐いて倒れたこの男が、連邦生徒会長が指名した組織の一員だというのか。

 

 しかし、事実は事実だ。


 

 その瞬間、生徒たちの目がみるみると変わっていく。


 不審者を見るゴミを見るような目から──まるで救世主にすがるような、キラキラとした期待の眼差しへ。

 

 

「……な、なんだ? その目は……」

 

 

 ヒースクリフは当惑し、背筋に悪寒が走った。


 罵倒されるのには慣れているが、こんな風に「希望」を向けられたことなど、彼の人生で一度もなかったからだ。

 

 

「おい、やめろ……寄るな。気色悪ぃ……!」

 

 

 彼は本能的に身を引こうとするが、拘束されているため逃げられない。


 まずい。何かとんでもない誤解が生まれている。

 


 リンバス・カンパニーがシャーレへ編入したのは、彼が気絶している間の出来事。


 ヒースクリフは何も知らないまま、アビドスの「先生」として祭り上げられようとしていた。

 

 

「ちょっと! 先生なら先生って早く言ってよ! 拘束を解いてあげなきゃ!」


「だから! 知らねぇって言ってんだろ!!」


「まあまあ、照れなくてもいいんですよ〜☆」

 

 

 どちらも誤解しているが、情報のピースとしては間違っていない。


 擦れ違いに擦れ違いを重ねた、地獄のような空気感。

 

 その時、一人の少女がひょっこりと顔を出した。

 

 

「……ん。ここにいたんだ」


「あっ、シロコ先輩」

 

 

 扉の前に颯爽と現れた少女──シロコは、動物の耳をピクリと動かしながら、部屋の中を覗き込んだ。

 

 

「シロコちゃん、大ニュースです♪ なんと私達の要請が通ったようで、このように『シャーレの先生』がいらっしゃったんです!」

 

 

 ノノミがご機嫌に、ベッドの上の不審者を紹介する。


 また厄介者が増えるのか。そうヒースクリフは危惧し、身構えた。

 

 ──ところが、返ってきた反応は予想外のものだった。

 

 

「……? シャーレの先生なら、今さっき玄関に来たばっかりだよ?」


「「「「え?」」」」


「……あ?」

 

 

 突拍子もなく告げられたその言葉に、部屋の中にいる全員が固まる。


 時を同じくして──廊下の向こうから、また別の足音が響いた。

 

 

「さぁーて、アビドス高校に到着〜! 結構ボロ……趣のある学校ね〜」


「早速浮かれてますね……。油断しないでくださいよ」

 

 

 ヒースクリフにとって、嫌というほど聞き覚えのある声だ。


 一人は、能天気なお調子者の声。
 もう一人は、神経質で理屈っぽい声。

 

 足音と声は段々とこちらに近づき、遂にその二人の顔が保健室の入り口に現れる。

 

 

「どうも〜! 『シャーレの先生』のロージャで──……あっ」


「どうしたんですかロージャ、そんな素っ頓狂な声を出して……って」

 

 

 ロージャとイシュメール。
 二人の視線が、ベッドに拘束された屈強な男に吸い寄せられる。

 

 

「「…………」」


「…………」

 

 

 気まずい沈黙が、アビドス高校を包み込んだ。

 




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