LCB、シャーレの先生になる 作:ハーメルンのTakamagi
見返して思ったけど、私の欠点の一つとして、仄めかすわけでもなくはっきりと『語る』のがそうなのかなって思っちゃいました。
いつもさながらですが、もっとより良くするためのアドバイスを教えてくださると嬉しいです。
「皆さん、おかえりなさい」
ヘルメット団を撃退した一行が校舎の一室に戻ると、今まで後方支援を行なっていたアヤネが出迎えた。
「いやいや、やっぱり大人の力はすごかったよアヤネちゃん」
「ん……今までとは全然違った。これが大人の力……すごい量の資源と装備、それに戦闘技術。大人ってすごい」
「あはは……そこまで言わなくて大丈夫ですよ。ドローンのカメラ映像で活躍は拝見しましたから」
ホシノやシロコが、アヤネに報告するように興奮気味に語る。
アヤネもまた、モニター越しに見た囚人達の暴れっぷりに、尊敬と若干の畏怖を抱いていた。
「そういや、ここの奴らは妙に硬かったよな。どういった身体施術をしたか分からねぇが……」
突然、ヒースクリフが疑問を口にしながら、生徒たちに浮かぶ『天輪』を指差した。
「多分、さっきから浮いてるその『輪っか』が関係してるだろうな?」
一見すれば的確な推理だ。
しかし生徒の口から出たのは、おちゃらけたものだった。
「もしかして『ヘイロー』のこと?うーん、私たちですらこれが関係してるかどうか分からないわね。あっ。だけど、キヴォトス生まれの住民はみんな硬いわよ?……初めてこんな説明したけど」
セリカの曖昧な言葉に、イシュメールが口を添える。
「ここの都市の住民にとって、体が頑丈なのは当たり前ってことですよね?」
「そういうことです〜☆」
「はぁ?何だよ、じゃあなおさらやべぇじゃん、ここ」
珍しくヒースクリフが戦慄した。
イシュメールもロージャも、ファウストにそう告げられるまで、そういう勘違いをしたものだ。
「……あっ。そういえばこちらの紹介がまだでしたね。では改めて……私たちは、アビドス対策委員会です」
話にひと段落つき、思い出すようにアヤネが居住まいを正すと、囚人達の視線が集まる。
「私は、委員会で書記とオペレーターを担当している一年の奥空アヤネ。そしてこちらは同じく一年の黒見セリカちゃん」
「どうも」
「二年の十六夜ノノミ先輩と、砂狼シロコ先輩」
「改めてよろしくお願いします、先生〜」
「ん、よろしく」
「そして、こちらは委員長の……三年の小鳥遊ホシノ先輩です」
「いやぁ〜よろしくね〜」
ヘラヘラと手を振るホシノの紹介が終わった途端、どうしてかロージャの視線がニヤニヤと、ヒースクリフに移り変わった。
「……なんだよ?」
「どうやらホシノちゃんは『一番上』みたいね?……意外じゃない?」
ロージャの意図は明白だ。
「コイツが年長だぁ?こんな背ぇ小せぇのに?」──ヒースクリフがこのように噛み付いていくだろうと予想し、揶揄っているのだ。
だがヒースクリフの口から出たのは、意外にも神妙な言葉だった。
「……いや。認めたくねぇが、オレはコイツにボコされたんだ。強い奴が偉い、文句はねぇよ」
「あら、素直ね」
「それに……ウチのバスにもいるだろ?見た目はガキのくせに、うん百年は生きてる奴とかよ」
「あ〜、確かにそうね」
二人の脳裏に
年齢と体格が反比例していることは、別に事例がないという訳ではなかったのだ。
「……ご覧になった通り、我が校は現在危機に晒されています……そのため『シャーレ』に支援を要請し、先生がいらっしゃったことで一時的な危機を乗り越えることができました。先生方がいなかったら、さっきの人たちに学校を乗っ取られたかもしれませんし、感謝してもしきれません……!」
アヤネが言い終わると、ずっと黙って聞いていたイシュメールが口を開く。
「一ついいですか……?あなたたちが所属している『対策委員会』とは何ですか?」
「そうですよね、ご説明いたします」
その質問にアヤネが我に返り、再び語った。
「対策委員会とは……このアビドスを蘇らせるために、有志が集まった部活です」
「うんうん!全校生徒で構成される、校内唯一の部活なのです!全校生徒といっても、私たち5人だけなんですけどね」
今明かされたアビドス高校の全校生徒数に、囚人たちも流石に驚きを隠せない。
「ええっ!?こんな広い学校なのに、たったの5人しかいないの!?」
「うん。他の生徒は転校したり、学校を退学したりして街を去った。学校がこの有様だから、この自治区の住民もほとんどいなくなって、カタカタヘルメット団みたいな三流のチンピラに学校を襲われてるの」
軽いノリでこの依頼を受けたロージャは大きく衝撃を受けた。
どこか同じ雰囲気を醸し出していると思っていた学校が、まさかここまで重大な問題と直面しているとは、流石に勘の良い彼女でさえそう思いもしなかっただろう。
「もしシャーレからの支援がなかったら……今度こそ万事休すのところでした」
「いやー、補給品も底をつきかけたし、流石に今回は覚悟したね。中々いいタイミングで来たもんだよ」
「うんうん!もうヘルメット団なんてへっちゃらですね。大人の力って凄いです☆」
生徒たちから次々と寄せられる、感謝と尊敬の言葉。
思えば、ここまで感謝されたことは今までになかった。どんな任務をこなそうと、大抵は案内人の小言、あるいは何も言われずに終わってしまうことがあった。
だとすると、ここは想像していたよりかは、住み心地のいい世界ではないか?囚人たちは思った。
──殺意マシマシの兵器さえなければの話だが。
しかし、任務はまだ終わっていない。
そう告げたのは、生徒に「念入りに対処すること」を叩き込んだヒースクリフだった。
「まぁ、ここで終わればハッピーだったがな……だけどよ、あいつらがこれで観念するわけないよな?」
「ちょっと待って、まさか殺しに行くつもり!?」
「違ぇわ!あいつらのアジトを攻めたらどうだって話だ!」
先程その教えを叩き込まれたセリカが、勘違いをして声を上げてしまう。
──しかしそれはそうと、今のヒースクリフの提案はかなり的を射ていた。
「お〜、気が合うねヒースクリフ君。おじさんもそう考えてたんだよね〜。まぁもうちょっと付け加えるなら、今が一番相手が消耗してる瞬間ってこと」
「名案だね。ヘルメット団の前哨基地はここから30kmぐらいだから、今すぐにでも行こうか」
早速出発しよう、そう言わんとばかりに扉へ向かうシロコに、聞き捨てならなかったイシュメールが制止する。
「ちょっと待ってください。聞くだけ野暮ですが、私たちも参加する計画ですよね?」
「ん、あなたたちは強いから是非参戦してほしい」
「ええ、わかってますよ?……ですが1日で30kmも歩くのは、こちらとて限界があります」
「あっ……そうだね」
「いやだからなんでオレを見るんだよ」
シロコがヒースクリフを見ながら、納得するように声を出した。
これでもかと、ヒースクリフは様々な生徒らに視線を向けられるが、囚人たちがそこまで体力や筋力がないことは、彼の敗北が証明していたからだ。
「でしたら、車庫にある車両でも使いましょう。それなら移動に支障はありませんし、全員乗れますから」
「へぇ〜、一応あるんだね?よかった、30kmマラソンは回避ね」
アヤネの提案により、移動手段の問題は解決した。
それ聞いて心底安堵したロージャは、ニヤリと笑って自身の斧を手に取る。
「それじゃあ、行きましょう!私たちに喧嘩を売った生意気な悪い子たちには……たっぷりと、大人の『教育』をしてあげないとね?」
さて、ヘルメット団の前哨基地の襲撃だが…………。
結果から言えば、やはり戦いというよりかは、一方的な蹂躙であり、こちら側の圧勝だった。
車庫の奥で眠っていたオフロード車で敵地へ乗り込み、数多のヘルメット団員と交戦を開始。
敵も前回の学校襲撃で「囚人たちの異常な暴力」への恐怖が骨身に染みていたようだが、恐怖したところで勝てるわけがない。
勇気を絞り出して立ち向かったが、結局、彼女らは抵抗虚しく惨敗し、蜘蛛の子を散らすように逃走していった。
さあ、あとは無事に帰るだけ。一行は再び車両へ乗り込み、校舎への帰路につく。
前回と変わりなく、和気藹々とした雰囲気で作戦は終わる──はずだった。
「ヒースクリフさん!確かにあなたは強いですが、無茶しすぎですよ!傷口が砂だらけじゃないですか!」
「……チッ、わかって──イッテェ!!??それかけすぎだバカ!!」
前回と同様、アビドス高等学校の会議室。
その部屋から、ヒースクリフの情けない絶叫が響き渡った。
ノノミががっしりとヒースクリフの腕を掴みながら、容赦なく消毒液をぶっかけ、ヒースクリフがのたうち回る。
戦場での獰猛さはどこへやら、消毒液の痛みに悶絶するその姿は、ある意味平和の日常の光景だった。
「あらら〜。あんなにボロボロだったのに、また傷増やしちゃってぇ〜。わんぱくだねぇ」
そこへ、年下のくせに保護者ヅラをしたホシノが、茶化すように割り込んでくる。
「いやあ、あの時は本当にびっくりしたわよ……爆破地点に向かって突撃するからヒヤヒヤしたわ」
「ん。ヒースクリフは勇敢と無鉄砲を履き違えてる……見てるこっちが怖い」
セリカもシロコも、呆れ混じりに指摘する。
ヒースクリフはその言葉に反論しようとするが、傷口に沁みる激痛のせいでそれどころではなかった。
「……だってよヒース?こんなにも可愛い子たちが心配してるっていうのに、男が廃るわね」
「あはは……ロージャさん、あなたたちも人のこと言えませんよ?」
「……心外ですね。これでも合理的に動いたのですが」
イシュメールが不服そうに呟く。
だが、生徒たちからすれば、近接武器で銃弾の雨に突っ込む行為は、いくら慣れていようが狂気ということには変わりなかった。
「はい☆これで処置は完了しましたよ」
ノノミが満足げに包帯を巻き終え、手を離す。
ヒースクリフはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、自身の腕をさすった。
「……あんなかける必要はなかったろ。殺す気か」
「あら?バイ菌が入ったら大変ですから」
「……チッ。まあ、手当は……ありがとよ」
最後だけボソリと礼を言うと、彼はバツが悪そうに顔を背けた。
その様子に、生徒たちがクスクスと愛くるしそうに笑い合う。
「さて、これで火急の事案だったヘルメット団の件が片付きましたね。これで一息つけそうです」
「そうだね。これでやっと、本来の目的に集中できる」
「うん!先生たちのおかげで、心置きなく全力で
セリカが明るく口にしたその言葉。
それは、面白そうに笑っていたロージャの心臓に、氷の杭のように突き刺さった。
「…………待って、セリカ。今、なんて言った?」
ロージャの声から、笑い色が消える。
「えっ…………?あっ、わわっ!今の言葉忘れて!」
どうやら無意識に言ってしまった言葉らしく、セリカが慌てて口を塞ごうとする。
だが、ロージャは引かなかった。彼女はゆっくりと歩み寄り、セリカの目を見据える。
「聞き捨てならないわね。……こんな幼い子が口にする単語じゃないわよ、それは」
「都市の巣」に住む子供ならいざ知らず、ここは学校だ。
危険だが、確かに都市とはかけ離れた、子供達が透き通った空の下で、青春を謳歌できる場所のはず。
なのに、なぜ彼女らは金に縛られているのか。その理不尽さが、ロージャの古傷を刺激する。
「……いくら?」
「え?」
「誤魔化さないで。……あなたたち、いくら借りてるのよ?」
その真剣な表情にセリカは気圧され、観念したように口を開いた。
「……ななおく」
「は?」
「……7億、2176万円」
その数字が告げられた瞬間、会議室の空気が凍りついた。
「な、なな……おく!?」
ロージャが絶句し、目を見開く。
そして今まで黙って聞いていたヒースクリフが、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「なな、7億だァ!?テメェら一体何したんだ!!」
「が、学校の……運営資金とか、色々あって……」
「だとしてもだろ!カジノでも経営して失敗したのか!?」
ヒースクリフの怒声が響く。
貧民街出身の彼にとって、それは想像すらできない天文学的な数字であり、同時に「子供が背負わされていい額」の限度を遥かに超えていた。
「……そうだわ。この世界、元々おかしい所ばっかりだわ」
「……あ?何言ってんだ?『都市』なんだからおかし──」
「ヒースクリフさん。詳しいことは後で言いますが、ここは『都市』ではないです」
「はっ!?えっ!?」
ヒースクリフが素っ頓狂な声を上げるが、今はそれに構っている場合ではなかった。
混沌が混沌を呼ぶ状況。
本来なら子供を導き、制御すべき立場にある「大人」たちが、この状況に心を乱されていた。
「だってさ、イシュメール。考えてもみてよ。こんな広くて、経済があって、区分もある。こんな歴とした街を統治しているのが、『子供』なんだよ?」
「あっ……」
イシュメールが息を飲む。
そう、このキヴォトスという世界は歪だ。政治も防衛も、全て生徒が担っている。
そして、その結果が──この7億というふざけた借金だ。
「子供に自治をさせて、子供に責任を負わせて……大人は金を搾取するだけ?ふざけるわよ……そんなの!!」
ロージャの瞳に、かつての古傷と重なる怒りの炎が宿る。
感情の奔流は、彼女の理性を容易く焼き切り────。
ブンッ!
遂に、衝動的に愛用の斧を振り上げ、目の前の会議机へと全力で叩きつけた。
木製の机など、一撃で粉砕されるはずだった。
──その、小さな手がなければ。
パシッ。
破壊音は響かなかった。
代わりに響いたのは、乾いた軽い音だけ。
「……うへぇ〜。怖い怖い」
ロージャが振り下ろした鉄塊を、ホシノは素手で──いや、片手で受け止めていた。
微動だにしない。まるで。ハエでも捕まえるかのような気軽さで。
「机は壊さないでね、先生?うち、貧乏だから買い換えるお金ないんだよね〜」
「……っ!」
変わらずヘラヘラと笑うホシノ。だが、その腕から伝わる万力のような力は、大柄なロージャですらびくともさせない。
その圧倒的な実力差を前にして、ロージャの頭に血が上がっていた熱が一気に冷めていく。
「……はは、私、なにやってんだろ」
子供を守ろうとして、子供に止められて。
情けなさと自己嫌悪が、怒りを塗りつぶしていく。
ロージャは力なく斧を下ろすと、自嘲気味に笑った。
「……ごめん。私、どうかしちゃってたみたい」
「ロージャ?」
「この話……今の私じゃ、面と向き合って付き合えそうにないわ。……一回外で頭冷やしてくる」
彼女は生徒たちと目を合わせようともせず、逃げるように会議室を後にした。
「……ありがとうございます、ホシノさん」
「いいってことよ〜」
ロージャを制止した少女は、またヘラヘラと笑う。
その細腕のどこに、大の大人を片手で抑え込む力があるのか。彼女の計り知れない底力を感じた瞬間であった。
「え、えっと……ごめんなさい。ロージャさんをあんなに怒らせちゃって……」
「いや、謝る必要はねぇよ。あいつは金の話になると沸点が低くなるだけだ。……お前らが気にすることじゃねぇ」
ヒースクリフは頭をガシガシと掻きながら、彼なりの不器用な優しさでセリカの謝罪を否定する。
「……それで、話してくれますか?」
「えっと……借金のことですか?」
「ええ。あんな激情を見せられた以上、こちらも知らぬ存ぜぬでは通じませんから」
イシュメールはここにいる囚人たちの心情を代弁するかのように、真っ直ぐな瞳でアヤネを見据えた。
アヤネもまた、覚悟を決めて頷く。
「……わかりました。私たちが知っている限りをお話しします」
彼女の話は、アビドスの栄光と没落の歴史だった。
かつてアビドスは、キヴォトスでも最大規模の自治区を誇る超巨大校だった。 今の砂漠の風景からは想像もつかないが、かつてはあらゆる場所に高層ビルや商業施設が林立し、数千、数万の生徒で賑わっていたという。
しかし、悪夢は唐突に訪れた。 数十年前に、この学区の郊外にある砂漠で、類を見ない大規模な砂嵐が連続して発生したのだ。
大自然の猛威に抗う術はなく、自治区は次々と砂に飲み込まれていく。 アビドス高校は、この災害に対処すべく巨額の資金を投入し、砂漠化を食い止めようとしたが……。
災害によって価値の暴落した片田舎の学校に、まともな融資をしてくれる銀行などあるはずもない。結局、彼女たちは足元を見た悪徳金融業者に頼るしかなかった。
最初のうちは返済できる額のはずだった。 だが、止まらない砂嵐と、災害対策費の増大。資金繰りは悪化の一途をたどり、借金は雪だるま式に膨れ上がり──それと同時に、アビドス自治区の半分以上が砂漠と化してしまった。
返済不可能なほど膨れ上がった借金と、終わりのない砂かき。 生徒や住民は絶望し、次々とこの地を去っていった。
そうして残ったのは、今のゴーストタウンと化したアビドスだけだ。
「私たちの力だけでは、毎月の利息を返済するだけで精一杯……弾薬も補給品も、底をついてしまったのです」
「セリカがこの問題を隠そうとしているのは、誰もこの問題にまともに向き合わなかったから。ここまで話を聞いてくれたのは、先生、あなたが初めて」
悲痛な現状の報告に、ホシノが最後に口を添える。
「……まあ、そういうつまらない話だよ」
そうして対策委員会の語りが終わると、黙っていたヒースクリフが一言呟いた。
「……チッ、胸糞悪りぃな」
その言葉しか出ない。今立っているこの場所の歴史は、あまりにも青春らしかぬ没落と理不尽に塗られたものだったからだ。
「まあ、側から見たら『胸糞悪い』の一言に尽きるね。でも、突然やってきた先生たちのおかげで、ヘルメット団っていう厄介な問題が解決したから、これからは借金返済に全力投球できるようになったわけー」
ホシノはあえて明るく、突き放すように告げる。
「もしこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金のことは気にしなくてもいいからね。話を聞いてくれただけでもありがたいし」
「……そうだね。先生はもう十分力になってくれた。これ以上迷惑はかけられない」
シロコも頷く。
それは彼女たちなりの優しさであり、大人を巻き込むまいとする線引きだった。
──だが、そんな言葉は囚人には通用しなかった。
「はっ、見捨てて欲しいだぁ?オレらがそんなことするわけないだろ」
「ど、どういうこと?」
セリカが戸惑いながら問うと、ヒースクリフはバツが悪そうに視線を逸らした。
「目ぇ覚めたらこんな場所に飛ばされて、ボコされてりして……色々言いたいことはあるけどな。それでもお前らには世話になった。それに……こんなボロ屋敷にしがみついてでも、挫けないお前らのその根性が、気に入った」
それは、彼なりの最大の賛辞だった。
泥水を啜ってでも生き足掻く。その姿勢は、都市の底辺で生きてきた彼にとって最も共感できるものだからだ。
「つ、つまり?」
「……つまり、私たちはこの問題を見過ごすつもりはない、ということです」
イシュメールがヒースクリフの言葉を引き継ぎ、真っ直ぐな瞳で生徒たちを見渡した。
「『先生』としての責務もありますが……それ以上に、私たち自身の意志として。あなたたちが抱えるその理不尽な借金問題に、共に立ち向かわせていただきます」
その宣言に、生徒たちの顔がパッと明るくなる。
「いいんですか!?」
「ええ。……あっ。ただ、上から承認が来るかどうかですけどね」
「……うへぇ。物好きな大人もいたもんだねぇ」
ホシノが呆れつつも嬉しそうに笑う。
所詮、このシャーレの協力も口約束に過ぎないかもしれない。
だが微かに光ったその希望は、今の生徒たちにとって燦然と輝く太陽のように見えた。
「よかったです……シャーレが力になってくれるなんて。これで私たちも希望を持ってもいいんですよね?」
「そうだね。希望が見えてくるかもしれない」
「ま、まぁ……心底から信用はしてないけど、たまにはこんなものに縋ってもいいわね!」
「セリカちゃんたら、素直じゃないんですから〜♪」
そんな喜びの声と同時に、午後5時を知らせる下校のチャイムが響く。
窓の外はすでに茜色に染まっていた。
「……あっ、もう5時ですか」
「もしかして、電車の時間ですか?」
イシュメールは頷きながら、急いで席を立った。ここから最寄り駅までは距離がある。
「この話は後で上に伝えておきます。とりあえず、今日はありがとうございました。……ほらヒースクリフさん、行きますよ」
「ん?お、おう……。お世話になったなお前ら。また会いにくっからよ」
「はい!お待ちしております!」
こうして会議室の中にいた二人は、生徒たちに見送られながら退出した。
ガラリと扉を開けると────。
「……ずっとそこで聞いてたんですね、ロージャさん」
「……あら、バレてた?」
廊下には、壁に背を預けながら、どこか神妙な面持ちで空を仰いでいたロージャが立っていた。
中に入れなかったのではない。入らなかったのだ。
「……これで、よかったのか?」
「……もちろんよ」
ヒースクリフの問いに、彼女はこちらを向きながら、いつもとは違う哀愁漂う笑顔を見せた。
それは、過去の自分を重ねつつも、新たな希望に賭けてみようとする大人の顔だった。
「とりあえず、やることが山積みですね。まずはヒースクリフさんの生体認証登録に、今回の件の報告書作成、それから……」
「はぁ、目覚めて早々これだと、先が思いやられるな」
「ふふっ、でも楽しそうではあるでしょ? 『先生』」
ロージャがヒースクリフの背中をバシッと叩く。 文句を言い合いながら並んで歩く三人の影が、夕暮れの廊下に長く伸びていた。
七億?妙だな、どうしてか少ないな……。
もちろん、ちゃんとした理由はあるので、語られるまで楽しみにしてくださいね。
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